Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ep23

 #1 Idol meets car 〜原田美世の場合〜

 

 

 今日は久々の箱根でDrive Weekの収録。なんだかんだ、最近は走っていなかったターンパイクだけど、今日は久しぶりにアタシにも買えそうな走れる車がメイン。

 駐車場の一角には早くもメーカーから持ち込まれた広報車が2台。ホンダ、スバルの国産MT車たちだ。

 

 

「新型のシビックタイプR、まだ乗ったことなかったんです!」

「俺もだ。実際買おうか悩んだんだけどなぁ……」

 

 いくら4枚ドアとは言え、仕事車にはできませんよねぇ。武内PのマークXより厳つすぎですし。

 スバルからは次期型の登場も噂されるWRX STI。昨年の年次改良で駆動系や足回りに大幅な変化を加えられてさらに魅力を増しています。蛍光イエローのブレーキが少し目に痛いですけど。

 

 

「今日は、話題の国産スポーツカー2台を乗り比べですよ」

「オープニングトークで車種バラしちまってるがな」

「けど、今日もまた新車を引っさげてゲストが来てくれてますし、車を貸してくれるんですって! だから、全部で3台! 楽しそうですね」

 

 それでは行ってみよう! といつもの掛け声で番組を本格的に始めていく。オープニングトークは、最近の回では本当にその回の収録で乗る車に出会った場面にカメラを回してるからアタシもプロデューサーさんも結構素の感想をだらだら話していることが多い。あまりに長くなりすぎることもあるけど……

 今日は程々の長さにしてなんとか番組スタートできたのでまだいい方でしょう。

 

 

「早速、今日のゲストをお呼びしたいところですが、さっきLINEが来ましてね、左足攣りそうだから少し待って、との事なので、今日はこっちから出向きますか」

「免許取ってずっとペーパーって言ってましたしねぇ…… シビックはいただき!」

「おい、ズリぃぞ!」

 

 プロデューサーさんが相槌打とうとしたところですぐさま180度ターンを決めてシビックにダッシュ。キーは助手席の上です。

 サイドサポートがだいぶ高いシートに難なく座ると即座にエンジンスタート。ギアを入れて走り出しました。プロデューサーさんもWRXで追いかけて来てますね。

 ドライブセレクタをいじらないでいると(デフォルトでスポーツモードなのがタイプRっぽいですね)そこまでの過激さはなく、タイトなコーナーに少しオーバースピード気味で突っ込んでも破綻せずにグイグイ回る感じで、過去のタイプRのトゲトゲしさは欠片ほどしか伝わってきません。

 御所の入りまではそんなに距離もないのであっという間ですが、このあと存分に楽しませてもらいましょうか。

 

 

「んで、比奈、大丈夫か?」

「左足がぷるぷるしてるっス……」

「いつも足全体でペダル踏むとそうなりやすいんだよ。かかとを軸に、つま先でこう、すりつける感じで踏むと、少しは疲れにくいと思うよ」

 

 比奈ちゃんの足を軽く突くと「あうっ!」とか、少し大きな声で反応されて、あたしまで驚いちゃったり、そのままの流れで機材車で比奈ちゃんの足を揉んでる間にプロデューサーさんは(もちろん比奈ちゃんの許可を取って)車内の家探しをしていた。

 比奈ちゃんの車はスバルBRZ STIスポーツ。ホイールだけシルバーのヨコハマ RSIIに変えてあるけど、それ以外はノーマルらしい。

 比奈ちゃん曰く「ノーマルの黒いホイールはなんかしっくり来なくて」

 次は車高を下げたいらしいけど、ただでさえ擦りそうで怖いし、そもそもまだ買ってからそんなに経ってないからもうしばらくはこのまま行くとのこと。

 

 

「比奈の足は復活したか?」

「だいぶ良くなったっスよ。美世さん、ありがとうっス」

「今日は走るから、辛くなったら言えよ? 美世か俺が代わるから」

 

 今日は箱根で軽く絵になるシーンを取ったらこのまま富士山方面に向かい、温泉に入って一泊して帰るプランです。

 ただし、富士五湖巡りをするのでそれなりに距離を稼ぐ方向で。

 

 

「今日のゲストは」

「どもー、荒木比奈っス」

「比奈ちゃんでーす! 結構インドア派のイメージだったけど、スポーツカー買うなんてちょっと意外だったなぁ」

「あはは、漫画読んだら車乗りたくなっちゃって。それで、勢いで……」

 

 プロデューサーさん、「あぁ、やっちまったな」って顔しないの。

 けど、普段から電車移動の比奈ちゃんが車を買うなんて思わなかったのは事実。それも、選りに選ってマニュアルのスポーツカー。流石に楽器とは違って、衝動買いできる金額でもないからちゃんと考えた上での選択なはず……

 

 

「でもどうしてマニュアルに? 乗りやすさならオートマでもよかったんじゃない?」

「いやー、オートマのスポーツカーって、『うわ、見た目だけかよ』みたいな感じするじゃないっスか」

「あー、確かに。とは言っても最近のはみんなDCTだからオートマだけどな」

 

 その後もオープニングトークを終えて本編、走行シーンに移ろうというとき。恐らくBRZに乗りたいプロデューサーさんの下心だとは思うけど、

 

 

「比奈、足大丈夫か? なんなら代わるけど」

「んー、じゃお言葉に甘えて」

「おっ!」

 

 ここまではいいんですよ? その後、プロデューサーさんが乗ってきたWRXを誰が乗るか、ということになるわけですよ。もちろんスタッフさんなのは間違いないんですけど、もう駐車場でいい大人たちがじゃんけん大会始めるんですよ?

 それも、プロデューサーさんが機材車のルーフラック(カメラクルーが立てるようにデッキ兼荷物置き場になってるところです。念のため)に立つと、大きな声で「じゃーんけーん!」って先導してるし、もう呆れちゃうなぁ。

 じゃんけん大会も勝者が出るとやっと撮影スタート。プロデューサーさんは比奈ちゃんを隣に乗せて人の車で遊ぶことを選んだようでした。

 

 

「流石に漫画やアニメのような走りを公道でやったら免許が何枚あっても足りないから――」

「いや、そこは建前であってもやらない前提で話すべきっス!」

「えー、だって男の子なら誰でも峠で遊びたいじゃん」

 

 車好きの男なら誰しも頭文字Dや湾岸ミッドナイトを読み、ゲーセンに行き、家ではグランツーリスモをやったと思う。

 だが、現実では漫画のように公道をかっ飛ばすわけにも行かず、ゲームのようにサーキットに行こうにもハードルが高い。だが、お手軽に、安全に公道で走りを楽しむことだってできる。

 肝心なのはリズムだ。

 

 

「まぁ見てろって。制限速度+アルファくらいの速度。周りの流れと同じくらいの速度でも、カーブの手前で軽くブレーキを踏んで――」

 

 トントンとギアを落とせばエンジンの快音とともにいい塩梅のエンブレもかかる。

 ブレーキから足を離しながらハンドルを切り込み、アクセルを踏みながらハンドルを戻す。そしてギアを上げる。この繰り返しをリズムよく、タイミングよくするだけで結構気持ちよく走れるものだ。

 オートマだと、エンブレの効きが弱くなるからブレーキで調整が必要だが、マニュアルならギアを落とせばしっかりブレーキを踏み込むのは最初だけでいいはずだ。

 ヒールアンドトゥも合わせて使えればさらに気持ちが高まると思うぞ。

 ブレーキングでのノーズダイブとターンインのタイミング、減速Gの感じ方が噛み合うとニヤリとできるコーナリングができるはずだ。

 

 

「おぉ…… なんかカッコいいっス!」

「だろ? それでもおまわりさんに怒られないから最高だな。要は気持ちだけアゲればいいんだよ。ペースまで上げる必要はない」

 

 前を行くBRZがいい感じのペースで走るのを見て、楽しくなってくると、アタシも自分のギアを上げ、シフトレバー近くのトグルスイッチを+Rに。メーターの背景色が変わり、足がギュッと引き締まる。

 ハンドルの手応えも増して古き良きタイプRの切れ味が表に出てくる。

 

 

「手首のスナップでカチカチ入るギア、オートブリッピングでヒールアンドトゥいらずなのもいいですね」

 

 300馬力を超えるパワーでも、常識的な速度域ならトルクステアとは無縁。わざと変なタイミングでアクセルを踏み込んでもスピード感と同じだけラインが膨らみ、アクセルを戻せばノーズが内側にスッと入り込む。

 4輪のブレーキを独立してコントロールする制御も入っているようだけど、不自然さは感じられず、安心して走れるのはいい。

 箱根の山道を抜けて富士山方面へ向かう道中、御殿場で昼食を取るとドライバーチェンジでプロデューサーがシビックに。アタシはWRXに乗ることに。3台でインカムを繋ぎ、Bluetooth接続を済ませればお喋りドライブです。

 

 

「あーあー、テステス。聞こえるか?」

「聞こえまスよー」

「こっちも大丈夫。それで、次の目的地は?」

「山中湖だ。それから河口湖に行ってマリンスポーツを楽しみ、飯食って温泉入って寝る」

「マリンスポーツって、いま真冬ですよ?」

 

 プロデューサーさんの言葉に不信感をつのらせつつ、まずは山中湖へ車を走らせることにしました。

 シビックと違い、まず感じたのは車の落ち着き。ボディが、とかそういうのではなく、雰囲気的にシビックより大人っぽい感じです。

 ボクサーらしい、若干のゴリゴリ感のある吹け上がりも相変わらずですが、一度タイヤを転がしてしまえばあとは自然なフィーリングです。

 時々「低速トルクがない」なんて言われますけど、普通に乗る分には必要十分、というか余裕がありすぎですし、クラッチも真ん中少し奥でつながる癖のないもの。

 信号待ちからの発進で少し聞こえるドロドロした音がたまりません。

 

 

「美世さんに教えてもらったとおり、つま先で押し込むようにしたらだいぶ楽になったっス。今までかかと浮いてたから余計に疲れてたんでスねぇ」

「それに、軸があるからクラッチをコントロールしやすくなっただろ」

「言われてみれば、そうかもしれないっス。ドンと踏み込んで、そこからズルズルっと、繋ぐとスムーズっスね」

「あんまり半クラ使いすぎると傷んじゃうけどね。後ろから見てても上手だし、いいと思うよ」

 

 プロデューサーさんのシビック、比奈ちゃんのBRZ、アタシのWRXの順で信号待ちをしていれば、時折目線がこっちに向いてるのがわかる。

 青になったところでスルスルと走り出す。最近はオートマばっかりのプロデューサーさんも、なんだかんだでMTは乗れてるし、比奈ちゃんもコツを掴んだらしく、ワインディングをプロデューサーさんのペースと同じように走れてる。

 山中湖畔の道は比較的真っ直ぐ。割りと舗装もきれいだし、そこから河口湖まではさらに整備された道が続く。プロデューサーさんが、湖畔の温泉旅館に車を停めると中で女将さんらしき人と何か話すとお辞儀をしてから戻ってきて、

 

 

「よし、マリンスポーツの時間だ」

 

 そう言って再び車に乗り込んだ。


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