#0 Assistant meet cars
「改めて見ると駐車場もだいぶ賑やかになってきましたね」
「ほとんど車種被りがないのが奇跡みたいです」
「本当、そうですね。一番多いのかドイツ車なのが、どこかのプロデューサーの思惑を感じますけど」
「ははっ」
事務所の地下駐車場。最近になって本当にアイドル部門及び関係者専用の貼り紙が貼られるようになりましたが、もともと暗黙のルールみたいになっていた場所ですから、ここに止める人にあまり変わりはないはずなんですが……
やっぱり新しく車を買う娘が多いので、どんどん賑やかになりますね。
最近だと、美波ちゃんがBMW X3を買ったそうですし、迷ってた涼ちゃんは新型のスイフトスポーツ、亜季ちゃんはフォードのピックアップを並行輸入。
大きい車も多いので、鼻先がはみ出していますね。
「ドライブに行ってきた、とかキャンプに行ってきたとか。みんな楽しそうでなによりです」
「炎陣の5人は、車の免許持ってる子は全員なにかしらに乗ってるんですかね?」
「いや、夏樹がまだ迷ってるみたいですよ。他の3人が点でバラバラな趣味なんで、おすすめされても困惑してるみたいで。ナナさんや留美にも車のこと教えてくれ、って来たそうで」
ここは少ない日本車勢として、国産車をオススメするべきでしょうか。
今度誘って車を見に行くのもいいですね。
「プロデューサーさんからは何かないんですか?」
「一応、小さい車がいいんじゃないか、って話はしましたけどね。亜季みたく、いきなり大きい車買って四苦八苦するのもそれはそれで大変ですし」
確かに、縦にも横にも大きい車ですから、柱の間、3台分のスペースを「あっきー専用」とくくって1.5台分を亜季ちゃんのF-150が、その隣に里奈ちゃんのスクーターや夏樹ちゃんの刀が止めてあります。実質炎陣専用スペースでしょうか。
それでも、誰も文句を言わず、温かい目で見ているので、つくづく車には甘いんですよねぇ。何度も何度も切り替えしてまっすぐ止めてるのを見れば、早くしろよ! って言うよりも、頑張れ! って応援したくなるのもわかりますが。
「おはようございます」
「千川さん、おはようございます。早速で申し訳ないのですが、来月のロケ予算をメールで送ったので、確認をお願いします」
「はい。今日は…… 珍しいですね、武内プロデューサーと日比谷プロデューサーが一緒なんて」
「はい。午後は生放送の音楽番組に。クローネ組もシンデレラ組も多くが出演するので必然的にこうなってしまいまして」
「道理で、皆さん朝から自主練ですか」
「ええ、無理はしないようにお願いはしていますが……」
プロジェクトの事務室に入ると、すでに武内さんはパソコンに向かっていますし、数人のアイドルの姿も見えました。
予定をきけば、日比谷プロデューサーが事務所ではなく、別館のレッスンルームに向かった理由もわかります。
今日はその番組に出る娘が多いので少し寂しい感じになりそうですが、バリバリ働きますよー!
#1 Idol meets car 〜木村夏樹の場合〜
「すみません、突然ご連絡してしまって」
「いえ、普段からお引き立ていただいておりますし、試乗車の用意もございましたので」
さてさて、ナナはいまちょうど、スーツの似合う素敵な男性とコーヒーを飲んでいますが、会話の通り、そんなことはなく、ただ単に車屋さんでコーヒーをいただきながら、試乗車で走り去っていった夏樹ちゃんを見送っていたのです。
その間にジュリエッタの点検もお願いして、夏樹ちゃんが乗り出した車のカタログをペラペラめくってみる。
うひゃぁ、やっぱり高いなぁ……
街の中でも屋根を開けてみると、周りの空気や音、なんなら陽の光までダイレクトに感じられる。バイクとは違う、薄いシャツ一枚越しに外に触れてる感覚。
「これ、良いなぁ」
不意にそんな言葉も出る。菜々やディーラーの人にも無理言っちゃったけど、これは乗ってみて本当に良かった。拓海が「車はいいぞ」って言うのがわかるね。
そのまましばらく乗り回してからディーラーに戻って来ると、窓際の席で菜々が退屈そうにスマホをいじってるのが見えた。車を降りて、ドアを閉めると、自分の口元がニヤけてるのが自分でも分かったし、菜々の顔を見れば嫌でもわかる。なんで母さんみたいな笑みを浮かべるかなぁ。
「どうだった?」
「控えめにいって、最高」
すぐさまカタログとにらめっこしながら車の契約を進めていく。このために親の同意書も書いてもらった。ローンは組めないから貯金も思い切り叩いて一括払い。そりゃ、驚くよな。目の前の子供がいきなり札束出せば。けど、こっちはそれだけ本気なんだ。
ボディカラーは白。インテリアは赤と黒。オマケでサソリのステッカーとサンシェードを付けてもらって車は1ヶ月待ち。こんなに待ちきれないのは初めてバイクを買ったときみたいだ!
「今日はありがとな」
「夏樹ちゃんが満足行ったなら、よかったです。明日からプロデューサーや美世ちゃんがうるさくなりますよー」
「ふふっ、だな。でも、こんなキーホルダーぶら下げてたら何買ったか教えてるようなもんだろ」
キーケースにぶら下がるサソリのキーホルダー。これもさっき買ってきた。こりゃ1月待ってられるか?
夏樹ちゃんがそわそわすること1ヶ月弱。日比谷プロデューサーと美世ちゃんは案の定食いつき、一発で車を当てるとやたらとアバルトグッズを夏樹ちゃんにプレゼント(と言うなの在庫処理ですね、あれは)し続けると、夏樹ちゃんもあっさりと洗脳されてしまい、車もないのにキーホルダーやマグカップに始まり、アパレルまで揃え始め(ただし夏樹ちゃんはもらってばかり)たから大変。
納車はディーラーで。夏樹ちゃんと野次馬の美世ちゃんを乗せて私が付き添うことに。サソリのワンポイントが入ったパーカーにショートパンツ、スニーカーという服装で、ラフに着こなしてカッコカワイイ感じ、ですかね?
気合の入りっぷりに出迎えてくれた営業マンも思わず苦笑い。けど、後からこっそり聞いてみるとこういうお客さんも少なくないんだとか。アバルトは『ハマる』人が多いので、気にいるとどんどん沼が深くなると笑顔で教えてくれた。
美世ちゃんのロードスターと、基本は同じ車らしく、美世ちゃんも以前乗ったことがあるらしい。喜々として夏樹ちゃんの隣に乗ると、複雑な表情を浮かべてからいざ、事務所までのドライブです。
「やっぱオープンは良いな」
「意外、って言っちゃ悪いけど、音もいいなぁ。前に乗ったのと違う気がするし……」
「オプションのマフラーに変えたからな。プロデューサーが『最近の車の音はつまんねぇ』なんて言うが、そんなこと無いな」
手首のスナップで、とは行かないが、そこそこ短いストロークのシフトレバーを斜め上に押し上げると吸い込まれるようにギアが変わり、回転数も少し落ちる。
常識的な走りならおとなしい音で、かと言って静かでもない。そんなちょうどいい音量が耳に届く。屋根を閉めれば更に音量は下がるから、あんまり気にならない。
けど、信号待ちで先頭になった時がこの車の最高に楽しい瞬間だ。歩行者の信号が赤に変わるとクラッチを踏んで1速に。少しあおり気味にクラッチを繋げば気持ちのいい音と一緒にぐいっと背中を押し出される。
「トルク感あるし、わりと上まで回るんだぜ」
「トップエンドまでパワー続くんだよねー。前に乗った時は羨ましかったなぁ。ロードスターにこのエンジン乗ればいいのに、って真剣に思ったよ」
1速で少し引っ張って、2、3。スキップして6。アイドリングちょっと上くらいしか回らない燃費ギア。コレならあの駐車場に止まってる車の中でもトップクラスの低燃費が期待できるだろうな。
拓海なんか『リッター5しか走んねぇ』とかぼやきながらガソリンスタンドで1万円捨ててるし、亜季もガソリンスタンドに寄るととんでもない量のガソリン入れてコレまたすごい額を払ってるから、カタログでリッター12なら上々。7かけで8ちょいくらい? いや、悪いな。
そのまま事務所の地下駐での車庫入れも難なくクリア。あえて美世のロードスターの隣に止めたが、こうやって見るとやっぱ車高下げてホイール変えたいな……
「次は車高調とホイールかな?」
「だよな……」
拓海の言うとおり、車もバイクも、ハマると止まらないな。
インチアップか、車高調だけでノーマルサイズか…… バイクよりめんどくせえ!