【改稿版】 やはり俺の灰色の脳細胞は腐っている【一時凍結】 作:近所の戦闘狂
第一話 入部編―第一部
『青春とは、何と醜いものなのだろうか。
青春を謳歌せし者共は、自らと周囲を欺き続け、その環境に依存し続ける。
例を挙げよう。クラス内にはカーストが出来上がっている。上位に君臨している者たちは、その地位を維持するために下位の者たちに空気を読むことを強制する。
下位の者たちは上辺を飾ることで無難に過ごしつつ、上位に這い上がるためにその機会を虎視眈々と窺っている。
このような上辺だけの関係が真の青春と言えるのか。
だが、彼らはそれを認めないだろう。彼等は大声を上げて厚顔無恥にも青春を謳歌していると言うだろう。
これを命題として逆説を考えてみよう。上辺の関係に依存せず、周囲との関係に偽りのない者たちこそ真に青春を謳歌していると言えるだろう。
しかし、彼らはそれを認めないだろう。
底辺の者たちが戯言を喚き散らしていると断じるだろう。
なんと愚かなことか。
結論を言おう。
リア充爆発しろ。』
「なぁ、比企谷。私が出した課題は覚えているか?」
一通り俺が提出した作文を職員室で大声で読み上げた目の前の女教師――平塚先生は、眉間に皺を寄せながら尋ねて来た。
その作文は、提出日ギリギリまで仕上げるのを忘れていて、その時の深夜テンションで書き上げてしまったモノだった。なぜこんな蛮行に及んだのか今考えると少し恥ずかしい。
「確か、『高校生活を振り返って』というものだったはずですが」
「それがどうしてこうなった。なぜ同級生への犯行声明になった」
頭が痛むのか、平塚先生は頭を押さえながら原稿用紙を机に叩きつけた。
俺は「はぁ……」とだけ呟いた。
その返事が気に入らなかったのだろうか、先生は頭を抱えて苛立ちを表す。
一通り頭を振った後、先生は溜息交じりに呟いた。
「……君の目は、死んだ魚のようだな」
「そんなDHA豊富に見えますか? 賢そうっすね」
「真面目に聞け。小僧」
またもや頭を押さえながら先生は続けた。
「いや……確かに先生の年齢からしたら俺は小僧かもしれませんが――」
瞬間、俺の顔のすぐ横に風が走った。
「――女性に年齢に関する話をするなと教わったことは無いのか?」
鋭い眼光で威嚇しながら脅してくる。あれ? これ俺悪いの?
いや、あなたが気にし過ぎなんじゃ……。
でも先生の背後から迸るオーラに飲まれて何も言えねぇ……。
「すみません。書き直しま――」
そう言いかけたところで、平塚先生がさっきまでとは打って変わって思案顔になっていることに気付く。その様子に若干の違和感がした。
頭の中で結論が出たのか、さっきまでの苛立ち顔――般若面ともいう――とは打って変わって、玩具を見つけた子供のような顔になるや否や早速俺に呼びかけてきた。
「ちょっと着いて来たまえ」
☆
この総武高校は、校舎が口のような形で立ち並んでいる。その一角、特別棟の四階の一室の前に平塚先生に連れられてきた。
「君は暫らく外で待っていなさい」
返事を聞く間もなく、先生はその教室へと入っていった。
「入るぞ、雪ノ下」
「部屋に入る時にはノックをお願いした筈ですが。平塚先生」
「君はノックしたとしても返事をしないではないか」
「先生が返事をする前に入って来るんじゃないですか」
そんな教師とその生徒との会話が聞こえた。
そんな中、『雪ノ下』という名字に何か引っかかった。
――まさか…な。
「それで、用件は何でしょうか」
「おお、そうだったな。入れ、比企谷」
漸く本題に入ったか、部屋へ入室した。
教室の後方に下げられた机。窓から棚引く風。
その真ん中にポツンと椅子に腰かける少女は、ある意味での趣を感じるとともに、何らかの既視感もまた感じた。
「雪ノ下。彼は入部希望者だ」
「えー、あー。どうも、二年F組比企谷八幡です。……ってか入部ってなんだよ。聞いてねぇぞ」
そうつぶやくや否や、平塚先生は俺に職員室にいた時と同じような目で睨んで来た。これが蛇に睨まれた蛙という奴か。って誰がヒキガエルだ。
そんな皮肉を頭の中で繰り広げながらも話は進んでいく。
「あの舐め腐った作文の罰として、ここでの部活動を命ずる。作文の再提出も当然だが。異論反論抗議口答え等は一切認めない」
俺なんも出来ねぇじゃん……。
ある種の諦観も混ざったかのような表情を浮かべながらも先生は俺の不満を無視して続けた。
「という訳で、見れば分かるとは思うが彼はその腐った目と同様に根性も腐っている。それゆえいつも孤独で憐れむべき存在だ。この部で彼の孤独体質を改善する。これが私の依頼だ」
好き勝手言われたい放題じゃねぇか俺……。
別に俺は一人で過ごすのが好きなだけでボッチにならざるを得なかった訳じゃない。断じて違う。
……ホントだよ? ハチマンウソツカナイ。
「お断りします。その男の下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じます」
彼女は本を膝の上に置くと両腕で自らの身を守るように抱きしめた。
それやられると結構傷つくんだぞ……。
というか断じて見ていない。そんな慎ましやかな胸など。
いや、ホントだよ?
「安心したまえ。確かに見た目は犯罪者予備軍かもしれないが、彼のリスクリターンの計算と自己保身はなかなかのものだ。刑事罰に問われるような真似だけは決してしない。彼の小悪党ぶりには信用していい」
いやそこは普通に常識的な判断が出来ると言って欲しいんですが……。
「小悪党……なるほど」
聞いてない上に納得しちゃったし。
「まぁ、先生からの依頼であれば無碍にはできませんし――」
彼女は取りあえず一通り納得できたのか、その依頼を承諾した。
なんであのセリフだけで全部通っちゃうんだよ……。
平塚先生は事が終わり安心しきったのか、後のことを全てこの少女に託し教室を去って行った。
後には俺と彼女だけが残された。
……気まずい。
☆
暫らく時間が経ってから。
俺はどうしていいか流石にわからずボケっと突っ立っていた。
「ぬぼーっとしてないでさっさと座ったら?」
相も変わらず彼女――雪ノ下、だっけ――が俺にそう促した。
促されるがままに椅子を引っ張り出して座ったものの、やはりそう簡単には落ち着かない。先生は孤独体質の改善などを依頼していたがどういうことなのか。
そもそもここなんなんだ?
「なぁ。雪ノ下……だったか?」
「ええそうよ。何かしら? 比企谷君」
「すまんが、部活やら何やら言われたんだが俺は何をすればいいんだ? そもそもここ何部?」
その質問を聞いた彼女は、読んでいた本を閉じてからこちらに視線を向ける。
「そう。普通に言っても面白くないからクイズをしましょう」
「クイズ?」
「ええ。ここが何部かを当てるものよ」
唐突に出されたものに俺は戸惑う。
この教室は殆ど何も使われていない。そして彼女は読書をしていた。
この環境のみからは文学部という解が出てくる。
しかしだ。先ほど先生がそれとなしに言っていた「依頼」という言葉。それが妙に引っかかる。
相談を請け負ってお悩み解決! っとかだったらまだわかりやすい。
でも平塚先生は俺の「孤独体質改善」を「依頼」していた。
お悩み相談とは程遠い。
それなら。
「何でも屋……みたいな部活とかか?」
「へぇ? その心は?」
「一見文学部にも見えるが、どうにもさっきの先生の話が気になってな。ただの文学部なら『この部で~』とか『依頼』なんて言葉使わないだろ? そこから導き出されるのは何でも屋……いわゆるボランティア部みたいなものだ」
どうだ?
自信満々に彼女へ視線を向ける。
でもこれ間違ってたら相当恥ずいぞ……。
「当たらずとも遠からず……というところかしら」
なんだよ違うじゃねぇか……。
少し気落ちした俺をみて面白かったのか、彼女は少し面白そうにした。
「じゃあさっぱりだ」
「そうね。流石に難しすぎたかしら。ならばヒントをあげるわ。今こうしていることが部活よ」
尚更分かんねぇよ。
「そうね……。あなたが最後に女の子と話をしたのはいつ以来かしら?」
なんで数年来喋ってないことになっているんですかね? 昨一昨日以来だよ! 綾辻と! 殆ど事務報告みたいなものだったけど……。ホウレンソウ大事! だからあの会話も大事!
っつってもまぁ、あれ以来そこそこ喋る間柄にはなったがな。
そんなアホみたいなことを頭の中で考えていると、雪ノ下は再び続けた。
「持つものは持たざる者に慈悲の心を以てこれを与える。人はこれをボランティアと呼ぶわ。それがこの部活動の基本方針」
そう言い終えると、彼女は立ち上がりこちらを見下ろした。いわゆる氷の女王様に睨まれた庶民です。
「ようこそ奉仕部へ。あなたを歓迎するわ」
歓迎されてる気がしない。
「なんだ? 俺には女の子との会話が足りてねぇって言いたいのか?」
「何よ。わかっているじゃない」
依然として雪ノ下はこちらを見下している。
すると、彼女は風で棚引いて乱れた髪を手で払う。
「悪いが他人に更生されるべきものは持っていないつもりだ。そもそも俺がぼっちなのは学校だけだ。俺はあくまでも学校という場所に重きを置いていないだけで、他の場所に知り合いくらいいる。そんな奴いくらでもいるはずだ。」
雪ノ下の目が細まっていく。こういうところはあの人そっくりだな。
思い出したくもない人だが……。
「あなたのその歪んだ性格は直さないと拙いレベルよ? あなたは学校に重きを置いていないとは言っているけどそれは逃げの一種よ。変わらなければ何の意味もないわ」
「会って数分の奴に俺の何かを語られたくないんだが。変われだって? それも現実からの逃げじゃねぇか」
会話してきてわかったことだが。
こいつ気に喰わん。
何がって。どこまでもまっすぐすぎるんだ。自分のしていることは間違っていないという信念の下に行動している。
その信念が他人に合わなければ他人の信念をへし折ってでも真っすぐに貫く。
たとえ自分が間違っていても、だ。
そこまで話をしたところで、部屋の扉が開かれた。
「やぁ、雪ノ下。調子はどんなものだ?」
さっきまでの会話を知ってか知らずか、先生は有無を言わさぬ勢いで話し出した。その際に俺をちらっと見たのを、俺は見逃さなかった。
「殆ど進んでいません。彼が問題を自覚していないせいです」
そうじゃない。
俺は自分の問題点を自覚している。そこからどう進めばいいか分かっていないだけだ。
去年よりかはマシにはなっているだろうが、それだけだ。少なくともこいつは俺に潜在する問題に全く気付いていない。
さっきの先生の一瞥は気になるが。
「そもそもなんですけど。先生、俺バイトしないといろいろと拙いんで入部したくないんですけど」
「……あ」
「なんですか? まさか今思い出したとかそんな事……」
「そっ、そんなこと、ないぞ?」
「おいちょっと待て。まじで忘れてたのか? 死活問題ですよ」
おいマジふざけんな。一日でもサボったりしたら俺死ぬぞ。
ボーダーの収入のお陰で多少ゆとりのある生活はしているが、部活に入るとなれば、それ相応の準備をしないと死ぬ。いやマジで。
「それじゃあ、俺はこの後バイトのシフトが入っているので」
そう部屋を出ようとしたところで声を掛けられた。
案の定、雪ノ下からだ。
「逃げるの? そうやって、自分の問題からも」
「は? 逃げてんじゃねぇよ。勝手に決めつけんな」
そこでまた俺と雪ノ下で睨み合う構図になった。
「ンンッ!」
わざとらしい咳をしたかと思えば、先生は何故か面白そうなものを見る目で俺たちを眺めていた。
ここで余裕があるのが大人の特権ってやつなのかな?
「古来より互いの正義がぶつかり合ったとき、勝負で雌雄をけっするのが少年漫画の習わしだ」
いきなり何? 理論がいきなりジャンプしてバトル漫画になってんだけど。悟空もびっくり理論だぞ。
「つまり、この部でどちらが人に奉仕できるか勝負だ!!」
先生は決めポーズを取りながら不敵な笑みを浮かべる。
おいおい。
「いやちょっと待ってください。俺バイトしないと死活問題なんですけど」
さっきまでの話忘れたのか?
「それなら空いている日をつくれ。それに、勝った方は負けた方に何でも命令できる、というルールはどうだ?」
強引すぎる……。
これがこの人がこの年になってまで結婚できない原因か……。
とはいっても、なんでもとは言うがこいつに何を命令すればいいんだ?
思春期真っ盛りな男ならエロい命令でも下すんだろうが、そんなものにあまり興味はない。明日の心配の方が大きいのに……。
「お断りします。その男が相手だと身の危険を感じます」
お。珍しく意気投合したな。
いいぞもっと言ってやれ。
「おっと、流石の雪ノ下でも恐れることがあるか」
平塚先生は雪ノ下を煽るようにつぶやいた。不敵に笑うその表情に凄まじい寒気を覚えながら、雪ノ下を覗いた。
……あ、めっちゃ怒ってらっしゃる。
「その程度の挑発に乗るのは癪ですが――」
そこからはもう十分だろう。
俺と雪ノ下の奉仕部での勝負が決まった。どちらが依頼者に奉仕できるのか。
まぁルールとかそういった云々は置いておいて、ただ一つ気になることがある。
俺の意思はどこ行った?
☆
その日の放課後。
強制入部させられた部活――奉仕部のことを考えながらボーダー本部への道を歩いていた。
四月だからか、徐々に遅くなり出した夕焼け空の下、ゆっくりと砕けたアスファルトの上を歩く。警戒区域は本来はボーダー隊員以外は立ち入り禁止だし、トリオン体でないと危険なこともあって通れないが、そうだと感覚が鈍くなってしまうこともあり、生身のままでいた。
通りを吹き抜ける風を頬で感じながら、今日であった彼女について考えてみた。
何故、あんなにも雪ノ下雪乃という少女はまっすぐなのだろうか。俺にはあの行動理念が分からない。ある意味において、彼女は人として崩壊していると言っていいのかもしれない。
まぁ、俺が言えたことではないが。
自己と他人との境界にある絶対的な「なにか」。そこに彼女は一体何を見ているのだろうか。
一旦思考を整理するために、目を瞑ってみる。真っ暗な視界には
ただ、どうしても彼女のことが――気に喰わなかった。
☆
ボーダー内はかなり閑散としていた。それもそうだ。
この時期、ボーダーでは重要なイベントが行われている。
――ボーダーA級チームランク戦。
ボーダー内でのトップチームの序列を決めるもので、ボーダーに来た連中は大体これを見るために会場、もとい実況席付きの大規模スクリーン室に集まる。
斯く言う俺も、各チームの調子を見るために本部に顔を出していた。
ボーダー内でボッチな俺も、本部長こと忍田さんに「お前そろそろチームに入れ」と言われてしまったことで、こうして入るチームの目星をつけるために様子見をしていた。
今日の対戦は現暫定一位チームの風間隊、同じく二位の冬島隊、三位の太刀川隊というカードが切られた。
この勝負で上位三チームの順位が決まる。
太刀川隊はコネで入られた新人の唯我とかいう奴のせいで足を引っ張られたこともあり、うまく勢いに乗れていないが、それでも二位をキープしている辺り流石と言わざるを得ないだろう。
冬島隊は隊長でトラッパーの冬島さんがエースでスナイパーの当真先輩を活かす戦術を採っている。
風間隊に関してはやはり全員がアタッカーとして相当の技術を持っていることからトップを走っている。
どのチームも熾烈な戦いを繰り広げているが、俺はそれを見ながらなえきってしまっていた。
……俺が入る余地ねぇな。
別に俺の技量が負けているなどという訳ではない。これでもシューターランキングのトップに師匠の二宮さんを押しのけて君臨しているのだ。
つまりだ。不完全なまま強いチームがあれば儲けもんだと思って来たものの、そんな都合のいいチームが在るはずもなかった。
そもそも上位精鋭チームに食い入るのがそんな中途半端で出来る由もない。見通しが甘かった。
ため息をつきながら会場を後にした。やっぱり加入するならB級チームだわ。
なんか取りあえず上目指せられそうなチームが居ればなぁ……。
――ついでに目標が一致していればベストなんだが……。
会場を出て暫らく歩く。
全体的に似たような通路が多いためここは迷いそうになる。
暫らく歩きながら思案に浸る。
クレープでも食べに行こうかと角を曲がったところで見知った顔があった。
「よぉ、ハッチ。今時間ある?」
訂正。見知らぬ顔だった。
「ありません」
「はっはっは。俺の未来予知を舐めてもらっては困るな。この後クレープ食べてから帰るつもりだったろ」
そう宣いやがる迅さんは、お茶らけた雰囲気をしまうと顔だけ笑いながら目つきだけ真剣にして続けた。
「チームのことで大事な話がある。聞いといて損はないぞ?」
なんでそのことを知ってんだよ……。大方忍田さんから聞いたのか。
あの人も余計な世話をするものだ。
俺は(あくまで)渋々迅さんの話を聞くことにした。
☆
ところ変わってロビー。
迅さんと向かい合いながら、おごってもらったクレープを片手に座る。
「いやぁ。悪いね、急に時間とっちゃって」
「別にいいですよ。それで、話ってのは?」
俺は早急に話題を切り出した。チームに関する情報は今の俺にとってのどが出るほど欲しい。
「これは予知の結果なんだけど、もう少ししたらお前のお眼鏡にかなうチームが出てくる。潜在的に十分A級チームに上がれるだけの力も持っているし、チーム全体の目標としてもお前と一致している。これ以上ない程の条件だと思うけど?」
マジか。
「とは言っても、それだけが条件ではないのでしょう? こうしてわざわざクレープおごってまで話すことではないでしょう」
それを聞いた迅さんは若干苦笑いを浮かべる。
「まぁ、ハッチの言う通りなんだけどさ」
「そのチームの人には合ったんですか?」
「まぁね。ハッチの二つ下なんだけどね。なかなかいい目をしてたもんでね」
迅さんにここまで言わせるか。なるほど、面白そうだ。
「それでなんだけど、その子、結構いろいろと厄介ごとに巻き込まれるだろうから、助けてあげてくれないか?」
「要はそいつの尻拭いをしろと?」
「まぁそうなんだけどね!? ハッチもキツイ言い方するなぁ」
苦笑いを浮かべたまま、迅さんは続ける。
「俺はこのチームに入るのがハッチのベストだと思う。俺ができるのはここまで」
そういうと迅さんはパフェの残りを一気に頬張り飲み込んだ。
「話は変わるけどさ、今日学校でいろいろあっただろ?」
「なぜ急にそんな話を……」
「いやさ、今日予知でハッチの走っているルートが急に変わったからね。どうしたのか聞こうと思って会おうとしたのもあったんだ」
何故か急に迅さんの顔の横に星が飛んだ。うわぁ、殴りたい。この顔面。
「今日かなりかわいい子と知り合った?」
「急に核心つつきますね。まぁその通りなんですけど。教師に強制入部させられた部活で会いましたね」
「それでそれで? その子の事どう思った?」
「嫌な奴」
それを聞いた迅さんは、若干面白いものを見る目をやめた。
「まぁ細かいことは知らないんだけどさ」
「いやじゃあなんで急にこの話題に触れたんですか? もう帰っていいですかね俺」
「まぁまぁ。でもハッチ。これから先結構大変かもしれないけど、ハッチにしか出来ないこともあるから、がんばれよ、部活」
それだけ言うと、迅さんは席を立った。
クレープを奢ってもらった俺が言うのもなんだけど、なんかイラッと来た。
俺も立ち上がって迅さんの小腹を軽く殴った。
「痛てッ」
それを見て一応すっきりしてから俺ももう帰ることにした。
面倒なことが起こらなきゃいいけど。
そう切に願いながらロビーから出る。
ボーダーの外に出て息を思いっきり吸ってみる。この辺りに人がいないせいもあるのか、妙に新鮮だった。
空はもう真っ暗になっていた。雲が掛かっているのか、月明りはあまり差し込んでいなかった。