【改稿版】 やはり俺の灰色の脳細胞は腐っている【一時凍結】 作:近所の戦闘狂
先日、俺は風間さん立会いの下、那須を弟子にとる(強制)ことになった。あの後、風間さんが「もしこいつをほったらかしにしたら……わかっているな?」と釘を刺されたため、数日後、共同で使用できる訓練室で教えることにした。
訓練室の内装はシンプルで、白い壁に白い床、それだけだ。
訓練室では、コンピュータとトリガーをリンクさせ、トリガーの動きを再現するため、トリオン切れを起こさずに何度でも戦うことができる。
ゆっくりと訓練室に入り込むと、俺はトリガーを起動させて那須と対峙した。
「まずはお前の強みが何なのか、弱みは何なのか。それを見させてもらうぞ」
「わかったわ」
そう言うと、那須は臨戦態勢に入った。
楽な体制をとりつつも、即座に対応できるよう集中し、那須の出方を窺う。
「さぁ、全力で来い」
その言葉が引き金となり、那須は飛び出した。
☆
結果としては、どちらの意味においても予想以上だった。
もともとわかっていたとはいえバイパーの弾道を即座に引けるのは驚いた。機動力もいい。同じ場所でガンガン撃ちまくる馬鹿の一つ覚えというわけでもない。
だが、立ち回っている最中に相手から意識が逸れやすいことと弾種をバイパーの一つにしか絞っていないこと。そして――多くのシューターがそうなのだが――どうしても敵に弾を当てに行ってしまっていた。もっとも、『千発百中』をモットーとしているような弾バカ野郎は別だが。
シューターのポジションの強みは多彩な攻撃ができるところにある。上位のシューターにもなると、合成弾というものが使えるようになるが、これは流石にまだ早いだろう。
訓練室を出て、しばらく休憩をはさんでからロビーにて戦闘中の酷評と今後の方針について話すことにした。
適当にジュースを買ってからロビーにある椅子に腰かけて、向かいに座る那須に向けて話し(駄目押し)始めた。
「バイパーを即座に打ち出せるセンスは中々だと思う。機動力もいい。ただ、それだけなんだな。立ち回っている最中に俺から意識が逸れていたし、まぁB級に上りたてなんだったら仕方ないんだが攻撃に色がなさすぎる。シューターの強みは多彩な攻撃ができるところだ。…とまぁこんなもんだが、どうだ?」
粗方言い終え那須の顔色を窺うと、彼女はポカーンとしていた。片手に持っていたジュースを取りこぼしそうになったところでハッとしたようだ。
「おい、聞いていたのか?」
「う…うん。その、自分だったら気付かないところも沢山あったから、よく見ていてくれてるんだなって」
「ちげぇよ。風間さんに頼まれたからこうして言っているだけであって……」
風間さんがあの場にいなかったら、絶対に断り切っていた。
え? 違う? 俺が切り札使う前に風間さんが来たんだ。
……仕方ないだろ?
そのセリフを聞いた那須は、クスッと笑った。
「ふーん。聞いてた通り捻くれ屋さんね?」
「どのあたりがだ。ここまでまっすぐな奴なんてそうそういないだろ。むしろまっすぐし過ぎていて弟子入りの件をなかったことにしたいまである」
「ほら、捻くれてるじゃない」
那須はまるで面白いものを見つけたような顔で笑っていた。
ここまで無邪気になれるのもあれだな。というか面白いものってなんだ。俺の顔そんなに面白い? それって大体キモイと同義だよな。あっ、ちょっと目から汗が……。
「……ッ!!?」
その瞬間、悪寒を感じるような非常に嫌な視線を感じた。
周りを見渡すと、2人、異常な目でこちらを見てくる奴等がいた。既知感を抱くその瞳は、まるで泥塗れになって汚れきった沼のようで。
「……それじゃあ、今度までに練習メニューを考えておくから」
「……? わかったわ。ありがとね」
彼女は礼を言うと、再び訓練室に向かって歩き出した。もう少し訓練をするつもりのようだ。
そして俺は、嫌な予感を感じつつその場をとっとと立ち去った。
☆
俺は那須との訓練を終えてから俺の住居である学生アパートに帰った。そこそこ栄養バランスを考えた食事をとり、ヘッドホンを取り出して音楽を鳴らしながら机に向かう。
今日の那須との訓練で、あいつに足りないものは大体わかった。そこを踏まえた上で、何を伸ばすかを考えていく。
――立ち回る時に意識が俺から逸れたのは緊急で直した方がいいな。アタッカーを用意して対戦させるか。というかそれ俺だな。
――あとはシューターとしての役割も教えた方がいいな。基礎が完璧じゃない奴にはまずはここから教えた方がいい。
そんなことを考えながら、紙に書きだして練習メニューを構成していく。
小一時間ほどたったころ、少し切りがよくなったので伸びをする。時計を見るともう9時を過ぎでいた。風呂にでも入ろうかと立ち上がり、浴室に行く。いつも通り体を軽く洗い流し、湯船につかる。
そして、今日見た二人組について考えだした。
これまでに何度も見たことがある目だ。それに顔の方も見覚えがあった。だが、あの顔を少し思い出そうとするだけで、何故か頭が痛くなる。
――どこかで会った……!?
思い出せそうだが思い出せない。頭の中でフィルタリングされているような感覚だ。
気付かぬうちに30分ほど湯船につかっていた。仕方なくそこで思考を中断させ、湯船から上がる。
そしてそのまま歯を磨き、明日の朝食の用意をしてから布団に飛び込んだ。しこりはまだ、残ったまま。
明日は入学式だ。
☆
早朝。
目が覚めるのが早かった。昨日あったことが未だに尾を引きずっていたため、目覚めは最悪だったが。
寝ぼけ眼のまま俺は食卓に向かい、冷蔵庫から冷えたマッカンを取り出す。
二年半前に両親と小町を失ってから、家事等は一切合切すべてやるようになった。
先に朝食だけを食卓に並べてから、制服に着替える。昨日炊いた米に、野菜、そしてソーセージ。いつもの俺の朝の食卓だ。
制服に着替え終わってから、食卓に着く。
「……いただきます」
誰に向けたわけでもない言葉を呟くと、いそいそと食事を始めた。
☆
俺の住んでいる学生アパートと総武高校との距離は割と近めだが、徒歩で通える距離ではないため、先日中古の自転車を購入した。
アパート下の駐輪場に止めてある自転車を道路まで押し出し、またがって漕ぎ出した。
現在時刻は6時58分。 若干早いが、迷った時のことも考えるとこのくらいがベストな時間だろう。はい嘘ですただ暇だっただけです。
地図で見たところ、自転車で総武高校まで行こうとすると30~40分ほどかかる。だが電車を使おうとなると、駅まで5分、電車で乗り換えを含め20分、最寄駅から高校の校門をくぐるまで15分。自転車を使う方が微妙に早いのだ。さらに電車賃も浮く。電車賃って割と高いんだよな…。
住宅街で風を感じながら自転車を漕ぐ。
スクランブル交差点で信号につかまり、自転車を止める。
右側からに同世代ほどの女子が犬を連れながらランニングをしていた。
ところが突然、その犬が飼い主の下を離れて路上に駆け出した。
「あっ!!サブレ!!」
飼い主はその事態に動転しパニックに陥っていた。さらに運の悪いことに、そこに軽自動車が近づいてきた。
「おいおい、嘘だろ?」
しかもなぜか犬は道路上で立ち止まる。此処まで来ると、流石にその後に起こる構図が目に浮かんできてしまった。
さらに言えば、この場で間に合いそうなのは俺だけだ。
――事故保険入ってたっけ……!!
「ちょっと!?」
そんな声が聞こえる中、思いっきり舌打ちをし自転車を投げ出してその犬の下へ駆け込んだ。その犬の腹を抱えるように拾い上げ、そのまま抱え込んだ。
さて、ここからが勝負だ。
サイドエフェクトを発動させた。それと同時に周りの世界が灰色に染め上げられる。覚醒する意識の中、周りの正確な状況を確認し始めた。車と俺との距離はもう2メートルもないから、普通(・・)に避けては間に合わない。
だから、俺は飛び越えることにした。
犬を抱えていない方の手でまず、ボンネットに触れる。そのまま車の天井に転がりこみ、その勢いを緩和しながら地面に着地した。取り合えず危機は逃れた。
だが。
ほっと溜息を吐こうとし、立ち上がりながら正面を見やるともう一台車が来ていた。
俺の視界の死角にいたため、全く気付けなかった。その高級そうな車は勢いをほぼ弱めずに俺に突っ込んでくる。着地後の硬直状態にあったため、避けることが出来なかった。
大きなクラクションの音が鳴り響き、非常に鈍い音が俺の体の中に響いた。酷く歪みながら動転する視界。
無重力状態のまま思考を回転させた。
――あ、車に突き飛ばされたのか、俺。
車に突き飛ばされた勢いのまま俺は地べたを思いっきり転がった。もともと痛みには耐性があるからそっちは大丈夫だが、、だんだん意識が薄くなっていくのがわかった。
近くからは、「ちょっと!?大丈夫ですか!? あっ、救急車!!」と女の人が叫んでいる声が聞こえた。
すぐ近くが騒がしい。野次馬が集まって来ているのだろう。俺は見せもんじゃねぇんだよ。
――もう一本、マッカン飲みたかったな。
そう思いながら、俺は視界を暗転させた。
☆
目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。意識を徐々に回復させながら周りの状況を確認しようとして体を動かそうすると、体のあちらこちらに鈍い痛みが走った。
「ッつう!?」
俺はこの痛みの原因がなんなのか考えていたが、どうやら病院にいるようだった。確か、車に轢かれたんだっけか。
「あ、目が覚めた?」
不意に掛けられた声に思わずびくっとしてしまい、そのせいでまた鈍い痛みが体を走る。
「あんまり無理しないで。右足と肋骨数本骨折、これに全身打撲。全治1か月なんだから」
声の主はベットの横にいるようだ。
目線を向けると、きれいなお姉さんがいた。どこかの高校の制服を身に纏い、ベットの横にある椅子に腰かけている。
「誰?」
俺はボーダーの中でもボッチなので、知り合いの人数もようやく五本の指を超えるといったところだ。俺は抱えていた疑問をぶつけた。
「んー、まぁ知らないのも仕方ないか」
彼女は大きく息を吐き、再び語り始めた。
「ボーダーB級5位嵐山隊オペレーター、綾辻遥です。比企谷君」
嵐山隊のことは聞いたことがある。構成はオールラウンダー2人にスナイパー1人の以前からB級上位にいる部隊だ。
なおさら疑問しか浮かんでこないんだが・・・・。
「だったらなんでいるの?って顔だね」
「いやまさにその通りなんだが」
彼女との接点は全くないはずだ。そもそもなんで俺の名前を知っているんだ? 病室の札があったか。
「私も事故の現場にいたのよ」
なんだと? って…。
「あぁなるほど……」
だんだんと疑問が解消されてきた。
どうやら彼女は俺が車に轢かれたところをたまたま見ていたようだ。どうやら俺の経過が気になったらしい。
「かれこれ事故から半日近くは昏睡してたんだよ?」
そう言われ病室の時計を見ると、時刻は午後7時30分を少し回ったところだ。結構寝てたんだなと思いつつ、もう既に夕闇に染まった窓の外を見た。
「犬は」
「え?」
「あの犬はどうなった?」
俺は先ずアホな飼い主の犬のことが気になった。案外突き飛ばされた衝撃で潰れてたりしてないだろうな?
「ちゃんと助かったわよ。飼い主さんが何度もお礼を言ってたよ」
どうやら俺の心配は杞憂だったようで、ちゃんと助かっていたらしい。まずはそのことに胸を撫で下ろす。
その時、不意に扉が開かれた。
「失礼します」
そういって入ってきたのは、十人の男性が見たとして九人が絶世の美女だというであろう女性だった。ちなみに後の一人はちょっと危ない奴だ。
☆
その女性はベッドの近くまで来ると綾辻に「大事な話があるから席をはずしてくれない?」と聞いた。綾辻はそれに頷き、「それじゃあ、またね」といってから帰っていった。
「お話し中ごめんね」
「いえ、大したことは話してなかったので、別に大丈夫です」
実際、事故の後にあったことを聞いただけだしな。
「それでなんだけど、私の名前は雪ノ下陽乃。私が何でここに来たかっていうと、今日あった事故の件で取引があったからなの」
「・・・・取引?」
思わぬ意外な言葉に首をかしげる。
「そう、取引。私の妹が乗っていた車が事故にあってしまったこと。あれを無かったことにしてほしの。
私たちの家は結構な良家でね。このことが公にばれるといろいろと不味いの。その代わり、入院中の治療費とかは私たちが全て負担する、ってことで」
「それは正直こちら側にとっても非常に有難いですので、俺はそれで構わないです」
俺は治療費等が浮いたことで内心ガッツポーズをしつつ、それを悟られないように一瞬目線を下におろす。
「それと、ご両親に連絡を取りたいんだけど、なかなか連絡先が取れなくって……。比企谷君、両親がどこにいるか教えてくれない?」
「他界しました」
そりゃ両親に連絡しないと不味いよな。まぁ俺の場合親が大規模侵攻で死んでから保護者がいないが。
「え・・・そうなの。ごめんね」
「いえ、別に気にしてないんで大丈夫です」
実際俺は全く気にしていない。むしろいなくなってくれて万々歳だ。
それを察したのか、雪ノ下さんはもうこれ以上言ってこなかった。だが、その目は少し面白いものを見つけたような危険なものだった。
ただ、俺はさっきから妙な感覚にとらわれていた。この目の前にいる女性に会った瞬間から違和感しか感じられない。美人で人当たりがよく、その振る舞い一つ一つが完璧に洗練されたような。まるで男たちの理想をそのまま絵に描いたような美人なのだ。
―――絵に描いたような……?
「比企谷君は総武高校に通っているんだよね?」
起きたてで覚醒しつつある脳を働かせていると、雪ノ下さんが話題を振ってきた。
それこそ、俺の思考を中断させるかのように。
「今日から入学予定でした。っていうかなぜわかったんです?」
「そこに制服置いてあるじゃない」
雪ノ下さんが指さした方を見やると、そこには制服が机の上に綺麗に折りたたまれてあった。その制服の彼方此方には擦り切れた後や血が滲んだような跡があった。服にはアフターケアとかないのかよ。ちょっと残念。
「あぁ、なるほど」
「ちょうど入れ違いになるのよね。私、総武のOGなんだ」
「へぇ、そうなんですか」
意外であった。まさかこんなところで
「私の妹も今春から総武に入学するの」
「妹?」
こんな姉がいたらさぞかし迷惑だろうな、などとその妹に同情しつつ、俺は感じていた違和感が段々形になってきたのを感じつつ、話を促した。
「うん。それなりに受験勉強頑張ってたからね、首席だったみたいだよ」
「首席…か…」
俺は思わずキョトンとしそうになったが、体裁を維持した。俺は学校から直接首席だと言い渡されたのだ。どういうことだ?
だがその疑問もすぐに解消されることとなる。
「新入生代表で挨拶してたからね。それとも何かおかしなことあったかしら?」
それを聞いて俺はようやく理解した。この人は新入生挨拶をする人が首席だという解釈をしているようだ。
ただ、この人にそれを言うとどつぼに嵌っていきそうな気がしたため、ここは敢えて伏せておく。
「いえ、なにも。それで、用件はさっきので全部っすか?」
俺は遠まわしに「用が終わったんならさっさと帰れ」と言ってみた。この人に対する鎌かけでもある。
さぁ、どう出る。
「面白いね、君って」
その瞬間、病室が絶対零度の空気に満たされた。俺はもう一度この人を見やる。
その目は先程までよりも細くなっており、瞳には温度が感じられない。口は微笑んではいるが、それだけだ。
ここにきてようやく、俺は先程までの違和感の正体を理解した。
この人は――いや、化け物は、自分がどれ程美人なのかを理解しており、どのような振る舞いがよりよく見えるのかを知っているのだ。
美人で人当たりがよく、親切で、誰とでも分け隔てなく付き合える。
まるで絵に描いたような理想的な女性だ。だが、理想なんてものは存在しない。
この女は――それこそ、ガンダムのような――超強化外骨格をしているのだ。
「確か、比企谷八幡君だったよね?」
怖い。ホントにコワイ。顔は笑っているんだが目は笑っていない。その体から放たれる冷気に冷や汗を流し、唾を飲み込む。
「そう…です」
ただそのことに返事をするだけでも凍り付きそうだ。俺はこの化け物を逆に睨み返すように言ってやった。なぜかやられっぱなしな気がしたからだ。
すると、化け物は愉悦に顔を歪ませ、こう言ってきた。
「比企谷君はホントに面白いなぁ」
その言葉でまた部屋の温度が下がった。この人の評価の基準が全く分からない。俺が抵抗すれば抵抗する分だけ、鎌を掛けようとすればしようとする分だけ、どつぼに嵌っていく。
「あたしの名前は雪ノ下陽乃ね。ちゃんと覚えてよ?」
再び、洗練されたような仕草を
「それじゃあ、私はこれで。またね?」
だか、俺に反撃を許す前に、陽乃さんは帰っていった。彼女の「またね」というセリフには寒気を覚えたが。
二度と会いたくない。
それが彼女に感じたことだった。
彼女が居なくなった後の病室は、まさに『台風一過の青空』だった。
☆
病院からの帰り道。私、雪ノ下陽乃は少し上機嫌に歩いていた。
今日、一昨日にあった交通事故の件の取引を、被害者である比企谷八幡に交渉しに行っていた。こういった交渉事は高校以来よく任されるようになった。特に苦でもないが、私のことを舐め回す様に見てくる男連中には少しうんざりしていた。今日の交渉相手も男だと聞いていたため、ため息を内心だけで吐きながら交渉相手のいる病室へと向かった。
だが、思わぬことがいろいろと発覚した。
彼は私と話すごとに顔をしかめていった。始めの内は気のせいかと思ったが、それは段々明確なものへとなっていった。
ときどき私も鎌かけをしてみたりした。でも彼は、ボロを出さなかった。
私は始め、雪乃ちゃんが新入生挨拶をすると聞いたから、首席だったのかなと思っていた。だけど、それ以外のことを喋りはしなかった。あの子はいつも正直だ。絶対に嘘はつかない。でもあの子の都合が悪い時、本当のことを言わない。
だから私は彼女は主席ではないと思った。いや、実際そうなのだろう。別に首席でなくとも、新入生挨拶をすることはよくある話だ。
そして、今日あった彼。
総武高校生であるということはすぐにわかった。そして、会話を重ねていくうちに”実は彼が首席なのではないか”と疑い出した。
だから私は、何度か鎌を掛けてみた。でも彼はその鎌のことごとくを避け切った。
更には、明らかに鎌かけと言えるようなセリフまで言ってきた。
”用件はさっきので全部っすか?”
つまり、彼は遠回しに”帰れ”ということで、私の出方をうかがったのだ。
これを聞いた瞬間、私は歓喜に包まれた。彼は気付いたんだ。いや、気づいてくれたんだ。私の仮面に。
だから私は、その仮面を取り外すことにした。
彼は私の本性に動揺しているようだったが、決して怯まなかった。あろうことか、私を睨み返してきたのだ。
「比企谷八幡君、か……」
私は彼の名前を呟いた。
彼が総武高校にで雪乃ちゃんと同級生になったことはおそらく偶然ではない。そう思えてしまった。
私ではあの子を救うことはできない。だからどうか……。
「どうか、雪乃ちゃんを救ってね」
そう呟きを零し、彼女は夕暮れに染まった道をゆっくりと歩いて行った。
後書きストーリー Vol.1
ずっと誰かを、探している。
切っ掛けは二年前くらいだろうか。私が友達と一緒に遊び半分で警戒区域内に入ってしまった時のことだ。
運悪く、そのタイミングで大型の近界民が飛び出してきた。
私は恐ろしくなって腰を抜かしてしまった。
他の女の子は蜘蛛の子を散らしたかのように大急ぎで逃げ出して、後には私一人が残された。
見上げると、真っ白な体に一つ目の化け物。
まさかこんなものが私たちを襲っているとは思いもしなかった。
いや、知ってはいたのだ。ニュース番組とかでよく放送されているのを見たことはあった。でも、あまりに非現実的なため、信じていなかったのだ。
化け物の大きな一つ目が私を捉え、勢いよく襲い掛かった。
私は「死んじゃうのか」と、ある意味他人事のように受け止めてしまっていた。
自分がすぐに死んでしまうなど誰が信じれるのか。
でも、私は死ぬことはなかった。
代わりに感じたのは激しい衝撃と、目の前にいる人の気配だった。
ゆっくりと目を開くと、日本刀のような輝く刀身の刀でその近界民を抑える男の子がいた。その背中は今まで見てきたどの男の子よりも大きかった。
その男の子は私がケガをしていないのを確認すると、一瞬でその化け物を切り捨てた。
瞬きをする間さえ与えなかった。
その男の子は私に振り返るとこういってきた。
「けが、無いか?」
一目ぼれだった。
その佇まいに、そのやさしさに、私は惚れてしまった。
その男の子は私が大丈夫なのを確認すると、ボーダー基地に連れて行ったくれた。
その後のことはほとんど覚えてない。
気が付けば家の前に立っており、日付もすっかり変わってしまっていた。
そして、彼の名前も、顔も、全部忘れてしまっていた。
辛かった。
思い出したくても思い出せない。
頭にフィルターが掛けられたように思考が曖昧になってしまう。
その日は大事を取って学校を休んだ。
その翌日。私が学校に顔を出すと、あの日一緒に行った友達からは随分心配されたけど、私は大丈夫だよ、の一言で一蹴した。
それ以来だろうか。私は男の子から告白されることが多くなった。
もともと容姿には自信があったし、当然と言えば当然か。
でも、告白が成功しないとなると、今度は外堀を埋めようとする男子が目に見えて増えっていった。
私はそれをいいことに多くの男子を使いパシリにしていた。
次第に彼のことを忘れていったことに気付かずに。
それから大分たってから。
突然、夢にあの日のことが思い出されるようになった。
初めて見たときはあまりに衝撃で思はず飛び起きてしまい、そのたび記憶のほとんどを失ってしまっていた。
それを繰り返すうち、私は誰かを探していることに気が付いた。
でも手がかりはほとんどなく、どうしようにもなかった。
でも私は知らなかった。
その彼とは、一年後、思いもよらぬ形で再開することになるとは。
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後書き
はい、ここまで読んでくださってありがとうございます。
後書きストーリーでは、どのキャラかは明かしません。 というか最初のセリフあの映画のパクリやんけ! とか思っている人もいると思いますが、あの映画の記憶という点とボーダーの記憶消すアレとなんかイメージが合致しちゃって、「よし、書くか」という感じで書きました。
だってそっちの方がおもろそうやしww
あと作者は受験直前期なのもあって一月分の後書きストーリーと二月分は出せそうにないです(-_-;)
感想、評価、酷評、指摘して下さると幸いです。
あ、それと皆さん。よい御年を。