遥か意識は灰燼に   作:バナナ暴徒

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次回最終話です。


ある日の昼下がり

 会長の家の前から見た街の景色はやはりというか、既視感を覚えるものだった。俺は軽く溜め息をついて電信柱に寄りかかる。そろそろ集合時間になる。九条は電車で来るからここまで上がるのは結構大変なのではないだろうか。集合時間になると、ガチャリと扉の開く音がし、目の前に会長が姿を現す。

 

「あらおはよう。」

 

「ああ。」

 

 会長は俺の隣に来るとガードレールに軽く腰かけた。そこから振り返れば街を一望できる。

 

「九条さん迷ってないかしら。」

 

「平気じゃないか?」

 

「貴方って本当会話を切るのが上手いわね。」

 

「それほどでも」

 

 俺がそう適当に答えると会話が無くなった。久しく見ていなかったを突き抜けるような青空を見上げたが、晴れてしまったことを実感して少し気が滅入る。溜め息が無意識に口から吐き出されると、少し湿気を含んだ風が顔を撫でていく。

 

「すいません!遅れました!」

 

 そんな時間がしばらく過ぎると、10m位離れたところから小走りで九条が近づいてきているのが見えた。

 

「大丈夫よ。さぁ行きましょうか?」

 

「ああそうだな。」

 

「あ、先輩本当に来たんですね。」

 

「来て悪かったな。」

 

「あ、いやそういうわけじゃ。」

 

「ほら、とっとと行こうぜ」

 

 俺のその声を合図に商店街に向かって歩きはじめると、九条は少し申し訳なさそうな顔をしてこちらをちらりと見て、会長と並んで話しはじめた。俺は特にその話を聞くわけでもなく、ぼーっとその後ろ姿を眺めながら歩き続ける。少し深めの溜め息をつく。快晴の日光に早くも鬱陶しさを感じながら、俺は脳内に浮かんでは消えていく嫌な既視感を振り払おうとしていた。坂を下る途中に見える景色は、どれもあの夢の光景と上手い具合にマッチしてしまう。色々余計なことを考えて現実逃避をしようとしたのだが、現実は案外残酷でもうすぐそこに商店街が見えてしまっている。現実逃避する余裕もくれないのか。

 

「先輩?」

 

「お、ああ?」

 

 何回か呼び掛けられていたようだ。全く気付かなくて少し返事がぎこちなくなる。だが、九条はそんな俺を華麗にスルーすると、平然と話しかけてきた。

 

「先輩はどこか行きたいところはありますか?」

 

「俺?いや特に。お前らに付いてく。」

 

「そうですか。了解です。ウィンドウショッピングがメインになると思いますが、せっかくなので退屈しないで付いてきてくださいね。期待してますよ?」

 

 軽く上目遣いで悪戯っぽく話しかけてくる九条に少したじろぎながら頷く。その様子を見た九条はにひっという感じで笑うと振り返り、再び会長と歩き始めた。会長が軽く九条の頭を小突いて笑っている。俺はその光景を見て、思わず口角が上がるのを感じた。そして、何か胸の中に暖かな物が広がっていくのを感じた。

 

 商店街では本当に冷やかしに徹していた。余程気に入った商品が無い限り店の中には入ろうとはしなかった。それでいいのかと思ったりもしたが、二人とも何だかんだ楽しそうなのでいいのだろう。それにしても今日は九条が妙に俺に話しかけてくる。しかも何故か上機嫌に。それはそれで嫌な気分はしないので俺も少しふざけた返答をしたりして、それなりに俺も楽しんでいるようだ。

 

「先輩先輩。こういうアクセサリーとか欲しかったりするんですけど、どれが私に似合いますかね?」

 

 そう言って九条が指差した先にはピアスが並んでいた。こういうのは本当によくわからないので、普段なら適当にあしらうところだが、今日は俺も機嫌がいいので多少真剣に答えてやろうと、目を細めてアクセサリーを吟味する。全体的にそれほど値の張るものでも無いので、値段は気にしなくてもいいだろう。九条に合うものか。正直な話、九条なら大抵のものは似合うと思う。だからといって適当な物を選ぶわけにもいくまい。そういえば花をあしらったピアスが妙に多い。俺はふと何ヵ月か前にレポートにまとめた花言葉を思い出す。これで決めるのも悪くなさそうだ。10秒位眺めると、1つのピアスが目に留まる。あまりメジャーな花でも無いだろうにと苦笑する。俺は九条を呼ぶ。会長と話していたらしい九条はワンテンポ遅れて返事をして、こちらに来る。心なしか緊張しているようだ。

 

「これなんか、どうだ。」

 

「おお、良さげですね。ありがとうございます。少し待っててください。買ってくるんで。」

 

 本当に買うのかと少し驚いたが、買うならと俺は九条を再び呼び止め、英世を四枚手渡す。

 

「釣りはいいから。」

 

「え?え?何でですか?どうしちゃったんですか?」

 

「こういうのは素直に受け取っておくものよ。九条さん。」

 

「ここで返されても俺の格好がつかない。」

 

「えぇ、じゃあありがたく。なんか先輩にお金を出してもらうなんて変な気分です。」

 

 少し躊躇しながらも会釈をしてレジへと向かう九条をみて、会長が口を開く。

 

「ほんと、どうしちゃったの?」

 

「いや、色々あって。」

 

 俺は適当に答えて誤魔化すと、会計を済ませて戻ってくる九条に飯を食わないかと聞く。そろそろいい時間だろう。

 

「お、いいですね。ちょっとそこら辺回ってみますか。」

 

 三人で外に出て商店街を彷徨く。思ったよりも飯屋が多く、迷ってしまう。どうやら他の二人は商店街を歩くこと事態が楽しいようで、談笑しながらブラブラ歩いている。

 

「あ、ここなんかどうでしょう。」

 

「あら、中々良さそうね。」

 

「ですよねー!ちょっとメニュー見てみましょうよ。」

 

 俺の意見は聞かず、二人は店先に置いてあるメニューを見始めた。俺はどこでも構わないからいいのだが、二人は。ふと、ずきりと一瞬頭痛が走る。そして、目の前の光景を見た俺は、少し顔をあげて思う。そろそろか、と。真っ青な空から降り注ぐ太陽の光のした、俺は夢に見た男をみた。あの覆面、あの模様、間違えようがない。商店街が騒然としている。だが、目の前の二人は気づく様子は無い。もう一度走ってくる男を見た俺は、少し違和感を覚える。頭痛をもう一度引き起こし、違和感の正体を突き止めようとする。持っているものがナイフになっている。そんなことを考えているうちに、男はすぐそこまで迫ってきていた。

 

「たすけて」

 

 頭のなかに一つの声がこだまする。さて、どうするべきか。目の前の状況の割りに俺はかなり冷静だった。いや助けることに変わりは無いのだが。どうでもいいことが脳内に浮かぶ。今日は楽しかった。こんな楽しい日は久しぶりだった。そして何より俺にまたあの感情をくれるとは思わなかった。本来ならば俺はそんな感情を抱いてはいけない人間なのだが。そう、今日俺は『幸せ』だった。この感情をくれた二人に感謝を、そして別れを言おうじゃないか。

 

「ありがとう。今日は楽しかった。じゃあな。」

 

 そう二人に声をかけると共に、俺は理性を握りつぶし駆け出した。男の前に躍り出ると、衝撃と共に腹に痛み、というよりはとてつもない熱さが走った。死への本能的恐怖が沸き上がってきたが、理性を解放し、本能を押し潰す。後ろで誰かの叫び声が聞こえる。歯を食い縛り、相手の顔面の真ん中に頭突きを食らわす。相手がふらついて、仰け反ったところに全体重を乗せたフックをレバーに入れる。相手が地面に倒れ伏せる。腹が一気に切れた気がする。やばいもう立てなくなってきた。もう立ってなくてもいいか。膝をつき、倒れるという格好つけた倒れかたなんてできなかった。後ろに無造作に倒れていく。頭打ったらどうしようか。打つにしろ打たないにしろ死にそうだな。どさりと誰かに受け止められ、ゆっくりと横たえられる。虚ろな視覚で誰かを捉えると、それは泣きじゃくっている九条だった。何か言っているが、俺の聴覚さんはもう仕事をしてくれないようだ。会長が泣きそうな顔で電話をしている。もう頭が働かない。嗚呼眠いな。睡魔と戦うってのはとんでもなく辛い。しかし、九条にあげたピアスが『シオン』の花をモチーフにしたもので正解だった。

 シオンの花言葉は

「遠方にある人を思う」

 

 最高じゃねえか


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