遥か意識は灰燼に   作:バナナ暴徒

8 / 10
多分次回かそのまた次回で終わります。


混乱し宙に浮く推理

 俺はその夜夢を見た。ただただあの女性が殺され続ける夢だ。何回も何回も何回も何回も何回も何回も殺されて、視界が何度も何度も何度も何度も何度も何度も真紅に染まり、助けてという言葉を幾度も聞いた。俺はその光景、声を聞きたくなくて、うずくまって、耳を塞いで、ただただごめんなさいと呟き続けた。何に対して謝っていたのかはわからないが、とにかく謝り続けた。涙と鼻水を垂れ流しながらとにかく謝り続けた。夢の中での意識が滅茶苦茶になってきた頃、薄く目に光が入ってきて、俺は自分が目を覚まして目を開けたことを自覚した。不思議と涙も鼻水も流しておらず、心も波がたっているどころか、風1つ吹いていない凪の状態だ。俺は溜め息をついてベッドから滑り降りる。寝間着から制服に着替えて、鞄を持ってダイニングへと向かう。意識的に夢の内容を思い出さないようにして、朝飯を簡単につくり、腹に詰め込む。朝から詰め込み過ぎたのか、軽く吐き気がする。そんな自分が馬鹿みたいで、溜め息をつき空になった食器を片付けて家を出る。また1つ溜め息をついて玄関に戻り、傘を持って再び家を出る。雨はまだ憂鬱に降り続いていた。

 

 学校の自分の席に着く。そして今日ここでやろうとしていることを頭に浮かべる。取り敢えずはあの宗教団体について調べることだろう。それ以外は?俺は溜め息をつく。何もすることが無い。寝てるか。

 机に突っ伏してからしばらくすると、生徒達がぞろぞろと教室に入ってくる。登校ピークというやつか。そんな中、俺の机の前で1つの足音が止まった。このクラスで俺に話しかけるような人物は一人しかいない。俺はその人物の顔を頭に浮かべながら、降ってくるであろう言葉を待った。

 

「今日部活に来るでしょうね」

 

 思った通りの声が降ってきて、俺は何故だか安心した。

 

「行くが?」

 

「そう」

 

 俺が肯定の意思を示すと、会長は満足そうに去っていった。なんのための問いだったのかはわからないが、会長は自分の席に着くと、スマホをいじり始めていた。誰かに連絡でもしているのだろうか。まぁ俺には関係の無いことなのだが。そう思い顔を前に向けると、授業開始の鐘が鳴り響く。さて、本日やることを敢行しよう。俺はズボンのポケットからスマホを取り出すと、検索欄をタップする。どう調べたものか。宗教団体の名前がわからないのだ。九条が忘れたとか言っていて、知ることができなかった。だが、大きな手掛かりはもう手にしている。どうやらこの街の宗教団体らしい。それだけでかなり絞られてくるだろう。教師が教室に入ってくるのを目の端で確認して溜め息をつき、この街の名前を記入する。検索候補の欄を見て少し驚く。この街の名前の後に、宗教団体という言葉が続いている候補があった為だ。本当に結構有名らしく、調べるだけで胡散臭い記事がいくつも出てきた。正直何故今まで知らなかったのかわからないレベルだ。俺がスマホを眺めて唸っていると、俺の名前を呼ぶ耳障りな雑音が聞こえた。スマホ云々と聞こえる辺り、教師の壊れたスピーカーのノイズが授業態度について、ごちゃごちゃ喚き散らしていることが推測できる。そろそろ修理に出して、俺の存在を無視する正常な機能をつけてほしいものだ。その方がお互い精神衛生にいいだろうし。そう思いながら俺は溜め息をついて立ち上がり、教室の外へと出ていく。ノイズからはなるべく離れた方がいいだろう。俺の名前をヒステリックに叫ぶノイズを背に受けて退出する途中、会長がどこか心配そうな面持ちで俺を見ていたが、随分珍しいことがあるものだ。彼女の中の殺したい人間リストではかなり上位に食い込んでいるはずだ。

 ノイズから逃れた俺は隠秘学部室にいた。資料もあるし、居心地もいい場所なので、調べものには最適だろう。宗教団体の調査を再開する。とは言っても、もう良さそうなサイトは目星をつけてある。それらのサイトに書いてあることを要約するとこんな感じだ。この宗教団体は終焉の日、ラグナロクを再現しようとしているらしい。そのために束縛されている自分達を解放させるという。それには贄が必要らしく、その贄は梅雨の時期の快晴の日に捧げるというものだ。俺は少し嫌な予感がして、明日の天気を調べる。小さな箱は素人にもわかるように易しく天気を予報してくれた。お出掛け日和の快晴。次に俺は本棚に向かい、古エッダと新エッダに関する本を探しだして長机に戻る。ラグナロクのページを探して紙を捲る。古い本だからか、染み付いた古本独特の薫りが立ち上る。この薫りは嫌いどころか落ち着くので好きだ。この本によると、この宗教団体は古エッダのラグナロクを再現しようとしているようで、自分達をこのロキとかいう神とかヨルムンガンドとかいう蛇に比定しているようだ。あまり北欧神話には詳しくないからこれが正しいのかどうかはわからないが。しかし一番の問題はラグナロク云々では無く、捧げられるという贄だ。神に供える何らかの物であり、それは時には人の死そのものになったりする。嫌な予感がしているのはそのせいで、夢の内容と明日を比べて見ると恐ろしい程の共通点があったりする。

 まず、晴天という条件。これが合うというのはさほど珍しいことでも無いだろう。梅雨という環境下で無い限り。

 次に、あの宗教団体の人間が人を殺している点だ。明日が梅雨のうちの快晴ならば、明日に贄を捧げるのはほぼ間違いないと見ていいのでは無いだろうか。贄が殺す訳では無いにしても、何かしらの害が及ぼされるのではないか。というか、世界を終焉の日にするのならば、人を念願のため一人二人殺す位何とも思わないのでは無いだろうか。

 そして3つ目。ついさっき思い出したことなのだが、この街には高台がある。そして、その高台には会長こと中村紫の家があるらしい。本人が言っていたし、間違いないだろう。街のつくり関連でいうなら、市役所の前には商店街がある。占いやってるとこまである。

 ここでもし、あの二人が一緒に出かけるとか言い始めたらそれはそれはまずいことになる。俺の夢そのままではないか。俺は溜め息をついて目を開けて時計を見た。いつの間にか寝てしまっていたようで、体感では5分程考え事をしていただけなのだが、丁度午前の授業が終わりそうな時間になっていた。今日は土曜日で午前のみのため、授業が終わってしばらくしたら九条たちもここに来るだろう。無論、本当に来るならばの話だが。俺は再び溜め息をつくと、取り出したままになっていたエッダ関連の本を棚に戻した。そして長机に戻って自作弁当を広げたところで、鐘が鳴る。俺はその鐘の音を聞き、少し急ぎ目に弁当を掻き込むとスマホを開いて、何とはなしに適当なWebサイトを開いてスクロールする。しばらくして部室のドアが開く。しばらくと言っても、すぐだったかもしれないし、もっと長かったかもしれない。しかし、それがわからないくらい思考が停止していた。柄にもなく少し緊張し、膝が軽く笑う。俺は深い溜め息をついて、便利な小さな箱をポケットの中に落とし込んだ。

 

 

 

「貴方がサボりまくったせいで私が色々注意されたんですけど?」

 

 ドアが閉じる音と共に会長の声がとんでくる。

 

「いや申し訳無い。」

 

 俺がそう答えると、ふんと鼻をならし会長は席に荷物を置いて、本棚を物色しはじめる。俺はその様子を見て頬杖をつく。それから程なくして再び扉が開く。思わず体が硬直する。

 

「あれ?先輩今日は早いですね?」

 

 咎めるような冷たい声。九条だ。どうやら会長の前で取り繕うのは止めにしたようだ。俺が口を開くよりも先に会長が口を開いた。

 

「コレね。一時間目の途中からサボってここにいたようなのよ。」

 

「ん。まぁそういうことだ。」

 

「うわ。ダメ人間じゃないですか。」

 

 引いた感じの声で俺を自然にディスる。いつもの九条のようだったので、少し安心して息を吐き出す。それからは俺を放って二人で色々楽しげに話しだした。俺はただ無視されているだけにも関わらず、楽しげな会話が飛び交う部室に安らぎを感じていた。『安らぎ』この単語を俺はちゃんと認識する。それと共に、1つの景色が、恐らく俺が忘れていたであろう夢の景色が脳裏にはっきりと浮かび上がってきた。小さな石作りの家の中の暖かな様子。そこにはあの女性とどこか安心したような、安らいだような顔をしている最初の夢に出てくる泣き叫ぶあの男、そして小さな男の子がいた。俺は少し考えて理解する。多分あの男は自分だろうと。あの小さな男の子は恐らく安らぎなのだろうと。馬鹿馬鹿しい仮説だが、俺が彼らに触れることができないのも事実なのである。

 目の前の女子二人の会話はいつの間にか明日の予定の話になっていたようだ。俺は嘆息してさりげなく聞き耳をたてる。

 

「じゃあ明日待ち合わせは紫先輩の家の前ってことで」

 

「ええ。あの商店街はあまりよく見たこと無いから楽しみだわ。」

 

「そうなんですか?それ結構損してますよ。」

 

 まるで予定調和のようだ。もうこれは確定したと考えても良いのではないか。俺は口を開いて二人に話しかける。

 

「ちょっといいか?」

 

 偶然というのは実は必然と同義である。偶然と思われている出来事も起こることは必然的なのであって、その出来事に対して受動的な人物が起こることを予想できたかできなかったかの違いにあるのだ。これはあくまで極論なのだが、宇宙ができたその瞬間からこれから起こることも起こらないことも全て決められていて、例えば俺が産まれてくることやこの夢に関する出来事も起こることは最初から折り込み済みだったのだと思う。つまり、これから俺が彼女達に言うことは、俺も彼女達も全く予想の範疇に無いことだろう。だが、俺達にとって予想外な出来事であっても世界は俺にそれ以外の発言を求めていないのだ。俺がどんなに他の言葉を紡ごうとしても、俺の口から流れ出てくる言葉はその言葉以外にありえないのだ。俺がその言葉を言うことは最初の最初から決まっていたのだから。俺にはその言葉以外許されていないのだから。

 

「それ、俺も行きたいんだけど。」


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