遥か意識は灰燼に   作:バナナ暴徒

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案外早く終わりそうです


一人になった

「えっと、それはどういうことですか?」

 

 私は思わずそう訊き返していた。先輩が私にこのような質問をしてくることはそう珍しいことでもない。しかし、それは部活での会話の中での話であり、こんな唐突な形で訊いてくることはまず無い。

 

「蘇生法ってことですか?心肺蘇生術とかじゃなくて?」

 

 私は戸惑いを隠さず、後をつぐ。先輩の答えを待っていると、突然先輩が歩みを止めた。私は慌てて足を止めるが、先輩より二歩くらい先に進んでしまった。私は少し急いで、後ろ向きに二歩歩いて先輩の隣に戻る。すると、私が隣に並ぶのを待っていたかのように先輩が喋り始める。

 

「いやそうじゃなくてだな」

 

 そこで一旦言葉を切る。私は何事かと先輩の顔を見上げるが、空を見上げているその顔は表情さえ見せてくれなかった。先輩は徐に口を開く。

 

「例えばな、上半身と下半身が切り離されたりした場合かな。」

 

 そう言うと、先輩は無表情のまま答えを求めるように私の顔を見る。表情からは何も読み取れないが、多分その質問を肯定するような答えを求めているのだろうと、私は感じる。しかし、私はそれに適する答えを持ち合わせていない。切り離されてすぐならなんとかなるのだろうが、多分先輩が言っているのは切り離されて事切れた状態からの蘇生だろう。それができるというのなら、それは最早オカルティズムの領域に入り込んでいる。知っての通り、私はそのような物が嫌いだし、あり得ないと思っている。なので、先輩には申し訳ないが、私の答えは1つだ。

 

「いや、無いと思いますよ。」

 

 先輩はその答えを聞くと、再び不景気な空を見上げた。そしてそのままの状態で口を開く。

 

「そうか、そうだよな。うん。ありがとな。相談乗ってくれて。」

 

 いつもの全く起伏の無い声でそう言うと、私の進行方向とは違う方向へ歩いていく。どうやらここで先輩とはお別れのようだ。最後に先輩が私に言った言葉を思い出しながら先輩を呼び止める。相談。先輩は私に相談してくれたらしい。今まで先輩に頼られることが全く無かった私は、その事実だけでとても嬉しかった。その嬉しさというのは、先輩とここで別れなければいけないという悲しさをどうやら上回ったようで、私は自然と笑顔になって先輩に別れの言葉を告げた。そうそれはもう今までで一番、とまではいかないかもしれないが、晴れやかな笑顔で。

 

「先輩。ではまた明日。」

 

 すると、あの普段表情を滅多に変えない先輩が私の笑顔を見て、非常に嫌そうに顔を歪めた。私はその顔を見た瞬間目の前が真っ暗になった。動悸も早くなる。息が荒れる。気付くことができなかったが、私は先輩に嫌われていたようだ。いつの間にか私の顔は笑顔を失い、泣きそうな顔で凍りついていた。私は急いで振り向いて、駅の方角へと走り出した。血を吐きそうになるほど胸が痛かった。私の体は雨でもうびしょびしょになっていたが、体の熱は冷めるどころか熱くなるばかりで。私の目からは沸騰しそうなほど熱い涙が溢れてとどまることを知らなかった。気付くと駅のホームに着いていて、周囲からは奇異の目を向けられていた。それでも私の目は涙を流し続け、顔は絶望で凍りついたままだった。

 

「あれ?九条さんどうしたの?」

 

 そんな時だった。優しげな声が私にかけられたのは。名前を呼ばれ、ふらふらと顔をあげると、今日出会ったばかりの紫先輩が心配そうに私の前に立っていた。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 俺はとんでもない勢いで走り去っていった、九条の立っていた場所を呆然と見つめ、それから空を見上げて自己嫌悪に陥った。一つ深い溜め息をつく。また俺は人を酷く傷つけてしまった。一応言い訳をしておこう。そうでもないと、自分が死んでしまいそうだからだ。俺は彼女の笑顔を見た瞬間、その笑顔が夢の彼女の笑顔に酷似していることに気付いてしまった。九条は俺に対して笑顔というものをほとんど見せてこなかったから、わからなかった。似ていると気付いた瞬間から俺の胸に鈍痛が走り、頭痛が増し、苦しくなって顔をしかめてしまったのだ。俺は降り続ける雨を見て溜め息をつく。よく考えずともわかる。支離滅裂だし、全く言い訳になってない。もう一度溜め息をつき、重い足を引き摺るように自宅へと向かう。また俺は人を酷く傷つけてしまった。 「また」とはいうものの、自分の暗黒時代とも言うべき糞みたいな時期を好き好んで思い出そうとは思わない。そもそもこの状況でそのようなことをするのは精神衛生に悪いし、なにより非生産的だ。また溜め息をつく。しかし今日は何も悪いことばかりではなかった。九条の笑顔を見て、夢に関する仮説が俺の中でできあがっていた。思考を落ち着け、自分の考えを反芻するために近くにあった自販機で缶コーヒーを買い、一気に半分くらいまで喉に流し込む。そして、自販機のすぐ隣にずるずると崩れ落ちるように座り込み、傘の下で俯いて地面と睨み合う。コーヒーを、今度は流し込まずに口の中で転がすと、思考がクリアになっていくのを感じる。端から見たらヤバい奴として通報されかねないだろう。しかし俺は、自分の考えを纏めるのに全神経を使い込んだ。ふっと軽く息を吐く。あまりに非現実的過ぎて笑えてきた。今日起こった出来事だけでわかることはかなりあった。それをもう一度整理しなおし、自分の夢との関連性を探る。

 

 まず、夢の中の女性に関してだ。会長と九条の笑顔を見たときに、彼女の笑顔がフラッシュバックしてきた。だが、フラッシュバックはするものの、肝心のその女性の顔がはっきりと思い出すことができない。靄がかかったように曖昧模糊として細部まで頭のなかで造形することができないのだ。ここから考察できることそれは、夢の中の女性が会長と九条二人を表した存在なのではないかということ。そして、あの教団の男。あいつはあの女性、俺の仮定では会長と九条、を鉈で切り殺していた。それが直接的な表現であるのかはわからないが、あの教団により彼女達が被害を受ける、酷い場合死に至るのは間違い無いだろう。あくまであの夢が所謂予知夢の類いだったらの話だが。俺はくぴりと少しコーヒーを飲み、溜め息をつく。あそこまではっきりとしていて示唆的な夢はそう無いだろう。取り敢えずは予知夢の類いだと考えておくことにする。外れていてもただの痛い妄想で終わらせることができる。俺は乾いた笑いを漏らす。そして思考を進める。

 

 もう一つ見た夢がある。草原で遊ぶ二人の姿の夢だ。ここで疑問が二つ浮かび上がる。あの夢に限って俺は聴覚以外の五感を取り戻していて、体を動かすことができた。そして、あの二人に触れようとすると、触れることができずに夢から覚めた。二人というより、あの女性か。俺はあの女性に触れようとしたか。つまり、あの女性に俺は触れることができなかったのだ。ここから何がわかるのか。それはあの女性及び、会長と九条は俺が触れることができない何かであるということ。しかしわからないことだってある。あの小さな男の子は何を表しているのか。あの二人と共にあり、戯れるもの。ダメだ何もわからない。溜め息をつき立ち上がり、コーヒーの空き缶をゴミ箱に放り込む。そして下着まで濡れきった下半身を引き摺りながら自分の家へと歩く。これ以上今日考えてしまったら下手すれば自ら死ぬかもしれない。正直今日起きた出来事だけで精神が擦りきれそうだった。俺は溜め息をつきながら今日一日を思い返す。恐ろしく長く感じる一日だった。家に帰ったらなにしようか。鈍痛を訴える頭と、擦りきれて火傷したように悲鳴をあげる精神を考えて何か暖かいものでも食べようか。取り敢えずこのままではダメだ。兎にも角にも明日の部活にはでなければなるまい。俺の中での引っ掛かっている夢に関する何かを解き明かす手掛かりを見つけるために。


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