遥か意識は灰燼に   作:バナナ暴徒

5 / 10
いつもより少し長めです。


新たな夢

 明るい陽射しが降り注ぐ。嫌になるほど柔らかな陽射しで、夢だとわかっていても夢でうつらうつらしてしまいそうだ。周囲を見渡すと広い草原で、青々とした草の色が俺の腐りきった目に刺さる。自分の後ろを見たとき、そこでは一組の、様子からすると姉弟だろうか、が仲睦まじく遊んでいた。片方の姉らしき方の女性は見覚えがある、いつもの夢の彼女だ。もう片方の弟らしき男の子は、どこかで見た覚えがあるような気がするものの、はっきりとは思い出せない。二人は何かボールのような物を投げ合って遊んでいるようで、小さな頃父親とキャッチボールをしたことを思い出させて、微笑ましい気持ちになった。もう少しじっと見たいと思い、体を動かそうとすると、自分に夢の中での感覚があることに気づいた。思わず声が漏れる感覚がしたが、相変わらず耳は聞こえないままなので、本当に漏れたかはわからない。だが、二人の様子を見る限り、漏れている心配はいらないようだ。ふさふさとした草の地面に手をついて立ち上がる。その立ち上がる感覚と共に目線の高さが高くなる。そして、歩く感覚と共に視線が前に移動し、二人に近付く。手も動くのかと、手を動かそうとすると何か動くものが視界の端にうつった。鼓動が跳ね上がるような感じがした。その動くもの、手らしきものを二人の方へ伸ばす。この距離なら届くはずだ。やっと彼女に触れることができる。しかし、その瞬間視界に火花が散って、視界がテレビの砂嵐画面のようになった。そして、今まで聞こえなかった耳に、ある言葉が流れ込んできた。

 

「たすけて」

 

 俺は次の瞬間目を覚ます。夢の全てを記憶したまま。

 

 

 微かな頭痛と共にむくりと頭をあげる。蛍光灯の無機質な白い光に照らされた本棚を見て、まだ自分が部室にいることを理解した。窓の外を見ると、もう外は真っ暗で、梅雨という時期を考えると夜の8時位なのではないかと推測できる。それに加え、フリーズしながら少し驚いた顔で九条がこちらを見ているのが目に入った。彼女も驚いた顔をしているが、俺も九条がまだ残っていたことにとても驚いた。九条はそのフリーズから回復すると、慌てて自分の鞄からタオルを取りだし、こちらに差し出してきた。俺が目線で何故?と問いかけると、九条はただ一言汗とだけ発する。言われて気づいたが、今の俺はとてつもない汗をかいていた。軽く会釈して無言でタオルを受けとり、汗を拭き取らせてもらう。

 

「洗って返す。」

 

「わかりました。」

 

 九条の声が無機質に響き、少し居心地を悪くさせる。それに時間も時間だ。俺は鞄に手を伸ばし、帰宅を提案する。すると、また九条の声が部室に響く。今度は無機質という訳ではなく、どこか心配するような色が含まれていた。

 

「先輩。本当に何でもないんですか?正直マジで心配なんですけど。突然倒れちゃうし。何かあったら私に言ってくださいね?どうせ先輩私位しか何かを相談できる人いないでしょう?もうちょっと同じ部活の仲間頼ってくださいよ。」

 

 捲し立てられる九条の言葉は俺の耳を通り抜ける。こんなことを言ってくれる後輩がいるというのに、それに対し何も返すことができない。俺は優しい表情を作ろうとした。しかし、俺の顔面は自らの意思でそんな表情を作れない位に硬化してしまったようだ。結局無表情のまま、九条に声をかける。

 

「とりあえず帰ろうか。」

 

 九条は一瞬泣きそうな顔をすると、そのまま俯き鞄を手に持って立ち上がった。そして、目の辺りを腕でごしごしと擦ると、無機質に言った。

 

「それじゃあ帰りましょう。」

 

 

 外は静かに雨が降っていた。俺は学校に置き忘れてある誰かのビニール傘を開く。そして、可愛らしい色の折り畳み傘を開くのに少し手間取っている九条を待つ。

 

「お待たせしました。」

 

 小走りで5m位離れた所にいる俺に駆けてくる。近くまで来たことを確認すると俺は体を回転させて校門の方へと足を向ける。少し歩くと九条が話しかけてきた。

 

「一緒に帰るのは確か初めてでしたっけ。」

 

「そもそもお前が入ってきてそんな経ってないしな。」

 

 そこで一旦会話が途切れる。俺は隣を歩く小さな後輩の姿を見て、少し躊躇する。しかし俺は口を開く。あることをこの後輩に訊くために。俺は際限無く水を落とし続ける鈍色の空をぼおっと見上げて、最後の決心をした。

 

「死んだ奴を助ける方法ってあると思うか?」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 私は元来迷信の類いの物が嫌いだ。そんなあるかも無いかもわからないものを信じてそれについて話す、騒ぐなど、とてつもなく無益なことにしか思えなかったからだ。私のたくさんいる友達も大概がそんな噂好きだ。女子高生の生態なのだろうか。こぞってそのような話題をしようとする。というかする。それで勝手に盛り上がっているのは結構だが、あまり好きではないと公言している私を巻き込むのは勘弁してほしい。確かにそれ以外では話してて楽しいし、一緒に遊びにいったり互いの家に泊まりにいったりするくらいには仲がいい。だからといって、友達の言葉全てが楽しいと感じるわけではないということをわかってほしい。脱線してしまった。私は迷信が嫌いだ。だから、今私が所属している隠秘学部の活動内容を部活説明会で聞いたとき、とても胸が踊った。

 

「この世界に不思議なことなど無い。それを証明するための部活だ。」

 

 これを言った先輩の無気力な表情と相反した、多少力が籠った声を私は忘れない。まぁこれ以降このような声を聞いたことは無いのだが。多少勇気を振り絞っていざ入部してみると、そこは先輩以外の部員がいない寂れた部だった。そして今年の入部者は私一人。必然的に私と先輩二人だけの空間となっていた。今日までは。私はいつの頃からか惹かれていた先輩が、連れてきた初めての客に驚きを隠せなかった。その驚きというのは決していい方の驚きではなく、二人だけの空間を壊す闖入者の存在を連れてきた先輩に対する一方的な思い込みによる驚きだった。その思い込みというのも先輩もこの二人だけの空間を居心地がいいと感じてくれているのではというもので、独りよがりで端から見たらただの痛い考えでしかない。そんな思い込みをしていた自分に自己嫌悪したりして、紫先輩と話している間も自分を責め続けていた。だから、先輩が私だけに相談してくれたのはとても嬉しかった。その感情を表に出さないようにするのにかなり苦労した。そして、その直後に先輩が突然倒れたのだった。普通ならそこで保健室に連絡なりをするだろう。しかし私は普通ではなかった。この二人だけの空間をその日は誰にも邪魔されたくなかった。だからこそ私は二人だけの空気に蕩けながら時間を忘れて座っていた。その時間は今まで私が感じたことが無いくらい居心地がよく、とてもリラックスができた。先輩が起きた時はとても驚いた。先輩が突然起き上がったこともそうだし、時計の針が8時を回っていたのも驚いた要因のひとつだろう。先輩は起きたものの明らかに様子がおかしかった。何かを急いている気がした。恐らく本人も無自覚に急いているのだろう。そんな先輩を見ていると涙が出そうだった。

 

「先輩。本当に何でもないんですか?正直マジで心配なんですけど。突然倒れちゃうし。何かあったら私に言ってくださいね?どうせ先輩私位しか何かを相談できる人いないでしょう?もうちょっと同じ部活の仲間頼ってくださいよ。」

 

 気付くと私の口から言葉が流れ出ていた。自分でも止められなかった。しかし、出てきた言葉は私の本心そのもので。どうにかしてもっと自分を頼ってほしかった。例え振り向かれなくてもいいから。しかし、先輩はそれに対し、表情も変えずいつもの死んだような声でこう言った。

 

「とりあえず帰ろうか。」

 

 私はもう我慢ができなかった。私の言葉では先輩は何も感じない。何も変わらない。そう思い知ったとたんに我慢ができなくなった。目から涙が出てくるのを感じた私は下を向いて、情けない私の感情の発露を拭き取った。せめて私の弱いところは先輩に晒したくはなかった。そして私は何事もなかったかのように先輩にいい放つのだ。

 

「それじゃあ帰りましょう。」

 

 と。

 

 

 外は私の心情を表すようにしとしとと静かに雨が降っていた。先輩と一緒に帰れるという喜びと、何をやっても私に振り向いてくれることは無いという絶望感がない交ぜになって、奇妙な気分になった。そのためか、緊張というものも表出してきて折り畳み傘を開くのに手間取ってしまう。先輩の視線を感じて、とても恥ずかしくなって顔が真っ赤になっているのを感じる。暗いから先輩にはわからないだろうか。どうかわからないでほしい。そう思いながらも先輩に早く近づきたくて、小走りで先輩に駆け寄る。先輩は私が近くに来たことを確認すると、気持ちゆっくりと校門の方に向いて歩き始める。私は隣に追い付き、二人で歩く。言い知れない幸せを感じる。胸の奥が暖かくなると同時に少しの痛みが生じる。この先輩と二人で帰るという貴重な時間を一分一秒無駄にしたくない。私は下を向いて歩く。涙がまた出てきそうだ。私は切ないという感情を、ここで初めてちゃんと理解したかもしれない。ただ一緒に歩いている記憶だけじゃちょっと寂しいな。私は二人で帰っている時に二人で話したという記憶を作るために口を開く。なんだか本当に乙女みたいで気持ち悪い。

 

「一緒に帰るのは確か初めてでしたっけ。」

 

 自分の質問にあまりに失望する。思い出せばすぐわかるだろう。あまりに不自然ではないか。自分の不甲斐なさに奥歯を強く噛み締める。先輩の言葉が頭の上から降ってくる。

 

「そもそもお前が入ってきてそんな経ってないしな。」

 

 先輩と二人で帰っている時に会話が成立した、その事実だけで私は心が踊る。先程の自己嫌悪は無しだ。話しかけただけよくやったと自分を労う。もう特に思い残すことはない。恐らくこれから程なくして私達は自分の家に帰るために別れるだろう。雨粒が傘の上で儚げに砕け散るのを見て、寂しさが私の心を打つ。心が踊ったり寂しくなったり忙しいなと自分で自分を嘲る。すると突然先輩が声をかけてきた。声をかけたというよりは、問いを放ったと言った方がいい。

 

「死んだ奴を助ける方法ってあると思うか?」


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