次は少し早く投稿したいです。
学校の端のかなり陰気臭い場所に彼の隠秘学部は存在していた。私は無言で扉を開ける彼に続いて部室に入っていく。中には大きな本棚が二つあり、片方の本棚にはたくさんのよくわからない本が、もう片方には恐らくレポートが保管してあるのだろう、厚いファイルがずらりと並んでいた。そして、その本棚に挟まれるようにして置いてある一つの長机には、一人の小柄で可憐な少女が座っていた。その少女は顔をあげてこちらを見ると、
「うぇ!?」
と世にも不思議な声をあげ、こちらを凝視した。
「先輩?これはどういうことですか?先輩なんかと生徒会長が何故一緒に?釣り合わなさすぎじゃないですか?もしかして付き合ってるとかぁ?」
「入部希望者の会長様だ。」
少女の言葉をスルーして一言だけそう言うと、彼は少女に顔を向けて脅すように声をかけた。
「あんまり適当なこと言うなよ?次そういうこと言ったら犯すぞ?」
「そんな度胸も無いくせにそんなこと言っても脅しになりませんよ。」
少女はそう彼を嘲るとこちらを向き直り、席に座るようすすめてくる。私は特に遠慮せず長机の席についた。
「まず自己紹介ですよね。私は九条陽璃っていいます。次のレポートの発表はってレポートの説明は受けてます?」
私が頷くのを見ると九条さんは話を進める。陽璃と書いてあかりと読むらしい。
「えっとですね、私の次のレポートのテーマは、ドッペルゲンガーと遭遇したら死ぬっていう迷信の完全否定です。まぁ、要はこんなことやってますよってことで。えーと会長さん?」
少し言いにくそうに私を会長と呼んだ九条さんがこちらを見る。
「私は中村紫。適当に呼んでね。」
「あーゆかり先輩ですか。えっと紫先輩は最初はやらなくていいですから、私たちの発表を一回見てもらって、その次からレポートの発表をしてもらいたいと思ってます。」
「あ、うんわかった。」
どうやらその難しそうな発表は最初はしなくてもいいらしい。少しホッとして、目を九条さんから前に戻すと、目の前に座る無表情の男が目に入った。虚空を虚ろに見るその目からは、何の表情も読み取ることはできなかったが、首筋に汗が伝っているのが見えた。少し変だ。この部屋には冷房がよく効いている。
「先輩?具合でも悪いんですか?なんか変ですよ。」
怪訝な顔をした九条さんが彼に問いを放る。
「いや、何でもない。」
虚空を見つめたまま呆然と答えを返す様子は明らかに何でもない状態ではない。九条さんは少しむっとした顔をして、気持ち早口で捲し立てる。むっとした表情がとても可愛い。
「何でもないわけないでしょうが。なんか先輩も変ですし、今日はもう終わりにしましょう。」
「え、流石に早くない?まだ20分位しか経ってないけど。」
「レポート発表が無ければいつもこんなもんだ。」
そう彼は言うと、顔を九条さんの方に向けながら机に伏し、面倒くさそうに再び発声した。
「あー九条。ちょっと訊きたいことがあるんだけど今からいいか?会長は帰っといて。」
「ちょっと先輩?そんな言い方は無いでしょ?」
「あーすまんな。じゃあまた明日。」
「うん、明日ね」
彼が発した言葉の響きに、一抹の寂しさのようなものを感じながら部屋の外に出ようとすると、後ろから可愛らしい足音が聞こえ、私に声がかかった。
「紫先輩。連絡先、交換してもらえますか?」
少し緊張した笑顔がとてつもなく可愛くて、色々大事な物を失いそうになったが、理性で抑え込み、連絡先の交換を無事成し遂げた。
「ではまた明日」
九条さんと私の言葉が重なった。
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俺は部室に帰ってきた九条に早く席に座るよう顎で促す。彼女は俺のその動作を見ると、眉をひそめとても嫌そうな顔をした。そして、恐らく俺に対しての苦言であろう。何事か聞き取れない程の小さな声で吐き捨てると、いつもの温度を感じない目を俺に向けながら自分の定位置に付いた。相変わらずオンオフが早い奴だ。どちらがオンなのかオフなのかはわからないが。
しばらくそのまま見つめあった後、先程とはうって変わって、凍る程の冷たい声を俺にかけてきた。
「で、用って何ですか?あんまり先輩と話したく無いんで早めに済ませてください。不愉快なんで。」
何回もその発言を聞いているが、毎回ある疑問が俺のなかに浮かぶ。
「話したい内容とは異なるんだが、ちょっと訊かせろ。なんでお前この部活やめないんだ?」
九条は意表を突かれたような顔をすると、困った様に眉根を寄せ口をつぐんだ。そのまま無言の時間が数十秒続き、九条が少し躊躇った後口を開いた。
「何ででしょうね?」
声が和らぎ、少し声が震えているのがわかる。彼女の目も温度を感じないわけではなくなり、こちらには読み取れない、俺にとっては未知の感情が渦巻いているのが見てとれた。俺は少し動揺した。今までの関係でギリギリ保たれていた、二人の間の何かの均衡が崩れてしまったと感じた為だ。俺は一瞬崩れた俺達の関係を戻すために茶化すことにした。柄にもなく緊張する。
「お前も俺を愛しちゃってるか。」
「本当不愉快ですから早く本題に入って貰えませんか。それにそういうこと真顔で言うと凄く不気味ですよ。」
一瞬和らいだ声が冷たい声に戻り、目からも温度が消え失せる。関係の修復に成功したようだ。俺は心の底から安堵し、本題に入るために口を開く。ふと、自分の手が軽く震えているのに気づいた。
「いや、これなんだがちょっと見てくれ」
そう言って俺は今日描いた模様を九条の前に差し出す。理性で必死に押さえ込んだ手の震えは、俺の意思通りに止まってくれていた。
「見覚えとか無いか?」
彼女はそれを一瞥するとこちらを向いて口を開く。
「ええ、知ってますよ。」
一瞬心臓が跳ね上がるのを感じる。自分の声が上擦らないように意識しながら慎重に口を開く。
「じゃあこれは、なんだ?」
声は上擦らなかったが、震えてしまった。九条は首を45度位傾けて、怪訝そうな顔で俺を覗きこんできたが、すぐに興味を失った様に顔を元に戻す。
「えっとそれ、一部では結構有名なマークなんですけど、先輩本当に知らないですか?」
「いや知らない」
思わず即答してしまったが、有名というのには衝撃を受けた。
「これはあれですよ。最近この街にできた新興宗教って言うんですか?結構カルト的な宗旨で話題をさらってる宗教団体のシンボルマークですよ。名前は忘れましたけど。ん?先輩大丈夫ですか?」
九条の声で我に帰る。とんでもない量の汗をかいていた。そして、とてつもなく嫌な予感が脳内を占める。俺は体をぶるりと震わせた。