俺は全ての昼寝タイムが終わった後、学校の図書館に向かっていた。読唇術に関する本を借りようと思ったのだ。あの、夜決まって見る夢の内容も読唇術を使えれば多少は意味もわかるのではないかという、淡い希望を抱いた末の行動なのだが、俺は一つ溜め息をつく。言っていることがわかるようになるのはどの位後なのだろうか。一朝一夕で身に付くようなものでは無いだろう。わかるようになるまであの夢を見続けていられるといいのだが。
少しうろついて俺は見事に読唇術の本を手にすることに成功した。まぁ見つけたのは俺ではなく、司書のオッサンなのだが。
そんなこんなで少し上機嫌になった俺が図書館から出ようとした時、呼び出しの放送が校舎に響き渡った。いつも通り聞き流していた俺は耳を疑った。今まで縁もゆかりもなかった呼び出し放送に自分の名前が呼ばれていたら、それは誰でも驚くのではないかと思う。よく聞いてみると呼び出しの主は生徒会のようだ。意味がわからない。生徒会が俺を呼び出す理由が何も思い当たらない。俺が生徒会に関わったことなどほとんど、いや全く無い。強いて言うなら会長と多少話したことがあるくらいだ。実際にはやらないが、俺は脳内で可愛らしく首をかしげるしか無かった。
俺は生徒会室へと歩きながら思考する。俺が呼ばれる理由。生活態度の注意だろうか?自分で言うのもアレな話だが、俺はまぁ態度はクソだ。酷いもので授業をこれっぽっちも聞こうと思わないし、教師と口をきく気もない。だが、それは呼び出す理由になり得るか。わざわざ呼び出さなくとも、今日のように教室で注意すればいい話だろう。あっ、と俺は思わず小さな声を出してしまった。一つ失念していることがあった。何故俺が帰ってないとわかったのか。まぁ下駄箱を見ればいい話だが、何故そこまでして俺を呼び出す?訳がわからなすぎて身震いする。寝ぼけている間にとんでもないことをしでかしたりしたのだろうか。そろそろ生徒会室だ。入ったらまず何を言うのか決めなければ恐らく俺はどもる。必死に無い知恵絞って考えたが訳がわからなすぎて何も思いつかない。扉の前で一旦立ち止まり、ざわつく心を無理矢理押さえつける。俺の心はかつて無いほどの高波だ。
時間というのは俺が体感しているより進むのが早めらしい。気付くと5分位立ち尽くしていた。自分のへたれさに溜め息が出るのと同時に、諦めがついた。生徒会室のとってに手を伸ばしたとき、後ろから声がかかった。
「図太いあなたでも躊躇とかはするものなのね。」
後ろに振り向くと、嫌味な顔をした生徒会長がこちらを見ていた。あらかじめ考えておいた言葉を口から出そうとした。しかし、でてきたのは非常に挑発的で嫌味な予定外の言葉だった。
「余程俺のことが好きなんだな。わざわざ放課後俺を名指しで呼び出すとは。」
会長はその言葉を華麗に流すと、生徒会室の扉を開けて言った。
「今はもう誰もいない。ちょっとした個人的な頼みごとだから早く入って。」
「誰にラブレター渡せばいいんだ?生憎俺は友達とかいないぞ?」
「そんなこと百も承知だし、あなたに頼むほど知り合いに困ってはいないわ。そもそもそんな浮いた話私にあるとでも?」
「される方は結構ありそうだが?」
「どういうことかしら」
「美人ってことだよ」
「なぜかしら、あなたに言われても全然嬉しくないわ。そんなことより椅子に座りなさいよ。本題に入れないわ。」
「レディファーストな紳士なものでね。会長が座ってくれなきゃ座れないな。」
会長は訳がわからないという顔をして椅子に腰掛け、俺に座るよう促した。
「で、本題は?」
俺は口角をあげて会長に問いを出した。
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私は目の前に座る男にある種の恐怖を抱いていた。今までただのだらしがない生徒だと思っていたが、いや本当にそうなのかもしれない。だが、目の前にある濁った二つの眼球からはどんな感情も腹の内も読むことができない。背中に汗が流れる。目の前の得体の知れない男は挑発的に口角をあげて本題は何かと訊いてきた。まるで私の焦りを見透かしているように。私はばれないように小さく深呼吸をする。そして口を開く。
「隠秘学部に入れて欲しいのだけど。」
この学校は入部申請はその部活の部長に行う。他に類いを見ないような方式だとは思うが、それはどうでもいい。何故私がこんなことを突然言ったか。それは教師からあの部を少しでいいから見ていて欲しいと言われたからだ。私もこいつは気に食わなかったので、ボロ探しには二つ返事で了解した。しかし、今になって理由を訊かれた時に返すべき答えが中々出てこないことに気付いた。そのため、少しの間彼がこちらを無表情で見ている間は気が気ではなかったが、こちらにかけられた言葉は、問いではなく了承の言葉だった。
「じゃあ明日からな。遅れるなよ。」
「ええ、ありがとう」
ほっと一息つく。何故何も訊かなかったのかとても不気味だったが、ひとまず入部の許可が降りた。
「会長の家の方角は?」
「え?」
「帰りながら活動内容の説明とかしておきたい。」
「なるほど。街の高台の方よ。」
「そうか。帰るか。」
彼は素っ気なく言うと扉を開けて出ていこうとする。私は慌てて荷物を持って小走りで彼についていく。すると、廊下の先から世界史の教師が歩いて来るのが見えた。私は笑顔を作って挨拶をし、その教師をやり過ごす。どうも教師という人間は苦手だ。一瞬、隣からギリッという音が聞こえた、ような気がした。歯軋りの音…?笑顔を解いて隣を見ると、顔を少ししかめた得体の知れない男が面倒そうに歩いていた。やはり、気のせいだったようだ。何故だか少し安心して前を向くと、隣から深い溜め息をする音が聞こえた。
校門を出ると彼は唐突に口を開いた。正直会話がなくて気まずかったのでありがたかった。
「そもそも隠秘学ってわかるか?」
「申し訳ないわ」
「所謂オカルティズムってやつでな?オカルト位はわかるよな?」
「流石にわかります。」
馬鹿にされた気がして少しムッとしてしまった。隣を歩く男は二へラと笑う。腹が立つより目が笑っていない恐ろしさが勝って少し汗が流れる。
「我が部活ではな?一ヶ月に一度、そのオカルトを否定するレポートを発表する。例えば何故正夢を見るのかとかな。」
「オカルトの否定?」
「そうさ案外楽しいもんだぜ。今は後輩ちゃんと二人だけの寂しい部活だけどな。最盛期は四人もいて賑やかだったらしいぜ。」
「随分と自虐的なのね。」
「話すこと無くなっちまったな。」
彼は私の言葉を受け流すと、口を閉じた。無言の気まずい時間が再び到来してしまった。暫くすると彼は手をヒラヒラさせて違う方向へと去っていった。ほっと息を吐き出す。同級生にここまで緊張するとは思ってもいなかった。
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俺は、夕飯を腹に詰め込み、風呂に入り、歯を磨くという夜のルーティーンを終わらせ、パソコンに向かった。ゲームをしながら夢のことに思いを巡らす。あの夢は何かのメッセージを俺に伝えようとしているのか。今日何度目かの思考をするために彼女の笑顔を思い出してみる。画面の銃のエイムがぶれた。いくら考えても俺の結論は変わらなかった。あまりにあの二人は似すぎている。これ以上今日このゲームをやっても成績は伸びなさそうだ。溜め息をついてパソコンの電源をおとし、布団に入る。
そして、夢を見る。