稚拙な駄文だとは思いますが、本編へどうぞ
晴れ渡る空。異国情緒溢れる街の高台にある塀の影から、一人の可愛らしい女性が街を覗くようにちらりと顔を出している。少しするとその女性は、何かを決心したように街への階段を降り始めた。その先にあるのはどうやら市場のようだ。道行く人々に笑顔を振り撒き明るく挨拶しながら彼女は進んでいく。何も変わらない。毎日何も変わりゃしない。
暫くすると賑やかな市場に着く。この街の中心部みたいなものか。目の前には、この街を統べているであろう石造りの洒落た城がそびえている。女性は小さめの鞄を片手に市場を物色し始めている。店主と値段の交渉でもしているのだろうか。少し意地の悪い顔で楽しそうに話している。あぁこれが出てきたってことはそろそろか。何も変わらない。毎日何も変わりゃしない。
俺には音が聴こえていないがそれでもわかる。市場が騒然とし始めている。だが、その女性は鈍感なのかそのいつもとは違う市場の賑やかさに気付いていない。いつもの方向へと視線を向けると見慣れた大男が走ってきていた。よく分からない模様の描いてある覆面を被って大きな鉈を振り回しながら走ってきている。人々は店の影に隠れて怪我をしている人はあまりいなさそうだが、彼女は反応が遅すぎた。呑気な顔でそちらの方を見たときには、彼女の上半身と下半身は離れていた。彼女の内臓やその他諸々が飛び散るのは最早見慣れた光景だ。彼女の全てが地面に落ちた時、若い男が駆け寄ってきて叫び声をあげる。何を言っているのか、読唇術でも使えたらよかったのだろうが、そんな小洒落たものは使えやしない。そろそろ目が覚めるか。何も変わらない。毎日何も変わりゃしない。
俺はいつしかその女性に恋をしていた。
何も変わらない憂鬱な朝をまた迎える。昨日から梅雨入りだったからか、窓からは鈍色の空が覗いている。むくりと上半身を起こし、額の汗を拭う。目を閉じると未だに彼女の鮮血の色がありありと思い出せる。深く溜め息をつく。
また同じ夢を見ていた。
朝飯を食べて、高校へと向かう。耳のイヤホンからはいつも通りパンクロックが流れてきている。今日の時間割りはどんなだったか。思い出そうとして思いとどまる。どうせ寝るだけだ。本日二回目の溜め息をつく。どんどん幸せが逃げていくのを体感した。そろそろこの溜め息をつく癖を治した方がいいかもしれない。いずれ全ての幸せが逃げていってしまうかもしれない。いや、そもそも俺って今幸せなのか?そう考えようとして思い直す。幸せがなんたるかもわかってないのだから、そんなことは考えることさえ愚かだ。幸せを理解できる人間などいるはずがない。
高校の校門では生徒会の連中が案山子みたいに立って0円挨拶の叩き売りをしていた。挨拶を返す奴なんてろくにいるはずもないのに健気なことだ。一際大きな挨拶がきこえる方にちらりと目を向けると、笑顔を振り撒いて挨拶をする生徒会長の姿が目には入った。夢の中の彼女がフラッシュバックしてくるようでとても胸糞が悪い。朝から反吐がでそうな気分になりながら、俺はまた溜め息をついて校門をくぐり、自らの昼寝場所へと向かった。何も変わらない。平凡な一日のスタートだ。
耳障りな声で浅い眠りから覚醒すると、世界史の教師がまだつまらない授業を続けていた。昼寝では珍しく何か夢を見ていた気がする。いつものあの夢は鮮明に覚えているから違う夢なのだろう。そう思ったとたん、ふと石造りの瀟洒な一軒家が頭の中に浮かび上がってくる。それと共に襲ってきた強烈な頭痛に思わず声が出てしまった。
「がっ!?」
「どうした?寝起きで頭でも打ったか?」
世界史教師が嫌味ったらしい口調でこちらに声をかけてくる。俺は無言でそちらを睨み、机に突っ伏した。なにやら世界史教師が喚いているが、俺はイヤホンを耳に突っ込み、外界とのコネクションを断った。世界史教師は諦めたようで、こちらを忌々しそうに一瞥すると授業に戻っていった。これで静かに色々思考できる。
先程頭痛と共に浮かび上がってきたあの家のイメージ。あの家はなんだったのか。雰囲気的にはいつもの夢の石造りの城に似ている。同じ国の家とか?ただ、どうやらあの街にある家では無いようだ。家は沢山の木々に囲まれていて、閑静なところにぽつんと建っている感じだった。他は何があっただろうか。何か大事な事があった気がするのだが、全然夢の内容が思い出せない。いつもとは勝手が違う。思い出せない事がここまでイライラすることだとは思ってもみなかった。悶々と頬を机に押し付けていたら、俺はいつの間にか寝落ちしていた。
机から起き上がると昼休みを大体半分消費していた。無為な時間を過ごすことになんの抵抗もなくなっている。
軽く溜め息をついて耳からイヤホンを外し、飯をどうするか悩む。頭の3/4は寝起きで動きたくないと声をあげている。体の方はそれに全面的に賛成している。俺弁当持ってきて無いから学食なんだが?頭の1/4が抗議の声をあげるがもう俺としての方針は固まっている。自分のものぐささに溜め息をついて、机に突っ伏した。と、突っ伏したはいいが、肩を叩かれてすぐに顔をあげさせられる。目の前には苦虫を噛み潰したような顔をした女子生徒が立っていた。生徒会長だ。そういえば同じクラスだった気がする。いや何回か話したことあったか。ああ、かなりぞんざいに扱われた気がする。
「ねぇ、君ぃ?」
「名前位呼んだらどうなんだ?会長?」
「あなただって私のこと名前で呼んだこと無いでしょうが。」
「覚えてなくてごめんな?」
「あなた本当嫌い。だから名前も呼びたくないのよ。」
「随分と好かれたもんだな。」
そう俺が肩をすくめると、会長はさらに顔をしかめてギリッと歯軋りをした。
「で、用件は?」
嫌そうな表情を隠そうとしないまま、会長はそれに答える。
「授業態度をね。もう少しどうかしたらどうなの?って言えって先生からね。あなたとは話すのも嫌なのに。まぁ目に余るのは確かだからどうにかしなさい。寝てばっかでしょう?内申に響くわよ?」
「君が皆にしてるみたいに笑顔を俺に向けながら言ってくれたら改善を考えるが?」
「じゃあ直さなくていいわ。そんなこと死んでもしたくないから。ていうかあなたもう本当に死んだらどう?あなたいるだけで精神衛生に悪いから。」
そう捲し立てると、会長は俺の返答を聞こうともせず踵を返して足早に去っていった。まるで俺から一刻も早く離れたいという意思表示をするかのように。
会長から負けじと目を背けて一息つくと、唐突に会長と何度も会っている感覚を覚えた。会っているというよりは見続けている感覚か。不思議な感覚に少し戸惑ったが、俺は鼻を鳴らして机に頭を預ける。馬鹿馬鹿しいにも程がある。一度その体制で溜め息をついてから俺は目を閉じる。もう一度あの家の夢を見ることを願って。
笑顔で小さな男の子と話しているあの女性が目の前にいる。その後ろにはあの石造りの一軒家がぽつんと建っている。追いかけっこをしたりして楽しそうだ。どこか郷愁感を感じる光景だ。俺にはこのような経験は全く無いというのに。木漏れ日の中、彼女の笑顔が眩しく輝く。声をあげて笑ったりしているようだが、残念なことに俺は音が聞こえない。
暫くじゃれあっていた二人が家の中へと入っていく。少々気が咎めるがお邪魔させてもらうことにする。二人に従い中に入ると、そこはどこか暖かい雰囲気をたたえた生活感溢れる場所だった。窓から柔らかな日差しが入り込み、女性の日々の日常の幸せさを演出している。ダイニングテーブルとおぼしき机には、見覚えのある人物がニコニコ笑いながら座っていた。彼女の最期に駆け寄ってきて叫び声をあげる彼だ。三人は柔らかな光の中、睦まじく会話をしているようだ。彼女は昼御飯だろうか。それをキッチンからテーブルへと運び、三つの皿に取り分ける。家族団欒の様子を眺めていると、微笑ましい思いと同時に、どこか寂しさを覚える。もう久しく家族とテーブルを囲んでいない。俺が溜め息をつこうとした時、世界が光に包まれた。本能的に目が覚めるのだとわかった。
まだ、この空気に浸っていたかったのだが。
そして俺はこの夢の内容をほとんど忘却した。
お疲れ様でした。
次話も近いうちに投稿する予定なので、続きが気になった方はそちらもよろしくお願いします。