Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

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皆さまお久しぶりです、なんでさです。
今回もかなりの間を置いての投稿と相成りました。いつもながら他の事で全く執筆に手付かずでございました。
fgoの方も近頃イベントはモチベが上がらず去年のハロウィンから、クリスマスとぐだぐだとバレンタイン以外はほぼ手付かずでした。たまにはガッツリ五次組絡めたイベントとかやって欲しいもんです。snネタはなんぼ擦ってもええと個人的には思います。そんな滅茶苦茶どうでもいい心境でしたので、今回ちょっとsnネタが打ち込まれてるので、その辺りどうかご了承ください。




勝利は遠く

 士郎が街の防衛を決意した直後、竜殺しのセイバーはすぐさま自身の配置についた。

 彼が防衛を任された地点は街の正面。街と外を繋ぐ橋の前であり、異形の軍勢が街へ侵攻するための最短経路だ。

 この位置に陣取ったセイバーの役目は二つ。

 一つは地上から迫る骸の迎撃。もう一つは、無数のワイバーンを撃墜する事だ。

 敵軍はその数も然る事ながら、何より厄介なのは大半の敵が手の届かない空にいる事。

 スケルトンの様に地上からの侵攻であれば街の人間にも多少の対処はできる。しかし、飛行するワイバーンではそもそも刃を届かせることができない。

 無論、それらに対応するために街を囲む壁上には大砲が設置されている。だが、1000を超える物量の前にはたかだか十門程度の大砲は何の意味もなさない。

 故に、彼は陸空の両方を射程に収めることができるこの場所を任された。

 

「--堕ちろ」

 

 無数の老緑に侵された空が、黄昏色に塗りつぶされる。

 放たれる剣光に捉えられたワイバーン達は、その黄昏の魔力に触れたが最後、肉片すら残らず蒸発していく。

 ワイバーン達は指揮者たるサーヴァントの指示によって、一斉撃破を避けるために密集する事なくまばらになって街へと進行している。

 しかし、セイバーの宝具が発する斬撃は直線ではなく広く半円状に広がる。故に、ワイバーンたちが如何に回避を試みようと、セイバーの宝具から逃れることはできない。

 

・・・・・空の敵は俺の宝具で十分対処が可能、か。

 

 セイバーが宝具を発動した回数は既に四度目。撃墜したワイバーンの数は1600体の内、約700体。

 実に全体の約四割の敵を撃ち落としたことになる。加えて、士郎が撃墜した分も考慮すれば、既に半数以上のワイバーンを撃破している。

 このまま現状を維持できれば、竜の軍勢はそう遠くない内に全滅するだろう。

 

・・・・・後は地上からの侵攻だが。

 

 少し前、士郎、そしてマシュとジャンヌがそれぞれ敵サーヴァントとの交戦を開始したとの情報がセイバーに伝えられた。

 可能であれば援護へ駆けつけたい思いに駆られるが、彼は持ち場を離れられない。その選択をしたが最後、セイバーという最大の護りを欠いたリヨンは瞬く間に蹂躙される。

 仮令、人類最後となるマスターの士郎の命が脅かされるような状態にでもならない限り、彼がこの場を動く事は叶わない。

 幸いにして、士郎にはサーヴァントと戦って生き延びるだけの力がある。マシュとジャンヌも、それぞれ欠けるモノがあるとはいえ歴としたサーヴァントだ。そうそう敗北することはない。

 

・・・・・問題は、雑兵の進行を如何にして阻むかだな。

 

 空の敵はセイバーと士郎が、地上の敵はマシュとジャンヌがそれぞれ請け負っていた。これにより異形の軍勢はその大部分が討ち取られ、未だ町へ被害は及んでいない。

 だが、各人の前にサーヴァントという異形達を上回る脅威が現れた以上、それらを迎撃しなくてはならない。

 仮に一騎でも突破されれば、その時点でリヨンは陥落する。

 

・・・・・今の所、骸の大多数はあちらで仕留めてくれているようだが。

 

 マシュ達の奮戦によってリヨンへ向けて進軍するスケルトンはその数を大きく減らしている。

 よしんば、彼女達の防衛線を運良く突破し街の周辺に辿り着いたとしても、たかだか数体程度では崩せないリヨンの防衛隊が骸共を待ち受けている。

 しかし、この状態もいつまで維持できるか。

 マシュ達がサーヴァントと戦い続ける限り、スケルトンの進軍を妨げるものは存在しない。

 敵が群れをなして襲ってくれば、その時点でリヨンの防衛隊は壊滅するだろう。

 無論、そのような結末を容認するセイバーではない。たとえ敵軍がそのまま街に近づこうと、セイバーはその悉くを打ち砕くつもりでいる。

 この英雄にはそれだけの力が力があるのだ。

 

・・・・・或いは、彼はこの事態を見越した上で、俺をここに配置したのか。

 

 七クラス中、最優と称されるセイバーのクラスは伊達でも酔狂でもない。

 このクラスに据えられるには、輝かしいまでの逸話と圧倒的なスペック、そして剣の英霊の名に相応しい宝具を有していなければならない。

 真っ当な召喚が行われているのであれば、まず間違いなく一流の英霊が喚びだされる。

 それはこのセイバーにも言えることだ。

 本来なら現在マシュ達が任されている戦場--戦いの最前線こそがこの騎士には相応しい。

 

 にもかかわらず、士郎はセイバーを守りの要とした。

 この英霊であればワイバーンの撃墜もスケルトンの一掃も、最前線でも同時にこなして見せるだろうというのに。

 少なくとも、士郎はセイバーにはそれだけの力量があると考えている。そのことを考慮すれば、やはりセイバーを最前線に配置するべきだ。

 しかし、逆に言えば。

 本来取るべき戦法を取らず、敢えて非効率な選択をしたと言うことは。

 

・・・・・初めから、このような戦況に至ると予測していたのか。

 

 如何なセイバーとて、サーヴァントを前にして他の事に意識を割けるほどの余裕を持てはしない。その点において、セイバーとマシュ達の間に大きな差はない。

 仮に前線にセイバーを配置した場合、彼が敵サーヴァントと交戦すれば敵軍の進行を阻めないだけでなく、自陣において最強の切り札を孤立させることになる。

 だが街の周辺であれば、士郎やライダーからの援護を受けられる。

 殊更、この英雄にとっては己が"背中"を安心して任せられる状況というのは、何よりも得難いものだ。

 

・・・・・それら全てを織り込み済みで戦いに臨んだと言うのであれば、凄まじい戦略眼だ。

 

 五度目となる真名解放を行いながら、セイバーは出会って間もない少年に対する評価を改める。

 先刻、ラ・シャリテで起きた戦いを生き残った時点で、士郎が確かな実力を有していることを理解していたが、さらに戦略性・戦術性にも確かな信が置けると判断した。

 

・・・・・いずれにせよ、俺のするべきことは変わらない。

 

 自身の宝具による戦果を確認しながら、セイバーは思考を中断する。

 既にワイバーンの群れは七割削れている。スケルトンも、未だ前線で停滞している。

 このままでいけば、異形の軍勢が街に到達することはありえず--そのような油断こそが、戦場においては何よりも命取りになると、セイバーは知っている。

 絶対有利な戦況、敗北などあり得ない盤石な体勢、そういった時にこそ、一層気を引きしめなければならないのだ。

 故に、セイバーは一切の油断も見せず、今一度己が宝具を構え直し、

 

「っ----!」

 

--瞬間、直上へと剣を振り抜いた。

 

 その行動に、明確な意図というものはなかった。

 再度の宝具解放に備えていたセイバーに、およそ余分な思考というものは存在しなかった。

 ただ、そうしなければならないという、焦りにも似た直感に従っただけであり--それが、彼の命を救った。

 

「----」

 

 振るった自身の宝具から伝わったのは、確かな手応え。周囲に響いたのは、硬質な金属音。

 それらの現象は、セイバーが間違いなくナニカを斬った事の証左であった。

 そうして、眼前に降り立った一人の男。

 直前にセイバーが斬り弾き、彼を討ち取らんとした者が佇んでいる。

 

「ーーサーヴァントか」

 

 セイバーの呟き。

 それこそが、襲撃者たる男の正体。

 竜の魔女の喚び声に応じ、フランスを滅ぼさんとする尖兵の一騎であった。

 

・・・・・名乗りをあげるどころか、言葉の一つも返さないか。

 

 現れた男は俯いたまま、微動だにしない。

 敵が取った行動は、最初の上空からの強襲のみ。おそらく、ワイバーンから飛び降りて行ったであろうその一撃が、唯一のアクションだ。

 セイバーは油断なく構えながら、敵サーヴァントを観察する。

 その身には纏う衣類の類はほとんどなく、申し訳程度に腰巻を身につけているだけだ。

 それ故に、鍛え抜かれた肉体は殆どが露わとなり、その強靭さを物語っている。

 空から現れたことと、肉体の所々が焼けていることから、ワイバーンの背から飛び降り、宝具の真名解放を搔い潜ってきたと思われる。

 だが、それら以上に気にかかることは、男が武具の類を持っていないことだった。

 

・・・・・あの時、俺は確かに金属らしきものの手応えを感じた。

 

 先刻、自身の直感に従って振るった剣は、襲撃者の肉を断つことはなかった。

 その代わりとばかりに感じた感触はどこまでも硬質なもので、だからこそセイバーは己が一撃が防がれたのだと考えたのだ。

 だというのに、目の前の男は武器どころか防具の一つも身につけていない。

 

・・・・・敵を前にして、わざわざ得物を霊体化させているわけもないだろうが・・・・・。

 

 セイバーと男の間にある距離は、たったの3mほどしかない。

 一流の戦士であれば音すら置き去りにする英霊にとって、3mというのは一秒とかからず一歩の踏み込みで詰められる間合いだ。

 この程度の距離しかない状況で未だ無手であり続けることは無謀と言うほかない。

 セイバーであれば敵が得物を取り出す前に、それよりなお速くその霊核を切り捨てることができる。

 敵もセイバーと同じくサーヴァントの身であれば、そんなことは当然のように理解していて然るべきだが--

 

・・・・・どうあれ、動かないのであれば好都合だ。

 

 男の思惑は不明だが、この状況はセイバーにとって好機と言える。

 未だリヨンは危機に瀕しており、セイバーは可能な限り多くの怪物達を屠らねばならない。

 敵が油断しているというのなら、早々に討ち取って本来の役割に戻ろう。

 そう、直前の思考を現実ものとすべく、全身に力を込めて--

 

「■■■■■■■■------ッ!!!!」

「っ--!」

 

 大気を震わす咆哮に、その出鼻をくじかれた。

 唯の一度も声を発することのなかった男があげた叫び。

 それが余りにも唐突だったから一瞬、セイバーがその身を硬直させる。

 時間にしてゼロコンマ数秒という、隙にもならない瞬きほどの間隙。

 

 --されど、男が駆け出すには、十分過ぎる時間だった。

 

「■■■■■■■■■■------ッッッッ!!!!!」

「----っ!?」

 

 生前多くの戦場を渡ったことで研ぎ澄まされた直感によって、男の迎撃に成功したセイバーが。

 唐突に現れた襲撃者にも決して動揺を見せなかった彼が。

 敵サーヴァントの吶喊を目の当たりにし、今度こそ息を飲んだ。

 

・・・・・拳、だと!?

 

 これが尋常な相手--剣や槍を手にして襲ってきたと言うのなら、セイバーは何ら驚くこともなかっただろう。

 だが目の前の男は違う。

 無手だった。素手だった。徒手空拳だった。

 およそ武器と呼べるモノを持たず、その身を鎧う防具さえ存在しない。

 そんな状態で自ら踏み込むなど、もはや無謀を通り越して自殺行為でしかない。

 

--剣と拳。

 

 どちらがより速く相手を間合いに収めることができるかなど、議論するまでもない。

 セイバーは大柄であり手にする剣も自身の身の丈ほどに長大だ。敵が自ら踏み込んでいることも相まって、一歩踏み出すまでもなくで彼の刃は敵を捉える。

 対する男は、その腕の全長がそのまま彼のリーチに繋がる。

 男がセイバーに拳を打ち込むには、間合いにおいて絶対的有利にある彼の懐にまで潜り込まなくてはならない。

 セイバーのクラスに据えられるほどの英霊の剣技を掻い潜った上でだ。

 それはもはや不可能に等しい。

 男は何一つ成し得ることなく、セイバーに討ち取られる。その、はずなのに--

 

「----馬鹿な」

 

 驚愕は、言葉となって漏れ出る。

 セイバーの剣は確かに男の拳を捉えた。

 予測通りの軌跡を描いた拳は、正確無比な剣閃によって男の霊核ごと斬り捨てられる。

 ただ。唯一、想定外であったのは。

 

--その拳が、セイバーの剣を通さなかったことだ。

 

「■■■■■■■■■■-------ッッッ!!!!」

 

 男は、己が拳が敵に届かなかった事が腹立たしかったのか。

 セイバーの迎撃も驚愕も、知ったものかと吠え立て。

 拳を防がれたと見るや、更なる攻撃を重ねる。

 

「■■■■■■■■■■■■■-------ッ!!!!!」

 

 殴る、殴る、殴る、殴る。

 無造作に繰り出される拳の連撃は、重機関銃なぞ遥かに凌駕する重さと速度を誇る。

 ただの人間は元より、サーヴァントであっても、男の拳撃をまともに受けて立っていられる者はいまい。

 

「おぉ--ッ!!」

「■■■■■■------ッ!!!?」

 

 しかし、悉くを粉砕し擦り潰す殴打の嵐は、未だセイバーを壊せないでいた。

 打ち付けられる拳、息つく間もなく浴びせられる殴打の全てを、セイバーは的確に防いでいる。

 己が剣で斬れなかった事による動揺など、とうに無くなっている。

 宝具にまで至った剣を通さない肉体は確かに驚嘆に値するが、そんなものはサーヴァントなどという規格外の存在を相手にしていれば幾らでも見られる。

 特定の条件下になければダメージを受けない、受けたダメージを極限まで減少させる、一定のランク以下の攻撃を無効化する。

 そんな、理不尽と断じるほかない超常の力を、宝具やスキルという形で当然のように保有するのがサーヴァントというものだ。

 殊更、無敵と見紛う肉体というのは、このセイバーにとっては"身近"なものだった。

 故に驚愕からの復帰は早く、立ち入るもの全てを圧し潰す致死の空間にあってなお、セイバーがその場から退く事はない。

 

「■■■■■■■■■------ッ!!!!」

 

 その事実が癪に触ったのか、男はその腕を大きく振りかぶる。

 自身の圧倒的なその膂力に物を言わせて、無理矢理セイバーを打ち砕かんとするがために。

 

「はぁッ--!!!」

「■■■■■■■■------ッ!!!?」

 

 だが、そんな大振りをセイバーが見逃す道理はない。

 男が拳を振り抜くより早く、その隙だらけの胴体を力任せに薙ぎ払った。

 攻めることしか頭になかったであろう男は、セイバーの横薙ぎの一閃を防ぐことも躱すことも出来ず吹き飛ばされる。

 

 ・・・・・やはり、この程度では抜けんか。

 

 男から目は逸らさず、改めてその肉体の頑強さを認識する。

 先の一撃、セイバーにとって決して全力ではなかった。

 大味な攻撃であったとはいえ、そもそも相手は音を容易く置き去りにするような存在だ。予備動作など一瞬で終えすぐさま攻撃に移ることができる。

 その隙と呼ぶべくもない刹那の間に捻じ込んだ一撃は、全力というには程遠い。

 だが、例えそうであったとしても、その一撃が致命のものであることには変わりない。少なくとも、二度目の激突時以上の力が込められていたことは確かだ。

 セイバークラスに据えられるだけの膂力と剣技。宝具たる彼の剣。

 これらが合わさった一閃を受けて、それでもなお男は健在だ。致命傷には至らず、受けた傷など精々切り傷程度のもの。

 全く通用していないというわけではないが、決定打になり得ないことも確か。

 

「■■■■■■■■-------ッ!!!!」

 

 その証明だと告げるが如く。

 先程吹き飛ばされたはずの男は何事もなかったかのように、再びセイバーに襲いかかる。

 咆哮をあげながら只管に駆ける姿は獣を連想させる。

 

・・・・・この男、やはり・・・・・。

 

 男の拳を受け止めながら、邂逅当初からセイバーが男に抱いていた疑念が確信に変わる。

 出会った直前は余りに原始的に過ぎる出で立ちに困惑し、声無く佇む様子を怪訝に思い、特攻じみた突撃には意表を突かれた。

 理性を感じさせず、思考するという機能そのものが欠落したかのようなその在り様はひどく歪だ。

 ただ闘争本能の赴くまま、破壊衝動に突き動かされるまま、他の全てを滅ぼし尽くすまで止まらぬ破壊の権化。

 その在り方が如何なるモノか、セイバーは知っている。

 

「--狂戦士<バーサーカー>」

 

 英霊が納められる七つのクラスが一つ。狂えるサーヴァント--狂戦士<バーサーカー>。

 生前、狂気に堕ちた逸話を持つ、或いは狂気的な所業をなした英霊がこのクラスに据えられる。

 その特性は英霊の狂化。

 ステータスを大幅に向上させ、その代価として理性を奪い狂気に染める。

 この狂化は竜の魔女に召喚されたサーヴァントにはただ一人の例外もなく付与されているものだが、この男はそれらともまた異なる。

 バーサークと化したセイバーやランサーは飽くまで、本来のクラスにバーサーカーとしての性質を無理矢理、後付けされただけに過ぎない。

 故に、彼らには思考するだけの理性も残されていた。

 

 だが、正しくバーサーカーであるのならば、その様なものは存在しない。

 狂戦士に、思考という機能は不要であり。

 狂戦士に、理性という余暇は必要なく。

 己が命を薪と焚べ、燃え尽きるまで戦い続けるモノ--それこそがバーサーカーという存在であり、セイバーを強襲した男の正体だった。

 

・・・・・これまで、か。

 

 三度、敵を突き飛ばし、セイバーは改めて男--バーサーカーに向き直る。

 構えは正眼。正面からの相対においては無類の強さを誇り。それ故に、正面から向き合い続けぬ限り容易に隙を晒す姿勢。

 セイバーがその構えを取ったという事実が意味する所は、もはや語るまでも無い。

 

--小細工無用、一対一の真っ向勝負。

 

 事ここに到り、セイバーはバーサーカーの打倒にのみ専念する事を決意する。

 彼の頭の中には既に、バーサーカーをあしらってワイバーンの迎撃に戻る、などという当初の思惑は既に存在しない。

 目の前のサーヴァントは、その様な半端な対処で降せるほど容易な相手ではないと理解するが故に。

 己が全霊を以って相手の全てを凌駕する。

 それこそが、この場でセイバーが選び得る最適解だ。

 

--無論、その代償は大きい。

 

 セイバーがバーサーカーとの一騎打ち臨むということは、リヨン防衛の要が欠ける事を意味する。

 ワイバーンの迎撃はもとより、前線の二人がスケルトンを防ぎきれなかった時の保険としての役割も彼は担っている。これらが機能しないとなれば、街の防衛力は大きく低下する。

 セイバーも、そんな事は当然のように理解しており--それでも、バーサーカーを止めねばならないと判断した。

 正面からバーサーカーを相手にしたからこそ。

 直にその力を目にしたセイバーだからこそ、分かる事がある。

 

--この男を放置しては危険だと。

 

 宝具すら受け止める頑強な肉体。そこから繰り出される殴打の嵐。目に見えない巨大な壁を錯覚させるほどの圧迫感。

 仮にこの男がリヨンの門前に辿り着けば、如何なる防備も策も意味を成さない。

 固く閉ざされた門は、無造作に振るわれる拳すら防げないだろう。

 高く築かれた壁は、極限まで圧縮された鋼鉄が如き拳撃の前ではその役割を果たすことすらできないだろう。

 脅威から逃れようとする住人達は、たった一歩の踏み込みでその距離を無いものにされるだろう。

 スケルトンであれば、少数なら単独で撃破できる程度の脅威でしかない。ワイバーンですら、数人で協力すれば凌ぐ程度はできる。

 

 だが、バーサーカーにはいかなる抵抗も反抗も通じない。

 神秘を纏わず何の魔力的措置も施されていない武器では、バーサーカーに傷一つ付けることもできない。そもそも人々がバーサーカーを認識している頃には、彼らは皆バーサーカーに殴殺されている。

 正真正銘の滅び。人の形をした災害が、リヨンという街を蹂躙し尽くす。

 

・・・・・それだけは、避けねば。

 

 バーサーカーというクラスを考慮すれば、その襲撃は執拗なまでに続くだろう。それこそ、街を抜けてどこまでも追撃していく。

 理性の無さは、そういった非効率な行動を選択させる。

 だが、セイバーがこの場でバーサーカーを抑え続ける限り、男が町の住人に危害を加える事は敵わない。

 そう考えるからこそ、サーカーとの戦いを選んだ。

 たとえそれが、自身の役割を放棄する事だとしても。故に--

 

「そちらは、任せるしかない・・・・・!」

 

 戦いの最中。

 刹那の間に向けた視線の先。

 

--空を征く桃髪の騎士が、愛馬とともに竜の群れへと向かっていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「危なくなったら来てくれって言ったけど・・・・・」

 

 ライダーは己が愛馬を駆って上空に待機していた。

 このポジションは、空という遮るものが何一つ無い領域を自由に行き来できるライダーだからこそ任された。

 誰かが危機に陥れば、街に被害が及びそうになれば、彼が誰よりも早く対処できる。

 そのため、彼はこうして空から戦場全体を俯瞰している。

 

「流石に、一度に皆を助けに行くのは無理かなぁ」

 

 尤も、ほぼ同じタイミングで全員の元に敵サーヴァントが現れたため、どこを支援すべきかも決められず右往左往しているのだが。

 

「士郎は大丈夫って言ってるみたいだし、あっちも二人だからなんとかなりそうかな」

 

 既にカルデアからの通信で士郎に支援は不要の旨が伝えられている。不要と言うのだから、さほど危険ではないのだろう、とライダーは思う。

 マシュ達は二人いるので、こちらも大して問題ないだろう。

 

「そうなると、あとはセイバーのところか」

 

 視線を落とした先では、セイバーが敵のバーサーカーと交戦している。

 セイバーの剣閃は一刀一刀が敵対者を死に至らしめる、まさに必殺の刃だ。

 だが、対峙する男は、あろうことか何の防具も纏わない肉体で必殺の筈の剣撃を弾いている。

 宝具を以ってしても断ち斬れない肉体が異常であれば、剣の英霊とまともに打ち合う狂戦士の力量は何よりも驚異的だ。

 しかし、そんな気圧されてしまいそうな、常軌を逸した敵の猛攻を受け続けながら、セイバーは後退すらしない。

 不動という言葉そのものを体現するかのように、敵がその動きを停止するまで剣を振るう。

 バーサーカーが突破するか、セイバーが守りきるか。

 戦いの行く末は今もって見えてこず--そんなことよりも、ライダーには気になる事があった。

 

「・・・・・アレって、どう見ても"アイツ"だよね」

 

 セイバーと戦う男に、ライダーは見覚えがある。

 否、見覚えどころではない。

 バーサーカーとして喚び出されたこの英霊を構成する多くの事柄を、ライダーは知っている。

 何という真名で、どの様な性格で、如何なる選択を為してきたか。

 それら一人の英雄の一生の一部を、彼は"生前"に触れている。

 ライダーとバーサーカーの関係を言葉で表せば様々な言葉が当て嵌まるが--一つ確かな事は、かつての彼らは戦友と呼んで何ら差し支えない関係であったという事だ。

 

 だからこそ彼は思い悩む。

 それは、彼が何故このような所業を、という意味ではない。このバーサーカーの生前を知るものからすれば、現状は全くあり得ないものでもないのだ。

 そもそも、バーサーカークラスに据えられるような生前の所業なり逸話なりがあるのだから、狂乱のままに暴れ回っても何ら不思議はない。

 ライダーは男を止めねばならないと思いはしても、その有様に関しては何の疑問も感じていないのだ。

 故に、彼が逡巡する理由はバーサーカーについてではなく--彼自身の行動について。

 

「正直、今すぐにでもぶん殴ってやりたいところなんだけど・・・・・」

 

 自らバーサーカーの元に向かうか否か、という迷いがライダーをその場に縛る。

 生前の彼を知るものであれば、恐らくは誰もが意外な顔をしただろう。

 この英霊は、良くも悪くも感情に従って生きている。

 そのため、何をするにしても何を考えるにしても、自身にとって気分が良いか、という一点のみが判断基準となる。

 自身が由とするのであればいかなる行為も喜んでするが、逆に否とするのであれば決して容認せず、最悪の場合は自害してでも拒絶する。

 そしてライダーは善性の英雄だ。

 かつての戦友が非道な行いをしようとしているのであれば、真っ先に止めようとする。その結果、戦友と戦うことになるとか、敗北して座に還される可能性だとかは考えない。

 そんなライダーだからこそ、彼が未だこの場に留まり続けることは異常だと言える。

 しかし、未だ動きを見せないその真意を知れば--それは実に彼らしい、と誰もが笑うだろう

 

「--でも、うん。キミがアイツを止めるなら、あのトカゲ達を倒してみんなを守るのがボクの役目だ」

 

 およそ十秒ほどの時間をかけて、ライダーは己が行動を決定した。

 セイバーと士郎はサーヴァントを相手取り、ワイバーンの侵攻を妨げるものは存在しない。

 彼らの中で、地対空攻撃を行える両者の手が塞がれている以上、その役割がライダーに回ってくるのは自然な事だ。

 誰かがワイバーン達を迎撃しない限り、リヨンに待っているのは破滅しかない。

 

--だが、それ以上に。

 

 ライダーがかつての戦友の暴挙を放置し、飽くまで自らワイバーンを相手にすると決めるのは、自らの能力を考慮した戦術的な思考故ではない。

 彼がこの選択をするに至った根源は、もっと別のところにある。

 

ーー思い出すのは、ラ・シャリテの戦い。

 

 記憶に新しいーーまだ1時間と経っていない、彼が護っていた筈の場所での出来事。

 本来なら彼はあの街にいるはずだった。召喚されてからしばらく、今日まで護り続けた街。

 それが今日に限って、彼はその場所にいなかった。

 彼が街に留まりだして以降、各地から毎日のように訪れる避難民。そんな人達から時たま口にするある話。

 曰く、リヨンにはこのラ・シャリテとは別に、竜殺しの騎士がいるらしい、と。

 そんな噂をライダーはたまたま耳にした。

 

ーー聞いて、しまった。

 

 彼自身、現状が良くないものであることは分かっていた。

 このままでは遠からず、限界が訪れると。

 だから、彼は当然のように噂の騎士ーー十中八九サーヴァントであろう存在と接触しようとした。

 会って具体的にどうしようなどと複雑なことは考えていなかったが、この危機において1人より2人という程度のことは考えていた。

 彼はライダーのクラスであるため、長距離の高速移動はお手のものであったし、実際に目的の人物と出会うことはできた。

 そのサーヴァントがかつてとある戦いで一時同じ陣営にいた騎士であることに望外の歓びを感じ、今度こそ最後まで共に戦おうと意気込みーー

 

ーーそうしている間に、ラ・シャリテは呑み込まれた。

 

 訪れたのは目も覆いたくなるような惨状。

 騎士を欠いた街の住人たちでは決して抗えないような惨憺たる世界だった。

 建物は崩れ去り、少し前まで賑わっていた広場は直前まで広げられていた露天の品々が散乱していた。

 そして何よりライダーの心を揺さぶったのは、竜の軍勢から逃れリヨンにまで辿り着いた人の言葉だった。

 

『・・・・・どうして、助けに来てくれなかったんですか』

 

 避難してきた人達の安否を確認するために住人たちの前に現れたライダーに、1人の女性が告げた言葉だ。

 小さく、けれど喉の奥から搾り出すかのような、自身の内側に溜まりに溜まった無数の膿をうち捨てるような声。

 ライダーにとっては見知った顔だった。ラ・シャリテがまだ健在だった頃は、出会えば談笑する程度には仲が良かった。

 女性は結婚しており夫との間には一人息子がいた。

 まだ20代半ばといったところで、家族との人生はまだまだ始まったばかりであり、これからいろんなことを経験して家族の絆を育んでいくはずだった。

 

ーーそれが、奪われた。

 

 何の前触れもなく、何の意味もなく。

 夫は、彼女と子供を逃すために骸共に立ち向かい、その身を無数の凶刃に切り刻まれたーー倒れ伏し苦悶の声を上げ、それでも執拗に刃を振り下ろされる姿を肩越しに見た。

 息子は、逃げ惑う最中、空から降ってきた竜に食い殺されたーー巨大な脚と爪で体を押さえつけられ、涙を流し悲鳴を上げながら生きたまま喰われる様を、近くにいた人に引っ張られながら目に焼き付けてしまった。

 楽しかった、嬉しかった、幸福だった。夫と喧嘩することもあったし、ままならない育児に息子を叱りつけたこともあった。それでも他の何物にも変え難い幸いが確かにあったのに。

 

『どうして、助けに来てくれなかったんですかーーっ!!』

 

 告げる言葉は全く同じ、ただそこにこもる力だけが強まっていた。

 震える自分の体を掻き抱き、俯いて視線は地面に向けられたままーーそれでも明確に向けられた、何故、と責め問う意志。

 ライダーはその疑問に応え、報えるだけの答えを持っていなかった。

 そもそもの話、ライダーには街の住人を守らなければならない義務はない。たまたまラ・シャリテに訪れ、流れでその街に止まっていたに過ぎない。

 故に、彼がそれまでの行動を放棄してしまおうと誰かにそれを責められる謂れも、ましてや生き残った住人に糾弾される咎など欠片も無くーー

 

『ーーすまない』

 

 けれど、その受け止める必要のない悲嘆を、彼は正面から受け止めた。

 責められる謂れはない、糾弾される咎などないーーそれは側から見ているだけの、第三者の見方でしかない。

 彼がラ・シャリテに留まると決めた時。彼は広場に赴き、人々の前で宣言したのだーー必ず、街を護り抜くと。

 他の誰に求められたでも、必要に駆られたのでもなく。

 自らの意思で、己が真名と英雄としての誇りに賭けて誓いを立てたのだ。

 

ーーその誓いを、彼は果たせなかった。

 

 多くの人がライダーを頼り、彼はその想いを受け止めた。

 ならばこそ、ライダーは果たせなかったその誓いを、今度こそ果たさねばならない。

 生き残った人々を守る。誰一人欠けさせず、何一つ喪わせず。

 敵サーヴァントを斃すとか竜の魔女を滅ぼすだとか、そういったことは後回しに、今は背後の人々のためにこの力を振るう。

 かつての戦友をぶん殴るのは、しばらくはお預けだ。

 

「さぁ、気合い入れていくよ!」

 

 己が愛馬に指示を下し、ライダーがワイバーンの群れへと向かっていく。

 ワイバーンの数は未だ多く、如何なライダーとて、苦戦は免れないように思える。

 しかしその表情に恐れはなく、かといって気負う様でもない。彼の言葉通り、ただやる気に満ちている。

 もしワイバーン達に試行する機能があればその蛮勇とも言うべき行動を、馬鹿な奴だ、と嘲笑ったか。

 或いは、状況を鑑みることもできない愚か者、と憐れんだか。

 いずれにせよ、この物量差はたかが一騎の騎兵と騎馬程度で覆せるはずもなくーーそんな諦観を真っ向から打ち壊すのが英霊である。

 

「こいつらにどれだけ効くかはわかんないけど、いっちょ派手にやっちゃおう!」

 

 群れの正面に陣取ったライダーは、腰に括り付けられた小さな角笛をおもむろに手にした。

 黒一色で染められているそれは一見ただの楽器にしか見えずーー構えた瞬間、彼を囲うほどに巨大なホルンの如き形状へと変じた。

 ライダーの意志によって形を変えたその角笛の正体が宝具だと、ワイバーンが気づくはずもなく。

 

「恐慌呼び起こせし魔笛<ラ・ブラック・ルナ>ッ!!」

 

 真名は解放され、ここにその真価を発揮する。

 放たれた魔音は、尋常ならざる衝撃を伴って。

 耳にしたもの全てを混迷へと叩き落とす音色が、ワイバーンの群れへと叩きつけられた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「・・・・・っ!?ライダーの宝具か!」

 

 遥か上空で響いた爆音は、地上にもわずかながらに届いた。

 視線を向けた先、標的となったであろうワイバーンたちは苦悶し、あまつさえ我を失ったようにのたうち回っている。

 おそらく、あの姿こそがライダーの宝具の真名解放による効果なのだろう。

 だが、いまそれは重要ではない。

 真に憂慮すべきはワイバーンの相手をしているのがライダーであるという点でありーー

 

「敵を前にして、他のことに気を取られるのかいーー!?」

「・・・・・っ!?」

 

 荒々しく叩きつけられる刃に、思考を中断せざるを得なくなる。

 視線をずらしたわずか2秒と満た無いその合間に敵ーーバーサーク・セイバーはそれこそが綻びだというように乱れ突きを放ってきた。

 その剣閃は、初邂逅のそれと大きく変わっていた。

 それまで見せていたスタイルは維持しつつも、そこには当初あった流麗さや華やかさは欠片も感じられない。

 力強く、息つく間も無く振るわれる剣は、機関銃の掃射を彷彿とさせる無遠慮さがある。

 敵対者の様子を窺ったり、その行動に合わせる、何ていう意図がまるっきり抜け落ちている。

 ただ突き、払い、叩きつける。

 そんな単純というには余りに激しい乱舞が、自身を襲っている。

 

・・・・・これが、不正な狂化の結果か・・・・・っ!

 

 セイバークラスに据えられるほどのサーヴァントからの攻撃は、受け止めただけで骨ごと軋ませるような重みだ。

 鍛え上げ、磨き抜いた技巧によって敵対者を穿つのではなく、純粋なステータスーーごく単純な膂力差で押し潰そうとする。

 およそ、真っ当な剣士の戦いではない。まさしく、狂戦士の如き暴れぶりだ。

 もとより最優のクラスのセイバーに狂化をかけるなど、正気の沙汰ではない。

 

・・・・・まともに受け止めてるな、大ぶりなものは躱し、避けきれないものは受け流せーーっ!!

 

 戦場は街を覆う壁上から移り、街の内部に移り変わっている。

 敵の圧力に押され落下したが、辺りには当然のように家屋が立ち並んでいる。幸いにして住民は既に街の中心部や地下へと避難を終えている。

 士郎が回避を選択したとて、敵の刃が誰かを傷つけることはない。

 

「あははははははーー!!たいしたものだよ、君はーーっ!!!」

 

 狂乱の声を耳にしながら、こちらもまた刃を振るう。

 心臓めがけて高速で突き出された刺突を左の干将で下から斬り上げる。

 直後、斬り弾かれた刃が脳天を狙って当然の様に振り下ろされる。

 それを後方に半歩退くことで躱し、敵が姿勢を整える前に踏み込む。

 

「シッーー!!」

 

 右の莫耶を横薙ぎに振るう。

 狙うは心臓部。敵の胴体ごと、その霊核を両断する。

 

「・・・・・っ!」

 

 しかし、刃が仮初の肉体を捉える直前、敵がその身をさらに屈み込んだ。

 標的を失った刃は空を切り、不恰好な様を無防備に敵に晒す。

 視界に映る敵は、既に剣を構え直している。

 限界まで抑え込まれたバネのように、一秒先の穿通に備えていてーー

 

「凍結解除<フリーズ・アウト>ーーッ!!>

「・・・・・っ!?」

 

 実現する前に、待機させていた設計図から剣弾を展開、射出する。

 投影したのは一本の無名の剣。それを敵の横合いから撃ち込む。

 斬れ味より重さ、速度より衝撃を重視したそれは、ぶち当たった敵を派手に吹き飛ばす。

 

「投影開始<トレース・オン>ッ!!」

 

 すぐさま使い慣れた黒弓を投影し、剣を番える。

 あの程度の不意打ちで仕留められるなどと微塵も考えていない。現に、射出した剣弾は直前に滑り込んだサーベルによって防がれている。

 だが、隙を作ることはできた。地を転がり、体勢を崩した今なら確実に中る。

 必殺を志して、鉉から手を離す。

 放った矢の数は四本。その全てが刀剣を改造したものだ。

 脳天、喉笛、心臓、鳩尾。それら四点を穿つ。

 狙いは過たず。敵が体勢を整えるより、こちらのとどめのほうが速い。

 放った矢は目にした通りの軌跡を描いて、狙いへと吸い込まれていきーー

 

「な・・・・・っ!?」

 

 驚愕に、意図せず声が漏れる。

 確実に敵を葬るはずだっ四本は、横合いから突如現れたナニかに撃ち落とされた。

 壁を突き破って飛来したのは四つの物体。

 

・・・・・いったい何が。

 

 目の前で起こった現象の正体を明らかにすべく、視界を巡らす。

 砕け散り、今まさに魔力に還る、その刹那ーー

 

・・・・・同じ、矢・・・・・!?

 

 散乱する矢の残骸。その全てが同じ材質、同じ構造、同じ年月によって構成されている。

 どれひとつとして異なるものはなくーー故に、それは本来ならあり得ないことだ。

 

「-ーーーまさか」

 

 貫かれた壁の穴から、彼方を見やる。

 遥か遠方、目に見えるのは、どこまでも見知った顔でーー

 

「いったい、どういうつもりだい」

 

 前方から聞こえた声に、我を取り戻す。

 目を逸らしたくなるような事実は、ひとまず忘却する。

 いつまでも呆けていては、たちまち命を落とす。

 

「・・・・・?」

 

 しかし、2秒、3秒と経っても未だに攻撃は来ない。

 何のつもりかと訝しむが、向こうはこちらなど眼中にないように何事かを言っている。

 

「撤退って、まだ早すぎるだろう!?こっちはこれからだって言うのにーーいや。確かに、少々のめり込み過ぎていたか」

 

 独り言のように、ここにはいない誰かと話す。

 あの黒いジャンヌか、はたまた別のサーヴァントか。その相手が誰かは分からないが、言葉を重ねる内、先ほどまでの狂気が鳴りを潜めていく。

 こちらに向き直り、向けられるその眼にあの泥のような濁りは見えなかった。

 

「残念だけど、どうやらここまでのようだ」

 

 サーベルを鞘に収め、小さく肩をすくめる騎士。

 その仕草に、本当に戦う意志はないのだと感じとるーーもっとも、それで警戒を緩めはしないが。

 

「さて。確か奸計の類は君の得意とするところではなかったか?」

「そう言ったのは私だけどね。でも安心するといい。今回は本当にこれ以上やる気はないよ。元々、私達の役目は“準備”が整うまでの足止めだからね」

 

 告げる言葉に澱みはなく、その表情はどこまでも穏やかだ。

 逆に言えば、その無防備さはこちらが踏み込むには十分すぎる。

 だが、それはできない。

 その選択をしたが最後、衛宮士郎は"ヤツ"に射抜かれ絶命する。

 

「それじゃこれでお別れだーーいずれ、また会おう」

 

 一方的に宣言して、空けられた穴から飛び出していく。

 

「----」

 

 その無防備な背中を射抜くべきか一瞬思案するが、先の考えと同じように、どうせ迎撃されるのがオチだろう、と結論する。

 今は、ひとまず状況確認が先だ。

 穴の前から移動し、通信を行う。

 

「ドクター、状況を」

『ああ、スケルトンの軍勢はほぼ壊滅、ワイバーン達も残り四割といったところでね。向こうもどうやらこれ以上は無駄と考えたらしい。サーヴァントを含めた全エネミーの撤退を確認している』

「街への被害は」

「それも問題ない。唯一それらしいのは君の近くにある穴だけで、死傷者はこちらでは観測していない」

「ーーそうか」

 

 ドクターからの報告を聞き、長く息を吐く。

 複数回の真名解放や敵サーヴァントとの戦い。少々苦しいものがあったが、これで少しは落ち着ける。

 

「ひとまずは安全、か。マシュ達には先にあの部屋に戻って休むように伝えてくれ」

『分かった、伝えておくよ』

 

 最後に伝達を頼み、通信を切る。

 先の住民の保護から今回の防衛まで、キツイ戦いが続いた。それに今回は敵サーヴァントとの交戦もあった。

 今は少しでも休ませてやった方が良い。

 殊更、マシュにとって本物のサーヴァントとの戦いは今回が殆ど初めてと言っていい。肉体的にも精神的にも、相当疲弊しているだろう。

 

「しかし、さっきの言葉ーーどういう意味だ」

 

 敵が撤退していく直前、漏らした言葉。

 

ーー私達の役目は準備が整うまでの足止めだからね

 

 準備、とあのセイバーは言った。準備というからには、何かしらの仕掛けがあると見るのが自然だ。

 考えられるのは、やはり竜の魔女に関する何かか。

 そもそも、連中がこの街を襲ってきた理由の大部分が、竜の魔女とあの巨竜が撤退する時間を稼ぐため、というのがこちらの予想だ。

 その考え自体は間違ってはいないだろう。問題は、具体的な手法。

 

・・・・・ラ・シャリテの戦いから1時間以上は経過しているが。

 

 通常ならこれだけの時間を稼げれば、撤退戦としては十分以上だろう。

 しかし竜の魔女はともかく、あの巨竜に関しては話が変わってくる。

 奴が治癒し、連中の安全圏まで撤退するには時間が足りない。無論、こっちもこれ以上の戦闘が出来るほどの余裕はない。

 それで十分だというのなら、あちらの目的は果たせたといえるだろう。

 

・・・・・そうなると、なおのこと準備の意味がわからなくなる。

 

 単純な殿というだけでなく、それ以外の目的。

 腹芸の得意なあのセイバーが、こちらの動揺を誘うために虚言を弄しのかとも考えられるが。

 

「探りは入れておくべきか」

 

 自己に埋没、魔術を行使する。

 ただのブラフであればそれでいい。わずかばかりの魔力が無駄になるだけだ。

 だが、もしあれが真実であるのならーー

 

「杞憂で終わればいいんだけどな」

 

 つい正直な願望が溢れる。

 とはいえ、自分の事はよく理解している。

 こういう時、楽観的な考えほど的外れなものでーー胸をよぎる嫌な予感ほど、よく当たるのだと。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「マシュ、気分が優れませんか?」

「・・・・・え?」

 

 とある宿屋のとある一室。

 つい1時間ほど前に会議を行った部屋で、マシュ・キリエライトは休息を摂っていた。

 そんな彼女に話しかけた声の主ーージャンヌ・ダルクは、眉尻を下げどこか心配げな様子だった。

 

「先ほどから顔色が良くありません。もしや、先ほどの戦闘で傷を負ったのですか」

 

 そう言われて、彼女は至って冷静に自身を鑑みる。

 デミ・サーヴァントと化した肉体に大きな損傷はなく、体内にも特筆すべき不調もない。

 未だに自身に宿った英霊の正体もその象徴たる宝具も判明しないが、それを除けば大した問題はない。ただーー

 

「お気遣いありがとうございます、ジャンヌさん。ですがわたしの身体機能に不備ありません。ただ、ひどく疲れを感じてはいます」

「そういうことでしたか。ですが無理もありません。あのライダーは強大な敵でしたし、私が不甲斐ないばかりに貴方ばかりに負担をかけてしまいましたから」

「そんな、わたしはそれほど大したことはーー」

「いえ。戦場において前線で味方を護る役割というのは、容易く為せるものではなりません。貴女のような盾兵は常に敵の攻撃を受けることになりますから、私よりよほど疲弊しているでしょう」

 

 ジャンヌはどこか申し訳なさそうに告げる。

 実際のところ、彼女の消耗が激しいのは事実だ。

 慣れない集団戦、敵サーヴァントとの交戦。さらに時間を遡れば、住民の護送という、片時も気を抜けない戦いまで。

 この1時間ほどの間に、まるで経験のない事柄をこなさねばならなかった。

 特に、彼女はあの亀竜の豪腕を真正面から受け止め続けたのだ。それも一度や二度ではなく、戦闘開始から行われた殆どの攻撃をだ。

 それで疲れを感じないなど、あり得るわけがない。

 

「・・・・・聖女殿の言う通りだ。特に、君はあの竜と真っ向から打ち合った。生前、俺も竜と戦った経験があるから解るが、竜というものは敵対者の心を徹底的に砕き喰らうモノだ。そんな存在を相手にして街も仲間も護りきった君は賞賛を受けて然るべきだろう」

 

 同じく、部屋で待機するセイバーがジャンヌに賛同する。

 彼の宝具が竜殺しの剣である以上、当然の事ながら彼は竜との交戦経験があるようだ。

 その時の経験を思い出してか、寡黙な彼にしては珍しく、マシュに対する言葉は饒舌だった。

 

『そうそう。マシュは凄いことをやったんだから、もっと胸を張っていいんだよ』

「ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 セイバーの言葉に、マシュがまた謙遜しようとした瞬間、何の前触れもなくカルデアからの通信が開いた。

 姿を見せた人類史上最高峰の大天才は、まるで出来の良い生徒にするかのようにその成果を誉める。

 

『ラ・シャリテからここまで、キツい戦いが続いたけど、その全部で君は大きな役割を果たしてくれた。大した経験もないまま、それでも任務をやり遂げてくれた。間違いなく君は一番の功労者の一人だよ』

 

 あ、もちろんサーヴァント諸君にも感謝してるよ、と取って付けた様にダ・ヴィンチは宣う。

 その何とも言えないお気楽な様子に、ジャンヌは苦笑する。

 セイバーの方は無表情を貫いているが、特に不快感や呆れた様子を見せていないのが救いか。

 

「えっと、その・・・・・」

 

 そして肝心のシュ本人は、浴びせられる賞賛になんとも恥ずかしいやら面映いやらで顔を赤くしていた。

 こういう時、何と言うべきか分からず、自らの主に助けを求めようとしてーー

 

「・・・・・あれ?そういえば先輩はどちらに?」

 

 今更といえば今更なのだが、彼女のマスターである衛宮士郎はこの部屋にはいない。

 マシュ達が彼から先に戻るように指示を受けてから、かれこれ30分は経とうとしている。

 もうとっくに合流していてもおかしくない筈なのだが、未だその気配はない。ちなみにと言ってはなんだが、ライダーもまだ戻ってはいない。

 いったいどういう事なのだろうか、その答えを知っているであろうダ・ヴィンチに視線を向ければ、彼女は先ほどと変わらず微笑んでいてーー

 

『ああー・・・・・彼ね。まあ、気になるよねー』

 

 訂正。メチャクチャ引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「あの、ダ・ヴィンチちゃん・・・・・?」

『いやさぁ、こっちもある程度は判ってたつもりだけどさ。それにしたってちょっと可笑しいっていうかーーやっぱバカなんじゃないの』

「ば、ばか・・・・・?』

 

 いったい誰に向けての罵倒なのだろうか。

 愚痴を漏らすかのようなダ・ヴィンチの顔にはこれでもかという程、色濃い呆れの色が浮かんでいる。

 他のサーヴァント達は勿論のこと、マシュですら彼女のこのような顔を見るのは初めてだった。

 

「あの、ダ・ヴィンチちゃん、いったいどうしたんですか?」

『どうしたもこうしたもないんだけど・・・・・まぁ、実際に見てみれば分かるよ、彼が何をしてるのかもーー私がなんでこんな顔になってるのかも』

「???」

 

 

 

 

 

 

 

「何とか上手くいった、てところかな」

 

 ロマニ・アーキマンは衛宮士郎との通信を終え、司令としての仕事に戻っていた。

 戦いが始まってからというもの、ずっとハラハラしっぱなしだったが、彼としてもようやく人心地つく。

 

「しかし、やっぱり意外だったかな」

「彼の行動が、かい?」

 

 一人呟いた言葉は、隣の同僚によって耳聡く拾われていた。

 ダ・ヴィンチは整った顔に僅かに呆れを乗せながら、湯気の立つマグカップを差し出した。

 

「まあね。ほんの少しとはいえ、彼と話をした身としては、あの判断は少し予想外だった」

 

 返事を返しつつ、コーヒーを受け取って一口啜る。

 ほう、と息を吐く。

 程よい苦味に疲れた心身が温まる。

 

「私としては、いかにもらしい行動だったと思うんだけどーーいったい、どういう話をしたんだ」

「それについては他言無用っていう約束でね。おいそれとは話せない。どうしても気になるなら本人に聞いてみるしかないよ」

「無理無理、そんなの聞き出せっこないって。だいたい、私はまだ彼に信用されてないんだから。適当にお茶を濁されて終わるのがオチだよ」

 

 大袈裟に手を振る彼女はあからさまに落胆の色を見せて溜息を吐く。

 これは一部の者しか知らない事だが、フランスへのレイシフトを行う2日程前、ロマニは士郎と二人だけで話をしていた。

 詳細の伏せられたその会合は、その事実すらほとんどの職員には知らされていない徹底ぶりだ。

 こうして話をしている今も、二人の話し声が聞こえる距離には事情を知らないスタッフはおらず、唯一例外なのはロマニの補佐兼副司令の女性スタッフだけだ。

 それというのも、偏に士郎がカルデアという組織を信用していないからだ。

 もともと士郎自身、組織というものとは相性が悪く、魔術協会との関係も最悪という他なかった。殊更、アニムスフィアの様な貴族主義の魔術師というのは不倶戴天の敵と言って差し支えない。

 そんな連中が創設した組織に対して、その理念を知り共闘せざるを得ない現状であっても、自身の全てを曝け出せるほど士郎は楽観的ではなかった。

 

「だったら、なおのこと僕から聞き出すべきじゃない。これでもし僕が秘密を漏らしたり他の誰かがあの会談の内容について知ってしまったら、その時こそ僕らの関係は修復不可能なものになる」

 

 欠片も信用ならない、敵地のど真ん中の様な場所で、それでも士郎がたった一人にでも自身について多少なりとも打ち明けたのはこの状況を打破するのに一人では限界があると理解していたから。

 その上で、数日の間に最も信用できると判断した人物ーーつまりロマニに、自身の素性を初めある程度の情報を開示したのだ。

 そうでもなければ、士郎がカルデア唯一のマスターとしてレイシフトを行うことなどできなかった。

 多くの職員にとって衛宮士郎という人物は、いまなお全く正体の知れない侵入者と変わらないからだ。

 レイシフト実行までの数日で、多少なりともスタッフ各員が士郎と接触しているとはいえ、どうあっても形式上の立場というのは覆し難い。

 それを、ロマニただ一人だけとはいえ、士郎の素性について把握いるということで、彼の立場を保証している。

 それは同時に、この一種の契約が衛宮士郎からの信用の証となっている事を示している。

 

「分かってはいるんだけどさ。流石にアレを見たら思わず聞きたくもなるって」

「まあ、気持ちはわかるんだけどね」

 

 モニターを見れば、外に出たらマシュ達と今しがた話題の中心となっていた士郎が合流しているところだった。

 映像を通して見るマシュの表情はなんとも呆けた様子で、自分も全く同じ気持ちだったよ、と心の中で全力で首を縦に振る。

 

「できれば、もうちょっとだけ打ち解けてくれるようになるといいんだけどな」

 

 これからの長い戦いを思えば、今のままでは良くない結果になるのは目に見えている。

 できれば早い内にお互いの信用を勝ち取ってもらいたいところだが、そう上手くは行かないだろう。

 はぁ、とひとつため息を吐き、ロマニは自身の仕事を続けた。

 

 

 

 

 

「マシュ?それにジャンヌ達もか」

 

 外に出て数分、お目当ての人物をマシュ達は見つけた。

 対して、まさか自分を探していたとは露知らぬ士郎は、如何にも不思議そうな表情で彼女達に振り向いた

 

「どうしたんだよ。部屋で休んでるんじゃなかったのか」

「・・・・・あ、はい。確かにそうだったんですけど」

「何か俺に用か?答えられる範囲でならなんでも答えるぞ」

「はあ。えっと、それでは質問させていただくのですがーー」

 

 うん?と疑問符を浮かべて問いを待つ士郎。

 それに対してマシュは意を決したかのように口を開きーー

 

「先輩は、何をなさっているんでしょうか」

「・・・・・何って言われてもな」

 

 質問<クエスチョン>は実にシンプルで、士郎の現在の行動を問うものだった。

 どんな意図を持って、何を目的として、どの様に行っているのか。

 それさえ答えれば終わる質問であり、或いは一眼見ればおおよその見当がついてしまうものだーー寧ろ、解ってしまうからこその疑問だったか。

 

「見ての通り、炊き出しだが?」

 

 問いに対する返答<アンサー>も実にシンプルだった。

 明瞭に、これ以上ないほどわかりやすいく帰ってきた言葉。

 だからこそ、マシュ達は頭を抱えずにはいられなかった。

 

「シロウ。私達が言っているのはどうしてそういう事をしているのか、という意味なのですが」

「そりゃ人手が足りないからだよ。ほら、ラ・シャリテの人がこっちまで避難出来たのははいいけど、着の身着のままで逃げてきたもんだから大した金銭の持ち合わせもないし、食糧だって持ってるわけないだろ?でも、さっきの避難でみんな疲弊してるのは確かだからさ。街の人が何人か集まって、少しずつ物資を出し合って配給みたいなことやってるんだよ」

 

 自分はその手伝いってわけだ、なんて最後に付け加えた士郎は、マシュ達の質問の意図をまるで理解していない。

 いつのまにか開いていた通信の向こうでは、ダ・ヴィンチがホラね、なんて言いたそうにため息をついている。

 彼の言わんとすること、彼がやっていること、それ自体は理解できるし大いに賛同できるものだ。

 しかし何事も状況次第であり、それを考えて行動するのが人間というものだ。

 TPOの概念は実行してこそのものである。

 

「いえ、ですからそうではなくっ、貴方も先程の戦いがあったのですから、今は少しでも休むべきだと言っているんですっ!」

 

 今度は相手に理解を促すようなものではなく、これでもかというぐらいハッキリと明言する。

 ジャンヌの言葉を受けて、士郎の方も多少なりとも自覚はあるのか、なんとも気まずそうに視線を背ける。

 

「あー、いや・・・・・なんていうか、俺はそれ程疲れてはないっていうか、これぐらいのことなら何度も経験があるしさ」

「サーヴァントを相手にしておいてよくもそんなことが言えますね。しかも貴方、ラ・シャリテを離れた後も碌に休んでないでしょう。それで何がどう問題ないって言うんですか!」

 

 というか、これぐらいってなんなんですか、こんなことが何度もあったと!?などと興奮気味にいうジャンヌに、士郎は何も言えない。

 実際のところ、疲れがないといえば嘘になるが、この程度ならまだまだ余力がある方だし、戦闘ならまだしも日常的な行動に支障が出ないのは確かなのだが。

 

 ・・・・・それを言ったところで、さらに怒らせるだけなんだよなぁ。

 

 真面目というか、委員長属性というか、どうにもそういった属性の持ち主らしい彼女は一度こうなると止まるまで時間がかかるだろう。

 いや、というか絶対そうなる。変なところでかつての最愛のパートナーと似通っている彼女だ。この手の状況での行動も実にデジャブを感じる。

 本人の気が治るまで待つか、途中でプチッといってしまうか。

 彼女の様な女性が説教を始めると場合によっては数時間はかかる事もあるので出来れば早めに切り上げてもらいたいのだが、かといって下手に刺激するとつい1時間ほど前のように体に教え込まれそうなので、そちらも勘弁願いたい。

 今は俺が何を言っても止まらないだろうし、どれだけ正論を振り翳しても、それとこれとは別です、と一蹴されてしまうのが目に見えている。

 さて、どうやってこの聖女様をお鎮め致そうか、などと士郎が考えているとーー

 

「ねー、しろーう。これってどうしたらいいー?」

「ライダー、貴方もですか・・・・・」

 

 後ろからひょこっと顔を出したのは、何やら食糧が入っていると思しき大きめ目の袋を両手で抱えたライダーだ。

 その様子からして、彼も士郎と同じく手伝いをしているのだろう。

 

「ああ、後はこっちでやっておくから、そこに置いといてくれ」

「りょーかーい」

 

 どすん、と結構な音を立てて、袋が地面に下ろされる。

 それをがさごそと漁りながら、さて次にするのは、と作業に戻ろうとするカルデアが誇るブラウニー。

 

「ーーて、何を当たり前のように再開してるんですか!?」

 

 ごくごく自然な流れで食料を取り出す士郎に、ジャンヌはまるで押さえることなく声を荒げる。

 正直に言ってかなり怖い。

 そばで聞いているだけのセイバーすら顔を引き攣らせ、ライダーはうひゃー、なんて言って如何にも他人事、マシュに至ってはほんの少しとはいえ怯えてしまっている。

 対して、ジャンヌの怒声にビクッと身を震わせる士郎は内心、誤魔化せなかったか、などと本人が聞いたら激怒間違いなしな事を考えているのでこっちも大概である。

 とはいえ、気炎を上げて言葉を連ねる今のジャンヌにはどんな言い訳をした所で、聞く耳は持たないだろう。

 馬の耳に念仏は入らないし、糠に釘を打ったところで鎚ごと埋まるだけである。

 

「待った、待ってくれ!ジャンヌの言い分はもっともだ。そこは分かってる。俺の行動は確かに勝手に過ぎた。けどな、このまま問答を続けてると炊き出しを待ってる人達に迷惑がかかるからさ、今は多めに見てくれないか?頼む、この通り!」

 

 顔の前で手を合わせ、ジャンヌに頼み込む士郎。

 彼はこれまでの経験上、彼女のようなタイプには下手に言い訳するよりも、こうして第三者をダシに交渉するのが一番効果的だと身に染みて理解していた。

 どうにも、無実の一般市民を人質に取って身代金を要求する悪役かのような手口で、どうにも心苦しいのだが、背に腹は変えられない。

 実際、この説教を受けている間、作業が滞っているのは事実である。

 なので、ここはどうにかお怒りを収めていただきたい士郎。

 

「・・・・・むぅ」

 

 そして目論見通りといえば聞こえは悪いが、ともかく先ほどまで怒髪天をつくかの様な荒れ具合を見せていたジャンヌは、その怒気を急速に低下させた。

 

「確かに、ここで騒いでは他の方に迷惑になりますので、ひとまずこの辺りでやめておきます。シロウ達も、程々のところで戻ってきてください」

「ああ、わかってる。出来るだけ早くに終わるように努力する」

「分かっているのなら良いですーーそれと、話の続きはまた後ほど行いますので、そのつもりで」

「・・・・・・・・あい」

 

 最後にサラッと死刑宣告を下して、ジャンヌはその場を後にする。

 宣告を受けた士郎も、相当に堪えたようだが、半ば覚悟はしていたので取り乱しはしなかった。

 

「マシュ達も先に戻ってていいぞ。俺もライダーもキリのいいところで戻るからさ」

 

 立ち去るジャンヌを見送った後、未だ呆然とした様子で立ち尽くすマシュに声をかける。

 ハッと、我に帰った彼女は、なんとか平静を取り戻して士郎に向き直る。

 

「い、いえ!先輩お手伝いをなさっているのに、自分だけ休むわけにはいきません!わたしも何かさせてください!」

「いやいや、そんなの気にしなくていいって。俺が好きでやってることだし、ライダーもラ・シャリテの人達が心配で手伝ってるからさ」

「で、ですがーー」

 

 彼女は基本、他者を苦しめたり苦労をかけさせたりする行動というのは好まない少女だ。

 それが本人の希望とはいえ、自身のマスターが疲弊した身体に鞭打って人々のために働いている間、自分だけ休むというのは受け入れ難いものがあった。

 

「それに、ちょっと前にドクターからきいたんだけど、本物のドラゴンと戦ったんだろ?本当ならこっちが支援してやるべきだったのに、俺が不甲斐ないばっかりにマシュには苦労かけちまったしさ。これ以上は負担をかけられないよ」

「そ、そんなことはありません・・・・・っ!」

 

 申し訳なさそうにする士郎に、その言葉は看過できない、とマシュの言葉に力が入る。

 確かに当初の予定では、士郎が後方から狙撃を行う事でマシュや他のサーヴァントを支援するということだった。

 しかし、元々ワイバーンの殲滅も同時にこなしていた彼は、他よりも熟すべきタスクが多い立場にあった。その上サーヴァントの襲撃に遭ったとなれば、初めの作戦に拘泥できるはずもない。

 もしそんなことで責任を感じているのなら、スケルトンの軍勢を削れなかったマシュとジャンヌにも非があることになる。それこそ、あの亀竜が骸どもの侵攻を優先して戦っていれば、街には少なからず被害が出ていたはずだ。

 

「ーーん。まあ、流石にサーヴァントを相手にしたまま皆の援護ができるって考える程、俺も自惚れちゃいないよ。ただ、それとは別にしてやっぱりマシュには休んでてもらいたい。今回は初のサーヴァント戦でもあったし、マシュが気づかないところでかなり疲れてるはずだからさ」

「俺も彼の意見には賛成だ。君が戦いに不慣れというのなら、その疲労は知らぬ内に様々な箇所に蓄積していく。気持ちは理解出来るがここは彼の言う通りにしたほうがいいだろう」

 

 思わぬ援護射撃が飛んできた。

 それまで成り行きを見守っていたセイバーが、士郎に同意するように休息を促す。

 士郎と同じく歴戦の戦士たるセイバーの言葉は、その重厚な雰囲気と相まって重みが感じられた。

 流石にこうまで言われればマシュとしても頷かないわけにはいかないーー頷かないわけにはいかないのだが、それでもまだ納得しきってはいなかった。

 

「ジャンヌにも言ったけど、絶対に無理はしないし、すぐ戻るからさ。マシュは先に戻って休んでてくれ。なーー?」

 

 士郎の、どこか懇願するような視線を受けて、マシュもとうとう耐えきれなくなった。

 まだ残っていたい気持ちは無くならないが、これ以上粘っても逆に士郎を疲れさせるだけだ、と自分を無理やり納得させる。

 

「・・・・・分かりました。お手伝いが終わったら、先輩もしっかり休んで下さいね」

「ああ、約束する。俺だって、休める内はしっかり休むよ」

 

 マシュのお願いを聞き、士郎は確かに約束を結ぶ。

 そういえば、マシュとはこんな約束を何度もしてるな、なんて内心苦笑しながら。

 

「それではお先に失礼します、先輩ーー先輩・・・・・?」

 

 最後に、しっかりと挨拶だけはしていこうと士郎に会釈しようとして、そこでふとマシュは違和感に気付いた。

 今しがた困ったような笑みを浮かべていた目の前の少年ーーその表情が、まるで戦闘の只中にあるかのように険しいものになっている。

 

「・・・・・あの」

「ーーいや、何でもない。俺達もすぐ後を追うよ」

「そう・・・・・ですか」

 

 思わず声を掛けたが、その時点で彼の表情は普段の無愛想なものに戻っていた。

 流石になんでもないようには見えなかったのだが、何も言わない以上、ここで追求しても仕方ないのだろう。

 マシュは自身の疑問を抑え込んで、その場を去る。

 

「----」

 

 最後に、彼女はもう一度振り返って士郎を見やった。

 彼はやはり、先ほどと同じように忙しなく作業を続けていてーー何も告げない士郎の姿に、どこか孤独感じみたものを感じながら今度こそ振り返らずに部屋へ戻っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ご苦労だった、セイバー。君たちのおかげで()()()は万全だよ」

 

 小高い丘の上で、たった今リヨンから帰還したセイバーを黒いアーチャーが出迎えた。

 その表情は常に硬いものだが、掛けられた言葉は本の少しだけ柔らかに感じられた

 

「私は私の仕事をしたまでだよ。それより、キミこそ迷惑をかけたね」

「いやなに、そこも含めて後方支援の役割だろう。それこそ、君に礼を言われる事じゃない」

「では、そういうことにしておこう」

 

 互いに軽い挨拶を交わす。

 ごく普通に会話をするその姿を他者が見れば、直前まで街一つを攻め堕とそうとしていた者と同一人物だとは到底思えないだろう。

 

「それで、どうだった。少しは気は晴れたかね?」

 

 アーチャーはその日の調子を尋ねるようなノリで、セイバーの様子を問う。

 セイバーはそのような事を聞かれるとは思っていなかったのか、一瞬虚を突かれたような表情をしたが、直ぐ様気を取り直した。

 

「うん。こういう言い方はしたくないけど、存外に楽しめたよ。()()()()()()()()

「それは結構。君も苦労するな」

「お互い様だろう・・・・・と言いたいところだけど、そちらは少し違うんだったね」

「まあ、な。これに関しては性分みたいなものだよ。どの道、マスターの命には逆らえん」

「サーヴァントであればマスターに振り回されるのは誰も同じさ。もっとマシな召喚をされたかったとは思うけど、喚び出された私達に逆らう権利はないしね」

 

 やれやれ、と首を振るセイバー、その姿には隠しきれない現状への不満が見て取れる。

 竜の魔女に対する各サーヴァントのスタンスはそれぞれ異なるが、このセイバーに関しては彼女に使役されている現状に対して嫌悪を抱いている類だ。

 それ故か己を律し、内に燻る狂気を抑え縛り付けることが、今回の現界における彼女の常となっていた。

 

「ライダーとバーサーカーはもう戻ったのかい?」

「ああ。二人とも既にそれぞれの持ち場に向かったよ。君と違って、ライダーなどは相も変わらず挨拶の一つもなかったがね」

「それは仕方ないだろう。彼女に関しては私達よりなお、こちらにいるべき英霊ではないんだから。本来ならあちらにいるべき人物だろう」

「そういう意味で言えば君も似たようなものだと思うがーーそれにしても、こうしてまともに会話できる相手が君とあの侍だけというのは、中々に問題ではないかね」

「ライダーは口を利かない、ランサーは王、バーサーカーは話せない、あっちのアサシンは怪物より、キャスターはあの魔女の信奉者ーーなるほど、確かに深刻だねこれは」

 

 アーチャーが何気なく放った言葉について思い返してみたセイバーだったが、存外に笑えない状況に思わず頭を抑える。

 これが真っ当な職場であれば崩壊確定秒読み段階、といった所か。

 そもそも彼らのマスターが、その様な余暇を認めていないのが致命的だった。

 

「まあ、その辺りはサーヴァントの宿命か。では我らがマスターの願いに従って、我々も仕事に戻るとしよう」

「またお小言を言われても敵わないからね、雑談はここまでにしよう」

 

 言って、共に本拠地への帰路へ着く。

 その最中、アーチャーは肩越しにリヨンへ振り返る。

 断定には至らなかった。しかし、捨て置けるほど外れてもいない。

 

「ーーーー」

 

 思考はほんの僅かな間。

 ここまでは単なる前哨戦。検分の機会は今後いくらであるだろう。

 今はその時が訪れるまで、課せられた仕事を熟すとしよう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それぞれがやるべき事を終え、宿に戻った士郎達は暫しの休息を終え、再び集まっていた。

 その間、住民の手助けを終えた士郎が中断されていたジャンヌの説教を受けたり、士郎が用意した夕食を摂ったりしていた。

 既に辺りは暗く、部屋を照らすのはランプの光だけだ。

 その中で、この面子では二度目となる会議が始まろうとしていた。

 

「防音の結界は張り終えた。そろそろ話を始めるとしよう」

 

 この小さな空間に境界線が敷かれ、内と外は隔てられた。

 照明技術の未発達なこの時代においては、夜の時間というのは現代に比べてひどく静かだ。

 既に眠りに就いている人も多く、また要らぬ知識を漏らさないためにも必要な措置だ。

 

『まず全員に共有したいのは今回新たに姿を見せた敵サーヴァント達だ』

 

 空間に投影されるモニターには、三騎のサーヴァントが映し出されている。

 フェンシングに酷似した剣術を扱うセイバー。

 騎乗物では最高クラスのドラゴンを使役するライダー。

 野生に生きるかのように頑強な肉体を武器とするバーサーカー。

 

「ここには映っていないけど、もう一騎アーチャークラスのサーヴァントもあの場にいた」

 

 カルデアと士郎から情報が提示された計四騎のサーヴァント。

 彼らの力を直に受けた全員が、その異様を改めて思い返す。

 

『ラ・シャリテでも強大な敵とぶつかったけど、今回判明したサーヴァント達も負けず劣らず厄介な敵だと思う』

 

 そう告げたロマニは、現段階で判明している各サーヴァントの詳細を表示させる。

 これらの情報を見て各々が異なった反応を見せる。

 

「いずれのサーヴァントも非常に強大な存在だと感じますが、この中ではやはりあのライダーが最大の障害でしょうか」

 

 部屋の中で真っ先に声を上げたのはマシュだ。

 彼女は正面からあのドラゴンと相対した事もあって、その時の圧迫感と恐怖が強く残っている

 

「聖女マルタ。そしてローヌ川の怪物タラスクか。確かに火力という点で言えば彼女らは随一だろう。あの巨竜を除けば、現状確認している中で殲滅力であの竜を上回るサーヴァントはいない」

 

 士郎も提示された情報をもとに、客観的な見方で分析する。

 その巨体から繰り出される一撃は重く、無造作に振るわれただけの腕が家屋を容易く倒壊させるだけの威力を有している。

 こちらのセイバーを除いて、まともに戦って勝利できる存在ではないのは明らかだ。

 

「とはいえ、本当に警戒すべきなのはやはりあのライダーだ。祈りによって形成される一切の過程のない魔術行使。それがただ杖を向けられただけで襲ってくる。あれはもはや発動どうこうではなく、対象に結果を直接発生させていると言っていい」

「ええ。そのため回避も防御も出来ません。私も何度か標的にされたので言えますが、正面からの相対においてあれほど厄介な攻撃はないでしょう」

 

 この中では唯一、ライダーの攻撃を受けているジャンヌが士郎の言葉を補強する。

 聖女マルタが手にする十字架は、彼女の祈りを魔術へと変換する。

 しかし、それは通常の魔術師が確かな論理と道筋によって行使するものとは違い、過程というものが存在しない。

 そのため、物理的な干渉を伴う多くの魔術が構築、飛翔、着弾というプロセスを踏むのに対し、彼女の祈りは敵対者そのものに魔術を発生させる。

 あの十字架が自身を指し示した時点で、攻撃は成り立っているのだ。

 

「ジャンヌ、実際に受けてみて威力はどれほどのものだった」

「私はもともと、ルーラークラス故の高ステータスと対魔力があります。今は不完全な召喚のため本来のステータスには達していませんが、彼女の魔術であればおそらくダメージを負うことはないかと」

「となると純粋な出力は分からないままか。そこを把握できれば、或いは無理矢理に押し込むことも視野に入れられたんだが」

 

 現状、ライダーの魔術によるダメージがどれ程のものなのか、正確に把握できていない。

 先の戦闘で見せたものが最大火力かどうかも疑わしい。

 現段階の情報だけでは、今後、彼女を相手取る際の有効な戦術を構築出来ない

 

「そういった戦術であれば、私が請け負いますが・・・・・」

「いや、確かにジャンヌなら彼女の魔術は無視できるかもしれないけど、それ以前に彼女と戦うのは俺かマシュのどちらかが理想的だ」

「シロウたちだけ、ですか?それはどうしてーー』

『それは多分洗礼詠唱を警戒しているからだろう』

 

 ジャンヌの疑問に答えたのは、モニターの先にいるダ・ヴィンチだ。

 現代において彼の主の教えは、世界で最も広く定められた魔術基盤だった。

 この基盤に刻まれ、第八秘蹟会を除く、代行者をはじめとして全ての教会所属者が唯一会得の許される魔術。

 教会の人間が秘蹟と分類する聖言は、霊体に対しては高い効果を発揮する。殊更、アンデッドや死霊のような教会の教義に反するもの、自らの肉体を持たないものには絶大な威力を誇る。

 

「確かに洗礼詠唱は霊体に対する特攻ですが、聖なるモノやサーヴァントに対しては効果は薄いはずです」

「それは分かってる。ただ、相手が聖女マルタともなればどうなるか分からない。何せ彼女は、教会が神とする主の教えを直接受けている人物だ。もしかしたらこちらが想像している以上の秘蹟を有しているかもしれない。勿論、これはあくまでただの可能性だからそれほど重視しなくてもいい。ただ、万が一を考えて優先順位は決めておきたい」

「・・・・・俺に依存はない。あなたが決めたのならその方針に従おう」

「ボクも特に文句はないよ」

 

 それまで会議を見守っていたセイバーとライダーは、士郎の提案を受け入れた。

 もともと士郎に対して恭順の姿勢を示しているセイバーは勿論、ライダーも深い考えがあるわけではないので否定に足る材料を有していなかった。

 

「・・・・・分かりました。その場合にはシロウ達を中心に立ち回ります」

 

 それぞれの反応を見て、ジャンヌも少なからず納得した。

 もっとも、士郎達に完全に任せるわけではなく、自らも援護するつもりでいるあたり、実に彼女らしい。

 

『マルタに関する対応はこれでまとまったとして、残るは三騎か』

「それなんだが、セイバーは現段階でここにある情報以上に注目すべき点はないし、アーチャーに関しては観測すらできてない。だから、今考えるべきはバーサーカーだけだ」

 

 士郎が言った通り、カルデアが現状把握している敵セイバーの情報は表示されているものが全てだ。

 また、現在判明している範囲では特筆すべき特殊性は見受けられない。

 無論のことアーチャーに関してはそう容易く教えられるものではなく、カルデアも含めて、この場の誰に対しても徹底的に秘匿せざるを得なかった。

 

「では、俺が知り得る限りのことを改めて伝えよう」

「ーー待ったセイバー。アイツの事はボクが話すよ」

「む・・・・・」

 

 セイバーとアーチャーの話を士郎が流したことで、バーサーカーについての議論へ移る。

 当然、バーサーカーと直接戦ったセイバーに、お鉢が回ることになるのだが、これをライダーが遮った。

 誰も彼がそんな事をするとは予想しておらず、自然と視線が集まる。

 

「もしかして、あのバーサーカーも以前の召喚時に出会ったことのあるサーヴァントなのでしょうか?」

 

 ライダーはセイバーと同じく、以前の召喚でヴラド三世と遭遇している。

 それと同じように、また別の召喚でバーサーカーと対峙した記録があるのか、とマシュは考えた。

 

「ううん。そういうんじゃないんだ」」

 

 しかし、ライダーは彼女の言葉を否定した。

 マシュの考えは間違ってはいない。

 英霊にとって、時間や世界線の縛りとは生前に手放した権利だ。

 英霊の座に刻まれた彼らは、常世のあらゆる原理から外れた存在。時間も、世界も超えてあらゆる地へと召喚される。

 その中で、一度出会ったことのある誰かと異なる地で再開する可能性は、決してゼロではない。

 

ーーだからこそ、マシュは失念していた。

 

 時間に流されず、世界という枠にも収まらず。

 どこまでも遠い、自分達とは全く異なる超常の存在。

 そんな|英霊()()()もまた、かつては同じ人間だったのだと。

 

「アイツはーーあのバーサーカーは、生前からのボクの友人なんだ」

「え・・・・・!?」

 

 それは、ひどく衝撃的な事実だった。

 英霊という存在、その定義を正しく把握して、彼女は順当な解を導き出した。

 彼女は、自身と彼らの間に存在する明確な差異を正しく認識していてーーそれ故に、その在り方を理解できなかった。

 彼らは特別だったから人間を超越したのではない。

 

ーー誰よりも英雄<ニンゲン>らしく生きたからこそ、英霊となったのだ。

 

「それで、アイツのことなんだけどーーそれを話す前に。士郎、改めてボクの名を名乗るよ」

 

 これまで意識すらしてこなかった事実に打ちのめされるマシュには気付かず、ライダーは士郎へと視線を向けた。

 その眼差しに普段の楽天的な様子は見出せず、ただ正面から士郎と向き合おうとする意思が載せられている。

 

「・・・・・いいのか?サーヴァントにとって、真名の開示は時に致命になるものだろう」

「問題ないさ。それに、色々と忙しなくって忘れちゃってたけど、もともとは最初にあった時に名乗るつもりだったし」

 

 バレたところで困るような話もないしね、とライダーは笑う。

 しかし、例えそうだったとしても、そのリスクは変わらない。

 仮にライダーの言う通り、彼の生前において弱点となるような逸話がないのだとしても、正体が知れればそれに合わせた戦いをする事は可能だ。

 それぞれが得意とする戦法や決め手、ある事柄に対するスタンスや対応。

 そういった情報が露見するということは、それはそのまま、その英霊の生き方を知られることを意味する。

 サーヴァントのクラス名とは、敵に明かすことのできない真名を隠す為のベールでもあるのだ。

 

「ーー分かった。訊かせてもらう」

 

 ライダーの言葉をどう捉えたかは定かではない。

 しかし士郎もまた、真っ直ぐにライダーを見据える。

 真名がサーヴァントにとっての急所と言えるものなら、それを明かすのは彼らの命運を預けられるという事である。

 互いの名を交わし、同じ目的の為に共に戦う。それはある種の契約だ。

 マスターとサーヴァントのような魔術的な繋がりではなく、強制力のある縛りでもないが。

 だからこそ、託される者にかかる責任は何より重い。受け取る側は、託されるに足る在り方を貫かねばならない。

 故に、士郎も覚悟を決める。

 己が全てを託すと言うライダー、その信用に少しでも報いられるように。

 

「教えてくれ、ライダー。アンタの真名を」

 

 問いかける声はどこまでも一途で、この一時のみ、士郎はライダーだけを意識に収めた。

 

「ボクの真名はアストルフォーーシャルルマーニュ十二勇士が一、アストルフォだ」

 

 改めてよろしく、と。

 これまでのライダーには見られないほど真面目に、しかし底抜けの明るさは損なわれず。

 彼ーーアストルフォは、どこまでも彼らしくその名を明かした。

 

ーー英霊アストルフォ

 

 中世フランスの叙事詩に登場する騎士。

 後にヨーロッパの父と呼ばれるカール大帝ーー即ち、シャルルマーニュに仕えた十二人の聖騎士<パラディンの>の一人である。

『恋するオルランド』『狂えるオルランド』などをはじめとした物語にその姿が記され、その中で多くの冒険を乗り越えた英雄だ。

 その中でも、アストルフォとは月にその理性を封じられた、理性を失った騎士とされている。

 

『なるほど。君がアストルフォなら、あのバーサーカーの正体も自ずと見えてくる』

 

 一方で、カルデアから事の行く末を俯瞰するダ・ヴィンチは現実的なものを見据えていた。

 現段階でカルデアが得ているバーサーカーの情報は主に三つ。

 一つ、まともな衣服を纏わない原始的な格好をしていること。

 一つ、非常に高ランクの狂化を受けていること。

 一つ、セイバーの宝具すら強靭な肉体を有していること。

 これら三つの要素に加え、アストルフォが友人と呼ぶ人物は、たった一人だ。

 

『『恋するオルランド』『狂えるオルランド』の主人公にしてアストルフォと同じパラディンの一人オルランド。即ちーー』

「そう。あのバーサーカーの正体はローラン。ボクら十二勇士の中でも最高の騎士、ローランだ」

 

 そうして告げられた真名に、口にした当人以外、部屋の中にいる誰もがそれぞれ反応を見せた。

 衛宮士郎は、ダ・ヴィンチと同じく半ば予想していたとはいえ、それでもその圧倒的な知名度を誇る英雄に難しい顔をし。

 マシュは、一つの叙事詩における頂点たる騎士に思わず息を呑み。

 セイバーは、驚きこそないものの、少し前に打ち合った敵の力量に納得した。

 

「アストルフォの言う事が本当なら、かなり厄介な敵だな」

 

 士郎は、硬い声でそう言う。

 ローランとは、アストルフォの言う通り、シャルルマーニュ十二勇士の中でも最強ともされるパラディンだ。

 十二勇士達の王たるシャルルマーニュの甥とされ、如何なる攻撃にも傷つけられることのない肉体を有する彼は武勇に優れ、その手には絶世の名剣と謳われ決して折れることのないデュランダルを携える。

 彼について記された叙事詩は『ローランの歌を』はじめいくつかあるが、それらを閲覧すれば彼がどれほど強大な英雄かは誰しも理解できるだろう。

 何より頭を悩ませるのは、原点において彼は外的な要因によって死を迎えてはいないということだ。

 彼の死因はほとんど自滅のようなもの。他者によって命を奪われたなどという記載は、どこにも見当たらない。

 サーヴァントとの相対という点において、これほど難儀する英雄はそういまい。

 

「しかもバーサーカーで喚び出されてるってことは『狂えるオルランド』での姿だろう?」

 

『狂えるオルランド』におけるローランは、とある女性への恋心とその失恋をきっかけに、まるで理性のない獣のように姿に陥ってしまう。

 その際の彼は非常に粗野で狂気的。抜きん出た怪力は人間どころか、強力なマジックアイテムを用いても倒せなかった海魔を素手で捩じ伏せている。

 おまけにその肉体は金剛石と同強度と言われるほどに頑強だ。

 そんな怪物と称するほかない剛腕の騎士が、バーサーカーとして見境なく人々に襲いかかり暴れ狂う。

 控えめに言っても、悪夢という他ない。

 

「ボクもサーヴァントとしてのアイツについて詳しく知ってるわけじゃないからその辺りはなんとも言えないけど、少なくともデュランダルまで持ってきてる感じはしなかったな」

「それが本当なら不幸中の幸いだけどーーだとしても、まともに相手をするべき相手じゃないことには変わりない」

「あ、それについてはボクも同感。ほんと、あんなの相手にしてたら命が幾つあっても足りないから」

 

 重苦しい士郎とは対照的に、あっけらかんとアストルフォは言い放つ。

 彼らの考えは正しい。

 物語上、ローランには弱点らしき弱点が記されておらず、唯一それらしいのは彼の足裏には無敵性が確認されていないことだけだ。

 通常、サーヴァントを相手取るならその死因や弱点を利用して戦略を練るものだが、彼が相手ではそれが成り立たない。

 それはつまり、一つの伝説における最強の英雄を、真っ向から打ち破らねばならない事を意味する。

 

「アストルフォ、他に何か気づいたことはある?」

「うーん。ほんのちょっとしか見てないし、あんまり覚えてないんだよね」

「・・・・・そうか」

 

 或いは、ローランの戦友たる彼であれば何かしら感じ取るものがあるかと期待したが、そう都合良くはいかないらしい。

 

『今はこれ以上考えても仕方ない。あのバーサーカーのことはこっちでも調べておくから、今日はここまでにしておこう』

「・・・・・俺としては、まだ聴きたいことが山ほどあるんだがな」

 

 モニターの先から、ロマニは会議の中断を提案する。

 しかし、士郎はこれで終わる気は毛頭ない

 確かに、カルデア側が収集した情報からローランに対抗する有効な策を見出すことは難しい。だがそれ以外にやれる事はいくらでもある。

 彼の正体を知るものがこの場にいないのなら話は別だが、こちらにはアストルフォという生前の仲間がいる。

 彼が知る限りの生前のローランについて知れれば、そこから何らかの対抗策が見つかる可能性は十分にある。

 

『勿論、士郎君の言い分はわかるよ。それが必要なことだってことも』

「だったらーー」

『でも、君達がレイシフトしてからここまで、一度も睡眠をとっていない。これ以上は代理司令としても医療部門のトップとしても許容できない』

「むぅ・・・・・」

 

 士郎は反論しようとしたが、ロマニからの提言を聞き押し黙った。

 要するに、ドクター・ロマンからの“ドクターストップ”という事だ。

 実際、ロマニの言い分は理にかなっている。

 疲弊した体で有意義な話し合いを続けられるはずもなく、また現状唯一活動可能なマスターである士郎を不用意に酷使したくない、というカルデア側の思惑もある。

 士郎もロマニの言葉には同感であった。もっとも、それは士郎を除外しての話だが。

 そもそも、カルデアに来るまでの彼なら、数日どころか数週間や1ヶ月近く眠らないことなどザラにあった。今更、この程度の消耗に根を上げるほど柔ではないし、その程度の人間だったならとっくの昔に力尽きている。

 しかし、マシュは違う。

 彼女はつい先日まで、戦いとは無縁の少女だったのだ。それがいきなり訳の分からない力を与えられ、戦場に向かうことを余儀なくされた。

 碌な経験もなく、量だけは膨大な知識と少しの戦闘訓練をつめこまれ、怪物どもと戦わされている。

 そんな彼女をこれ以上痛めつけるのは憚られた。

 

・・・・・他でもない、彼女の力を求めた俺が言えた義理ではないがな。

 

 全くもって今更ではあるのだが。

 マシュを戦力の一つとして利用すると決めたのは、他でもない士郎自身だ。

 人理焼却という人知の及ばない滅びを前に全ては道具でしかない。衛宮士郎も、マシュ・キリエライトも、カルデアの職員も、他のサーヴァントも。この滅亡を覆す為の駒でしかない。

 故に、士郎がマシュを慮るというのは、酷く筋違いというものだ。

 

「・・・・・分かった、続きは明日に持ち越そう」

 

 しばし思案し、士郎はロマニの提案を受け入れた。

 全てが道具なのだとしても、道具には道具なりの使い方というものがある。

 この世の全ては有限であり摩耗していくものだ。休みなく酷使し続ければ、限界はより早くに訪れる。

 道具には、それに適した整備<メンテナンス>が必要なのだ。

 その様に自身を納得させ、胸中の蟠りに踏ん切りをつけた。

 

『よし。それじゃみんな、今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ』

 

 各々の反応を確認し、ロマニは今度こそ解散を宣言した。

 

「・・・・・?」

 

 その中で。

 ただ一人、ジャンヌだけが、士郎がモニターに目配せしたのを見ていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 夜も深まり、リヨンの街は死んだ様に静まり返っていた。

 現在、時刻は11時頃。

 竜の魔女という災害に脅かされているという状況もあって、この非常時においては夜の街を徘徊する悪党も、酒に溺れる飲んだくれも表には見えない。

 しかしその静けさとは対照的に、街の至る所には灯りが見える。それは、ラ・シャリテから避難してきた人々が身を寄せる寝床に焚かれた火や蝋燭の光だ。

 寝床と言っても、殆どは最低限眠る為の毛布があるだけで、テントなどまともに身を休められる設備は少数だった。

 それというのも、一度に多くの住民が逃げてきたため、全員を収容できるだけの家屋もスペースも用意できなかったのだ。

 無論、可能な限りの人数は建物の中に入れるようにはしている。

 宿の空き部屋やリヨン市民の住居など。非常時ともあって、住民も避難民の受け入れには寛容だった。

 それでも収まりきれずに溢れた人達が、街道に身を寄せ合っているのが現状だ。

 毛布やテントなどがリヨン側から提供され、ひとまず一夜を過ごせるようになったのはせめてもの救いだろう。

 

「ーーーー」

 

 そんな、明るくも静まり返っているという、ひどくチグハグな夜に、一人の少年がある宿屋から姿を見せた。

 紅い外套を纏う彼は、空を見上げ静かに佇んでいる。

 月の光を浴びる彼は、空に浮かぶ星々を見つめるーーその先に、どこか遠くのモノを見据えるように。

 

「こんな夜更けに散歩ですか、シロウ」

「・・・・・ジャンヌか」

 

 星と月、そして街に点在する光に照らされる街の中、その光を受けて少女が少年に声をかけた。

 然して驚いた様子もなく名を呼ばれた彼ーー士郎も声の主であるジャンヌに意識を向けた。

 

「もう夜も遅い。明日に備えて眠るべきではありませんか」

「それはお互い様だろう。ジャンヌこそこんな時間に出かける用でもあるのか?」

「私は、少し気になる事があったのでそれを確かめに」

「”気になる事“、ね・・・・・」

 

 どうにも迂遠な言い回しに、士郎は敢えて気付かないフリをした。

 流せるものなら、このまま流したいという思いがあったからだ。

 

「・・・・・そういえば、さ。一つ、ジャンヌに頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれるか?」

「え・・・・・?は、はい。私で良ければお聞きしますが・・・・・」

 

 唐突な士郎の申し出に、ジャンヌは少々戸惑った。

 このタイミングで彼がそんな事を言ってくるとは思わず、出鼻を挫かれた気分だ。

 

「ん。別にそんなに難しい事じゃないから」

「はぁ・・・・それで、私はどうすれば?」

「なんていうか、俺への呼び方を変えてほしいんだ」

「よ、呼び方・・・・・?」

 

 次いで出されたお願いにまたしても調子を崩される。

 わざわざ断りを入れてまで頼んできたのだから、何か重大な話かと考えていたが、蓋を開けてみればなんとも締まらないモノだった。

 

「それは構いませんが、具体的にどう呼べばいいんですか?」

「呼び名自体はそのままでいいんだ。ただ、発音というか、正しいイントネーションをに変えてほしくてな」

「イントネーション、ですか」

 

 少し照れくさそうに笑う士郎に、ジャンヌはやはり彼が何を考えているのかよく分からなかった。

 しかし彼の頼みを受けると言った手前無碍にはできず、そもそもこの程度の願いなら畏まらずとも彼女はいくらでも受けて良かった。

 

「え、と、それでは。シロー、シろお、しろう、しろウ、ではなく、士郎ーーこれで合っていますか・・・・・?」

「大丈夫、ちゃんと合ってる」

「ああ、そうですか。それは良かった」

 

 何度か発音を繰り返し、幾度目かで正しい発音を掴む。

 目の前で人の名前を間違ったイントネーションで連呼するという、少々気恥ずかしい体験ではあったが、その甲斐はあったようだ。

 しかし、成功はしたものの、未だにその意図は分からない。

 

「もしかして、さっきまでの呼び方は不快だったでしょうか・・・・・?」

 

 少しだけ眉尻を下げて問う彼女は、悲しそうでも、申し訳なさそうでもあった。

 彼女が考えつく中で、一番当てはまりそうな理由はそれしかなかった。

 対して士郎は、ジャンヌの言葉が意外だったのか。数瞬、意表を突かれた表情を浮かべた。

 

「いや、別にあの呼ばれ方が嫌だった訳じゃないんだーーむしろ、あっちの方が好きだったぐらいだよ」

 

 彼は苦笑しながら、ジャンヌの予想を否定した。

 

「では、どうしてあんなことを?」

 

 当然、彼女の疑問はここに戻る。

 先ほどの発音が不快だったのであれば話は分かるが、その逆に好ましく思っているなら訂正する必要はないのではないか。

 そんなジャンヌの疑問は当然のもので、それを理解しているのか、士郎はどこか気恥ずかしそうに笑う。

 

「なんていうかさ、俺のつまらない拘りなんだ。本当にそれだけのことで、ただの我侭だよ」

 

 そう言う彼は、ジャンヌを見ていながら、その瞳に彼女を映してはいなかった。

 その様がまるでもう会えない誰かに想いを馳せているように見えて、彼女は堪えきれず問いかけてしまった。

 

「大切な、ヒトだったんですか・・・・・?」

「ーーああ。俺にとっては何より大切な、一番のパートナーだよ」

 

 決して長くはない、簡素な言葉。

 飾ることのないそれは、だからこそ込められた想いの強さを如実に示していた。

 

「・・・・・すみません。不躾な事を聞いてしまいました」

「別にジャンヌが謝ることないだろ。もともと、こっちが変な空気にしちまったんだし、気に病む必要はないよ」

 

 ジャンヌにとっては、士郎の触れてはならない秘部に触れてしまった気持ちだったが、対する彼は穏やかだった。

 自身への呼び方を変えたのは、確かに特別な思い入れ故であり、かつて耳にした声を克明なままにしていたかったからだ。

 それでも、これはとっくの昔に終わった話だ。

 かつての別離に後悔はなく、未練もない。今になって思い返して、愛しさや懐かしさが湧くことはあっても、悲嘆に暮れるようなことはない。

 他の誰かならいざ知らず、彼と、そして今は遠い彼女にとっては、あの別離は決して悲劇ではなかった。

 あの黄金の別離には、全てがあったのだから。

 

「・・・・・それより、ジャンヌは俺に用があったんだろ。こっちの頼みを聞いてもらったし、お返し、って言うのも変だけど応えられる範囲で応えるよ」

 

 気を落とすジャンヌの姿を見ていられなかったのか、士郎は無理矢理気味に話題を変えた。

 舵を切った先は自分で遠ざけた話だったが、今はこの雰囲気を放置する方が彼には辛かった。

 

「・・・・・分かりました。ではお聞きしますが、士郎はこんな時間に何を?」

 

 士郎の気遣いに甘える訳でもないが、ひとまず気持ちを切り替えて、当初の予定を実行する。

 

「何を、と言われてもな。その質問がどういった意図で聞かれているのか、いまいち把握しかねるが」

「・・・・・なら聞き方を変えます。あなたはこれからどこに向かい、何をしようとしているのですか」

 

 この期に及んでまだはぐらかそうとする士郎に、ジャンヌは今度こそ明確に問いをぶつけた。

 他に解釈のしようもない、明瞭な質問だった。

 

「ーーーー」

 

 数瞬、士郎が押し黙る。

 こうまで聞かれても、できれば教えたくないという意志が、明らかに見えていた。

 どう言い逃れしたものか考えを巡らせーーやがて諦めたように、息を吐いた。

 

「ーー分かった。降参だよ。正直に話すから、そんな目で見ないでくれ」

 

 自身の負けを認め、大袈裟に両手を挙げてみせる。

 その様子に、今回は嘘はないと判断し、ジャンヌは肩の力を抜いた。

 

「それでは、教えてください。あなたが何をしようとしているのか」

「その前に、一つ約束してほしい」

「・・・・・今度は何ですか」

 

 話すと言ったはなから条件を加える士郎に、指物ジャンヌも僅かに怒りを感じる。

 とはいえ、そこでごねてもまた時間を喰うだけなので、さっさと続きを促した。

 

「簡単なことだ。これから話すことをマシュに伝えないで欲しい」

「どういう事ですか。マシュはあなたの正式なサーヴァントでしょう。そんな彼女に教えられないような事をーーまた自分一人で危険な事をするつもりですか」

「・・・・・」

 

 帰ってきたのは沈黙。

 それはつまり、ジャンヌの言うことは正しいと、認めているということだ。

 全くもって度し難いというか、彼は本当に自分がこの世界に残った最後の生命線だということがわかっているのだろうか、ジャンヌには甚だ疑問だった。

 

「ひとまず、話を聞かせてください。そうでないとこちらも判断出来ませんから」

「・・・・・きっかけは、敵セイバーのある一言だ」

 

 このままでは埒が開かないので、今は保留ということにした。

 どんな内容かはまだ分からないが、酷いものであれば止めるなり報告するなりすればいい。

 そんなジャンヌの意図を察しているのか、士郎は諦めて話し始めた。

 

「あのセイバーは、自分達の役目をは準備が整うまでの時間稼ぎだ、と言った」

「準備・・・・・・」

「ああ。そういう言い回しをするのだから、ナニかあるのは間違いない」

 

 士郎は、その言葉がどうしても無視できなかった。

 下手を打てば、それだけこちらが不利になる。

 怪しい動きや違和感は、可能な限り調べておきたかった。

 

「それで、あの戦いの後で使い魔を飛ばした。ひとまず、巨竜の様子を窺おうとね」

「それで、どうだったんですか」

「竜の方には然して変化はなかったーーただ、ラ・シャリテそのものに問題があった」

「ラ・シャリテに?」

 

 現在、あの街は士郎と竜の魔女達による戦いの余波、そしてセイバーの宝具によって壊滅状態にある。

 そこに特筆すべき何かがあるというのか。

 

「俺とアストルフォが去った時点であの街は焼け野原になっていて、残っているのは廃墟だけだった」

「ええ。そう聞きました」

「だが、使い魔を通して視たラ・シャリテには、異質な城が聳え立っていた」

「城、ですって・・・・・!?」

 

 それは、俄には信じ難い話だった。

 ラ・シャリテの戦いから士郎が使い魔を通して偵察するまで、精々2時間程度しか経っていない。

 その短時間で城を建設するなど、どのような方法を用いれば実現できるのか。

 日本には一夜上という話もあるが、それらも実際はただの見せかけやら錯覚の類で、実際には比較的速くに築城を完了しただけだ。

 

「聖杯か、宝具か、はたまたキャスタークラスの魔術か。いずれにせよ、そういうモノが存在している事実には変わりない」

「それが本当の事だとして、士郎はこれからどうするつもりですか」

「ひとまず、自分の目で実際に見てみようと思ってる。俺達の間に魔術的なパスは通ってないから共有はできないけど、はっきり言ってマトモな城じゃないんだ」

 

 士郎は、今なお使い魔を通して見える光景に、不快感を抑えきれないでいる。

 それをここで言語化することも、監視を中断することもないが、可能な限り視界に収めない方がいいという結結論は変わらなかった。

 

「確かにそれは放置すべきではないかもしれませんが、あなた一人で、それもわざわざ今から行く必要はないでしょう」

 

 ジャンヌの考えはもっともだろう。

 件の城とやらがどれほど悍ましいものかは彼女には判別しようがないが、それでもこれから士郎がしようとしている事を見過ごす理由にはならない。

 そんなものは、十分に体を休めた後に、複数人で行けば済む話だ。

 

「いや、それじゃあ遅い」

 

 しかし、そんなジャンヌの考えを、士郎はあっさりと切り捨てた。

 

「な、何故ですかっ!?今から偵察に行くのも、明日調査に向かうも変わりはない、むしろ後で複数人で行く方が確実でしょう!」

「ああ、これが他の場所にできていたならな」

 

 食ってかかるジャンヌに対し、士郎はあくまで冷静だった。

 彼は周囲に誰もいない事を確認し、空間にフランスの簡易マップを投影した。

 

「見ての通り、ラ・シャリテはこのリヨンから最も近い、オルレアンとの中間地点だ。俺たちがここを拠点にオルレアンまで攻め込むなら、どうしてもラ・シャリテに近付く必要がある。ここまではいいか?」

「・・・・・ええ、問題ありません」

 

 士郎の言葉を吟味し、それが間違っていないことをジャンヌは確認する。

 それを見て士郎は話を続ける。

 

「そうなってくると、ここに城がある限りオルレアンへの侵攻は必然的に止められる。まさか筐だけ造って中身はない、なんてあり得ないだろうし」

「あの巨竜が致命傷を負っている現状、少しでも速くオルレアンに攻め込む必要がある、という事ですか。言いたいことは分からないでもないですが・・・・・」

 

 それにしては、少し違和感がある。

 純粋に速度を求めるなら、ラ・シャリテの攻略に拘らずとも、迂回していけばいい。

 その分時間はかかるだろうが、敵の陣地に踏み込んでそこを突破するのと際して変わらないはずだ。

 

「そう簡単な話でもないんだ。連中、どうもあの城とその周囲にワイバーンを集めているらしい。それこそ、いつでもどこかの街を襲撃できる程度にはな」

「ーーまさか」

「簡単にいうと、あの城は前線基地であり、防衛拠点なんだ。あの位置からならリヨンを始めとした街々を狙える。加えて、ワイバーンの何割かは哨戒させてるみたいで、かなりの範囲をカバーしてる」

 

 故に、時間がない。

 このまま放置すれば魔女の軍勢はより効率的に侵攻を進め、時間が経てば経つほどオルレアンの防衛線は厚くなる。

 彼らは可能な限り迅速に、ラ・ソャリテを攻略する必要がある。いまこのタイミングが、唯一の機会だ。

 相手が未だ態勢を整えきらず、夜間故に視認が難しいこの時間こそ、敵城視察にはうってつけなのだ。

 

「・・・・・理由は分かりました。ですが、それならあなたでなくともいいし、ましてやマシュに何も伝えないで行く理由にはなりません」

「いや、未だに隠密行動に一番適しているのは俺だし、今のマシュにこれ以上負担をかけたくないーーそれに、今回は一人で行くわけじゃない」

「え・・・・・?」

 

 ジャンヌは、士郎がまた一人で無茶をするつもりだと考えていた。だからこんな時間に一人で抜け出しているのだと。

 だから、士郎が少なからず同行者を連れて行こうとしている事実は、彼女にとっては思わぬ結論だった。

 

「お待たせ、士郎」

 

 士郎の選択に衝撃を受けていた彼女は、直前まで気付けなかった。

 宿の入り口から彼らに近づく人物が一人。その陽気な声を聞き間違えるはずもない。

 

「士郎の言っていた同行者はあなたのことだったんですか、アストルフォ」

「あれ?ルーラー・・・・・じゃなくて、ジャンヌじゃん。君も士郎に呼ばれたの」

「いえ、私は別件で士郎に話があったので・・・・・」

「ふーん。そうなんだ」

 

 アストルフォも予想していなかったジャンヌの姿に疑問を浮かべるも、直ぐに興味を失くして士郎へ向き直る。

 

「休んでる所を悪いな、アストルフォ」

「なんのなんの。ボクはサーヴァントだし、これぐらいなんて事ないさ。それより急いでるんでしょ?なら早く行こう」

「ああ、そうしようーーそういう訳だから、行っても構わないか?」

 

 士郎はアストルフォと言葉を交わした後、改めてジャンヌに問いかける。

 

「その前に。アストルフォを連れて、あなたはどの程度まで行くつもりですか」

「向こう次第といった所だが、可能なら内部に潜入するつもりだ。あの城がどう言った性質なのか、内側にどれだけの戦力が集まっているのか確認したい」

「それはーー」

「無論、危険となれば直ぐにアストルフォに援護してもらう。その為の準備もしてある」

 

 そう言って士郎は、ジャンヌの前に手を掲げた。

 そこには、二つの銀色に輝くブレスレットが握られていた。

 

「それは・・・・・?」

「魔術加工を施したものだ。身につけた者に外部からの攻撃が加わった場合にもう一方が砕ける。それまでは二つの間に繋がりがあるから、互いの位置も把握できる」

 

 詰まるところ、これは保険だ。

 士郎が敵地で危機に陥った時、アストルフォが彼の愛馬を駆って救援に向かう。

 仮に士郎が城のどこかに閉じ込められるような事になってもーーそれこそ、位相のズレた異空間に隔離されたとしても、アストルフォの宝具なら駆け付けることができる。

 もっとも、士郎が彼を今回の同行者に選んだ理由の大部分は、その機動力と突破力を勝ってのものだが。

 

「・・・・・分かりました。そこまで手を回しているのなら、ラ・シャリテのような無謀な行動とは考えません。ですが何度も言うように無理だけはしないで下さい。今更言うまでもないでしょうが、あなたの生存が最優先ですから」

「重々承知しているよ。俺に与えられた役割も、課せられた義務もーー煩わしい程にな」

 

 その言葉を信じて良いものか、ジャンヌは大いに迷った。

 これまでの士郎の行動を鑑みれば、まるで保証にもなっていない。

 しかし、ここで手をこまねいていては何も変わらないのも事実だった。

 

「それでは。お二人ともーーどうかお気を付けて」

 

 結局、今は士郎を信じる他なかった。

 彼女とて、彼が現実も理解できない楽天家とは考えていない。

 必要な事を、違えてはならない事を正しく認識しているものと理解している。

 故に、これ以上詰め寄る事はせず、二人を見送ることを決めた。

 

「ああ、ありがとう。そっちも、俺達が離れている間、街の人達を頼むーー行ってくれ、アストルフォ」

「よし来た!トばすから、しっかり掴まってて!」

 

 その背に二人の乗せて、アストルフォの騎馬が翼はためかせる。

 たった一度の羽ばたきで大空へとその身を躍らせ、力強く夜の闇を切り裂いて行く。

 

 

ーー遠ざかる背を見送って、少女は彼らの無事を祈った。

 

 

 

 

 




今回の話で、stay nightを、より具体的に言えばHeaven‘s Feelをプレイした事がある方はまず間違いなく気付くようなネタをぶち込ませてもらいました。何であんなそのまんまやってるのかというと、映画HFであのシーンが省かれたからです。勿論HFは桜の物語であるとは重々承知しているのですが、それでも士剣好き的にはあのシーンは外して欲しくなかったものでしたので、その鬱憤晴らしみたいな感じです。
自分、友人知人に型月ファンがいない上SNSなんかもしてないので、こういう気持ちを語らう場所が全くのゼロなので、こんな形で発散してしまう面倒臭い性質しております。


話は変わりますが、ここ最近はfgoとのクロス物をはじめ士郎のが主役の作品めっきり見なくなり、更新が止まったり作品が消えてたりして、自分が言えたことではないですが残念で堪りません。なんだかんだ人の作品読んでる時が一番楽しい人間なので。
ここはやはりufoさんにSNリメイクとHAアニメ化をしてもらって、再び士郎の人気に火を付けてもらうしかないですね。その流れでラスエピ映像化もして欲しい、と思うのは欲張りですかね。


ラスエピといえばTM展15周年記念図録が販売されておりましたが、その巻末にフロムロストベルトを執筆していらっしゃる中谷さん作漫画版ラスエピ、カーテンコールが掲載されているので、気になる方、士剣が好きな方は業腹ではありますが転売ヤーに頼ってでも入手されることをお勧めします。いや、ほんとに素晴らしいんです。奈須さんが完璧な漫画化と称するほど完成度の高い作品となっております。ちょっとネタバレになるんですが、作中で士剣に互いの幼い頃の2人が語りかけてくるシーンあるんですが、その言葉とか正体を察した時自分は思わず口元押さえました。完全なダイマになってますが、是非とも読んで欲しいと思います。

だいぶ長話ではありましたが、以下、いつもの新規召喚サーヴァント紹介です。今回は個人的に印象の強いメンバーとなっております。
どうでもいいって思われるお方はそのままスルーしていただけると助かります。

ラクシュミー・バーイー(当時fgoに舞い降りた新たなる社長産セイバー顔褐色セイバーさん。やっぱりあの人は定期的にセイバー描かないといけない病を患っている様です。個人的には、あのありきたりなドジっ子属性が不幸の女神が宿ったからという設定が結構面白くて好きです)

水着紫式部(夏の装いで浮かれてだいぶエンジョイしてて可愛かったお方。イベントでラフいエミヤと仲良さそうだったのがとても微笑ましかった)

水着巴御前(正直に言って、だいぶ股間に従ってお迎えしました。もともと可愛らしくて好きな英霊でしたが、水着姿が大変魅力的かつ相当にちんぷんかんぷんな事やらかしてて大好きです。当時の星5であるキアラとアビーはお迎えしていたのですが、彼女を召喚するために追い課金してしまったほどです)

衛宮士郎/千子村正(昨年1月1日、めでたい元旦の日に、ついに我らが士郎をお迎えすることができました!!!!しかも、呼符での召喚に成功し、さらに福袋での課金の余りで2人目も召喚に成功し、宝具2にまで一気にできました!!ほんと、嬉しすぎて嬉しすぎて元旦の真夜中から素っ頓狂な声を上げてしまいました。おまけにちゃんとセイバーのこと気にしてたり、村正ではあるものの性格は老年期まで生きたと仮想した士郎のモノと聞いて、本当に実質士郎じゃんと、もう大興奮でした。おまけに全体セイバークラスでは最高峰の火力で使っていても楽しい一騎です)

メリュジーヌ(妖精國で登場し、なんか1人だけかなり世界観違ってるような最強種。告白してしまうとかなり大好きな娘です。可愛い銀髪ロリっ娘でロボでドラゴンで特殊仕様宝具って、どんだけ属性を詰め込めば気が済むのか。彼女を喚ぶために自分は諭吉を4人溶かしました。なかなか来てくれなかったとはいえ、ここまで大規模な課金はこれが生まれて初めてでした。その間に必然のようにパーさんが宝具マに。彼も全体アーツの最適解みたいな性能してて大いに助かりました)

卑弥呼(個人的に参加を驚いた超大御所声優さんの2人目、田村ゆかりさんサーヴァント。田村ゆかりさんはTMとの接点がないようで、実は関わっていたりします。HFで登場した紅州宴歳館泰山のちびっ子店主魃さん、実はゲームの方では田村ゆかりさんが声優をなさっています。他にもプリヤがリリなのコラボもしているので、接点自体は意外とあったりします。ただ、実際にサーヴァントとして参加するというのはやはりインパクトが大きいです。性能もバスクリバフが半端なく強く、キャラ自体も士郎やリリカルな魔法少女や全ての人と手を繋ぐ少女が好きな自分にはブッ刺さりました)

カイニス(彼自体に惹かれるものはありませんでしたが、キリシュタリアとのマスターとサーヴァントの関係や絆は非常に良かった。オリュンポスの最後で自身をキリシュタリアが頼りにしたただ一騎のサーヴァントだと叫んだ彼には思わず込み上げるものがありました)

フェイカー/へファイスティオン(レディライネス復刻でまさかの実装となった征服王の影武者。彼女自身の特殊性もあってか、以前のマスターであるドクター・ハートレスとの記憶がガッツリ残っており、事件簿での彼らの関係性やその最期が大好きだった自分としましてはかなり嬉しかったです。fgoやってると麻痺してきますが、やはりマスターとサーヴァントは1人と一騎がベストだと思うのです。彼らもまた古き良きマスターとサーヴァントの関係を見せてくれました)

バゼット・フラガ・マクレミッツ/マナナン・マクリール(以前から予想はされていましたが今年のバレンタインに、去年のカレンに続き2人目のホロウキャラ、封印指定執行者、ダメットさんの愛称でお馴染みの彼女が遂に技擬似鯖化。宝具もこれまでにないカウンター型と使用感も楽しく、また彼女がカルデアでランサーに再会できたことが本当に喜ばしい。これからも四騎士の変則型ではお世話になると思います)


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