Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

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約一ヶ月ぶりの更新。皆様お久しぶりです。
いやー、ついにapoアニメが始まりましたねー。
ジーク君と赤のセイバーの戦闘が予想以上にすごくて興奮しましたね。魔力放出とかの描写も細かくて、鳥肌もんですよ。あと竜牙兵とホムンクルスルズがぬるぬる動いていて幸せ。トゥールっぽいホムンクルスも映ってましたね。獲物は槍っぽかったけど。二話も二話でモーさんがかっこかわいくて、最高かよ。そして、明日はついにカルナさんの動く姿が見られますよ!もう、ずっと待ち望んでいた事が叶いました。HFの上映日も決まったし、プリズマ士郎、じゃなくて劇場版プリヤの新PVも出て、今年はまさしくFate尽くしですね。この調子で月姫リメイクと月姫2も出て欲しいです。
fgoも復刻水着イベが始まって、去年爆死した方は再びチャンスが回ってきましたよ。おまけに円卓ピックアップとか、俺たち(財布)を殺す気かよ。皆さんも、課金は程々に。私は弓王一点狙いですので。今年こそ、今年こそは彼女に投影魔術を装備させるんだッ・・・!
ということで、16話目お楽しみください。


蹂躙する竜の群れ 前編

「怪しいやつらめ。貴様ら一体何者だ!」

 

腰に据えられたロングソードを抜き放ち、その切っ先を自分達へと向けるフランス兵達。

その声と表情には、明らかな警戒心と敵意が浮かんでいる。

 

「・・・・・はぁ」

 

この状況につい溜息を吐く。

できるだけ避けたかった事態なだけに、出鼻を挫かれた感じだ。

何でこんなことになったのかと、現実逃避気味に回想する。

 

 

 

フランス兵達を発見してすぐに走り出した俺たちは、予想通り五分とかからず彼らの近くまで到着した。

無論、俺たちの速度は通常のそれを遥かに越えているため、下手に警戒させないためにも、ある程度の距離を詰めたところで歩行に切り替えた。

そして、さも偶然出会ったかのように演出したのだ。

ここまではうまくいっていた。

問題はここからだ。

双方がはっきりと視認できる距離まで近づいた時、さて、どうやって声をかけたものかと思案していたのだが。

 

「ヘイ、エクスキューズミー。こんにちは。わたしたちは旅のものですが--」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「?」

「フォウ?」

沈黙が漂った。

彼女は俺が言葉を発する前に、彼らに英語で話しかけた。

もう一度言おう、英語でだ。

それはもう見事なまでの発音で、ネイティヴスピーカーもかくやというものだった。

 

・・・・・いや。ほんと、なんでさ・・・・・。

 

つい心の中で口癖をつぶやいてしまったのは許してほしい。

当たり前だが、彼らはフランス人なのだ。

当然、公用語となるのも当時のフランス語となる。

そこにいきなり異国の言語を話す人物が現れたらどうなるか。

 

「ヒ・・・・・! 敵襲! 敵襲ー!」

 

このように敵に間違われる。

まだ斬りかかってはこないものの、すでに警戒心マックスだ。

『ヤッホー、手が空いたから様子を観に・・・・・って、何でまわりを武装集団に取り囲まれてるんだい!?』

「・・・・・すみません、わたしの失敗です。挨拶はフランス語でするべきでした」

「・・・・・いや。俺も先に言っておくべきだった。すまん」

二人揃って反省するが、今更後悔しても遅い。

彼らはすでに抜剣し、敵意を向けている。

正直、ここから話し合いに持っていくのは厳しい。

なんとか、彼らの警戒心を解かなくては。

 

「ドクター。何かアイデアを。こういう時のためのフランスジョークとか知らないんですか?」

「待て。それは多分逆効果だ」

 

マシュがDr.ロマンに助けを求めるが、今ここで姿の見えない声が聞こえたら、それこそ本当にアウトだ。

 

『そんなの知るもんか、ぼっちだからね!でもちょっと待って、考えさせて・・・・・! 小粋な冗談を思いつけばいいんだろう? その帽子ドイツんだ、みたいな!』

 

だが悲しいかな、制止の声は間に合わず、ドクターのあまりにも場違いな駄洒落が草原に響き渡った。

それから約三秒ほど時間がフリーズ。

俺たちは呆れ、フランス兵は純粋な驚愕だろうか。

 

「どこからともなく軽薄な声がする・・・・・! 全員、気をつけろ! こいつら怪しすぎるぞ!」

 

だがそれもすぐに解け、彼らはより一層の警戒心を向けてきた。

 

「・・・・・すみません、またしてもわたしの失敗です。ドクターに期待したのが間違いでした」

「・・・・・いや、まあ、うん。これはしょうがない、気にするな」

 

 

 

そんなこんなで、現在に至る。

 

「先輩、どうしましょう。このままでは戦闘回避は困難ですが--」

「それは最終手段だ。殺す気がないにしろ、手を出せば後々厄介になる。--ひとまず、俺が話をするよ」

 

そう言ってマシュを退がらせ、一歩前に進む。

フランス兵は変わらず剣を向けてくるが、構わずに話しかける。

 

「あなた方を驚かせてしまってすみません。ですが、俺たちは決してあなた達に危害を加えるつもりはない。どうかその剣を収めてください」

「そんな言葉だけで信じられると思うか! 貴様らが敵でない証拠などどこにもないだろう!」

 

ぐうの音も出ない正論だ。

彼らの言う通り、そんな証拠など欠片もない。

だがこの状況は予想できていたこと、むしろこの展開を望んでいた。

彼らとの邂逅がああなってしまった以上、彼らとの真っ当な交渉は不可能だ。

故に、この場での最優先事項は彼らと少しでも言葉を交わすこと。

最悪なのは、問答無用で攻撃されることだが、それもなんとか避けることができた。

ここからの選択はこちら次第だ。

「もちろん、そう簡単に信じてもらえるとは思いませんし、こちらには信頼に値する証拠もありません。ですから--俺たちが危険かどうか、あなた達が判断して下さい」

「・・・・・どういうことだ--?」

 

こちらの意図を掴めないためだろう、困惑の表情で問いを投げ返してくる。

そして、その問いこそが、俺の求めていた瞬間だった。

 

「--投降します。あなた達の拠点に連行して下さい」

その場の誰もが驚愕する中、俺は両手を上げて、そう告げた。

 

 

 

 

 

『先輩、本当に大丈夫なんでしょうか・・・・・』

 

士郎達がフランス兵に降ってから五分ほど経った頃、両手を拘束されたマシュが、同じく拘束されている士郎に話しかけた。

当然、フランス兵に聞かれぬように念話を通じて、だ。

マシュは、この状況に持ち込んだ士郎の意図を未だに図れていない。

実際、十人に聞けば十人が首を捻るだろう。

捕えられた以上、当然自由はないし殺される可能性もある。

普通に考えれば、拘束されるメリットは無い。

『心配せずとも、この後のことは考えているよ』

 

だがこの状況を作った張本人の士郎は特に危機感を見せず、大丈夫だと答えた。

『・・・・・具体的にはどのような考えがあるのですか?』

 

再度マシュが問いかける。

サーヴァントとしてマスターを守るためにも、主の考えはできるだけ把握しておくに越したことはない。

 

『・・・・・そうだな、順を追って話していこうか』

 

そう言って、士郎はその作戦を話し始めた。

 

『まず、この作戦が危険かどうかってことだけど、ほぼ間違いなく危険はない。彼らとこちらの立ち回りによるけど、二人揃って死ぬなんてことはないと思う』

『死ぬことはない、ですか?」

 

マシュが同時に疑問が溢す。

この状態が彼の死に繋がらないと、彼はどうして断言できるのか。

普通に考えれば、傷の一つや二つは負いそうなのだが。

無論、士郎やデミ・サーヴァントであるマシュの力を以てすれば、ただの人間に負ける道理はない。脱出はおろか彼らを壊滅することも難しくはない。

だが、士郎が言うのはそういうことではないらしい。

 

『ですが、彼らにとって私たちは明らかに不審者です。少なくとも、穏便な対応は望めないと思うのですが・・・・・』

『そうだな。確かに、今のところ俺たちは招かれざる客だ。友好的な会話はまず望めない。でも、逆に考えれば、それだけなんだ』

『それだけ・・・・・?』

『ああ。確かに俺たちは不審者だ。だが彼らの敵ではない。敵だと判断できない以上、簡単に拷問や処刑なんてことはできない。そんなことをして後々の政治に付け入る隙を作りたくはないだろうからな』

『なるほど、そういうことなんですね』

 

危険がないといった士郎の言葉を、マシュはようやく理解した。

敵国の兵士であればなんの躊躇もないが、なんの関係もない一般人を害したとなれば、他国や市民からの非難は免れない。

現在のフランスがが休戦状態にある以上、いらぬ諍いは産みたくないはずだ。

 

『しかし、危険がないと分かっていたとしても、わざわざこんなことをする必要があったのでしょうか?』

『もちろん。重要なのはここからだ。彼らが出てきたのは砦からだ。ということは、当然そこを取り仕切る人間がいる。砦を任せられるぐらいだから、それなりなの地位にいるはずだ。地位が高ければ、それに比例して得られる情報も多い。うまく立ち回れば、この時代の詳しい情報を得られるかもしれない。その人物を通してこちらの人間とパイプをつなげれば最上だが。まあ、そちらはおまけだな。情報さえ手に入れられれば取り敢えず目標達成だ』

『・・・・・・・・・・』

 

マシュは、うまく言葉が思いつかなかった

士郎が彼女の想像以上のことを考えていたこともある。

だがそれ以上に、その考えを彼らと接触した直後に思いついた思考能力にこそ驚いた。

いや。もしかすれば彼らと接触する以前、それこそレイシフト前から、こちらでの行動の一つとして考えていたのかもしれない。

そのことに驚愕すると同時に、疑問を抱いた。

このさして年も変わらない少年は、どうしてこんな思考ができるまでに至ったのか。

彼女の中で、そんな考えができるだろう人物はほんの僅かだ。

その中で士郎に近い条件に一致するのは、今は亡きオルガマリー・アニムスフィアだ。

彼女も若輩の身でありながら、カルデアの所長として様々な状況に対応していた。

だが、彼女と士郎とでは根本的な前提が違うのだ。

オルガマリーは天体科<アニムスフィア>のロードの娘だ。

生まれた時から魔術の世界に身を沈め、いつかはロードとして生きることが決定していた。

故に、幼い頃から様々なことを学び、その過程で魔術師たちの闘争に身を投じたことも少なくはない。

彼女はそのような人生を送ってきた。

本人の心は兎も角、一人のロードとして無数の能力を求められるのは自然の流れだった。

だが、衛宮士郎は違うのだ。

彼はロードのような生まれでもなければ、人を率いる立場にある人間ではない。

その在り方がいかに特異といえど、彼にあるのはどこまでも普通な凡人の器だ。

そんな人間が、先のような能力を持つ必要などどこにもないはずなのに。

 

・・・・・ああ、でも。

 

それは、彼のことを何も知らないからなのだと、マシュは思った。

衛宮士郎は、自身の過去を明かさない。

それは、カルデアに対する信用がまだ低いからだったり、彼自身が自己を完全に把握していないからだったり、或いはそれ以上に重要なことがあるのかもしれない。

この作戦に、彼の過去を明かす必要性がない、というのも原因の一つだろう。

どうあれ、マスターとして動ける人間は今の所士郎ただ一人。

彼の過去に何があろうとカルデアは士郎に頼るしかなく、士郎も人類を救うためにあらゆる手段を選択する。

そこに士郎の過去という"無駄"な情報を与えて余計な不和や混乱を招くのは得策とは言えない。

一つのことに専念するために、余分な情報は省く。

そう思うからこそ士郎は士郎は自身のことを多くは語らないし、カルデアの人間も踏み入った詮索はしない。

その判断は疑いの余地もなく正しい。

マシュもそのことを重々承知している。

それでも。

それでも、マシュが衛宮士郎のことを知りたいと思ったということは--

 

「もうすぐ砦に着く。貴様らの判断は隊長殿に任せるが、妙な真似はするなよ」

 

フランス兵の警戒を含んだ声が、士郎の過去へと想いを馳せていたマシュの耳朶を叩いた。

正面に意識を向けると、彼の言う通り、彼らの拠点たる砦がその姿を見せていた。

・・・・・あれ? 何か、違和感が・・・・・。

おかしいと、漠然と感じた。

砦。

外敵からの攻撃を防ぐための要塞。

或いは、疲弊した兵士たちを守る盾。

堅牢な城壁は容易に破ること敵わず、押し寄せる敵兵を悉く押し返す。

だが、それらは目の前にある砦にも当てはまるのか。

「・・・・・酷いな」

ぽつりと、士郎が呟いた。

人一倍視力の高い彼は、その異変にいち早く気づいた。

「これ、は・・・・・」

 

さらに距離が近づき、マシュにもその全容が把握できた。

それは、一言で言うのならば、廃墟だった。

城のいたるところが鋭い何かに抉られたように傷ついており、外壁は形が残っているだけで、とてもその役目を果たせそうにない。

兵士たちが出入りする扉は無残にも吹き飛ばされ、そこから覗く城内も荒れ果てていた。

 

「帰還したぞ!誰か動けるやつは、隊長殿に不審な二人組を捕えたと伝えてくれ!」

 

かつて重厚な門があった場所を潜り抜け、フランス兵が城にいる人間に呼びかけた。

だが、その声に応える者はいない。

いや、それ以前に、城内にいるほとんどの兵士は負傷しているか、もしくは答える気力すらない人間ばかりだった。

 

「くそっ、報告に行けるやつすらいないのか」

 

フランス兵の一人が、この惨状に悪態を吐いた。

声はひどく苛立っていた。

だがその苛立ちは、どちらかといえば彼らに向けられたものではなく、別のナニかへと向けられているように感じられた。

 

「お前たちは先に休んでいろ。この二人は俺が連れて行く」

「ですが--」

「二度は言わん。--どのみち歩くことすらままならんだろう」

 

斥候部隊のリーダー格の男が、他の兵士に解散を告げた。

はじめはついて来ようとしたのだが、男の威圧感に圧されたのか、それともついていっても邪魔になるのかと判断したのか、方々に散っていった。

その姿を確認して、目の前の人物は再び歩き始めた。

彼の足取りは、先ほどより重いものになっていた。

おそらくは極度の疲労からくるものだろう。

きっとこの人物も、さっきまでいた彼らや城内にいる他の兵士たちと同様、とっくの昔に限界を迎えているのだ。

それでもなお、疲弊した様子をおくびにも見せなかったのは、彼が他の兵士と比べて、さらに強靭な肉体と精神を有していたためか。

動きが鈍くなったというのも、

傍目から見ればほとんど変わりがないように映る。

彼を見ていたのが士郎とマシュでもなければ、気づきもしない些細な変化だ。

「止まれ」

 

不意に、男から声があがった。

目的の場所に到着したのかと思われたが、とてもそうは見えない。

捕らえた者を収監する牢屋か、彼らの責任者に引きあわせるなら、城内の執務室のような場所に連れて行くはずだ。

だが、目の前にあるのは牢獄や城内の一室でもなく、何故かは分からないが武器庫だった。

「・・・・・えっと」

 

マシュが困惑して兵士の背中を見見やってしまった。

だって困る。彼の話ではこの砦の責任者に合わせると聞いていたのに、いきなり武器庫に連れてこられても、どうしたらいいのかわからない。

だが男はそんなマシュの様子を無視して、二、三度ドアをノックした後、中に入っていった。

 

「 」

「 」

 

しばらく話し声が聞こえたが、密室であるためうまく聞き取れなかった。

やがて話が済んだのか、扉が開いた。

「すまない、待たせた。私が、臨時でこの砦を預かっている者だ」

 

そう言って出てきたのは、白髪交じりの快活な雰囲気の初老の男性だった。

汗と鉄と油の香りを纏ったその姿は、とても砦を指揮するような人物には見えない。

どちらかというと、自ら戦線に赴き敵と戦う姿の方がしっくりくる。

実際に彼の体つきも戦士のそれだ。

身長は180cmほど。薄い布でてきた服の下には、鍛え抜かれがっしりとした体躯が見れる。

 

「こんな場所で立ち話をするわけにもいかんだろう。ひとまず中で話を聞こう」

 

士郎とマシュの拘束を解いた後、彼はその体と同じ立派な腕を軽く広げてそう提案してきた。

それから彼は、後から出てきた先ほどの兵士にも休むように伝え、砦の内部を目指して歩き出した。

この一連の流れを見ていた士郎とマシュは呆然としていた。

二人からすれば、手荒な真似はされないだろう程度の考えで、最低でも牢屋に繋がれることは覚悟していたのだ。

それが蓋を開けてみれば、友好的とまではいかぬまでも、話し合いの席を設けるというのだから、驚かない方がおかしい。

さっきの兵士だって、彼の対応に対し不服そうであった。

 

「えっと・・・・・先輩、どうしましょう?」

「どうって言っても、ついていくしかないだろ」

 

前の方で、来ないのか、なんて聞いてくる彼にため息を吐きながら、二人も後を追いかける。

そうして連れてこられたのが、城内にある部屋の一つ。

他のそれとは違い、扉からして幾つかの装飾が施されている。

「さあ、入ってくれ」

 

扉を開けてそう言う彼に従い、二人も部屋の中に入る。

室内はなかなかに広く、品のいい調度品も幾つか配置されている。

この部屋だけを見れば、この砦を取り仕切る者はかなりセンスがいいのか、よほど高い地位に位置する人物だと考えただろう。

実際いるのは、この部屋に一切馴染まない筋肉質の男だというのだからおかしな話だ。

 

「ほら、いつまでも立ってないで、適当に座ってくれ」

 

男はそう言いながら、執務机に添えられた椅子に腰掛ける。

やはり、二つはミスマッチだ。

 

「あの。なぜ私たちに、このような対応をなさるのでしょうか?」

 

耐えきれなくなったのか、マシュが椅子にも座らず問いを投げかけた。

だって、この状況はおかしい。

ただでさえ怪しい二人組が、突然降伏してそちらの砦に連れて行けと言い、ここに来たのだ。

こんな稚拙な拘束だけでなく、牢屋につなげておくのが自然だろう。

少なくとも、本当にこちらが危険な存在ではない、と思っているわけがない。

何かしら思惑があるのではないか、と二人は思考し--

 

「なぜと言われても、君たちは旅人なのだろう? それを私の部下が無礼を犯したのだ。彼らを率いる者として、詫びを入れなくてはなるまい」

--まさかの答えに、言葉を失う。

まさか。そのまさかだったのだ。

この老兵士は、本当に士郎達を信じて、この場で対面しているのだ。

ありえない話だ。

長年の知人ならいざ知らず、出で立ちからして怪しい見知らぬ人間を何の疑いもなく招き入れるなど。

もし士郎達が、この砦に対して敵対的な人間であったなら、彼は無防備な姿を敵前にさらけ出していることになる。

この老兵は、その危険性を理解しているのか。

 

「わけが分からないという顔をしてるな。まあ、その気持ちはわからんでもないが、別に無条件で君らを信用したわけじゃないぞ? こちらとしても聞きたいことがある。それに、これでもそれなりの時間を生きてきたからな、人を見る目には自信がある。君たちも何か目的があるのだろうが、少なくとも邪な考えは見えん」

さも自信ありげに、男はのたまった。

ここに他の人間がいれば、彼のことを、なんと愚かな人間がいたものかと、罵倒するだろう。

士郎自身、同様の結論に至った。

得体の知れぬ相手を自らの勘だけで判断する。指揮者として褒められた行為ではない。

だが--戦士としてならば、それは必要な資質だ。

絶対が存在しない戦場で、定石通りに進まないことなど腐るほどある。

故に、培った経験と直感で危機を脱する。

この人物の判断は、戦う者のソレに近い。

「・・・・・あなたの考えはわかりました。その上で、改めて話をしたい」

 

真剣な瞳で、士郎が言葉を紡ぐ。

この人物に嘘の類は必要ない、言葉を交わすのならば自分たちも真正面から向き合うことこそが、何より重要なのだと悟ったからだ。

 

「もちろん。君たちの話をしかと聞き遂げよう。さあ、まずは座ってくれ」

今度は躊躇うことなく、男の言葉に従って椅子に腰掛ける。

それに満足し、老兵は改めて言葉を発した。

 

「さて。まずは自己紹介といこう。これから話をするというのに、相手の名前を知らないままというのはいかんからな。私の名はアロワ。さっきも言ったように、臨時でこの砦を取り仕切っている」

「衛宮士郎です。こっちは--」

「マシュ・キリエライトといいます。宜しくお願いします」

「マシュ・キリエライトに、エミヤシロウか。そちらのお嬢さんはともかく、君は随分と変わった響きの名前なのだな」

「俺は、ここから離れた島国の出ですので、こちらの人にはあまり馴染まないのでしょう」

「そうか。そんなに遠いところから来たのか」

 

互いに名前を交換し、それぞれの顔を見やる。

「ふむ、それほど離れた場所からこの国にやってくるのは、相当苦労しただろう。--何のために、やってきたのかな?」

少しばかり、空気が張り詰める。

穏やかな会話はここまで。ここからは本題に入る、という意思表示のために、アロワは自己を切り替えた。

士郎の隣に座るマシュがわずかに体を強張らせるが、士郎は一切の動揺を見せず口を開いた。

 

「我々が旅をしてきたというのは、そちらも理解してもらえてると思います。俺たちは、"とあるモノ"を探しています」

「その、"とあるモノ"とは?」

「残念ですが、それは話せません。名前を知られると色々厄介でして」

 

敢えて聖杯という名前は出さない。

別段、彼個人に魔術の存在が露呈しようともなんら問題はないのだが、聖杯という名前はこの時代の人間からすれば笑い話で済まないだろう。

信心深い人間ならなおさらだ。

下手に混乱の種を蒔く必要もない。

 

「・・・・・分かった。気にならないと言えば嘘になるが、そちらがそう言うのなら追求はしない。--だが、ソレを求める理由は教えてくれるのだろう?」

「もちろんそのつもりです。でもその前に、いくつか確認しておきたいことがあります」

「どんなことかな?」

「このフランスの現状です。そう、例えば、存在しないはずのモノが現れたり、突然災害が起きたり。それに、戦争が今どうなっているかも。俺たちの情報が正しければ、シャルル七世とフィリップ三世の間で休戦協定が結ばれたはずです。にも拘らず城も兵士も傷ついている。なんでこんな状況に?」

「・・・・・そうか。君たちは"アレ"を知っているのだな」

「"アレ"?」

士郎がアロワの沈痛な声に疑問をこぼした。

「・・・・・そうだな。順を追って話をしよう」

 

一度、大きく息を吐き、彼は話し始めた。

 

「始まりは二週間ほど前だ。その時は君たちの言うように停戦協定が結ばれた後で、多少の小競り合いはあったものの、大量の死者が出るほどの戦いはなかった。みんな気が抜けていたんだ。こんな戦争だからな、つかの間とはいえ戦争が中断されたのは、傷ついた兵士たちの休息になった。その時の私は、部下と共にシャルル七世の下で働いていた。私たちも他の兵士と変わらず、日頃の戦いの傷を癒していた。--油断、してたんだ」

 

ぎゅ、と当時を思い出して悔しさにアロワが拳を握りしめる。

協定が結ばれ、戦いは収束へと向かっていた。

この時だけは、兵士たちも気を休めることができた。

仲間と酒を飲み交わし、ある者は家族や恋人の元に帰る。

しばらくは平和だと。今はやがて来る未来の戦いに向けて後悔を残さないように生きる。

ほとんどの人間がその状況に緩み--そんな時に、脅威は訪れた。

 

「現れたのは、ドラゴンだった。やつらは一緒に現れた訳のわからない連中と一緒に俺たちを襲ってきた。兵士だろうと子供だろうと関係ない。あいつらは目に付いたものを片っ端から襲い、喰らい尽くして行ったんだ」

 

ドラゴン。

様々な神話や物語に姿を表すソレは、恐怖の象徴であり、人間の敵対者だ。

通常の生命とは隔絶した強靭な肉体は、ただの一足で城壁を砕く。

鋭利な爪は強固な鎧を容易く切り裂き、吐き出される火炎は街を焼き尽くす。

あらゆる生命体の頂点に位置する存在、最強の幻想種と名高い生物こそが竜だ。

 

『先輩。これはもしかすると--』

『十中八九、聖杯による現象だろう。でなければ14世紀のフランスに、竜種が存在するはずがない』

 

多くの記録に残されている竜種だが、神秘の時代が終わり、西暦を迎えてからは一切その姿を見せなくなった。

亡骸は時たま見つかることはあるのだが、魔術世界では肉体を残して魂だけで世界の裏側に移動したというのが通説だ。

現代で竜種を呼び出すというのなら、それこそ冠位<グランド>の階位に据えられてもおかしくはないだろう。

竜種の召喚とは、それだけ特別なことなのだ。

神代の魔術師でも、竜を使役することはあっても呼び出す者は多くはない。

それが実現するということは、聖杯を用いて竜を呼び出した誰かがいるはずだ。

 

「話はわかりましたが、それだけじゃないはずです。本当は、他に問題があるんじゃないんですか?」

「・・・・・そうだ。ドラゴンやあの骨共だけなら、私たちにもまだ戦えたさ。少なくとも、無様に主を殺されるなんてことはなかったはずだ。--本当に厄介だったのは、あいつらを率いていた存在だった」

 

アロワがの肩が微かに震える。

その目で見てその体で体験した事実に、怒りと恐れがない交ぜになって現れる。

 

「そいつらは、ドラゴンや骨の兵士みたいに化け物じみた姿をしてはいなかった。むしろ私たちと同じ人間の形をしていた。来ている服の特異さに目を瞑れば、そこらにいる人間となんら変わりない。--だが、そんな奴らこそが、何よりも恐ろしかった」

 

思い返すのは、彼が主を守れなかった戦場。

仲間の兵士や騎士と共にドラゴンたちと戦い、僅かとはいえ拮抗した状態へと持ち込むことを可能とした彼らは--しかし、その先に真なる脅威を目の当たりにした。

 

『ほう。ただの人間でありながら、こうも持ちこたえるとは』

 

ドラゴン達を退がらせ、純粋な感心を口にしながら現れたのは一人の男だった。

夜の闇に溶けそうな黒色の貴族服を纏い、反面その貌は見た者がぞっとするほどに蒼白で、絹のごとき白髪は無造作に伸ばされている。

外見や表情だけを見れば、穏やかな人物に見えたかもしれない。

だが、アロワはソレの脅威に一目で気づいた。

 

--アレは駄目だ。

--アレには勝てない。

 

彼がそう思考したのに、彼自身の経験や知識は関係ない。

また、男が怒号を飛ばしたわけでも、ましてや凶悪な武器を手にしているわけでもない。

されど、男の冷徹な瞳と纏われる威圧感が、この男を前にして自分達ではどうすることもできない無力な存在なのだと結論せざるをえなかった。

その存在こそサーヴァントと呼ばれる過去の英傑の現し身だということは、この時の彼らには知る由もなかった。

『お前がこいつらを連れてきたのかッ!!』

兵士の幾人かが叫びと共に男に斬りかかる。

馬鹿な、というアロワの思考は、この事態を全く想定していなかった。

アレの危険性は明らか、たとえこの場にいる戦士が一斉に襲いかかったとしても傷一つ付けられない。

他の人間ならいざ知らず、彼が鍛えた部下がその程度の判断をできないはずがない。

だが、彼は一つ忘れている。

ここは戦場なのだ。

男の危険性に気づいたのは、彼が指揮者として誰よりも冷静に戦場を俯瞰していたためであり、他の兵士にはそれは当て嵌まらない。

平時であれば止まったであろう事も、戦いの熱に浮かされて昂った精神はいかなる危険も度外視する。

故に、彼らは迸る感情に身を任せて己が刃を振り下ろし--

 

『恐れを知らぬ兵よ。その心意気は買うが、熱に犯されたままでは無様をさらすことになるぞ?』

場違いなほど冷めきった声が、大地より現れた杭と共に、兵士達を串刺しにした。

それは本当に一瞬のことで、精強な兵士達が抵抗の一つどころか知覚する事もなく、無残な死体を晒した。

『おい、何だよ、アレは・・・・・』

 

兵士の一人が、あまりにも現実離れした光景に呟いた。

それに答えるものはいない。

誰もが、その現象に思考を止めていた。

誰一人として、動くことができなかった。

共に戦ってきた仲間が苦しみ悶えながら死んだ事も、それをした張本人が何をしたのかも、ひとつたりとも理解できない。

恐怖すらなく、ただただ呆然とするほかなく。

男がその腕を掲げるのを、彼らはどこか他人事のように見つめて--

『余も心苦しくはあるが、これもマスターからの命令だ。--では、串刺しである」

 

 

 

 

「そうして、訳のわからないまま私達は壊滅させられた。まともに戦う事もできず、部下のほとんどを殺されて仕えるべき主すら見捨てて--逃げ出すのがやっとだった」

 

彼の声には、初めて出会った時ほどの力はない。

拳を握りしめ、奥歯を噛み締め、自らの無力さに肩を震わせる。

無論、彼とてあそこで戦うことが最善だったとは思っていない。

どう見ても敗北は必至だった。

あのまま戦っていれば誰一人として生き残れなかったし、逃げおおせたことも奇跡に等しい。

指揮者として誰よりも冷静に判断し、撤退を選んだ彼の選択は最善のもので--それでも、他に出来るがあったかもしれないと、その後悔に苛まれている。

 

「それから数日経って、私と部下達が遠く離れたこの城に逃げ込んだ頃には、シャルル七世とフィリップ三世が殺された話はフランス中に広まっていた。だが、信じられるか? それをやったのはドラゴンでもあの男でもなく--ほかでもない、聖女ジャンヌによる仕業だったって」

「何だって・・・・・?」

 

さしもの士郎も、驚きを抑えられなかった。

オルレアンの乙女、救国の聖女と名高きジャンヌ・ダルク。

神の声を聞き祖国を救うために戦場へと赴き、奇跡的な快進撃を成し遂げた。

だが戦いの果てに捕らえられた彼女は様々な思惑と共に魔女として貶められ、火刑に処されることとなる。

多くの人間から蔑まれ罵られ、怨嗟の声をその身に受けながら業火の中へと消えていった。

あまりにも苛烈で悲劇的な彼女の生涯は後世にまで伝わり、多くの人々の涙を誘った。

多くを救うために戦いを選び、魔女と罵倒されてもなお、その信仰を曲げることのなかった聖女。

その彼女が、自ら守らんとした祖国を滅ぼそうなど、誰も思いもしないだろう。

 

「私たちだって、初めは信じられなかったさ。あの人は少し前に火刑に処されて死んだんだから。仮に生きていたとしても、あの、誰よりも強く心優しい聖女様が、このフランスを滅ぼそうとするなんてあるはずがない。・・・・・だが、かろうじて生き延びたやつの中に、あの人と同じ戦場に立ったことのある兵士が何人かいてな。そいつらが、間違いなくアレはジャンヌ・ダルクだったというんだ。だから私達はこう考えるしかなかった。"ジャンヌ・ダルクは復活した、自身を殺したこのフランスに復讐するために悪魔と契約し、竜の魔女として地獄から戻ってきたのだ"、と」

 

ふぅー、と。

話を終えたアロワが、長い息をついた。

きっと、今の話をしただけでひどい疲れを覚えたのだろう。

彼の心中は荒れ狂う海のごとく揺れているはずだ。

こんなことはありえないと、これは悪い夢なのだと、こんな状況になってもそう思いたい。

だが、状況と彼の立場はそんな小さな逃避さえ許さない。

彼に許されたことはこの城の兵士達を守り、この状況から抜け出す糸口を何とか見つけ出すことだ。

 

「・・・・・なるほど。だから俺達を招き入れたんですね」

「否定はせんよ。私が何かしらのきっかけを探していたのは間違いないからな。だが、完全にそれが目的だったわけじゃない。私は飽くまで君達が信用できると考えたから、君たちとの話し合いに応じた。そこは信じてほしい」

「大丈夫ですよ、あなたがそういう人だってことは分かりましたから。--だから、俺達もあなたの意志に応えたい」

 

一度柔和な表情を浮かべた士郎は、すぐに気持ちを引き締め自分達の目的を明かした。

 

「俺達の目的はさっき言ったとあるモノを回収することです。それは膨大な力を蓄えていて、今回の騒動の原因も、それにあると考えられます。アロワさん達が遭遇した槍を持つ男も、そこから現れたの力の一端です。対抗できるのも今のところは俺とマシュの二人だけです」

「あんな化け物を生み出し、それすらも力の一部でしかないと、君はそう言うのか?」

「はい。このまま放っておけば--世界を滅ぼす代物です」

 

士郎の言葉を継ぎ、マシュが端的に答える。

ソレは何もかもを台無しにする存在だと。

 

「・・・・・世界、ときたか。フランスではなく、全てが滅びると」

 

自身の予想を超えた話にアロワは目を伏せ--しかし笑うことはしなかった。

それは、滅びの象徴たる存在を事前に見ていたおかげだ。

かつて、フランス屈指の精鋭であった彼の部隊が手も足も出ず壊滅させられた。

その光景を直接目にしたからこそ、彼は士郎たちの言葉を否定しることはなかった。

そうでなければ、世界の滅びなどという眉唾な話を信じることは不可能だ。

士郎たちの話を一笑に付しただろう。

一つだけ言っておくと、アロワという人物は決して愚かではない。

むしろ、士郎が出会ってきた人間の中でも上位に位置するほど優秀な人物である。

戦士として鍛え上げられた力量と、指揮者としての頭脳、それらを裏打ちする確かな経験。

彼であれば多少の騒動など大した問題にもならないだろう。

だが、しかし。

そんな彼ですら、世界の滅亡というのは遠い存在なのだ。

故に、士郎たちにとってこれは幸運であった。

他でもない、自らサーヴァントを見たアロワだからこそ己が為すべきことを違わなかった。

胸中に渦巻く動揺や葛藤を押し殺し、硬く決意を固める。

 

「君たちの目的は理解した。このままでは、何もかもが滅びるということも。そして、それを防ぐ手立てと力を君達が有していることも分かった。だがその上で、君達は我々に何を望む? 無様に敗北し戦う余力さえない我々に何を求める?」

「お願いしたいのは三つです。まず何より優先してもらいたいのは、フランス各地への警告です。この国で何かが起きているということは、おそらくほとんどの人が察していると思います。けど、それがどれだけの脅威であるかは実際に遭遇した少数しか知らないはずです。だから、少しでも被害を抑えるために、せめて警戒を呼びかけてください」

「なるほど。そういうことなら全力を尽くそう。情けなく逃げ出した身だが、それで少しでも助かる人間がいるのなら、仲間達の死も無駄ではなかった。それで、他の二つは?」

「俺たちがこの国で行動するにあたって、現状のより詳細な情報と軍上層部へのパイプを繋げて欲しいんです」

「ふむ。今この砦にある各地の情報ならすぐにでも渡せるが、君達が行動を始めた時はどうする?」

「その場合は自分達の足で現地の人から話を聞きます。仮に緊急性の高い情報があっても、こちらで連絡手段を用意しますので、それを使って伝えてください」

「分かった。こちらもできる限りのことを調べよう。だが、パイプというのは?」

「俺達にはこの国での身分を証明する者がありません。行動中、他のフランス軍に捕らえられる可能性もあると思います。その度に時間を取られていては手遅れになる可能性がある。最低限で構いません、俺達という存在がこのフランスで行動している軍にことを知らせてください」

「分かった。近いうちに上に文を送ろう。だが、それが受理され君達が信用されるには時間がかかるだろう。幸いにして、死んだ前のこの砦を取り仕切っていた者はそれなりの地位にいたようだ。その名義で書状を書こう。その内バレるだろうが、正式に軍が受理するまでの時間稼ぎだ」

「ありがとうございます。これが通れば、こちらも円滑に動けます」

「なに。所詮は惨敗兵だ、こんなことで役立てるのならいくらだって協力するさ。それに、そうやって負けたことが役立つというのだから、より一層だよ」

「・・・・・すみません。あなた達に嫌なことを思い出させてしまう」

 

士郎が、アロワに頭を下げる。

彼は自分達の敗北を価値あるものだったと言う。

だが、各地へと警戒を呼びかけてもらうというとこは、彼らの敗北した記憶をその度に抉り出すことだ。

仲間の死を目にし何もできずに逃げ出すことになったかつての戦場を、繰り返し蘇らせる。

それは何より耐え難い苦痛のはずだ。

士郎の言葉はそのまま、その痛みをまた味わえと言っているのと同義なのだ。

だから、士郎は謝らなくてはいけない。

たとえそれで救われる人間がいるのだとしても、それで彼らが苦しむのは、本当は間違っていると思うから。

 

「頭を上げてくれ。それは君達が気にすることじゃないし、私達が負けたのは確かなんだから。--実際、何もかも終わっていたんだ。力だけではなく、心まで。もう何もできないと。私を含めて全ての兵士達が諦めていた」

 

それは比喩でもなんでもなく、確固とした事実だった。

負傷兵を除いて、彼らの肉体にさしたる問題はない。

芯は通り、心臓は脈打ち、思考に翳りはない。

ただ、その心だけが欠け落ちていた。

何かをする気が起きない、喋ることも億劫。

本当は生きていることすら面倒で--それでも死にたくないと思うから最低限の生活を営む。

先の斥候だって特に意味があるわけではない。

単に殺されるのが嫌だから、それを事前に避けようとしただけのことだ。

決して、反攻や現状の打破を求めてのことではない。

だがらこそ、彼らは"生きてはいない"。

どうにもならない現実に敗れ緩慢と日々を消費するだけの彼らは、あらゆる意味を喪失していた。だが--

 

「今は、違う。君達に協力できれば、私たちにもまだ何かできるかもしれない」

 

依然として、この戦いでは無力であることは変わりなく。

フランスを蹂躙する脅威を、己が力で払うこともできない。

それでも、それでも。

仮令直接何もできなくても、この手で救えるものがあるのなら。

生まれ落ちた祖国を、愛した者を守れるというのなら--この軀はまだ動く。

芯は通り、心臓は脈打ち、思考に翳りはない。

そして何より、心から望む未来があり、それを掴むことができる。

それさえあれば、十分だ。

「改めて頼みたい。--どうか、手を貸してくれ。私達は大した力もなくて、ほとんどできる事なんてない。それでも、この国を守るためにその力を貸して欲しい」

 

アロワが、深く頭を下げた。

高身長の男が頭をさげるその光景は、端から見れば情けないものに見えたかもしれない。

だが少なくとも、その場にいた士郎達だけは、その背に宿る願いと信念を確かに感じていた。

だがらこそ、その背に答える言葉はただ一つしかなく--

 

「もちろんです。世界を--より多くの人々を守るために、この身は剣となり盾となります」

「わたしも、微力ですが全力でこのフランスを守ります」

 

力強く決して揺るがぬ硬さをもって、士郎達は宣言した。

 

 

 

 

 

 

「すまない。情けないところを見せてしまった」

「いえ、気にしないでください」

 

士郎達の決意を聞いて感極まったのか、アロワが少しの間涙を見せた。

すぐに治まったのだが、本人は祖父と孫ほどの年の差がある少年少女の前で涙を見せたことが恥ずかしかったのか、ほんの少し頬を赤くしている。

彼の今までの事を考えれば、それもやむなしかもしれない。

彼にとって士郎達は、暗い闇の中に差し込んだ一条の希望だ。

その出会い自体僥倖であれば、自身の予想を超えて二人はこのフランスを救おうとしている。

なんとかできるかもしれないと、その思い故に涙が流れてしまったというとは、仕方がないというものだろう。

尤も、本人がそれをどう思うかはまた別問題だが。

 

「よし、もう大丈夫だ。時間を取ってしまって申し訳ない。早速これからのことについて話そう」「本当に大丈夫ですか? まだお辛いのならわたしたちは退出しますが・・・・・」

「ははは。マシュ君は優しいな。だが、私も一人の兵士だ。いつまでも暗い気持ちを引きずってはおれんよ」

 

気遣うマシュに、快活に笑うアロワ。

兵士としての彼はともかく、本質的には好々爺なのだろう。

 

「分かりました。それじゃ、まずは各地への伝達と、ここにある情報を見せてください」

「ああ。少し待ってくれ、いま部下達に--」

「隊長殿っ--!!」

 

ばん、と。

勢いよく扉を開き、顔を見せたのはさっきまで士郎達を連れていた兵士だ。

その表情は焦燥に駆られており、さきほどの寡黙さがまるで嘘のように消えていた。

「なんだ、いったい何があった?」

「この砦に、あの骸骨どもが向かっています!」

 

部屋に、緊張が走った。

アロワが、恐れていた事態が現実になってしまった。

 

「こんな負傷兵ばかりの砦にまで来るのかっ・・・・・! それで、敵の数は?」

「は。それが、物見によればおおよそ百体ほどのようです・・・・・」

「百体だとっ!?」

 

アロワが驚愕に目を見開く。

実際のところ、あの骸骨が百体ほどいてもさして問題ではない。

その奇怪な見た目に惑わされるが、あれ自体の力は一般の兵士と同等かそれ以下だ。

よほど数に差があるか練度が低くないと、まず負ける事はない。

だが、今この時に限ってその数は致命的だった。

何故なら、この砦にまともに戦えるものはほとんどいない。

アロワが連れてきた兵士で動けるのは、先ほどの斥候部隊と城で待機していた四人だけ。他は全員負傷しており、まともに戦う事はできない。元からこの砦にいる兵士も、ほとんどが口減しのために軍に入れられた元農民ばかりだ。そもそもの練度はもとより、フランスの現状を知り、もはや生きる気力さえ失っていた。

 

「今は待機していたクロード達四人が出ていますが、どうやっても防ぎきれません」

 

無謀にもほどがある。

百の敵兵に立った四人で立ち向かうなど、蛮勇すら越えてただの自殺志願者だ。

だが、そうでもしなければならないのもまた事実だ。

 

「ご決断を。このまま戦っても勝ち目はありません。我々が時間を稼ぎますので、負傷兵達を連れてお逃げください」

「馬鹿を言うな! 部下を見捨てて逃げる指揮官がどこにいる!」

「ですが、それ以外に助かる方法はありません。こうやって議論している間にも敵はここ近づいています。どうせ全滅するなら、あなただけでも--」

「待ってください」

 

二人の議論に、士郎の言葉が割り込んだ。

 

「貴様、なんのつもりだ。隊長のお考えに従って手を出さずにいるが、無駄に騒ぐことは許さんぞ。・・・・・いや、まて。まさかお前があいつらを--」

「そこまでだ、エディ。彼らは敵でもなければ、アレを連れてきたわけでもない」

「ですが、隊長--」

「私を信じろ。彼らは我々の味方だ」

「・・・・・あなたがそう言うのでしたら、私は何も言いません。ですが、この状況で下手に口を挟まれても困ります。割って入ってきたのなら、それなりの考えがあってのことなんだろうな?」

「無論。今ここを襲っている骸骨とは、以前にも戦ったことがあります。百体程度なら俺たちで確実に仕留めてみます」

「・・・・・何を言うかと思えば。あの数をたった二人だけで、それも子供のお前達が倒すだと? 馬鹿も休み休み言え。そんなことが出来るわけもない」

「アロワさん、構いませんね・・・・・?」

 

兵士--エディと呼ばれた男の言葉を無視して、士郎はアロワに確認を取る。

 

「すまない。負傷兵達を移動させるまででいい、時間を稼いでくれ」

「隊長--っ!?」

 

アロワの言葉に驚いたエディが叫びを上げた。

士郎達とアロワのやり取りを知らない彼からすれば、自然な反応だろう。

どこの馬の骨とも知れぬ輩にこの砦にいるすべての人間の命を預けると言っているのと一緒だから無理もない。

だが、説明している暇はない。

今は一刻も早く、打って出なくてはならない。

 

「マシュ、いけるな?」

「はい。戦闘準備は万全です。いつでもいけます」

 

立ち上がったマシュが、その手に大盾を具現化する。

この光景には流石の二人も驚いたが、アロワは何も言わず、頼むと、その瞳が告げていた。

 

「よし。行くぞ、マシュ!」

「了解です、マスター!」

 

士郎の掛け声を最後に、二人はこの特異点で初となる戦いへと赴く。




投稿するときふと思ったのですが、今回無茶苦茶長い!
実は最初は前後半に分けてなくて、一本の話だったんですよ。でも、その場合ものすごく長くなって。文字数2万6千以上って、どんだけだよ。今までも1万5千ぐらいが限度だったのに。流石にこれは読者の皆さんが読み辛いかなって事で、分割した次第です。色々とフランス兵に設定つけていこうとしたらこうなっていた(汗) 終盤の方とか結構ヤバい人みたいになってますからね。うん、まあ、楽しいからいいか(適当) そのうち彼らにも活躍してもらいたい。頑張ろう。

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