Fate/Grand Order 正義の味方の物語   作:なんでさ

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今回も早めに終わったので投稿します。
どうも最近調子がいいみたいで、サクサク進みます。
ただ、今日からCCCコラボが始まるので、また更新が遅くなりそうです。今回はどれだけピックアップを引けるか。前回のぐだぐだ本能寺及び明治維新は欠片も当たりませんでした。サーヴァントならともかく限定礼装の星3すらきませんでしたからね。無課金ですがどちらも三回は十連したんですけどね。今回はせめて限定礼装だけでもくることを願います。
それでは、12話目どうぞ。


始まる世界

 地下空洞最深部へとつながる通路で行われている戦いは、唐突に終わりを告げた。

 

「ーーーー」

 

 一瞬前までランサーと打ち合っていたアーチャーが突然距離を取り、その瞳を洞窟の奥へと向けだのだ。

 だが言うまでもなく、それはランサーという英霊の前では自殺行為に等しい。

 高速の戦闘下、僅かな合間すら命取りだというのに剣を下ろし、あまつさえ視線を切るなど以っての外だ。

 しかし、だからこそ。

 それをアーチャーがするということは、これ以上の戦いは不要ということでありーー

 

「なんだよアーチャー。まさかここで幕ってわけじゃねーだろうな?」

「・・・・・いや、その通りだよ。どうやら、向こうが終わったらしい」

 

 そう言われてランサーも洞窟の奥へと意識を向ける。

 先ほどまでそこに感じられた戦いの気配が、確かに消えている。

 

「・・・・・なるほど。だが、相変わらずムカつく野郎だな、テメェはよ」

「いったい、何のことかね?」

「惚けんじゃねぇよ。俺とやり合いながら向こうに気を配るなんて、たいした余裕だな」

 

 そう告げるランサーの声は苛立たしげだ。

 自身と立ち合いながら他所に意識を傾けていたアーチャーに、手を抜いていたのかと、怒りを抱いたからだ。

 それに対しアーチャーは、ああ、と呟き。

 

「それは誤解というものだ。君を相手に他に気を割いている余裕など無い。気づいたのは単に私も大聖杯と繋がってるからだよ」

 

 当然と言えば当然。

 アーチャーがセイバーの側に付いた以上、大聖杯と契約状態に入るのは自然な流れだ。

 

「そうでもなければ、ここまで拮抗させることはできんよ。流石に素のステータスに差がありすぎるからな」

 

 そう皮肉げに告げるアーチャーは、言外にそれが無ければ負けはしないとでも言いたそうだ。

 それに気づいてか。

 ランサーは、フン、と鼻を鳴らし、

 

「そうかよ。それで、どうすんだ。このまま続けるか、それともーー」

「遠慮しておく。ステータスの差を埋めたとは言え、やはり君との戦いは肝を冷やすからな。それに・・・・・今回はまだやるべきことがある」

 

 そう言ったアーチャーの手には、いつの間にか歪な短剣が握られている。

 ランサーはそれが何なのか一目で理解したようだ。

 

「・・・・・魔女殿の宝具か」

「ああ。契約の破棄という点において、これ以上のものは無いからな」

 

 そのままアーチャーは、その短剣を自身の胸へと突き刺しーー

 

「破戒すべき全ての符<ルールブレイカー>」

 

 真名を解放する。

 同時、アーチャーを襲う喪失感。

 ソレを以って、歪んだ聖杯戦争が終わりを告げた。

 

「どうやら、本当に終わりみたいだな」

 

 アーチャーの契約が破棄とされると同時に、ランサーの体が粒子となって消えていく。

 それはつまり、この戦いが終わったという確かな証明だ。

 だがーー

 

「ん? おい、何で消えてねぇんだよ」

「あの泥と触れていたからな。若干受肉した状態に近いのだろう」

 

 ランサーの疑問に答えるのもそこそこに、アーチャーは洞窟の奥へと足を向ける。

 

「ちょ!? まだ何かする気かテメェは!?」

「別にあの三人に手出しはせんよ。言っただろう、まだやることがあると」

「待て、テメェ何を知ってやがる!?」

「君も縁が合えばそのうち呼ばれるだろうーーグランドオーダー。聖杯を巡る戦いにな」

 

 本当に時間がないのだろう、アーチャーは意味深な言葉を紡ぐだけだ。

 そしてそう答えたが最後、今度こそ洞窟の奥へと向かって行った。

 

「くそっ。一体何だってんだ・・・・・あーあ、たまにはまともな召喚は無いもんかね」

 

 一騎残されたランサーは、最後に気怠げに不満を溢しながら、英霊の座へと還っていった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「先輩っ・・・・・!」

 

 マシュが、倒れ伏したエミヤの元へと走り寄る。

 強張る肉体を強引に動かし、一心不乱に駆け付ける。

 

「先輩、しっかりしてくださいっ・・・・・!!」

 

 うつ伏せの少年の体を仰向けにさせ、容体を診る。

 

「っ・・・・・!」

 

 酷いものだ。

 全身には戦いの中でついた無数の切り傷と打撲痕。

 肩口から斬り裂かれた傷跡は肺にまで及んでいる。

 更に、異常なことに傷口から無数の剣が覗いている。

 体は両断こそされていないものの、このままでは長くは保たない。

 肉体の損傷か、出血多量か。

 どちらにせよ、少年が死ぬことに変わり無い。

 

「っ・・・・・!」

 

 マシュの瞳から、雫が零れる。

 目の前で誰かが死ぬ恐怖。

 それに何もできなかったことの無力さが、少女の心を埋め尽くす。

 

・・・・・あの時、無理にでも割り込んでいれば・・・・・っ。

 

 何もできなかったのかもしれない。

 ただ殺されて終わり。

 そこに存在したかどうかもわからず消えーーそれでも、何かが変わったかもしれない。

 だがそんなことは無意味なIFだ。

 どれほど過去に思いを馳せようと意味は無い。

 あの局面で動かなかったのはマシュだし、それを承知で戦ったのも少年だ。

 仮令、マシュがエミヤを庇ったとしても、正義の味方の彼が彼女の死を容認するはずも無い。

 結局のところ、この結果は当然の帰結だ。

 

「何をしているの、マシュ!? 早く離れなさい!」

 

 耳をつんざくようなオルガマリーの悲鳴。

 それを聞いて、マシュは今の自分が何の前にいるのかを思い出した。

 

「ーーーーぁ」

 

 それだけしか言えない。

 僅かに血を滴らせる漆黒の西洋剣。

 それと同じ色に身を染めた騎士。

 今しがた少年を斬った騎士がそこにいる。

 

「ーーーー」

 

 体が動かない。

 目前で起きた出来事と、その張本人を前に僅かな動きもできない。

 思考がうまく働かず、何の言葉も出てこない。

 ただ一つだけ、純然たる事実として分かるのは、自分も少年と同じように、あの剣に斬り裂かれるということだけでありーー

 

「ーー全く。貴方はいつも無茶をし過ぎる」

 

ーー何故か。とても穏やかな声が響いた。

 

「え・・・・・?」

 

 それに惚けた声を出すマシュ。

 あまりにもその場に似つかわしくない声を聞いて、一瞬だけ目の前の現実を忘れてしまう。

 

「少し、いいですか?」

 

 先と変わらぬ、とても穏やかな声色で少女がマシュへと問いかけた。

 

「ぁ、はぃ・・・・・」

 

 そのとても優しげな雰囲気に触れてか、マシュはあっさりと少女の言葉に頷いてしまった。

 そのまま、少女が少年の頭を自身の膝へと載せる。

 纏っていた鎧はいつの間にか消えており、黒いドレスに似た服装になっている。

 そこまで来て、我に返ったマシュが、思わず声を発する。

 

「あ、あの。いったい何を・・・・・」

「大丈夫です。傷の治療をするだけなので安心して下さい」

 

 問いかけるマシュに、やはり穏やかに返す少女。

 それを見て、マシュも言葉にできない信頼感を抱いてしまう。

 それ以前に。

 傷を治すという言葉に、少年が助かるかもしれないという事実に、頷く以外の選択肢は存在しなかった。

 それに対し一言、ありがとう、とだけ伝えた彼女は少年の髪を撫ではじめる。

 特に特別な行動は起こしていない。

 少女は少年に所謂、膝枕をしているだけだ。

 だが、それは次の瞬間に起きた。

 

「・・・・・!?」

 

 マシュの目の前で、少年の傷口が僅かに発光し、閉じていく。

 その、異様なまでの回復速度に言葉も出ない。

 あのランサーのルーンだって、これほどまでの効力は無かった。

 それと同時に少女から深い闇のような黒が抜けていく。

 済んだ青いドレスに金砂の如き美しい髪。

 これこそが、本来の姿と言わんばかりの清廉さ。

 

「ーー良かった。やっぱり、貴方はまだ、私の鞘でいてくれているのですね」

 

 その、心の底から喜ぶ声に。

 意味がわからずとも、二人の間にどれほど深い絆があるのか分かってしまう。

 きっと、自分ではーー他の誰であっても、彼らの間に永遠に立ち入れない。

 互いにとって最も大切なモノは、他でもないお互いそのものなのだと、否応無しに理解させられる。

 その事実をどう感じているのか、彼女すら理解できず、ただ目の前で起きる不思議な現象問いかけることしかできない。

「あの・・・・・どうなっているんですか・・・・・?」

「・・・・・そうですね。これは加護<マジナイ>のようなものです」

「まじない・・・・・?」

 

 疑問符を浮かべるも、少女は笑っているだけで、それ以上の言葉は無い。

 

「それにしても、今回ばかりは貴方の見誤りです」

 

 少しだけ怒ったような声。

 それは少年のミスに対する指摘と無謀に対する怒り。

 そして、そんなことをしてしまう少年の身を案じてのもの。

 

「おそらく、私の方が上手くやるだろうと考えてのことでしょうがーー今回だけは勝手が違うのです。この戦いは英霊<ワタシタチ>では解決できない。人間<アナタタチ>でないと、根本的な解決はできないのです」

 

 一つの決意を灯した声。

 こうする他ないと。自分にはできないことを少年に託すように。

 

「今までずっと戦ってきた貴方に、また辛い思いをさせてしまうことになる。恨んでくれても構いませんーーそれでも、貴方にしか託せない」

 

 そう告げる彼女は本当に辛そうで、自分が少年に重荷を背負わせてしまったことを、何よりも責めている。

 

「・・・・・すみません、貴女の名前を教えていただけますか?」

 

 突然、少女がマシュへと声をかけた。

 いきなりのことで、焦ってしまったが、なんとか答える。

 

「あ。わ、わたしは、マシュ・キリエライトですっ」

「ではマシュ。一つ、私の頼みごとを受けてくれませんか?」

「頼みごと、ですか・・・・・?」

「はい。彼のことをどうか守ってほしい。知っての通り無茶をする人です。貴女に支えて欲しい」

「それは・・・・・でも、私では・・・・・」

 

 言葉に詰まる。

 少年の危機に何もできなかった彼女は、その頼みに素直に頷くことはできない。

 自分ごときでは、そんなことはできないと。

 

「いいえ、それば違います」

 

 はっきりと聞こえた、明確な否定。

 諭すように、信頼するように少女は告げる。

 

「・・・・・え?」

「確かに、貴女はまだ弱い。単なる力で言えば、私はおろか彼にも及ばないでしょう。ですがーー」

 

そこで言葉を区切った少女は、少しだけマシュのそばに置かれた盾を見てーー

 

「ですが、貴女の中の英霊は、貴女だからこそ力を託したのです。貴女になら、任せられると。だから、これは貴女だけにしかできないことだ」

「私だけにしかできないこと・・・・・」

「大丈夫です。貴女が自分を見失わない限り、その盾は貴女に絶対の守護を約束してくれます」

 

 その確信に満ちた言葉。

 マシュの中にいた英霊を知り、その力の真価を理解している。

 それは、融合した本人でさえ知らない英霊の正体を知っているということだ。

 一体自身は誰のお陰で助かったのか、マシュがそれを聞こうとしてーー

 

「まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の許容の範囲外だ」

 

 拍手と共に聞こえてくる言葉。

 それは先ほど騎士が立っていた崖の上から聞こえてくる。

 その声が誰のものか、マシュとオルガマリーはよく理解している。

 忘れるはずがない。聞き間違えるはずがない。

 毎日のように聞いて、共に歩んできた者の声だ。

 

「記憶も封じられ、迷い込んだだけの哀れな漂流者と思い見逃した私の失態だよ。まさか、神代の英雄とここまで戦えるとは。流石の私も見抜けなかった」

 

 見知った姿の男。

 そこにいるのは間違いなく、マシュ達の仲間のレフ・ライノールだった。

 

「レフ教授!? 」

『レフーー!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?』

 

 マシュの言葉に反応し、カルデアでモニターを続けていたロマンが通信を行う。

 あの爆発で死んだと思っていたため、当然の反応だろう。

 おまけに特異点にいるとなれば殊更だ。

 だがそんな彼らの驚きなど、まるで構いなしに話し続けるレフ。

 

「うん? そこにいるのはロマニ君か? そうか、君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来て欲しいと言ったのに、全くーー」

 

 まるでやれやれとでも言いたげな彼はやはり変わらぬ姿でーー

 

「どいつもこいつも統率の取れていないクズばかりで吐き気が止まらないな。人間というのはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」

 

 どこまでも、かけ離れた気配を放っていた。

 

「ーーーー! あれは、あれは違う、普通じゃない・・・・・っ!」

 

 デミ・サーヴァントと化したマシュは、その異常性をすぐに感じ取った。

 それは到底人間の放っていいようなものではない。

 いや、そもそも真っ当な生命にも該当しない。

 通常の生命とは違う、ナニカ別の系統に属するものだ。

 

・・・・・なんとか二人を連れて離れないとっ。

 

 傷が癒されたとはいえ気を失っている少年とオルガマリーではどうなるか分からない。

 ここは一刻も早く逃げなくてはならずーー

 

「ああーー生きていたのねレフっ!」

 

 ただ一人、オルガマリーだけには、そんな理屈など何一つとして意味をなさなかった。

 

「ーーっ!? 待ってください、所長っ!」

 

 一人、その異質さに気づかずにレフの元へと走り去るオルガマリー。

 いけない、と感じたマシュが連れ戻そうとしてーー隣の少女によって阻まれた。

 

「・・・・・っ!? なんで止めるんですかっ!? このままだと所長がーー」

「駄目です。この距離ではもう間に合わない。アレに近づき過ぎるのは危険です」

「っーー! ですが、それでは所長が・・・・・」

 

 二人がそんなやり取りをしている間に、オルガマリーは既に崖の下へと辿り着いている。

 

「やあオルガ。元気そうで何よりだ。君もなかなかに大変だったようだね」

「ええ、ええ、そうなのレフ! 管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし。予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、あなたがいればなんとかなわよね?」

 

 期待に満ちた言葉。

 まるで子供が親が友人に縋るかのようなオルガマリーの姿からは、普段の毅然とした態度とはかけ離れている。

 それが。彼女がレフ・ライノールという男にどれだけ依存しているかが分かる。

 

「ああ。もちろんだとも。本当に予想外のことばかりで頭にくる」

「レフ・・・・・?」

 

 僅かな違和感。

 彼女の記憶から離れるだす。

 

「その中でも一番予想外なのは君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きてるなんて」

「ーーーー、え? ・・・・・レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」

「いや、生きている、というのは違うな。君の肉体はとっくに死んでいる。今の君はオルガマリー・アニムスフィアという人間の残留思念に過ぎない」

「何を、言って・・・・・私が死んだ・・・・・?」

 

ーーそんなことはあり得ない。

ーー私は今ここにいる。

ーー自ら話し、動き、思考している。

ーーそれなら・・・・・残留思念?

 

 その言葉で、視界が反転する。

 

・・・・・イタイ、イタイ、イタイ

 

 下半身が動かない。

 いや、そもそも感覚が無い。

 

ーータスケテ、タスケテ、タスケテ。

 

 肌が熱い。

 チリチリと焦げ付いてるみたい。

 息が苦しくて、空気を求めても、まともな酸素が入ってこない。

 

ーーシニタクナイ、シニタクナイ、シニタクナイ。

 

 何も見えない。誰も映らない。

 ゆらゆらゆらゆら、赤が揺れてるだけ。

 その中に。

 ぱらぱらぱらぱら、小さな粒が降ってきてーー

 

ーーそこで、視界ごと潰れてしまった。

 

「ーーーーっっっ!?」

 

 動悸が激しくなる。

 全身から汗が噴き出し、震えが止まらない。

 喉の奥から吐瀉物がせり上がってきて、吐き気を抑えられない。

 

「あ、あ・・・・・いや、そんなこと」

 

 必死に否定する。

 私はここで生きている。

 私は世界に存在している。

 オルガマリー・アニムスフィアはまだ死んでいないーー!

 

「その顔からするとどうやら思い出したようだけど、それでもなお目を逸らすとはーーそんなことだからこうなったんだよ、アニムスフィアの末裔よ」

 

 告げる言葉にはもはや愉悦もない。

 ただ、冷めた声で結末を告げる。

 

「このまま放っておけば君は消滅するが、それでは芸がない。最後に君が生涯を捧げたカルデアの様子を見せてあげよう」

 

 その言葉を合図に、空間が切り取られる。

 切り取った紙と紙を繋ぎあわせるかのように、異なる空間が繋がる。

 その先はカルデアの風景であり、中心に鎮座するのは、"真っ赤に燃え盛る"カルデアスだった。

 

「うそ・・・・・カルデアスが、赤く・・・・・」

「言っておくが、虚像などではない。間違いなく本物のカルデアスだ。つまりーーあれは人類史の消滅、その証明なのだよ」

「そんな、そんなこと・・・・・え? 体が宙に・・・・・何かに引っ張られてーー」

 

 浮かぶ。

 オルガマリーの体が、引き込まれていく。

 その先にあるのはーー燃えるカルデアス。

 

「私からの慈悲だ。最後は、君の宝物とやらに触れて死ぬといい」

 

 それが何を意味するのか、オルガマリーは自身の状況からすぐに理解した。

 

「ちょっと、待って、私の宝物って、カルデアス、のこと? 嘘でしょ!? だってカルデアスなのよ!? そんなのに触れたらーー」

 

 オルガマリーの顔が恐怖に引き攣る。

 カルデアスとは、高度な情報体だ。

 そもそもからして、存在する次元が異なる。

 そんなものに触れればどうなるかなどーー

 

「ああ。ブラックホールと何も変わらない。或いは太陽か。どちらにせよ、人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮無く生きたまま無限の死を味わいたまえ」

「ぁーーいやーーいやっ! 誰か、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない」

 

 オルガマリーの悲鳴が響く。

 自らの終わりから逃れようと、喉が裂けんばかりに叫ぶ。

 だが、それに応えるものは、誰一人としていない。

 彼女が最も信頼していた人物は、今まさに彼女の命を絶とうとしている。

 盾の少女も、動きを封じられている。

 そして、ただ一人彼女を救った少年は、何が起きているかもわからず、深い眠りについている。

 

「認められてない、まだ誰からも認められていないっ! 誰もわたしを褒めてくれていないっ!」

 

 思いが吐露される。

 他の誰にも明かさなかった、彼女の想いが溢れる。

 だが虚しいかな、その願いが叶うことは無い。

 彼女という人間が消える以上、それに意味は無い。

 流れ出た想いは、ただただ世界に溶け出していく。

 そこにあったかどうかも分からずに、無為と化す。

 

「やだ、やめて・・・・・いやいやいやいやいや・・・・・!だってまだ何もしていない!」

 

 今度こそ、終幕が訪れる。

 救い上げる手は無く、力も無い彼女は、死を受け入れる他無くーー

 

「生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのにーー!!」

 

 最後の絶叫を遺して、オルガマリー・アニムスフィアは消え去った。

 

「そんな、所長・・・・・」

 

 あまりの出来事に。マシュが言葉を失う。

 遺された叫びに、胸が締め付けられる。

 隣にいる少女も、少なく無い憤りを感じているようだ。

 だが、それを行った男はさしたる反応も見せず、ただ淡々と言葉を漏らした。

 

「終わってみればあっけないものだな。こんなことならもっと早くに彼女だけを殺しておくべきだったか。そうすれば今までの手間も無かったろうに」

「レフ教授ーーいえ、レフ・ライノール。貴方という人はーー!」

「私には敵わないと理解していながら、まだそれだけの怒りを保てるか・・・・・随分と変わったものだ。それはそこの彼のおかげかな?」

 

 飽くまで変わらぬ態度で振る舞うレフに、マシュはまともに言葉を交わすつもりは無い。

 ただ、抑えきれぬ怒りとともに、彼が何者なのか問いただすだけだ。

 

「そんなことより、貴方はいったい何者なんですか・・・・・!?」

「ほう。流石はデミ・サーヴァント。私が根本的に違う生き物だと感じ取っているようだ」

 

 男は感心したように頷いてみせた。

 そのまま大袈裟に左腕を広げ、高らかに宣言する。

 

「では、改めて自己紹介しよう。私の名はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類の処理に遣わされた2015年担当者だ」

 

 人類の処理。

 それが意味するところは即ちーー

 

「君も聞こえているな、ドクター・ロマニ? 共に魔導を研究した学友として、最後の忠告だ」

 

 レフは、ここにはいないロマに向けて言葉を発する。

 

「カルデアは用済みになった。この時点で、お前たち人類は滅びている」

『レフ教授。いや、レフ・ライノール。それはどういう意味ですか。2017年が見えないことに関係があると?』

「関係ではない。もう終わっているという事実だ。前提からして違う。お前たちは未来が観測できなくなり、未来が"消失"したとほざいていたが、それがお前たちの勘違いだ」

 

 男が凄惨な笑みを浮かべる。

 嘲りと共に彼らの何もかもを嗤う。

 

「カルデアスが真紅に染まった時点で人類史は焼却されたのだよ。もはや結末は確定された。貴様たちの時代はもう存在しない。カルデアはカルデアスの磁場に守られているが、外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう」

『・・・・・なるほど。外部との連絡が取れないのは通信機器の故障ではなく、そもそも受け取る相手が消え去っていたのですね』

「ふん、やはり貴様は賢しいな。真っ先に殺しておけなかったのが悔やまれるよ」

 

 レフが憎々しげに呟く。

 しかし、それも一瞬。

 すぐに、その顔に嘲りの色を浮かべた。

 

「だがそれも虚しい抵抗だ。カルデア内の時間が2016年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する。どうあれ、この結末は変わらん。所詮貴様らは羽虫のような存在だ。大したものも遺さずに潰されて終わる存在ーーだが」

 

 そこで。

 余裕を崩さなかったレフが、僅かに怒りを見せた。

 

「お前だけは別だ、漂流者<イレギュラー>。サーヴァントならともかく、現代において神代の英雄と同等の力を有するなどと。問題は無いが、面倒ではある。これ以上手間を増やすのも億劫だ、ここで始末しておこう」

 

 言い終わると同時。

 ど、と。

 膨大な魔力が、レフより発せられた。

 その総量たるや、先ほどのセイバーにも勝るとも劣らぬものだ。

 それだけで、マシュの取るべき行動は決定した。

 セイバーと衛宮の戦いについていけなかった彼女では、同等の魔力を有するレフに勝利できる道理は無い。

 エミヤを連れての撤退こそが理想だが、それを見逃すほど甘くはないだろう。

 故に、彼女が取り得る最善手は衛宮を犠牲にして逃げることだ。

 どちらにせよ全員死ぬのなら、少しでも多くが生き延びる選択をすべきだ。

 それならばまだ大丈夫だ。

 エミヤという少年を犠牲にして生き延びられる。

 マシュ・キリエライトという人間はまだ存在できる。

 

 だと言うのにーー

 

「マシュ。何故、そこに立つのかね?」

「・・・・・先輩は殺させません」

 

 少女が立ち塞がる。

 揺れる心を奮い。

 凝固する筋肉に喝を入れ。

 その手に盾を握り、少年を守るために前に出る。

 

「あまり無理はしない方がいい。君では私には敵わないと、理解できているのだろう?」

「・・・・・関係ありません。私がここで死ぬ<オワル>のだとしても、先輩だけは守り抜きます」

 

 そう、関係ない。

 たとえ敵がどれほど強大であろうと、マシュ・キリエライトの選択する行動に変わりはない。

 

ーー今度こそ守ると、決めたのだから。

 

「理解できんな。マスターだから、などとというような陳腐な理由でもないだろうに。その男が君にとってそれほど大切だと? まだ出会って一日も経っていない他人のために命を賭けると?」

「ーー確かに。私は先輩のことを殆ど知りませんし、私があの人にどんな感情を抱いているのかも分かりません。今の私はきっと、間違っているのかもしれません」

 

 しかし。だからこそーー

 

「あの時、先輩に助けてもらった。その事実だけは、決して間違いじゃありません」

 

 言ってみれば、それだけの話。

 彼女がここに立つのは、少年に守られたが故に。

 救われた命で、今度は自分が報いるためだ。

 それはきっと、とても曖昧なもので。

 彼女が覚悟とか、信念とかを理解するのは、まだ先の話。

 けれど、これが最初。

 今までただの一度も自身で選択するということがなかった彼女が初めて抱いた、誰かを守りたいという感情<ネガイ>だった。

 

「ーーーー」

 

 それを見て、レフ・ライノールは微かに目を見開いた。

 まだ彼がカルデアにいた時。

 マシュやロマニ、オルガマリーと共に一人の人間として生きていた頃のこと。

 マシュ・キリエライトという少女は、無色であった。

 いや。あれは色を溜め込んでいたというべきか。

 何か思うことがあっても、それを示す方法が分からないから、結局何も感じていないのと変わらない。

 桜の木に似ているかもしれない。

 厳しい冬を越え春を迎えた桜は、味気の無い蕾に樹皮の中に溜め込んだ色を付けて花開く。

 余人が見て、表向きには色がなくても、その内には確かに宿すモノがある。

 そして、マシュ・キリエライトはこの瞬間にその時を迎えたのだ。

 それを促したのがあの少年だったというのは、些か皮肉が効きすぎているというものだろう。

 

「・・・・・なるほど。それが君の得た|色彩<セカイ>ということか」

 

 理解すると共に、更に魔力を解放する。

 感傷はここまで。

 彼女がどのような選択をしようと、自身の行動を変えないのは彼も変わらない。

 彼は自分の意思で選択したーー人類の敵になると。

 ならばこそ、今更止まるはずもなく。

 

「ならば、そのセカイを抱いて散るがいい」

 

 決別を込めて、魔力を撃ち込んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 光が迫る。

 あらゆるものを呑み込んでしまいそうな、赤黒い魔力。

 街の一角ぐらい簡単に吹き飛ばし得る力が、ちっぽけな人間にすぎない自分に迫る。

 

「ーーーーっ」

 

 それを改めて前にして、恐怖が無いと言えば嘘だ。

 きっと自分はここで死ぬ。

 あの騎士の攻撃にも耐えたこの盾でも、アレは防げない。

 盾を砕かれ、そのまま何もかも掻き消されてしまう。

 マシュ・キリエライトという人間は何一つとして遺さずに在なくなる。

 

・・・・・違う、そうじゃない。

 

 守れるか否か。

 そんな話じゃない。

 そんなことは、何一つとして関係ない。

 

・・・・・絶対に守るんだ!

 

 私の後ろには、絶対に守らなくてはいけない人がいる。

 何度も私を守ってくれた人がいる。

 私では届かない。

 あの赤い背中には追いつけない。

 あの人のように、誰かを守ることなんてできないやしない。

 それでもーー

 

・・・・・借り物でもいい、偽物でもいい、だから、今だけでも・・・・・っ!

 

「守るための力をーーッ!!!」

 

 手を伸ばす。

 自身では、未だ到達できない境地へと至るために。

 その先で、見惚れるほどに美しい白亜の城が見えてーー

 

 

 

 

 

「その威勢は結構だが、そう上手くいかないのが世界というものだ」

「え・・・・・?」

 

 唐突に響いた声の後。

 黒い背中が私と赤黒い魔力の間に割り込んできて。

 

「熾天覆う七つの円環<ロー・アイアス>ッーー!!」

 

 七つの巨大な花弁が、魔力の波濤を受け止めた。

 

「アーチャーさん・・・・・!?」

 

 驚愕に目を見開く。

 なぜ彼がここに。

 なんで私たちを助けてるれるのか。

 そんな疑問ばかり浮かんできてーー最も気になったのは別の所だった。

 

・・・・・先輩に、似てる・・・・・。

 

 共通する部分など殆どない。

 背格好や肌の色、声色まで。

 何もかも両者は違っている。

 それなのに、そこまでもかけ離れているのに、誰かを守るその背中が、どうしようもなくあの少年と被る。

 

「なんで、貴方は・・・・・」

「私としても本意ではない。本当ならその男はこの手で殺してやりたいところだ。だが、今回ばかりは我を通すわけにはいかんからなーーそれと、できれば黙っていてくれ。流石に厳しいからな」

 

 その言葉と共に、花弁の一つに罅が入った。

 それを皮切りに、他の花弁も次々と傷ついていく。

 花弁を掲げる左腕は、既に腕としての体を殆ど成していない。

 血が噴き出し、肉は避け、その奥にある骨が砕けていく。

 数秒先には消えてしまいそうな状況。

 それでも。

 

「生憎と、諦めが悪くてな。この程度で折れはせんッ!」

 

 それでも。

 私には、あの背中が敗北する姿が見えなかった。

 

ーーそうして。

 

 最後の花弁が砕け散り。

 膨大な魔力の波濤は、その勢いを完全に堰き止められた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 突如として乱入してきたアーチャー。

 レフの一撃を防ぎ一息ついた彼に、セイバーが声をかける。

 

「やはり来てくれましたか、アーチャー」

「まぁな。私としてはさっさと退場しても良かったんだが、何やら面倒な予感がしてね。君のような直感はないが、この手の予感は外れた試しがない」

 

 そう言ってアーチャーはレフへと目を向ける。

 そこには明らかな苛立ちと怒りが現れている。

 

「・・・・・こうも思惑通りにいかないと、いっそ笑えてくるな・・・・・それで。一応聴いておくが何のつもりだ、アーチャー?」

「さて、その問いに意味はあるかね? どうあれこの局面で彼らを守ったのだ。他に意味などないだろう。 何のつもりなどと、そんな判りきったことを聞くのは賢明とは言えんな」

「ふん。その形でよく吠える。ランサーとの戦いを終え、左腕も碌に使えずに、それでも勝てるつもりか?」

「必要とあればそうするが、今回は別に負けても構わん。要はあの二人を逃がせればいいのだからな。それに、私一人ならともかく、彼女も相手であればそうそう抜けはせんよ」

 

 そう言ったアーチャーの隣にセイバーが立つ。

 大聖杯との契約は切れたが、放たれる剣気は些かの衰えも無い。

 ただ一つだけ、その手に握る剣が違っている。

 彼女が携えるのは漆黒の西洋剣ではなく、黒い刀身を持つ細身の剣。

 其の名は絶世の名剣<デュランダル>。

 先のエミヤとの戦闘で、彼が投影しそのまま大地に突き刺さっていたもの。

 聖騎士<パラディン>、ローランが担い、所有者の魔力が尽きようと切れ味を落とさない煌輝の剣だ。

 

「そういうことだから、早々に元いた場所に戻りたまえ。安心しろ、あの程度私と彼女で十分に抑えられる」

 

 アーチャーがマシュへと告げる。

 視線はレフから決して離さず、ただ声だけを投げかける。

 

「・・・・・ですが、それではお二人が」

 

 マシュはすぐには頷けない。

 当然のことか。

 自分達のために、二人の人物が命を捨てると言っているのだ。

 戦いとはほぼ無縁に過ごしてきた彼女が簡単に割り切れることではない。

 

「なに、気にすることはない。所詮、私たちはサーヴァント。戦いが終われば消える存在だ。ここで倒れようが倒れまいが最後は座へと戻るのだ、君が気に病む必要は無い」

「その通りです、マシュ。貴女達には生きてもらわないといけない。それに、貴女は彼を守るのでしょう?」

 

 アーチャーとセイバーが言葉を重ねる。

 行け、と。

 決して倒れないように。

 決して振り返らないように。

 果たせぬ責務を託して、マシュ達を送りだす。

 

「ーーーー」

 

 それで、マシュの心もようやく固まった。

 二人の想いを無駄にしないためにも、必ずカルデアへと帰還するのだと。

 そして衛宮を担ぎ、そのまま洞窟の外へと向かおうとして、

 

「・・・・・あの、セイバーさん、アーチャーさん」

 

 ただ一つだけ、彼らへと告げる。

 

「ありがとうございます」

「ーーーー」

「ーーーー」

 

 その言葉に、二人とも驚いたような顔をした。

 まるで予想外と言わんばかりにキョトン、としている。

 

「・・・・・助けたとはいえ、敵対していた人間に礼を言うとは、君も大概だな」

「なるほど。"彼"が任せるはずですね・・・・・どうかお気になさらず。彼のことをよろしくお願いします」

 

 それぞれ異なる反応を見せた彼らはーーしかし、その顔に笑みを浮かべていた。

 どうしてそんな反応を見せたのか、マシュには終ぞ分からなかったが、それだけで彼らに任せても大丈夫だと理解できた。

 

「ーーーー」

 

 だから進む。

 今度こそ振り返らずに。

 託された想いを抱いて。

 カルデアへと戻るために。

 

「ドクター、今すぐレイシフトを実行してください!」

『もうやってるとも!けどそこが崩壊し始めてるから、それに邪魔されて上手くいかない! 少しだけそっちの崩壊の方が早いかもだ。その時は諦めてそっちで何とかしてほしい! ほら、宇宙空間でも数十秒なら生身でも平気らしいし!』

「すみません、黙って下さいドクター! 怒りで冷静さを失いそうです!」

『とにかく意識だけは強く持ってくれ! 意味消失さえしなければサルベージはーー』

 

 崩壊する空間の中。

 そんなやり取りをしながら割れる世界から逃れていったマシュが最後に見たのはーー

 

ーー醜悪な巨大な肉柱と、それを圧倒しつくす二人の騎士だった。

 

 

 

 




これで冬木も残り1話となりました。
それが終われば1話ほど幕間を挟み、そこからオルレアン編ですね。
そこでやっとマシュを活躍されられる・・・・・かな?
どちらにしろ序盤は士郎が動くんですが、そろそろマシュにも頑張ってもらわないとね。今から彼らとジャンヌやすまないさんを絡ませるのが楽しみです。

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