モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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孤独な青年と少女の答え

 拝啓

 アザミちゃんとセージ君へ。

 

 お元気ですか? 

 私達は元気です。多分。

 

 本当はベルナ村にも顔を出したいけれど、まだ忙しくて島から出る事が出来ないからお手紙を出しました。

 ベルナ村のチーズが恋しいから、落ち着いたら絶対に会いに行きます。あ、勿論チーズよりアザミちゃん達の方が大事だよ。

 

 

 その後、アザミちゃんはどうやって過ごしてるのかな。

 もし、また何か困ってたら私達に話してね。絶対に助けに行くから。私達はずっと、大切な友達だよ。

 

 

 ps事故に巻き込まれて洞窟の中に閉じ込められました。ちょっと大変だけど頑張ります。

 

 

 ミズキより

 

 

 

「───いや、あんたの方が大変な事になってんじゃない!! てか何かトラブルに巻き込まれないと気が済まないの!? いやあたしも巻き込んだけど!!」

 手紙を地面に叩き付けて、()()()は頭を抱え込んだ。

 

「と、突然どうしたんですか? アザミさん」

 手紙を届けてくれたギルドの受付嬢にあたしは「ごめんなさい、取り乱したわ」と頭を下げる。

 とりあえず手紙を大切にポーチに入れてから、私は道行く人々と視線が合う度に睨み返して家に帰るのだった。

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 怒隻慧と呼ばれるイビルジョーとの戦いから数ヶ月。

 

 

「おねーちゃんお帰り! ギルドの人に呼ばれてたんだよね? 何かあったの?」

「手紙、届いてたから。セージも読む?」

「ミズキお姉ちゃん達から? 読む!」

 弟のセージに手紙を渡して、私は椅子に座って肘をつく。

 

「……困ってたら、ねぇ」

 イビルジョーとの戦いで、あの胡散臭いギルドナイトにかなりお金を貰った。

 それこそ少しの間遊んで暮らせる額のお金だけど、あたしはセージを育てないといけないし、ハンターを辞めてまでやりたい事もない。

 

 別にハンターを続ける事になんの悩みもないけれど、困った事といえば───

 

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん達が大変なんだって! 助けに行かないと!」

「あたし達が行ってもしょうがないでしょ。てか、洞窟に閉じ込められたって何よ洞窟に閉じ込められたって。何したらそうなるのよ。なんで閉じ込められてるのに手紙出せるのよ……」

 ミズキ達は何かに呪われてるとしか思えない。

 

 

「僕もハンターだったらなー、お姉ちゃん達を助けられるのに」

「……セージ、最近ずっとそれよね。ハンターになるって」

「うん! 僕もね、大きくなったらお姉ちゃん達みたいに誰かを助けられるハンターになるんだよ!」

 ───これである。

 

 

 いつからだろうか、セージがハンターになると言い出したのは。

 

 別にハンターになるのがいけない事ではない。

 確かに危険な仕事だし、大切な家族を危険な場所に送り出すのは嫌だ。

 

 けれど、それこそ大切な家族の夢を支えるのは家族の───姉であるあたしの役目だと思う。

 

 

 問題はそこじゃなくて。

 

 

「教えてくれる人が居ると良いんだけどね」

 ハンターになりたいと言ってハンターになれる訳ではない。

 

 色々覚えないといけない事、身体も作らないといけないし、実戦は命懸けだ。

 

 

 あたしはセージと二人で暮らす為の生活費を稼ぐのに手一杯で、誰かに教えて下さいと頭を下げられる相手も近くには居ない。

 素直に訓練所に連れて行こうとするとお金が掛かる。

 

 

「お姉ちゃんは教えてくれないの?」

「私は人に教えられる程凄いハンターじゃないのよ」

 村では紫毒姫と呼ばれる二つ名モンスターを倒したとか、怒隻慧と呼ばれる二つ名モンスターの討伐に参加したとか。

 噂が一人歩きして、G級ハンター昇格も間近なんて話まで流れて来た。

 

 するとそんな()()()()なハンターのお零れに預かりたいと、私に話しかけて来る奴が最近増えてくる。

 私が独りだった時は誰も助けてくれなかった癖に。

 

 

 そんな訳で、誰も頼れず自分も本当はそんな凄くないハンターのあたしは弟の夢にどうしたものかと悩む毎日を過ごしていた。

 

 

 

「───黒炎王?」

 それは、クエストを受けに集会所に来た時の事。

 

 古代林に現れたという一匹のモンスターの名前を聞いて、少し前の事を思い出す。

 

 

 

 

「何をしてる、早く殺さないと! 君の手で殺さなくて良いのか? もうコイツは死ぬぞ。君が殺せなくなるぞ!! 殺せ!! 殺───」

「どいて!! 大切なものを見失ってまで、復讐にとらわれたらおしまいよ……」

「彼女は僕達とは違うんだね……」

 私が紫毒姫を倒した日の事。

 

 カルラ───という、アランの昔の知り合いはモンスターに復讐する為にその生涯を使っていたらしい。

 私にはその気持ちを分かってあげる事も出来たけど、そうはしなかった。私は復讐よりも大切なものを見付けられたから。

 

「セージ、セージ! もう大丈夫だからね!」

「おねーちゃん、おかえり!」

「うん。……ただいま。ごめんね、セージ。やっと、やっと答えが見つかったよ……。ごめんね……」

 私はその日、目の前で弱っている黒炎王よりもセージを助ける事を選んで。

 

 

 その後一悶着してる間に、黒炎王はその場から逃げてしまった事を思い出す。

 船が壊されていて古代林から出るのに時間が掛かったから、また黒炎王に襲われるんじゃないかとも思ったけど───結局その後黒炎王が私の前に現れる事はなかった。

 

 大怪我をしていたし、そのまま死んだのだと思っていたけど───まさか生きていたなんて。

 

 

 

 

「───はい、黒炎王と思われるモンスターがまた古代林に現れたという事で。戦った経験のあるアザミさんに調査、又は討伐の依頼が来ているんです」

「私一人で?」

「……そ、そうなりますね」

 噂の一人歩きはこういう時に困る。

 

 

「……はぁ、分かったわよ。ただし調査だけよ。十八にもなってないか弱い女の子に頼んで恥ずかしくないのかしら」

「……す、すみません」

 別に受付嬢のお姉さんが悪い訳じゃないのだけど。

 

 周りの無駄にガタイだけ良いハンター達は一体何の為にいるのだろうか。頼れる人が欲しい。

 

 

「……私もアランみたいな良い男を見付けたいわ」

「……な、なんですか?」

「こっちの話よ。とりあえず、クエストは受注するわ。契約書出して」

「はい! ありがとうございます!」

 頼まれたら断る訳にもいかない───というより、それなりの報酬の額に受ける価値があると判断しただけだ。

 

「───と、いう訳でセージ。いつも言ってるけどもし私に何かあったらこのお金でタンジアに行きなさい。あとお昼しか外には出ない事。ちゃんと扉を閉める事」

 困る事といえば、ミズキ達が居なくなってまたセージの世話をしてくれる人が居なくなった事もある。

 お金に少し余裕があるから、セージが料理を出来なくても外でご飯を食べて来れるのだけが救い。

 

 なんとか改善したい事だけど、あたしが沢山稼げば良いだけだし、いつかセージも大人になって働くようになるのだからそれまでの辛抱だ。

 

 

「うん。気を付けてね、お姉ちゃん」

「当たり前よ。絶対に帰ってくるから。今のは本当にもしもの時だけ」

 セージの頭を撫でて、あたしは狩猟の準備をする。

 

「……ちょっと大きくなった?」

「何がー?」

「なんでもないわ」

 日々のちょっと嬉しい事と悩み。

 

 

 そしてひょんな事から、あたしの日々は少し変化していく事になるのだった。

 

 

 

 古代林。

 

「───はぁぁ……!!」

 太刀を横に薙ぎ払って、目の前のジャギィを三匹切り飛ばす。

 一匹は絶命して、残りの二匹は太刀に含まれる毒で血反吐を吐きながらのたうち回った。

 

 

「……人を襲うってのはこういう事よ。分かったら───ったく!」

 背後から迫ってくる小さな影。

 

 飛び込んできたジャギィを切り飛ばすと、あたしには勝てないと悟ったのか周りのジャギィ達は倒れている仲間を置いて逃げていく。

 

 

「……は、薄情な奴等ね」

 毒で苦しんでいる二匹に、あたしはゆっくりと太刀を向けた。

 

 

「別にあんたに恨みがある訳じゃないけど、あんたを助ける理由もあたしにはないわ」

 どのみちこのジャギィは毒で死ぬ。

 

 紫毒姫。

 彼女の持つ毒は知られている中でも非常に強力な毒だ。小型モンスターはその毒だけでも、数刻と生きていられない。

 

 

「運が悪かったわね」

 それはあたしも同じだ。

 

 

 生き物は自分が生きる為に動く。

 黒炎王と紫毒姫があたしのパパとママを殺したように、あたしが子持ちの紫毒姫を殺したように。

 

 恨んだり憎んだり。

 その気持ちも分かるけれど、それでも()()()()()()()は自分が生きる為に相手を殺すのを間違いだと思ってはいけない。

 

 

「あんたもあたしも、運が悪かったのよ」

 そう言って、あたしはジャギィの首を切り落とした。

 

 勿論これはあたしの答え。

 彼女や彼は、もっと違う答えを出しているのかもしれない。けれど、あたしの答えはこうだと胸を張る。

 

 

 そうしないと、あたしが殺した紫毒姫に申し訳がない。

 

 

 自分の武器と防具を少し眺めて、あたしは辺りを見渡した。

 

 

「居ないわね、黒炎王」

 黒炎王が現れたと聞いて古代林にやってきたのは良いのだけど、その姿も影も見付からない。

 何か気が付いた事があるとすれば、普段よりモンスターの数が多いという事。今だって普段見掛けない場所でジャギィ達に襲われた訳で。

 

「いや、こんな時あの二人だったらこう考えるのかしら。……黒炎王が現れたから、ジャギィ達が変な場所に居るのかも───なんてね」

 あの二人はあたしの人生に大きな影響を与えたのだと思う。

 

 そもそもあの二人が居なかったら、あたし達はどうなっていたのか分からない。

 

 

「ミズキ達は何してるんだか……」

 それが今洞窟に閉じ込められているとか意味の分からない事になっているのだから、人生分からない物だ。

 

 

「……そういえば、あの人は今どうなってるのよ」

 二人の事を思い出した()()()に、あたしは二人の───というかアランの旧友の事を思い出す。

 

 

 カルラ・ディートリヒ。

 確かベルナのギルドナイトの一人だった筈だけど、今は姿を眩ませているのか村でも見掛けない。

 ミズキ達曰く、改心したのかなんなのか、出会っても優しくしてほしいだのなんだのって話だけど。

 

 

「……そもそも会わないわよ」

 あたしには殆ど関係ない話だ。

 

 

 

「───会わない、わよ。普通」

「……君は確か」

 少し歩いて。

 

 噂をすれば───というか、独り言の筈だったのに。

 

 

「あんた……確か、カルラとか……なんとか」

「アザミちゃん、だったかな」

 桜色の火竜。

 

 リオレイア亜種の姿を見付けて、あたしは一瞬紫毒姫の姿が脳裏に浮かんで太刀を構える。

 しかし、そんな私とリオレイア亜種の間に立った一人の男は「攻撃しないでくれ。このリオレイアは人を襲わない」なんて意味の分からない言葉を口にした。

 

 

 私が何も知らなければ、正気かコイツはと無理矢理にでもリオレイアと男を引き離していただろう。

 

 

 しかしそのリオレイアが本当に人を襲わない事を───少なくともその男が襲われない事を、私は知っていた。

 

 

 

「な、なんであんたがこんな所に居るのよ。殺したいモンスターでも居る訳?」

「僕はもう、モンスターを憎んだり殺したりしない」

 そう言う男───カルラは右手で首元にぶら下がった()()()を握る。

 

 最後に見た時とは少し雰囲気が違うように思った。

 あたしが彼に最後に会ったはこの古代林だけど、その時までは前までのあたしと同じ目をしていたのに、今は違うように見える。

 何か吹っ切れたような───だけど、どこかでまだ迷っている。

 

 いつかの()()と同じ目。

 

 

「……あ、そ。左腕、どうしたの? そのリオレイアと喧嘩でもした訳?」

 変わったのは雰囲気だけじゃなくて、左腕の肩から先が見当たらなかった。

 確か手紙だとアランは右腕を失ったのだとか。

 

 揃いも揃って大喧嘩して、大怪我して。本当にバカ。

 

 

 

「……これは、サクラじゃない。僕の……僕達の大切なオトモンが助けてくれた証だ」

「訳わかんないわよ」

 全く事情も知らない人間に適当な返事されても困るわよ。いや、別に知らないしあたしには関係ないのだけど。

 

 

「最初の質問に戻るわ。……なんであんたがここに居る訳? 何を企んでるの?」

 この男の事をあたしは好きじゃない。

 

 確かにあの時、この男に命を救われたのは事実だけれど、この男はあたしを試すような真似をして、セージを危険な目に合わせている。

 許せない訳ではないけれど、それじゃこの男が信用出来るのか、この男に心を許せるのかと言われると話は別だ。

 

 

「黒炎王の事を、君は覚えているかな?」

「覚えているもなにも、忘れる訳がないじゃない。そもそも私がここに居る目的そのものが、その黒炎王よ」

「……なるほど、君は黒炎王を殺しにきたのか」

「……半々って所ね。私は調査のつもりだけど」

 もし本当に黒炎王が古代林に居たとして、黒炎王と目があったとして。

 

 

 黒炎王があたしの事をどう思うかなんて、あたしには分からない。

 

 最愛の奥さんを殺した敵か。

 そんな事を覚えていたり考えていなくても、黒炎王にとってあたしは自分を殺しにきた敵か、自分に食べられにきた敵かのどちらかでしかない。

 

 それはあたしにとっても同じ事で。

 あたしが無理だと思って逃げない限り、あたしは黒炎王を殺すのだと思う。それがあたしの()()だから。

 

 

「黒炎王は危険なモンスターよ。あたしの両親の仇だとか、そんな事は関係ない。……あたしはハンターとして、必要なら黒炎王の命と向き合う。それだけよ。それがあたしの答───」

「やめて欲しい」

「は?」

 あたしの言葉を遮って、カルラはそんな言葉を口にした。あたしは意味が分からなくて「なんで」と聞き返す。

 

 

「あんた、黒炎王を殺せって……あたしにそう言った事を忘れたの?」

「あの時の事は謝るよ。……すまなかった」

 いつかの高圧的な態度は何処にいったのか。

 

 まるで萎れた花のように、カルラの瞳は下を向いたままだった。

 

 

「だけどお願いだ。……黒炎王を殺さないでくれ」

「……はぁ。場所を変えましょ」

 私はそう言って、彼の手を引いて歩く。

 後ろから歩いて着いてくるリオレイア亜種のせいで妙な緊張感を感じた。普通に着いてくるの怖いわ。

 

 

「───で? なんで黒炎王を殺して欲しくない訳?」

 古代林の奥。

 少し前にこの辺りを縄張りにしていたディノバルドというモンスターを討伐したのだけど、この場所ならおそらく今は何もいない筈。

 そう思ってこの場所にカルラとリオレイア亜種を連れて来た訳だけど、リオレイア亜種はなんだか落ち着かない様子で辺りを見渡している。ディノバルドの匂いでも残っているのかしら。

 

 

「……うん。僕は償いがしたいんだよ」

「意味が分からないわ。帰って良い?」

「話を聞いてくれ」

「嫌よ……」

 なんで知り合いの知り合いに突然懺悔を聞かされないといけないのよ。なんの罰ゲーム。

 

「僕は世界を恨んでいた……。復讐に囚われて大切な事が見えてなかったんだ」

「嫌って言ったのに───ん、続けて」

 俯いたまま話すカルラの言葉を聞いて、あたしは少しだけ彼の話を聞いてあげる事にした。

 

 思えばこの男はあたしと同じだったんだと思う。

 大切な人をモンスターに奪われて、あたしもアランも───このカルラも。皆同じで、復讐に囚われて、大切な事が見えなくなっていた。

 

 

「僕は本当は、モンスターが大好きなんだ。モンスターと共に生きたいと思っている。……けれど、僕にはそんな資格なんてない」

 あの時のアランは吹っ切れたようでいて、まだ怒隻慧というモンスターの事が頭から離れていなかったんだと思う。

 今のカルラは、あの時のアランと同じ表情をしていた。

 

「……だからせめて、不当に討伐されるモンスターを守りたいんだよ。黒炎王を殺さないでくれ」

「不当、ねぇ」

 悩んでいる。

 悩んでいるけど、その瞳は真っ直ぐだ。眩しいくらい。あたしにはない物を持っているアイツくらい。

 

 

「なんで不当なのよ。黒炎王は危険なモンスターだって、あたしが一番良く知ってるけど、あんたも分かってる筈よ」

 黒炎王を恨んではいない。

 あたしは復讐よりも大切な物を見付けられたし、モンスターが人を殺すのも人がモンスターを殺すのも()()()()()()だというのが私の答え。

 だからあたしは必要なら黒炎王を討伐する。必要だと思ったから、あたしは此処にいた。

 

 それを不当だと言われる理由があたしには分からない。

 

 

「黒炎王はここの生態系が崩れる前は、もっと森の奥で隠れて過ごしていたんだ。けれど、ここ最近この付近を縄張りにしていたモンスターがハンターに討伐され、古代林の生態系は崩れ掛けている」

「……な、なんの話よ。この付近を縄張りにしていたモンスターって───」

 言いかけて、リオレイア亜種が突然首を持ち上げた先に視線が釘付けになる。

 

 

「───それじゃ、あたしがアイツを此処に呼んだってこと?」

「あたしが? もしかして、ディノバルドを討伐したのは君か」

 カルラがそう言った瞬間、リオレイア亜種の視線の先に居た()()()が咆哮を上げた。

 

 黒ずんだ赤い甲殻。

 通常の個体よりも二回りは大きな体躯。

 

 

 忘れる訳が無い───忘れられる訳が無い。

 

 

 黒炎王リオレウス。

 あたしの運命を大きく変えた一匹のモンスターが、空から大地を抉るようにしてあたし達の前に降り立つ。

 

 

「……そうよ。ギルドからのクエストで、危険なモンスターだから、討伐して欲しいって頼まれて」

「危険だから討伐すれば良い訳じゃない。危険ゆえに生態系のバランスを維持している存在だっているんだ。……君が倒したディノバルドはこの辺りの主だった。その主が居なくなった今、森の奥で力を蓄えていたモンスター達が活発になっている」

 その一匹が、この黒炎王リオレウスだと───カルラはそう言った。

 

 

 ここに来て直ぐにジャギィ達に襲われたり、普段居ない筈の場所にモンスターが居たり。

 全部そういう事だっていうなら、あたしが悪い事になる。最悪な気分だ。

 

 

「……あたしが悪いって訳」

「そうは言っていない。黒炎王はここの新しい主になるつもりだ。それで特に問題はない。だから、黒炎王を殺さないで欲しい」

「それで、あたしは黙って黒炎王に殺されろって? 冗談じゃないわよ!!」

 黒炎王が頭を持ち上げたのを確認して、あたしはカルラの手を掴んで横に飛ぶ。

 そうしなければブレスに焼かれて灰になる所だと思ったから。けれど、あたし達が居た場所にブレスは届かなかった。

 

 

「リオレイア亜種が……」

 私達の前に立ったリオレイア亜種が、その身を挺して黒炎王のブレスからあたし達を守る。

 飛び退いたのが無駄になったけれど、あたしはそのおかげでブレスの余波すら貰う事はなかった。

 

 

「……殺されるつもりはない。いや、きっとそんな事は許されない」

「なんなのよあんた……。で、どうするつもりな訳?」

「黒炎王を殺さないでくれという僕の願いを聞いてくれる気なのか?」

「そうよ」

 あたしがそう言うとカルラは目を見開いて少しの間固まる。

 そんな事をしていたらまた黒炎王に攻撃されかねない。あたしはカルラの手を引いて、彼を無理矢理立たせた。

 

 

「……今回の事は少なからずあたしが未熟なのが原因よ。だから、不本意だけどあんたに頼る事にするわ」

 もし此処で黒炎王を倒しても、カルラが言う事が本当ならまた厄介なモンスターが古代林に集まってくる事になる。

 

 そうなればあたしの仕事はまた増えるに違いない。そんなのはごめんよ。

 

 

「あんたの手に乗ってあげる」

「……君は変わったね」

「あんた程じゃない。……来るわよ!!」

 リオレイア亜種に人間二人。

 異様な組み合わせに警戒していた───もしくは昔の事を思い出していた黒炎王は、決意でも固めるように古代林全体に聴こえる程の咆哮を上げた。

 

 決着を───なんて思わない。

 あんたがあたしの事をどう思っていようと、あたしの答えは変わらないから。

 

 

「サクラ! 空中戦は不利だ、飛ぶなよ!」

「で、どうするつもり?」

 黒炎王の側面に回り込んで、リオレイア亜種と挟み込むように動く。

 黒炎王はどちらを警戒するべきか悩んでいるのか、あたし達とリオレイア亜種を交互に見るように首を横に振っていた。

 

 

「出来る限り黒炎王を弱らせて、僕達は逃げる。追ってこれないようにすれば良い」

「つまりいつもとやる事は変わらないって事じゃない。手加減出来るかどうかは知らないわよ! アイツのお嫁さん、凄い毒持ってたんだから!」

 そう言いながら太刀に手を向け、あたしは地面を蹴って強く踏み込む。

 

 黒炎王が隙を見せた一瞬。

 あたしはその懐に入り込んで、黒炎王の対だった竜───紫毒姫の素材で作った太刀を振り上げた。

 

 

 刃の切っ先が鮮血を散らす。

 黒炎王の片足を切り裂いた刃には紫毒姫特有の毒が循環していて、その毒はジャギィのような小型モンスターなら一撃でも毒だけで致命傷を与えられる猛毒だ。

 

 いかな黒炎王といえど、この毒が回れば動きは鈍る筈。そこで退散すれば良い。

 

 

「やりにくいわね……!」

 足を切られて悲鳴を上げ、体勢を崩す黒炎王の足に更に斬撃を叩き込む。

 

 殺さないでくれ。

 そんな言葉が頭をチラついて、少し余裕を持ってあたしは太刀の刃を返して切り下がった。

 

 

 あたしを睨む黒炎王。

 その瞳に映る自分の装備を見て、少しだけ太刀を強く握る。

 

 

「あたしが憎い?」

 あたしはもうあんたを憎んでない。

 けれどそれはあたしの答えであって、黒炎王からしたらそれこそ関係のない事だ。

 

 もしかしたら───そんな事を思って、少しだけ反応が遅れる。

 

 

「アザミ!!」

 身体が宙に浮いた。

 

 それと同時に、目の前でカルラの身体が地面を転がっていく。

 身体を回転させて尻尾を振り回す黒炎王。あたしはそんな攻撃への反応が遅れたけれど、カルラがあたしを庇って代わりに尻尾に突き飛ばされていた。

 

 

「ちょ、リオレイア───じゃないサクラ! あんた黒炎王を少し止めて!!」

 地面を転がって倒れるカルラに向けて、空気を吸ってから頭を持ち上げる黒炎王。

 そんな黒炎王にリオレイア亜種───サクラが突進して攻撃を防ぐのを確認しながら、あたしは倒れたカルラの元に走る。

 

 

「あんたバカなの!? なんであたしのミスを庇ってんのよ!!」

「……元々僕の我が儘が原因だ。君を巻き込んだ」

 身体を押さえながら起き上がるカルラ。そして彼は、一本しかない腕で背中の太刀に手を伸ばした。

 

「……これは僕の償いなんだ。僕の事は気にしないでく───」

 あたしはせっかく立ち上がったカルラの顔を殴り飛ばす。カルラは頬を押さえながら「え」と間抜けな声を出して信じられないような物を見る目であたしを見上げていた。失礼な。

 

 

「なにが僕の償いよ、何が巻き込んだよ。これはあんただけの問題じゃない、あんたと、あたしと、あのリオレイアと……黒炎王と、あんたとあたしの大切な人達も関係してる問題でしょ!」

 あたしはこの男の目を知っている。

 

 

 それは吹っ切れたように振る舞って、自分の気持ちの整理も出来ていないような奴とは少し違う目だという事に気が付いた。

 

 

 間違えた自分が嫌で、その間違いを取り戻そうとして何も見えなくなっていたバカな女と同じ目。

 コイツとあたしは似てる。

 

 今も昔も、コイツはずっと何も見えてない。

 

 

 

「あんたには大切なものがあるでしょ! それをちゃんと見なさい!!」

 あたしはそう言って、黒炎王を必死に押さえ付けようとするリオレイア亜種───サクラを指さした。

 

 カルラが償いをしたいと言った時の事を思い出す。

 けれどそれ以前に彼はこう言った。モンスターが大好きだと、モンスターと共に生きたいと。

 

 

「僕は……」

「あんたは誰に許されたいのよ。大喧嘩した友達? 違うでしょ? 散々お節介掛けて利用しようとしたあたし? 違うでしょ!! あんたの一番大切な物をちゃんと見なさいよ。あんたが守るべき物は何? あたしじゃないでしょ? あそこに居るリオレイアと、あんたが仲良くしたい、大好きなモンスター達じゃないの!?」

 ぶん殴って倒したカルラの首元を掴んで持ち上げる。左手の分か、彼の身体は少し軽かった。

 

 いや、多分そうじゃない。

 

 

「もっと()()を大事にしなさい! あと、助けてくれてありがと!!」

「……た、助けたのに殴られてるけどね」

「黙りなさい。反撃行くわよ」

 あたしも今ので少しスッキリしたのは少し内緒。

 

 

 確かに黒炎王はあたしを恨んでいるかもしれない。けれど、それと黒炎王を殺す殺さないは別の話。それで良いのよね。

 

 

「あんたとサクラで隙を作って。あたしが一撃大きいのを入れるわ。手伝いなさい」

「……分かった。けれど、黒炎王は───」

「知らないわよ。手加減はするけど、それで黒炎王が死ぬか死なないかなんて出来る程あたしは強くない。けど、気持ちの整理は付いてる」

 あたしがそう言うと、カルラは太刀を構えて地面を蹴る。

 迷いのない瞳は、また違う誰かの目に似ていた。

 

 

「……やるじゃない」

 カルラとサクラの連携は目を見張る程で、あの黒炎王を圧倒しているようにも見える。

 

 これがモンスター絆を結んだ、ライダーという存在の力。

 そして同時に、あたしはカルラの太刀捌きにある決意をしながら約束の隙を伺っていた。

 

 

「───今だ!! アザミ!!」

「───言われなくても!!」

 カルラとサクラの攻撃で、黒炎王が地面に横たわる。あたしは地面を蹴って、ついでにサクラの翼を踏んで()()()()みたいに少し高く跳んだ。

 

 

 空から太刀を振り下ろす。

 斬撃は黒炎王の身体を切り裂いて、紫毒姫の猛毒をその身体に叩き込んだ。

 

 

 

「……あたしの勝ちよ」

 全身に毒が周り、戦いでの疲労もあって動けなくなった黒炎王の首に太刀を向ける。

 

 

 この竜はあたしの両親を殺した。

 そうでなくても、この竜は危険で、この先誰かを殺すかもしれない。それは、あたしかもしれない。

 

 

 

「アザミ……」

「うん。分かってるわ。殺さないわよ」

 だけどあたしは、その()()を出して太刀を下す。

 もしかしたら、カルラが居なくてもあたしはこの竜を殺さなかったかもしれない。

 

 

「あたしは自分の信じるハンターとして、モンスターの命と向き合うって決めたの。それがたとえあたしの大切な人達と違う答えだとしてもね」

「ならば、なぜ黒炎王を殺さない?」

 あの時とは違う目で、彼は私にそう問い掛けた。

 

 けれど、あたしの答えは変わらない。

 

 

「大切な物が見えてるからよ。今あたしにとって大切なのは、たった一人の家族と、あたしを救ってくれた仲間達。……あんたもね、その一人なんだから」

「アザミ……」

「ちゃんとお礼、言ってなかったわよね。……あの時、あんたの企みなんて関係なく、ミズキとセージを連れて来てくれてありがとう。あたしはあんたに救われてる。……だから今度は、あたしがあんたを救ってあげる」

 あたしはそう言って、カルラの手を引っ張る。

 

 

 誰かに許して欲しいなら、あたしが許してあげる。

 

 

 大切な物が見えてないなら、あたしが教えてあげる。

 

 

 だから、そんな目をしないで。

 そんな目をしていても辛いだけだって、あたしは知ってるから。

 

 

 

 

「───食器を洗ったら次は洗濯よ」

「な、何故僕がこんな事を」

「お兄さん僕も食べ終わったからコレも洗ってー!」

 数日後。

 カルラはあたしの家でお皿を洗っていた。片腕がないとか関係ない。

 

「こんな事を? 他人に衣食住の世話をしてもらってるのに、こんな事もできないのかしら? それとも、セージが船に乗ったままなのに船が火事になってもセージを助けてくれなかった事への謝罪の気持ちがまったくないと?」

「謹んで皿を洗わせて頂きます」

「それで良いのよ」

 あたしの言葉に素直に皿を洗うカルラ。

 

 あの日以降、カルラは私の家に住んでいる。

 衣食住の全部はあたしが稼ぐ代わりに、カルラには家事とセージの面倒を頼む事にしていた。

 

 

「……初めからこの為に僕を家に招きいれたな」

「その通りよ」

 いや別に奴隷が欲しかった訳じゃないけど。

 

 きっとあのままでいたら、彼は何処かで独りで死んでしまいそうだったから。

 

 

「ねーねー、これが終わったら、また僕に太刀を教えてよ!」

「分かったよ。今日こそサクラに一度は当てられると良いね」

 ───そして、あたしの本当の目的はコレ。

 

 

 カルラはあたしと同じ太刀使い。

 モンスターへの復讐の為にギルドナイトまでやっていた訳で、実力はあたしより遥かに高く、セージに教えるのも上手に見える。

 

 彼のオトモンであるサクラは、村から少し離れた所に居て、近々あたし達はそこに家を建てるつもりだ。

 

 モンスターライダーとして生きる。

 アランと同じ道を歩こうとしている彼を、あたしは応援したい。だからといって、あたしの答えが変わる訳じゃないけれど。

 

 あたしは、もしまた黒炎王がギルドによって危険だと判断されたら討伐するつもりだ。

 その時もしかしたらカルラに助言を貰うかもしれないけれど。

 

 

 あたしはあたしで、ハンターとして生きる。

 

 

 モンスターと共に生きようとするカルラやアランとも違うし、モンスターの命に寄り添って生きるミズキとも違うけれど。

 あたしはあたしで、いのちと向き合って生きるんだと決めたから。あの時から答えは変わってない。

 

 

 

「さて、それじゃあたしはまたクエストに行ってくるわ」

「そうか、気を付けて」

「セージを宜しくね」

「ねーねー、お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 私とカルラの手を引っ張るセージ。あたし達は少し屈んで、大切な家族の言葉に耳を傾けた。

 

 

「二人はいつミズキお姉ちゃん達みたいに結婚するの?」

「なんでそうなるのよ!!」

「そうだ。僕はこんな優しくない女性は好みじゃない。そしてアランよりロリコン扱いされるのは困る」

「なんですって!? もう一回言ってみなさい!! あんたの晩飯とサクラの晩飯を一週間取り替えるわよ!!」

「鬼か!?」

 この男が───カルラがあたしの大切な人の一人になるのは、また未来での別の話。

 

 

 

 

 

 

 拝啓

 あの手紙の返事として元気にしてるかなんて聞くのはおかしいわよね、

 

 あたしとセージは元気。あと一人、ほっとけない奴が行き倒れそうになってたから拾って家で飼ってるわ。今度会う時は連れていくから。

 

 あたしは大丈夫だから、今はあんたが大変だろうし、自分の事を考えなさい。

 この手紙が届く時には事は解決してると思うけど。

 

 

 絶対に下らない所で死なないで。

 

 こんな事書くの恥ずかしいから嫌だけど。

 

 あんた達は、あたしにとって本当に大切な人なんだから。

 

 

 また会える日を楽しみにしてるわ。

 

 

 アザミより




ゲームだと紫毒姫の太刀はありません。そんなの知らん!


遅くなりました、後日談五話目です。
今回はちょっと話を変えて本作五章のメインキャラであるアザミとカルラのお話。二人のこれからについて書きました。幸せにってくれ。

そんな訳で(そんな訳で?)、実はこの作品を投稿してから5年という月日が経ったらしいです。後日談は8話だけって決めてるのにその8話を書くのにかなり時間が掛かっている。他の作品にばかり手をつけ過ぎですね……。
色々落ち着いてきたので、ぼちぼち後日談も終わらせていこうと思います。あと3話だけですが、お付き合いくださいませ。


ここ数ヶ月で描いたイラストを置いて起きます。それではまた!

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