モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
劫火が地面を焼く。
放たれた火炎。
私はムツキに助けられて、なんとかそれを回避する事ができた。
だけど、ブレスを撃たれるまで私はともかくムツキが匂いでモンスターの接近に気が付かなかったなんておかしい。
それよりも───
「……ミカヅキ」
視界に映る蒼。その竜は、地面に降り立って私達を睨む。
片翼だけが異様な大きさの蒼火竜───リオレウス。
そんな特徴的な姿を見間違える訳がない。隻翼。私の目の前にいるのは、私達がずっと探していたミカヅキだった。
「な、なんでニャ!?」
「そうか、風向き……」
ふと風が吹いて、私は今朝の事を思い出す。
今朝到着予定だった船は、追い風に吹かれて予定よりも早く到着した。
船着場があるのは島の南で、北にはモガの森。
海から着た北風がモガの森の方まで来ているから、匂いが風に流されてミカヅキの匂いに気が付かなかったのかもしれない。
「ヴォァァァ……」
「怒ってるの? どうして」
ミカヅキは私を見て、口から炎を漏らしながら翼を広げる。
アランのオトモン。
私も彼とは少しの間だけど繋がれた仲だった筈。だけど、今のミカヅキからは殺意のようなものしか感じられなかった。
「ヴォゥァァアアア!!」
口を開くミカヅキ。私達は反射的に身体をひっくり返して走る。
刹那、劫火が私達の背後を焼いた。もう少し反応が遅れていたら、その炎に焼かれていたと思うと冷や汗が止まらない。
「な、なんでこんな時にミカヅキが出て来るニャ!?」
「とにかく逃げよう。確かこの近くに───」
今自分がいる場所を頭の中の地図と照らし合わせて、私は丁度いい隠れ場所を思い出す。
「───ムツキ、こっちに!」
モガの森は文字通り私の庭みたいなものだ。私はムツキの手を引いて、近くの岩場まで走る。
そこには人が屈んでギリギリ通れるだけの小さな隙間があった。その奥は小さな洞窟になっている。
滑り込むようにしてその隙間に潜り込むと、再び背後で爆炎が上がった。
「し、死ぬかと思ったニャ」
「そうだね……っ」
「ニャ!? ミズキ!?」
走って息が上がったからか、小さな洞窟の中で私は吐いてしまう。ムツキが心配して私の背中を叩いてくれた。
困った、体力が落ちているのかもしれない。
「大丈夫かなニャ?」
「う、うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね。……それより、どうしようか」
ミカヅキはまだ私達を諦めていないのか、ムツキが匂いを感じる範囲内に止まっているらしい。
どうにかしてアラン達と合流しないと、ここを脱出する事も難しいと思う。それに、モモナの事も心配だ。
「んニャ? この匂い」
私が頭を抱えていると、ムツキが鼻をひくつかせて辺りを見渡し始める。
どうも体調が悪いらしいから、これ以上の問題は避けたい所だけど。
「───ミャ、ムツキ!? ミズキ!?」
しかし、ふと聞こえてきたのは聞き覚えのあるそんな声だった。桃色の、少し土で汚れた毛並みが視界に入ってくる。
「モモナ!」
「ミズキぃぃ!」
そこにいたのは、間違いなく私達が探していたモモナだった。涙でぐちゃぐちゃになった顔をしたモモナが、泣きながら私に抱きついて来る。
「うミャぁぁぁ! 怖かったミャぁぁ! いきなりリオレウスに襲われて、なんとかここまで逃げてきたけど外に出るのも怖くてミャぁぁ。ふぎゃぁぁぁ!」
「一人でモガの森に入ったりするからだニャ」
どうやらモモナもミカヅキから逃げてここに来たらしい。そんなモモナの頭をムツキは半目で叩いた。
「ンミャ、ムツキ……。その、ごめんミャ……私───」
「無事で良かったニャ。……ミミナも村の皆も心配してる。とっとと帰るニャ」
そっぽを向いてそう言うムツキ。
厳しいけれど、本当は優しい。モモナはきっと、そんなムツキだから好きになったんだと思う。
「モモナ、怪我は大丈夫?」
「ミャ、大丈夫ミャ! ミズキこそ、さっきゲロ吐いてたけど大丈夫ミャ?」
「お前もう少し言い方があるだろニャ」
「あ、あはは。大丈夫だよ。……ただ、私一人でミカヅキをなんとか───っ」
言ったそばから気持ち悪くなって、私はまた嘔吐を漏らしてしまった。二人に心配させてしまう。
今は私が頑張らないといけないのに。
「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと気持ち悪くなっちゃっただけ」
両手を振りながらそう言って、私はこの後どうするべきかを考えた。
私が囮になれば二人だけでも安全な場所まで避難させる事は出来るかもしれないけど、今の私にミカヅキを振り切れる体力があるのか自分でも分からない。
やっぱりアラン達の助けを待つのが良いのかもしれないけど、どうしても気になる事が一つだけある。
「……どうしてミカヅキは私達を追いかけてきたんだろう」
これまで、私達はずっとミカヅキを探してきたけどその姿を見ることすらなかった。
それなのに、突然現れて私達を追いかけてくる。何か理由がなければおかしい。
「私が可愛すぎて追いかけてきちゃったんだミャ?」
「どっからその自信が湧いてくるんだニャ」
「ミャ!?」
「なるほど」
「なんで納得しかけてるニャ!?」
「いや、ちょっと思い出したんだよね」
ムツキやモモナの恋路の話で思い出したのが、この島にいたリオレイアの事だった。
もしミカヅキがあのリオレイアと仲良くなっていたら、二匹の間に子供が出来ていてもおかしくないと思う。
子育て中の火竜は、雄が縄張りを守って雌が子供に餌を与えるものだとアランが言っていた。
縄張りを守る為に、という理由があるならミカヅキが私達を追いかけて来る理由もなんとなく分かる。
「───この近くに、火竜の巣がある」
再び私は頭の中で地図を広げた。ここは島の中心辺り。少し北に進めば丘があって、以前リオレイアを見付けたのもその場所だった筈。
「それって、私達が卵泥棒だと思われてるって事かミャ?」
「そうかもしれない。今のミカヅキにとって、私達は逃す訳にはいかない存在。だから、どれだけ逃げても追いかけてくると思う」
そうなると、村に戻るのは危険かもしれない。ミカヅキが追いかけてきたら、村にミカヅキを連れて行く事になる。
「それは困るニャ」
「私、もう村に戻れないって事かニャ!?」
震えて、泣き出してしまうモモナ。蹲って「私がモガの森に入ったせいで」と落ち込む彼女を、ムツキは無言で背中を撫でて励ましていた。
ムツキはやっぱり優しいなって思う。
「……私には、ミカヅキを狩る以外の答えが見つからない」
「ニャ、それは───」
「分かってるよ。それだけはしない。アランに嫌われたくないもん」
ミカヅキはアランの大切なオトモンだ。そのミカヅキを殺す事なんて出来ないし、そもそもよしんばそうするしかなくなったとしても今の私に勝ち目がある相手でもない。
「だから、アランを待つ。きっとアランなら、私に答えをくれるから」
昔のアランだったら、迷って自分が進みたくない道に進んでいたかもしれない。
だけど今のアランなら、きっと迷わずに彼が進むべき道を歩いてくれる。
「でも、それはつまりアランが来るまで何も出来ないって事かミャ?」
「大丈夫、アラン達なら直ぐに駆け付けてくれるから。ここなら安全───」
そう言いかけたのも束の間、洞窟の外から轟音が響いた。ミカヅキのブレス、それに直ぐ後に壁に突進でもされたのか洞窟が大きく揺れる。
「───安全、かなぁ!?」
自分で言っておいて不安になってしまった。そして、嫌な予感は直ぐに的中する事になる。
「ニャ!? ミズキ、入口が!!」
人が入れるギリギリの大きさの入り口。それが、音を立てて崩れていった。
「「「と、閉じ込められた……」」」
唖然とする。
外から聞こえていたミカヅキの声は、満足げな鳴き声と一緒に聞こえなくなった。私達が生き埋めになって、諦めてくれたのは嬉しい誤算かもしれない。
だけど、そもそも脱出するのが難しくなってしまったら意味がない。
「ギミャァァァァ!! こんな所で死ぬなんて嫌ミャァァ!!」
「やかましいニャ! そもそもお前のせいだからニャ!?」
「うーん」
「ミズキ、どうするニャ?」
「私達、死んだね」
「状況が酷過ぎて逆に冷静にならないで欲しいニャ!!」
自分でも不思議なくらい冷静なのは、ムツキの言う通り考える限り最悪な展開になってしまったからだと思う。
私は少しだけ頭を抱えてから、状況の整理のために洞窟の中を一周した。
洞窟の出入り口は今なくなった一つだけ。
食料は携帯食料が少し。
最低最悪な状態な気がするけど、本当の意味で一筋の光が洞窟の中に差し込む。
崩れた洞窟の入り口。その瓦礫の隙間から外の光が入ってきた。
「───ミズキ!! いるのか!!」
アランの声。
洞窟の外に、アランがいる。
「アラン! いるよ、ここに私とムツキとモモナもいる!」
アランが私達を見付けてくれた。それだけで、最悪だった気分も直ぐに晴れてしまう。
彼の声を聞いただけで、私はどこか安心してしまえるんだ。
「モモナを見付けてたのか。お前達怪我は?」
「大丈夫!」
「ミズキが吐いたニャ!」
「ちょ、ムツキ! アランが心配しちゃう」
「ミズキ、無理をしたら許さないぞ」
凄く怒ってる。怖い。
私達はアランにミカヅキの事と現状を話して、洞窟の出入り口がどうなっているのか確認する事にした。
洞窟の中は広くて、簡単に潰れたりはしないと思うけれど出入り口は殆ど埋まってしまっている。
だけど、隙間を這っていくとムツキとモモナだけなら通り抜けられる事が分かった。
「大丈夫、通り抜けられそうだよ」
アダムさんが一度外から中に入ってきて、出入り口の安全を確認してくれる。これで、二人だけはなんとか村に戻る事が出来そうだ。
「ミズキをこんな所に置いていくなんて絶対に嫌だニャ!」
「そうミャ。元はと言えば私のせいでこんな事になったのにミャ……」
「大丈夫だよ、二人とも」
洞窟を出て村に帰る事を拒む二人抱き締める。少し寂しいけれど、二人には戻って村の皆を安心させてほしいかった。
「大丈夫。私は大丈夫だから。ここで一人で死ぬ訳じゃない。ちょっとの間、私はここで暮らすだけ」
アイルーくらいの大きさなら崩れた入口を通る事が出来る。
それはつまり、間接的にとはいえ洞窟の中と外が繋がっているという事だ。
「ムツキ達には、私の所にご飯なんかを運んで欲しいの。だから、私がここから出られるようになるまで私を助けて欲しい」
だから、私は死なない。こんな所で、死ねない。
「ピッケルなんかを使って、出入り口を少しずつ広げていく。ミズキ、それまで耐えられるな?」
「うん、大丈夫だよ」
アランの顔が見たい。けど、それはわがままだよね。
「体調は?」
「……良くない、かな」
「お前がそういう事を我慢せずに言ったのは本当に偉いな。……全部俺がなんとかしてみせる。絶対にお前の事を助ける」
こんなに私の事を想ってくれてるのに、わがままはいけない。
だから私は、頭が痛いのも気持ちが悪いのも全部アランに伝える。私が助かる為に。
「ミズキ、絶対! 絶対私達が助けるミャ!」
「ボクは直ぐ戻ってくるニャ! とりあえず、欲しいもの言うニャ。全部ボクが持ってくるニャ!」
優しい二人が洞窟を出て、一人になった。
夜は寒い。暖かい防具で良かったと思う。
ムツキに布団を持ってきて欲しいけど、流石に通れないよね。
「……大丈夫。大丈夫、だよね」
私はまだ死ねない。だから、大丈夫。
それから、三日が経った。
「この岩硬いニャ。タル爆弾で吹っ飛ばしたいニャ」
「また崩れちゃうよ……?」
日が登っている間、ムツキは必ず洞窟の中に入ってきてピッケルで洞窟の出入り口を広げてくれる。
洞窟の中は夜になると凄く寒いから、作業は昼間だけ。夜はムツキの体力を回復してもらう為に村に帰ってもらう事にしていた。
洞窟の出入り口を広げる作業はムツキしか出来ない。ムツキが体調を崩したら意味がないからね。
アランは、洞窟の外でミカヅキや付近のモンスターが来ないか監視してくれている。これも、ムツキを守るため。だけど、こうして毎日アランが近くにいてくれるのはなんだか嬉しい。
寂しい生活になると思っていたけど、案外そんな事はなかった。
モモナは無事に村に帰ってから、私の事で皆に沢山謝ったみたいです。
村の皆は優しいからモモナの事を責めたりはしないけど、モモナはこうなったのは自分のせいだとムツキと一緒に洞窟の出入り口を広げるのを手伝ってくれていた。
アダムさんは船に乗ってタンジアに帰ってしまったらしいけど、私達の手紙をタンジアギルドに渡してくれるらしい。
シノアさん達にこの事が伝わったら、何か良い方法が見つかると良いんだけど。
とにかく今はムツキ達に任せるしかない。
「良い報告と最悪だが良い報告があるんだが、どっちから聞きたい?」
「良い報告しかないのは嬉しいけど最悪なの?」
「最悪だな」
洞窟の外から聞こえてくるアランの声は、深刻そうに聞こえて明るい声に聞こえる。
あまり心配させないようにしてくれてるのは嬉しいけど、きっとアランも私の事を心配してくれてるよね。私も、アランに心配させないようにしなきゃ。
「えーと、とりあえず普通に良い報告からかな」
「よし、分かった。ミカヅキの事なんだが、やっぱりアイツとリオレイアの間に子供が出来ていた。今さっき、お前の予想通り近くの丘の上に巣を作っていたぞ」
一つ目の報告はミカヅキの事だった。
「森の生態系の異常は、ミカヅキやリオレイアが子育ての為に縄張りを少し広げたのが原因だな。……そうなると、子育てさえ終われば生態系も安定する筈だ」
やっぱりミカヅキは子供がいて、縄張りを守る為に私達を襲ったらしい。
アランによれば巣にはもう卵が置いてあって、時期に元気な子供が産まれるだろうとか。
新しい命。
そんな事を考えると、何故だか自分の事のように嬉しく思う。
「───だから、とにかく今はミカヅキ達に近寄らない事だな。俺もアイツの子育てを邪魔する気はない。アイツと俺がまた絆を結べるかは、その後でも遅くない」
これからの事を話すアラン。
ミカヅキも子育てが終わるまでは下手に動く事はないから、私達も大人しくしていればこの場所を攻撃されたりする事はないらしい。
またミカヅキに襲われるのが少し不安だったけど、アランがそう言うなら心配はなさそうだ。
「さて、もう一つの報告だが───」
そう言って、アランは少しの間静かになる。顔が見えないから、今アランがどんな表情をしているのか分からない。
「アラン?」
「ミズキ、もしかしたらお前のお腹の中に───俺達の子供がいるかもしれない」
続くアランの言葉。
彼の言葉に、私は口を押さえて固まってしまった。
自分のお腹を触る。
私の中に、アランと私の赤ちゃんがいるかもしれない。
アランと私の子供。新しい、命。
「ぇ、ほ、本当……?」
「いや、お前は体調が悪いなんて言っていただろ。どんな病気か分からないから色々と聞いて回ってたんだ。……そうしたら、妊娠してるかもって話になってな」
アランにしては珍しく歯切れの悪い言葉が漏れていた。多分、洞窟の外でアランは顔を真っ赤にしていると思う。これだけは、見なくても分かった。
そして私も、自分では分からないけど多分顔が真っ赤になってると思う。
「あ、アラン」
「ミズキ」
私達の子供だ。
ただ、それは確かに最悪だけど良い報告だと思う。
「この穴を広げるのに出産まで掛かるとは思えないが、時間が掛かれば掛かるほどお前と……子供の命が危なくなる。良いか、ミズキ。もし間に合わなければ───」
「絶対に嫌だよ」
アランの言いたい事がなんとなく分かって、私は彼が言い終わる前にその提案を断った。
彼の口から、そんな言葉は聞きたくないし。言わせたくもない。
「私、絶対にこの子を産む。私とアランの大切な子供だから」
「……そうか。勿論、俺もそのつもりだ」
それから少しの間だけ、私達は黙って同じ時間を過ごす。顔は見えないけど、今は直ぐそばにアランがいるだけで幸せだった。
ムツキがピッケルを振る音だけが、洞窟の中で木霊する。
「黙られるとボクが恥ずかしくなるからやめろニャ」
沈黙を破るムツキ。その言葉で私達は、こんな状況なのに盛大に笑った。
「ん、まぁ……おめでとうニャ。二人共」
「なんでムツキまで顔真っ赤なの?」
「ミズキの方が凄い真っ赤だからニャ!?」
「そうなのか」
「後でどのくらい赤かったか教えてやるニャ。いや、どうせお前も今真っ赤だろうけどニャ! そもそもお前達はまだ子供みたいなものなのに、子供が子供作ってどうするニャ! このアンポンタン! 変態! ロリコン!!」
ムツキの箍が外れてしまったのか、私達は恥ずかしい説教を沢山される事になる。それでも、ムツキは最後にはまた私達にお祝いの言葉をくれた。
いつもありがとう、ムツキ。
「そうだよ名前。名前決めなきゃ」
「話が早くないか?」
「大切な事だもん」
洞窟の中で自分のお腹を触りながら考える。
まだ全然実感が湧かないけど、私の中にもう一つ新しい命が芽生えているなんて思うと嬉しくて勝手に笑みが溢れた。
ミカヅキにも子供が出来て、私達にも子供が出来て。
こうしていのちは繋がっていく。その繋がりを絶やす訳にはいかないから、やっぱりどんなに辛い状態でも諦める訳にはいかない。
「名前、か」
「アランは何か良い案があるの?」
「俺はな、ミカヅキが産まれた日に月が三日月だったからなんて理由で名前を付けたような奴だぞ」
「あはは、別にいいと思うけどな。ミカヅキ、良い名前だと思う」
アランは私の言葉に苦笑した後「カルラよりはマシだがな」と、洞窟の外で笑った。
「アイツは桜色だったからサクラなんて安直な付け方をしていたからな。俺の方が確かにセンスがある」
「どっちもどっちだニャ」
ピッケルを叩く音と共に放たれたそんなムツキの言葉で、洞窟の外でアランが崩れ落ちる音が聞こえる。
なんだかんだ、アランやムツキがこうして側にいてくれるなら、こんな生活と苦じゃないのかもしれない。
「───って、うニャ!?」
そんな事を考えていると、ムツキの悲鳴と共に瓦礫が崩れる音が洞窟に響いた。
「ムツキ!」
穴を広げていたムツキが心配で大声を上げる。
「だ、大丈夫ニャ。……ただ、せっかく広げた穴がまた小さくなっちゃったニャ」
「前途多難、だね」
洞窟を広げる作業は思ったよりも危険で、難航しそうだった。
もし洞窟が完全に埋まってしまったら、私はもう死ぬしかない。
勿論作業をするムツキだって危険で、洞窟の出入り口を見張るアランもモンスターに襲われる可能性だってある。
またミカヅキが襲ってきたら、今度こそ───
そうして、一ヶ月が経った。
「私、ちょっと太ったかもしれない」
「お前はバカかニャ」
自分のお腹を触りながらそう言うと、ムツキがピッケルを振る手を止めて私を馬鹿にしてくる。酷い。
「……んみゃ、妊娠四ヶ月くらい」
そういうのは最近モモナと交代で私の面倒を見にきてくれるミミナだ。
妊娠四ヶ月。
少しだけ自覚が湧いてくる。
だけど問題は───
「掘っても掘っても、良い感じのところで崩れるニャ」
洞窟が潰れてしまうような事故はまだ起きていないけど、この一ヶ月は結局二歩進んで一歩戻るようなもどかしい作業が続いていた。
人間の子供は大体妊娠十ヶ月で産まれるらしい。
それまでには洞窟から出たいけど、先の見えない暗闇がいつしか怖くなってくる。
「そういえばミミナ、モモナとムツキはどんな感じなの?」
気を紛らわせる為に、私はミミナに村での二人の様子を聞く事にした。
ムツキは昼間はこうして洞窟でピッケルを振り続けてくれてるけれど、夜はしっかりと村で休んでいる。
今は私は村の事がなにも分からないから、ムツキが村で何をしているのか少し気になっていた。
「……最近は、ちょっと仲良いかも、みゃ」
視線を上にあげて、思い出しながらそう言うミミナ。
彼女によれば、疲れて帰ってきたムツキにご飯を用意したり世話をしたり。
一緒に洞窟に来る時はそれなりに仲良く話したりしているらしい。
ミミナからすれば、前に進んだ方だとか。
「そっかー、それは良かった」
「……でも私は、こうなった原因が私達にあるから、素直に喜べないみゃ」
俯いてそう言うミミナ。モモナも私の事を気にしてくれている。
「……大丈夫だよ」
私には今、何も出来ない。
だけど、信じる事は出来るから。
ここを出て、赤ちゃんを産んで。
ミカヅキも子育てをしっかりして、アランと再び絆を結んで。
そうしたら全部元通り───いや、これまで以上に幸せな生活が待っている筈だ。
「だから、私達は大丈夫」
少し膨らんだ自分のお腹を触りながら、私は前を向いてそう言葉を落とす。
根拠はない。それでも、私は前に進みたいから。
新しい命と一緒に。