モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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新しい生活と彼の恋心

 空気が震える。

 

 

「この鳴き声……」

 探していた竜を見つけて、私の心臓は少しだけ跳ね上がった。

 

 それが原因だったのか。

 突然吐き気がして視界が揺れる。

 

「───ッ、ぅ」

 口を押さえて地面に倒れ掛かった。胃液が逆流してきたみたいで気分が悪い。

 

 

「ニャ、ミズキ? 大丈夫かニャ?」

「……う、うん。なんか突然吐き気がして。でも、大丈夫だよ」

「本当かニャ……?」

「うん」

 気を取り直してもう一度耳を澄ませる。さっき聞こえた鳴き声はもう聞こえなくなっていた。

 

 

「ムツキ、ダメ?」

「匂いはバラけちゃってるニャ。ここ最近色んなモンスターがほっつき歩いてるからにゃぁ」

 困ったように声を漏らすムツキ。

 

「今日もダメかなぁ……」

 日が沈み始めた空を見上げながら、私はそんな言葉を漏らす。

 

 

 

 この世界はモンスターの世界だ。

 夜は私達にとって視界が安定しなくて行動しにくいけれど、彼等にとっては絶好の狩りの時間だったりもする。

 

 モンスターにとって私達なんて、肉付きの悪い餌でしかない。

 ほんの一捻りでその命を奪えるちんけな命だ。

 

 

 それでも、私達は───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 怒隻慧との戦いが終わって三ヶ月。

 モガの森はまだ生態系が少し荒れている。この三ヶ月間ずっと調査をしているんだけど、中々解決の糸口は見付からなかった。

 

 

「アラン、もう本当に大丈夫なの?」

「あぁ。それに、そろそろ身体を動かさないとどうしても感覚が鈍るしな。それに───」

 アランの体力も回復して、前に進めるかなと思ってはいたんだけど───

 

 

「───ミカヅキを俺も探さなきゃな」

 ───他にも問題が残っていて、私達は今ある竜を探している。

 

「ニャ、まだアランの声にも反応しないのかニャ? ミカヅキ、どこに行っちゃったんだニャ」

「そうだな……。絆石も使って呼んでいるんだが」

 私達を村まで運んでくれたミカヅキと別れてから、モガの森でミカヅキを見かけなくなっていた。

 

 

 アランと絆を結んだオトモン。

 ライダーとして活動するなら、やっぱり彼はミカヅキと一緒が良いんだと思う。

 

 だけど、その姿が見当たらない。

 

 

 モガの森も生態系の狂いが治らなくて、私達は少し壁に突き当たっていた。

 

 

「どのみち今の俺達はモガの森を歩く事しか出来ない。ミカヅキを探すのも、モガの森の生態系をどうにかするのもな」

「うん。そうだね」

「明日からは俺も一緒に行く。それで何かが好転するとは限らないが……」

「アランなら私が見付けられなかった何かに気付くかもしれないし。大丈夫だよ!」

 でも、今はやっぱり前に進むのが少しだけ楽しい。

 

 

 私達はどんな事があってもずっと進んできたから。きっと、今回も大丈夫。

 

 

 モガの森の生態系を治す。

 私達は調整者じゃない。だけど、この島に───この世界に生きる者として。

 

 私達が生きる為に出来る事をするんだ。それが、私の答えだから。

 

 

 

 翌日。

 村の農場で薬草やハチミツを採取する。

 

 もしものための備えだけど、なんだか和やかで海の風も気持ちが良い。

 ずっとこうしていたいなんて思っていたら、なんだかうとうとしてきた。

 

 

「ミャ、お仕事お疲れ様!」

「……お茶でも入れるみゃ?」

 ふと農場を管理してくれている二人のアイルーが声を掛けてくれる。

 可愛らしいピンクの毛が特徴的な双子の、モモナとミミナだ。

 

 

「ね、寝てないよ!」

「……寝てたのみゃ?」

「しまった」

 あはは、と笑う。

 

 生態系がおかしくなっているとはいっても、五年前みたいに村の近くまでモンスターが来るという事はなかった。

 それでも、いつそうなるか分からない。今は自分に出来る事を考えよう。

 

 

「リオレウスか……」

 ふと、モガの森の地図と睨めっこをしていたアランが地図のとある位置を指で突つきながら声を漏らした。

 私はそんな彼の横に立って地図を覗き見る。

 

 アランは失った右腕以外にいつもの装備を着ていて、その姿は少し痛々しかった。

 けれど、彼はどこか満足気でもある。ずっと捕われていた枷から解き放たれたからかな。

 

 

「どうかしたの?」

「いや、ミズキは昨日リオレウスの声を聞いたんだよな?」

 私が聞くと、アランがそう聞き返してきた。

 

 昨日モガの森を歩いている時に聞いた鳴き声。アレは確かにリオレウスの鳴き声だったと思う。

 

 

「うん。間違いないと思うよ」

「そうか。だが、この島の主だったリオレウスはあの時怒隻慧に殺されている……。そうなるとミズキが聞いたリオレウスの鳴き声は───」

 言いかけて、アランは顎に手を向けた。考え込む彼の真剣な表情に、私は首を横に傾ける。

 

 

「……ミカヅキ、かニャ?」

 ふと、ムツキがそう言った。その言葉にアランは少し表情を強張らせる。

 

「だとしたら、アランの呼びかけに答えてくれないのは変だミャ」

 アランの代わりにモモナがそう言った。私もモモナの言う通りだと思う。

 

 

「……あの蒼火竜とアランはオトモダチだった。だから……島にいるならちゃんと答えてくれる筈、みゃ」

 続くミミナの言葉にムツキは「んニャ……確かに」と項垂れた。でもだとすると、私の聴いた鳴き声はなんだったんだろう。

 

 

「他のリオレウス……なのかな。例えば、四年前ここに居た火竜の幼体とか」

 アランが初めてこの島に来た時、島の異変に巻き込まれていた火竜の親子を思い出した。あの火竜との思い出は今でも鮮明に覚えている。

 

 母親だったリオレイアをイビルジョー(堆黒尾)に殺されてしまったリオレウスの家族がいた。

 リオレウスは子育てを必死にしていて、それを見た私は少し前に進む事が出来たと思う。

 

 

 あの時リオレウスが育てていた幼体、そのリオレウスが大きくなって島に居るんじゃないかと思った。

 

「いや、それはないな。あの幼体が生きていたとしても、この島には主であるリオレウスが居た。ある程度大きくなって子育てから離れた火竜の雄が親と暮らす事はない。とっくの昔にこの島を出て行っている筈だ」

「そうなんだ。……むむむ」

 また少しモンスターの事を知れたけれど、振り出しに戻ってしまう。

 

 

 怒隻慧に殺されたリオレウスと堆黒尾に殺されたリオレイア。

 今思うとあの火竜の家族はイビルジョーに負けてしまったんだな、と少し感慨深い。これが自然に生きるって事なんだ。

 

 

「……リオレイア」

 それでふと思ったのは、幼体だったリオレウスではなくリオレイアの事。

 あの時、火竜の巣には雄と雌の幼体がいた事を思い出す。

 

 

「私が聴いたのはリオレウスじゃなくてリオレイアの鳴き声だったのかな?」

「聞き間違いか……。確かに火竜の雄と雌の鳴き声の違いは微々たる差だが」

 お前がそれを間違えるのか、とアランは不思議そうに私の目を見ていた。

 

「私が聞き間違えたなら納得出来るよ」

 苦笑いしながら「アランなら間違えないと思うけど」と付け足す。私はそんなに火竜に対しての理解がある訳じゃないし。

 

 

「と、なると今日は前にも言った通りあの巣に行ってみるか。島に居るかもしれないリオレイアを探す。これを目標にする」

 立ち上がってライトボウガンを構えるアラン。

 

 蒼火竜の素材で作られたそのライトボウガンは、片手でも弾を込めやすいように改良されていた。

 これでアランも戦う事が出来る。昔みたいに剣を振る事は出来ないけれど、そこは私がちゃんと補うんだ。

 

 

「仕事熱心だミャー」

「呆れる程にニャ」

 お弁当を食べながら声を漏らすモモナに続いて、ムツキが半目でそう言う。でも、これは私にとって大切な事だから。

 

 

「この島の皆は家族だから。村の人達も、モモナ達も、島のモンスター達も」

「いや、そうじゃなくてニャ」

 私の言葉に、ムツキは半目のまま両手の肉球を広げて首を横に振った。彼の言っている意味が分からなくて、私は顔を横に傾ける。

 

 

「もっと大切な物がすぐ側にあるだろって事ニャ」

「もっと大切な物……?」

 私はムツキの言葉を聞き返した。するとムツキは視線を逸らしてアランに向ける。

 

 

「せっかく怪我も良くなったんだから、村の事も良いけどもっと二人の時間を大切にしろって事ニャ」

「あー」

 我ながら間抜けな声が出た。ムツキは呆れ顔で「あー、って……」と若干引いている。

 

 

「それもそうだけど、違うよムツキ」

「ニャ?」

 だけど、続く私の言葉に今度はムツキが首を横に傾けた。私は一度辺りを見渡しながら、こう続ける。

 

「私はずっと、こうしてアランと歩きたかった。島のモンスターの事を考えたり、二人の道を分かち合う為に一緒に歩きたかった。……だから、不謹慎かもしれないけれど、今私はとても楽しいの」

 私がそう言うと、ムツキどころかアランも顔を赤くしてそっぽを向いた。自分でも恥ずかしい事を言ったな、と顔が熱くなる。

 

 

「……まぁ、そういう事だ。気を遣って店の横に俺達の家まで立てて貰ってるんだ、二人の時間は充分に大切にしてる」

「……なら、良いんだけどニャ」

 そっぽを向くムツキはどこか誇らしげだった。

 

 私の優しいお兄さんは、いつになっても私の事を心配してくれる。

 でもそれが、私は少し心配だった。

 

 

「ムツキこそ、私達にばかり構ってないで自分の事を考えて良いんだよ」

「んニャ?」

 私の言葉にムツキは再び首を横に傾ける。分かっていないようだから、私は彼の耳元に向けて小さな声でこう囁いた。

 

「せっかく島に帰ってきたんだから、ミミナにアタックするチャンスだよ? このままじゃいつか誰かに取られちゃうかも」

「───ニャぁぁ!! な、何言ってるんだニャ!! ボクはミズキのオトモ、そんな……そんなハレンチな事考えてないニャ!!」

 私の言葉にムツキは顔を真っ赤にしながら飛び上がって叫ぶ。ハレンチとは。

 

 

「んミャ? ムツキ、どうしたミャ?」

「お前には関係ないニャ!」

「……顔赤い、みゃ。風邪?」

「ニャぁぁぁぁぁ!!」

 ミミナにおでこを触られて、ムツキはついに悲鳴を上げた。分かりやすい。

 

 

「お前も大概ヘタレだな」

「アランに言われたくないニャ」

「俺はする事はしている」

「うにゃうにゃぁ……」

 歯軋りをするムツキはミミナを横目に溜め息を吐く。

 

 ムツキはずっと私の為に一緒にいてくれた。

 それが当たり前だと思っていたけれど、本当はムツキだってしたい事があったんだと思う。

 

 

 私が彼の道を阻んでいたのかもしれないと思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 私はムツキに幸せになって欲しい。

 

 

「……ムツキ、今日はここでお留守番してくれない?」

「にゃに!? ど、どうしてニャ?」

「モガの森の状態は良いとは言えないから、私達が村を出ている間が心配なんだ。今日からアランも来てくれるし、だけどその代わり村を守る人が居なくなっちゃうから」

 もっともらしい言葉を置いて、私は真っ直ぐにムツキの目を見る。

 

 

 お兄ちゃん、前に進んで。

 心の中でそう唱えた。

 

 

「うにゃ……でも」

「それに、二人の時間を大切にしろって言ってくれたのはムツキでしょ? 私、久し振りにアランと二人だけで森を歩きたいな」

 唸るムツキにそういうと、彼は溜息混じりに「……しょうがないニャ」と頭を掻く。

 

 

「ふふ、それじゃムツキは農場をお願いね」

「ガッテンニャ」

 元気な返事をしてくれるムツキと、その後ろのモモナとミミナを見比べてから私は少しだけ失敗したなと後悔した。

 ミミナと二人きりにしてあげないといけないのに、ここにはモモナも居る。モモナが空気を読んでくれるとは思わないし、どうしたものか。

 

 

「それじゃ、ムツキには農場のお手伝いをしてもらおうかミャー! まずは蜂の巣の手入れから!」

「は? ボクはここを守る為に残ってるだけだニャ。自分の仕事を勝手に押し付けるにゃ」

「……蜂の巣は危ないから私がやる、みゃ」

「いや! 危ないからボクがやるニャ!!」

「なんでミャぁぁあああ!!」

 そもそもモモナとミミナの気持ちを私は知らない。モモナはともかく、ミミナがムツキをどう思っているのかは分からなかった。

 

 

「みゃ……素人には危ないから、ダメ」

「ま、任せて欲しいニャ」

「……ん、それじゃ、見てるみゃ。上手に出来たら、お任せ」

「やってやるニャ!」

「私も見てるミャ!」

「……ん、モモナ。俺達が帰ってくるまでに薬草とアオキノコの調合を終わらせておいてくれないか?」

 二人に付いて行こうとするモモナの間に入ってそう言うアラン。ナイスサポート、と私は拳を握る。

 口にはしないけど、アランもムツキに「頑張れ」と言っているようだった。

 

 

 

 二人を見届けてから、私達もモガの森に向かう。目的地は四年前飛竜の巣があった丘の上だ。

 あの頃リオレウスが縄張りにしていた場所だけど、今はどうなっているんだろう。居なくなったリオレウスの代わりに他のモンスターが住んでいるのか、あるいは───

 

 そんな事を考えるのが少し楽しかった。

 

 

「ムツキは上手くやってるだろうか」

 森を歩きながら唐突にアランがそんな言葉を漏らす。どうやら農場の様子が気になるみたい。

 

「二人が仲良くなってると良いね」

「そうだな。……仲良く、か」

「アラン?」

 何故か考え込むアランの顔を覗き込むと、彼は少し寂しそうな顔をしていた。どうしたんだろう。

 

 

「……ミカヅキが居なくなった理由が、俺には分からない」

「アラン……」

 呼び掛けに答えてくれないのは、もうこの島にいないから。でもだとしても、ミカヅキがこの島を出て行ってしまった理由が分からなかった。

 

「もしかしたら、カルラさんの所に居るのかも。ほら、サクラとも仲良かったんでしょ?」

「カルラとサクラに取られた……」

 あ、アランが目に見えて落ち込んでいる。

 

 

「ほ、ほら! アランは大怪我だったから、怪我が治るまでカルラさんがお世話をしてくれてるのかも!」

「……どうだろうな」

 溜息混じりにそう言ったアランだけど、直ぐに首を横に振ってこう続けた。

 

「だが今はミカヅキよりも島の事だ。これは俺達の新しい道への第一歩なんだからな」

「そうだね」

 私はハンターに、アランはライダーに。

 歩く道は違うけれど、その道はきっと何処までも一緒に前に進んで繋がっている。

 

 

 私達は歩いて、島の奥にある丘を目指した。

 森を歩くだけなのに、見知った場所だというのにアランがいるとどんな場所でも新鮮になる。

 

 私が分からない事を聞けば、アランは直ぐに答えてくれた。自分自身成長はしたと思っているけれど、私はまだまだだなって思う。

 

 

「これは……アオアシラの足跡かな?」

「そうだな、大小あるのは親子の証拠だ。子育て中なんだろう」

 そこまで言って、アランは少し考え込むように顎に手を当てた。

 

 小さな声で「子育て……子育てか」と呟く彼に、私は「アラン?」と言葉を掛ける。

 もしかして、私達の将来の事を考えてくれてるのかな。

 

 

「……そ、その。アランは……えーと、何人、欲しい?」

「ん? なんの話だ?」

 違った、恥ずかしい。

 

「な、な、な、な、何でもないよぉ!」

「……そうだな、沢山欲しいな」

 優しい顔でそう言うアラン。そんな言葉が嬉しいけど恥ずかしくて私は彼の顔を直視出来なくなる。

 

「アランの意地悪」

 沢山。沢山かぁ。

 

 

「怒るな。……ただ、今気が付いたが俺達の当ては外れたかもな」

「どういう事?」

 そんなアランの言葉に付いて丘を登ると、懐かしい光景が視界に入った。

 

 丘から見た海はまた違った表情を見せてくれる。

 だけどそこには何もなかった。

 

 

「……ここに巣があったと思うんだけどなぁ」

 辺りを見渡してもその場所には何もない。注意深く探して、リオレウスの鱗だと思われる痕跡だけがやっと見付かる。

 

 

「あのリオレウスの、かな?」

「三ヶ月か……。他の生き物が通った跡もある。ここを縄張りにしているモンスターはいないな」

 怒隻慧にリオレウスが殺されてしまって、この縄張りの主は居なくなってしまった。

 

 幼体だったリオレイアが居る気配もない。島を出ていってしまったのか、それとも島のどこか別の場所で暮らしているのか。

 

 

「この辺りを巡って縄張り争いが起きているのも森の異変の一部だろうな。これは、この辺りの主が決まれば自然と治るだろうが」

「うーん、なら今日はどうしよう?」

 昼前に出発したから、まだ夜には早い。もう少し島を見て回れるけれど、私は当てがなくて首を傾げる。

 

 

「一つだけ行きたい場所がある」

 ふとアランがそう言って、私は断る理由もないから彼に付いていく事にした。丘を下って、森の奥に進む。

 少し歩くと水場が増えてきて、村の反対側まで辿り着いた。

 

 そこは私とアランが初めて会った場所。入江の洞窟。

 私達が怒隻慧と決着を付けた場所でもある。

 

 

 

「改めて来ると、なんか懐かしいね」

 思った事を口にすると、アランは「そうだな」と辺りを見渡した。

 

 怒隻慧の身体はギルドに解体されてもうなくなっている。

 私は今、彼女(・・)の素材を使って装備を作れないか考えている最中だ。その命は私にとってもとても大きな物だったから。

 

 

「四年前はジャギィの群れの縄張りだったか」

「私は驚いたんだよ? モンスターの群れの中で男の人が寝てるんだもん」

 四年前のことを思い出す。あの時は本当にビックリした。

 

 思えばあの時ここから始まって、ここでまた区切りを付けられたんだと思うと感慨深い。

 

 

「言っただろう。逆に安全だと」

「だとしても、私は今でもジャギィの巣の真ん中で寝ようなんて思えないよ」

 アランの言っている事は理解出来るし、きっと私が同じ状況で寝ても大丈夫だとは思う。

 だけど、それをするかどうかはまた別の話だ。どういう道を歩いていくか、その人次第の。

 

 

「まぁ、事態が事態だったか───ミズキ、静かに」

 思い出話にふけていると、アランが唐突に私の口を押さえる。

 同時に洞窟の奥から何か音が聞こえた。

 

 小石を踏みつぶしたような音と、小さな唸り声。

 甲殻が重なる音。何かがいる。大きい。

 

 

「───ヴォゥァァアアア!!」

 空気を弾くような咆哮が洞窟で反響した。

 

 

「リオレイア……?」

 探していた竜の鳴き声なのか、私はアランの表情を伺う。

 

「……そうだな」

 アランは緊張で手に力を入れながらそう言った。

 私が聞いた鳴き声はリオレイアだったらしい。だけど、なんでこんな所に。

 

 

「ここを新しい縄張りにしたのか……だが、どうしてだ」

 三ヶ月前はここを縄張りにしているモンスターはいなかった。島のどこかで暮らしていたリオレイアが態々ここに縄張りを移した理由が分からない。

 餌を取りに来たという訳でもないだろうし、アランの懸念が私も少し分かる。

 

 

「……逃げる?」

 ゆっくりと歩いてくる音が聞こえた。緊張で冷や汗が漏れる。

 唸り声は、まるで立ち去れと言っているようだった。私は後退りしながらアランに問い掛ける。

 

 

「……今は刺激しない方が良いな」

 リオレイアが居る場所が分かっただけでも収穫だ。ここで戦いになっても得るものはないし、私達はゆっくりと後ずさって洞窟を後にする。

 

 月明かりに照らされて、少しだけ緑色の甲殻が見えた。まだ若いリオレイアの姿が目に映る。

 その端で、一瞬だけ青い何かが光った気がした。鱗のような小さな何か。だけど、それが何なのかを確認する時間はない。

 

 

 

「どうしてあんな所にリオレイアが居たんだろう」

 帰り道。夜道を歩きながら、私は疑問を漏らす。

 

 海が近くて森は少し遠い。確かに安全な場所だけど、飛竜が巣にするには少し不便な気がする場所だ。

 そもそもリオレイア程のモンスターなら、そんなに安全な場所を選ぶ必要がないと思う。

 

 

「何かに縄張りを追い出された可能性もあるな」

「何かに……」

 四年前の事をまた思い出した。

 

 この島にまた何かおかしな事が起きているのかもしれない。それをちゃんと調べないと。

 

 

「ミカヅキが居なくなった理由と関係があるのかどうか……。あのリオレイアが元々何処にいたのかも気になるな」

「それじゃ、明日からはリオレイアの痕跡を探したりしよっか。モガの森を調べるのもついでに出来るし」

 そうやって明日からの予定を立てている間に村が見えてくる。今後の方針も決まったし、アランのおかげで順調に進みそうだ。

 

 

「そういえばムツキはどうしてるかな?」

「うまくやってると良いがな」

 ふと思い出して、私達は村に帰る前に農場に寄る。

 

 そこで待っていたのは、仲睦まじくなっていたムツキとミミナではなくて───

 

 

 

「……ボクは、もう……ダメニャ。身投げするニャ」

「アホがいるミャー。あっはっはっはっ」

 ───真っ白に燃え尽きているムツキだった。そんな彼を、モモナが木の枝で突っついている。

 

「……な、何があったの? ムツキ」

「説明しろモモナ」

 私達は二人に詰め寄って問い掛けた。

 確かムツキはミミナと蜂の巣の手入れをしていた筈だけど。

 

 

「ムツキ、ミミナと蜂の巣の手入れをしてたんだけどミャー。それが終わって、一緒にハチミツティーを飲んでたんだミャ」

 事情を説明してくれるモモナだけど、そこまでなら調子は良さそうに聞こえた。どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 

「んで、ムツキがいきなりミミナに告白したミャ」

「……話が飛躍し過ぎだな」

「……ムツキ、大胆だね」

 しかし、続くモモナの言葉に私達は唖然として固まる。ムツキが何の前置きもなしにそんな事をするなんて。

 

 

「……だって、そもそもどうしたら良いか分からなかったんだニャ。恋愛なんてした事ないし、ミズキ達だって正直参考になるとは言えないニャ」

 事実かもしれないけど酷い。

 

「ムツキ……」

 でも、ムツキを焦らせてしまったのは私達だ。ここはなんとかムツキが挽回出来る様にしなきゃね。

 

 

 きっとミミナも驚いたんだと思う。このムツキの反応を見る限りだと、振られてしまったのかもしれない。

 だけど諦めるにはまだ早いよ。少しずつ距離を詰めていけば、きっと───

 

 

「それでミャー、何が面白いって。ミミナはもう彼氏がいるって事なんだミャー」

 ───ぇ。

 

 さらに続くモモナの言葉に私とアランは目を丸くした。

 なにそれ知らないよ。

 

 

「え? そうなの? え? モモナ、そうなの?」

 私達がモガの村を離れている間にミミナに彼氏さんが出来ていたなんて。驚きのあまり祝福する事が出来ないというか、祝福していいのかも分からない。

 

 

「二年前くらいにタンジアに旅行に行った時ミャ、シータンジニャで知り合ったアイルーと遠距離恋愛中ミャ」

「いつのまにそんな事に……」

 私達の知らない所でミミナやモモナも色々あったんだと感心する。

 ただ、ムツキの事を思うとやっぱりいたたまれなかった。私達に着いてきている間に、好きな人をとられてしまったのだから。

 

 

 

 曰く───

「み、ミミナ……ボク実は君の事が! す、好きなんだニャ!」

「……ごめんなさい。私、他に好きな人が居る……みゃ」

 ───と、冷静に断られたらしい。

 

 

 燃え尽きるムツキを抱いて家に戻る。

 

 

「ボクなんてもうダメニャ……ダメなんだニャ」

 モガの森も大変だけど、ムツキの事もなんとかしなきゃ。私はそう思うのでした。




お久しぶりです。後日談二話目になります。この調子で更新してると後日談だけ凄く長くなってしまいそうなので頑張りたい。


【挿絵表示】

今回は作中四年前のミズキを描いてきました。この作品を描き出した時に描いた物と比べると画力上がってるといいな?

それでは、読了ありがとうございました!

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