モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
竜と絆の物語
それはきっと、この世界のどこにでもある物語だ。
人と竜は相容れない。
それは人が———ハンターが否応無く辿り着いた導き出した知っていた答え。
とある島で出会った少女と青年は、この世界の理について自分の答えを探す旅に出る。
一匹の竜と二人の物語。
短いようで長いような、そんな
そしてその答えは───
「……アラン」
───これは、竜と絆の物語。
◇ ◇ ◇
潮風を感じながら、窓から漏れる光に手を伸ばした。
無意識に欠伸が出て口を抑える。何か夢を見ていた気がした。
「朝だねぇ」
「昼だ」
私が寝ぼけた事を言うと、背後からそんな声が聞こえてくる。
「アラン……は?」
「寝ぼけてるのか……」
振り向いた先に居たのは銀髪の青年。
「おはよう」
「あはは、おはよう」
青年というにはまだ若いか、幼い顔立ちに半開きの
「やっぱり寝ぼけてるな、
「ニールは朝から元気だねぇ。お母さんはもう少し寝たいよ」
「昼だって言ってるよね?」
自慢の
太陽は真上まで登っていた。
暖かい日差しが心地良くて、再び欠伸が漏れる。
流石に起きなきゃね。
「おはようございます! ミズキさん!」
「アイシャさん、おはよー」
「ようハンターさん!」
「おう、早起きだなハンターさん!」
「バカにしてるでしょもー。おはよー、皆」
朝支度を済ませて村に出ると、沢山の人が挨拶をしてくれた。村は今日も賑やかです。
孤島地方。
小さな島々の集まりの総称で、私が住むこのモガの村もその孤島地方の一部だ。
海に囲まれたこの村は資源が豊富で、交流船での物々交換で生活を豊かにしている。
あれからもう何年か。変わった事もあったけれど、やっぱりこのモガの村はとても素敵な場所だ。
風は気持ち良いし心地よい。お魚は美味しいし、農場も凄い。
「……母さん? どうかした?」
「なんでもー」
首を横に傾ける自分の子供の頭を撫でて、懐かしい気分だと笑みが溢れる。
沢山の事がありました。
アランに出会ってからもう二十年も経つ。私も三十五歳という歳になって、色々感慨深い。
「お母さんなんだな、って」
「何言ってんだ……。やっぱり母さんおかしいぞ」
子供はやっぱりアランに似ていて、格好いい。自慢の息子は、母親の事をよく馬鹿にするけれど。
「しっかりしてくれよ、皆の憧れのG級ハンターなんだからさ」
怒隻慧を倒してから、この子か生まれて十五年。
子供を育てるのにはお金が要るし、私はそうでなくてもきっとこのハンターという仕事を続けていた。
いつしかG級ハンターと呼ばれるようになったけれど、シノアさんやアザミちゃんだってそうだし。少し実感が湧かない。
責任感はあるんだけど、G級ハンターだからという訳じゃなくて。一人のハンターとして、モンスターのいのちとどう向き合うか。それだけです。
「という事は、ニールも私に憧れてる?」
「ん、な……な訳ないだろ! 俺が憧れてるのはシノアさんみたいな超強いハンターだ!」
シノアさんは超強いとかそんなレベルじゃないけどね。
「寂しいなぁ。で、明日だっけ。タンジアに向かうの」
そんな目標の高過ぎる自慢の息子も、近々ハンターになるんだと張り切っていた。
十五歳になって、タンジアに出てハンターとして頑張ろうとしているらしい。血なんだと思う。
ハンターはとても大変な仕事だ。
モンスターはとても強大で、人間なんて簡単に殺されてしまう。
それと同時に、生き物を殺す仕事だ。その事にどう向き合うのか、人それぞれの答えがある。きっと、この子なら自分の答えを見付けられると思うけど。
「いや、今日の夕方には出ようって船長さんが。明日だと海が荒れるとか、船乗りの勘がなんとかとか」
「なんと。それじゃ、今からお父さんのお墓行こっか」
私がそう言うと、ニールは「そうだな、行っとく」と短く返事をした。
そうと決まれば私達は一旦家に戻って、防具と武器を装備する。
大雪主シリーズと矛砕の武器は未だに現役だ。
「ハンターシリーズ、新品だね」
「似合ってる?」
「バッチシ」
息子は新品のハンターシリーズと、片手剣のハンターナイフ。見たまんま駆け出しハンターだから、どこか懐かしい気持ちになってしまう。
「それじゃ、ニールの初クエスト。お墓までお母さんを護衛。頑張ってみよっか」
「護衛されるの俺じゃない?」
私はそう言って、自宅の扉を開いて隣の小さな家を覗き込んだ。
多分そろそろ畑仕事から戻って来ていると思うから。
「ムツキ、居る?」
扉を叩いてそんな声を落とす。
私の家はモガの村の食堂であるビストロモガの隣に立っていて、その隣は私の大切な相棒ムツキの家だ。
そしてその家から出て来たのは、まだ小さな三角耳と尻尾が特徴的なモフモフ。
「にゃ、おきゃくしゃん?」
桃色の毛並みの、まだ小さなアイルーが首を横に傾けて私を見上げる。
この子はなんとムツキの子供なんです。ムツキも家庭を持って、私とは別に暮らしているのだ。
時の流れを感じるというか、私も歳を取ったんだと感慨深い。
「パパを呼んできてくれる?」
「にゃー!」
元気にトタトタと戻っていく背中を見送ってから少しすると、黒色の毛並みのメラルーが部屋から出て来る。
少し老けた気がするけれど、私がモガの村を出る前からずっと変わらない姿がそこには立っていた。
「まさか、今起きたなんて訳じゃないだろうニャ?」
「あははー、まさかー」
「母さんは今さっき起きたよ、ムツキさん」
そこはお母さんの威厳を保つ為に誤魔化して欲しい所なんだけど。
私が苦笑いをしていると、ムツキは呆れたように半目で溜息を吐く。
そんな仕草も昔と変わっていなくて、どこか懐かしいような気分になった。
「お墓行くけど、ムツキも来る?」
「着いてくニャ」
短くそう答えると、ムツキは部屋に戻ってアイテムをそれなりに用意してくれる。
今でもムツキは私の頼れるオトモアイルーで、大変な狩りの時なんかも彼には沢山助けて貰っていた。
基本は私とムツキの二人でクエストを受けるから、ムツキもG級ハンターのオトモアイルーという事で巷では有名人らしい。
だから、ニールもムツキの事はムツキさんと呼んでいる。ムツキは恥ずかしがってるけどね。
「ほいじゃ、出発ニャ」
「はい、モガの森───じゃなかった。孤島の探索クエストですね! 行ってらっしゃいませ!」
クエストは孤島の探索クエストだ。
モガの村の人達は、ギルドが孤島として管轄するこの狩場をモガの森と呼んでいる。
自然の溢れる森に、海へと流れていく川。切り立った山岳地帯に、生き物が身を隠しやすい洞窟。
モガの森は沢山の生態系が芽吹く、素敵な場所だ。
特別個人的に依頼されたり、知り合いのハンターに応援をお願いされたりしなければ私の基本的な活動場所はいつもモガの森です。
和な場所であまり忙しくはないけれど、私はモガの森の心地の良い空気と海の匂いが好きだ。
それに、この場所はアランが守ってくれた場所だから。
「静かだな……」
「だけど、油断しちゃダメだからね」
「わ、分かってるよ」
「そう言う奴は分かってないんだニャ。ミズキも昔はそうだったニャ」
「教えないでよぉ!」
「母さん……」
ムツキは今も相変わらずです。
「でも、誰だって最初はそんな感じなんだニャ。それが今はG級ハンターとか呼ばれてるんだから、しっかり前に進めば誰だって成長は出来るニャ」
「ムツキさん……」
そうだね。しっかり前に進めば───
「───ストップ」
ふと、気配がして私は二人を止める。言った手前だけど、たまには立ち止まる事も大切だ。
「……この音は?」
少ししてから、木がゆっくりと薙ぎ倒されるような音が響く。
ゆっくりな足跡が一つ、二つ、多分三つだ。
「げ、リオレウス?!」
「こんな低い森まではあまり来ないよ。それに、足音が三つあるからリオレウスじゃない。火竜は縄張りの外で群れをなす事はないから」
私が小さな声でそう言うと、ニールは感心したような表情と安心したような表情を混ぜたような顔で溜息を漏らす。
続けて「それじゃ、何が来たの?」という言葉に私は少しだけ顎に指を向けて考えた。
「アオアシラ、かな。多分」
そんな私の答えに、ニールは「なーんだ」と拍子抜けた言葉を漏らす。
確かにアオアシラはモンスターの中でも比較的小さなモンスターだ。
だけどそれはモンスターの中での話で、アオアシラの全長は優に人間の二倍以上。人の胴体と同じくらいの腕の太さがあって、油断すれば人の命なんて簡単に奪われてしまう。
危険なモンスターだ。
「多分この先にいるかな」
「倒しちゃう? この道通らなきゃ進めないだろ?」
「少しだけ様子を見たいかな。ゆっくり進もっか」
私はそう言って、速度を緩めて前に進む。
丁度木陰に隠れるように進んで、視界に青が映って私は足を止めた。
「居た」
人差し指を口の前に置いて、私は森を歩くアオアシラに視線を向ける。
予想通り、そこにはアオアシラが三匹居た。その内二匹は通常より小柄で、多分子育て中なんだと思う。
「どうするんだ……?」
困った様子で私にそう問いかけるニール。
アオアシラ達は、大きな蜂の巣を見つけてハチミツを食べている所だ。この様子だとやり過ごすのにも時間がかかりそう。
「倒しちまった方が良いんじゃないか? ここ、村からそんなに離れてないし」
今いる場所はモガの森に入って直ぐの場所だ。モガの村も近いから、ニールの言っている事も一理ある。
「それじゃ、ニールに問題です」
「突然だな」
狩場はいつも突然なんだ。
「私達がビストロモガでご飯を食べている時に、突然リオレウスが襲って来ました。私はどうするでしょうか?」
「そんな急な事あるのか?!」
「あります」
ニールに詰め寄って、私は断言する。自慢の息子は少しだけ考えて口を開いた。
「母さんは……俺を逃して戦うと思う」
「正解。それじゃ、あのアオアシラを今から私達が襲ったらどうなると思う?」
笑顔でそう問い掛ける私に、ニールは首を横に傾けてから「アオアシラの親が子供を逃す?」と答える。うん、満点だ。
「そうなったら流石に子供を追い掛けられないけれど、例えば私達が勝ってアオアシラのお母さんを倒したとします。それで一件落着になるかな?」
「なるでしょ。俺達はこの先に行けるんだから」
「不正解です」
少し面倒臭くなって来たのか、ニールは半目で私の顔を覗く。でも、ここからが大切な話だ。
「それじゃ、逃げた子供達はどうなるでしょうか」
「え? んーと、育ててくれる親が居ないからそのまま死んじゃうんじゃないか?」
「そうなるだけなら、可哀想で済むんだけどね。……行き場のなくなったアオアシラがこの森を彷徨ったらどうなると思う?」
私がそう言うと、ニールは何かに気が付いたように小さく声を漏らす。
「村に来るかも……しれない?」
「その通り」
大抵の生き物は自分とは違う未知の生き物を警戒して、理由がない縄張りの侵略は行わない。
アオアシラは元々臆病な性格のモンスターだし、人が沢山住んでいる村を襲うのは稀だ。
だけど、まだ子供のアオアシラがそれを理解しているとは限らない。居場所も拠り所もない子供のアオアシラが、村に近付いてしまう可能性は高いと思う。
さっきも言った通り、ここは村からそんなに離れてない場所だ。子供のアオアシラでも人間の大人より大きいし力もある。迂闊な行動はしたくない。
「だから、アオアシラは殺さない。他の方向でなんとかする」
「そこまで考えなくちゃいけないのか、ハンターって」
「そんな事ないよ」
不安そうなニールの言葉に、私は彼の頭を撫でながらそう答えた。
「これは私の答えだから。ニールはニールの答えを探せば良い。村を守りたいなら、あのアオアシラを三匹とも頑張って逃さずに殺してしまうのが一番良いのかもしれないしね。きっとそれ以外のやり方もあるし、自分がなりたいハンターの形を探せば良いんだよ」
自分の答え。
それは、お父さんやアランが私にくれた大切な物。
ハンターとして答えを示す度に、あの長かったようで短かった村の外での事を思い出す。
「……さて、それじゃ私の答えを見せようかな。ムツキ」
私がそう言うと、長い付き合いで色々察してくれたムツキがポーチから球体を取り出した。
音爆弾。破裂するととても大きな音、高周波を放つアイテムだ。
「自分の答えとは別に、ニールにハンターとしての知識を一つ教えます。アオアシラは臆病かつそれなりに耳がいいので、大きな音には敏感です」
「へ、へぇ……」
「そんな事知ってても意味がないと思ってる? でもね、ニール。これは、
「覚えておいて損はない……?」
いつかこの知識が、自分を救うかもしれない。誰かを助ける事が出来るかもしれない。
その証拠に、私は今このアオアシラ達の命を奪わなくて済むのだから。
「えい」
私は音爆弾を正面に投げながら、一気に木陰から飛び出す。
「うびゃぁぁぁあああ!!」
「グォァァァアアアア?!」
そして、音爆弾の炸裂と同時に大声で叫んだ。
驚いたアオアシラは、飛び跳ねるように森の奥に全速力で駆けて行く。
「よし、クエスト完了」
「今のはなんだ……」
「ミズキの咆哮だニャ」
え、なんかおかしかった?
「先に進もうか」
目的地は島の反対側。私にとって特別な場所。
孤島。
モガの森は、自然で溢れている。
沢山のいのちが巡っていて、私はこの場所が大好きだ。
森を抜けて、平地と丘を抜けて。
島の反対側。
海に面した入江が、私達の目的地。
そこには大きめの墓石が建っている。
竜の骨で装飾されたそのお墓は、海が見える入江の入り口で私達を出迎えてくれた。
「着いたニャ」
「うん」
お墓。
墓石にはこう記されている。
リーゲル・フェリオン。
怒隻慧。
───私のお父さんと、その大切な
「お父さん、今日からニールもハンターになるんだよ」
私がそう言いながらお墓に手を触れると、入江の奥から音がする。
「ヴァォゥ」
大型モンスターの唸り声。
ニールは小さな悲鳴を上げて、私の背中に隠れた。分かっていても、怖いものは怖いらしい。
「やっぱりここに居た」
「少し遅かったな。いつまで寝てたんだ、ミズキ」
入江の奥から、銀色の髪に赤色の瞳をした男性が片手を上げて話し掛けてくる。
ふと始めて会った時の事を思い出して、私は無意識に笑った。
「おはよう、アラン」
私の大切な人。私に答えを示してくれて、このモガの村を守ってくれた人。
私の旦那さんで、ニールの父親。
アラン・ユングリング。
「さっきアオアシラが居て大変だったんだもーん」
私はそう言いながら、彼に抱き着く。アランは「おいおい」と言いながらも、片手で私の頭を撫でてくれた。
「いい歳こいてもこれだニャ」
「子供の俺が恥ずかしいんだが」
どれだけ経っても大切な人は大切なんです。
「だってあの時、本当にもう会えなくなっちゃったんだと思ったから……」
あの時。
怒隻慧がモガの森に来て、アランは私を置いてミカヅキと一緒に怒隻慧と戦った。
それは彼が答えを見付けるのに必要だったんだと思う。だけど私は本当に、寂しかったし怖かったんだ。
それでも、彼はここに居る。答えを見つけたから───
◆ ◆ ◆
そこは不思議な場所だった。
「……また、ここか」
光もない。自分の存在すらあやふやになるような場所。
この場所をどう説明するべきだろう。
どこか、時間と空間の狭間のような場所か。ここはきっと、そういう場所だ。
「答えは見付かった?」
唐突な声に振り向いて、俺は固まってしまう。
赤の混じった紺色の髪。
俺が失った大切な人。
「ヨゾラ……」
何を驚く事があるのか。ここはそういう場所だ。
だけど、俺はそうだとしても彼女に会いたかったんだと思う。しかし、手を伸ばしたがその手は届かない。
「アランは本当に優しいですね」
「甘いだけか、自分勝手なだけだ。俺は結局、あの時も今も……怒隻慧を殺せなかった」
あと一歩前に進めば、その命を奪う事が出来た。
それなのに俺はその道を歩かなかっただけだ。
「他の誰かの事を考えずに、自分勝手な道を歩いただけなんだ……。だから、お前を失った。ミズキだって俺を───」
「それは違います」
俺の言葉を遮ったヨゾラは、優しい表情で俺を見上げる。
「大きくなってしまって」
そう言った彼女は俺に背中を向けて、正面を指差した。
俺が歩こうとしている道。その先を。
「グォゥァァ……」
そこには竜がいる。
「他の誰かの事を考えずに? あなたはちゃんと
「怒隻慧の事を、か」
確かに、そうか。
「あなたは他の生き物の事を分かってあげられる人です。優しい人です。……ねぇ、アラン。なれましたか? 自分が望む者に。世界中のモンスターと絆を結べる存在に。ライダーに」
「あぁ……。多分、きっとな」
俺は怒隻慧の事を、許せたよ。
アイツも俺も、きっと誰でも。この世界で生きていたいだけなんだ。
「なら、前に進みなさい」
突然背中を押されて、俺は驚いて振り向く。
そこにはヨゾラと同じ髪型の大男が居て、不敵に笑っていた。
「アキラさん……? でも、俺は───」
「道は続いているわ」
「あなたはまだ前に進めます。さぁ、彼女が待ってますよ」
突然視界が光に包み込まれる。手を伸ばして、だけどその手はやはり届かなくて。
「───っ、あ……?」
「グォァァゥッ」
目の前には竜がいた。
俺を飲み込んだ筈の怒隻慧は、その大口を開いて俺の前に立っている。
「吐き出したっていうのか……」
右腕の激痛に身体が揺らいだ。右腕はしっかり食い千切られて地面に落ちている。俺が一度喰われたのは夢でも幻でもないらしい。
「俺はお前を殺そうとしたんだぞ。……お前は、生きたいんだろう?」
「グォゥァァ」
不思議と、同じ質問を返された気がした。
そうさ。
俺もお前も、この世界に生きる誰もが───
「───生きたい」
それが、それこそがこの世界の理よりもずっと前にある答え。
俺はそれがやっと分かったんだろう。
「なぁ、俺は……お前の事を分かってやれたか?」
「グォゥァァ……」
「俺は、お前とも絆を結べたか?」
手を伸ばした。
俺の答え。
竜と共に生きる者。モンスターライダー。
「グォゥァ」
怒隻慧はゆっくりとその鼻先を俺に伸ばして、俺を頭の上に乗せる。
まさか、怒隻慧の上にこんな風に乗る日が来るとは思っていなかった。
しかし、彼女は少しだけ歩いて入江の奥で頭を下ろす。
俺を下ろした怒隻慧はその赤黒く光る瞳を真っ直ぐに俺に向けた。
「……見ていてくれ、か?」
無意識に俺がそう呟くと、怒隻慧はゆっくりと首を縦に振ってから振り向く。
その視線の先に、一人の少女が現れた。
透き通るような蒼い瞳。風に靡く金色の髪。
幼いように見えてしっかりと芯のある顔立ちの少女は、真っ直ぐに怒隻慧と向き合って得物を構える。
それが彼女の答えだった。
俺とは違う。
だけど、根本は同じ。
いのちと向き合うという答えを、彼女は俺に見せてくれた。
だからこそ俺はここでこの光景を見ているのだろう。
「グォゥァァァォアア───」
その生命の灯火が消える瞬間、赤黒い瞳は俺を真っ直ぐに見ていた。
「あぁ、見ていたさ。……お前は必死に生きた。俺もお前も、ミズキも、他の皆も───同じだ」
「───あ、アラン……? アラン……アラン……っ!!」
怒隻慧を倒したミズキは、入江の奥で倒れていた俺を見付けて大粒の涙を流しながら駆けてくる。
どうやってこんなに早くここまで来たのかと思ったが、入り口の方にカルラが立っているのが見えて俺は不敵に笑った。
そんなカルラも不敵に笑って、何も告げずにその場を去っていく。お前はお前で、生きていくんだな。
「ミズキ……」
「アランのバカ!! なんで……なんでぇ……っ、うぁ……っ」
「ミズキ待つニャ! あんまり叩いたら本当にアランが死ぬニャ!」
「アランのアホーーー!!!」
「アホ?!」
その後、俺は瀕死の状態なのにミズキに滅法叱られた。本当に死ぬかと思ったが、こうして彼女とまた話せる事が、本当に嬉しい。
「ねぇ、アラン」
倒れた怒隻慧を尻目に、入江を出て村に戻ろうとした所で彼女は優しく声を掛けてくる。
「答えは見付かった?」
「……あぁ」
そんな問い掛けに、俺はしっかりと頷いた。
「俺は、ライダーになるよ」
「そっか」
意外な顔をされると思ったのだが、ミズキは完全に納得したような表情で俺の頭を撫でようと手を伸ばす。届いてないが。
「私は、ハンターになるよ」
「そうか」
そうだな。
それが、俺達の答えだ。
「……ニャ?」
ふと、ムツキが水面で泡が漏れているのを見て警戒する。今度はなんだと思ったが、海水から浮かんで来たのはナバルデウスと対峙していたモガの村の専属ハンターだった。
完全に力尽きて背中から浮いて来た形に、俺達は焦って駆け寄るが───ハンターは親指を立てた腕を上げて、俺達は顔を見合わせて笑う。
一匹の竜と、俺達の物語。
それはきっとこの世界のどこにでもある、なんでもない物語だ。
だけど、俺達にとってはとても大切で───
「アラン。迎えが来てるよ」
「ニャ、ミカヅキだニャ。無事だったみたいだニャ」
「ね、アラン」
「あぁ、任せろ」
「帰ろう」
「ニャ!」
きっと、この物語は───
「───ライドオン、リオレウス!!」
───この物語は、竜と絆の物語。
◇ ◇ ◇
その日、一人の狩人が村を出て旅に出る。
「行ったか」
「うん」
きっと人と竜の数だけ物語があって。
この世界で、モンスターとハンターの物語はきっといつまでも続いていくんだ。
Monster Hunter Re:Stories……Fin
連載開始から本日までの三年間お付き合い頂きありがとうございました。本作はこれにて本編完結となります。
一応後日談を八話ほど予定しておりますが、今のところ投稿日の予定は決まっていません。気ままに待って頂ければ幸いです。
【挿絵表示】
そんな訳で、とりあえず本編完結読了ありがとうイラストになります。
それでは、読了ありがとうございました。皇我リキの次回作にご期待ください。