モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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竜と青年の答え

 それはきっと、この世界のどこにでもある物語だ。

 

 この広大な世界で、竜と人が───生き物が混じり合う。

 当たり前の事。だけど、手の届かない事。

 

 

 素敵だね。

 いつか、誰かがそう言った。

 

 

 彼女ははとても優しくて、真っ直ぐで。

 

 だから傷付きやすくて、悲しい事も辛い事も沢山あったと思う。

 彼女はそれでも前に進んだ。ただひたすら前を見ていたから、何度躓いたって前に進めたのだろう。

 

 

 そんな彼女の答えが見付かって、後は俺が答えを出すだけだ。

 

 

 

 

 

 空を翔ける。

 旋回しながら、上昇と下降を織り交ぜて迫り来る光を避けた。

 

 ブレスの主との距離を確認して、飛行速度も調整しながら前に進む。

 

 

「森の生き物達を巻き込む訳にはいかない。海岸に誘い込むぞ……っ!」

 俺とミカヅキを追う怒隻慧は、木々をなぎ倒しながら咆哮を上げて空気を振動させた。

 

 ここまでなんとかブレスの直撃を避けて来たが、怒隻慧は諦める気がないらしい。

 そうでなければ困るが、どこか不思議にも思えるし確信めいた気持ちも混ざる。

 

 

 自分でもよく分からないが、怒隻慧が俺から逃げるという心配はしなくて良い気がした。

 

 

 

 視界が開ける。

 

 

 

「ここなら暴れられるな……っ!!」

「ヴォァゥ……ッ!!」

 急旋回して背を向けていた怒隻慧に頭を向けるミカヅキ。

 

 

「グォゥァァ───ォァァァアアアアッ!! 

 森から出てきた怒隻慧は迷う事なく俺達を睨んでブレスを吐き出した。

 旋回して、高度を落としながらブレスを避ける。

 

 さっきから何度もブレスを連発しているが、息切れすらする事なく攻撃を緩める様子もない。

 底無しの体力がどこから来るのか分からないが、こっちは長丁場に付き合っていられる程体力が余っている訳でもなかった。

 

 

「ブレスだ!」

 ボウガンの引き金を引きながら、ミカヅキも怒隻慧にブレスを放つ。

 怒隻慧は身体を右に向け、極限化により硬化している左側面でブレスと弾丸を受け止めた。

 

 

「どうあれ極限化は厄介だな……っ」

 唇を噛みながらアイテムポーチに手を突っ込む。

 

 シノアに用意して貰った抗竜石。

 接近しなければ効力は期待出来ないが、ジリ貧になるよりはマシか。

 

 

「……やるぞミカヅキ」

 多少無理矢理になるが、極限化状態を続けられている内は勝機が薄い。

 まずは極限化を解除させるのが先決だ。その為には───

 

 

「───ブレスだ!」

 ミカヅキに指示を出しながら、俺はボウガンの銃口に抗竜石を括り付ける。そしてブレスを左半身で受け止める怒隻慧。

 俺はその左半身に銃口を向けて引き金を引きながら、ミカヅキは高度を落として怒隻慧に接近した。

 

 放たれた通常弾に押し出されて、抗竜石が怒隻慧の横腹に叩き付けられる。

 そうして次の瞬間、低空飛行から突進したミカヅキは抗竜石ごと怒隻慧の横腹を蹴りつけた。

 

 

 鋭い爪はしかし硬化した怒隻慧の横腹に傷を付けられなかったが、抗竜石を砕いて叩き付ける事には成功する。

 ミカヅキはそのまま横腹を蹴り上げて急上昇。ダメージは対して与えられなかったが、衝撃に姿勢を崩した怒隻慧から追撃が来る事はなかった。

 

 一か八かだったが、一撃離脱で抗竜石を使う事は出来たか。こころなしか怒隻慧の左半身を包み込む黒い靄が薄くなっている。

 

 

 完全に極限化を解除させるにはもう一撃は必要か。

 

 

 

「───グォゥァァァァアアアアアッ!!」

 放たれるブレスを一度射程外まで飛んで避けてから、俺達は再び適正距離まで降下して怒隻慧の上を取った。

 もう一度と言いたいところだが、同じ作戦が通用するとは思えない。

 

 それでもやるしかないか。

 

 

「ブレスだ!」

 俺は抗竜石を再び銃口に括り付け、ミカヅキは接近しながらブレスを放つ。

 しかし怒隻慧は、身体を反らさずにその大口を開いてブレスを放った。

 

 火球が赤黒い光に飲み込まれて消滅する。

 さらに接近していたミカヅキはそのブレスを交わし切る事が出来ず、身体を捻るが翼にブレスが掠ってバランスを崩した。

 

 急な挙動に俺も耐えられずに、ミカヅキの背中から落ちる。浮遊感を感じたが、不安はない。

 

 

「流石に適応が早いな……」

 怒隻慧から見て斜め上から、俺は空中で銃口を怒隻慧の横腹に向けて引き金を引いた。

 怒隻慧は同時に口から光を漏らす。しかし、俺に狙いを定めているという事は───

 

 

「───ミカヅキ!!」

 ───ミカヅキがフリーになるという事だ。

 

 

「ヴォァゥ!!」

「……グォゥァァ?!」

 一度離脱したミカヅキは空中で姿勢を整えて、側面から怒隻慧の横腹を蹴り飛ばす。

 バランスを崩した怒隻慧に更にブレスを放ちながら距離をとって、ミカヅキは空中にいる俺の下に潜り込んだ。

 

 

 その背中に乗って、しっかりと甲殻を掴む。

 ライダーだった頃はよくこうやってミカヅキの背中から落ちる事もあったからな。

 

 ミカヅキが助けてくれると信じているから、二撃目を与える事が出来た。これが絆の力だ。

 

 

 

「……グォゥァァ」

 唸る怒隻慧は赤黒く光る瞳で俺達を睨みながら、口から赤黒い光を漏らす。

 しかし、その半身を包み込んでいた黒い靄はゆっくりと消滅していった。極限化の解除は成功したらしい。

 

 

「もう少し誘い込むぞ。ミカヅキ!」

 ブレスを放つ怒隻慧に背を向けて、急旋回したミカヅキは低空飛行で島の端に向かう。

 怒隻慧が俺達を見失わないようにそこまで速度は出せないが、ブレスを避けながらそれをするのは至難の業だ。

 

 俺はミカヅキの上で振り向いて、徹甲榴弾を装填したボウガンを怒隻慧に向ける。

 連続でブレスを放ってくる怒隻慧だが、攻撃には少しだけ間隔があった。その間に徹甲榴弾を撃てば、ブレスが放たれると同時に弾が爆発してブレスを逸らす事が出来る。

 

 

「何発かは俺が止める。出来るだけ島の端まで行けるな?」

「ヴォァゥ!」

 心強い返事が聞けたところで、俺は再度徹甲榴弾を装填した。

 

 

 放たれるブレスをミカヅキは翼を翻して回避し、その次に放たれるブレスは徹甲榴弾で軌道を逸らす。

 木々を焼く赤黒い光を紙一重で避けて、空を駆ける竜の背中で俺は不敵に笑った。ライダーとして修行していた時の事を思い出して、懐かしい気分になる。

 

 そうして、俺達は小さな森を抜けて山岳地帯まで辿り着いた。

 

 

「……なんだ?」

 しかし、森を抜けた辺りで怒隻慧の気配が消える。

 

 

 俺達を見失ったのか? 

 いや、直前までブレスを放ち続けていたんだ。そんな事はないだろう。

 だとするなら───

 

 

「ミカヅキ、避け───」

 しかし、気が付いた時には既に遅かった。

 

 森の奥が赤く光る。

 その光は一瞬で広がって、視界が暗転した。

 

 

 

 浮遊感。それと共に、背中への激痛で瞳を開く。

 

 

 

 その目に映ったのは視界を包み込む赤黒い光で。

 その光は大型モンスターであるミカヅキを包み込む程に巨大だった。

 

 俺はミカヅキから放り出されて地面に叩きつけられたらしい。

 そのおかげでブレスの直撃を免れたというよりは、きっとミカヅキが俺を逃がしてくれたのだろう。

 

 

 光に飲み込まれたミカヅキは、血飛沫を上げながら地面に叩きつけられた。

 そして森の奥から飛び出して来た怒隻慧は、その巨体で地面に落ちたミカヅキに突進する。

 

 轟音を立てながら、ミカヅキは岩壁に叩き付けられた。その岩壁が崩れ落ちて、ミカヅキは瓦礫に埋まってしまう。

 

 

「……っ、ミカヅキ!!」

 身体中の痛みを無視して地面を蹴った。

 

 瓦礫の元に向かうが、少しだけ揺れる瓦礫を見てミカヅキが生きている事を確認する。

 しかし怒隻慧に再び攻撃を貰えば、その命の保証はなかった。

 

 今の俺にミカヅキを直ぐに助ける術はない。

 

 

「……っ」

「グォゥァァァァアアアアアア!!」

 唇を噛み切る勢いで歯軋りをする。

 考えろ。この状況を打開する手立てを。時間はない。

 

 

「……ミカヅキ?」

 怒隻慧と視線が合った所で、胸元の絆石が光った。

 

 

「……行け、か」

 そんな意思が伝わってくるようで、俺は一度目を閉じる。

 

 ここまで来たんだ。

 自分の答えは、本当に一人で確かめてこいという事なんだろう。

 

 

 俺は瞳を開けて、近くに落ちていた剣とボウガンを拾って地面を蹴った。

 

 

「こっちだ!!」

 迫ってくる怒隻慧を睨んでそう叫んでから、俺は海岸に向かう道へと走る。

 ふと、ミズキとモガの森を散策した事を思い出した。

 

 あの時の経験が生きている。

 

 いや、それだけじゃない。俺達のこれまでの物語()が、俺をここまで連れて来てくれたんだ。

 

 

 

「グォゥァァァァアアアアアア!!」

「着いてこい、決着を着けるぞ……っ」

 放たれるブレスを、地面を転がって避けながらボウガンの引き金を引く。

 足元に着弾した徹甲榴弾を踏み付ける怒隻慧だが、爆発に反応する事なく俺を睨んで地面を踏み抜いた。

 

 これは骨が折れそうだな。

 

 

 

「この先は……」

 起き上がりながら地面を蹴って、ふと周りの景色にある事を思い出す。

 

 この先は小さな入江になっている場所だ。

 

 

 そこは俺の中である意味、この物語()の始まりになった場所でもある。

 俺とミズキが始めて出会った場所。ジャギィの群れの中で寝ている俺を見て、驚いていたミズキの姿が鮮明に頭の中に浮かんだ。

 

 

 

 彼女は本当に世間知らずで、モンスターの知識も少なかったし、ハンターとしても考えが甘かったと思う。

 だけど優しくて、いのちと真っ直ぐに向き合える芯の強さがあった。

 

 直ぐに驚くし、泣くし、笑う。

 そんな彼女を見ているのが、とても楽しかった。

 

 

 俺が歩けなかった道を歩いているようで、そして俺と違う道にもしっかりと進んでいく彼女に憧れていたのかもしれない。

 

 

 

 なら、俺の道は? 

 

 

 

 結局俺は、どんな道を歩くのか。どんな道を歩いてきたのか。

 

 

 俺はモンスターハンターか? 

 

 俺はモンスターライダーか? 

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 それがこの世界の答えだと、そう思っていたし、今だってそう思っている。

 

 だが、本当にそうなのか。

 

 

 

「人と竜は相容れないか?」

 戦いながら走って、お互いに何度倒れても立ち上がって。入江に辿り着いた俺は、ゆっくりと振り向きながらそう言った。

 

 怒隻慧は脚を引きずりながら、それでも真っ直ぐに俺の元に向かってくる。

 ここに来るまでの攻防で向こうも限界か。勿論、俺も同じだが。

 

 

 

「俺は、これまでどんな道を歩いて来たんだろうな」

 いつからだったか、俺は自分が歩いてる道すら分からなくなっていた。

 

 

 

 復讐しか見えなくなって、今自分が何処を歩いているのか分からなくて。

 

 

 

 そんな俺を暗闇から引っ張り出してくれたのが、ミズキなんだろう。

 

 彼女は、俺が道を教えてくれると言っていた。

 でも違う。本当は、彼女が俺に道を教えてくれていたんだ。

 

 

 俺の前を歩いて、前を指差して。彼女は何度も振り向いて、俺が迷わないように手を取ってくれる。

 

 気が付けば足元に道が広がっていた。

 

 

 

 

「……そうか、俺は───」

 下を見る。胸元の絆石が揺れていた。

 

 

 いつも彼女と一緒に歩いていて。

 だけど、歩く道は違っていたのかもしれない。

 

 

 

「───なぁ、人と竜は相容れないか?」

 もう一度そんな言葉を漏らす。

 

 怒隻慧は立ち止まって、その赤黒く光る瞳で俺を見た。

 

 

 

 俺はずっと、初めからこの道を歩いていたんだと思う。

 

 

 

「……俺は、そうは思わない」

 その道から目を逸らす原因になった竜を真っ直ぐ見ながら、俺は手を伸ばしてそんな言葉を漏らした。

 

 

「人と竜は分かり合える。……確かに、仲良く一緒に暮らすだとかそんな事は出来ない。だけど、お互いがお互いを尊重して……助け合って生きる事は出来る筈だ」

 ───俺は、初めからモンスターライダーだったんだと思う。

 

 

 

 

 ミズキがハンターとしての道を歩く一方で、俺は心の何処かで自分の答えを彼女に押し付けようとしていたのかもしれない。

 

 その道は同じようで同じではない。

 だけど、根本は同じだ。

 

 

 いのちと向き合う。

 

 

 ミズキの答えがモンスターハンターだとするなら、俺の答えは───

 

 

「───俺は、お前がなんなのか知りたい」

 怒隻慧に向けていた武器を下ろして、俺はそんな言葉を漏らした。

 ゆっくりと俺の元に向かってくる怒隻慧は、涎を垂らしながらその大口を開く。

 

 

 俺はまだコイツが憎い。

 それに、ミズキとも会いたい。約束を守って、彼女と幸せに暮らすのを諦めた訳ではなかった。

 

 

 

 だけどそれ以上に、コイツの事が知りたい。

 

 

 

 怒隻慧という存在を理解したい。

 

 

 左手を伸ばす。

 

 開かれた大顎が近付いてきて───

 

 

 

「───お前の事を、教えてくれ」

 ───右腕の激痛と共に、視界は黒に包み込まれた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 浮遊感。

 否、感覚がないといった方が合っているだろうか。

 

 

 何もない、真っ暗な世界。

 少しの間自分が何者かすら分からずに居たが、ゆっくりと自分という物が浮かんでくる。

 

 そんな不思議な感覚の中で、突然視界に光が映った。

 

 

「なんだ……これは」

 ここが何処なのかも分からない。

 ただ、少しだけ懐かしい気もする。

 

 

「ここは……」

 目の前の光に手を伸ばした。

 

 すると光は俺の中に溶けるように消えていく。

 

 

 

 当然視界が開けた。

 

 

 

 森の中で、一匹の竜が大勢の人間に囲まれている。

 竜は人々に危害を与えようとはしなかったが、人々は竜に殺意と武器を向けていた。

 

 

「これが、ミズキが見た光景。怒隻慧の、答えだ」

 ふとそんな声がして振り向くと、視界にリーゲルさんの姿が映る。

 驚いて固まる俺に、彼は「幽霊を見てるような顔をするなよ」と呆れた声を出した。

 

 

「……怒隻慧に食われたんじゃなかったのか。二回も」

 ミズキの前で一度怒隻慧に食われた後にも彼が現れた事を思い出す。

 

 ただ、俺のそんな言葉にリーゲルさんは「見当違いだ」と小さく声を漏らした。

 

 

「確かに一回目はミズキを騙す為に、アイツに食われたフリをしたがな。まぁ……足は持ってかれたが。流石に今回は本当に食われちまってるよ」

 苦笑いでそう言う彼に、俺は「なら───」と言いかけた所で彼はこう続ける。

 

「お前もそうだろう?」

 そう言われて、俺は自分に何があったのかを思い出した。

 

 

 ──お前の事を、教えてくれ──

 

 ───手を伸ばして、その後。

 

 

 

「……俺は死んだのか」

「さあな。だが、ここは天国でも地獄でもない。探しに来たんだろう?」

 彼はそう言って、俺に背中を見せる。

 

「着いてこい」

 ここが何処なのかも分からないし、自分がどうすれば前に進めるのかも分からない。

 だけど、彼に着いていこうと思うと身体が勝手に前に進んだ。

 

 

 

 そして視界の先で、一匹の竜が人々を襲う。

 

 

 

「さっき見た通り。コイツは初めからお前が思うように次々と人間を襲うような奴じゃなかった」

「この光景は、怒隻慧の物語って事か」

 村を襲う竜を横目で見ながらそう問いかけると、リーゲルさんは無言で首を縦に振った。

 

 

「だとしても、俺にはコイツが分からない。……確かに、俺の生まれ故郷のこの村は怒隻慧に襲われてもおかしくない事をした。だが、どうして俺の育った……ライダーの村まで襲ったんだ。……ヨゾラを殺したんだ!」

 それを知る為に、俺はここに居る。

 

 

 ハンターではなく、ライダーとして。

 

 

 怒隻慧のいのちと向き合う為に。

 

 

 

「見ていれば、分かるさ」

 リーゲルさんはそう言って、怒隻慧に視線を向けた。

 

 

 怒隻慧は身体の半身を赤黒い光に包み込む。

 俺の良く知っているその姿の怒隻慧は、ミズキに己の半分を渡したかのようだ。

 

 

 そして怒隻慧は、村を後にしてリーゲルさんと旅に出る。

 その先で他のイビルジョーと出会った怒隻慧(彼女)は、そのイビルジョーと番になった。

 

 そのイビルジョーは、直ぐに怒隻慧に食われたが。イビルジョーの生態上珍しい事ではない。

 

 

 

「なんだこれは……」

 しかし産まれた卵に視線を落として、何処かに感じる既視感に頭を抱える。

 

 

 

「なんだってお前、イビルジョーの卵さ。覚えてる筈だぞ」

「な……」

 そして視界に映る人間(・・)の姿に、俺は言葉を失った。

 

 

 二人の若い男女の子供。

 

 思わず手を伸ばしそうになるその姿を見間違える訳がない。

 

 

 

 ──アランがカルラに誕生日プレゼントって、二匹目のオトモンの卵を探して来たんですよ──

 いつか、大切な家族の誕生日にオトモンになるモンスターの卵を探しに行った事を思い出す。

 

 

 

 そうだ、俺達のオトモン。堆黒尾(あのイビルジョー)は怒隻慧の子供だった。

 

 

 

 

「……でも、アイツがあの時に呼んでいたのは俺とカルラだ。怒隻慧に助けを呼んでいた訳じゃない!」

「それでも、お前達がそのイビルジョーと絆を結んだとしてもな。……その卵はコイツの大切な卵だ」

 そう言ったリーゲルさんの背後から突然怒隻慧が現れる。

 

 

 その瞳は怒りに満ちていた。

 

 

 よく考えれば当たり前だろう。

 子供がどう思っていようが、怒隻慧は生物の本能として自分の子孫を守らなければならない。

 

 

 村が襲われるのだって、当たり前だった。

 

 

「流石に村中のオトモンに邪魔をされたらコイツだって敵わないだろうから、少しちょっかいは掛けたがな。お前はこれでも怒隻慧を憎めるか?」

「……それでも、俺はコイツに大切な人を殺された。大切な人を殺され掛けたし、コイツは沢山の人を殺した」

 俺がそういうと、リーゲルさんは無言で俺に背中を向ける。

 

 そんな彼に着いていくと、再び視界が広がった。

 

 

 赤が流れる。

 森の中で、一匹の竜と二人の狩人が対峙していた。

 

 

 竜は倒れて、血を流す。

 その命が尽きようとしていた。

 

 ──アラン!! トドメを刺してください!! ──

 ──コイツを……殺せば……っ!! ──

 

 それは、あの時の光景だろう。

 

 

 今思えばこの時から、俺は結局コイツを殺せなかったんだな。

 その時から答えは決まっていたんだ。

 

 

 だけど、それでも俺はコイツがなんなのか分からない。

 

 

 どうして俺から大切な物を奪ったのか。

 

 

 

 ──あなたは優しい人です──

 怒隻慧に手を伸ばす。

 

 

 ──あなたは人の、いえ他の生き物の事を分かってあげられる人です──

 視界が光った。

 

 

 

 苦しい。

 痛い、重い。

 

 何もかもを失っていくような感覚に襲われる。

 

 

「……なんだ、これは」

「それがこの時、コイツが思っていた事だ。……そろそろ分かれよ、アラン」

 怒隻慧が思っていた事だと。

 

 

 

 それを知る為にここに来た。

 だけど、俺の中に流れてくるのは苦しみだけで何も分からない。

 

 

 

 その感覚は時間が経つにつれて大きくなっていく。

 息が出来ない。身体中が痛い熱い。意識が遠のいていくようで、必死に何かを掴もうとした。

 

 

 

「……嫌だ。死にたく……ない」

 無意識にそんな言葉が漏れる。

 

 俺はハッとして、目を開いた。

 

 

 

「……まさか」

「やっと気が付いたか」

 そう言って、リーゲルさんは俺に背を向けて歩いていく。

 

「それが、答えだ」

 その姿を追おうとは思わなかった。

 

 

 

「そうか……。そうだったんだな」

 こんな簡単な事にどうして気が付かなかったんだろう。

 

 

 ミズキはきっと、とっくの昔に気が付いていた事だ。

 

 

 

 俺がモンスターライダーになろうとしていたのに、今の今まで気が付けなかった事。

 

 

 

 ──きっと、アランにモンスターを殺すのは無理ですよ。だって、アランは優しいですから──

 いや、分かってはいたのに目を背けていたのかもしれない。

 

 

 

 憎しみに捕らわれて、目を背けていたんだろう。

 

 

 

 

 怒隻慧だって、俺と同じこの世界に生きる生き物だというのに。

 

 

 

 

 視界が暗転した。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 赤黒い視界の中で、激痛に顔を歪める。

 

 

 ここはさっきまでいた場所ではない。

 怒隻慧の口の中か、あるいは腹の中か。

 

 身体のどこかを食い千切られたのか、激痛で感覚がおかしかった。

 

 

 

「俺はお前を───」

 ただ左手の感覚は残っていて、しっかりとボウガンの引き金の感覚がある。

 

 装填してあるのは徹甲榴弾だ。

 今ここで引き金を引けば、流石の怒隻慧でも殺す事が出来る。

 

 

 それでも───

 

「───俺はお前を、殺せないな」

 引き金から指を離して、俺は瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はただ、生きたかっただけだったんだな」

 微睡みの中で得た答えを漏らす。

 

 それが怒隻慧の答えだった。

 

 

 初めて人を襲ったは、大切な人のいのちを守る為。

 

 ライダーの村を襲ったも、自分の子孫のいのちを守る為。

 

 ヨゾラや他のハンターを襲ったのも、自分のいのちを守る為。

 

 

 その後、俺達と何度も戦ったのだって───

 

 

 

 ただ怒隻慧は、この世界のどんな生き物でも感じる当たり前のこころで前に進んでいただけなんだろう。

 

 死にたくない。生きたい。

 

 

 

 

 その為にここまで来た。

 

 

 

 

 

 竜と絆を結んで共に生きる、ライダーの俺が───そんなお前を殺す事が出来る訳がない。

 

 

 

 

 俺がハンターだったのなら。

 

 お前のその気持ちと正面から向き合って、自分のいのちを賭けてお前を殺しただろう。

 それがハンターの、いのちの向き合う事だから。

 

 

 だけど俺はライダーだから。

 

 

 

 

 ──きっとあなたなら、自分が望む者になれます。きっと、世界中のモンスターと絆だって結べますよ。……あなたなら──

 

 

「なぁ……ヨゾラ。俺は……ライダーになれたかな」

 手を伸ばした。意識が遠くなる。

 

 

 死にたくない。生きたい。

 

 

 

 俺もお前も、同じだな。

 

 

 

「ミズキ───」

 お前はハンターだ。

 

 

 ハンターとして、この竜と向き合え。

 いのちと向き合う。お前が歩いてきたのは、そんな道だ。

 

 

 

 

 前に進め。

 

 

 

 

 そしていつかこの物語は───

 

 

 

 

「───ミズキ、愛してる」

 意識が遠のく。

 

 

 

 

 深い闇に閉ざされて。

 

 

 

 

 

「───グォゥァァァァアアアアウォゥッ!!」

 そのいのちに溶けた。

 

 

 

 

 

 

 光が漏れる。

 

 

 

 

 

 

 それはきっと、この世界のどこにでもある物語だ。

 

 この広大な世界で、竜と人が───生き物が混じり合う。

 当たり前の事。だけど、とても素敵な事。

 

 

 人と竜は相容れない。

 いつか、誰かがそう言った。

 

 

「愛してる」

 その人はとても優しくて、誠実で。

 

 だから傷付きやすくて、悲しい事も辛い事も沢山あったと思う。

 彼はそれでも前に進んだ。ただひたすら前を見ていたから、一度踏み外した道にだって戻ってこれたし。これまで歩いて来た道も歩き続ける事が出来る。

 

 

 そんな彼の答えがもう少しで見付かろうとしていた。

 

 

 

「……ア……ラン?」

 私は彼に沢山の答えを貰って、助けられて、導かれて───愛されて。

 だから今度は私が助ける。この物語の最後を見届けて、貰ったものを返したい。

 

 

 

 

 だけど───

 

 

 

 

「なんで……」

 ───だけど、彼は私を連れて行ってくれなかった。

 

 彼は優しいから。

 

 

 竜にも人にも、とても優しい人だから。

 

 

 最後の最後までその優しさを貫いたんだと思う。

 

 

 

 少し、悔しかった。




次回、最終回です。一週間後の更新になります。もう少しでこの作品も連載から三年。もう少しだけお付き合い下さい。

読了ありがとうございました。

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