モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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物語といのちの先で

 世界が廻る。

 まるで自分がこの世界を旅しているようだ。

 

 色々ないのちが現れては消えて、私の中に溶けていく。

 

 

 ここは、きっと───

 

 

 

 手を伸ばした。

 赤と白の甲殻に大きな鋏。背中に背負う角竜の頭蓋が揺れる。

 

 空の王と、海の王。

 森を食い荒らした竜と、その時犠牲になった竜の群れの主。優しそうな狩人。

 

 

 これはきっと、私が関わってきたいのちだ。

 

 

 屁を放ってきた牙獣種や、私に食べ物をくれた牙獣種。

 竜達を蝕む黒い竜と、蝕まれた竜達。そして金色の龍。

 

 片目の竜。

 

 私が奪ったいのち。私を助けてくれたいのち。私と戦ったいのち。

 

 

 

 世界が廻る。

 

 

 沢山のいのちが目の前に現れては消えていった。

 

 

「ねぇ、ミズキちゃん。……シノアを宜しくね」

 突然背後からそんな声が聞こえて、私は急いで振り向く。

 ふわっと人懐っこそうな表情だけが見えて、その人影はどこかへ消えてしまった。

 

 今のは、確か───

 

 

「君がミズキちゃん?」

 また後ろから声が聞こえて、振り向く。

 

 

 

 紺色の髪。

 何処かで見たことがある、赤色の入ったサイドテール。

 そこには、柔らかい笑顔が特徴的な女の子が立っていた。

 

 記憶の中でその髪の毛を探していると、彼女の隣に見知った顔が映る。

 

 

「アキラさん……?」

 フリフリの着いたピンクの服に、彼女と同じサイドテール。

 

 男性だけど、女性みたいな格好をしたアランの知り合いのギルドナイト。アキラさん。

 

 

 それじゃ、あなたは……? 

 

 

「私はヨゾラ。……この人の妹で、アランの師匠です」

 彼女はそう言って頭を下げた。

 

 この人があのヨゾラさん。

 

 

 どうして。

 いや、ここがあの場所なら。でも───

 

 

 

「貴女は、アランのたどり着けなかった答えにたどり着いた」

 ヨゾラさんはそう言って、私の手を握る。

 

 

「でも、アランだってちゃんとそこにたどり着ける筈。だからアランに答えを言わずに、彼を見守ってほしいの」

「……私が、アランを見守る?」

 不思議な感覚だった。

 

 ずっとアランに見守られて来たのに、今度はアランを見守ってほしいと頼まれる。

 私にそんな資格があるのか分からない。だけど、これは私にしか出来ない事なんだと心のどこかでそう思った。

 

 

「うん。大丈夫、きっと彼なら───」

 そう言って彼女は少しずつ姿を消していく。

 

「───アランの事、お願いね」

「待って!」

 手を伸ばした先にもう彼女は居なくて、そこにはアキラさんだけが立っていた。

 

 

「アキラさん……なんで?」

「私はもう、答えを見付けたからよ」

 そして残ったアキラさんも、少しずつその姿が遠くなっていく。

 伸ばそうとした手は届かない。

 

「待ってよ……。私、まだアキラさんと話したい事がいっぱいある。私の知らない事、弱い自分の正し方とか、教えて貰いたい事も沢山あるよ! お酒だって一緒に飲んでみたい。これまでのお礼だって、これからの事だって話したい!! それなのに、なんで……っ!!」

「小娘」

 大きな手が伸びてきた。けれど、その手は虚空を撫でる。

 

 

「私は妹の事が何よりも大切だったのよ。この世界じゃなんて事もない理由で、たった一人の家族だったから。その家族を奪われて、どうしたら良いのか分からなかった。寂しさを紛らわせる為にこんな格好までした」

 彼はサイドテールを解いて、儚げな表情を私に向けた。

 

 

「……俺は妹の大切な物も大切だった。妹が死んで、復讐に捉われた中でもそれは変わらなかった。だから、その大切な物を守ったに過ぎない」

 どこかアランに似た口調で彼はそう言う。

 

 彼の妹、ヨゾラさんの大切な物。

 

 

「アキラさん……」

「そして、そのアランにとって大切なお前も……俺にとっては残された物だと言う事だ。……それを、今度こそ守り切れた。それだけで、満足だ」

 私に背中を向けてそんな言葉を落とすアキラさん。手を伸ばしても、私の手はやっぱり虚空を掴んだ。

 

 

「俺も、怒隻慧が何なのか分かったしな。……俺が向き合えたんだ。アランなら問題ない。……なぁ、小娘───」

 その姿が消える。

 

 

「───アランちゃんを頼んだわよ」

 視界は暗転した。

 

 

 色々ないのちが消えていく。

 

 

「それが、いのちだ」

 お父さんがそう言った。

 

 

「命ある者はいずれ死ぬ。生命は巡って、廻る。それがいのちだ」

「とても寂しい事だと思う」

「この世界の理を否定するのか?」

 そんな言葉に、私は首を横に振る。

 

 

「だからこそ、いのちを綺麗だと感じるんだ……。楽しい事も悲しい事も、嬉しい事も寂しい事も、感じる事を止めたくない。それを受け止められる狩人になりたい! それが私の───アランやお父さん、みんなが私にくれた答えだから!!」

「そうか」

 短くそう言って、お父さんも私に背中を向けた。

 

 

「どこに行くの」

 ふとそんな言葉が漏れる。

 

 

「怒隻慧の居場所を探す。もう時間がない。……そうだな、最後はあそこに行くのも悪くないか」

「あそこ……?」

「お前が手に入れた答えを確かめたいなら、モガの森に───孤島に行け」

「ぇ、お父さん……? 待って!」

 伸ばした手はやっぱり届かなくて、ゆっくりとその姿も消えていった。

 

 

 世界に色が戻る。暗黒に光が射した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 喧騒が耳に響く。

 ゆっくりと瞼を開いた先で、優しくて赤い目が私の瞳を覗き込んだ。

 

 

「……アラン?」

「起きたか」

 彼は安心したような、でも何処か寂しげな表情でそう言う。

 

 起き上がって周りを確認すると、バルバレの貸家の中だという事が分かった。なんだか懐かしい。

 

 

「モガの森……」

「どうした? というかお前その目は……」

「……目?」

 ふと言葉が漏れて、アランは心配そうに私の顔を覗き込む。

 そういえば、なんだか視界が歪んでいる気がした。

 

 

「大丈夫なのか……?」

「えーと、大丈夫だよ。それより私……何してたんだっけ。確か、怒隻慧と戦って───」

 アランの心配はよく分からない。私はそれよりも、自分の今の状態が気になる。何か大切な事を忘れてる気がした。

 

 

 確かバルバレに集まってから、私達は怒隻慧と戦って。

 そこから逃げた怒隻慧を追って、ジャギィの群れはアザミちゃん達に任せて。

 

 そして、怒隻慧を追い詰めたと思ったら───ナバルデウスが。

 

 

 

「私、あの後……あれ? アキラさんは?」

 私がそう聞くと、アランは表情を暗くして視線を落とす。

 

 ──アランちゃんを頼んだわよ──

 どうしてか、彼のそんな言葉が頭に浮かんだ。

 

 

 

「アキラさんは……俺達を助けて、亡くなった」

 そうして、アランはゆっくりとそう言葉を落とす。

 その言葉で私は少しずつ何が起きたのか思い出した。

 

 ナバルデウスが起こした津波に飲み込まれて、私は少しの間お父さんと怒隻慧の狭間に居たんだと思う。あの場所はそういう場所だ。

 

 

 怒隻慧はお父さんを食べて海の中に消えて、その後の事が思い出せない。

 ただ感じるのは、暖かい気持ちとさっきの言葉と夢。

 

 

「……私、アキラさんに……まだ、話したい事」

 言葉が出てこなくて、私はその場に蹲る。

 

 アキラさんが亡くなった所を見た訳じゃないのに、どうしても実感が湧くのはあの夢のせいか。

 私は落ち着くまでアランに泣きついて、それから私が寝ている間の事を聞いた。

 

 

 

 津波から私とアランを助けたアキラさんはその時点で体力の限界で、急いでミカヅキの背中に乗せてバルバレに運んだけど、到着した時にはもう息をしていなかったらしい。

 そして私はドスジャギィが遺跡平原からバルバレに運んでくれて、その後丸一日寝ていたと聞かされる。

 

 ドスジャギィは勿論バルバレの近くまでしか来なかったけれど、急いでいたアランはミカヅキをバルバレまで連れて来てしまって、町は少しの間パニック状態だったとか。

 その話を聞いて、私はお父さんがお母さんに怒隻慧を紹介した時の事を思い出して少し悲しくなった。

 

 一応ミカヅキの事はウェインさんが説明して事なきを得たらしいけれど、モンスターを町の中で野放しにしておく訳にもいかないからか、ミカヅキは今捕獲したモンスターを入れておく為の檻の中にいる。

 

 

 ナバルデウスや怒隻慧、お父さんは行方不明。海の中を調査してもそれらしい物は何も見つからなかった。

 

 

 振り出しに戻って、大切な人を亡くして、散々だとウェインさんは笑う。

 

 

「一応、葬式はタンジアでやる予定です。この人、こんなんですから……身寄りがないんですよ。……いやぁ、まったくさぁ、誰が後始末すると思ってんだよってね」

 私が起きてから少しして迎えに来てくれたウェインさんは、バルバレの集会所の一角に私達を連れて来てくれた。

 

 その場所には、大きなベッドに大柄な男の人が寝ている。

 左肩より先は無くて、だけど寝顔は男の人なのに綺麗だ。

 

 

「アキラさん……」

 実感が湧いている気がしていたのに、彼の死体を見て私はその場に崩れ落ちる。

 

 その人はもう二度と起きる事はない。

 男の人なのに女の人みたいな服装で女の人みたいに話したり、それでいて優しくて厳しくて。

 

 

 もう彼と話す事は出来ないんだ。

 

 

「……ミズキちゃん、起きたんだね」

 私が泣いていると、後ろからシノアさんのそんな声が聞こえる。

 シノアさんは涙でグチャグチャになった表情のまま、私を抱き締めてそのまま涙を流した。

 

 

「シノア……さん?」

「アキラさんが……アキラさんが死ぬなんて……思ってなかった。どこかでアキラさんなら……大丈夫だって。アキラさんなら二人を守ってくれるって。私はあの時倒れてる場合じゃなかった……私が……私がアキラさんを……っぅ、ぁぁ……ぁぁあああ」

 私に抱きついたまま呻き声をあげるシノアさんに、私は「そんな事はない」とか「シノアさんは悪くない」なんて言葉を言えない。

 悪いのは私だとか、怒隻慧が悪いだとか、そういう事じゃないんだと思う。

 

 これは私が渓流でお父さんを失った時と同じ感情なんだ。

 

 

 何も出来なかった自分が許せない。目の前が真っ暗になる。

 それを思い出して。アキラさんも───そしてお父さんも、もうこの世界に居ないんだと再び感情が渦を巻いた。

 

 

 私もシノアさんに抱き付いていっぱい泣く。

 きっと、アキラさんは今の私達を見たら怒るかもしれない。でも、それでも、今は泣く事しか出来ないよ。

 

 だって、それがいのちだから。

 

 

「シノアさん……無理しなくても良いんですよ?」

 大切な人が自分の手の届かない所で居なくなってしまうのは、どんな気持ちなのか分からなかった。

 私もアランも、その時はいつも手が届く時で。その手を伸ばせなかった自分が許せなくて、辛くなる。

 

「アキラさんね、リオレウス亜種の背中に乗ってる時はまだ少しだけ意識があったの。……その時に、こんな事を言ってたんだ」

 私から離れたシノアさんは、涙を拭きながらそんな言葉を落とした。

 

 

 そうして静かに、彼女は少し横目でアキラさんを見てからこう続ける。

 

 

「答えを見つけて来なさい。あなた達の答えを。私は見つけたわ。だから、あなた達はあなた達の答えを見つけて。……そして、いきなさい」

 ゆっくりとそう言ったシノアさんは、深く溜息を吐いてから呆れたような笑みを見せた。

 

 

「狡いよね、アキラさん。自分は勝手に死んどいて、私達には生きろってさ」

 瞳が濡れる。それに釣られて、私も泣いた。

 

 

「……答え、か」

 そう短く呟くアランは、頭を抱えて下を向く。

 

 私の答えは見つかった。

 怒隻慧がなんなのか、私は分かった。

 

 

 けれど、この答えをアランに教えるのは違うと思う。

 

 

 アキラさんは、あなた達はあなた達の答えを見つけろと言った。

 私には私の、アランにはアランの答えがあるんだと思う。だから、その答えはアランが探さなきゃいけない。

 

 

 ──だからアランに答えを言わずに、彼を見守ってほしいの──

 

 そんな彼女の言葉が頭を過ぎった。

 

 

 

「結局、俺はアイツを殺せなかった……。そして……アキラさんまでも奪われた」

「アラン……」

 その憎しみの中で、アランは答えが見付けられるのかな。

 それが不安になって私は手を伸ばす。だけど、急に頭と胸が痛くなってその場に蹲った。

 

「……っ」

「ミズキ……っ?!」

 アランに支えられて、なんとか立ち上がる。だけど身体がとても重かった。

 

 起きてからどこか身体がおかしい。無理をし過ぎたのかな……。

 

 

「あー、無理はしないで下さい。アキラさんだけじゃなくて他の皆さんの身体だってボロボロなんですから。正直ミズキちゃんに関しては生きてるのが不思議なくらいだってお医者さんに聞きましたよ」

「ぇ……」

 丸一日寝ていたとは聞いたけど、私もそんな状態だったなんて。

 

 もしアキラさんが助けてくれてなかったら。もう少しでも助けてくれるのが遅かったら。

 そんな事を考えて身体が震える。

 

 

「アランさんはそんなミズキちゃんをほっておいて、アキラさんに構ってるから怒られたんですよ。結果オーライだなんて、本当に大切な人ならそっちを優先するべきでしょ」

「だ、だが……アキラさんだって」

「それでアキラさんが生きててミズキちゃんが死んでたら、どうするつもりだったんですか」

 ウェインさんのそんな言葉に、アランは黙り込んで私の手を取った。

 そのまま私を強く抱き締める。集会所のど真ん中で少し恥ずかしい。

 

 

「あ、アラン……っ?」

「……俺は……何をしてたんだろうな。答えが……分からない」

「アラン……」

 アランの答え。

 

 

「……まぁ、お医者さんの言葉は半分嘘ですけど」

「お前───」

「だけど、嘘じゃなかったら。……この場にアキラさんが居たらアランさんぶん殴られますよ。……ミズキちゃんの事は大切にしてください。嘘も半分で、ミズキちゃんの身体は見た目以上に本当にズタボロですよ。無理し過ぎです」

 ウェインさんのそんな言葉を聞いて、私とアランは二人で俯いて反省した。

 

 そうだね、アキラさんに怒られてしまう。ウェインさんの言う通りだ。

 

 

「それを踏まえて……。怒隻慧の件についてのお話です」

 ウェインさんは一度手を叩いてから、目を半開きにしてこう続ける。

 

 

「怒隻慧は死んだって事にして。皆さんクエストクリアにしましょう」

 その言葉にシノアさん含めて私もアランも目を丸くして固まった。どういう意味なのか、よく分からない。

 

 

「……どういう事だ」

「行方が分からない以上、現実的に考えて怒隻慧が生きているとは思えませんからね。……というのは建前で。さっきも言った通り皆さんボロボロですし、もし怒隻慧の行方が分かったとしても追撃戦に出す訳にはいかないと判断しました」

 不機嫌そうにそう言いながら、ウェインさんは机の上に報酬金が入った麻袋を置く。

 

 それとほぼ同時に集会所にアザミちゃんとセージ君、それからムツキが入ってきて同じ席に座った。

 ウェインさん曰くアザミちゃんには私が寝ている間遺跡平原の調査をしてもらっていたみたいで、ムツキはその間セージ君の事を見ていてくれたらしい。

 

 

 全員が集まったけれど、机の上に報酬金が置かれたまま誰も動かずに時間が進む。

 セージ君はそんな光景に頭を横に傾けて、不安そうな表情をしていた。

 

 

「皆は……ミズキもアランも、コレでいいの?」

 沈黙の中で、アザミちゃんが視線を上げてそんな言葉を漏らす。

 

 

「そうは言っても、君に頼んで調べて貰った通り遺跡平原に怒隻慧は戻ってないですし。瀕死の状態で海の中に沈んだモンスターが生きているとは思えません。……その、生きていたリーゲルさんが呼んだっていうナバルデウスの背中にライドオンして? 何処かに行ったなんて事が万が一にあっても、僕達に行き先は分からないんですよ。そしてその万が一が起きて行き先が分かっていたとしても、今の皆さんの状態で再び狩りに出掛ける許可を出す訳にはいかない。……死体が増えるだけです」

 いつものようなマシンガントークで、だけど静かにそう語るウェインさんの言葉は何も間違っていなかった。

 

 彼のいう通り、私の身体がボロボロなのは今さっき実感したし。

 アランやシノアさんだって、アザミちゃんも少なからず今回のクエストで体力を使い果たしている。

 

 

 今の状態でまた怒隻慧と戦ったら、今度は負けるのは私達だ。そんな事は分かってる。

 

 

 それでも───

 

 

「モガの森。……孤島」

「ニャ、ミズキ?」

 ───それでも、行かなくちゃ。

 

 

「……どうした、ミズキ。……起きた時も同じような事を言っていたが」

「……多分怒隻慧は、そこに向かってる」

 なんの確信もなかった。

 

 だけど、私の口は勝手にそんな言葉を漏らす。

 

 

 自分でもよく分からない。だけど、どこかそんな自分の言葉に自信があった。

 

 

 

「どういう事ですか……」

「夢の中で……お父さんが言ってたんです」

 怪訝そうな表情のウェインさんに、私ははっきりとそう答える。

 ウェインさんは少しだけ目を閉じてから「……そうか」と言葉を漏らした。

 

「……ナバルデウスの回遊路。四年前のモガの村の一件から、付近でナバルデウスの目撃情報が少しだけあったんです。密猟者の船の沈没と少し関係があるのかと思って調べてたんですけど、数年前の孤島地方で地震が頻発していた事件の犯人がそのナバルデウス。その時はモガの村の専属ハンターがナバルデウスを撃退したんですが、それが戻ってきたのかとも思ったんですよ。だけど違ったんだ。ナバルデウスはそもそもそんな小さな縄張りで生きている訳じゃない、この付近一帯の海だってあの古龍にとっては縄張りなんだ。だとしたら万が一ナバルデウスが怒隻慧を連れて行くなんて事があったとして、ナバルデウスの行動範囲を調べればある程度の場所を絞り出す事が出来る。……案外モガの森だって、あそこは面積に対して生態系が豊かだから怒隻慧が体力を回復するには都合が良すぎる」

 唐突に難しい話を話し出すウェインさん。私は頭が痛くなって目を回してしまう。

 

 

「つまり、簡単に言うとミズキちゃんのその言葉は強ち間違いではないかもしれないって事です」

 長々と話したウェインさんは唐突に話を切ってそんな言葉を落とした。

 

 それじゃ───

 

 

「早くモガの村に行かないと……っ!」

「皆が危ないニャ!」

 モガの森に、孤島に───怒隻慧が向かっている。

 

 もし怒隻慧があの島に現れたら、四年前のような事がまた起こってしまうかもしれない。

 それだけは絶対に嫌だった。

 

 

「……間に合いませんよ」

 だけど、ウェインさんは静かに……冷たい声でそう言う。

 

 

「……どういう、事ですか?」

「怒隻慧が消えてからもう一日以上が経っています。今から準備して船で追い掛けて、海を泳ぐナバルデウスに追い付けると思いますか? 飛行船を使ったとしても間に合うかどうか分かりませんし。もし孤島に着いても怒隻慧がそこにいるとは限らない。どちらにせよ僕達には何も出来ませんよ」

 彼の言葉は正しかった。

 

 否定のしようもなくて、私達には何も出来ないんだって、無力なんだって思い知る。

 

 

「で、でも……そしたらモガの村の人達が!」

「そもそも怒隻慧が本当に孤島に向かっているとは限らないじゃないですか。そうだとしても、何度も言うようですが僕達が何をしたってもう手遅れなんです」

「……ミカヅキなら」

 だけど、アランは違った。

 

 強く拳を握って、真っ直ぐに前を見てアランはウェインさんに詰め寄る。

 

 

「ミカヅキとなら、追い付ける。……俺はまだ答えが見付かってない。アキラさんに見付けてこいと言われたんだ! 今ここで動かなかったら、俺は絶対に後悔する……っ!」

 ウェインさんの目を真っ直ぐに見て、アランはそう言った。

 

 

 この機会を失ったら、怒隻慧との決着は付けられないかもしれない。

 

 怒隻慧はまだ生きている。

 私の言葉を信じてくれているのか、アランは少しだけ横目で私の事を見た。

 

 

 アランとミカヅキなら、間に合う。

 

 

 

「……ダメです」

 だけど、ウェインさんは静かにそう言った。

 彼はポケットから何かの鍵を取り出して、それを指に引っ掛けてクルクルと回す。

 

「さっきも言いましたが皆さんの身体はズタボロなんですよ。これ以上無理をしたら、次は死にます。……だからコレ、リオレウス亜種の檻の鍵は渡せません」

 そうとだけ言って、彼はその鍵を再びポケットにしまった。

 

 

 あの鍵がないとミカヅキを檻から出す事は出来ない。

 

 それはウェインさんを説得しないと、モガの村には迎えないという事。

 

 

 

 ウェインさんはきっと正しいんだと思う。

 私達の身体は本当にボロボロで、今すぐ戦える状態なんかじゃないんだ。

 

 そんな事は自分達が一番分かっている。

 

 

「……もう、誰にも死んで欲しくないんですよ」

 ウェインさんは静かにそう言って、私達に背中を向けた。

 

 

「報酬金、受け取ってください。そして、ゆっくりと休んで下さい。戦いは終わったんです。……僕はギルドナイトの仕事があるので、それでは」

「ちょっと待つニャ」

「……なんですか、泥棒猫」

 集会所を去ろうとするウェインさんに、ムツキが怪訝そうに話し掛ける。

 

「……誰にも死んで欲しくないって、それはモガの村の人達は入らないのかニャ」

 ムツキのそんな言葉に、ウェインさんは珍しく動揺しているのか視線を揺らした。

 彼は一度目を瞑ってから溜息を漏らす。

 

 

「そもそもナバルデウスが怒隻慧を背中に乗せて海を泳ぐなんて話馬鹿げてますよ。冷静になって下さい。……それじゃ、僕は飛行船の船着場で色々仕事があるので。あと猫、あんまり生意気な事言うとまた樽で流しますよ。後で反省文持って来てください」

 そうしてウェインさんは集会所を後にして、酒場に再び沈黙が流れた。

 

 

「ムツキ……」

「さ、流石に冗談だよニャ……?」

 そんな雰囲気でもなかったけどね。

 

 きっとウェインさんもアキラさんが亡くなって悲しいんだと思う。

 誰にも死んで欲しくないという言葉は本心なんだ。

 

 

 だけど、それは違う。

 ムツキの言う通りモガの村の皆だって、私は大切だ。

 

 

 それなのに、私は何も出来ない。

 

 

 

「私達……コレでいいのかな」

 シノアさんがそんな言葉を落とす。

 

 アキラさんの言葉が頭の中で木霊した。

 このままじゃダメだと思う。だけど、答えが分からない。

 

 

 

「……ミズキ、アラン、シノア。あたし、今日一日遺跡平原を見て一つだけ分かった事があるわ」

 そんな沈黙の中で、アザミちゃんはセージ君の頭を撫でながらそう言った。

 彼女の言葉に私達は耳を傾ける。

 

「遺跡平原には怒隻慧は居なかった。津波のあった海岸にも行ったけど、あの禍々しい空気も何も感じなかった。ミズキがさっき夢でなんとかって言ってて、私もナバルデウスがイビルジョーを乗せて海を泳ぐなんて信じられない。……でも、今ここで立ち止まってても何も答えなんて見付からない。前に進みなさいよ。私を前に進ませてくれたのは、あんた達なんだから!」

 強くそう言って、彼女はセージ君を抱き締めた。

 

 

 そうだよね。

 迷ってる場合じゃない。

 

 

「……確かにウェインの言う事は正しいかもだけど。私はアキラさんの言葉を無視出来ない。ねぇ、アラン。あのリオレウス亜種が居れば、孤島まで行けるんだよね?」

「そうだな。……多くて二人か三人くらいなら」

「シノアさん……」

「よし、なんなら私が檻をぶった切る!」

「シノアさん?!」

 やり方が強引過ぎる。

 

 

「いや、流石にそれはミカヅキがビックリするからやめてくれ……」

「え、そうなの」

「あ、あはは……」

 それでミカヅキが暴れたりしたら大変だしね。

 

 でも、どうしようか。

 そんな事を考えていると、ムツキが溜息を吐きながら「しょうがないニャ」と言葉を漏らした。

 

 

「……鍵はボクがなんとかするニャ。丁度呼び出し貰ったしニャ」

「む、ムツキ……。良いの?」

「樽流しだけは助けて欲しいニャ」

 泣きそうになりながらシノアさんにそう言うムツキ。シノアさんは「ま、任せて!」とムツキの頭を撫でる。

 

 こんな所でムツキの泥棒スキルに助けられるなんてね。

 

 

「だが、やはりウェインの言っていた事は正しい。ミカヅキに乗って行く以上……武器やアイテムの事を考えると二人で行くことになる。そして今の俺達の身体で怒隻慧に戦いを挑むのは自殺行為だ」

「あ、アラン……」

「なによ、今更そんな……」

「アラン……あなた」

 私達の言葉に、アランは一度目を瞑ってから小さくこう口を開いた。

 

 

「……だから、今日一日ゆっくり休んで明日の早朝───日が昇る前に出発する。俺と……ミズキ、お前で」

 そう言ってアランは私に手を伸ばして「付いて来てくれるか?」と聞いてくる。

 

 

 

 ───答えは決まっていた。

 

 

「当たり前だよ!」

 私がアランを守る。

 

 そして、アランの答えを見届けるんだ。

 

 

 確かに身体はボロボロかもしれない。

 でも、これで本当に最後。あと少しで私達の道の先に辿り着く。

 

 

 止まっちゃいけない。

 

 

 

「シノア、狩りに使うアイテムなんかを俺達の代わりに集めておいてくれ」

「……分かった。でも、本当に二人で行くの?」

「それしかないしな。まぁ、ムツキくらいなら連れていけるだろ」

「ボクも行くのかニャ……」

「当たり前だ。……お前も、俺達の頼りになる仲間だからな」

 アランのそんな言葉を聞いて、ムツキは少し顔を赤くした。照れてるムツキは可愛いなぁ。

 

 

「アザミ、セージの世話はあるだろうが俺達の武具の整備を頼む」

「そのくらい任せなさい」

「僕も手伝うよー!」

 多分よく分かってないけれど、元気に返事をしてくれるセージ君も中々に頼もしい。

 

 

「ムツキも鍵をなんとかしたら早めに休んでくれ」

「ガッテンニャ」

 ムツキが一番大変だけど、その分私達は怒隻慧との戦いで頑張らないとね。

 

 

「ミズキ、俺達はとっとと休むぞ」

「……うん!」

 私達はアイテムポーチをシノアさんに、武具をアザミちゃん達に預けて貸家に戻って休む事に。

 だけどその前に、私は集会所の奥に駆け寄ってそこで眠っている一人の男性に手を合わせる。

 

 起きたら忙しくて挨拶は出来ないかもしれないから。今ここで。

 

 

 

「……アキラさん。私達、行ってくるね。絶対に答えを見付けてくるから」

 そうとだけ伝えて、私とアランは集会所を後にした。

 

 沈み掛けの太陽が、空と海を赤く塗り潰す。

 あの先に答えがあるんだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 静かな時間が流れる。

 貸家のベッドでアランと二人で並んで、私達は明日に向けて身体を休めていた。

 

 

 でもやっぱり、どこか身体がおかしい。視界もなんだか揺れている。

 早く寝て明日までに治さなきゃいけないのに、丸一日寝ていたからか中々寝付く事が出来なかった。

 

 

「寝れないのか?」

 静かな声でアランがそう言う。

 

「……うん。ご、ごめんね。こんな大切な時に。アランは寝ていいから……っ!」

「俺も……寝れない」

 そんな言葉に驚いて、私はアランの眼を覗き込んだ。

 

 

「……怖いんだ。これで終わりだと思うと、考えると……何が終わるのか。何がなくなるのか。俺はまた何かを失うんじゃないかってな」

 言葉が震える。

 

 私はそんな彼に手を伸ばした。

 

 

「……ミズキ?」

「大丈夫だよ」

 彼の顔に触れながら、ゆっくりと彼に近付いてそう言う。

 吐息が触れて、少しだけ身体が熱くなった。

 

 

「私は絶対に居なくならない。約束したもん。……だから、一緒に頑張ろ。アランの答えを探しにいこ」

 昔だったら、こんな事言えなかったと思う。

 

 

 ずっとアランに貰ってきた。

 

 だから、今はアランに返す時だ。

 

 

 

「アラン、大好きだよ」

 眼を瞑って唇を交わす。もっと先に、深くまで。

 

 

「……っ、ミ……ズキ?」

「私は大丈夫」

 ゆっくりとそう言って、私はアランに抱き着いた。

 

 

 暖かい。

 ずっとこうしていたい。

 

 

「だから、ね?」

「……大きくなったな」

 アランも、私を優しく抱いてくれる。

 

 少しだけ恥ずかしいけど、やっぱり嬉しいや。

 

 

「ミズキ……愛してる」

「うん」

 ゆっくりと、微睡みの中に。

 

 

「なぁ、ミズキ───」

 吐息が混ざって、身体が熱くなった。

 

 

 

「───アラン」

 お互いに求め合って、重なって、溶けていく。

 

 

 

 

 まるで夢のようで、心地が良い。

 

 

 

 

 深く、奥まで繋がって。

 

 

 

 

 

 

 きっと私達なら───

 

 

 

 

 

 

「……ア……ラン」

「……ミズキ。好きだ。だから───」

 ───大丈夫。

 

 

 

「愛してる」

 答えはその先に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が漏れた。

 

「……ア……ラン?」

 涼しい風と、暖かい匂い。

 

 

 

 

 でもそこには───

 

 

「なんで……」

 ───誰も居ない。




本当の最終決戦です。

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