モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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激戦と決着の先で

 黒。

 

 視界の半分を埋めるのは、目をそらしたくなるような不気味な色だった。

 それでも、前を見なきゃ進めないから。私達はその黒を睨む。

 

 

 視界に色が戻った。

 なのに、目に入ってくるのは黒色ばかりで世界は暗い。

 

 霧のような黒。赤黒い光は散るように跳ねて、竜は禍々しい色の唾液を地面に落とす。

 

 極限化怒隻慧───イビルジョー。

 

 

 

「ミズキ!」

「うん!」

 ポーチの中から抗竜石を取り出して、私はそれを剣の刃に擦り付けた。

 抗竜石は狂竜ウイルスを鎮静化する効果を持っていて、これを対象の体内に叩きつければウイルスの力による身体の硬質化を解く事が出来る。

 

 どうしても極限化状態だとダメージを与え難くなるし、戦いが長引けば不利になるのは私達だ。

 ガンナーのアラン以外は抗竜石を武器に滑らせて身構える。竜の咆哮が空気を震わせた。

 

 

「猶予なんて与えないとよ」

 怒隻慧が赤く光る。

 

 それは半身を包み込む赤黒い光じゃなくて、膨張した筋肉と血管が浮かび上がって見える赤色だった。

 そのせいで古傷を含めた傷口から血潮を流して、怒隻慧の身体は赤く染まっていく。

 

 

 怒隻慧の怒り状態。

 空気がピリピリして、否応にも冷や汗が垂れた。それでも、身体は動く。

 

 本気の殺意。

 覚悟が足りてなかった私は、あの時それに耐えられなくて動けなくなってしまった。

 でも今は違う。前に進むって決めたんだ。こんな所で止まれない。

 

 

 来る。

 

 

 

「グィォゥァァァアアアッ!!!」

 持ち上げられた頭部から赤黒い光が漏れた。ブレスなら、懐に潜り込んで───

 

「待ってミズキちゃん!」

「───っ、え?!」

 地面を蹴った私の眼前で、怒隻慧はその頭を真下に向けてブレスを放つ。

 足元を吹き飛ばす程の龍属性エネルギーの放出が、少し離れていた私達にも衝撃を轟かせた。

 

 私の身体はそれに飛ばされて地面を転がる。

 

 

 怒隻慧の足元は衝撃で岩盤が抉れていた。

 シノアさんが止めてくれなかったら、私は今頃あの中で血肉になっていたかもしれない。

 

 集中しなくちゃ。

 

 

 

「攻撃が見切れないなら、全部反射でなんとかするのよ!!」

 そんな怒隻慧に太刀を構えながらアザミちゃんが肉薄する。持ち上げられた頭に向けて太刀を振り上げ、弾かれた刃を引き戻して薙ぎ払い。

 ヒットアンドアウェイで直ぐにバックステップで距離を取ったアザミちゃんに向けて、怒隻慧はその大顎を振り下ろした。

 

「───舐めないで!!」

 バックステップの勢いを殺さずに、アザミちゃんは更に後ろに跳ぶ。

 怒隻慧の攻撃を交わした彼女は着地した足をバネにして、体を捻りながら逆に踏み込んだ。

 

 

 一閃。

 身体を軸に振り回された太刀を鞘に収めると同時に、怒隻慧は血飛沫を上げる。

 

 しかし怯みもせずに、動きを止めたアザミちゃんを逃さまいと脚を振り上げる怒隻慧。

 持ち上げられた脚の下で、地面に着弾した徹甲榴弾が怒隻慧のバランスを崩した。

 

「アザミちゃん!!」

 私とアランが走って、彼女と入れ替わる。

 

 

 アランとアイコンタクトで怒隻慧の左右に分かれると、私は左脚アランは右脚を蹴って跳躍。

 怒隻慧がどちらを狙うか決める前に一撃だけ入れて離脱した。

 

 左右に離れて視線を奪う。そして意識の外には───

 

 

 

「───そこだぁぁあああ!!」

 月を描くように宙を駆ける大剣。

 

 怒隻慧の背後に回り込んだシノアさんは大剣を振り下ろした反動を使って跳躍し、尻尾の先と背中にその身の丈程の刃を叩き付けた。

 

 

 そうして怒隻慧の上を取ったシノアさんは何故か大剣を手放しながら懐に手を入れる。

 彼女の眼前には驚くお父さんの姿。

 

 

「───これは、アキラさんの分」

 そう短く呟きながら、シノアさんは懐から取り出した銃の引き金を引いた。

 

 

 銃声と共に血飛沫が上がる。

 

 

 勢いのまま怒隻慧を通り越して着地したシノアさんを、怒隻慧はその大顎で噛み砕こうと踏み込んだ。

 だけど、その頭上から落ちて来た大剣をシノアさんは器用に手に収めて身体を捻る。

 

 背中に背負った大剣で攻撃をイナシた彼女は、背負った大剣を再び振り回して怒隻慧の頭を弾き飛ばした。

 

 

「それでこれが、これまで犠牲になってきたハンターの分!」

 これがギルドナイトの本気。

 

 

「グォゥァァ……」

「ぬぅ……ぅ」

 一方の怒隻慧はまだ極限化も怒り状態もそのままだけど、苛立ちを見せるように短く野太い鳴き声を漏らす。

 そしてお父さんは左肩を抑えて表情を曇らせていた。その肩から赤い液体が垂れる。

 

 

 ギルドナイトの人が持っている銃は小型のボウガンみたいな物で、小さな弾丸を発射する武器だ。

 大型モンスターには殆ど効果がないみたいだけど、小型モンスターやそれこそ人間ならその命を奪う事だって出来るものらしい。

 

 アキラさんがさっきお父さんに向けていたのと同じ物。それを頭に撃っていたらきっと───

 

 

 

「───人間は、同種すらも法だ罪だと言ってその命を奪う。本当に愚かで、下らない」

「それは違うぞ!!」

 暗い表情でそう言うお父さんの意識の外から、突然そんな声と共に怒隻慧の脚に衝撃が走る。

 

 同時に空気を震わす音色は心地よくて、心が洗われるようだった。

 

 

「アキラ……っ?!」

「人間は……考えられる生き物だ」

 狩猟笛の旋律。

 その旋律の主は左肩から血潮を垂らしながら、強い視線をお父さんに向ける。

 

 

 怒隻慧を攻撃していたのは、左腕を失って右腕だけで狩猟笛を振るアキラさんだった。

 

 

 

「ちょ、アキラさん?!」

「ダメニャ……あの人応急処置を終えたらボクの言う事聞いてくれなくなったニャ……」

 アキラさんらしいけど、流石に今あの状態で戦わせるのは気がひける。

 

 

「己の過ちだって、人間は正す事が出来る。別にモンスターをバカにしてる訳じゃない、だけど人間は───人間はもっと強くあれる生き物だ!!」

 そう思ったけれど、真剣なアキラさんの言葉を聞いて彼を止めようとは出来なかった。

 

 

 人間は考える生き物だって、そんな話を聞いた事がある。

 人とモンスターの違い。アキラさんが言っているのはそう言う事なんだと思った。

 

 

「だったら……勝手に強くあれば良い。強くあるなら、今ここで勝てるだろう」

 お父さんがそう言うと同時に、怒隻慧は地面を踏み抜いて岩盤を叩き上げる。

 竜を一匹隠す程の岩盤が持ち上がって、衝撃でアキラさんは地面を転がった。

 

 そしてこの攻撃は───

 

 

「アザミちゃん、危ないから下がって!!」

「な、何する気なのよアレ?!」

 刹那、轟音が響く。

 

 

 岩盤を貫く赤黒い光。

 砕けた岩を巻き込んだ怒隻慧のブレスが地面をなぎ払うように放たれた。

 

 退けられない?! 

 

 

「その攻撃はもう見切った!!」

 だけど、シノアさんがそう言いながら怒隻慧に肉薄する。

 身体を捻って地面を這うようにブレスを避けて、彼女は同時に抜刀した大剣を振り上げて怒隻慧の頭を弾き飛ばした。

 

 

「ほぅ……っ」

「まだ……っ!!」

 そうして懐に入り込んだシノアさんは大剣を持ち上げてその場で静止する。

 怒隻慧はそれを好機と思ったのか姿勢を落として脚をバネにタックルを繰り出した。

 

 だけど彼女はそれを避けようともせずに、むしろタックルにカウンターを入れる勢いで大剣を振り下ろす。

 

 

 左横腹に叩き付けられた大剣は怒隻慧の極限化を解いて、更に硬質化していたその肉を切り裂いて血飛沫を上げた。

 シノアさんはタックルを避けずに地面を転がるけれど、血反吐を吐きながらも直ぐに立ち上がる。

 

 自分の身も犠牲にしたような攻撃で心配になるけど、彼女のおかげで大ダメージを与える事が出来たのか、怒隻慧は大きく怯んでうねり声を上げた。

 

 

「人間は過ちを正せると言ったな。なら、それこそが過ちだ……」

 私達が追撃に走ろうとした所で、怒隻慧はこれまで以上に足を持ち上げてそれを振り下ろす。

 

 

 

 大地が揺れた。

 比喩表現じゃなくて、地震とは言い過ぎかもしれないけれど立っていられない程に地面が揺れる。

 

 これが怒隻慧の力。

 この竜はもしかしたら、まだ実力の半分も出していないのかもしれない。そんな事を思った。

 

 

「グォゥァァァァアアアアアッ!!!」

 口から赤黒い光を漏らす。地面の揺れでバランスを崩した私達にそれを止める術も交わす術もない───

 

 

「させない……っ!!」

 ───そう思って身構えた所で、シノアさんが大剣を振り上げながら叫んだ。

 

 でも、今シノアさんがいる位置からどう大剣を振っても攻撃は届かない。

 何をする気なのか。そう思った瞬間、シノアさんの手から大剣が離れる。

 

 

 そしてその大剣は真っ直ぐに怒隻慧の口元へ飛んで、ブレスを吐き出そうとして開けたその牙を何本も吹き飛ばした。

 

 

 

「何?!」

「ギィゥォァァアアッ?!」

 口から大量の血飛沫を漏らしながら、怒隻慧は大きく身体を捻って悲痛の声を漏らす。

 タックルのダメージもあってその場に座り込んでしまうシノアさんだけど、一瞬の危機はなんとか脱した。

 

 

「シノアさん……っ!」

「まだ……来るよ!」

 表情を痙攣らせながらも、シノアさんは怒隻慧を睨み付ける。

 怯んだと思っていた怒隻慧だけど、直ぐに体勢を立ち直して赤黒く光る片目で私達を睨んでいた。

 

 

 確実にダメージは与えていると思う。こころなしか怒隻慧の動きが鈍くなっている気がするし、口から漏れる唾液には血が混ざっていた。

 極限化は解いたし、沢山ダメージを与えたと思う。だけど、それでも遠い。

 

 

「グォゥァァァァアアアアアッ!!!」

 その命には手が届かない。そう感じさせる程の咆哮を上げて、怒隻慧は大地を強く踏みしめた。

 

 

「……なめるな」

 目を細めるお父さんの視線の先には私とシノアさん。

 直感で何かが来るって気がして、私は反射的に盾を構える。怒隻慧は頭を真下に向けて───

 

 

「───グェォォァァァ……ッ」

 ───次の瞬間、視界が真っ暗になった。

 

 

 比喩表現じゃなくて、本当に世界が黒に包まれたみたいに。黒い靄。狂竜ウイルス。

 また極限化? それともウイルスをまき散らしただけ? 頭の中で疑問が渦を巻く。

 

 何より視界が遮られているから、怒隻慧が何をしているのか分からなかった。

 そういう時、人は無意識に自分を守ろうとする。震える手で盾を構えて、その手を押された気がした。

 

 

「ブレスだ!!」

 アランの声が聞こえると同時に、視界に赤が映る。

 

 そして次の瞬間。私の身体は地面を転がった。

 

 

 

「……っ、ぅ。……え?」

 だけど、龍属性ブレスに直撃したにしてはダメージが少な過ぎる。

 直ぐに身体を持ち上げて、ふと視界に入ったのは───

 

 

「嘘……」

 ───倒れているシノアさんの姿だった。

 

 手で身体を持ち上げて立とうとしているから、意識がある事だけは分かる。

 彼女が庇ってくれたんだと理解するのに時間はかからなかった。

 

 直ぐに助けないと。

 そう思って伸ばした手を引っ込める。

 

 

 シノアさんが私を制止するように手を伸ばしていたから。

 

 

 前回怒隻慧と戦った時も、誰かを助けようとしたその時に怒隻慧の罠にハマって次々に仲間が倒れていった。

 振り向くと、案の定怒隻慧は私を狙ってブレスを放とうとしている。地面を蹴った。その足が遅れて、ブレスが掠る。

 

 

「ミズキ、一旦ムツキと下がれ」

「わ、分か───」

「そんなに甘いと思うか!」

 私とアランの会話にお父さんはそう声を荒げた。怒隻慧の口元が赤く光る。

 

 こんなに連続でブレスを?! どこにそんな力が残っていたのか。怒隻慧の底が見えない。

 

 

「させるかぁぁ!!」

 私が驚いている間に、再び怒隻慧の懐に潜り込んだアキラさんが片腕で狩猟笛を振り上げた。

 狩猟笛は怒隻慧の顎を撃ち抜き、綺麗な音色を上げる。

 

「邪魔だ」

 だけど、怒隻慧は怯みもせずに真下に向けてブレスを放った。

 アキラさんはその衝撃で血飛沫を上げながら地面を転がる。

 

 

 このモンスターは倒せない。

 そんな言葉が頭に浮かぶ程に、圧倒的だ。

 

 

 

「言っただろう。コレは狩りだ。弱い奴が死ぬ」

「そうだな。……これは狩りだ」

 だけど、アランは小さくそんな言葉を漏らす。

 

 

 刹那。

 怒隻慧は大量の血反吐を吐いて膝を落とした。

 

 

 

「な、なんだ……これは? どうした? 何をした?!」

「グゥォゥァァ……」

 血の混ざった涎を垂らしながら、怒隻慧はついに崩れ落ちる。私は初めて怒隻慧が倒れる瞬間を見たかもしれない。

 

「……毒だ」

「毒……だと?」

 アランの答えに、お父さんはハッとして倒れているアキラさんに視線を動かした。

 

 

 毒奏ファンガサクス。

 それはアキラさんがずっと使っていた武器の名前。

 

 ──私の武器の毒と一緒。小さな毒でも、蓄積させてドンドン表面に出てくるの。治療しなきゃ消えないわ──

 

 ふと、いつかアキラさんと温泉に入った時の彼の言葉を思い出す。

 

 

 さっきから怒隻慧の唾液に血が混ざっていたのはつまり、そういう事。

 

 

 ずっと蓄積させていたんだ。

 今日の戦いだけじゃない。これまでの戦いで、何度も───何度も。

 

 

 怒隻慧には閃光玉も、毒も効かない。

 そう言っていたアキラさんがなんで毒属性の武器をずっと使っていたのか。

 

 

「……確かにソイツに毒は効かない。いえ、殆どの毒に強い耐性を持っているというのが正しいわね」

 全身から血を流しながら立ち上がって、アキラさんは倒れた怒隻慧を睨みつける。

 

 

「モンスターはその強い生命力で、一度受けた毒に耐性をつけて行く。毒を貰えば貰うだけ、その毒に強い耐性が出来る……生き物って素敵ね。確かコレ、私はあなたに教えてもらったのよ。リーゲルさん」

 いつの間にかいつもの口調に戻ったアキラさんは、左肩を抑えながらゆっくりとそう言った。

 

 

 

「お前がそんな武器を使い続けていたのは……」

 瞳孔を揺らしながら、お父さんは目を見開いてそう言う。

 

 

 少なくとも毒が身体から消えるまで、怒隻慧は動けない。

 この戦いで受けたダメージだって無視出来る物じゃない筈だ。怒隻慧からはいつもの禍々しい空気が消えていて、半身を包み込む赤黒い光も弱くなっている。

 

 

 

 

 

 

 これで、私達の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

「世界は……俺達に引導を渡したのか」

 目を瞑って、お父さんはそんな言葉を漏らす。

 

「今直ぐに怒隻慧から降りて降参すれば、あなたの命は助けるわ」

 怒隻慧の前に立って、アキラさんはそう言った。

 

 

「……ハッ」

 どう見たって怒隻慧は限界にしか見えない。なのに、お父さんは俯いたまま不敵に笑う。

 

 

 

 

 

「確かに、お前達の勝ちだ。───この狩りはな」

 お父さんはそう言って、右手を空高く持ち上げた。

 

 眩しい光。

 だけど、いくらライダーでも傷付いて動けないモンスターを動かすなんて事───

 

 

 

「まさか……」

 ふと脳裏によぎったのは、お父さんのもう一匹のオトモンだったディノバルドの姿。

 

 

 お父さんのオトモンが怒隻慧だけじゃないなら? 

 

 

 ──ウェインが調べてた話によると、ここ最近何回か地震があったみたいだよ。関係あるかは分からないけど──

 

 シノアさんのそんな言葉を思い出す。

 

 

 確かに怒隻慧の起こした地鳴りも凄かったけど、それが地震だとは流石に考えにくかった。

 なら、その理由があるとしたら? 

 

 

 

 

 近くには海がある。私は、その理由になり得るモンスターを一匹だけ知っていた。

 

 

 だけど、そんな事が───

 

 

 

 

 次の瞬間、地面が揺れる。

 

 怒隻慧が起こした地鳴りの比じゃない。大地が揺れるなんて表現が甘く感じる程に、まるで落ちているような感覚だ。

 

 

 遺跡が砕けて、森が鳴く。

 

 この世界が揺れているような、そんな地震。どこか、懐かしい感覚。

 

 

 

「な、何なのよこれ……っ」

 立っていられなくて、武器を落として倒れるアザミちゃん。

 

 誰一人として立つ事も出来なくて、だけどお父さんは不敵に笑っていた。

 

 

 

「何をしたの……」

「少し、角を削ってるだけだろう」

「訳のわからない事を……っ!! な?!」

 アキラさんが懐から銃を取り出すと同時に、怒隻慧は立ち上がってアキラさんを頭突きで突き飛ばす。

 

 

「……俺はお前達を舐めていたのかもな。だが、それでも俺も……コイツも、死ぬ訳にはいかない」

 お父さんがそう言うと、怒隻慧は私達に背中を向けて歩き出した。血反吐を吐きながら歩く怒隻慧の姿はとても弱々しい。

 

 

「逃げる気か!!」

 追いかけようとするアランだけど、何かに足を引っ張られて膝を突く。

 

 

「……っ、何?!」

「ギャィッ」

 アランの足元に居たのは、オレンジ色の小さな竜だった。

 

 

「ちょ、何よあんたら!」

「ニャー?! なんでお前らが邪魔するんだニャ!!」

 ───どうして。

 

 

「ジャギィ達……」

 怒隻慧と私達の間に小さな竜が何匹も立ち塞がる。

 

 ジャギィに、ジャギィノス。そして───

 

 

 

「ウォゥァァ、ウォゥッ! ウォゥッ!」

 ───ドスジャギィ。

 

 

 

「何をした?! こいつらを操ったのか?!」

「ライダーにそんな力がない事はお前が一番知っているだろう、アラン。絆石は竜を操る物じゃなく、竜と心を繋げる物だ。簡単な話さ。こいつらに、人間は恐ろしい生き物だと教えてやったに過ぎない」

 ゆっくりと歩く怒隻慧の上で、お父さんは不敵に笑いながらアランの問いに答えた。

 

 そうして少しだけ間を置いて、お父さんはこう続ける。

 

 

「人間への恐怖を。俺とこいつが受けた、人間からの殺意をな」

 人と竜は相容れない。

 

 どうしても、どちらかが生きる為にどちらかの命を奪うしかない事が多いからだ。

 それを回避する事は出来るけれど、私達が武器と殺意を持ってしまったら───戦う事を回避する事は出来なくなる。

 

 

 それが、今のジャギィ達と私達の状態なんだ。

 どこか他人事みたいにそう思って視線を動かすと、アランの手が震えているのが見える。

 

 

「まさか……あの時も」

 目を見開いて、震える眼でお父さんを睨むアラン。

 

 当のお父さんはそんな彼を横目で見てから、怒隻慧と共に森の中に姿を消した。

 追いかけようとするアキラさんとアランだけど、目の前にジャギィ達が集まって身動きが取れない。

 

 

「邪魔よ、退きなさい……っ!」

 狩猟笛を振ろうとするアキラさんだけど、彼も限界なのか膝をついてしまう。

 

 そんなアキラさんに群がろうとするジャギィを銃弾で牽制して、アランは「次は当てるぞ」とイラついた声を漏らした。

 

 ただ、アランは引き金を引かない。

 

 

「何してるの、逃げられちゃうよ……っ!」

 背後からシノアさんのそんな声が聞こえてくる。当の彼女はダメージが残っていて動けないのか座り込んだまま。

 そんなシノアさんをジャギィ達が囲って、シノアさんは唇を噛んだ。

 

「今逃したら次はない!!」

 それでも、彼女は動ける人全員で追いかけろと言わんばかりに声を上げる。

 

 

 今、私達がするべき事は怒隻慧とお父さんを追い掛ける事だ。

 

 その為にはシノアさんやアキラさんをここに置いていかなければいけないし、邪魔をするジャギィ達は殺さないといけない。

 

 

 そんな選択肢を前に私はまた固まってしまう。

 

 答えが分からない。

 

 

 

「ミズキ、背後ニャ!」

 唐突にそんな声が聞こえて、振り向いた先に映ったのは鋭い牙だった。

 飛び込んできたジャギィの牙。盾も間に合わなくて、私は反射的に目を閉じる。

 

 だけど、来る筈の痛みは一向に襲ってこなかった。

 

 

「……何悩んでんのよ。あんたが言ってた命と向き合うって、そんなんじゃないでしょ」

 代わりに耳に入るそんな声。

 

 頭に返り血を浴びて、その血を拭いながらアザミちゃんはそう声を漏らす。

 彼女の目の前には、太刀で身体を斬り裂かれて絶命した一匹のジャギィが横たわっていた。

 

 

「殺すのも、殺さないのも、その理由を───答えを自分で見付けて命と向き合う。そう言ったのはあんたよ。前に進みなさい。ここは、あたしがなんとかするから」

 片目を閉じてそう言って、アザミちゃんは有無を言う暇もくれずに地面を蹴る。

 

 シノアさんの元まで走った彼女は、周りのジャギィを太刀で薙ぎ払って大振りに太刀を振った。

 

 

「死にたい奴から前に出なさい! その覚悟がないなら、とっとと逃げる事をオススメするわ!」

 そう言うアザミちゃんは、私に視線を合わせると「早く行きなさい」とでも言うように視線を怒隻慧の向かった先に向ける。

 

 相手はジャギィといってもドスジャギィの率いる一つの群れだ。

 怪我人を置いて行けばどうなるか。アザミちゃんが一人で残ってくれると言っても、彼女が危険に晒される事は変わらない。

 

 

 

 それでも───

 

 

「……そうだよね」

 ───前に進むって、決めたから。

 

 

「ムツキ、アザミちゃん達をお願い!」

「ガッテンニャ。ドスジャギィなんか痛い目に合わせてとっとと追い出して追い掛けるニャ!」

 私の仲間はこんなに頼もしい。だから、私は前に進む。

 

 

「アラン、行こう!!」

「ミズキ……。良いのか?」

 多分、彼はドスジャギィの事を言っているんだと思った。

 

 アザミちゃんと対峙するドスジャギィの左眼の傷が見える。

 私が付けた傷。私にとって、とても大切で特別な命だ。

 

 

 人と竜は相容れない。

 きっとドスジャギィはアザミちゃんと戦って、どう転んだってどちらかが命を落とす。

 

 

「向き合うって、決めたから」

 ドスジャギィを横目で少し見てから、私はしっかりとアランの目を見てそう返した。

 一瞬目があった気がするけれど、きっと気のせいだと思う。

 

「……分かった、行くぞ!」

「私も……行くわ」

 狩猟笛を背負いながら、全身から血を流したままアキラさんが立ち上がってそう言った。

 

 

 断ったり、止めたりする事は出来ない。

 

 短く首を縦に振って、私とアランとアキラさんは地面を蹴る。

 目の前に立ち塞がるジャギィを盾で殴って、怯んだところに刃を喉に突き刺した。

 

 

「ごめんね。……通して!」

 息を引き取るジャギィから剣を引き抜きながらそう言って、私達は森の中に走る。

 

 森林の入り口は怒隻慧が通って獣道が出来ているけれど、少し広い所に出てから怒隻慧の向かった先が分からなくなってしまった。

 

 

「足跡は……消されてるか」

「どこに向かったのかしら……」

 少し追い掛けるのに時間が掛かってしまったからか、完全に怒隻慧を見失ってしまう。

 でも、ここで逃げられる訳にはいかない。きっとこの先はないから。

 

 何処かで、そんな事を思った。

 

 

「……海は、どっちにあるの?」

 足元を見ながら、私は少し考えて小さくそう漏らす。

 

 そんな私の言葉に二人は目を合わせるけれど、アランが「どうしてだ?」と聴いてくれた。

 

 

「地震」

 私が短く答えると、アランは目を見開いて少し考えるそぶりをする。

 少し間を置いて「肩の力を抜け。目が光ってる」と言われて、私はハッとして息を吐いた。

 

 

「リーゲルさんの船はユクモ村に置いたままで、飛行船は使えない。だが、渓流からここまでは海を渡らないと来れない……」

「他に足を持っているという事かしら?」

 アランの言葉にアキラさんは左肩を抑えながらそう問いかける。

 続けて「どうして地震なの?」と私に聞いてくるアキラさんは、倒れそうになるけれどなんとか姿勢を保って立ち上がった。

 

 

「アキラさん……っ」

「私の事を気にしてる場合じゃないわよ」

 彼は正しい。だけどその正しさが、少しだけ怖い。

 それでも今は前に進む。

 

 

「私、一匹だけ知ってるんです。さっきみたいな地震を起こせるモンスターで、お父さんと怒隻慧を乗せて移動出来るくらい大きなモンスターを」

「まさか……」

 さっきの地震の時、どこか懐かしい感覚を感じた。

 

 

 

 私がまだ物心着く前。モガの村、孤島地方で多発していた謎の地震。

 

 

 

 その犯人は───

 

 

 

「───ナバルデウス。多分、お父さんは古龍をオトモンにしてる」

 ───古龍ナバルデウス。

 

 

 地面が揺れる。

 

 海水の匂いが向かってくる方角から感じる振動は、どこか懐かしい物だった。


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