モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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いのちと向き合った少女の答え

 巨木が斬り飛ばされる。

 

 私の胴回りよりも太い木が、まるで巻藁のように切断されて、大きな音を立てて地面を転がった。

 

 

「……っぇ?!」

 背筋が凍るような、そんな感覚。

 

 それでも止まる訳には行かなくて、私は地面を蹴って蒼色の甲殻の下に潜り込む。

 同時に右手の剣を片脚に叩き付けるけれど、斬れ味が足りなくて刃は弾かれた。

 

 

 堅牢な甲殻。

 

 鋭い刃。

 

 

 防具も身体も柔らかくて、少し戦えば武器は切れ味を失って攻撃力も下がる。

 天地の差。私達とモンスターには、それくらいの差があるんだ。

 

 

 

「流石お父さんのオトモンは……っ!」

 足元に居る私を踏み潰そうと持ち上げられた片脚に反応して、私は後ろに踏んで回避する。

 そうして一度距離を取ると、血走った瞳で私を睨み付ける竜の全身が視界に入った。

 

 

 ディノバルド。

 別名を斬竜といって、その名の通りまるで大剣のような尻尾を持つ獣竜種。

 

 

 戦った事がない訳じゃないけれど、私はこの種のモンスターを討伐出来た事はない。

 だから、どうも戦い方が確立しなくて受け身になってしまう。

 

 時間だけが経って、武器は刃毀れしてきた。ただ不利になっている事に、私は今さっきようやく気が付いたところである。

 

 

 

「何か突破口を───」

 唇を噛みながら、姿勢を低く構えた。

 

 ディノバルドはそんな私の目の前で自らの尻尾(得物)に喰らいついて、砥石で剣を研ぐように牙で(尻尾)を研ぎ始める。

 それは自分の武器の特徴を理解しているという知能の高さを物語っていた。勿論、このディノバルドがオトモンだったからという訳ではなくて。種として生き残る術、進化の末に手に入れた力なんだと思う。

 

 

 

 ふと私は、タンジアから飛行船でユクモ村に着いた後の事思い出した。

 

「───うわぁ、ディノバルド大きくなってる?」

「そりゃ、生き物だからなぁ。最後に見たのは二年くらい前か?」

 お父さんの船の中に居るディノバルドを見て、私は歓喜の声を上げる。

 

 言われた通り、最後にこのディノバルドを見たのは砂漠でお父さんに会った日だったから二年ぶりだ。

 

 

 あの時は色々な事に驚いてあまり触れ合う暇もなかったから、私はふと手を伸ばす。

 

 

「グァァァッ」

「うわぁ?!」

 しかし、ディノバルドは大きな口を開けてそれを私に近付けてきた。

 お父さんが私の手を引っ張って、今さっきまで私の手があった場所をディノバルドの牙が噛み砕く。

 

 冷や汗を流しながら倒れこむと、お父さんは「はっはっ。忘れるな、コイツはモンスターだ」と私を起こしてくれた。

 

 

「オトモンとかいうが、別に人に付き従ってる訳じゃない。俺とコイツは絆で結ばれて、ただお互いを信頼して一緒にいるだけなのさ」

 そう言いながら、お父さんはディノバルドの頭を撫でる。

 

 私の時とは違って、ディノバルドは大人しくその手を受け入れていた。

 

 

 

「こんなのが下にいる状態の船に乗ってたと思うと漏らしそうになりますね。……シノアさん、今のうちに討伐しちゃってくださ───」

「グォゥァァァッ!!」

「───うわぁぁ?! 怒った?! 僕の言葉が分かってるのか?!」

 悪態を吐いたウェインさんを明らか様に睨みながら咆哮を上げるディノバルド。

 怒っているような、そんな感じ。討伐しちゃってって言葉が分かっているのならその気持ちは分かるけど、モンスターが人の言葉を理解してるのかな?

 

 

「今のはアンタが悪い」

「いや、僕の言ってる事なんて理解してない……筈?」

「どうどう、落ち着け。村の人に鳴き声が聞こえたらマズイだろ」

 言いながらディノバルドを落ち着かせたお父さんは不敵に笑いながら「さーて、どうだろうな」と、ウェインさんに向けて言葉を漏らす。

 

 

「確かに言葉は分かってないかもしれない。……でもな、好意とか敵意とか。そういう……こころってのは伝わるものだ。絆石なんてなくてもな」

 口を尖らせるウェインさんに自慢げにそう言ってから、お父さんは再びディノバルドの頭を撫でた。

 私達よりも遥かに大きな生き物───モンスターが、気持ち良さそうな鳴き声をあげて目を細める。

 

 そこには確かに絆があるんだと、そう思った。

 

 

「あとその、嬢ちゃんが背負ってる大剣にも反応してるのかもなぁ」

 そんな言葉に、私はシノアさんの背負っている武器を見る。

 

 蒼色の大剣。

 たしか、ディノバルドの素材を使って作ったって言ってたっけ。

 

 

「え、どういう事ですか……?」

「つまりシノアさんが悪いって事で───」

「グォゥァッ」

「───あ、違う? ごめんなさい」

 ウェインさんが襲われないか心配になってきた。

 

 

「仲間の素材だって分かるんだろう。特にその大剣はディノバルドの素材───尻尾を有効活用した武器だ。そうだろ?」

 お父さんのそんな言葉に、シノアさんは無言で頷く。ディノバルドは斬竜と呼ばれていて、剣のような尻尾が特徴なんだよね。

 

 その尻尾はモンスターの甲殻も簡単に斬り裂いてしまう斬れ味を誇っているんだとか。

 そんなモンスターが今ここで暴れだしたらと思うとウェインさんの気持ちも分かるけれど、そこはお父さんとディノバルドを信じる事にした。

 

 

「ソレはな、ディノバルドにとっていのちみたいな物なんだよ。自分を守る、己の生の象徴。……自分の牙で研いだり、発火性の鉄分が含まれているのを知ってて、摩擦熱で尻尾に高熱を帯びさせる事もある」

 まるでアランみたいに、ディノバルドの事を教えてくれるお父さん。

 私はその話を真剣に聞きながらお父さんとディノバルドを見比べる。

 

 絆。とっても素敵だと思った。

 そんな道も確かにあるんだろうし、もしかしたら私でも歩けた道かもしれない。

 

 

 でも、私が進みたい道は違うから。

 

 

「───赤熱化したディノバルドの尻尾は最高の斬れ味を誇るが、逆に柔らかくなるんだ。その状態の尻尾は最高の武器でもあるが、最大の弱点でもあるって事だな」

 ───だからこそ、真剣に話を聞く。

 

 

 

 

「───最高の武器であり、最大の弱点」

 突破口。

 

 牙で研がれた尻尾は熱で光を発する程に赤熱化していて、振り回されたソレは地面に生えていた草木に触れただけで消し炭にしてしまった。

 

 

 今ディノバルドの尻尾は高温状態で殺傷力が高まっているけれど、その分だけ甲殻も脆くなっている。

 お父さんが残してくれた突破口。賭けてみる価値は十二分にあった。

 

 

 足を前に出す。同時にディノバルドは頭を下げて、尻尾を高く振り上げた。

 前傾姿勢から地面を蹴って跳び、その巨体を捻って持ち上げた尻尾()を振り下ろす。

 

 私は盾を前に突き出して、剣撃が重なる瞬間に右足を軸に回転して攻撃を受け流した。

 

 

 地面を叩き割る赤熱の斬撃。岩盤にヒビが入るような衝撃に揺られないようにしっかりと地面を踏んで、私は回転の勢いのまま剣を(尻尾)に叩き付ける。

 火花と共に散るのはディノバルドの尻尾の甲殻だ。加熱され、強度を損なった刃は同じく斬れ味の落ちた剣でも簡単に砕く事が出来る。

 

 

「これなら───っ、あ?!」

 ダメージを与える突破口が見つかったのも束の間、ディノバルドはその場で身体を捻り尻尾を振り上げた。

 

 垂直に振り下ろされるソレを再びカウンターで返す事は出来ずに、私はその場から飛び退いて衝撃で地面を転がる。

 

 

 直ぐに起き上がって視線を上げると、尻尾を横に振るディノバルドの姿が視界に映った。

 地面を抉りながら摩擦で熱を放つ刃が横振りに向かって来る。

 

 咄嗟に後ろに飛びながら盾を突き出し───浮遊感。

 私の身体は信じられない程飛んでから木にぶつかってやっと止まった。

 

 

「───ガハッ」

 肺の空気と一緒に血反吐を吐き出す。

 視界が揺れて、離しそうになる意識を唇を強く噛んでなんとか掴んだ。

 

 死ねない。

 

 

「……っ、危な」

 なんとか立ち上がろうとした、そんな私の身体は目の前に着弾して爆発したブレスに吹き飛ばされて再び地面を転がる。

 私の意思なんて関係ない。ディノバルドは本気で私を殺そうとしているんだ。

 

 

「でも───」

 受け身を取って立ち上がる。

 

 

 撃ち出されるブレスの軌道を読んで避けて、とりあえず体勢を整えるために走った。

 走りながらポーチから回復薬を探して、ディノバルドがブレスで動きを止めた瞬間にそれを一気に流し込む。

 

 薬の入っていた瓶を地面に叩きつけて、足を滑らせて反転した。

 再び身体を捻り持ち上げた尻尾を振り下ろす攻撃に、盾を突き出して同じ要領でカウンターを入れる。

 

 

 弾ける甲殻。

 

 熱を帯びた甲殻の欠片が地面を焼いて草が少しだけ焼けた。

 そんな草を踏んで、一旦後ろに飛ぶ。

 

 直ぐに離脱しないと連続攻撃で身動きが取れなくなるし、離れ過ぎてもブレスが飛んでるのが現状だ。

 こんな事を続けても先に体力が切れるのは私だって分かっている。だから、何処かで隙を作らないと───

 

 

 少しだけ開いた距離を踏み込みで詰めながら、ディノバルドはさっきみたいに、尻尾を横に払ってその刃を向けてきた。

 真横にあった木は簡単に切断されて倒れる。私がその刃に切られようものなら同じ運命は免れない。

 

 だから慎重に。集中してタイミングを見計らって───

 

 

「そこ!!」

 ───私は地面を蹴って身体を浮かせた。さらに自分に迫る刃を踏んで跳躍し、ディノバルドの背中よりも高く跳び上がる。

 

 息を止めて、二本の剣を交差。重力に体重を乗せてディノバルドの背中に私の刃を叩きつけた。

 

 

「グィォァァァ?!」

 背中に感じる痛みと異物に暴れ回るディノバルド。私はその甲殻にしっかりと捕まって、振り落とされないようになんとか踏ん張る。

 私はモンスターライダーじゃないから、絆を結んで背中に乗るなんて事は出来ない。

 

 だけど───いや、だからこそ真剣にディノバルドのいのちと向き合わなければならないんだ。

 

 

 

 剥ぎ取りナイフを背中の甲殻に突き刺して引き抜いて、突き刺して引き抜いて、また突き刺して。

 甲殻を無理矢理剥がした先に肉が見える。ディノバルドが一瞬動きを止めた隙を見計らって、私は両手の剣でその肉を切り裂いた。

 

 

「グィォァァァアアアッ!!!」

 悲鳴のような声。思わずといった感じで自分の身体を放り投げようとするディノバルド。

 私は回転しながら双剣を背中に叩きつけて、そのまま飛び降りる。

 

 激痛から逃れる為に横倒しに倒れたディノバルドは、私に赤熱化した尻尾を向けて暴れまわっていた。

 

「───今!!」

 間髪入れずに地面を蹴ってその尻尾に肉薄する。

 

 踏み込みながら回転斬り。流石に無呼吸も続かなくて、一旦息を吸いながら左手の剣を引っ込めた。

 右手に集中して、切り上げ切り下げ。時間が許す限り何度も剣を左右に振って熱で強度の落ちた尻尾の甲殻を斬り飛ばす。

 

 

 ディノバルドが起き上がろうとした寸前、私はクラブホーンをその尻尾に突き刺して───力強く引き抜いた。

 

 吹き出る鮮血。尻尾にヒビが入ったかと思えば、そのヒビが一気に広がる。

 

 

 そうして赤熱を纏っていた刃の先端は、鈍い音と鮮血を撒き散らしながら、ディノバルドの身体から切断された。

 勢いよく地面に突き刺さった尻尾は熱を失って蒼色に戻る。

 

 起き上がってその光景と自らの尻尾の先を見比べたディノバルドは、その瞳を血走らせて怒りの咆哮をあげた。

 

 

「……怒るよね」

 また、あの感覚。

 

 

 

 沢山の感情が流れ込んでくるような、とにかく頭が痛くなる。

 

 

 

「グィォァァァ!!」

 ───どうして戦っていたんだっけ。

 

 ブレスを避けながら、私はそんな事を考えた。

 

 

 どうして戦わないといけないのか。

 お父さんの大切なオトモンだったディノバルド。私達を助けてくれたディノバルド。

 

 

 ただ生きているだけ。

 

 

 でも、ここはあなたの世界じゃないから。

 

 

 

「───分からないよ!!」

 剣を仕舞う。

 

 

 

「どうしてあなたを倒さなきゃいけないのか、分からないよ。あなたが何を言ってるのか、分からないよ!!」

 ただ叫んだ。届きもしない言葉を、それでもしっかりと目を見て連ねる。

 

 渓流の時間が止まったんじゃないかって思うほど、静かな時間が過ぎた。

 

 

 口から炎を漏らす竜は、唸り声をあげて地面に突き刺さった尻尾と私を見比べる。

 

 

 

 そうだよ。

 あなたの尻尾を切ったのは私だ。

 

 あなたの大切な主人を見殺しにしたのも私だ。

 

 

 

 私が憎いんだと思う。

 殺したい。きっとそう思ってるんじゃないかな。

 

 

 

 なら、なんで私は戦ってるのか。

 

 

 

 私はこのディノバルドを殺したい?

 

 殺したい訳じゃない。でも、いのちと向き合うって決めたから。それじゃ、いのちと向き合うってなんだ。

 

 

 分からない。

 

 

 分からない。

 

 

「……分からないよ」

 でも、今は戦うしかない。私は再び剣を構える。

 

 

 

 もう何も考えたくなかった。このディノバルドを倒して、前に進むしかない。

 

 瞳を閉じる。

 赤黒い何かに包まれて、開いた視界から色が消えた。赤い線が真っ直ぐに走る。

 

 

「グィォァァァ!!」

 先端が無くなっただけで、その太い尻尾は健在だ。身体を捻って折れた刃を叩き付けるディノバルドの攻撃を後ろに跳んで躱す。

 私はそのまま足をバネに前に跳んで、身体を捻った。

 

 ディノバルドの尻尾から頭に掛けて、両手の剣を回転しながら叩き付ける。

 

 

 ───何を考えているのか。

 

 

 空中に浮いた私を噛み砕こうと開かれた顎に、私は蹴りを入れてその頭を横に弾いた。

 着地。バランスを崩したディノバルドの懐に入って両手の剣を振る。

 

 

 後退りして距離を取るディノバルドに、私は執拗に肉薄した。

 リーチが長い分、近距離での攻撃が不得意なディノバルドの肉をひたすら斬り裂く。

 

 

 脚を斬り続けて、遂にディノバルドは転倒した。

 

 お構いなしに隙だらけの頭に剣を叩き付ける。

 

 

 これで良いんだよね。これで良いんだ。

 

 

「───死んで……ッ!!」

 これで───

 

 

 

「グィォァァァ……ッ!!」

 満身創痍。

 

 動けるのが不思議な状態だというのに、ディノバルドは咆哮を上げて立ち上がる。

 どうして立ち上がるの。どうして戦えるの。分からないよ。

 

 

 視界に色が戻った。

 

 

 全身血だらけのディノバルドは、私に背を向けて脚を引きずって歩く。

 

 

 

「……逃げる?」

 驚いた。

 

 だって、その理由が分からなかったから。

 

 

 どうして逃げるの。私を殺したいんでしょ。

 

 

 

 武器を仕舞って、私はゆっくり歩きながらディノバルドの後を着ける。

 この道を歩けば良いのか悪いのか。今それを教えてくれる人は近くにいない。

 

 

 だけど、どうしてか目を背けたら行けない気がした。

 

 

 

 血を流しながら。

 

 

 脚を引きずりながら。

 

 

 

 その竜は必死に歩く。ここはその竜の世界ではないから、目的地も帰る場所もなくて。

 ただひたすら、竜は真っ直ぐに歩いて───地面に横たわった。

 

 

「……まだ、生きてるよね」

 胴体が上下しているのは、息をしている証。

 

 巣でもなんでもない。木々の生い茂る林の真っ只中。

 ディノバルドはどこか遠い所を見ながら、必死に空気を吸って吐く。

 

 

「あなたを殺したって、何が変わる訳じゃないのにね」

 別にこのディノバルドがお父さんを殺した訳じゃない。むしろ、このディノバルドはお父さんを支え続けてくれた竜だ。

 

 助ける理由はあっても、殺す理由がない。

 

 

 ただ、この世界にあなたの居場所はもうないから。殺すしかない。

 

 

 

 これがいのちと向き合うって事?

 

 

 

 私には分からないよ。

 

 

 

「……グィァァ」

 私を見ると、ディノバルドは弱々しく鳴き声をあげて必死に立ち上がろうと身体を捻る。

 

「その傷じゃ立てないよ」

 私がこの手で付けた傷だ。

 

 

 このまま立てなくて、自然にいのちが消えても何かに奪われても。きっとこのディノバルドを殺したのは私なんだと思う。

 

 

 だったら、もう良いじゃん。これ以上はもう───

 

 

 

「───グィォァァァ……ッ!!」

 立ち上がるディノバルド。

 

「え……」

 私は驚いて直ぐには動けなかった。

 

 

 だけど、ディノバルドも立ち上がる事だけで限界だったみたいで襲ってきたりはしない。

 本当に最後の力を振り絞ったんだと思う。だけど、その理由は分からない。

 

 

 

「……どうして、立てるの」

 分からない。

 

 

 分からない事ばかりだ。

 

 

 向き合うって決めたのに。

 

 

 

「グィォァァァ……」

「私は、あなたのいのちと向き合う方法が分からな───ぇ?」

 言い掛けて、もう放っておいても消えてしまう命に背を向けようとした瞬間。

 アランから貰った御守りが光を放つ。人と竜を繋ぐ石が光を放つ。

 

 

「絆石が……」

 理由は分からなかった。

 

 

 ただその光は暖かくて、光に飲まれる事も気にならない。

 

 

 

 視界は真っ黒になる。何もない。

 

 

 そんなどこか分からない場所に、何か弱々しい光のようなものが浮いていた。

 

 

 

「ディノバルド……」

 無意識に呟く。

 

 

 あぁ、そうか。ここは───

 

 

 

 なら教えてよ。どうしてあなたが立てるのかを。どうして戦えるのかを。

 

 教えてよ。

 

 

 

 視界は光に包まれて、緑に覆われた。

 

 渓流じゃない。どこか別の場所。

 そこで小さな命はご飯も食べれずに、自分より大きな生き物にいたぶられていて、瀕死の状態でもなお立ち上がろうと必死になっている。

 

 

 いつ消えてもおかしくない、小さな命の灯火。

 

 

 だけどその命は必死に足掻いて、立ち上がった。

 

 

 

 ねぇ、どうして。どうして立ち上がれるの。

 

 そう思った瞬間、視界が急転する。周りには生い茂る緑。

 そして───自分より大きな竜。

 

 

 怖かった。

 いたぶられて、沢山噛まれて、全身が痛い。お腹も空いた、ただひたすらに、それだけ。

 

 

「やめて。助けて。痛いよ……。お腹減った。嫌だ……嫌だ───」

 多分、これがディノバルドの気持ち。

 

 

 当たり前の、ディノバルドの気持ち。

 

 

 

「───そっか」

 やっと、分かったんだと思う。

 

 

 ディノバルドの気持ちが。

 いのちと向き合うという意味が。

 

 

 やっと、やっと本当の意味で分かった。

 

 

「辛いよね。……嫌だよね」

 それは当たり前の事で、本当に当たり前の事で。

 

 だからこそ向き合わなければいけない事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死にたく、ないよね」

 それが答えなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その気持ちと向き合うのがきっと、いのちと向き合うっていう事なんだと思う。

 

 

 ようやく、やっと分かった。

 

 

 手を伸ばす。

 

 

「あなたが教えてくれたんだ……」

 でも、伸ばした手は届かなくて───光は私の目の前で消えてしまった。

 

 

 突然、真っ暗な世界にお父さんの姿が映る。

 

 お父さんが手を伸ばした先に、小さなディノバルドの姿があって。

 ディノバルドは安心したような表情でその手に頭を擦りつけた。

 

 

 そんなディノバルドについて来いとでも言うように、お父さんはゆっくりと歩いて行く。

 小さな竜は一瞬だけ振り向いて、それにつられるようにお父さんも振り向いた。

 

「待───」

 もう一度手を伸ばすけれど、お父さん達は振り返って暗闇に歩いて行く。

 

 

「───待って……っ!!」

 気が付いたら、私の目の前で巨体が横たわっていた。

 

 

 ディノバルド。

 お父さんが小さい頃に助けて、絆を結んだ竜。

 

 

「ねぇ……」

 ゆっくりと近付いて鼻先に触れる。

 

 息はしていなかった。どこか身体も冷たくて、でもどうしてだろう。表情は柔らかい。

 

 

「……私はあなたのいのちと向き合えたと思う?」

 返事はない。だけど、私は一人で語りかけた。

 

 

「向き合おう向き合おうって、でもどこか命を奪うのが嫌で。……何か言い訳みたいなものを探してたんだ」

 奪わなくても良い命と奪わなければいけない命で分けて、奪わなければいけない命を見ないようにしていたんだと思う。

 

 命を奪う意味を、その理由から逃げてきた。

 

 

「でもね、そんなの向き合うなんて言わないよね」

 ディノバルドの遺体に抱き付いてそう言う。冷たいけれど、どこか暖かい。

 

 

 仕方がないなんて思いながら命を奪っていた。

 

 でもそんなのは間違いで、奪う命から目を背けたらいけないんだと思う。

 

 

 

 

 

 死にたくない。

 

 

 誰だってきっと。

 

 

 

 

 

「……それでも───」

 一度眼を閉じて、私はもう一度ディノバルドの全身を見渡した。

 

 沢山の傷。地面を濡らす血液。全部、私がやった事。

 

 

「───それでも、私はあなたの命を奪うよ」

 私は狩人だから。

 

 

 背を向けて、前に歩く。

 

 

 

 それが私の進みたかった道。

 

 

 私は竜と絆を結ぶんじゃなくて、竜の事を理解したかったんだ。

 

 アランに沢山の事を教えて貰う中で、私はもっとモンスターの事が知りたいと思って狩人を続けたんだと思う。

 だけどやっぱりモンスターの命を奪う事に抵抗があった。奪う事で理解出来る事なんてないんだと思っていたから。

 

 

 でも違う。

 

 

 しっかりと奪う命から眼を背けずにいたら、分かる事もあるんだ。

 

 

 

 そんな事にやっと気が付けたんだと思う。

 

 

 

「ありがとう。……そして、さようなら」

 ごめんねは言わないよ。

 

 

 だって、これが私の進みたい道だから。

 

 

 

 そしてきっとアランも───

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 ディノバルドの討伐がギルドで確認されて、私は報酬のお金と素材を受け取ってから貸家に戻った。

 

 

 気持ちを伝えてから、私はアランに思いっきり泣き付く。

 アランは何も言わずに私の頭を撫でて、身体を抱き締めてくれた。

 

 その日一日中泣いていたけれど、アキラさんに怒られる事もなくて。

 

 

 次の日から私は真っ直ぐに前を向けるようになったと思う。

 

 

「それがお前の答えなら、前に進もう」

「うん」

 今更何をしても、お父さんは帰ってこない。

 

 怒隻慧を倒す事に、なんの意味もないのかもしれない。

 

 

 

 だけど───いや、だからこそ。

 

 

 私は怒隻慧の事を知りたい。お父さんが追い続けた、その命を理解したい。逃げる訳にはいかないんだ。

 

 

 

 

 

 だけど、怒隻慧は今どこにいるか分からない。

 

 当分はまたゆっくり出来るかなって、数日間ユクモ村の温泉を堪能しながらそう思っていた矢先の事。

 

 

 

「怒隻慧、見つかりました」

 ユクモ村の滞在期間も残り一日。タンジアに戻る準備をしていた私達に、突然家に来たウェインさんがそう伝えてくれる。

 

 もう少しユクモ村に居られるかな? なんて思ったんだけど、次にウェインさんの口から出てきた言葉に私達は少しだけ驚いた。

 

 

「……場所は遺跡平原です」

 それは、私が初めて怒隻慧に出会った場所。

 

 

 ゴア・マガラ(シャガルマガラ)やティガレックス、ケチャワチャ、セルレギオス、ババコンガ、ジャギィ。モガの村を出てから沢山のモンスター達と初めて関わった場所である。

 

 

 私が初めて怒隻慧と出会ったのはあの場所だったけど、今思えばユクモ村やタンジアから遺跡平原はとても離れているんだよね。

 怒隻慧はどうしてそんなに大きな距離を移動したりしているのか。気になるけど、今は何を考えても答えは分からなかった。

 

 

 

「……アキラさんは次こそ決着を付ける気です。二人共心の準備は良いですか?」

 私達はお互いの顔を見て、同時に頷く。

 

「ボクも居るニャ!」

 ムツキが私達の間に入ってきて、ウェインさんも含めて皆で笑った。

 

 

 そうだね。

 次こそ勝とう。皆で。

 

 

 

 出発は翌日で、私達は帰宅の準備のままに遺跡平原に向かう準備を始めた。

 お父さんの船はディノバルドの件でユクモ村に預ける事になってしまって、代わりの飛行船はウェインさんが手配してくれるらしい。

 

 

「リーゲルさんは、何を思ってたのかしらね」

 飛行船でお父さんの遺品を集めている最中、付き合ってくれたアキラさんが声を掛けてくる。

 

「確かに自分の村を食い荒らされて、娘と一緒にお嫁さんを奪われた。許せないでしょうけど、彼自身が怒隻慧を殺そうと意気込んでいる様子はなかったように見えるのよ」

「確かに……。お父さんはハンターじゃなかったもんね」

 食器棚に視線を向けると、いつか一緒に料理を食べた時に使ったお皿やコップが目に入った。

 

「まだ泣き足りないの?」

「……ごめんなさい。あはは、アランにいっぱい甘えたのになぁ」

「良いのよ。またアランちゃんの胸の中で泣きなさい。……だから、その涙は今はしまう」

 私の涙を手で拭って、アキラさんは話の続きだと遠くを見ながら口を開く。

 

 

「あの人は怒隻慧がなんなのか知ろうとしてたんじゃないかしらね」

「怒隻慧がなんなのか……」

 それは怒隻慧を探して観測して、あの竜がどういう存在なのか調べていたっていう事なのかな。

 

 

 なんなのか、か。

 

 

「今となっては分からないけれども。でも、それはあなたが確かめなさい。向き合うって決めたんでしょ?」

「うん。……怒隻慧がなんなのか、それが怒隻慧を倒して分かる事なのかどうかは分からないけど───」

「けど?」

「───そのいのちを奪う事にも、向き合うって。いのちと向き合うって決めたから」

 私がそう言うと、アキラさんは何故か驚いた表情をしてから「ふっ」と笑った。

 

 

「この前までとは、その言葉の重みも違うわね」

「あはは……。ちょっと格好付けてますかね」

「いいえ。素敵な答えよ」

 そう言ってから、アキラさんは真剣な表情でお父さんの使っていたビールジョッキを掴む。

 何かを思い出すように瞳を開けてから、彼はこう口を開いた。

 

 

「……でも私はね、怒隻慧の他にも許せない奴が出来たのよ。あの時渓流にいたイビルジョー装備の男」

 アキラさんが言っているのは、お父さんを殺した怒隻慧がその姿を消す前に森林の入り口にいたという人物の事。

 

 その人は怒隻慧の真横にいたのにただ立っているだけで、何もしなかったらしい。

 怒隻慧と一緒にその人は姿を消していて、ギルドに確認を取ったけどその日私達以外に渓流に入ったハンターは居ないんだとか。

 

 

 アキラさんはその人を怒隻慧を操っているモンスターライダーなんじゃないかと睨んでいる。

 

 少し信じられないけれど、そうでもないとそのハンターの行動に理由がつかない。

 

 

 

 

 怒隻慧を操るライダーがいるという事実は、これまでの怒隻慧の不可解な行動に頷ける材料としては納得のいくものだった。

 

 

 

「……次アイツを見付けたら、怒隻慧と一緒にギルドナイトとして地獄に叩き落とすわ。……まぁ、こういう汚れ仕事は私達の仕事よ。あんたは怒隻慧に集中しなさい」

 怒隻慧のライダー、か。

 

 

 一体どんな事を考えているんだろう。

 

 

 怒隻慧も、その人も。

 

 

 

 それを知るためにも、負ける訳にはいかない。

 

 

 

 

 私は前に進むよ。

 

 だから、見ていてほしい。これまで関わってきた人達と、モンスターにも。

 

 

 

「……怒隻慧は、私達が倒す」

 そのいのちと向き合う為に。




最終章っぽい展開になってきたと思います。ミズキの出した答えがしっかりと形となって、後は彼ですね。

読了ありがとうございました。

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