モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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後悔とその先に

 ただ蹲って瞳を閉じる。

 

 

 これは悪い夢なんだと。目が覚めたら皆が居て、今からクエストに向かう所なんだって。

 その後は全部が上手くいって、私はアランとモガの村に行くんだ。

 

 いつかみたいにムツキと私とアランと、お父さんの船に乗ってこれからの事とかを話す。

 そんな光景を想像しては、お父さんの姿が真っ赤に塗り潰されて消えていった。

 

 

 その度に涙が溢れてきて、これが現実なんだと思い知らされる。布団の中で蹲って、呻き声を上げながら爪が手の皮を傷付けるくらい強く握った。

 床を強く叩いたって、唇を噛んだって、今どんなに力を入れたって何も届く事はない。

 

 

「どうして……っ」

 なんで私は怒隻慧に攻撃しなかったんだろう。

 

 

 ──お前は、優しいな。その優しさを、失くすなよ──

 

 優しくなんてないよ。

 

 

「……っ、ぅぇ───ぅぉえ」

 気持ちが悪い。

 

「ミズキ……」

 何も食べてないから胃液を吐いて、そんな私の背中をアランが摩ってくれた。

 

 

 

 

 あれから二日が経つ。

 

 怒隻慧は姿を消して、私達はユクモ村に満身創痍の状態で撤退。

 アキラさんは大怪我で絶対安静で、私達もまともに動ける状態じゃなかった。

 

 このユクモ村で治療を受けている間に怒隻慧は再び行方不明。何も進んでいないのに、お父さんはここには居ない。

 

 

「今俺は邪魔か? 一人にした方が良いか?」

「……そういう言い方は、狡いよ」

「……悪かった」

 なんで私はアランにまで当たってるんだろう。最低だ。

 

「ごめんなさい……。私……」

「お前の気持ちが分からない訳じゃない。いや、分からない。……俺とお前は違うからな」

「……うん、分からないよ。なんにも分からない」

 起き上がって、それでも下を見ながら私は答える。

 

 

 こんな事言いたくなんてないのに、何処かで吐かないとまた辛い想いをしそうで。

 アランの身体を叩いて、空気と胃液を吐いた。

 

 

「こんな想いをするなら、もう戦いたくなんてない。目の前で誰かが死んだり、自分が死にそうになったり。なんでそんな目に遭わないといけないの。分かんないよ。アランがなんで戦えるのか、私分からない」

 アランは怒隻慧に何度も大切な人達を奪われたって言っていたのに、どうして戦えるのか。

 

 私はもう何もかもが怖い。自分が死ぬのも、誰かが死ぬのも、命を奪う事すら怖い。

 

 

 

「分かんないよ……っ!!」

 嫌われるかもしれないなんて事がまだ怖いのに、それでも私は泣きじゃくりながらアランの胸元を叩く。

 アランだって怪我をしてるのに。それでも彼は私の背中をさすってくれた。

 

 

「もう、嫌だ……。……モガの村に帰りたい」

 そんな事を言ってから、私は自分の口を抑える。

 

 自分の事しか考えてない。

 アランの為に怒隻慧と向き合うって、戦うって決めたのに。私は自分の事しか考えていなかった。

 

 

「ち、ちが、ごめ……んなさ、い……私……っ! 違う。嫌だ。嫌、いになら……いで……っ!!」

 それに気がついて、私は必至に言い訳にもならない言葉を並べる。

 

 アランに嫌われたら私───

 

 

「そうだな。……モガに帰るか。三人で」

「ア、ラン……?」

 ただ、アランのそんな言葉に私は頭を持ち上げた。

 

 

 彼はとても悲しそうな表情で、だけど優しく私の頭を撫でてくれる。

 

 

「お前がそれで良いなら、モガに帰ろう。そして一緒に暮らそう」

 私の体を優しく抱いて、彼は「でも」と言葉を続けた。

 

 

「でも、お前はそれで幸せか?」

 幸せか。

 

 

 幸せってなんだろう。

 

 

 お父さんに見せたかった幸せ。

 

 アランと出会って、自分の答えを見付けた。

 その先にはきっと幸せがあるって思ったから、いのちの溢れるモガの森で狩りをしたりモンスターと触れ合ったり。

 そんな一人の狩人として、アランと幸せになりたかったんだと思う。それが私の答えの先にある筈だったものだから。

 

 

 でも、分からない。

 

 

「……分からないよ」

「それでも良い」

 ただ、アランは私を強く抱きしめながらそう言った。

 

 

「嫌だったら逃げたら良い。逃げた先で思い留まったり考えが変わったら、また戻れば良い。……お前が幸せなら、俺はそれで良い」

「良いわけがないよ……。だって私は───っ?!」

 唇を塞がれる。

 

 

 舌が優しく絡んできて、私はそれ以上何も言えなかった。

 

 

「俺の人生はお前のものだ。だから、俺の事は気にしなくて良い」

「狡いよ……そういうの」

 どうしたら良いか分からない。

 

 でもきっと、アランは私が何処かで自分の答えを見付けられるって思ってくれているんだと思う。

 アランは厳しいけど、優しいから。

 

 

「俺はお前が好きだからな」

「……私も」

 だからこそ、アランが怒隻慧のいのちと向き合う環境を私が奪う事が許せなかった。

 

 

 それ以上にお父さんを守れなかった自分が許せない。

 

 

 どうして私は怒隻慧に攻撃出来なくなってしまったんだろう。

 この答えが見つからないと、私は多分前には進めない。

 

 

 

「───から、今はダメだって言ってるニャ!」

 少しして、部屋の外からムツキの声が聞こえてきた。

 

 私はこの二日間この部屋に居てアラン以外誰とも話してなかったんだけど、ムツキが外で色々な世話をしてくれていたらしいです。

 本当に迷惑をかけてしまっているのに、何やら必至な声を出すムツキの言葉はなんだか暖かい。

 

 誰かが部屋に入ろうとしてくるのを止めてくれてるみたいだ。

 

 

 正直、今は誰とも話したくない。

 吐いてばっかりで多分酷い顔をしているし、まだ心の整理だって付いていないから。

 

 だけどこのまま迷惑を掛け続けるのも嫌で、私は扉に向かってフラフラしながら歩く。

 途中で倒れそうになった私を、アランが受け止めてくれて「俺が出るから」とベッドに座らせてくれた。

 

 

 つくづく迷惑ばかり掛けてしまう。

 

 

「……ウェイン、今はまだ───おい!」

「こんにちはー。あら、酷い顔ですね」

 アランが扉を開けると、ベージュ色のギルドナイトコートを着た男の人が一人軽い声を漏らしながら部屋に入ってきた。

 

 率直な感想にこんな心境なのに傷付いて、枯れるくらい流した筈の涙がまた漏れてくる。

 

 

「アラン、コイツ殺して良いかニャ」

「いや、ダメだ。俺が殺す」

「二人共酷過ぎィ?!」

「……いや、アンタが十割悪いから」

 後から入ってきたのは、一緒に戦ったシノアさん。二日間会ってなかったけど、怪我はもう大丈夫みたいで少しだけ安心した。

 

「いやー、そろそろお話をしないといけないと思いましてね。とりあえずお知らせを三つ程持ってきたんですが、悪い知らせか悪い知らせか悪い知らせか、どれから聞きたいですか」

 選択肢があって選択肢のないような質問をされて、私は返事に困って黙り込む。

 

 

 ウェインさんがいつも通りで安心したのはあるけれど、私がいつも通りじゃないからどう答えたら良いのか分からなかった。

 

 

「帰れ」

「ダメです。話があるので」

 ただ、ウェインさんはいつもより少しだけ真剣な声でそう答える。

 

 それにはアランも少し黙って「とっとと話せ」と頭を掻いた。

 

 

「それでは一つ目の悪い知らせですが、怒隻慧を完全に見失いました。一応渓流に潜伏していると目星を付けて探していたんですが、これはもうお手上げですね」

 アレから二日。ウェインさんは怒隻慧の捜索を続けてくれていたらしいです。

 

 お父さんの残した飛行船や、ギルドの人達の協力、ありとあらゆる手段を使ったにもかかわらず怒隻慧は再び姿を消してしまったらしい。

 

 

「二つ目の悪い知らせ。怒隻慧を操っているモンスターライダーが存在している可能性が増しました。アキラさんがそれらしき人影を見ています。……勿論それはリーゲル・フェリオンではなかったのですが」

 少しだけ残念そうにウェインさんはそう言った。

 

 ウェインさんはお父さんが怒隻慧を操っていたと思っていたから、その予測が外れて悔しいのかもしれない。

 

 

 お父さんはもう死んでしまったのだから。

 

 

「……っ」

「おいウェイン」

「いつまでも悲しみに明け暮れているつもりですか? 泣いたって死人は返って来ませんよ」

「お前な……っ!」

 声を上げながらウェインさんの胸ぐらを掴んで、アランは彼を壁に叩き付ける。

 痛そうな音が響いたのにウェインさんは気にする素振りもみせずに「三つ目」と言葉を続けた。

 

 

「三つ目の悪いお知らせ。リーゲル・フェリオンのオトモン、ディノバルドが渓流で暴れています」

「……ぇ」

 ウェインさんのその言葉を聞いて、私の脳裏に二日前の出来事が流れてくる。

 

 

 怒隻慧に首を噛まれて地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまったディノバルド。

 生きていたんだという安心感と一緒にその後の事まで思い出して、私はまたその場で吐いてしまった。

 

 

「これは僕達の責任ですし、僕達でなんとかしましょう。……そんな訳で受注してきました。ディノバルドの討伐(・・)クエスト」

 討伐。

 

 その言葉に私は吐きながら顔を上げてウェインさんの顔を見る。

 

 

 冗談を言っているような顔じゃなかった。

 

 

 

「……なんで、討伐なんですか」

「なんでって、ディノバルドですよ。獣竜種。それもとびっきり危険な種です。早急に対処しないと村に被害が出る可能性もありますし、生態系にも大きく影響が出ます。渓流には本来ディノバルドなんていませんからね」

 淡々と、いつものように、当たり前のようにウェインさんは言葉を連ねる。

 

 おかしいよ。

 

 

「あのディノバルドはお父さんのオトモンで……皆を助けてくれたんだよ?!」

「え? だから? だから渓流で好き勝手暴れて良いって? どんな被害を出しても許すって?」

「それは……」

 言葉が出ない。

 

 

 ウェインさんの言っている事は正しいから。

 

 

 でも、それでもあのディノバルドは私達を助けてくれたんだ。

 お父さんと絆を結んで、一緒に生きてきた命なんだ。

 

 それを殺せなんて、あんまりだよ。

 

 

 

「それでも、私は……行きたくないです。無理です」

 少なくとも今はモンスターのいのちと向き合うなんて無理だと思ったから、私は小さな声でそう断った。

 例え倒してしまわないといけないのだとしても、多分今の私には無理だと思う。

 

 

「どうして?」

 だけど、ウェインさんは私に詰め寄ってそう聞いてきた。

 

 どうしてなんて聞かれても、大切な人が目の前で殺されて直ぐに戦える訳がないじゃん。

 ウェインさんは私の気持ちなんて分からない。だからそんな事を平気で言ってくる。

 

 

「無理だって言ってるんじゃん……っ!!」

 立ち上がって、ウェインさんを突き飛ばして声を上げた。

 

 私は何をしてるんだろう。

 

 

「私の気持ちなんて分からないでしょ! 目の前でお父さんが死んじゃったんだよ! 私のせいで死んじゃったんだよ! 戦える訳ないじゃん。倒せる訳ないじゃん。ディノバルドは大切なお父さんの……大切な、オトモン……なのに、討伐とか、殺しちゃうとか、なんで……どうしてそんな事言うの。……私は戦いたくない!!」

 大声で叫んだ。

 

 アランもムツキもシノアさんも、ただ黙って私を見ている。

 

 

 嫌われちゃうかな。情けない奴だって、軽視されてるかな。

 そんな事を考えたらまた気持ちが悪くなって、私は吐きながらその場に蹲る。

 

 

「誰も大切な人を失った事がないなんて、そう思ってるの?」

 ただ、ウェインさんはそんな私を見下ろしながらそう言った。

 

 

「勿論分からないよ、ミズキちゃんの気持ちは。でも、少なくともここに居る皆は何処かで大切な人を亡くしてる」

 そう言われて、私は部屋を見渡す。

 

 

 アランの事は私も知っているけれど、皆がそうだなんて知らなかった。

 首飾りを握りながら俯くムツキ、シノアさんも何処か遠い所を見るように窓から外を眺めている。

 

 そういうウェインさんもどこか悔しそうな、辛そうな表情をしていた。

 

 

「たった一つだけ分かる事があるよ。大切な人を亡くしてから、少しして……もう遅いってなった時にやっと分かる事がね。……後悔するだ。何もかもを。何もかも遅いのに、あの時自分に出来た事がある筈だって、やらなきゃいけない事があった筈だって……とても後悔する」

 後悔。

 

 

 私はもう後悔してる。

 

 

 あの時怒隻慧とちゃんと戦っていたら───

 

 

 もうどうしようもないくらい後悔してるんだ。これ以上どうしろっていうの。

 

 

「……分かんないよ」

「少しだけ考えてみて。明日までは待つからさ。……。そうですね、どうしても嫌ならシノアさんが一人で倒しに行きます」

「え、私なの」

 そうしたらきっと───そうしないときっと、私はまたあの時の事を思い出してしまう。

 だから、それで良いんだ。あのディノバルドの事はシノアさんに任せれば、それで。

 

 

「それじゃ、伝える事は伝えたので僕はこ───」

「小娘は居るかしら」

 部屋から出て行こうとしたウェインさんを吹き飛ばして、今度はアキラさんが部屋に入ってきた。

 

 ウェインさんは床を転がって壁に激突し、呻き声を上げながら気絶する。

 

 

「えぇ……」

「騒がしいニャ……。もう勘弁してやってくれニャ」

 うん。本当。勘弁して欲しい。

 

 

「居たわね。なんて見窄らしい格好をしてるの? 着替えを持って行くわよ」

「え、えーと……どこに?」

 今は外に出るような気分じゃない。

 

 

 だけど、アキラさんは御構いなしに私の下着や服を掴んで……しまいには私まで片手で担いで持ち上げた。

 え、ちょ、何これ。拉致だよ。

 

 

 

「あ、アキラさん……なんのつもりですか」

「なんのって、女同士で風呂に入ってくるに決まってるじゃない。ほらシノア。あんたも行くわよ」

「待って。私はともかくアキラさん男だよね」

 うん。アキラさんは男だよね。

 

 

「は?」

 いや「は?」じゃなくて。私達が「は?」だから。

 

 

「おい待てニャこのオカマ野郎! ギルドナイトに通報されたいかニャ!!」

「私がギルドナイトよ」

「そうだったニャーーー!」

 そんな冗談言ってる場合じゃないよ……っ! 

 

 

「た、助けてアラン……」

「……アキラさん」

「なによ」

 こう、ガツンと言って欲しい。

 

 

「よろしくお願いします」

 何を?! 

 

 

「アラン……ぅ」

「お、襲われはしないだろうから、安心しろ」

 少しだけ涼しい顔をするアランは、気絶したウェインさんを蹴りながらそう言った。

 

 

 私はそのままアキラさんに担がれたまま、ユクモ村の数ある温泉の一つまで運ばれてしまう。

 そのまま脱衣所まで連れて行かれて、やっと降ろされたかと思えばアキラさんは服を脱ぎ出した。

 

「嫌ぁ?!」

「騒ぐんじゃないわよ。女は身体をそうそう他人に見せたらダメなの。アンタもこれで隠しなさい」

 そう言いながらアキラさんは筋肉質な自分の身体の胸元から下をタオルで巻いて、同じタオルを私に投げ付けてくる。

 

 そうして「先に行ってるわ」と温泉に向かう彼の身体を見ると、タオルで隠れていない手足や首元だけでも痛々しい傷跡が残っているのが見えた。

 

 

「……に、逃げるなら今じゃないですか?」

「アキラさんに限って私達をどうこうって事はないと思うし、何か考えがあるんじゃないかな」

 シノアさんはそう言いながら衣服を脱いでいく。

 

 身体は細いのにしっかりと筋肉の付いた身体は魅力的で、身長も高くてやっぱり素敵だ。

 背中に見えた傷は見なかった事にして、私は彼女に背中を向ける。シノアさん程強くても大怪我する事があるんだと、少し怖くなった。

 

 

「ほらほら、ミズキちゃんも脱いで脱いで」

「う、うぅ……。恥ずかしいです」

「可愛いなぁ、もう。……あ、私よりある」

 何故かショックを受けてるけど、正直変わらないと思う。私ももっと大きくなりたい。

 

 

「……何二人して沈んでるのよ」

 二人で温泉に向かうと、呆れ顔でアキラさんが髪の毛を洗っていた。

 

 

「アキラさんの胸筋の方が私達より大きくない?」

「ですね。もう筋肉で良いから欲しいです」

 タオル越しでもアキラさんの方が大きくみえる。女って一体なんなんだろうと思った。

 

 

「あんたらバカなの」

 酷い。

 

 

「ほら、とっとと髪洗って身体も洗いなさい」

 アキラさんはそう言いながらも自分の身体を綺麗に洗って、一足先に温泉に入浴する。

 私達も言われた通りにしてから、彼と少し離れた場所で湯に浸かった。

 

 それを気にする事も何か言う事もなく、アキラさんは「はぁ〜」と低い声を漏らす。

 格好だけ女性の不思議な人は、目を半開きにして外の景色に視線を向けた。

 

 

「この温泉にはね、身体の傷を良くする効能があるのよ」

 お湯を手で掬って湯に浸かっていない肩などに掛けながら、アキラさんは温泉の効能を教えてくれる。

 そういう本人の身体は傷だらけで、先日の怒隻慧との戦いの傷の他にも沢山の古傷が残っていた。

 

 

「女の身体に傷を残したらダメよ。回復薬飲んだからって完治する訳じゃないんだから、布団で丸まってる暇があったら温泉に入りなさい。身体の傷は女の敵よ。……私の武器の毒と一緒。小さな毒でも、蓄積させてドンドン表面に出てくるの。治療しなきゃ消えないわ」

「私は……」

 俯くと、アキラさんは少し近付いてきて手を伸ばしてくる。逃げる気にもならなくて、肩を触られたけど嫌な気分にはならなかった。

 

 

「綺麗な身体してるんだから、大切にしなさい。シノア、あんたもよ」

「私はもう結構傷だらけだけどねー」

 視線を逸らしてそう言うシノアさんは、少しだけ考える仕草をしてから私の身体を眺めてくる。

 

 恥ずかしいからやめて欲しい。

 

 

「大切にされてるんだね」

「え?」

 そして唐突にシノアさんが漏らした言葉の意味を私は分からなかった。

 どういう意味なんだろう。

 

 

「ハンターやってたらもう少し怪我とか多いんじゃないかなって思って。……多分、アラン君に大切にされてるんじゃないかなーって思ったんだ。ほら、私は一人で勝手に前に出るから良く怪我するし」

 苦笑いをしてそう言うシノアさん。よく見ると、彼女の肩とか首元には小さな傷跡が残っていた。

 

 さっき更衣室で見た背中の傷を思い出して、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 

 

「せっかくだから、自分の身体を大切にね。まだ早いけど、アラン君に見せる時が来るかもなんだから」

「み、見せ、そ、れ、は……っ。ぇ、と、そんな……恥ずか、しい事」

「可愛いかよ」

 半目で私にチョップを入れてきたシノアさんは「あー、私もこういう純粋な恋がしたかったー」と声を漏らした。

 シノアさんまだ若いのに何を言ってるんだろう……。

 

 

「父親に生かされた命と身体よ。……大切にしなさい」

「お父さん……」

 私の目をしっかりと見てそう言うアキラさんの言葉を聞いて、私は唇を噛んで下を見た。

 そんな私を見て、アキラさんは「そうやって自分を傷付けないの」と優しく私の唇に触れる。

 

 本当のお姉さんみたいに優しい手で私の頭を撫でる彼は、それでもやっぱり何度見ても男の人だった。

 

 

「リーゲルさんはね、あんたをモガに送って怒隻慧を探しながらも……ずっとあんたの事を気にしてたのよ」

「お父さんが……?」

 記憶の限り私が物心着いてからお父さんに会ったのは、アランに着いて行くために船に密航したあの日だと思う。

 それでもお父さんはずっと私の事を気にしてくれていたのかな? 

 

 

「あの人、結構タンジアに寄ってたのよね。それで何をしてたかっていうと、モガの村の村長と文通を交わしてたのよ」

「村長と……?」

 そういえばお父さんは私の事を村長に頼んだって言っていた。

 

 それからずっと、村長に私の事を聞いてくれていたのかな。

 怒隻慧を探しながらも私の事をちゃんと気にしてくれていたなんて、そんな事実を聞かされて私はまた涙を流す。

 

 

 そんなお父さんを私は守れなかった。

 

 

 アキラさんは私が泣いているのを見て短く溜息を吐く。

 こんなに泣いてばかりじゃダメだよね。

 

「……ごめんなさい。泣いてばかりで」

「良いのよ」

 ただ、アキラさんは優しくそう言って私の頭を撫でてくれた。

 

 

「女の子なんだから、泣きたい時は泣きなさい。でもね、涙は女の武器なんて勘違いするのはダメよ」

 私の涙を拭いながら優しい顔で彼はそう言う。

 

 

「確かにあんたが泣けば、きっとアランちゃんは助けてくれるわ。……でもね、それで良いの?」

 言われて、私は自分が何をしていたのかやっと分かった。

 

 

 

 アランの力になりたい。

 彼が好きだから。彼がずっと私の力になってくれていたから。恩返しがしたい。

 

 だから、そう思っていたのに。

 

 

「私は……」

「だから、今泣きなさい。今思う存分泣きなさい。そして、心の整理を付けて、それからアランちゃんの前でちゃんと(・・・・)泣きなさい」

 私はただ逃げていたんだと思う。

 

 

 

 自分で決めた道、いのちと向き合うって道から。

 

 

 

 アランにそれを押し付けて、自分がそこから逃げるなんて最低だ。

 これは私の問題で、アランは関係ない。きっとアランは優しくしてくれる。だけど、その前にやらないといけない事があるよね。

 

 

 

「……分かったようね」

「……はい」

「なら、今は目一杯泣きなさい。ここには私達しか居ないわ」

 そう言われて、自然と涙が溢れてきた。

 

 止める理由もないし、今はそれで良いんだと思う。

 

 

「……っ、ぅ……ぁぅ、う、ぅぅ……っ、ぅぅ……お父、さ……ん───」

 私は何も気にせずに、脇目も振らずに泣き叫んだ。

 

 シノアさんが私の事を優しく抱いてくれる。

 アキラさんはただ遠くを見ていて、それでも優しい顔をしていた。

 

 

 前に進もう。

 

 

 

 そうしてから、いっぱいアランの前で泣くんだ。

 

 

 

 だから今は───

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 倒木。

 

 

 上質な木材として知られているユクモの木が、私の身長より少し高い所から上を失っている。

 少し離れた所に倒れているその上の部分は折られたというより、斬られたという断面をしていた。

 

 

「これがディノバルドのせいなら、早くなんとかしないと……」

 周りにはそんな木があちこちに見受けられる。

 

 渓流付近に現れるモンスターにこんな事が出来るモンスターは居ない。

 このままディノバルドが渓流で暴れ続けたら、ここの生態系が崩れるのは時間の問題だった。

 

 

 私はここに来る前の事を少し思い出す。

 

 

 

「……一人で?」

「うん。一人で行かせてほしい。私にディノバルドの討伐クエストを受けさせて欲しい」

 真剣な表情で、私はアランにそう言った。

 

 自棄になったんじゃないかって心配されたくないから、彼の目を真っ直ぐに見る。

 私の気持ちを分かってくれたのか、それでもアランは一度唸ってから「……分かった」と短く言葉を漏らした。

 

「……向き合ってこい。ただし、必ず帰ってこい」

「うん。信頼してくれてありがとう」

 私はお父さんのいのちと向き合わないといけない。

 

 

 あの時、私が手を伸ばせなかったから、怒隻慧に攻撃出来なかったから。

 そんな事を悔やんだってその前に戻る事は出来ない。そしてきっと、戻ったとしても結果は変わらないと思う。

 

 

 だから、今は泣かないって決めた。

 

 

 沢山泣いて来たのにまだ溢れそうになる涙を堪えて、私は「行ってくるね」と笑顔で伝える。

 帰ってから沢山泣こう。沢山甘えて、頭を撫でて貰うんだ。

 

 だから、今は泣かない。

 

 

 

「ウェインさん、ありがとうございます」

「ぶん殴られる事はあってもお礼を言われるとは思ってませんでしたよ」

 目を逸らしながらそう言うウェインさんだけど、きっと初めから分かっていたんだと思う。

 

 

「私が後悔しない為に、ディノバルドのクエスト受けておいてくれたんですよね」

「……さぁ、どうでしょうねー。まぁ、嫌われるのは慣れてますから」

「ウェインさんが本当は優しい人だって、知ってますから」

 私が目一杯の作り笑いでそう言うと、ウェインさんは「可愛いな。僕と結婚しない?」と言ってアランに殴り飛ばされた。

 

「あ、あはは……」

 やっぱりまだ、ちゃんと笑えない。

 

 

 だから、向き合わないといけない。前に進まないといけない。

 

 

 

 

 

 ───足音が聞こえる。

 

 

「……ディノバルド」

 怒隻慧の可能性もあるけれど、多分これはディノバルドの足音だ。何の確信もないのだけど、そう思う。

 

 私は急いで倒木の陰に隠れて周りを見渡した。

 

 

「居た」

 木の陰に薄っすらと見える蒼い甲殻。

 

 私やお父さんの目と同じ色。

 そこに赤が混じって、自分の胴体よりも長く鋭い尻尾()は燃えるような高音に光を放つ。

 

 

 ディノバルドは牙で自らの尻尾を、私達が砥石で武器にするように研いで切れ味(殺傷力)を高める知能の高いモンスターだ。

 好戦的でもあり、多分このユクモの木の惨状は元々この辺りにいたモンスター達との戦いの後なんだと思う。

 

 

 放っておく事は出来ない。

 

 

 いつもみたいに、本来の住処に誘導する事も出来ない。渓流の周りにディノバルドが本来過ごしている環境もないから。

 

 そもそもこのディノバルドは元々お父さんのオトモンだった。

 

 

 本来のあなたの居場所はね、もうこの世界のどこにもないんだよ。

 

 

 

 だから───

 

 

 

「……すぅ」

 大きく息を吐く。目の前を見た。

 

 前に進もう。

 

 

 

「───あなたを倒す!!」

 正面から。

 

 

「───グィァァァァアアアアッ!!!」

 目を見て、地面を蹴った。




ギルドナイト組が大活躍。拙作『とあるギルドナイトの陳謝』を読んでもらっているとまた違った視点で見れるかもしれない。

次回はディノバルド決戦です。ダブルクロス多めの作品なので、ディノバルドはちゃんと狩猟シーンを書きたかったので。乞うご期待?

読了ありがとうございます。

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