モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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竜とある少女の物語

 懐かしい潮風の匂いで目が醒める。

 

 身体を起こしてもまだ微睡みの中で、覚束ない意識は欠伸と一緒に再び夢の中に向かいそうだった。

 

 

「……疲れた」

 長旅と引越し作業で気が付いたら寝ていたらしい。

 周りを見渡すと誰も居なくて、ぐちゃぐちゃになった荷物が部屋に散乱している。

 

 アランの家はそんなに大きくないから、ここ数ヶ月で増えた荷物の整理が大変だ。

 

 

「アラン……?」

 少しその場で身体をほぐしてから周りを見渡すけど、アランもムツキも居ない。

 家の外に出てみれば太陽は真上にあって、大寝坊してしまったんだと苦笑いする。

 

 だけど、何処かに行くみたいな予定はなかった筈だし二人共どこに行っちゃったのかな。

 

 

「寂しいなぁ」

 口を尖らせながら、布団に丸まった。

 

 どこからも返事は返ってこなくて、暇だからジタバタと暴れてみる。

 いつもならムツキに怒られるかアランに叩かれるかどちらかだけど、それもない。

 

 

「……どこいっちゃったんだろ」

 布団を抱いて、私は二人を待った。

 

 出掛けたならしばらくすれば戻ってくると思う。

 起こしてくれれば良かったのにって思ったけど、多分私が起きなかったんだ。

 

 

 ふて寝しようとしたけれど、沢山寝たからそれも出来なくて。

 ただ長く感じる時間独りきり。本当に寂しくなって、少し涙が出てくる。

 

 

 一人は嫌いだ。

 それは四年前から変わっていない。

 

 

「一人にしないでよ……」

 太陽が沈み掛けて、空が赤くなってきた所で扉が開く。

 

 帰ってきたアランは手に荷物を沢山持っていたけど、そんなの御構いなしに私は彼に抱き着いた。

 

 

「うぉ?!」

「アラン……っ。何処かに行っちゃったんじゃないかと思った……」

 迷惑だって分かってるけど、もう離さないって勢いでアランに強くしがみ付く。

 

 当たり前だけどアランは困惑の表情だった。

 それでも、なんとなく察してくれたのかアランも私を抱き返してくれる。

 

 

 良かった……。帰ってきてくれて。

 

 

「起こしたんだけどニャ」

「で、デスヨネー」

 うん。予想通りだ。

 

 

「悪いな。あまりにも眠そうだったから、無理矢理起こすのもなんだと思ってな」

「むぅ……。私が悪いのは分かるんだけど。むぅ……」

「ハンターとしては成長しても、朝が弱いのは変わらないニャー」

 何も言い返せない。

 

 

「えーと、なんでこんな時間までお出掛けしてたの?」

「本当はここでの暮らしを再開する為の買い物だけだったんだが、ウェインに見付かって呼び出されてな」

 そんな厄介者みたいに言わなくても。

 

 

「ウェインさんからの話というと……」

 想像出来るのはやっぱり怒隻慧の事。

 

 私達がタンジアに戻ってきた理由でもあるし。

 

 

「あぁ、怒隻慧の現在地を掴んだらしい。明日、人を集めて会議をするそうだ。俺達も出る」

 そんな言葉に私は少しだけホッとする。

 

 昔だったらまた私だけ置いてかれるかもしれないって思ってたから。

 私はやっとアランの邪魔じゃなくて、ちゃんと隣に立っていられてるんだって思った。

 

 

「……そこにリーゲルさんも来るらしい」

 続けてアランは不満そうにそう言う。

 

 ベルナ村でウェインさんとお話をした時、リーゲルさんが怒隻慧を操っているのかもしれないって可能性を話した。

 私はそんな事はないと思うんだけど、それでも疑う理由があるみたいで。そんなリーゲルさんと行動を共にするのはアラン的には嫌なのかもしれない。

 

 

「……なぁ、ミズキ。お前はリーゲルさんの事をどう思う?」

「え、私は……」

 少しだけ考える。

 

 確かにリーゲルさんは人間がモンスターを殺す事はおかしいって言ってた事もあったけど。

 それだけで怒隻慧を操ってまで人を殺すような人には思えない。

 

 それに───

 

 

「───怒隻慧は、誰かに操られてる訳じゃないと思う」

 私はそう答えた。

 

 あの怒隻慧が誰かに操られて動いているなんて、その方が信じられない。

 だから、これが私の答え。

 

 

「……確かにな。……そうだな」

「とりあえず明日ニャ。今日はご飯食べてもう寝るニャ」

 その日は明日に備えて早く寝る事に。

 

 結構寝た筈なんだけど、心配事で疲れていたのかアランが側にいてくれる事に安心したのか直ぐに意識は夢の中に沈んでいく。

 

 

 一人は嫌だ。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 黒い世界で手を伸ばす。

 

 

 他に誰も居ない。暗くて寒いそんな世界。

 どうして自分がここに居るのか、ここがどこなのかも分からなかった。

 

 

 ただ、突然光が見えて。

 

 手を伸ばすと、そこに居る彼は振り向いて儚げに笑う。

 

 

 行かないで。

 声は出なかった。

 

 必死に手を伸ばすけれど、彼は前を向いて歩いていく。

 

 

 どうしてこの身体は動かないのか。どうして手を伸ばさないのか。どうして声も出せないのか。

 

 自分に出来る事は何でもするから。だから───

 

 

 

「───行かないで……っ!!」

 布団が飛んでいくような勢いで飛び跳ねるように目を覚ました。

 伸ばした手は空気を掴んで、汗で湿った掌と指が重なる。

 

 全身汗だらけになっているのが分かって、私は動悸のする胸を押さえながら周りを見渡した。

 

 

「アラ───良かった」

 ベッドの真下の床に寝転がっている彼の姿が見えて、大きな溜息が出る。

 

 さっきのは夢。

 そんな事は分かっているけれど、とても心細くなった。

 

 

 アランがどこか遠くに行ってしまう気がして。

 

 

 それが嫌で、私は寝ているアランの横にベッドから落ちるようにして転がり込む。

 

 

「……行かないで」

「何処にだ」

 無意識に呟くと、アランは突然目を開けてそう言った。

 

「わ、わぁ?! 起こしちゃった……?」

「いや、今のじゃなくてお前が落ちて来た所で起きた」

「ご、ごめんなさい……」

「謝るな。……どうした?」

 彼は横になったまま口籠る私の頭を抱いて、優しく撫でながらそう聞いてくれる。

 

 暖かい胸の中で、気が付いたら私は涙を流していた。それを見たアランは一度私を力強く抱いてくれる。

 

 

「アランが居なくなる夢を見た……」

「そうか」

「昨日、朝……お昼に起きたらアランが居なくて。寂しくて、怖くて……」

「そうか」

 大丈夫だ。俺はここにいる。アランはそう言いながら私の頭を撫でてくれた。

 

 

 どうしてか。

 タンジアに来てからずっとそんな事ばかりを考えてしまう。

 

 いよいよ怒隻慧としっかり正面から向き合う時だというのに───時だというからか。

 もしもの事があったらって考えると怖いんだ。

 

 

「俺が信じられないのか?」

「違……そうじゃなくて」

 そうじゃなくて。でも、その続きの言葉が出てこない。

 

 

 人は簡単に死んでしまう。

 

 

 いのちは簡単に消えてしまうんだ。

 

 

 アランと狩人をしてきたからこそ、その事に敏感になってしまう。

 

 

 

「俺は死なない」

 ゆっくりと。でも、しっかりとアランはそう言った。

 

「アラン……」

「俺もお前も死なない。俺の事はお前が守ってくれる。お前の事は俺が守る。……絶対にだ」

 二年前に怒隻慧と戦った時の事を思い出す。

 

 私を守って大怪我を負ったアラン。

 もうあんな事は許されない。私がアランを守るんだ。

 

 

「うん、そうだね」

「分かったら起きろ。準備して行くぞ」

 アランは起き上がって、出発の準備をしようとする。

 

 ただ、私はそんな彼の手を掴んで引き戻した。

 

 

「……ミズキ?」

「もうちょっとだけ、一緒に横になっていたい……。……だめ?」

 私の我儘にアランは少し目を細めながら溜息を吐く。

 

 困らせちゃってるかな?

 なんて思ったけれど、アランはまた布団に横になって「少しだけだぞ」と私の頭を撫でてくれた。

 

「えへへ。大好き」

「……俺もだ」

 絶対に私が守るから。

 

 

 

 少し時間が経って、タンジアの集会所。

 

 端の方の目立たない席に、目立つ格好のギルドナイトが三人。

 

 

「まずはおかえりなさいませ、アランさんミズキちゃん。……ネコ」

「ムツキニャ!」

 ベージュ色のコートを羽織るギルドナイト───ウェインさんの言葉にムツキが抗議を入れる。

 

「ウェイン、謝りなさい」

「そんな事より早く本題にはいりましょ」

 同じくギルドナイトのシノアさんとアキラさんはそれぞれ別の意見を出してその場は一瞬固まってしまった。

 

 

 ピンクのコートに厚化粧。メッシュの入った紺色の髪をサイドテールにしたお姉さんみたいな格好のお兄さん───アキラさんは、少しイライラしたような態度で置いてあった水を飲む。

 

「今こうしている間にもアイツに逃げられるかもしれないわ」

「その時はその時だよアキラさん。私達に自然を生きるモンスターの動向をどうこうする力はないんだから」

 白くて長い綺麗な髪を一つに縛った女性が、その髪と黒いコートを揺らしながら立ち上がってそう言った。

 

 そんなシノアさんに、ウェインさんが「今のって親父ギャグですか? いやー、シノアさんも老けたなぁ!」と言った所で彼は地面を転がって行く。

 私の目に映らない速度でウェインさんが殴り飛ばされた?!

 

 

「ここに集まってもらったのは他でもない。怒隻慧討伐の為の作戦会議。知っての通り、最近タンジア付近の狩場で怒隻慧と思われるイビルジョーの目撃情報が多発してるの」

 ふんと鼻を鳴らしながら、ウェインさんを無視して話を進めて行くシノアさん。

 転がったまま起きてこないから少し心配です。

 

 

「多発していると言っても、そこに居る彼の話しか証言はないんだけどね」

 そう言いながら、シノアさんはこの場にいるもう一人の人物に視線を向けた。

 

 

「信じても良いんですよね? リーゲルさん」

「あぁ。俺は嘘はつかない男だ」

 シノアさんの問い掛けにそう答えるのは、義手である右手を上げるガタイの良い男性。

 濃い色の髪に透き通った蒼い瞳が特徴的な彼こそ私がモガの村から出発する時に乗った船の持ち主であるリーゲルさんです。

 

 そして彼こそ、ウェインさんが怒隻慧を操っているんじゃないかって疑っていた人物でもあった。

 

 

 でもそんな人が怒隻慧の討伐に力を貸してくれるかな?

 この情報こそが罠かもしれないなんてウェインさんなら言いそうだけど、私はそんな事思わない。

 

 リーゲルさんは確かに私達狩人の存在を疑問に思っているかもしれないけど、嘘をつくような人じゃない。

 密猟者からディアブロスを守るのを手伝ってくれたり、私の密航を許してくれたり。優しい人だって事を私は知っている。

 

 

「リーゲルさんが言うなら間違いないわよ」

 そしてアキラさんも私と同意見なのか、彼の言葉を肯定した。

 

 起き上がるウェインさんは微妙な表情をしながらだけど、シノアさんと目を合わせて立ち上がる。

 

 

「それじゃ、彼の言葉を信じて明日の夜に出発しましょう。場所は渓流付近。明後日の朝までに準備を終えて、今出来る最高のメンバーで討伐に掛かります」

 ウェインさんはそう言って私達を見比べた。

 

 今出来る最高のメンバー。

 狩りは基本四人。ギルドナイトで実力もある三人とアランを出してしまうと、それだけで四人になってしまう。

 

 

 それだけはなんだか少し嫌だった。

 

 

「わ、私は……」

「あー、安心して下さい。ミズキちゃんもアランさんもちゃんと頭数に入ってます」

 笑顔でそう言うウェインさんの言葉に私は安心して溜息を吐く。

 

 でもそうなると、他のメンバーは誰になるのかな?

 

 

「後は順当にシノアさんとアッキーって所ですかね」

「ウェインさんは……?」

 私がそう言うと、ウェインさんは「冗談じゃない」と目を丸くした。ドユコト。

 

「コイツはハンターとしては初心者以下だよ」

 半目でシノアさんがそう言うと、ウェインさんは珍しく膨れっ面で目をそらす。

 本人も本意ではないのか、なんだかその表現は悔しそうだった。

 

 なんとなくベルナ村でセージ君にハンターって呼ばれて喜んでいた彼の姿を思い出す。

 ウェインさんも色々大変なのかな?

 

 

「僕は置いてけぼりかニャ?」

「俺とお前は救護班だ」

 ニッと笑いながら、リーゲルさんはムツキを突いてそう言った。

 

「死ななきゃ絶対に助けてやるから。ピンチになったら直ぐに撤退しろ。何度負けたって良い。最後に生きてる奴が勝者だ」

 彼はそう言って私達を見渡す。

 

 

 ムツキにリーゲルさんが居れば少しくらい怪我しても安心だ。

 

 勿論大怪我はしないに限る。

 というか本来怪我はしちゃいけない。

 

 

 だけど怒隻慧と戦うという事はもしもの事を考えなきゃいけない程の事なんだ。

 

 

 

 そう考えると、身体の震えが止まらなくなる。

 

 

 

「そんな訳で、今日は準備やらに勤しんで下さい。僕とシノアさんはギルドナイトとしての仕事もあるのでこれで。アッキーはご自由に〜」

「そうさせて貰うわ」

 アキラさんは少しだけ苛立ったような声を出して、この場を去っていく二人を見送った。

 

 どうかしたのかな?

 

 

「なんだアキラ。らしくないじゃねーか」

 彼にそう声を掛けたのは、リーゲルさん。

 

「気にくわない事を言うのよ。アレが。……ここじゃなんだわ。別の店で飲まない? アランちゃん達も。奢るわよ」

 二人は昔からの仲なんだっけ?

 二年前大怪我をしたアランの病室で二人が一緒だった時は、忙しくて話してる暇もなさそうだったからか。

 こうして二人が話しをしているのはなんだか新鮮な感じです。

 

 

 そして、私達はアキラさんの誘いでシー・タンジニャとは違うお店に向かう事になった。

 

 集会所を出て少し歩いて、タンジア独自の風通しの良い居酒屋に向かう。カウンター席の反対側に海が見える、素敵な雰囲気のお店だ。

 しかし着いて来て今更だけど私はお酒とか飲んだ事ないんだよね。ジュースとかあるのかな。

 

 

「マスター。いつもの」

 席に座りながらアキラさんがそう言うと、店主の人はなんの迷いもなく棚に飾ってあるお酒をグラスに注ぐ。

 

「俺はブレスワインを貰おうか。お前達は飲むか?」

 注文表を待てそう言うリーゲルさんに、アランは首を横に振りながら「今日は良いです」と返事をした。

 

 アランってお酒飲めるのかな?

 

 

「んー、私はどうしよう」

「お前にはまーだ早いっての」

 私が悩んでいると、リーゲルさんに笑われながら頭を叩かれる。

 

 むむむ、私だって年頃の女なのに!

 

 

 というかリーゲルさんに止められたのはビックリ。一瞬アランに叩かれたのかと思ったし。

 

 

「アップルジュースで……」

「俺もそれで」

「ボクはミルクでお願いするニャ」

 アキラさん以外の四人分の注文を確認すると、店主さんはテキパキとグラスに飲み物を注いであっという間にカウンターに皆の飲み物が並んだ。

 

 

「それでなんだ。辛気くさそうな顔してよ」

 お酒を一気に喉に流し込んだリーゲルさんは、アキラさんの肩を叩きながら上機嫌そうに口を開く。

 

 やっぱりお酒って美味しいのかな?

 

 

「……ウェイン達がリーゲルさんを疑ってるのよ」

 一方でお酒を飲みながらも機嫌の悪そうなアキラさんは、飲み干したグラスをカウンターに叩きつけながらそう答えた。

 

 彼の言葉を聞いて私とアランは目を合わせる。

 

 

 カルラさんを止める為に向かった渓流で怒隻慧と戦った後、私達はウェインさんとこんな話をした。

 

 ──なので、僕は考えました。……怒隻慧をオトモンにしたライダーが存在すると──

 

 

 怒隻慧を誰かが操って人を襲わせている。

 そんな可能性が上がって、最初に疑われたのはリーゲルさんだった。

 

 

 私達はそんな事はないだろうと思ったんだけど、ウェインさんはどうも引っかかるみたいで目を光らせていたらしいです。

 それをアキラさんが知って、今こうして不機嫌になっているんだと彼は酔っ払いながら説明してくれた。

 

 

「はっはっはっ、成る程なぁ。俺が怒隻慧のライダーだったらって疑われてる訳か」

「笑い事じゃないぞ……」

 お酒が回っていつもの話し方じゃなくなったアキラさんは、顔を真っ赤にしながら半目でリーゲルさんを睨む。

 そんな彼に対してリーゲルさんは笑いながら周りを見渡した。

 

 

「別に疑う事は悪い事じゃねーさ。この世界は分からない事だらけだ。むしろ、可能性があるなら疑ってかかるべきだろ?」

「……だが、あなたはそれでいいのか?」

「お前は信じてくれるんだろう? アキラよ」

 優しい声でそう言うリーゲルさんを見て、アキラさんは観念したように両手を挙げて「当たり前だ」と答える。

 

 その答えを聞いたリーゲルさんは満足気な表情で、今度は私達にその蒼い瞳を向けた。

 

 

「お前達はどうだ?」

 そんな問い掛け。

 

 私の答えは決まってる。直ぐに首を横に振って「リーゲルさんはそんな人じゃないと思います」と正直に言った。

 

 

 ただ、アランは少しだけ口籠っている。

 

 

「……どうした?」

「正直俺は少しだけあなたを疑っていました。……ただ、怒隻慧と関われば関わる程にアレが人の命令で動く訳がないと確信を持てるようになる。……アレは誰かのオトモンなんかじゃない」

 リーゲルさんの目を見てハッキリと、アランはそう言った。

 

 

「……確かになぁ。アイツは誰かの言う事を聞く玉じゃねぇだろうぜ。その見解は俺も同意見だ」

 どこか遠い所を見ながら、リーゲルさんはそんな返事をする。

 

 

 怒隻慧イビルジョー。

 アランの言う通り。私もあのモンスターが誰かの言いなりになって人を殺してるなんて思えない。

 

 

「アイツの居場所を探して何年にもなるが……行動は不規則で読めない事ばかりだ。人間が管理してるにしては動きが雑過ぎるよなぁ」

 やっぱり怒隻慧はただの生き物なんだ。

 

 

 この世界の理の中で生きている一匹の生き物。

 

 

 だからこそ向き合わなければいけない。

 

 

 

 いのちと、そして───

 

 

「なぁ、ミズキ。お前偶に変な物が見えたりするだろ?」

 私が考え事をしていると、リーゲルさんは突然そんな事を言う。

 

「変な物……?」

「人間には見えない、不思議な光景というか。……いや、違うな。もっと単純な話をしよう。……ミズキの眼は何色だ?」

 不思議な質問だった。

 

 

 私と同じ色の眼を真っ直ぐに私に向けながら、リーゲルさんはそう問いかけてくる。

 

 

「私の眼は……」

 私はお冷の入ったグラスに映る自分の瞳に視線を向けた。

 彼と同じ蒼い色。アランとは真逆の色。

 

 

「蒼色……」

「その片眼だけが赤く光る事があるだろう。……まるで、アイツみたいにな」

 続けてリーゲルさんはそんな言葉を落とす。

 

 

 それは私が怒隻慧と向き合う理由の一つだった。

 

 

 

 いつからだったか。

 何かがキッカケで視界から色が消える事が何度かあって。その時はとても身体が良く動くって事だけは知っている。

 

 でも結局理由は分からずに、二年前護衛クエストで出会ったシオちゃんに言われるがまま私は獣宿し【餓狼】という狩技を使えるようになった。

 自分の中の獣の力を解放する。そんな力だと教わったけど、なんで私の中に獣が居るかも分からなかったし、その獣がなんなのかも分からなかった。

 

 

 ただなんとなく、あの竜の姿が私の中にあって。

 

 

 それがなんなのか知る為というのが、私が怒隻慧と戦う理由の半分でもある。

 

 

 

「私と怒隻慧は何か関係があるんですか?」

 私がそう言うと、アランは気まずそうな表情でリーゲルさんと目を合わせた。

 アランは知っているのかな?

 

 酔い潰れて寝てしまったアキラさんの横で、リーゲルさんはゆっくりと口を開く。

 

 

「……お前はな、一回アレの腹の中に居たんだよ」

 そうして彼の口から出てきたのはそんな信じられないような言葉だった。

 

 

「ぇ……えぇ?! わ、私が?」

 一体どういう事なのか分からない。

 

 

 つまり、それって───

 

 

「───私は怒隻慧の赤ちゃんなの?!」

「そんな訳があるか」

 私の言葉を、リーゲルさんは半目になって否定する。あれ? そういう意味じゃないの?

 

 

「えと、そもそも、私は自分の本当の故郷も知らなくて……」

 物心ついた時から私はモガの村に居たけれど、自分がモガの村で産まれた子供じゃない事は知っていた。

 

 いつか聞いた話だと、まだ産まれて間もない私は海の上を漂流していたみたいで。それを交流船の船長が見付けてくれたんだって聞いている。

 

 

 だから、なんで私の知らない昔の事をリーゲルさんが知っているのかとても不思議だった。

 

 

 

「まぁ、一旦落ち着いて聞け」

 リーゲルさんはそう言って再びお酒を口にする。

 

 そんな彼を怪訝そうな表情で見るアランは「その話は初耳ですね……」と呟いた。

 アランは何を知っているんだろう。

 

 

「何から話せば良いのか。……正直、お前は怒隻慧とは関わらないで生きて欲しいと思っていた。だから、モガの村の村長にお前を託したんだよ」

 何を言っているのか分からなかった。

 

 

 この人は一体、私にとってどんな人なの?

 

 

 モガの村で初めて会った時の事を思い出す。その時に思った事も。

 そもそも私は彼と初めて会った気がしなかったんだ。

 

 

 

「俺はな、お前の父親なんだ」

 そして、リーゲルさんはハッキリとそう口にする。

 

 

「……父親? え、お、お父さん……って、事?」

「……あぁ」

 蒼色の瞳は私を真っ直ぐ見ながら首を縦に振った。

 

 頭の中が真っ白になる。直ぐには信じられなくて、私はアランと彼を見比べた。

 アランはその事を知っていたのか、優しい表情で私を見ている。

 

 

 本当……なんだ。

 

 

「お父……さん」

 どうしてか分からないけれど、私の目からは涙が出てくる。

 

 別にモガの村での暮らしに不満なんてなかった。

 私の事を育ててくれたお父さんの事も大好きだし、私を捨てたのかもしれない顔も見た事もない両親を恨んでもなかった。

 

 

 だけど、今目の前に本当のお父さんが居るって事がなんだか不思議で。おかしくて。

 

 

 少しだけ嬉しかったんだと思う。

 

 

 

「落ち着いたか?」

 私が泣き止むまで抱きしめてくれていたリーゲルさん───お父さんは、優しい声でそう聞いてくれた。

 

「う、うん」

「そうか。……黙ってて悪かったな。そして、お前を一人にして悪かった」

 優しい手で私を撫でてくれるお父さんは、暗い表情でそう言う。

 

「……でも、お父さんは私を心配してくれてたんでしょ?」

「こんな俺をお父さんと呼んでくれるか」

 嬉しそうに彼は笑った。

 

 

 だって、お父さんはお父さんだよ。

 モガの村のお父さんとは別に、私の大切な家族なんだと思う。

 

 

「……捨てた訳じゃないんだよね?」

「当たり前だ。モガの村の村長は知り合いでな。海を漂流していた事にしておいてくれと言って引き渡したんだ。……お前まで怒隻慧に関わる事はないと思ってな」

 そう言ってから、お父さんは「だが───」と続けた。

 

「───だが、俺が怒隻慧に拘ってミズキを村に任せたのは捨てたのと一緒だ。軽蔑してくれて構わねぇよ」

 何処か遠い所を見ながら彼はそう言う。

 

 

 きっと、お父さんも向き合っていたんだ。

 

 

「私は……お父さんを軽蔑なんてしないよ」

「ミズキ……?」

「だってお父さんは私を巻き込まない為にモガの村に引き渡してくれたんでしょ? お父さんがどうして怒隻慧と向き合おうとしているのかは分からないけど、きっとそれは大切な事だから」

 眼を見てハッキリと私の答えを伝える。

 

 

 お父さんがモガの村に私を引き渡してくれて、そしてアランに着いて行く手助けをしてくれた。

 そうして手に入れた私の答えは宝物だから、その答えで私はお父さんに返す。

 

 

「向き合う……か。なるほど、なぁ」

 そんな私の答えを聞いて、リーゲル───お父さんは納得したように溜息を吐いた。

 

「ありがとな、ミズキ。……大きくなりやがって」

「えへへー」

 でもやっぱり、お父さんに撫でられたりするのは嬉しい。

 

 

 ずっと知らなかった感覚に包まれる。

 

 

 

「……さて、お前と怒隻慧の関係の話だったな」

 少しだけ時間が経って、お父さんはそう話を切り出した。

 

 そういえばそんな話をしていたんだっけ。

 だけど、なんでリーゲルさんが私のお父さんって話をしたんだろう?

 

 

「アランは知っての通り。俺とアラン、そして産まれる前のミズキは同じ村に住んでいた。……ミズキがもう少しで俺の嫁の腹の中から出て来るかって、そんな時だ───あの村で怒隻慧が暴れ出したのはな」

 深刻そうな表情でお父さんはそう語り出した。

 

 

 怒隻慧イビルジョー。

 そのモンスターが現れたのは突然だったらしい。

 

 どこから来たのか、どこでそんな姿になったのか。

 

 

 その竜はアランとお父さんの村に初めて現れたその時から、今と同じ───半身を赤黒い光に包んだ姿をしていたという。

 

 

「怒隻慧は俺の目の前で嫁をまるごと食った。お腹の中にいるお前と一緒にな。……その後、近くの村───ライダーの村から来た一人のモンスターライダーが怒隻慧を追い払ったんだ。それがアランの育ての親、ダリアだな」

 昔聞いたアランの育ての親でもあり、カルラさんの父親がその人だった。

 

「元々俺もその村でライダーをやってた人間でな。生き残りの一人だって子供はダリアに任せて、俺は怒隻慧を追う事にした。……そして、その先でお前を見つけたんだよ、ミズキ」

「私を……?」

 一体どういう事だろう。

 

 

 私はお母さんと一緒に怒隻慧に食べられてしまった。

 

 

 その後私が見つかったという事は───

 

 

「……生命の神秘っていうのか。お前だけは消化されずに、奴の腹から出て来たんだ」

「う、うそぉ……」

 怒隻慧の中からって事?

 

 

「うんこから出て来たって事かニャ」

「ちょ、やめてムツキ」

「そういう事だな」

「やめて?!」

「うんこ……」

「アラン?!」

 え、嫌なんだけど。嫌なんだけど?!

 

 

「勿論無事じゃなかったさ。そのまま死んでもおかしくなかった。……本当に奇跡だと思ったぜ」

 それこそ本当に生命の神秘なのか。

 

 

 私は生きているかも死んでいるかも分からない状態で見付かったらしくて。

 身体は溶けて色々なものが混じっていたらしいです。

 

 その中にはきっと、怒隻慧の命も混ざっていた。お父さんはそう呟く。

 

 

 なんとか一命を取り留めた私をモガの村の村長に託して、再びお父さんは怒隻慧の居場所を探し始めた。

 

 

 

 それが私と怒隻慧の関係。

 

 

 

 怒隻慧が私をどうこうなんて事は考えてなかったと思うけど、私は生きている。

 

 私は怒隻慧に生かされたのかな?

 

 

 私の中には怒隻慧の命があるのかな?

 

 

 

 

「ミズキの身体には怒隻慧の命が入ってるんだ。だから、アイツを感じるんだろうな」

「私の中に……怒隻慧の命が」

 目を瞑ると、あの竜の姿が脳裏に映った。

 

 

「なぁ、ミズキ。それを知ってもお前は怒隻慧と戦うか?」

 それじゃ私はなんで戦うのか。

 

 

 ───決まってる。

 

 

「うん。戦うよ」

 その事を知ったとしても私の道は変わらない。

 

 

 もし怒隻慧が私を助けてくれたのだとしても、そうじゃないとしても。

 

 

 

「だって私は、ハンターだから」

「……本当に、大きくなったな」

 それが私の進みたい道だから。

 

 

「ねぇ、お父さん。……私をモガの村に、アランの元に預けてくれてありがとう」

 それがお父さんが私に託してくれた道だから。




ついに明かされたミズキの過去回でした。

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