モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
竜とある二人の物語
大気が揺れる。
砂が舞い上がって、地面が揺れた。
押し寄せる空気に飛ばされないように、私は姿勢を低くして細かな砂の地面を強く踏む。
照り付ける太陽に体温は上昇して、クーラードリンクを飲んでいても吹き出てくる汗が砂の地面を塗った。
冷や汗がインナーを濡らして、震える手で握る盾と剣が滑って落ちそうになる。
私はそんな
大きな一対の翼に、砂色の巨体を支えるずっしりとした脚。棘の付いた尻尾や後頭部の襟飾りが特徴的な飛竜種のモンスター。
ただ、やっぱりこのモンスターの一番の特徴といえば頭上から天を貫くように伸びる真紅の角だと思う。
一角竜───モノブロス。
それがこのモンスターの名前だ。
モノブロスという種のモンスターは、ハンターからはある種特別なモンスターとされている。
モンスターハンターという職業が確立されていなかった時代、今のようにギルドからの援助もない時に、ココット村の英雄がモノブロスを一人で討伐したという話をアランに聞いた。
そんな逸話からか、モノブロスを倒す事は英雄の条件だとか一人前のハンターの条件として扱われているらしい。
そしてココット村の英雄が一人でモノブロスを倒したってお話や、種の個体数が少ない事が関係しているのか、モノブロスには一人でしか挑んではいけないというのがギルドの決まりなんです。
だから、眼前の巨大な竜に対して私は一人。
この世界は、モンスターの世界だ。
世界中至る所に、彼等は存在する。空に陸に海に、火山に森に洞窟に、至る所に生きて住んでいる。
モンスターとは何か?
彼等はこの世界の理だ。私達人間より遥かに巨大な身体を持ち、遥かに強大な力を持つ。
生物のくくりの中でも頂点に立つ生き物達、それがモンスター。
私達人間は彼等より弱いから。一致団結して、時には知恵を縛り、彼等と戦わなければならない。そうしないと、生き残れないから。
彼等と戦うとは?
ハンターは、この世の理と戦う事が仕事。知恵と勇気と時々お金を振り絞って、彼等と戦うのだ。
かくいう私も、そのハンターであったりする。なんやなんやあってハンターになって七年。
なぜ戦わなければならないのか?
モンスターは生き物だ。私達とは違う生き物だから、生きているだけで当然すれ違いが起きてしまう。
住む場所が重なったり、食べる物が重なったりすると、生き物は相手を倒して自分の得るべき物を得るのがこの世の理。
話し合いが通じる相手ではない。
分かり合える相手では無い。
私達がどれだけ語ろうと、触れようとしても、彼等は、モンスターは人間と分かり合える存在ではない。
時には竜と絆を結んで共に生きる人もいるのだけど、私の道の先にはそんな素敵な道はなかった。
それが嫌だという訳でも、私も彼らのようになりたいという訳でもなくて。
私はただ、私の歩きたい道を歩いている。生命と向き合って命と向き合う私の道を。
生きているってとても大切な事で。
殺すって事は、とても嫌な事だって、私はそう思ったりもするけれど。
でもそのいのちのやり取りこそが、生きる事だと私は思うんだ。いのちと向き合う事だと思うんだ。
人と竜は相容れない。
それがこの世界の理だと、私はそう思っている。
でもやっぱり、これは私というただ一人の狩人の物語での答えなんだ。
きっと人によって答えが違う。
彼は一体どんな答えを出すのかな。
これは、このモンスターの世界で生きる狩人の物語。私の───私達の物語。
これは───
「───来る!!」
モノブロスは振り上げた脚で地面を蹴った。
信じられないような加速をして、巨体が砂を巻き上げながら大地を駆ける。
鋭利な角は当たり前だけど、その巨体に轢かれでもしたら人間の小さな身体なんて忽ちバラバラだ。
私は一瞬だけ瞳を閉じて、真っ直ぐに向かってくるモノブロスと視線を合わさる。
視界から色は消えた。
白と黒だけの世界。そんな世界に赤い線が入って、私はその道を進んでいく。
ギリギリまで突進を引き寄せて、私は地面を蹴って跳んだ。姿勢を低くして私に向けられていた角を踏んで、モノブロスの背中を取るように跳ぶ。
そんな私の下を通り過ぎて行くモノブロスの背中に向けて、私は身体を捻って両手の剣を何度も叩き付けた。
甲殻が破れる。肉までは届かないけれど、背中から尻尾までを切り刻まれたモノブロスは急停止と共に悲鳴を上げた。
「チャンス!」
着地と同時にそんなモノブロスの懐に潜り込んで、私は片方の脚を何度も剣で斬り付ける。
切り上げ、切り下げ、切り払い。足元で煩い羽虫を踏み潰すように脚を振るモノブロスに合わせて、私は一度後ろに跳んだ。
そのまま逃げずに、むしろ着地に合わせて脚を引いてからバネのように伸ばす。
体重を乗せて身体を前に。上から剣を叩き付けた。
「ボロゥゥッ?!」
悲鳴が上がる。
堪らずといった様子で、モノブロスは大きく引いた。
追撃されないように角を振りながら、その身体を大きく仰け反らせる。
「咆哮?! 来る───」
「───ブロゥゥァォァァアアアアッ!!!」
大気を文字通り振動させる、大音量の咆哮。
砂は舞い上がって、空気が揺れた。視界が軋むような感覚と爆音に、私は姿勢を崩しながら耳を塞ぐ。
「───っ」
そしてそれだけの咆哮を放った直後だというのに、モノブロスは直ぐに動き出した。
襟や嘴状の口をうまく使って、細かな砂の大地を掘り進んで行く。
その巨体が砂の中に完全に姿を隠すまでに大しして時間は掛からなかった。
ただ、モノブロスは逃げた訳じゃない。
この世界はモンスターの世界だから、そしてこの場所はあのモノブロスの縄張りだから。
だから───でも、私も逃げる訳にはいかない。
この場所は近々キャラバン隊の人が通る道だから。砂漠の町に恵みを運ぶキャラバン隊がこの場所を通れなかったら、町の人達の命も危ない。
私達はいのちと向き合うために戦う。
どちらも引く訳にはいかないから。人と竜は相入れないから。
「───そこだ!!」
私はポーチの中の球体を握りしめて、それを砂埃が舞う地面に叩き付けた。
途端に響く高周波。
さっきのモノブロスの咆哮とは比べ物にならないけれど、甲高い音と衝撃が砂を巻き上げる。
同時に砂が大量に巻き上げられた。
モノブロスは砂の中から身体の半分だけを出して、悲鳴を上げながら暴れる。
砂に身体の自由を奪われて思うように動けないその竜は恰好の的だった。私は直ぐに肉薄して、刃をその身体に叩き付ける。
吹き出る鮮血。流れていく命。
返り血を浴びながら、悲鳴を聴きながら、私の刃はモノブロスの命を削っていった。
砂の中に潜ったりするモンスターは聴力で獲物の位置を特定する。
だから、砂の中で集中しているモンスターには高周波を放つ音爆弾というアイテムが有効的だ。
これは、覚えておいても損はない。
私達人間はひ弱だから、こうやって知恵や経験を積んで戦う。
そうでもしないとモンスターには勝てないし、そうしてもモンスターに勝てるとは限らない。
「……ま、まだ立つの?!」
全身を切り刻まれ、血飛沫を上げながらもしかし───モノブロスは翼を大きく開きながら立ち上がった。
弱々しい咆哮を上げながらも、その瞳から命の灯火は消えていない。むしろその炎は勢いを増していて、命の強さを感じさせる。
「……そうだよね、生きたいもんね。私も……生きたいよ!」
再びお互いに得物を構えて睨み合った。
時間感覚が狂ってしまいそうな間。
風が吹いて、それが合図だったかのようにモノブロスが動き出す。
振り上げられた一角。頭を振り回す事で、モノブロスはそれを私に向けて振り下ろした。
私は盾を突き上げて、右足を軸に身体を回転させる。
振り下ろされた一角を盾で受け流しながら、そんな力も利用して身体を捻って剣をその一角に叩き付けた。
鈍い音が響く。
これまでの戦いで酷使して傷付いた一角にはヒビが入っていた。
そのヒビは斬撃で一気に広がって、遂には先端から砕けて折れてしまう。
モノブロスはこれまでで一番大きな悲鳴を上げた。
目を見開いて、信じられない物を見る目で私を見る。
一角竜の名を我が物としていたその竜の象徴は、主から離れた砂の大地に突き刺さっていた。
血走った瞳が私を睨む。
鋭い眼光はまるで「殺してやる」とでも言いたげで、自らの象徴だったものからすら視線を外して、ただ一点に私だけを睨み付けた。
私もその瞳に答える。
生きる為に。そのいのちと向き合う為に。
「───おいで、終わらせよう」
後の世の人達は、この荒々しくも眩しかった数世紀を振り返りこう語った。
大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、最も生きる力に満ち溢れていた時代だったと。
世界は、今よりもはるかに単純にできていた。
すなわち、狩るか、狩られるか。
明日の糧をえるため、己の力量を試すため。
またあるいは富と名声を手にするため。
人々はこの地に集う。
彼らの一様に熱っぽい、そしていくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは。
決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る。
力と生命の象徴───飛竜達。
鋼鉄の剣の擦れる音、大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、彼らはいつものように命を賭した戦いの場へと赴く。
ようこそ、モンスターハンターの世界へ。
これは───
「───クエスト、クリア」
───これは、モンスターとハンターの物語。
──Monster Hunter Re:Stories──
◆ ◆ ◆
黒色の装備は砂だらけで、赤と紫の盾も損傷が見られた。一角竜の角を用いて作られた剣も刃こぼれが激しい。
そんな装備を身に纏う彼女は、腰まで届く金色の髪をなびかせながらマカライト鉱石のように綺麗な蒼色の瞳を真っ直ぐに俺に向ける。
「勝ったよ、私」
少し疲れた表情で「えへへ」と笑う彼女を、俺は何の迷いもなく抱きしめた。
彼女は一人でモノブロスという強敵に挑みに行ったのだから、俺は心配で仕方がなかったのである。
「よくやったな……」
「あ、あはは。苦しいよぉ」
そう言われても、俺は力を弱めない。むしろ力強く抱きしめて、目一杯に彼女を感じる事にした。
「お前は立派なハンターだ」
「ありがと。……私も、アランに近付けたかな?」
彼女を離して、横に傾けられたその頭を撫でる。
「当たり前だ。俺以上かもな」
そんな言葉に謙遜するミズキだが、実際の所彼女は初めて会った時からは信じられない程の実力を身に付けていた。
あの時はジャギーも倒せなかったのにな。
「……私の答えは見付けてきたよ。次は、アランの番」
「そうだな」
そんな会話をして、俺達はベルナ村の家に戻る。
アザミから借りていた家は荷物が纏められていて、いつでも出発する準備が出来ていた。
帰ってきた俺達を見て、ムツキは安心したような表情を一瞬だけ見せる。
「やっと帰ってきたニャ。もー、そんなに防具をボロボロにしてー」
ただ、彼の性格上労うような事を表には出さない。
しかし防具に着いた砂を払うムツキの手は優しく、小さく「お疲れ様ニャ」とも言っていた。コイツも大概だろ。
「めっちゃ強かったんだからー!」
言いながらも、彼女は防具を外してインナー姿に。少し多めの肌の露出に俺は思わず目を背ける。
特に大胆な格好という訳ではないが、体の線がハッキリと出る物だから色々と意識してしまうのだ。
十九歳らしく身体つきもハッキリしてきて、出会った時を少し思い出す。
対して変わっていないようにも見えるが、彼女曰く少しは大きくなったらしい。正直身長とかは全然大きくなってないと思うが。
それでも、俺にとって彼女は魅力的な
「これで準備完了ニャ」
彼女が装備していた武具を纏めて、ムツキは手を払う。
黒色の毛皮を使って作られたこの防具は、以前からミズキが使っていたウルククス装備を少し改修した物だ。
大雪主───ウルククス。二つ名を持つウルククスを討伐した時に手に入れた素材で、二年前から使っていた装備に手を加えて今はこの装備を使っている。
もう一つは、彼女が四年間使っていた武器だ。
ダイミョウザザミの素材を使って作られた片手剣───いや、正式には双剣も改修している。
矛砕───ダイミョウザザミ。二つ名を持つダイミョウザザミの素材で、以前から使っていたクラブホーンをベースにウィルガホーンという武器を作って貰った。
そして武具も心機一転、この四年間の集大成を示すためにモノブロスの討伐クエストに挑んだ訳である。
「明日の朝出発だっけ?」
相当疲れていたのか、ベッドに飛び込みながら彼女はそう言った。着崩れて肌の見えるインナー姿を横目で見ると、ムツキに足を抓られる。
「……そうだな。今晩はアザミ達と何か飯でも食べに行くか」
「それじゃ、チーズパーティだね!」
勢いよく起き上がって、ミズキは目を輝かせながらそう言った。
彼女はベルナ村のチーズが好きだからな。
この村に来てから短くはない時間が経つ。
良い経験もあったし、苦い思いをした事もあった。
大切な仲間が出来たり、大切な人を失ったり。
この村に来てから独自の文化やクエストにも沢山触れて、俺達にとって小さくない経験になっただろう。
俺達はそんなベルナ村を去る事になった。
というよりは、タンジアに戻ると言った方が良いか。
「アザミちゃん達呼んでくるね!」
「ちゃんとした服を着てからにしろ……」
「はーい」
そもそも俺達がベルナ村に来たのはカルラを止める事が目的で、それはある意味果たされた事になるのだろう。
だから直ぐにでもタンジアに戻る事は出来たのだが、この村の居心地の良さは本物だった。
それにアザミ達の事も放っておけないと、何度もクエストに出て貯金を貯めていたという事情もある。これはミズキの優しさだが。
ここに永住すれば良いとも言われた事があるが、流石にそれは出来なかった。
俺達には目的がある。ここに居るのがその目的を果たす為の近道ならそうしていたが、世の中はそんなに思い通りには進まなかった。
「───その、怒隻慧ってイビルジョーがあんたが向き合うべきモンスターって事ね。そしてその怒隻慧が今はタンジア周辺にいる」
ベルナ村の集会所。いつものチーズフォンデュを囲んでの食事中。
アザミはチーズにパンを絡めて、それを頬張りながらそう言う。
彼女の言う通り、タンジア付近で怒隻慧がまた活発的に活動するようになった。
アイツとの決着を付ける。
それが俺が今進むべき道だ。復讐だとか、運命だとか、俺がソレと向き合うために歩かなければならない道なんだろう。
「ご、ごめんねアザミちゃん……」
「な、なんで謝るのよ。あんた達は元々ベルナの人間でもないでしょ? 元いた場所に戻るだけ。元々の道に戻るだけ」
ハムをチーズに付けて回しながら、彼女は興味もなさそうにそう言った。ミズキと仲が良かったから、少し意外である。
「……一生会えないって訳じゃないし。もし、もしも力が必要なら貸しに行くわ。勿論セージの負担にならないようにね」
「おねーちゃん達どっか言っちゃうの?」
「うん。少しだけお別れ。大丈夫、またいつか会えるわ」
よく分かっていないという感じのセージの頭を撫でながら、本当の歳よりも大人びた表情でアザミはそう言った。
強いな、彼女は。
「あんた達が私に前を見せてくれたの……。独りだったら、あたしはどうかなってたわ。あんた達は私にとって……その、とても大切な人達なのよ。そんなあんた達だから、ちゃんと前を見て欲しい」
そう言って串に刺したハムを頬張ると、彼女はハムのなくなった串を俺達に向ける。
「だから、勝ってきなさい。色々落ち着いたら、セージを連れて会いに行くわ」
「会いにー?」
「うん。いつか、二人でタンジアに行きましょ」
少しだけ寂しそうな表情で、彼女はそう言った。
その日の夜、セージが寝てから俺達はまた集会所に集まる。旅立ちのための荷を持って。
「元気でね」
「お前もニャ。あ、これセージに渡しとくニャ」
そう言ってムツキがアザミに渡したのは、なにやらモンスターの素材で出来た首飾りのような物だった。
丁度ムツキが持っている首飾りに似ている。自作したのだろうか。
セージは良くムツキに絡んでいて、ムツキはそれを嫌がっていると思っていたのだが。どうやらそんな事はなかったようだ。
「なによあんた、泣きそうじゃない」
「な、泣きそうなんてそんな訳ないニャ!」
「うわぁぁんアザミちゃぁぁん! また直ぐに会いに来るからねぇ……。うぐぅぅ」
「あんたはガチ泣きしてんじゃないわよ!!」
ミズキが一番泣いてどうする……。
「……ったく、しょうがないわね」
アザミはそう言ってミズキの事を抱きしめた。どっちが歳上か分かったものじゃない。
「……あんたも、元気でね」
「そっちもな」
俺は視線を合わせてそうとだけ言って、船に乗り込む。
彼女との出会いは俺の中である意味大きなものだった。
彼女の葛藤は俺と似ていて、そんな彼女が前に進む姿に正直背中を押されたんだと思う。
あの日からずっと悩んでいた。怒隻慧とどう接するべきが。その答えが見つかった気がする。
「俺はアイツを倒す」
「期待してるわ。ほら、あんた達も」
「また、一緒に狩りにいこうね」
「勿論よ。……またね」
船はベルナの夜空を進んだ。
飛行船は早い。ベルナ村は直ぐに見えなくなってしまう。
いつも出発の時に見る景色なのに、今日はどうしても夜空が目に入ってきた。
「あれ? 流れ星かな?」
ミズキが指差す空を見上げると、赤い光が空に色を塗っているのが見える。
「なんだろうな。……分からん」
「アランでも分からない事あるんだね」
「俺が知ってる事より、知らない事の方が多い。この世界は広いからな」
俺達は少しの間、その赤い光を眺めていた。
「綺麗だね」
「そうだな」
この空ともお別れか。
◆ ◆ ◆
当たり前だが俺の家は何も変わっていない。
質素なベッドが一つに物置。
三人で暮らすには少し狭い、そんな家である。
「狭っ」
「悪かったな。出て行くか?」
「ううん。アランと近くに居れるから嬉しいよ」
平然とそんなに恥ずかしい事を言うな。
「えへへー。でもやっぱり狭いよねー。将来的に心配というか、なんというか」
「どういう意味だ……」
「だ、だって私達その……。むぅ……なんでもないですー!」
最近偶にこうなるよな……。
「はぁ……思いやられるニャ」
どうしてだ。
「そんな事より!」
荷物を雑に置いてから、ミズキは思い出したように口を開く。
どうしたんだと目を細める俺の手を掴みながら、彼女は笑顔でこう言った。
「海、見に行こ!!」
そんな彼女の提案で俺達はタンジアの海を見に行く事に。
別に海ならクエスト中や行き帰りの飛行船でも見れていた筈だが。
それでもミズキは久しぶりのタンジアの海を、その蒼い瞳に焼き付けるように真っ直ぐに地平線まで視線を伸ばす。
彼女が何を見ているのか、少しだけ分かった気がした。
それが申し訳なくて、直ぐに言葉が出ない。
これを言ってしまったら、彼女が俺から離れてしまうんじゃないかと不安になる。
だけれど、そんな事よりも俺は彼女の気持ちが大切だった。
「モガの村か?」
「……ど、どうして分かったの?」
驚いた表情で聞き返してくるミズキに、俺は「長い付き合いだからな」と素朴に返す。
「俺はお前を色々な所に連れ回してしまっていたんだな……。悪かった」
「そ、そんな事ないよ! 色んな場所で色んな事を知れた、体験出来た。全部アランのおかげだもん。……それに、私がアランについて来たんだよ?」
そう言われて、もう四年も前の事を思い出した。
彼女に始めて会った時の事。一緒にモガの森でモンスターと触れ合った事。
リーゲルさんの船に隠れていた時は本当にビックリした事を思い出して、苦笑する。
「そうだったな」
「私はアランと居たくてアランと居るよ。……でもね、私はモガの村に帰りたいって思ってる」
思ってもいなかった言葉に、俺は驚いて固まってしまった。
彼女がそんな事を考えているなんて思っていなかったから。
「あ、ち、違うからね! アランと別れたいとか、一緒に居たくないとか、そういう訳じゃないの! 私は……私が見付けた道のゴールに行きたいんだ」
「……ゴール?」
俺が聞くと、彼女は「うん」と短く答える。
その視線は真っ直ぐに海の向こうにある彼女の育った故郷に向けられていた。
彼女は俺が産まれた所と同じ場所で産まれたけれど、そんな記憶はないだろうし彼女はリーゲルさんが実の父親だなんて知りもしない。
俺も自分が産まれた村の事なんて覚えてもいないがな。
だから、彼女にとっての故郷はモガの森なのだろう。俺にとっての故郷があの村なように。
「私の答えはね、やっぱりハンターとしてモンスターと真っ直ぐに向き合うって事なんだ。奪う事も、奪わない事も。……それでね、そんな答えに一番近いのがモガの森だと思うの」
「ミズキの答え……?」
ハンターとはいのちと向き合う事。それが彼女の答えだった。
「あの場所はとっても沢山の生き物が住んでる。そんなに広くはない島に私達人間を含めて色んな生き物がお互いに干渉したりしなかったりして、凄いバランスの中でお互いが道を通わせたり、ぶつかったり。……その輪の中で私達人間が、ハンターが、どうしたらちゃんといのちと向き合う事が出来るのか。……それをね、探し続けたいの。だってきっと、答えはないから」
そんな彼女の進みたい
大陸からすれば小さなあの島には彼女の言う通り沢山の命が芽吹いていた。
そんなモガの森でモンスターのいのちと関わっていく。それがどれだけ大変で、どれだけ大切な経験になるか。
彼女の進みたかった道はあの島にあったんだ。
「そうか……」
「だから、アラン……」
少しだけその続きが怖い。
だけど、彼女の真っ直ぐな瞳は俺を見ている。目を背けたらいけないと思った。
「全部終わったら、私と結婚して欲しい。……そして、一緒にモガの村に住んで欲しいです」
そして彼女は少しだけ頬を濡らしながら、そんな事を言う。
「おま───は? はぁ? ……はぁ」
ため息が出た。
「え、えぇ?! い、嫌なの?! 嫌だったの?!」
大粒の涙を流しながらわたわたと震えるミズキ。そんな彼女を抱きしめて、俺は一発チョップを入れた。
「痛い」
「そういうのはな……男の俺から言うものなんだ」
「え? そうなの?」
「知らん」
よく分からんが、多分それで合ってる筈である。
「……全てが終わったら、か?」
「うん。ちゃんと、怒隻慧と向き合ってから。……アランが、良かったらだけど」
俺は俯く彼女の頭をぐちゃぐちゃに撫でて顔を上げさせた。
「良いに決まってるだろ。……ミズキ、全部終わったら結婚しよう。モガの村だろうが絶海の孤島だろうがどこでも付いていく」
「うん。ありがとう。ずっとアランとね、モンスターと関わっていくの。勿論モガの森以外にもたまに行ったりして。でもやっぱり、ずっとアランと一緒に居るの」
涙を拭きながら彼女は将来の夢を語り出す。
まだ十九だと思っていたけど、もう十九歳なんだとも思った。
「約束だからね。絶対、だからね」
「あぁ。約束だ。結婚しよう」
出会った時より少しだけ大きくなった彼女を抱きしめて、その温もりに触れる。
彼女は大きくなった。
小型モンスターが死ぬのを見て大泣きしていたあの彼女が、今は巨大な大型の飛竜のいのちとも向き合える。
いのちと向き合うと簡単に言うが、それは難しい事じゃないが簡単な事ではない。
それが出来る彼女こそ、真のモンスターハンターではないかと俺は思った。
そんな彼女が進みたい道の上に俺がいる。それがこの上なく嬉しい。
「ずっと一緒だ」
「うん。ずっと一緒。約束だから。破ったら許さないから!」
力強い抱擁が心地良かった。
気が付けば沈んでいく太陽が空と海を赤く染め上げる。
あの向こうに俺達の道のゴールがあるんだ。
「まーた置いてけぼりにされてるニャ」
「勿論ムツキも一緒だよ!」
「いや、お邪魔虫はとっとと退散して家で武器でも研いでるニャ」
「す、拗ねないでー! ムツキー!」
全てを失ったあの日。こんなに賑やかで幸せな日々が来ると思っていただろうか?
「なぁ……ヨゾラ。お前は俺を許してくれるか?」
日が沈み暗くなった空に手を伸ばす。
またあの赤い光が見えた。光は直ぐに弾けて消える。
それがまるで祝福してくれているみたいで、俺はふっと笑った。
「俺は前に進むよ」
その為にアイツと戦う。
───決着を付けよう、怒隻慧。
そんな訳で、最終章。第六章の開幕です。
二人の狩人の終着点。怒隻慧との決着が始まります。どうか、最後までお付き合い下さい。読了ありがとうございました!