モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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辿り着いた場所と答えの先で

 父のようなライダーになりたい。

 

 

 物心付いた頃か、もっと前か。

 僕の目はただひたすら真っ直ぐに、それだけを見詰めていた。

 

 それこそ、物心着く前から兄弟のように一緒に過ごした親友と一緒に。

 

 

 

「我が名はカルラ……」

「我が名はアラン……」

 不思議とあの時の事を思い出す。

 

「聖なる絆石よ。カルラ、そしてアランとの……眠りし御霊の絆を結びたまえ。いざ新生の時───目覚めよ!!」

 サクラやミカヅキと出会った時の事。

 

 

 僕の世界はその日から始まったんだ。

 

「お前が……俺のオトモン、相棒か。……宜しくな」

「おい見てくれアラン! 僕のオトモン、リオレイア亜種だぞ! はっは、凄い!」

 最強のライダーになる。

 恥ずかしくて言えなかったけど、僕をライダーにしてくれた父さんに───僕達をサクラ達と出会わせてくれた父さんに感謝していた。

 

 

「一度結んだ絆は絶対に切れない」

 そんな父の言葉を思い出す。

 

 

 

 正直疑っていた事もあったし、最近はそんな言葉は忘れていた。

 

 

 

 でも、今僕はそれを実感している。

 

 

 

「なぁ、イビルジョー。僕達は絆を結べていたかな」

 あの日───母さんが殺されて。その後の事は殆ど記憶になかった。

 

 ただ暗い場所にいて。サクラがそこから助け出してくれた事だけを覚えている。

 

 

「……ここは? なんだよ……これ」

 周りを見渡すと、そこはただの地獄だった。

 

 

 

 人と竜の死体。

 

 

 

 見慣れた村人達と、そのオトモン達の死体。

 

 

 

「ぁ……ぁ、あ、あぁ……」

 何があったか思い出す。

 

 村をイビルジョーが襲って、母さんが殺された。

 

 

 誰も生きていない。

 ヨゾラは? アランは? ミカヅキは? 父さん達は?

 

 

 瓦礫の中から這い出て、村中を歩き回る。

 死体を見るたびに嘔吐した。それでも、歩き回る。

 

 

 

「誰か、居ないのか……?」

 誰もいない。人の死体はバラバラで、それが誰だかすら分からない状態だった。

 目の前の死体がアランかもしれないし、ヨゾラかもしれない。

 

 誰も居ないのか?

 

 

 助けてくれ。僕を独りにしないてくれ。

 

 

 

「ヴァァゥ……」

 サクラが元々僕が居た所で鳴き声を上げる。

 

 そこに誰かいるのか?

 すがるような気持ちで、サクラの元に歩いた。

 

 

 

 ───そこに居たのは、イビルジョー。

 

 

 

 この村をこんな事にした竜。その同種の、幼体。

 僕とアランが絆を結んだ筈の、イビルジョー。

 

 

「グォゥゥ……」

「どうして……」

 そのイビルジョーが、瓦礫の下敷きになって呻き声を上げている。

 その横には、アランがオトモンにしていたネルスキュラが瓦礫の下敷きになって倒れていた。こっちは生きているかどうかも分からない。

 

 

「……どうしてお前が」

 僕は瓦礫の中にあった尖った岩を持ち上げる。

 

 

 どうしてお前が生きているんだよ。

 

 誰も生きていないのに。

 あの竜を呼んだのはお前なんだろ?

 

 

 どうしてお前だけが生きてるんだよ。

 

 

 

 殺してやろうと思った。

 

 

 腕を振り下ろす。

 だけど、後ろからそんな僕を何かが止めた。

 

 

「……やめろ、カルラ」

 聞き覚えのある声。

 

 

 誰よりも強くて、誰より憧れた人の声。

 

 

「……父……さん」

「それを離せ。危ないから」

 そんな父───ダリア・ディートリヒは全身血だらけで、だけど真っ直ぐな瞳で僕を見ながらそう言う。

 

 よく見れば父さんは左手も左足もなくて、這い蹲って僕の手を握っていた。

 

 

「と、父さん! 父さん!」

 どうしてこんな酷い怪我を?

 

 決まっている。

 アイツにやられたんだ。あの化け物にやられたんだ。

 

 

 

「……カルラ、よく聞け」

 怒りに震える僕の身体に触れながら、父さんはゆっくりと口を開く。

 

 

「モンスターを……恨んじゃダメだ。俺達は、絆で結ばれているだろう……?」

「でも……村を襲ったのもモンスターだ。アイツが呼んだんだ!」

「そう思うか?」

 虚ろな目で、父さんはそう言った。

 

 

 ゆっくりと僕を掴んでいた手が落ちる。

 

 

「と、父さん?!」

「ここは危険だ……。イビルジョーを助けたら、川の方に……いきなさい。そし、ら……ユ……村に」

 どんどん小さくなる声。風の音にも掻き消されそうな声に僕は不安になって父を呼んだ。

 

 だけど、返事が返ってくる事はない。

 

 

 父さんは今の僕に必要な事を話そうと必死だったんだろう。

 

 

「これだけは、忘れないでくれ。……一度結んだ絆は消えない、絶対に……だ」

 それだけ言い終えて、父さんの瞳から光が消えた。

 

 

 幼かった僕にはその意味は分からなくて。ただ、父の教え通りにとりあえずイビルジョーを助けようと瓦礫を退かしていく。

 

 

 

「サクラ、コイツをどかしてくれ」

 オトモンと協力して。竜と共に生きる者として。

 

「グォゥゥ……」

 小さなイビルジョーを抱き上げて、サクラの背中に乗せた。

 

 

「父さん、イビルジョーを助けたよ。早くここから───」

 そうして振り返って、視界に入ったのは───

 

 

 

「嘘、だろ」

「グォゥゥァァァ……」

 ───身体の半身を不気味な赤黒い光が包み込む黒い竜。

 

 この村を襲った悪魔が、まるで生き延びた僕の事を逃さまいとそこに立っている。

 

 

「と、父さん……。……助けて……父さん」

 後ずさりして、僕は目の前で倒れている父さんに話しかけた。

 

 返事はない。

 

 

 代わりに僕の後ろで、イビルジョーが小さな鳴き声を上げる。

 

 

「グォゥゥ……グォゥゥ」

「お前が……呼んだのか」

 怒りよりも、驚きや恐怖の方が優った。

 

 

 僕は悲鳴を上げて、サクラとイビルジョーを連れて必死で逃げる。

 振り向かずに。ただひたすら真っ直ぐに。必死に逃げた。

 

 

 

「……お前が呼んだのか」

 どれくらい走ったんだろう。

 

 半日か、一日か。気が付いた時には自分がどこに居るのかすら分からなくなっていた。

 

 

 ひたすら鳴き声を上げるイビルジョーをサクラの背中から下ろして、小さな身体を睨み付ける。

 

 

「お前のせいで皆死んだんだぞ!!」

 拳を振り上げた。イビルジョーは、小さく鳴く。

 

 

 なんなんだよ。

 

 

 なんなんだよ、お前は。

 

 

「お前なんて───」

 殺してやる、そう思った。だけど、殺せない。

 

 

 父さんの言葉が頭で何度も木霊する。

 

 

 

「一度結んだ絆は消えない……だってさ」

 どうしたら良いか分からなかった。

 

 

 小さな村生まれだから、自給自足くらいは出来る。サクラも居るし、生きていく事くらい簡単だ。

 だけど、これから何をしたら良いのか分からない。歩いていた道が、突然無くなってしまったんだと思う。

 

 

 

 だけど、僕はいつだって真っ直ぐ目標に進むだけだ。

 

 

 

 道がないなら切り開けば良い。自分で作ってしまえば良い。

 

 

 

「アイツを殺す。……いや、モンスターを全て殺す。僕の道を壊した全てを許さない。その為なら、なんだってしてやる」

 産まれたてのイビルジョーを睨んで、僕は決意を露わにする。

 

 

 ライダーという存在をこの世界に否定された気がした。

 

 

 人と竜は相容れないと、はっきりと言われたような気がする。

 

 

 

 いつしか僕は、父の言葉を忘れてしまった。

 

 

 

「───その為ならお前という存在を使ってでも、僕はこの世界を許さない」

 このイビルジョーを使ってでも、この世界の理を破壊する。

 

 

 

 それが、僕の目標だった。ただひたすら真っ直ぐに進む為の、道導だった。

 

 

 

 

「僕は、お前をボロ雑巾みたいに使って捨てようとしたんだ。殺すよりも酷い事をしようとしたんだ。……それなのに、お前は僕を背中に乗せてくれている」

 あぁ、やっと思い出したよ。

 

 父の言っていた大切な言葉を。

 

 

「こんな僕でも、もう一度───いや、また心を通わせてくれるか? イビルジョー。あの時怒隻慧じゃなくて僕達を呼んでくれていたお前の声に、答えさせてくれ……っ!」

 僕のイビルジョーは、高々に咆哮を上げる。

 

 

 

 いつかの夢が叶った気がした。

 

 

 

 もしかしたら、僕は知らない間にも真っ直ぐ進んでいたのかもしれないな。

 暖かい感触が僕を包み込む。

 

 

 

「……怒隻慧、お前を倒すよ」

 僕は今きっと、最強のライダーだ。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 あれから数日が経ちます。

 

 ユクモ村からベルナ村に帰って来るまで───いや、帰って来てから数日間、アランは誰とも話さずに塞ぎ込んでしまっていた。

 とても心配だったんだけど、ここ数日で少しずつ以前のように話してくれるようになったから安心です。

 

 だけど、きっと彼の心の傷は消えないと思う。

 

 

 

 また大切な人を失ってしまったのだから。

 

 

 私は、また何も出来なかった。

 

 

 

「なんで今度はあんたが塞ぎ込んでんのよ」

 そう言って私の頭を叩くアザミちゃん。あの日の狩りでの怪我も治っていて、充分に力のこもったチョップが痛い。

 

「……アランを元気付けられなかったから」

「……はぁ。そんなの、当たり前じゃない」

 酷い。

 

「だ、だって───」

「あんたはあのギルドナイトの代わりにはなれないわ。誰だって、他の誰かの代わりにはなれない。……あんたは、あんたのまま、そこに生きてくれていれば、あいつはそれで救われると思う」

 そうとだけ言って、彼女はそっぽを向いてしまう。こころなしか、耳元が赤くなっている気がした。

 

 

「だからこそ、あいつも今は立ち直ってるのよ。胸を張りなさい。あんたは何もしてないなんて事はないわ」

「アザミちゃん……。えへへ、ありがと」

 どっちがお姉さんか分からないや。

 

 

「か、勘違いしないでよね。別に元気付けようとした訳じゃないんだから。当たり前の事を言っただけなんだから!」

「アザミちゃんは可愛いなぁ……」

「なんでそうなるのよ!」

 うん、元気が出る。アザミちゃんがアザミちゃんのままだから、かな。

 

 

 

 私も、私のままでいなくちゃ。

 

 

 

「話が逸れたわ……。集会所にまたあの小さい方のギルドナイトが来てるわよ」

 そんな彼女の話を聞いて、外に出ていたアランやムツキを迎えに行ってから私達は集会所に向かう。

 

 まだカルラさんが死んだって決まった訳じゃないけれど、それでも色々な覚悟をしないといけないと思った。

 

 

「おねーちゃんお出かけー?」

「えぇ、ちょっとね。多分今日はお金が入るから、またパーティでもしましょ」

「やったー!」

 後ろばかり見てられないもんね。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「結論から言います。怒隻慧は健在、堆黒尾は死体を確認、隻翼は行方不明です」

 ベルナ村の集会所で私達の前に座るギルドナイト───ウェインさんはなんの脈絡もなく話し始めにそう言う。

 

 

 その言葉だけで察する事が出来るのは、カルラさん達は怒隻慧に負けてしまったという事だけだ。

 勿論カルラさんが死んでしまったとは限らないし、隻翼リオレウス亜種(ミカヅキ)が生きているとも限らない。

 

 

「怒隻慧が健在と言い切れるという事は、また何処かで現れたという事か?」

 アランは冷静な声でそう聞く。その質問へのウェインさんの答えは「はい」だった。

 

 

「……渓流からはかなり離れた森林地帯で上位ハンター四人が交戦。一人を残して他を全部食べていったらしいです。生き残った一人の証言的にはかなり疲弊していたらしいですが」

 カルラさん達と戦ったから、だと思う。

 

 ただ気になるのは、やっぱりカルラさんの安否だ。

 

 

「で、ぶっちゃけ一番気になっているだろうカルラ・ディートリヒの所在に関してですが……。多分死んでますね」

 しかし、ウェインさんはあっけなくそう言う。

 

 頭が追い付かなくて、私はただ彼の言葉を待つ事しか出来なかった。

 

 

「アランさん達が怒隻慧と交戦したと言っていたエリアで人間の肩から先が丸々見つかりました。左腕ですね。それで、これが───」

 そう言いながらウェインさんは大きな鞄に手を突っ込む。何を出す気なのかと一瞬焦ったけど、彼が鞄から取り出したのは意外な───

 

 

「───赤色の絆石。彼の私物ですよね?」

 ───大切な物だった。

 

 

 赤色の綺麗な石。それを見て私とアランは目を見開く。

 

 

 カルラさんの物だと直ぐに分かった。

 その意味も、直ぐに分かる。

 

 

 どこかで、もしかしたら彼は生きているなんて事を思っていてしまったから。

 そんな決定的証拠を見せつけられてしまったら、その先は見えなかった。

 

 

「……それは、俺達が貰っていいか?」

「貴重な証拠品なのでダメです───と、言いたいですが。色々なものを天秤にかけて、アランさんに渡した方が良いかと思って持ってきました。どうぞ」

 そう言って、ウェインさんはカルラさんの絆石をアランに渡す。アランはそれを、大切そうに握りしめた。

 

「アラン……」

「生死がハッキリしただけマシだ。……ありがとう、ウェイン」

「どうも」

 目をそらすウェインさんは、言いにくそうにこう続ける。

 

 

「堆黒尾の死体はこちらで完全に確認したので、お望みとあれば素材も提供します。リオレイア亜種については隻翼と同じく捕捉不可能でした。渓流全域が堆黒尾や怒隻慧に荒らされた影響か、今あの辺りは形の残ってる竜の死体の方が少ない」

 今、渓流は立ち入り禁止区域に指定される程に生態系が荒れているらしい。

 

 

 少しすれば落ち着くって話だけど、今あの場所に行けないのが私は悔しかった。

 

 

 また、怒隻慧を逃してしまう。

 

 

「これはアランさんの心情を無視した話なんですが、今回一つだけ得たものがあります。それは、怒隻慧がカルラ率いる組織の持ち駒ではなかったという事です。二年前アランさんが否定してくれたのですが、それでも気がかりな点が沢山あった。神出鬼没な上に知性も高く、組織を壊滅させるなんて何かの意思のような物を感じさせる行動。……なら、その意思はどこから来たものなのか。まさか怒隻慧が自ら考えてそんな事をするなんて思いますか?」

 いつものように饒舌に、しかし納得のいかなそうな声で彼はそう言った。

 

 

 確かに怒隻慧の行動は普通のモンスターじゃ考えられない事ばかりだと思う。

 

 

 それじゃ、それはどうして?

 

 

「なので、僕は考えました。……怒隻慧をオトモンにしたライダーが存在すると」

 そして、ウェインさんは唐突にそんな事を言った。

 

 

 声が出ない。

 だって、そんな事あるわけがない。

 

 

 だけど、アランは小さく口を開く。

 

 

「可能性は捨てられないな」

 それは、肯定の言葉だった。

 

 

「そ、そんな事って……」

 だって、凶暴なイビルジョーと───しかもあの怒隻慧と絆を結べるライダーなんて居る訳がない。

 

「現にカルラは堆黒尾と絆を結んでいた。不安定な絆だったが、それでも最後は俺達を守ってくれた」

 カルラさんの絆石を握りながら、アランは小さな声でそう言う。

 

 

 ありえない事ではない。

 でも、もしそれが本当なら───

 

 

「───怒隻慧を使って人間を殺している奴がいる。と、いう事ですね」

「そんな……」

 そんな人がいるなんて、信じられない。

 

 

「まさ……か」

 私がそんな事を思っていると、アランは何故か私を見てその目を見開いて漏らすように言葉を落としていた。

 

 え、ど、どういう事?!

 

 

「わ、私じゃないよ?!」

「んな事考えてる訳ないだろニャ。……アラン、心当たりがあるのかニャ?」

 半目で私を見てから、ムツキはそう言う。

 

 

 アランに心当たりがあるライダーなんて───

 

 

「まさか……」

 ───居た。カルラさん以外にも、もう一人ライダーが。

 

 

 ──人間は勝手に世界の生き物を自分の物だと思ってる。なぁ、そんなのはおかしいと思わないか?──

 そんな()の言葉をふと思い出した。

 

 

 怒隻慧を探しているお医者さん兼モンスターライダー。

 

 

 

「───リーゲルさん」

 私がその名前を口にした時、アランは目を見開いて首を横に大きく振る。

 

 きっとアランも同じ事を考えている筈なのに、どうしてそんな反応をしたのか、私には分からなかった。

 

 

 

「……確かに、彼はライダーらしいですね。言われてみれば怒隻慧との接点も多い」

「ま、待てウェイン。リーゲルさんはミズキの───」

 言いかけて、アランはその口を閉じる。

 

 手をに強く握って、その腕を震わせながら彼は「そんなバカな……」なんて言葉を漏らしていた。

 

 

「リーゲルさんが私の……?」

「き、気にするな……。ウェイン、その話は少しだけ考えさせてくれ」

「え、あ、はい……。まぁ、ぶっちゃけあの怒隻慧を従わせるなんて無謀ですからね。ただ、やっぱり僕の自己責任と独断でリーゲルさんの監視をしてみようと思います。そういう後ろめたい事はギルドナイトの仕事ですから」

 アランの反応に珍しく驚いた表情を見せるウェインさん。

 

 

 リーゲルさんの事をギルドナイトの人が調べるらしいけれど、これで本当に怒隻慧と関わっていたらなんだか悲しいです。

 そんな事はないと思うけれど、モガの村を出た日の彼の言葉を思い出して、なんだか胸の奥が苦しくなった。

 

 

 

「俺は、最近アイツはこの世界の恒常性そのものなのかもしれない……なんて事を考えていたんだ」

 こうじょうせい?

 

 難しい言葉を使うアランに、私は首を横に傾ける。

 

 

「この世界の───星の意思……とでも言うのか。あの人の話に戻してしまうが、モガの村を出る時にリーゲルさんがこんな事を俺達に聞いてきた」

 そんな私に返ってきたのはそんな言葉。

 

 そして続く言葉は私の想像通り───

 

 

 

「人がモンスターを狩る事についてどう思う? なんて、な」

 あの時、私はその質問に答えられなかった。

 

 

 だけど、今は違う。

 アランのおかげで、私は私の答えを持てた。アランだって自分の答えを持ってる。

 

 でもその言葉は、別の意味が込められてるんじゃないかって。今はそんな事を思うんだ。

 

 

 

「確かに俺達人間が───ハンターがやってる事は、この世界の理から逸脱しているのかもしれないと思う事もある。俺はそれを否定するが、俺が正しいと言い切れる自身はない。……そんな、もしかしたら間違っているかもしれない人間達を正しい方向に向かわせるこの世界の意思───理」

 この世界の理……。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 

「怒隻慧はその理そのものなんじゃないかって、そんな事を思うんだ」

 どこか遠くを見ながら、アランはそう言う。

 

 ウェインさんはそんな彼の言葉を興味深そうに聞いていた。ただ、彼が聞いていた言葉の焦点は違う気がする。

 

 

「面白そうな話ですが、そんな曖昧な存在を認める訳にはいきませんよ」

 多分、ウェインさんはリーゲルさんを疑ってるんだと思った。

 

 

 

 

「まぁ、なんにせよ龍歴院もお手上げの怒隻慧。これからは各地協力して討伐に当たる予定です。もしもの場合、アランさん達の力をまた借りにくる事もあると思います」

 そう言いながらウェインさんは立ち上がって、懐から銭袋を机の上に置く。

 

 堆黒尾の討伐。その報酬だって、彼はそう言った。

 

 

 

 

「らいだーとか、おともんとか、この世界の理だとか。……あたしにはサッパリだけど、あんた達のやるべき事は別に変わらないでしょ?」

 ウェインさんと話している間、ひたすら頭を抱えていたアザミちゃんはそう言いながら報酬を山分けしていく。

 

 

「怒隻慧と向き合う。ここまで来たら、前に進むしかないじゃない。あたしは足を引っ張ってばかりかもしれないけど、この村にいる間───いや、どこに居たってあんた達が必要としてくれるならいつでも手を貸すわ。だって私達、パーティだもの」

 そう言って、彼女は勢いよく立ち上がった。

 

 

「ありがとう、アザミちゃん」

「ボクのダメ妹を宜しく頼むニャ」

 酷い。

 

「お前には多分これからも世話になる。勿論、その逆もだ。困ったらいつでも相談しろ」

「えぇ。あたし、あんた達に会えて良かった。じゃなきゃきっと、前に進めなかったから。だから、今度はあんた達の番よ!」

 アザミちゃんはカルラさんの事で沈んでいた空気を吹き飛ばすような勢いで声を上げる。

 

 

「今日はこのお金でパーっとパーティでもしましょ! セージに美味しいご飯作らなくっちゃ」

 この世界の意思だとか、理だとか、そんな難しい意味じゃなくて。

 

 

 私達が会えたこの巡り合わせは、奇跡なんだと思った。

 

 

 

 色んな人と出会うし、色んな人と別れる事もある。意見が合う事も、違える事もある。

 だけど、そんな巡り合わせの中で私達は前に進むしかないんだ。

 

 

 

 もし怒隻慧をリーゲルさんが操っていたのだとしても、違うんだとしても。

 

 

 

 私達が進む道は変わらない。

 

 

 

「……倒そう、アラン」

「……あぁ」

 怒隻慧を倒す。

 

 

 

 その命と向き合う為に。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 夢を見た。

 

 

 世界は真っ赤で、熱くて痛くて、苦しい場所。

 でもどこか暖かくて。何か願いのような、曖昧な気持ちを感じ取る。

 

 ここはどこ?

 

 

 

 広がった視界に映ったのは黒い竜だった。

 

 禍々しい光をその身の半身に纏わせる黒い竜。

 

 

 あなたは誰?

 

 

 どうしてそこに居るの?

 

 

 どうしてそんな目で私を見るの?

 

 

 

 私は無意識に手を伸ばす。

 

 あなた()(あなた)なの?

 

 

 

 ゆっくりと離れていく竜に手を伸ばした。

 

 

 待って。行かないで。

 

 

 私の───

 

 

 

 

「起きなさい」

「───っ、んぅ……ここは。うわ、暑っ」

 急に感じる熱に私は舌を出しながら身体を起こす。

 

 えーと、何してたんだっけ?

 

 

「狩場に着いたぞ」

 アランがそう言って、私はどこに来ていたのか思い出した。

 

 

 噴煙の立ち昇る山が眼前に広がる。

 私達はとある二つ名モンスター討伐の為にここ───火山地帯にやって来ていた。

 

 

「矛砕ダイミョウザザミ。ダイミョウザザミなんて普段相手をしないモンスターだからな。気を抜くなよ」

 そう言いながら振り向いたアランの首元には、赤色の綺麗な石。

 

 カルラさんの絆石なんだけど、自分が持ちたいって言ってペンダントにしています。

 

 

 どうせなら元々アランの物だった、私のペンダントをすれば良いのに。

 アランは「それはお前にあげたものだし、俺はもうライダーじゃない」の一点張りだった。

 

 

 そのくせカルラさんの絆石の事は「戒めだって」自分で持ってるんだからよく分からない。

 ただ、その時の戒めは昔モガの村で聞いた時の戒めとは少し違う気がする。

 

 暖かいというか、前を向いているっていうか。そんな感じ。

 

 

 

「なんでも良いわよ。とっとと倒して早くベルナ村に帰りましょ。セージとムツキが待ってるわ」

 アレから少し経つけど、私達はまだベルナ村に滞在中だ。

 

 だから、アザミちゃんとのパーティも健在です。

 ウェインさんからの手紙曰く怒隻慧を完全に見失ったみたいで、また姿を現わすまではベルナ村に待機していて欲しいとの事だ。

 

 

 もう姿を現さないんじゃないかって話も出てるみたいだけど、あの竜は絶対にまた何処かに現れると思う。

 確信はないけど、どうしてもそれだけは自身があった。

 

 そうでなきゃ、きっとこの物語は終わらない。

 

 

 

 

 岩盤が揺れる。

 

 

 矛をも砕く盾を振り上げ、巨大な背中の槍を振り回しながらそのモンスターは地面を蹴った。

 巨体からみると細い脚で、だけどしっかりと踏み込んだその身体は信じられないけれど空に浮く。

 

 見惚れるほどの大ジャンプ。急いでその場から飛び退くけれど、巨体の着地で地面が揺れて私は立つ事も出来なかった。

 

 

「化け物じゃないの!!」

「ここまでとはな……っ」

 二人も焦った様子で武器を構える。

 

 振り向く巨体。

 左右で大きさの違う鋏はあの竜を彷彿とさせた。

 

 

「……それでも、私は───私達は前に進まないといけない」

 目を閉じる。

 

 視界は真っ白になって、黒い線が稲妻のように入った。

 赤い光がそこに入る。ただひたすら真っ直ぐに、前に向かって。

 

 

 

「───私はあなたを倒すよ」

 きっと、モガの村を出る前だったらこんな事出来なかったし倒そうとも思えなかったと思う。

 私にこの答えをくれたのはアランと、これまで出会った人達と、戦ってきたモンスター達。

 

 

 私が見付けた答えの先に行く為に、そしてアランの答えを探す為に。

 

 

 怒隻慧の命と向き合うんだ。

 

 

 

 

 ───たとえ、どんな答えになろうとも。




第五章完結。物語は最終章へ向かっていきます。

ミズキ達が辿り着いた答えのその先をどうかお楽しみください。読了ありがとうございました。

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