モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
蒼い炎を見た。
揺れる視界の中で、竜と俺が睨み合う。
俺が憎いのか?
それとも、俺がお前を憎んでいるのか?
どちらとも取れないし、どちらとも取れる俺と竜の周りを蒼い炎が包み込んでいた。
ここから動く事は出来ない。ふと空腹に視界が歪む。
「人と竜は相入れない」
それは誰が言ったのか。
炎は遂に全てを燃やして、俺の意識は空に消える。
お前はあの時───
◇ ◇ ◇
本当に大切なものは、なくしてしまうかその直前まで分からないって誰かが言っていた。
私はその時になって本当に怖くなって、後悔して、辛くて。
だからもうそんなのは嫌だなって思う。
「……もう良いか?」
「嫌だー」
困らせてるのは分かるんだけど、アランも私を心配させた罪があるからこのくらいは許して欲しい。
アランは悪くないんだけどね。それでも、こういう時しか多分許してもらえないから。
「見てるこっちが恥ずかしいニャ」
「な、なんで? えーと、外でも見てたらー?」
「そうするニャ」
私もみられるのは少し恥ずかしいし。
「んぅ……気持ちいい」
「こんな感じか」
「うん、そこ……もう少し奥まで大丈夫」
「本当か?」
「思いっきりで、良いよ」
「分か───」
「痛っ」
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。平気。スッキリしたかも」
「そ、そうか……」
「声だけ聞いてたらなんか余計に嫌なんだけどニャ!! なんか変な会話に聞こえるんだけどニャ!! お前ら耳掻きしてるだけだよニャ?!」
アランが私の耳の中を掃除してくれていたんだけど、突然ムツキがそうやって声をあげた。
何を言ってるのか分からないけれど、アランが何故か急に顔を真っ赤にして止まってしまう。
「どうしたの?」
せっかく膝枕をして貰ってたんだけど、固まってしまったアランが気になって私は身体を起こしてアランの顔を覗き込んだ。
するとアランは少し視線を下に動かして、突然頭を横に大きく振る。本当にどうしたの……。
「よし、終わりだ。終わり」
「えー」
「もう充分やったろ」
まぁ、確かに。……そうだ───
「───それじゃ、私がアランにしてあげるね! はい、ここに頭乗せて!」
正座して、私は自分の膝を叩きながらアランを呼んだ。
目を丸くするアランはなぜか私とムツキを何度も見比べる。
そのムツキは「もう勝手にしろニャバカップル」とだけ残して、部屋を出ていってしまった。
「い、良いのか?」
「うん! 私頑張るね!」
「なんか怖いな……。優しくしてくれよ」
「任せて! 初めてだけど頑張るから!」
「物凄く怖いな」
耳掻きくらい出来るもん。
「こうかな」
「ん、そのくらいの力加減で頼む」
私の膝の上で、アランは目を瞑って私に身体を預けてくれる。
ゆっくり優しく、これまでのお礼を込めて。私はアランの耳の中を掃除していった。
アラン達が古代林で行方不明になって、カルラさんとセージ君と救助に向かってから数日が立ちます。
結局あの後、私達がベルナ村に戻るのには三日かかってしまったんだけど無事に戻ってくる事は出来ました。
ベルナ村に着いてまず初めにしたのは、カルラさんの動向の確認です。
あの日別れる前に気になる事を言っていたから、彼のその後の動向が気になったんだけど───カルラさんはベルナ村から姿を消していた。
ギルドも把握出来ていないらしくて、ベルナ村に戻ってきてもいないらしい。
船を操縦してくれていたウメさんは何を言ってもカルラさんの事を話してはくれないし、私達は彼が今何をしているのか把握出来ないでいる。
だから、カルラさんの事に関して私達はお手上げ状態だ。
彼の事を止めたいと思っていたのに、もしかしたらもう手遅れなのかもしれない。
それでも本当に何も出来なくて。私達はせめて彼が動き出すのを待つしかないんだと思う。
アランは「アイツを殴ってでも止める」って言っていたけれど、乱暴はダメだと思ってもそれすら出来ない状態が歯痒かった。
それでも、前進した事もある。
古代林でアラン達の船に攻撃してきた二匹の竜───紫毒姫と黒炎王は無事に討伐が確認されました。
アランの提案で素材は殆どアザミちゃんに渡して、彼女はその素材で新しい武器や防具を作るみたいです。
彼女は復讐と向かい合って、最終的に自分の答えを出してくれた。
だから、次は私達の番だよね。
少しだけ前に進めたと思う。
カルラさんの事は気になるけれど、止まってはいられないから。
「……寝ちゃったのかな?」
ふと意識を戻すと、アランは私の膝の上で目を瞑っていた。
ムツキが見ていない事を確認してから、私はその頭に手を載せます。
いつも撫でてもらってばかりだけど、たまにはお返しがしたいから。
ゆっくりと頭を撫でると、彼は気持ち良さそうに寝息をたてた。
「アランの寝顔可愛い……」
「寝てる時はぶっきらぼうじゃないのよね。それはあたしも思ったわ」
「うわぁぁぁぁぁああああ?!」
突然声が聞こえて、私はアランの事も気にせずに大声を出しながら飛び跳ねる。
視界に入ったのはアザミちゃん───と、何が起きたのか分からずに真顔で辺りを見渡すアランだった。
「な、なんだ? モンスターでも現れたのか?」
「誰がモンスターよ!」
「い、いつから居たの?」
私が目を逸らしながら言うと、アザミちゃんは「今ちょうど来た所だけど」と私を覗き込む。
「お邪魔だったかしら」
そして表情を緩めながら彼女はそう言った。
「べ、べ、べ、別にぃ?」
「流石に挙動不審過ぎて心配になるわ……」
そんなに恥ずかしい事はしてない筈。うん、その筈。大丈夫。
「何があったんだ……」
「ミズキったらね」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
私は大声を出しながら、アザミちゃんに体当たりする。
やっぱり恥ずかしい。見られちゃったのかは分からないけど、アランの頭を撫でていたなんて本人にバレたくない。恥ずかしい。
「分かった、分かったわよ。……本当に私より年上なのかしら」
「アザミちゃんはそういう事慣れてるの……?」
「あ、当たり前じゃない。い、今は居ないけど、彼氏の一人や二人は居たわ。あんたなんかよりあたしは先に進んでたんだから」
え、凄い。
「き、キスとか自分からしちゃったりするの……?」
「レベルが低過ぎて見え張ったのが馬鹿馬鹿しくなったんだけど、どうしてくれるのよ」
私が小声で聞くと、アザミちゃんは半目でそう口にした。ドユコト……?
私はちゃんと真剣に話したつもりだから、ちょっとバカにされたみたいでショックです。
「ミズキに変な事を吹き込むなよ」
「あたしが変態みたいな言い方はやめなさい!」
「違うのか?」
「なんでよぉ!!」
よし、話が逸れてくれた。
「……話があって来たのよ」
アザミちゃんは仕切り直すように一度咳払いしてから、私とアランを見比べる。
真剣な表情だったから、私達は目を合わせて彼女の言葉に耳を傾けた。
「ギルドから私達に指名でクエストが来たのよ。詳しくは集会所で説明してもらうから、あんた達も来なさい。……詳しくは聞かなかったけれど、相手はリオレウスって話よ」
「アザミちゃん、ハンター続けるの……?」
あの二匹を倒した事でアザミちゃんはもう復讐にとらわれる必要はなくなったと思っていたから、私は彼女が心配になってそんな事を聞く。
ただ、アザミちゃんはそのままの表情で首を傾けた。
「な、なんで辞めないといけないのよ」
「だって、あの二匹はもう……」
「勘違いしないで。……あたしは元々復讐するためにハンターになったんじゃないの。復讐とは向き合って、自分の答えは出したわ。だからって───だからこそ、ハンターを止める理由なんてないのよ」
そう言って、彼女は今私達が住んでいる家を見渡す。
ここはアザミちゃんが家族で暮らしていた筈の家だ。沢山の思い出があるんだと思う。辛い思いをしている筈だ。
だけど、彼女は笑っている。
「あたしはセージを育てないといけない。でも、家族揃ってこの生き方しか知らないのよね。辛い事もあるわ。それでも、自分の答えを見付けたもの。その先に進むだけよ」
振り返った彼女は笑顔で笑って、そう言った。
一片の曇りもないその笑顔の奥で、彼女は真っ直ぐに自分の進む道を見ている。
私よりも歳下の筈なのに、立派な狩人の顔をしていた。
負けていられないや。
「それじゃ、行くわよ」
「うん」
アザミちゃんに連れられて、私達は集会所に向かいます。
ムツキには家で出発の準備をして貰って、場合によってはセージ君の事を見てもらう予定だ。
「リオレウス、か」
でも、今回の相手はリオレウスって言うしそんな余裕はないかもしれない。
「おはようございまーす。お久しぶりです、バカップル」
集会所で私達を迎えてくれたのは、ベージュ色のコートを着たギルドナイトの青年───ウェインさん。
タンジアを出てからずっと会っていなかったから、とても久し振りです。
「帰るか」
「遠道はるばるここまで来たってのにその仕打ちは泣きますよー?」
言葉とは裏腹に両手を上げて笑顔で口を開くウェインさんに、アランは半目で「何の用だ」と嫌そうに聞いた。
なんでアランっていつもウェインさんに辛辣なんだろう。
「今回アランさん達に指名でクエストを発注したのが僕っていう単純な話ですよ。どこまで聞いてますか?」
「相手がリオレウスって事だけだな」
アランがそう答えると、ウェインさんは満足気な表情で私達に背を向けた。
そして、近くの椅子を指差して「どうぞお座りください」と言ってから振り向く。長い話になるのかな?
「まずは二つ名モンスター黒炎王と紫毒姫の討伐おめでとうございます。お疲れ様でした。いやー、流石ですね。色々あったようですがそれは今はスルーしておいて、本題に入らせて頂きますね。実はここ最近渓流付近で目撃情報が上がっていたリオレウス───その亜種なんですが、何組かのハンターが返り討ちに遭いましてね。調査とその他諸々の処理を終えて、龍歴院により二つ名モンスターとして登録されました。いやー、タンジアギルドも困ってるんですよ。こうも周りに強力なモンスターが現れて、しかもハンターが次々に返り討ちにあったりして人員が不足するのはやっぱり困る訳でして。……ちなみに、ギルドに登録された二つ名は
久し振りのマシンガントーク、慣れていないアザミちゃんは目を丸くして頭を回していた。
「隻翼……? 翼が一つないんですか?」
リオレウス亜種で思い出すのは少し前に渓流で見かけたリオレウス亜種だけど、あの個体とは違うのかな?
そんな私の考えとは裏腹に、彼は「その逆です」と答えて話を続ける。
「片翼が異様に大きいんですよ。そんな訳でリオレウスの二つ名モンスターを討伐した経験のあるアランさん達に、渓流に現れたリオレウス亜種の二つ名モンスターである隻翼を討伐して貰いたいという話です」
それはやっぱり私達が見たリオレウス亜種の事だった。
あのリオレウス亜種の事を思い出すと、少しモヤモヤします。
「俺達にはなんの得もなさそうな話だな」
「そりゃ勿論。でも、損得で仕事を決める人じゃないですよね……ミズキちゃんは」
ウェインさんは私を見ながら、どうしてか片目を瞑ってそう言った。
どういう意味かは分からないけれど、私の答えはいつだって一つです。
「モンスターの事で困っている人が居るなら、それを助けるのが私達ハンターの仕事だと思う!」
私がアランの目を見て真っ直ぐに言うと、彼は大きく溜息を吐いた。
もしかして私は間違ってるのかな?
それか、リオレウス亜種と戦うのが嫌なのかもしれない。彼にとってリオレウス亜種は特別なモンスターだから。
ただ私の予想は外れたのか、アランはそのままの表情のまま私の頭を撫でてくれる。
なんというか、呆れたような表情だった。
「お前は優し過ぎる」
「えへへー、ありがとう」
「褒めてるんじゃないぞ、貶してるんだ」
「え?! なんで?!」
わ、悪い事なのかな……?
「それでは決まりですね。まぁ、パパッと倒してくれればそれで問題ないんですよ。パパッとね」
不敵に笑うウェインさんは私達に背中を向けて何歩か歩く。
そうして突然振り向いたかと思えば、彼は真面目な表情でこう続けた。
「勿論、そう簡単に行かないと思ったからアランさん達に声を掛けたんですけども」
「どういう事だ?」
怪訝そうな表情で、アランはウェインさんを睨む。
二つ名を待っているという事はそれだけ強力なモンスターだという事だ。
怒隻慧や紫毒姫達と戦って、その事は嫌という程知っている。
だから、今回の相手もそれくらい大変な相手だという事。
彼そう言いたいんだと思っていた。
「カルラ・ディートリヒ。龍歴院ギルドのギルドナイトですが、数日前から連絡が取れないらしいです」
しかし、ウェインさんは目を細めてそう口を開く。
カルラさんの名前が出てきて驚いたのは私だけじゃなくて、アランも動揺が隠しきれないのか目が泳いでいるようだった。
「カルラがどうしたっていうんだ……」
「とぼけないでくださいよー、アランさん。彼がベルナ村から消えたのは古代林に残された二人のハンターを無断で助けに行った後、という話でしたよね。龍歴院ギルドも間抜けではないので、ギルドナイトの無断行動という
そう言葉を並べてから、ウェインさんはアランに詰め寄って人差し指を彼の額に向ける。
「何か知りませんか?」
「お前こそ、何を知ってる」
ただ、アランは表情を変えないでそんな事を聞いた。どういう事?
「態々カルラの名前を出して、俺の反応を伺おうという魂胆なんだろうが……俺はまだアイツを止める気だぞ。勿体ぶってる事があるならとっとと話せ。時間の無駄だ」
アランのそんな言葉に、ウェインさんは珍しく唖然としたような表情で彼から目をそらす。
「……ぶっちゃけると、アランさんが彼と手を組んだかもしれないと疑っていました。まぁ、今その疑いは晴れたんですけどね」
それで、試すような事を言ったのかな?
「そもそも、アランさん達がベルナ村に来ている間に色々と進展があったというか。報告等からの予測でしかないですが───二年前、彼の組織はほぼ僕達の手で壊滅してるんですよ」
ウェインさんは頭を掻きながら、申し訳なさそうにこう続けた。
「それでこの二年間はおとなしくしていた訳か」
「しかしリオレウス亜種とは別に、渓流で異様な姿のイビルジョーが目撃されました。二年前に報告があった、尻尾が異様に大きな個体です。二年前多大な被害をもたらしたこの個体も龍歴院で二つ名モンスターに登録されました。……二つ名は
二年前、タンジア周辺の森林で起きたイビルジョーの大量出現事件。
その裏で暗躍していたのがカルラさんです。
彼は四年前にモガの森に現れたイビルジョーを使役していて、二年前の時もライダーとして───オトモンとしてそのイビルジョーを連れていた。
「なるほどな」
納得したような声を上げて、アランは目を瞑る。
そのイビルジョーがあのイビルジョーなら、そこにカルラさんがいる可能性は高い。
「強力な二つ名モンスターの出現と、カルラ・ディートリヒの行動により渓流の生態系は加速度的に崩れ始めています。まずは主だった原因であるリオレウス亜種の討伐と、出来るならその後の渓流での調査に協力してもらいたい」
それが、ウェインさんが私達を指名して発注したクエストの内容だった。
「後は彼さえ捕まえてしまえば、この事件は幕を閉じます」
もしかしたら、またカルラさんと争う事になるかもしれない。
その時、私達はどうするんだろう。
彼と会って、戦って。その先の答えが見えない。
「さて、結局の所アランさん達に受けて欲しいクエスト内容としてはモンスターの討伐なんですけどね。龍歴院に登録された二つ名モンスターである隻翼リオレウス亜種の討伐。サブターゲットで、あわよくば堆黒尾イビルジョーの討伐」
でも今は前に進むしかなかった。
「受けてくれますね?」
「条件がある」
アランはアザミちゃんと目を合わせながら即答する。
あー、そういえば渓流だとちょっと遠いもんね。
「子守をしろ」
「は?」
◇ ◇ ◇
「一体これはどういう冗談ですか……っ?!」
珍しく唖然とした表情で、ウェインさんは声を上げた。
「おにーちゃんもはんたーさんなの?」
彼の手を握ってそう質問するのは、アザミちゃんの弟───セージくん。
その純粋な瞳は見知らぬ狩人への憧れでキラキラと輝いている。
「え、ぼ、僕がハンター……ハンター」
どうしてか満更でもなさそうなウェインさんはしかし、首を大きく横に振った。
「僕にベルナ村に残れという事ですかぁ?!」
「そうなるな。セージを一人置いていく訳にはいかないが、リオレウス亜種は慣れた四人でのパーティじゃないと危険なモンスターだ。……それともお前が誰かの代わりに来てくれるのか? ハンターのウェイン・シルヴェスタ」
不敵な笑みを浮かべながらそう言うアランを見て、ウェインさんは溜息を吐いてその場に崩れ落ちる。
「ボクが準備してる間に何があったんだニャ」
「イジメよ」
両手を上げるその仕草は「降参です」とでも言っているようだった。
「……こんな事してー、何が目的なんですかー」
「ただの嫌がらせだが?」
不貞腐れたような表情のウェインさんに、アランは勝ち誇った声でそう言い放つ。酷い。
「俺達はただリオレウス亜種を討伐しに行く、それだけだ。現にカルラが動き出したのなら、それは俺達の仕事じゃない。そうだろ?」
「まぁ……確かにおっしゃる通りです」
アランはカルラさんには関与しない気なのかな?
放っておいたら渓流の生態系が壊されちゃうかもしれないのに。
「だから、このクエストは受ける。……それでいいな?」
「アランさんは彼と決着を付けたいものだと思っていましたよ」
「お前程腐ってるつもりはない」
アランはそうとだけ言って、ウェインさんに背中を向けた。
「……まぁ、こうなるとは思ってましたけどね」
私達はそんな彼に付いて歩く。
背後では不満そうな表情のウェインさんと、手を振ってくれるセージ君。
アランは何を考えているのか。
その答えは、飛行船が飛んでから教えてくれた。
「カルラを止める」
「さっきは関わらないみたいな事を言ってなかったかしら?」
半目で聞き返すアザミちゃんの言葉はもっともで、ウェインさんにはリオレウス亜種の討伐だけが目的だと立っていた筈。
アランは何を考えているんだろう。
「勿論、俺達の目的は渓流の生態系を守る為にリオレウス亜種の討伐だ。それ以外はする必要がない───ハンターとしてはな」
そうとだけ言って、アランは私達を見比べた。
「それ以降は俺の身勝手だ。……ギルドナイトには任せずに、俺はカルラを止めたい」
「どうしてギルドナイトには任せたくないの?」
カルラさんの相手をするという事は、ただの喧嘩じゃなくて彼のオトモンも相手をするという事になる。
あのリオレイア亜種やイビルジョーも同時に相手するなんて、普通に考えたらかなり厳しい。
「お前は知らなくて良いこともあるが、とにかくギルドナイトに任せたらカルラの命はないかもしれないとだけ伝えておく」
だけど、アランは真剣な表情でそう言った。
言っている事の意味は分からないけれど、冗談や想像で言っているとは思えない。
きっと私の想像出来ないような事情があるんだと思う。
「だから、カルラの事はお前達も関わらなくていい。リオレウス亜種を倒したら、お前達はユクモに戻ってくれればいい。……俺は、カルラと決着を付ける」
決意の篭った声でそう言って、アランはユクモ村の方角に顔を向けた。
アランは優しいね。
「ミズキ」
「困った奴だニャ」
「うん。そうだね」
アザミちゃんとムツキは、そんな彼と私を見比べる。多分、考えている事は私と一緒だ。
「アラン、私達も手伝うよ」
「危険だ」
「そんなのアンタも同じよ。狩人ならそれは当たり前の事。ただあたし達は渓流の問題を解決する為に、イビルジョーを討伐するだけ」
アザミちゃんはアランにそう言ってから、私達に背中を向ける。船の外を見る彼女の背中が少しだけ大きく見えた。
「あなた達はあたしを紫毒姫達と向き合わせてくれた。今度はあたしの番よ。……アンタもちゃんと向き合いなさい。あのギルドナイトと」
「アザミ……」
「勘違いしないでよね。これはただ借りを返そうとしてるだけなんだから」
アザミちゃんはいつも通りだね。
「アラン。私達はパーティだよね? そして、私はアランのパートナーだよ」
「まぁ、ボクはオトモだから嫌でも付いて行くだけニャ」
彼の目を確りと見て、恥ずかしいけど伝えたい事をちゃんと伝える。
これはアランだけの問題じゃない。
もう彼の足を引っ張らない。私は───私達は前に進むんだ。
「……ありがとう、皆」
アランはそう言って私の頭を撫でてくれる。
大丈夫。この四人ならきっと───
ユクモ村である程度の情報を集めた私達は、準備を終えて渓流の川辺に向かった。
そこは以前渓流に来た時に、あのリオレウス亜種を見付けた場所です。
ユクモ村の受付嬢さんの話だと、隻翼リオレウス亜種は主にこの川辺周辺で発見される事が多かったらしい。
だけど、今はこの場所には居ないみたいだ。
川の流れる音だけが耳に残って、妙な静けさが気になる。
「ムツキ、モンスターの気配は?」
「しないニャ。ここに居た事は間違いないんだけどニャ」
ユクモ村で聞いた情報によれば、渓流の生態系は以前よりも悪化しているらしい。
カルラさんやイビルジョーの影響もあるんだけど、リオレウス亜種がそこに加わってギルドも手を出せなくなったという話だった。
それでも渓流は静かで───いや、だからこそ渓流は静かになっているんだろう。
小枝を踏んでそれが折れる音すら、確りと耳に入ってくる。
「いや、来るニャ! モンスターの気配!」
ムツキがそう言って、私達は彼が指差す方角に身体を向けた。
いつでも武器を抜けるように手を向けて、次の瞬間視界に入って来たのは───大量のジャギィの群れ。
「な、向かって来る?!」
驚いて太刀を構えるアザミちゃん。ただ、ジャギィ達の様子は何かおかしい。
「待ってアザミちゃん!」
「ど、どうし───ぇ?」
彼女が太刀を振らずに唖然としていると、私達の横をジャギィ達が駆け抜けて行く。
目もくれずに必死に走り去って行くジャギィ達の姿は、何かに怯えているようだった。
「何よ今の……」
「何かから逃げて来たみたいだったニャ」
結局ジャギィ達は皆この川辺をそのまま突っ切って走り去ってしまう。
それを見たアランは、ジャギィ達が走って来た方角を見て表情を引き締めた。
「少なくともこの先に何かが居る。……行くぞ」
早足で、私達はその先に向かう。
少し歩いた先にあったのは、身体の半分を失ったドスジャギィの姿だった。
「酷い……」
こんな事が出来るモンスターはそんなにいない。
立ち止まっていると、大気が揺れる。耳に残るその鳴き声を忘れる訳がなかった。
───イビルジョー。
「先にこっちを片付けるぞ……っ!」
アランの掛け声で、私達は鳴き声の聞こえる場所まで一気に駆ける。そこに居たのは───
「ヴォゥァァァァアア!!」
「グォラァァアアアッ!!」
蒼き炎の竜と、漆黒の竜。
───隻翼リオレウス亜種。
───堆黒尾イビルジョー。
その二匹が、戦っている姿だった。
「ヴォゥァァァァッ!!」
リオレウス亜種はジャンプしてイビルジョーを蹴り飛ばし、倒れたイビルジョーにブレスを叩き付ける。
戦いはずっと前から始まっていたのか、両者ともに傷が目立っていた。
イビルジョーはその時点で不利を察したのか、太い尻尾を引きずりながらその場から立ち去っていく。
あのイビルジョーをあそこまで傷付けるなんて、龍歴院に二つ名モンスターとして登録されたリオレウス亜種の実力は確かだった。
リオレウス亜種もかなりのダメージを負っているのか空を飛んで追いかけようとはしない。
歩いてでも追いかけようとする足をもつれさせて、リオレウス亜種はイビルジョーを追い掛けるのを諦める。
二匹ともお互いに戦って弱っているというのは、私達にとっては都合の良い展開だった。
「どっちかというと逃げたイビルジョーを追い掛けるのが無難じゃないかしら?」
「いや、あのイビルジョーにカルラが付いているなら危険だ。隻翼が後で来て乱戦になるのだけは避けたい。───まずはあのリオレウス亜種から倒す」
そう言って、アランはライトボウガンを構える。
銃身を支える手は強く握られていて、その瞳は少し揺れているように見えた。
「アラン……」
「大丈夫だ。……俺は、狩人だから」
「分かった」
「行くわよ」
「ガッテンニャ!」
私達も前に進もう。
「グォゥ……ヴォゥァァァァアアッ!!」
きっとこの先に、大切な答えがあるから。