モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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復讐とある狩人の答え

 きっとそれは、誰が悪いだとかじゃないんだ。

 

 

 モンスターに悪気があった訳じゃない事くらい分かっている。

 ハンターをやっていたら、彼等がただ必死に生きているだけだという事は嫌でも分かった。

 

 それでも狩人である限り、あたし達はモンスターを狩る。

 

 

 

 ただ、きっと、忘れていたんだ。

 

 あたし達が狩人であると同時に、彼等も狩人であるという事を。

 

 

 

 全てを燃やす黒炎と、全てを蝕む紫毒があたし達の前に立ちはだかったのは、とあるクエストの帰り道。

 親子三人でベースキャンプに戻りながら、親戚に預けたセージを心配して「早く帰らないと」なんて小走りに向かう。

 

 運が悪かったのか、あたし達が何か悪い事をしたのか。

 

 

 二匹の火竜はそんなあたし達を突然襲った。

 

 

 普通の火竜の番を同時に倒す事が出来る程の実力が、あたしの両親にはある。

 だから、その時は驚いたけど大丈夫だと思っていた。

 

 でも、戦いはどんどん不利になって。

 

 

「アザミは先に船に行きなさい。……もう少しで倒せるから」

 その言葉の意味が分からなかったのは、何故だろう。

 

「ここはパパ達に任せなさい。お前は早く帰る用意をして、セージをどうやって労うか考えるんだ」

 きっと、現実逃避をしていたんだ。目の前の現実から逃げたんだろう。

 

 その時、既に二人は瀕死の重傷を負っていたのに。

 

 

「分かった。待ってるね……っ」

 両親がベースキャンプに戻って来る事はなかった。当たり前だ。

 

 あたしは逃げて、自分の事は棚に上げてあのモンスター達を恨んで、セージに沢山迷惑を掛けて。

 こんな事は早く終わらせないといけない。

 

 

 あのモンスター達が生きているだけだなんて分かってる。

 

 でも、これはケジメだ。

 あたしが前に進むためのケジメだ。

 

 

 

 なのに───

 

 

 

「どうして……」

「ヴゥァァァゥッ!!」

「ヴォァァァウウアアッ!!」

 咆哮が轟く。

 

 また、奪いに来たのね。

 

 

 もうダメだとその場に崩れ落ちるのは簡単だ。

 だけど、あたしは前に進まなきゃいけない。

 

 同じ気持ちをセージにして欲しくないから。

 この気持ちにもまだ向き合えてないから。

 

 

 だから、前を見る。

 

 

 太刀を構えて、眼前の竜を睨み付けた。

 

 

 

「あたしは……アンタ達を殺す!」

 両親の仇。あたし自身の気持ちを整理する為に。そして何より───

 

 

「あたしは死なない!!」

 ───生きる為に。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 爆炎が洞窟の出口を包み込む。

 

 

 俺が這ってそこに辿り着いた時、アザミは地面に転がっていた。

 それでも彼女は手に持った太刀を支えにして立ち上がる。

 

 眼前には火竜の番。

 どう考えてもそれは絶望的な状況だった。

 

 

「……アザミ!」

「出て来たって事は戦えるって事で良いかしら……?」

 震える足で立ちながら、彼女は俺にそう聞いてくる。しかし、俺はお世辞でも戦える状態ではない。

 

「無理なら良いわ。この二匹はあたしが殺す……っ!」

 そうとだけ言って、彼女は真っ直ぐにすら歩けない足で二匹に向かっていった。

 そんな彼女向けてリオレウスが大口を開ける。

 

 ───まずい。

 

 

 気が付いたら体が動いていて、俺は彼女を押し倒して地面を転がった。

 

 背後で爆炎が広がり、洞窟が崩れる。

 残っていたらどうなっていたか。考えるのも恐ろしいが、これで洞窟に隠れる事も出来なくなった訳だ。

 

 

 

「動けるんじゃない……」

「らしいな。立てるか?」

 聞きながら彼女の手を取って無理矢理立たせる。

 

 なんとかお互いに武器は持っているが、どう考えても飛竜二匹とやりあえる状態ではなかった。

 それでもやるしかない。俺達は帰らなければならないのだから。

 

 

 

「……行くぞ」

「作戦か何かあるかしら?」

「とりあえず攻撃しろ」

「自棄ね。了解」

 確かに自棄だな、なんて考えながら俺はボウガンを持ち上げる。

 そして引き金を引こうとした次の瞬間だった。

 

 

「ヴァァァウウ!!」

 ───眼前の二匹ではない、別のモンスターの咆哮が轟く。

 

 二匹も警戒して、その鳴き声の方に頭を向けた。

 

 

 

 別のモンスターがここにきて現れたとなると、これは更に状況が悪化したと見るべきか。

 それとも隙を作るチャンスが出来たと思うべきか。

 

 何が起きても対処出来るように、俺は姿勢を低くする。

 

 

 

 視界に入ったのは───桜色だった。

 

 

 

「リオレイア亜種?! ぇ───人?」

 アザミのそんな声に俺は目を見開いて、その桜色を凝視する。

 

 強靭な脚に棘の付いた尻尾。その身体を覆うのは特徴的な桜色の甲殻。

 忘れもしない。その因縁のあるモンスターの背中には、赤い服を着た男が乗っていた。

 

 

 

「生きてたか、死に損ない。……助けに来たぞ」

 リオレイア亜種に乗ったまま、男はそう口を開く。

 

 カルラ・ディートリヒ。ベルナ村に勤務するギルドナイトで、俺の幼馴染(家族)だった。

 

 

 

「なんでお前が……」

「話は後だ。私が片方を引きつける、もう片方は自分達でなんとかしろ! やれ、サクラ!」

 カルラはそう言うと、空からブレスを二匹に放つ。

 

 火に強い火竜だが、衝撃に怯んだ後二匹は上空から攻撃してきたリオレイア亜種を睨み付けた。

 そして意思疎通でもするかのようにお互いに目を合わせ、リオレウス───黒炎王が地面を蹴って空に舞い上がる。

 

 乱入者は黒炎王が、俺達の事は紫毒姫が相手をするらしい。

 

 

 

「い、今のは一体……。人が竜の背中に乗って……」

「詳しい事は後だ。今はこいつをなんとかする」

 思ってもみない奴の乱入で事態は一気に好転した。

 

 少なくとも目の前のコイツを倒せば、俺達が生きて帰る道までたどり着く事が出来る。

 

 問題はカルラの目的か。

 なぜアイツがここに居るんだ? リオレイア亜種(サクラ)を連れていたという事は一人なのか?

 カルラだってギルドの連中にライダーの存在がバレるような馬鹿な真似はしない筈。だからといって一人で───まさか。

 

 

「ミズキ……居るのか?」

 カルラが来るまでこれだけの時間が掛かったという事は、やはり古代林は立ち入り禁止区域になっているのだろう。

 サクラも連れてきているという事はギルドは関係なく、あいつの単独行動の可能性が高い。

 

 そしてカルラなら、ミズキ達を連れて来るなんてバカな真似をするかもしれなかった。

 

 

 

「来るわよ!」

 アザミの言葉で意識を現実に引き戻す。まずは目の前の敵だ。

 

「ヴォゥァァァァアア!!」

 本来のリオレイアの体色は緑色だが、眼前の竜はまるで濁ったような色の甲殻に覆われている。

 桜色のような、緑色のような、どことなく毒々しい見た目の彼女は、地面を駆けてその巨体を俺達にぶつけようと滑らせた。

 

 

 軋む身体に鞭を打って、俺達は左右に分かれてそれを避ける。

 すぐに振り向き、地面に身体を滑らせるリオレイアに弾丸を叩き込んだ。

 

 アザミも背後から太刀を振るう。リオレイアは起き上がり、身体を回転させて毒を含んだ棘の付いた尻尾を振り回すが、彼女はすんでの所で背後に跳んでそれを交わした。

 

 

「尻尾に気を付けろ!」

「知ってるわよ! あの尻尾の毒で……ママがやられたんだから」

 言いながらアザミは放たれたブレスを避けて懐に潜り込む。

 

 切り上げた太刀は紫毒姫の腹を切り裂いて血飛沫を上げた。

 見惚れるほどの太刀筋。良い師がいたのだろう。

 

 

 それはきっと彼女の両親で、そんな両親を奪ったのが目の前のモンスターだ。

 

 

 

 お前はその命と向き合う事が出来るか?

 

 

 

「まずはアイツに勝つ所からだがな……っ」

 重い身体を引きずって、俺もボウガンの有効距離に走る。

 

 アザミは回転して周りを薙ぎ払う紫毒姫の攻撃を背後に跳んで避け、着地した足をバネにして踏み込んだ。

 迅速の斬撃が紫毒姫の両脚を切り裂く。同時にその脚に銃弾を叩き込むと、紫毒姫は痛みに耐えかねてバランスを崩し地面に倒れこんだ。

 

 

「そこ……っ!!」

 隙を見せた紫毒姫の頭に、アザミはひたすら斬撃を叩き込む。

 俺もアザミを巻き込まないように銃弾を撃ち込み、紫毒姫は耐えかねたのか暴れもがきながらなんとか立ち上がった。

 

 

「───ヴォォゥァァァァアアアアアアアッ!!」

 口から炎を漏らしながら、紫毒姫が咆哮を上げる。これだけ攻撃してもまだ戦う力が残っているのだから、モンスターは怖い。

 

 彼女に関してはそれ以外の事にも起因しているだろうが。

 

 

 

「ここまで来て負けられないのよ!」

 地面を蹴って突進して来る紫毒姫の正面で、アザミは太刀を正面に構えた。

 これまで何度か見て来たカウンター。それは彼女の強さの一つでもある。

 

「───ぇ?」

 ───しかし、紫毒姫はアザミの眼前で一度立ち止まった。

 

 驚いて構えを解いた彼女の目の前で、紫毒姫は身体を捻りながら地面を蹴る。

 振り上げられる尻尾。身体を捻る事で通常のサマーソルトよりも範囲が広い。

 

 アザミの身体が地面を転がって、紫毒姫は着地と同時に吠えながら地面を蹴った。

 

 

「させるか……っ!!」

 そんな紫毒姫の足元に銃弾を打ち込む。それでも紫毒姫は止まらず、俺は地面を蹴ってアザミと紫毒姫の間に入り込みながら頭に銃弾を叩き込んだ。

 怯んで速度を落とした紫毒姫の頭を踏んで、頭上からさらに銃弾を叩き込む。流石に無視出来ないのか、紫毒姫は振り向いて俺を睨み付けた。

 

 

 それで良い。

 

 

「アザミ!」

 彼女の状態を横目で確認する。

 

 ふらふらと立ち上がるアザミの脇腹には、一本の鋭い棘が痛々しくも防具を貫通して突き刺さっていた。

 そして太刀を支えにするも、彼女は血を吐き出しながらその場に崩れ落ちる。

 

 

「毒か……っ」

 一刻も早く解毒するべきだが、今コイツの相手を出来るのは俺だけだ。

 紫毒姫をなんとかしない限りは彼女の解毒も出来ない。どうする? どうしたら良い?

 

 

「ヴォゥァァァァッ!!」

 考える暇も与えられず、紫毒姫は火炎を吐き出した。これがアザミに向けられるだけでもまずい。

 なんとかアザミから離れるために地面を蹴ろうとしたが、突然胸元に激痛が走って俺はその場で地面を転がる。

 

「───っな、こ……ここにきて、か」

 自分の骨が折れている事を忘れて無理な動きをしたからか、当たり前だが身体は動かないどころか激痛で意識が飛びかけた。

 死ぬ訳にはいかない。這ってでも生きて帰らなければならない。地面を握って手を伸ばす。

 

 

 ミズキを待たせてるんだ。

 

 

 約束をしたんだ。

 

 

 

「……ミズキ」

「アラン!」

 声が聞こえる。ついに幻聴が聞こえ始めたかと思った。

 

「アラン!!」

 だが、その声は確かに聞こえる。聞き間違える訳もない。ずっと聞きたかった、大切な声。

 

「……ミズキ?!」

「待ってて」

 突然眼前に立ち塞がった少女は、背負った両手剣を持ち上げて短くそう言った。

 彼女が駆け出すと同時に背後からムツキが向かってくる。

 

 

「ギリギリセーフかニャ」

「……本当にな。ムツキ、俺よりアザミを頼む。毒にやられてるんだ」

「ガッテンニャ」

 走っていくムツキの身体はボロボロになっていた。かなり無理をさせてしまったのだろう。

 しかし、そのおかげでミズキがここまで助けに来てくれた。感謝してもしきれない。

 

 

「このこ……紫毒姫?!」

 紫毒姫の眼前に立ったミズキは、驚いた声を出して俺と目の前のモンスターを見比べる。

 それでも表情を引き締めて、彼女は突進を横に交わした。

 

 ───いや、突進じゃない。

 

 

「サマーソルトが来るぞ……っ!」

 今出せる目一杯の声を上げる。

 

 さっき紫毒姫は突進と思わせてその動きを止めて周囲を薙ぎ払うようなサマーソルトを繰り出していた。

 あの異様な攻撃を思い出しては、嫌な予感がして声を上げる。あの距離では避けようにも間に合わない。

 

「───だったら!」

 そして想像通り、紫毒姫はその場で急停止して地面を蹴った。

 振り抜かれる尻尾。しかしミズキは、ソレ(・・)を踏んでサマーソルトの勢いを使って跳び上る。

 

 そのまま身体を捻って、両手の剣を紫毒姫に連続で叩き付けた。

 

 

「ヴォゥァァッ?!」

 これまでのダメージもあったのか、ミズキの攻撃でバランスを崩した紫毒姫は地面に身体を落とす。

 そんな紫毒姫にミズキは空中から剣を叩きつけ、さらに着地と同時に身体を回転させた。

 

 両手の剣が紫毒姫の尻尾を斬り飛ばす。身体と離れた尻尾からは夥しい量の血飛沫が飛んで、紫毒姫は激痛に地面を転がった。

 

 

「ミズキ……」

 彼女はこんなに強かっただろうか。あるいは、何かがそうさせているのか。

 

 しかし、紫毒姫はそれでも立ち上がり強敵を睨み付ける。

 脚は震えていて、これまでの戦いで受けたダメージで身体はボロボロだった。

 

 それでも彼女には立ち上がる理由がある。負けられない理由が───

 

 

 

「あ、アラン……もしかしてこのこ」

「多分、お前の思っている通りだ」

 なんとか立ち上がって、俺はミズキの横に立った。

 

 だが、そんな事は関係ない。

 

 

「それでも、俺達は生きる。……お前の答えは?」

「私はアラン達を助けに来たんだよ」

 強い意志で、ミズキは剣を握って紫毒姫を見詰める。

 

 彼女はこんなにも頼もしかっただろうか。

 

 

「……アザミちゃん?」

 そんなミズキは、視界の端で立ち上がるアザミを見て心配そうな表情を見せた。

 アザミは太刀を支えに、ゆっくりと立ち上がる。それでも彼女は紫毒姫をしっかりとその眼球で睨み、紫毒姫もまたそんな彼女を睨んだ。

 

 

「……あんたはあたしが倒すのよ。今、ここで!!」

 まだ毒が抜け切っていないのか、血反吐を吐き、目を血走らせながら彼女は走る。

 紫毒姫も同時に地面を駆けて───彼女達は交差した。

 

 

 アザミが膝をつく。

 

 

 紫毒姫はそのまま地面に転がった。

 

 

 それでもお互いに立ち上がるのは信念か。

 しかしアザミが振り向いてその目に見たのは、足を引きずりながらこの場から去ろうとする紫毒姫の姿。

 

 彼女は驚いた顔でそれを追いかけようと足を前に出す。

 言う事を聞かずに倒れそうになった彼女を、ミズキが支えた。

 

 

「大丈夫? アザミちゃん」

「だ、大丈夫よ……。それより、アイツが逃げ───いや、今は帰る事が優先かしら」

 そう言って俯くアザミ。ミズキはそんな彼女と俺を見比べる。

 

 俺は大きく頷いてやって、彼女達の背中を押す事にした。

 

 

 ここで逃げたらきっと彼女(・・)の命と向き合うのは難しくなる。

 

 

「行こう、アザミちゃん。決着を付けよう」

「で、でも……」

「きっと、今じゃないとダメだと思うから」

 ミズキは彼女に肩を貸して、ゆっくりと脚を引きずる紫毒姫の後ろから着いていった。

 俺とムツキもその後を追う。

 

 

 少し長い時間、紫毒姫を追い掛けた。

 

 

 小さな洞窟のような場所に辿り着いた彼女は、ついに力尽きたのかその場に倒れこむ。

 

 それをみてアザミは目を見開いた。

 

 

 

「嘘……でしょ」

 きっと、視界に入った光景を見て唖然としているのだろう。

 それこそ彼女の命と向き合うために必要な光景だった。アザミが向き合わなければいけない、彼女()の命だった。

 

 そう───

 

 

「子供が居たなんて……」

 ───紫毒姫と黒炎王は子持ちだったのである。

 

 

 眼前に広がるのはまだ幼い火竜の幼体達。

 卵から孵ってすぐなのか、まだアイルーよりも小さな身体は捻れば簡単に命を奪う事が出来そうだった。

 

 

 

「船を襲った理由はこれだろうな。リオレウスは子育て中、縄張りの空に敏感になる」

 飛んでいる飛行船を態々攻撃しにくる時点で大体は予想出来る。

 

 彼女達はこの付近に巣を作って、今まさに子育ての真っ最中だったという事だ。

 

 

 雄雌で子育てをする火竜程、繁殖期に恐ろしいモンスターは居ないだろう。

 

 

 彼女達は大切な家族の為に外敵を、命を賭けてでも排除しようとするのだ。

 命を賭けてアザミを護った彼女の両親のように。

 

 

「あたしは……なんで」

 アザミはその場に崩れ落ちる。

 

 何を考えているのだろうか。

 

 

 後悔か、謝罪か、憤怒か。

 いずれにしてもこの状況で彼女は選ばなければならない。

 

 

 紫毒姫の命とどう向き合うかを。

 

 

 

 俺ならきっと───

 

 

 

「アザミちゃん。あなたが決めて」

「あたしが……」

 俯く彼女の横に立って、ミズキは前を見るように促した。

 

「このこ達は、生きているだけなんだ。ただ必死に生きて、子供の為に必死だった。……さっき少しだけ戦っただけだけど、紫毒姫がどれだけ必死だったかは分かったよ」

「あたしはそんな紫毒姫を殺そうとした……。これって悪い事なの?! でもアイツは、私のママとパパを殺したのよ!!」

「そうだね……」

 少しだけ間が空く。

 

 きっと、俺は何も言わなくて良いだろう。

 

 

 これは彼女の問題だ。そして、ミズキがどんな道に進みたいかの問題でもある。

 

 

「だから、私達もモンスターを殺すんだ。このこ達が必死に生きているように、私達も……生きているから。生きる為に、殺すんだ。それは絶対に間違ってないよ」

「……生きる為に?」

 顔を持ち上げて、アザミは紫毒姫達をしっかりと見た。

 

 そこに写っているのはどんな光景だろうか。

 

 

「アザミちゃんのその気持ちはきっと、絶対に晴れないよ。そのまま命と向き合わなかったら、絶対に晴れない」

「でも、紫毒姫を殺すって事は……この幼体達も殺すって事なのよ?」

「うん。……そうだね」

 まだ歯も生えていない幼体は、リオレイアの顎にある管から噛んで柔らかくした肉を得て栄養を摂る。

 リオレイアが居なくなった火竜の幼体は基本的にはもう死ぬしかなかった。

 

 

「そうだねって……」

「でも、ここで彼等が繁殖したら……飛行船の通り道で度々私達人間が襲われる事になる。それこそ、命を奪われてしまう」

 ミズキの言う通り、ここはギルドが定めた飛行船の空路の下である。

 このままこの幼体達が大人になってこの辺りに縄張りを持てば、古代林へ向かう飛行船が次々に襲われる事になるんだ。

 

 その意味は俺とアザミが一番知っている。

 

 

「私ね、これがいのちと向き合う事なんだと思う。殺さなくて良いなら、私も殺したくない。……でも、殺す事が間違いだとは思っちゃいけないよ。私達は───狩人(ハンター)だから。それが、私達の仕事だから。いのちと向き合う事が、私達の仕事だから」

「いのちと……向き合う」

 少しだけ目を閉じて、彼女は太刀を構えながら立ち上がった。

 

 

 脚は震えている。

 

 

 それでも、瀕死のリオレイアの命を奪う事は容易かった。

 

 

 

「あたし、勘違いしてたわ」

 リオレイアの前に立って、彼女は呟く。

 

 その真横で、火竜の幼体達は小さく鳴いていた。

 

 

「あんたは、あたしのパパやママを殺したくて殺したんだって。残忍で、非道で、面白おかしく殺したんだって。……でも、そんな事なったのね。今なら分かるわ。あんたは殺すしかなかった。大切な家族を守る為に。大切な命を守る為に」

 太刀を振り上げる。

 

 

「だから、あたしもあんたを殺す。大切な命を守る為に。あたしが、セージが、アラン達が生きる為に───あんたを殺す!!」

 振り下ろされた太刀は綺麗に血飛沫を上げて、紫毒姫は目を見開いた。

 

 

 彼女の目に最期に映ったのはなんだったのだろう。俺達には分からないが、想像は出来た。

 幼体達は何が起きたのかも分からずに、動かなくなった母親を眺める。

 

 少しだけ嫌な記憶が頭を過ぎった。

 

 

 

「ミカヅキ……」

「アラン? どうかしたの……?」

「い、いや、なんでもない」

 あいつは一体何を考えていたんだろうか。これはやはり、俺には分からない。

 

 

「あたし、倒したよ……。パパ、ママ……」

 その場に崩れ落ちるアザミは、紫毒姫の死体を見ながら地面を濡らす。

 きっと彼女は命と向き合えた筈だ。あとは黒炎王だが、カルラは今どうしているだろうか。

 

 

「アザミ立てるか? まだ終わっていないぞ……」

「そ、そうね……。まだ黒炎王が居たわ」

 俺がそう言うと、彼女は立ち上がって太刀をしっかりと鞘に納める。

 

 

 まだやりきった訳じゃない。もう一仕事残っているからな。

 

 

 俺達が無事に帰るには、アイツは殺さなければならない。紫毒姫の命を奪ってしまった以上、余計にだ。

 

 

 

「とりあえず船に戻るニャ? セージも来てるみたいだしニャ」

「え?! なんでセージを連れて来てるのよ!」

「え、えーと、カルラさんがほぼ無理矢理……」

 あの野郎ぶん殴るか。

 

 まぁ、アイツらしいがな……。

 

 

「早く戻るわよ。案内お願い!」

「ガッテンニャ」

 紫毒姫の毒を受けたとは思えない足取りで走るアザミ。この分なら黒炎王とも戦えそうだが、どうなるか。

 

 

「ねぇ、アラン……」

 俺も付いていこうとすると、ふと立ち止まったミズキが紫毒姫と幼体達を見て小さく言葉を落とす。

 彼女が何が言いたいのか、少しだけ分かった。

 

 

「ちょっと、辛いね」

「お前は優しいな」

 そんな彼女の頭を撫でて、背中を叩く。

 

 それでもちゃんと命と向き合おうとするお前が、俺は好きだ。

 

 

「前に進むぞ」

「うん」

 だから、俺達は生きて帰る。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 ベースキャンプは燃えていた。

 

 

 船は炎上し、その脇に黒炎王が力なく横たわっている。

 何が起きたのか分からなかった。

 

 

「黒炎王……。せ、セージは?! 来てたのよね?!」

 私の肩を揺らしながら、アザミちゃんは声を上げる。

 

「そ、そんな……私は……」

 私が置いて来てしまったから?

 

 私が連れて来てしまったから?

 

 

 黒炎王は船を見つけて、襲って、セージ君を───

 

 

「何をしてる、仇を取らないのか? その為に殺さずにおいたのに」

 突然背後から声がして、振り向いた先にいたのはカルラさんだった。

 

 どういう事……?

 

 

「お前手加減したのか……」

「お前生きてたんだな。しぶとい奴だ。……手加減も何も、私は至って真面目に戦ったさ。たが、モンスターが丈夫なのはお前も知ってるだろ? 今さっき、やっと戦闘不能にしたところだよ」

 そう言って、カルラさんは私達を通り越してアザミちゃんの手を握る。

 

 

「君の目の前に、君から両親を奪った憎きモンスターがいる。……さぁ、殺すんだ。憎しみをぶつけて、復讐を果たせ! 殺せ!」

「あたしは……」

 立ち上がって、彼女は黒炎王の元に歩いた。

 

 

 その行動はきっと間違っていない。黒炎王を倒す事は間違ってはいない。

 

 

 

 それでも───

 

 

 

「おねーちゃーん……っ」

 火を上げる船の上から、そんな声が聞こえる。

 見上げれば、炎上する甲板の上から助けを求めるセージ君の姿があった。

 

 

「セージ……っ?!」

「何をしてる、早く殺さないと! 君の手で殺さなくて良いのか? もうコイツは死ぬぞ。君が殺せなくなるぞ!! 殺せ!! 殺───」

「どいて!!」

 声を上げるカルラさんを突き飛ばして、アザミちゃんはしっかりとしない足取りで燃える船に向かう。

 少しずつ走って、彼女は燃えて使えなくなった橋と共に船の壁を太刀で切り飛ばした。

 

 

「大切なものを見失ってまで、復讐にとらわれたらおしまいよ……」

 アザミちゃんは少しだけ振り向いて、そう小さく呟いてから船の中にある階段から甲板へと登っていく。

 それを見てカルラさんは目を細めて、小さく溜息を吐いた。

 

 

「彼女は僕達とは違うんだね……」

「アザミを試したのか……」

「もし復讐を選んでいても、サクラに助けさせたよ。それでも彼女はきっと、その先復讐を選び続ける。僕達と同───」

 アランの左腕が、カルラさんの頬を殴り飛ばす。

 

 私はビックリしてその場に固まってしまった。

 

 

「ふざけた事に人に命を使うな!!」

「一回は一回だぞ……アラン。まぁ、確かにね。今回は完全に僕が悪いさ。それでも、彼女がどちらを選ぶか気になった。お前がそうだろう?! 復讐を選んで何もかも失った!! 大切なものを見失った!! だがそれは間違いか?! 復讐は過ちか?!」

 立ち上がって、カルラさんは叫ぶ。

 

 

 私は彼に何も言えなかった。

 

 

 だって、私もきっとアランが死んでいたら復讐にとらわれていたと思う。

 

 アザミちゃんも、アランも。この気持ちに向き合うのはとても難しくて。でも───

 

 

「俺は確かにまだ悩んでいるかもしれない。……でもな、少なくともアザミは答えを出した。俺達がアイツの邪魔をして良い権利なんて、どこにもない!」

 ───でも、ちゃんと向き合う事だって出来る筈なんだ。

 

 

 

 アランだって、きっと───

 

 

 

「セージ、セージ! もう大丈夫だからね!」

 船から飛び降りて、煤だらけのアザミちゃんがセージ君を地面に下ろして抱き着く。

 セージ君は少し苦しそうにするけど、大好きなお姉ちゃんに会えた喜びでとても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 

「おねーちゃん、おかえり!」

「うん。……ただいま。ごめんね、セージ。やっと、やっと答えが見つかったよ……。ごめんね……」

「んー? ぼくは、おねーちゃんが帰ってきてくれたから、それだけで嬉しいよ!」

「セージ……。うん、ただいま───って、まだ帰ってないでしょ、もう」

 良かった、二人が会えて。

 

 

 でも、私の軽率な行動でセージ君を危険な目に合わせてしまったと思う。

 そこはやっぱり反省するべきだ。

 

 

「なぁ、アラン……」

「なんだ? 助けてくれた事にお礼を言えとでも?」

「そ、そこはお礼を言った方がいいと思うよアラン……っ。私がここまで来れたのも、カルラさんのおかげなんだから!」

 カルラさんがアザミちゃんを試したのはちょっと不満だけど、それでも彼は誰かに悲しい思いをして欲しくないと思って助けてくれたんだと思う。

 

 

 だから、やっぱり感謝はしないといけないんだ。

 

 

「そんな事はどうでも良い。僕は当たり前の事をしただけだ。……だからこれは関係なく、世間話なんだよ」

 そう言って、カルラさんは私達を真っ直ぐにみる。赤い瞳は少しだけ濁っているように見えた。

 

「アラン、それにミズキちゃん。……僕と共に世界を良くしようとは思わないか? この世界からモンスターを消して、悲しい思いをする人が居ない世界を作らないか?」

 そして、彼はそう言った。

 

 

 真っ直ぐな瞳で、ひたすら真っ直ぐな瞳で、カルラさんは私達に頭を下げる。

 

 

 

「カルラさん……」

 この世界からモンスターを消すという事に現実味があるかないかは別として。

 もしそれが出来たのなら、確かに悲しい思いをする()はいなくなるかもしれなかった。

 

 この世界はモンスターの世界で、人は簡単に死んでしまう。

 悲しい思いをした事がある人を沢山見てきた、悲しい別れもあった。でも───

 

 

 

「そんなのは違うんだよ、カルラ」

 ───違う。

 

「それはな、俺達の傲慢だ。お前がやろうとしてる事は、俺達がモンスターにされた事より酷い事なんだ」

「……。……お前がそう言うなら、それで良い。……次会う時は敵だな」

 カルラさんはそう言って、ブレスレットを頭上に掲げた。

 

 

 何をする気なの……?

 

 

「カルラ?! 待て!!」

「僕はそろそろ動き始めるよ。君達がモタモタしてる間にね。───ライドオン!! リオレイア!!」

 彼が声を上げると同時に、風が吹く。

 

 飛び上がったカルラさんを攫うように現れたリオレイア亜種の背中に乗って、カルラさんは空高く飛び上がってしまった。

 

 

 

「どういうつもりだ?!」

「安心しろ、船は少し修理すれば治る程度にしか燃やしてない。ウメがなんとかしてくれるさ。そして、僕は先に帰るよ。……もう、会う事はないかもしれないけどね」

 そんな声が頭上から聞こえてから、リオレイア亜種は猛スピードで飛び去ってしまう。

 

 

 残されたのは私とアランとムツキ、アザミちゃんにセージ君と、船を操作するウメさんだけだった。

 

 

「ど、どういう事なのよ……」

「カルラさん……」

 彼は一体……。

 

「まさか……何かする気なのか?」

 不安そうにそう言うアラン。私達の背後で、ウメさんとムツキが船の破損個所を確かめている。

 

 

「アンタはご主人に置いてかれて良かったのニャ……?」

「あの人は革命を起こすんだニャ。我輩なんて居ても居なくてもってやつニャ」

 革命……?

 

 

 まさか───

 

 

 

「アラン!」

「あいつ……」

 複雑そうな表情で、アランは空を見上げた。

 

 

 その先にはもう桜色の竜は見えなくて、私達はただ青い空を見上げる。

 

 

 

 船がベルナ村に着いたのはその四日後で───

 

 

 

「カルラ……」

 ───集会所に彼の姿は見当たらなかった。




七十数話と十数話掛けたミズキとアザミの答えみたいな、そんなお話。己が生きる為に。そんな当たり前だけど難しい事が答え。

そんな訳で第五章も大詰めになります。もう少しだけお付き合いくださいませ!


そしてファンアート頂いて来ましたーーー!!!

【挿絵表示】

黒炎王と紫毒姫。オリキャラって訳ではないんですけど、この作品を読んで描きたくなってとの事で。いやー、やっぱモンハンといえば火竜だよね。格好良い。今作でも大活躍でした(過去形)なーむー。
こうモンスターを描けるって凄いですよね……。私にもその力があればそれっぽい挿絵を描くのに。とっても迫力のあるイラストを、グランツさんありがとうございました!

そんでこちらなのですが、マジでヤバいです。

【挿絵表示】

見て見てヤバくない?!(物書きの語彙力)
もうとりあえずミズキちゃんは可愛いしアランは格好良いしムツえもん凛々しいし。何よりもバックに映ってる怒隻慧ですよ!怒隻慧ですよ?!かっこいい……。
細かい所まで描き込まれてあってですね、ミズキの絆石とか足を滑らせて草が抉れてる所とか、難しそうな武器や樽なんかもしっかりと事細かく描き込まれております。もうね、永遠と見ていられる。もう最高です……。こちらのイラストはあらすじに掲載させて頂いております。

いやしかしね、この絵で書店に置いてあっても何の違和感もないよね!!
そんなイラストを描いて下さったイラストレーターの方はこちら(@rice01200120)になります。是非是非フォローを!宜しくお願いします!


そんな訳で五章も残り数話。楽しんでいただけると幸いです。

読了共に感想ありがとうございました!

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