モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
いつも通りの筈だった。
何か考える訳でもなくて、帰ったらまた頭でも撫でてやろうだとか。
後一回くらい頭を撫でておいた方が良かったかもしれないだとか、そんな事くらいしか考えていなかったのだろう。
討伐対象はテツカブラだ。
いつかの狩りでは失敗したが、今はもうそんな心配はない。
なんの問題もなくクエストをこなして、俺達は飛行船に戻る。
後はいつも通り、村に帰って待たせている彼女を抱きしめるだけだった。
「……火の匂い、ニャ?」
「何処かで焚き火でもしてるのかしらね?」
「ここは無人島ニャ……」
ムツキとアザミがそんな話をしながら、船はゆっくりと浮上していく。
どうして忘れていたのか。
うつつを抜かしていたのか。
この世界がモンスターの世界で、俺はそれを憎んでいたというのに。
それ程までに彼女との日々は暖かい。もう離さないと誓った筈。
それなのに───
「ヴォァァゥッ!!」
そこにいたのは
黒の混じった赤い体色は炎を思わせるようで、強靭な肉体を空に浮かせる為の翼はまるで俺達から奪うように日の光を遮る。
「黒炎王……」
絶望的な声を漏らす彼女を炎が襲った。
すんでの所でアザミはそれを交わすが、船の甲板が消し飛んで大きく揺れる。
人は空を飛べない。俺達はただ足場を浮かしているだけで、自由に空を飛ぶ事が出来ない。
この世界の理と対等な気でいるが、そんな訳がないんだ。
俺達は簡単に死んでしまう。
それを忘れていた。
「ムツキ!! 閃光玉だ!!」
「言われなくてもガッテンニャ!」
ゲリョスくらいの例外でない限り、どんな生き物でも強力な閃光で視界を焼けば視力を奪う事が出来る。
そうして平衡感覚を失った飛行中のモンスターはバランスを取る事が出来ず、普通なら落下する筈だ。
都合良くリオレウスは甲板の上ではなく、船の外を飛んでいる。
そのまま地面に落ちろ。あわよくば、これで命を奪えればアザミの復讐の相手も一匹減る事に───
閃光が弾けた。
しかし───
「な?!」
「───ヴォゥァァァァアア?!」
───竜は空を飛び続ける。
閃光玉が効いていないのか。いや、一瞬怯む様子は確実に見えた。
それなのに、リオレウスはバランス感覚を失わずに空を飛び続けている。
一体どうなっているんだ。
俺が唖然としていると、リオレウスは一度頭を振るような動作をしてから俺にその瞳を向ける。
閃光玉は確実に聞いていた筈。効果時間が短くても、確実に視界を焼いた筈。
それでもバランス感覚を失わずに羽ばたき続けた空の王は堕ちず、鋭い眼球で俺を睨んだ。
次の瞬間───巨体が迫る。
毒を持つ脚爪を向け、巨大な翼で身体をコントロールし、空の王は俺を蹴り飛ばそうと滑空してきた。
俺はそれを避けきれずに甲板の上を転がる。船から落ちなかっただけマシだが、それでも身体に回る毒がこの状態では鬱陶しい事この上ない。
「……っ、逃げろ!!」
自分で言っておいて、何をバカな事をと思ってしまう。
ここは奴の世界だ。王の領域。
そんな場所で逃げるなんて、無理な話である。
「なんで……あんたが今、出て来るのよ」
アザミは崩れ落ちて、震えを抑えるように両手で身体を抑えた。
それでも震えは止まらなくて、彼女はただ眼前の竜を見上げる事しかできない。
「な、なんでニャ! もう一回くらえニャ!」
ムツキがもう一度閃光玉を投げると、リオレウスは再び短い悲鳴を上げたがやはりバランスを崩す事なく飛び続ける。
そして、竜は口を開き火炎を漏らした。
まずい。
身体が勝手に動く。生存本能に従って、今自分が出来る精一杯の事をするために、身体を犯す毒も気にせずに床を蹴った。
ムツキとアザミを抱き抱え、出来るだけ甲板の端に転がる。
次の瞬間、全てを焼き尽くすような業火が船の中心を吹き飛ばした。
飛行船はその機能を失い、高度を落としていく。振り落とされないように甲板の縁を右手で掴んで、今大切な二人を左手で抱いた。
今だけは右手に力が入らないのが疎ましい。
視界の端で火竜が吠える。
船は一気に高度を落としていき、火竜の姿はみるみる小さくなっていった。
いつか何処かの光景と視界が重なる。その時のように、身体は勝手に動いていた。
連続した小さな衝撃の後、背中から胸までを貫かれたような感覚で俺の意識は一度飛ぶ。
意識が戻ったのはその三日後だった。
「……。……なんとか生きてたか」
「死にやがったと思ったニャ」
どうやら、ムツキとアザミが介抱してくれたらしい。
俺は起きてすぐ何が起きたか確認する。
黒炎王に襲われて、俺達の乗っていた船は森林の中に落ちた。
その辺りは大型モンスターも多数徘徊する場所で、留まる事も出来ずに引きずってでも俺を近くの洞窟に運んだとか。
成る程よく分からない場所が痛む筈である。
それからアザミが近くでケルビを一匹倒して、ムツキが持っていた肉焼き機や薬草などで三日間過ごしていたらしい。
近くに川も流れていて、とりあえず生きる事に関しては問題ないとの事だ。洞窟も小さくて、小型モンスターでもない限りは入ってこれないだろう。
「問題はどう帰るか……っ、か」
起き上がると、身体中を鈍痛が襲った。特に胸元が痛んで、胸を抑える。
「む、無理に動かないで! あんた骨折れてるのよ。……あたしが無理に動かしたから、きっと酷い事になってるわ。ごめんなさい」
「船の墜落現場にはモンスターが沢山居たんだろ? そこにそのまま置いてかれるよりはマシだ。……助かった、ありがとう」
俺は自分の状態を確認すると、素直にその場に倒れ込んだ。
ただ、全くもって最悪な状況だという事しか分からない。
「救助が来るのは絶望的だろうな」
古代林のベースキャンプならともかく、俺達が今居るのは狩場にすら指定されて居ない場所である。
これが船の墜落現場ならまだ見付けて貰える可能性もあったかもしれないが、そこからすら離れた小さな洞窟だ。
このままここに居たのなら、野垂れ死ぬのがオチだろう。
「ど、どういう事よ」
「ギルドの観測気球が船の墜落を確認したとして、俺達が生きているなんてまず思わないだろうからな」
現場の事は記憶にないが、そもそも墜落した船を見付けて乗組員の生存の可能性を考えるかと言われると───俺なら考えない。
乗組員か。
「船を操縦していたアイルーは……?」
俺がそう聞くと、二人は俯いて首を横に振った。
「アンタが助けてくれなかったら、私達も死んでたわ。あの高度から船が落ちて、私達だけ無事で済んだなんて今でも信じられないもの」
「そうニャ。アラン、何か慣れた感じだったけど、船から落ち慣れてたりするのかニャ?」
「そんな事に慣れてたまるか」
吐き捨てるようにそう言ってから、俺は「ただ、身体が勝手にな」と続ける。
あの時は必死だったから覚えていないが、一度身に付いたものはそう簡単に身体から消えないという事だ。
「船じゃないが、何度か高い所から落ちてるからな」
慣れ───というよりは、身体が覚えていたのだろう。
思い出すのは蒼い竜の背中。
空を飛ぶ練習の中で、何度地面に叩きつけられたか。
ヨゾラに会ってからは彼女と一緒に乗って、一緒に落ちるなんて事も沢山あった。
その時に彼女をかばっていた身体の動きが勝手に出たのだろう。
「そんな事にも慣れてたまるか、ニャ」
「……全くもってその通りだな」
今考えたら恐ろしくて仕方がない。
竜の背中に乗るなんてな。
「さて、あんたも起きた事だしこれからどうするか考えましょう」
「俺を置いて古代林のベースキャンプに行くのがベストか」
「何平然と犠牲になろうとしてるのよ……」
俺の答えに不服そうに目を細めるアザミは「却下よ。却下」と腕を払った。
「残念ながら犠牲になる気はない。……だが、見ての通り俺は動けない」
「そ、それはそうだけど……」
俺が勝手にやった事に罪悪感を感じているのか、彼女は視線を落としてそれ以上反論出来なくなる。
少し酷かもしれないが、これで良い。
「俺が助かるにはまず救助がここまで来る事が最優先だ。だが、何もせずにこの洞窟に救助が来る事はまずないだろう」
「ギルドからすればボク達はもう死んでる事になってるからかニャ?」
ムツキがそう言うと、アザミは「そんな……」と口を押さえた。
何が起こったのか分からなければ、最悪の場合古代林は立ち入り禁止にされているだろう。
そうなれば救助は本当に絶望的だ。その可能性は彼女には伝えない。
「だから、次に古代林のクエストでベースキャンプに来た奴に俺の居場所を教えて助けてもらう。それが俺が生きて帰る唯一の方法だな」
「それって……来なかったらどうするのよ」
怪訝な表情でアザミはそう言う。確かに古代林はベルナ村からの距離もあって、毎日誰かが行くような狩場ではない。
それに立ち入り禁止になっている可能性も高く、次にハンターがクエストで古代林を訪れるのが何日後かも分からなかった。
だが───
「来なかったらそれまでだし、待っている間に死んだらそれまでだ。……だが、それ以外に方法がない。この方法が一番確実だ」
「そんな……」
雲を掴むような話だが、それしかないだろう。
それでも俺は死ぬ訳にはいかない。ミズキが待っているんだ。
出発の日に約束したしな。一人にしないと。
「流石にここに一人で残るなんて言わないわよね?」
「お前達がここからベースキャンプまで無事に辿り着かなければ、それこそ意味はないんだぞ。俺は一人で何とかする」
「なんとかできる身体じゃないでしょ?!」
声を上げるアザミはしかし、それ以上の反論が出来ずに俯いてしまう。
彼女には嫌な思いをさせてしまうだろうな。
「はぁ……全く困った奴だニャ」
ムツキは吐き捨てるようにそういうと、手持ちのポーチから何やらアイテムを取り出して調合をし始めた。
俺の話を呑んでくれたのだろう。作っている回復薬等のアイテムは俺の為に置いていってくれる物か。
「……ボクが一人でベースキャンプに行くニャ」
ただ、アイテムをあらかた整えてからムツキはそんな事を言った。
「お、おいムツキ」
「お前が死んだらミズキが泣くニャ。本当はボクが待っていたいくらいだけど、モンスターがここに来た時に守り切れる自信がボクにはにゃい」
俺達に背を向けて、ムツキは自分の頭を掻く。溜息こそ吐いているが、その後ろ姿はなんとなく頼もしかった。
「怖いけど、頑張ってベースキャンプまで向かってみるニャ。……ま、本音言うとこんな所でアランと一緒に野垂れ死ぬのなんて御免被るって奴だニャ。最悪ボク一人だけでも生き延びてやるニャ。大切な妹を獣の魔の手から救えてラッキーって感じニャ」
「あ、あんたね……っ!!」
真に受けてムツキに掴みかかろうとするアザミの手を掴んで止める。
ミズキも言っているが、コイツは本当にツンデレだな。
「……でも、ミズキに泣かれるのは困るニャ。だから死ぬにゃ。絶対に死なせるにゃ。……死んだからぶっ殺すニャ」
「死んだら殺せないぞ」
「うっせーニャ」
唾を吐くムツキは、洞窟の出口にゆっくり脚を進めた。
俺程ではないがムツキだって船の墜落の時に怪我をしていない訳ではない。その脚は少しだけ震えている。
「と、いう訳でアランの事頼んだニャ」
「わ、分かったわ。……あんたは大丈夫なの?」
「お前達は自分の心配でもしてれば良いんだニャ。助けがいつ来るか分からにゃいんだから、必死に生きる事だけを考えれば良いのニャ。……だから、待ってろニャ」
俺達に背を向けて、ムツキはゆっくりと洞窟を後にした。
静かになった洞窟には俺達が二人と、ムツキが置いておいてくれたアイテムだけが残っている。
俺はその内の回復薬を飲み込んで、ただ体を休める事に専念した。
「これからどうなるのかしらね……」
「生き残る。……ただ、それだけだ」
洞窟の外から何かの声が聞こえる。
天使の声か、悪魔の囁きか───
「ミズキ……」
───竜の遠吠えか。
◇ ◇ ◇
視界に映るのはただ絶望的な光景だった。
木々をなぎ倒して地面の上でバラバラになっている飛行船。
曰く墜落現場付近は大型モンスターが多く徘徊する地域で、狩場にすら指定されていない場所らしい。
船の損傷から見ても生存は絶望的で、もし生きていてもこの付近で十日以上生き延びるのは困難だと私でも分かる。
「アラン……」
それでも、私は信じるしかなかった。
彼に貰ったお守りを握りながら、ただ下を覗き込む。
何かないか。アラン達の手掛かりになるようなものはないか、目を凝らして森林の下を凝視した。
「……その絆───石ころは、アランに貰ったのか?」
「絆石ですよね。……はい、アランに貰ったんです」
握っていた絆石を手に持って、私はそう返す。話している間も船の下を見るのは辞めなかった。
水色の石は欠けていて、それでも透き通るように綺麗な光を放っている。
コレがなんなのかあまり深く考える事はなかったかな。
「アイツはライダーを辞めたって事だな」
寂しそうにそう言った彼は、船の操縦先に向かった。
カルラさんはアランにライダーで居て欲しかったのかな?
この世界からモンスターを消したいと思っているのに、モンスターと絆を結ぶ存在でいて欲しかったと言うならその理由はよく分からない。
「ウメ、この下に降りられるか?」
「無理言わんで下さいニャ旦那。降りる前にモンスターに襲われてあの船と同じ結末しか見えんですニャ」
この船の操縦士であるアイルーのウメさんは、カルラさん専属のオトモアイルーさんです。
そのウメさんは両手を広げて、首を横に振った。
アラン達の無事を確かめたいなら今すぐにこの下に降りるのが最善策なんだろうけど、何があの船を襲ったのか分からないしモンスターの闊歩する森林に船を下ろすなんて以ての外。
今すぐに飛び降りたい衝動を抑えて、私はお守りを強く握る。
アラン、どこに居るの……?
「おねーちゃん、ここどこー?」
眼を擦りながら船の中から出てきたセージ君は、辺りを見渡して不思議そうな表情で首を横に傾けた。
ここ二日間殆ど海の上を飛んでいたから、全く変わってしまった景色に驚いているのかもしれない。
「アザミちゃんが居るところ。一緒に迎えに行こうね」
「おねーちゃんが居るの?! うん! 迎えに行く!」
もう十日以上会えてないもんね。寂しいよね。
その気持ちはとてもよく分かる。
「君達は古代林のベースキャンプに向かいたまえ。アランならそうする筈だ」
カルラさんはそう言いながら、甲板の端に立った。
古代林のベースキャンプなら、少なくとも次にクエストにやって来た人が見付けてくれる。
ベースキャンプはモンスターの近寄り難い場所に設置してあるから、ある程度の安全も確立されているしアラン達がそこで救助を待っている可能性は高かった。
でも、なぜカルラさんは「君達は」と言ったんだろう。
「ウメ、二人を頼む。ベースキャンプ周辺からは出るなよ。私も直ぐに向かう」
「アイアイニャ」
ウメさんが返事をした次の瞬間、カルラさんはなんと甲板から飛び降りてしまった。
「か、カルラさん?!」
視界に映る彼はみるみる小さくなって行く。彼の背中にはパラシュートは付いていないし、このままだと地面に向けて真っ逆さまだった。
「───ライドオン!!」
しかし、彼は焦る事なく拳を掲げて声を上げる。
人と竜は相容れない。それは世界の理だ。
でも、竜と絆を結ぶ事が出来る人達が居る。
それが彼ら───
「リオレイア!!」
「ヴァァァウウ!!」
───モンスターライダー。
竜と絆を結びし者。
突如現れたリオレイア亜種は、カルラさんの真下に潜り込みその背中を彼に貸した。
竜に跨ったカルラさんは、思うままにリオレイア亜種を操って───いや、意思を通わせて空を飛ぶ。
そのまま地面に向かってゆっくりと降下する光景は、やっぱり神秘的で素敵だった。
「久し振りに見たけど、やっぱりライダーって凄い……」
竜と心を通わせるなんて、とても難しい事だと思う。そしてとても素敵だとも思うけれど、なぜそんな事が出来る彼がモンスターを滅ぼそうとするのか、やっぱり私には分からなかった。
船はそんな彼を置いて、古代林のベースキャンプに辿り着く。
見た感じ人が居る気配はない。
アラン達は居ないのかな。
「おねーちゃんは……?」
「……分からない。とりあえず、ベースキャンプの様子を見よっか」
ベースキャンプから出てしまえば、ここはモンスターの世界だ。何が起きるか分からない。
だけど人の気配がないとはいえ、何もせずにここで待っている事だけは出来ないから。
私は船から降りてベースキャンプを調べる事にする。
観測気球からの報告だと、クエスト自体はクリアしてる筈だからベースキャンプには立ち寄った筈だ。
だから、何か痕跡があるかもしれない。何が起きたか分かるかもしれない。
「セージ君は待ってて!」
焦る気持ちを抑えて、今は出来る事をするために船から降りる。
ふと視界に映ったのはテントの近くの地面の赤色だった。
まるで乾いた血の跡のような光景が、どこかからテントに向かっている。
「まさか───」
激しくなる鼓動に胸を押さえながら、私は急いでテントまで走った。
そこに誰かが居る。
でもその人が生きているかも分からない。怖いけれど、一刻も早くと身体は勝手に動いた。
「アラン……っ! ムツキ!! アザミちゃん!!」
声を上げて、テントのカーテンを開ける。
光が差し込んで、奥ははっきりと見えた。
見慣れた黒い身体が視界に映る。
「嘘……」
ただ、その身体は動かなかった。
セージ君よりも小さな身体。体表は黒い毛で覆われていて、いつもはモフモフの筈の毛並みも血に濡れて酷く汚くなっている。
「ムツキ……。嘘だよね……?」
見間違える筈もない。モガの森で物心着いた時から一緒にいた大切なお兄ちゃんの、変わり果てた姿がそこにあった。
「ムツキ……っ、ムツキ!!」
その身体に抱き着いて泣き噦る。私がもう少し早く来ていたら。もっと早く来ていたら。
そんな事を思っていると、突然私の頭を柔らかい何かが撫でた。セージ君は船で待たせてるから彼ではない。
まさか───
「……こ、殺す気かニャ。抱き着くニャ」
「ム……ツキ───ムツキ……ムツキぃ!」
弱々しくも声を上げたムツキに、私は思いっきり抱きついた「辞めろって言ったんだけどニャぁ?!」と思いっきり突き飛ばされる。
良かった、本当に良かった。
「ご、ごめん……。嬉しくて」
「まさかミズキが来てくれるとは思わなかったニャ……」
そんなムツキだけど、やっぱり身体はボロボロで弱っているのが見て分かる。
どうして彼がこんな目にあってしまったのか。それと、気になる事はまだ沢山あった。
「カルラさんが連れて来てくれたんだ……。ね、ねぇムツキ! アラン達は?!」
出来るだけ落ち着いて、今一番大切な事をムツキに聞く。
どうしてムツキだけがベースキャンプに居たのか。アラン達はどうしたのか。
その答えを聞くのは怖いけれど、それでも今は前に進むしかない。
いのちと向き合うしかない。
「二人は───」
ムツキは咳き込みながらも、自分達に何があったのか教えてくれた。
クエストが終わった帰り道に船を襲ったのは黒炎王───リオレウス。二つ名を持つ雄の火竜です。
飛行船は黒炎王に撃墜されて、アランが二人を庇って大怪我をしたらしい。
それで、アランは動けないから彼を守る為にアザミちゃんが残って。
ムツキは助けを呼ぶ為にベースキャンプに向かい、道中で紫毒姫───リオレイア。二つ名を持つ雌の火竜に襲われた。
今、古代林には奇しくもアザミちゃんの探していた二匹の火竜が居て、その二匹にアラン達は襲われてしまったのだろう。
しかもそれは十日も前の事。
今アラン達がどうなっているかは分からない。もしかしたら、もう───
「アラン……」
でも、一人にしないって約束したんだ。約束してくれたんだ。
「助けに行くニャ?」
「うん。ムツキは船でゆっくりしてて。中にセージ君とウメさんっていうアイルーが居るから、ウメさんにムツキの事は任せるね」
ムツキの身体を抱き抱えて、船に連れて行きながら私は彼にそう言う。
とりあえずはムツキが無事で本当に良かった。でも、だからこそ早く二人を助けたい。
皆で無事に帰ろう。帰って、幸せな時間を取り戻すんだ。
「ミズキ一人で助けに行けるのかニャ?」
ただ、ムツキは私から離れて一人で立ち上がると唾を吐いてからそう口にする。
唾には赤い液体も混じっていて、身体はどう見ても弱りきっていた。
それでも彼は一人で立って、私の前を歩く。
きっとアラン達のいるところから必死にここまで走ったんじゃないかな。モンスターと戦うのはそんなに得意じゃないのに、リオレイアに襲われても必死にここまで走って来たんだ。
身体中傷だらけで、今にも倒れてしまいそう。それでも彼は頼りになる表情で、私の前に立っていた。
いつもいつも、本当に頼りになるお兄さんです。
「……ありがとうムツキ。ちょっとウメさんにセージ君の事お願いしてくるね」
ムツキには待ってもらって、私は一度船に戻ってウメさんに事情を説明した。
カルラさんが戻ってくるまで待ったほうがいいと言われたけれど、そんな時間すら今の私には惜しい。
「……おねーちゃんは?」
「私が絶対に連れてくるから。セージ君はここで待っててね。おねーちゃんに笑顔を見せる準備をしててね」
セージ君にそう言って、私はムツキと一緒にベースキャンプを離れる。
目的地は古代林の奥。狩場として指定されていない場所だ。
「……待ってて、アラン」
今行くから。
◆ ◆ ◆
あれから何日が経っただろうか。
身体の痛みがなくなって来たのは、もう痛覚すらダメになった訳じゃなくて回復してきたからだと思いたい。
しかし身体は重くて、上半身を持ち上げる事すら苦に感じる。朦朧とする意識をなんとか繋げる為に、何度か頭を持ち上げては地面に叩きつけた。
「助け……来ないわね。あの子大丈夫なのかしら」
「ムツキなら……心配は要らないだろう。今俺達がするべき心配は……自分の命だな」
状況は最悪だが、洞窟内が安全だという事だけは幸いである。
もう何日経ったか分からなくなっていたが、モンスターの襲撃だけは一度もなかった。
「……むしろ、気力だな。体力よりも」
「な、何かした方がいい事あるかしら? あたしに出来る事ならなんでも言って」
負い目を感じているのか、アザミは焦った声でそういう。
そうか、ならお言葉に甘える事にするか。
「なんでもと言ったな……?」
「ひゃぁ?! あ、えーと……な、なんでもよ! 脱げと言うなら脱ぐわよ!」
「バカか」
「酷い?!」
「ミズキ以外の身体に興味はない」
「あんた本人が居ないからって無茶苦茶恥ずかしい事言ってる自覚あるのかしら?!」
いかん、つい気が滅入っていたせいで口走った。
「……ミズキに会わせろ」
「大好きなのね」
「そうだな」
依存しているんだろう。
彼女の事が大切だ。それ以上に、彼女が俺にとっては必要不可欠だ。
今の古代林はとても危険な状態で、救助すら危ういだろう。
それなのに俺は、ミズキに助けに来て欲しいと思ってしまうんだ。
彼女の顔がもう一度見たい。そんな事を思ってしまう。
ダメだな、本気で滅入っているらしい。今アイツにあったら何をするか自分でも分からない。
「お前は……無事に帰ったら何がしたい?」
このままでは本当に気が滅入りそうで、俺は気晴らしにとアザミにそんな話を持ちかけた。
「……変わらないわよ。狩りを続けて、あの火竜を倒す。大丈夫、今はその時じゃないってちゃんと分かってるわ」
「今お前にここから出ていかれたら……俺はもう終わりだからな。感謝してる」
もし昔の俺だったら、場合によっては見付けた奴を逃さまいと戦いに行っていたかもしれない。
その点で彼女はまだ俺よりも冷静なのだろう。
「……それでも、あたしはあの二匹を許さない。絶対にこの手で殺して見せるわ」
「それで良い。……俺が言えた義理じゃないかもしれないが、それが命と向き合うという事なんだろうな」
彼女はきっと、このまま行けば彼女なりの答えに辿り着く筈だ。あのリオレウスの攻撃からして、それはほぼ確実だろう。
あのリオレウスの行動パターンは間違いなく───
「……どうかしらね」
「大丈夫さ。まぁ、生きて帰れたらだが」
俺は……向き合えるだろうか。
「まーた滅多な事言って。んーと……お腹減ったわね。今、食べれる状況?」
「どうあれ何かしら身体に入れなければそのまま死ぬ気がする」
「なんでそんなに淡々としてるのよ……。良いわ、またケルビを見つけてくる」
ここ数日、俺達はアザミが狩ってきたケルビで飢えを凌いでいた。
何かを口に入れる力も残っていないが、それでも栄養を取らなければそのまま死ぬしかない。
無理矢理にでも詰め込んで、生きる。
また彼女に会うために。約束を果たす為に。
「ミズキ……俺は───」
アザミが洞窟から出て行って直ぐに、突然入り口の方から爆音が轟いた。
洞窟全体が揺れる衝撃が起きて、小石が落ちてくる。何事だと思い、俺は無理矢理にでも身体を起こして、地面を這い蹲りながら入り口を目指した。
アザミの声が聞こえない。嫌な予感がする。
視界に映ったのは───
「……アザミ!!」
「ヴゥァァァゥッ!!」
「ヴォァァァウウアアッ!!」
───二匹の火竜だった。
あけましておめでとうございます。このままいけば年内完結です。今年もよろしくお願いします!
そんな訳でめでたいこの日にぱーっとイラスト紹介。まずはファンアート。
【挿絵表示】
ろぼさんより。カルラさんです。イラストは初めてですね。私も描かないと!ありがとう!
【挿絵表示】
小鴉さんよりクリスマスミズキちゃんです!やったー!可愛い!!ありがとうございました!!
後は自分で描いて来ましたー。
【挿絵表示】
クリスマスミズキ2018。去年描いたのより可愛くかけたかなって思ってます。やっぱりウルク装備は神。
【挿絵表示】
亥年なので、ファンゴ装備描いて来ました。エロいなこれ。例によって頭は省略なんですけども。
さて、お話は中々ダークな状態ですが今年もよろしくお願いします。それでは読了ありがとうございました!