モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
前に進む事が必ずしも正しいとは限らない。
間違った道を進んでいるのかもしれないし、自分が進みたい道からズレてしまっているかもしれない。
だけど、それでも私達は前に進むしかない。その場に立ち止まっていても何も起こらなければ、後ろに戻る事なんて出来ないのだから。
ライゼクスを討伐してから、アザミちゃんは前を向けるようになった。
以前みたいにモンスターの攻撃を前に固まってしまう事はなくなったし、連携も取れるようになってきたと思う。
倒せるかは分からないけれど、黒炎王と紫毒姫に挑む準備は出来た。後は現れるのを待つだけです。
正しいのか間違っているのかも分からないけれど。それでも、私達は前に進むしかないんだ。
───生きる為に。
◇ ◇ ◇
大きな家も住み慣れてきたと思う。
朝起きたら朝ごはんをアランと食べて、お昼ご飯を何にするか考えながらゴロゴロ。
ムツキやアランはアイテムやボウガンの弾の調合で忙しいらしくて構ってくれない。
何の意味もなく広い家を歩き回ると、ムツキに「じっとしていられないのかニャ」と邪魔者扱いされました。泣きたい。
「ひーまー」
「寝ろ」
アランの後ろから肩を叩きに行くと、彼は私をベッドに倒して短くそう言います。
ボウガンの弾の調合に集中してるみたい。私はムツキのいう通りじっとしていられないから、拗ねてベッドの上でゴロゴロ転がった。
これだから子供扱いされるのかな、なんて思うけど。それでもやっぱりじっとはしていられない。
夜まで予定がない筈だから、お出かけしたりしたいんです。そういう年頃なんです。
「───はぁ」
と、アランは溜息を吐いてベッドでゴロゴロする私を押さえつけた。
お、怒られるのかな……。と、冷や汗を流す私の顔に───彼は唇を近付ける。
唇同士が繋がって、顔が熱くなった。力が抜けて、動けなくなる。
「これが終わったら買い物でも付き合ってやるから、少し待ってろ」
直ぐに退いて作業に戻るアラン。
私はもう恥ずかしくてその場で布団に抱き付いて内心「うわぁぁぁっ」なんて言いながらその場を転がるしかなかった。
狡い狡い狡い。私はそんな事恥ずかしくて自分から出来ないのに、アランは突然やってくるんだもん。
私だけ恥ずかしがってるみたいだバカみたい。それでも、とても嬉しいから何も文句が言えない。
「うぅぅぅ……」
「これはアレかニャ。ボクが居るから悪いのかニャ? 出て行こうかニャ? ん?」
何故かアランをジト目でみるムツキの言葉に、彼は「い、良いからそこに居ろ」となぜか震え声で返す。
どうしたんだろうアラン。
少し経ってから、私達は着替えて村を散歩する事に。
ムツキは忙しいって言って着いてきてくれなかったんだけど、そんなに調合するアイテムがあるのかな?
「夜出発だけど、ご飯はどうするの?」
「ゆっくり食べてから行くつもりだ。ミズキが食べたいもので良いし、アザミ達と一緒でも別でも良い」
今回はアランとムツキとアザミちゃんで、古代林のクエストを受注する事になっていた。
最近はこうやって、狩場に慣れる為に古代林でのクエストを多目に受けています。
だから、今回はアランと四日以上会えなくなるんだよね。寂しい。
「えーと……このまま二人で食べない? む、ムツキにはちゃんと後で謝るから!」
「……どうしたんだ? 珍しいな」
珍しいかもしれない、けど。たまにはそのくらいしたいなって思うんだ。
嫌な奴だって思われちゃうかな……?
「……まぁ、お前がそうしたいならそうするか」
「良いの? えへへ、ありがとう」
優しく返事をしてくれたアランにお礼を言うと、彼は少し微笑んでくれる。
彼が笑顔なのがそれだけで嬉しくて、私も自然と笑っていた。
「あ、服屋さんが来てる!」
村の中央に出来ている人集りを見てみると、竜車に沢山の服を積んだ商人さんが中心に立っているのが見える。
大きな街でもない限り沢山の種類の服を見れるお店はないんだけど、だからこそ服だけを集めて村で売り捌く商人も居るって昔知り合った商人さんに教えてもらったっけ。
「見ても良い?」
「あぁ、なんなら買えば良い。最近は財布も重いしな」
やった。
私は駆け足で竜車に近寄って、人混みの中自分に似合いそうな服を探します。
好きな人に可愛く見られたいなんて女の子みたいな気持ちくらい私もあるんだ。ハンターだから、お洒落ばかりしてられないけど。
大人っぽい奴は……多分似合わないんだよね。
少し可愛い系を二つくらい選んで、アランに決めてもらおう。
そう思って服を見繕って、私はアランの前に二つ突き出して「どっちが可愛いかな?」と聞いてみた。
「……真ん中───あー、違う。全部」
全部。二つしかないけど。
「適当だー」
「そんな事はない。……似合うと思うぞ」
そう言ってくれると嬉しいけど。あ、それなら───
思い立って、私はちょっと大人っぽい服を持ってアランに見せる。これも似合うって言ってくれるかな?
「どう?」
「二十年早い」
「あと倍は生きないといけない?!」
酷い。似合わないと分かっていたけど酷い。
でも、正直に伝えてくれるのはやっぱり嬉しいかな。
「うーん、どっち買おう」
「どっちも買えば良いさ。たまには採算しないとな」
「アランも何か買う?」
「俺は別に……」
「それじゃ、私が選んであげるね!」
アランの意見は無視して、私は服を選んでお会計を済ませた。
着替えるところを借りて、新品の服に着替えるとなんだか気分が良いです。
「食事は良いところでも探すか?」
「ううん。屋台で良いよ。さっきお金使っちゃったし」
日も少し沈んで来たから、少し早めの晩御飯を食べる事に。
ベルナ村でよくお世話になっている屋台の空いてる席を探して、私はベルナスのモガペペロンチーノ。アランはホロロースの皇帝風マリネを頼んだ。
屋台のおかみさんがせっせかと料理を作ってくれるのを見ると、モガの村に居た頃を思い出す。お父さんは元気かなぁ。
「遺跡平原でティガレックスが暴れてるんだってよ。ドスジャギィも居るって話だから狩りは難しそうだ」
「水没林で商人がチャナガブルに襲われたらしい。近々討伐依頼が出ると思うぜ」
「渓流の方でまたリオレウス亜種にハンターが負けたみたいだぜ。中々の強敵だな」
村のハンター達も御用達の屋台では、いろんな狩場の色んな話が耳に入ってきた。
行った事のある場所やない場所も、戦った事のあるモンスターやないモンスターまで。
この世界はまだまだ知らない事も多いけど、これまで色んな事を知って来たんだなって事も思う。
「初めて会った頃の事覚えてる?」
「唐突だな。……あぁ、甘ちゃんな子供がいるなと思った」
素直なのは良い事だと思うけど傷付くよ?
「でも、甘いだけじゃなくて……。本当に優しい奴だった。良い意味でも悪い意味でも、自分より相手の事を考えられる奴はそう居ない」
「それは褒めてるのかな……?」
「貶してる」
物凄く酷い。
「でも、お前は変わった。その優しさはそのままに、ちゃんと命と向き合う方法を自分で見付けた」
「アラン……」
そう言ってもらえると、とっても嬉しく思った。
変われたから、アランに好きで居てもらえるのかなって。
「……俺は、変わってないけどな」
「そんな事ないよ!」
唐突に下を向いて言葉を落とすアランに、私は反射的にそう言う。
でも、そんな事私なんかが言っても説得力はないかもしれない。
アランが抱えている事を、私はちゃんと支えられていないから。
「俺は復讐よりお前と生きる事を選んだ」
ふと、アランはそう言った。
嬉しい言葉の筈なのに、声が少しだけ寂しいのが気になってしまう。
「それで良いと本気で思っているし、お前に怒隻慧と向き合えと言われても……俺はもうアイツに関わりたくない」
「アラン……」
私は、アランに嫌な事をしろと言っているのかもしれない。
「だが、それでもアイツの事を考えると手が震えるんだ。恐怖じゃない。アイツを生かしておくのが、許せない」
きっと、何をしてもその心は消えない。
どれだけアランが私の事を大切に思ってくれても、私が奪われた命の代わりになるなんて無理だから。
だからきっと、アランは怒隻慧を倒さないと前に進めない。私が居ても居なくても、それは変わらない。
いや、むしろ───
「私が居るから、アランは前に進めないのかな」
「そんな事がある訳ないだろ……」
なら、なんでそんなに苦しそうなの……?
「私ね、アランに何も渡せてないよ。貰ってばかりで。……アランの為に何か出来る事が、何もない」
「ミズキ……」
それで私が邪魔になってるなら、私なんて居ない方が良い。
「アランの為に、何かしたい。……ダメ、かな?」
私がそう言うと、アランは頭を掻いて溜息を吐いた。
「一つだけ約束してくれ。絶対に俺の前から居なくならないと」
アランはそう言って、私の頭を撫でる。思い出すのは二年前に怒隻慧と戦った時の事。
私がアランを助けようとした時、彼はそんな私を庇って大怪我を負ってしまった。
私が弱かったから、アランに無理をさせてしまったんだと思う。アランに怒隻慧と向き合って欲しいなら、私が強くならないといけないんだ。
「……うん。もう絶対に、アランを一人にしない。だから、アランも約束して? 私を一人にしないって」
「……あぁ、約束する」
彼が答えてくれたと同時に、おかみさんが料理を二つ出してくれる。
賑やかになっていく屋台で、私達は両手を合わせた。
「アラン、少し食べる?」
「良いのか? それじゃ、俺のも少し分けてやる」
「あーんして?」
「ぶふっ───お、お前はどこでそういう事を覚えて来るんだ。どっちの受付嬢だ」
真っ先に疑われるアイシャさんとソフィアさん。
「んーと、アザミちゃんが。……あんた達そういう事しないのって」
「はぁ……」
なんで溜息?!
「あ、もしかして私がアランにするのが正解なの?」
「いやもうどっちでも良い」
酷い。
「なぁ、ミズキ。お前は何も渡せてないなんて言ったが……そんな事はないからな」
アランはそう言いながら、私にホロロースを食べさせてくれる。
柔らかい食感にあっさりとした味付けが食べやすくて、直ぐに喉を通っていってしまった。
「……そうなの?」
「あぁ」
そんなアランに、私はペペロンチーノを食べさせてあげます。美味しそうに食べるアランは、嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。
「ありがとうな」
そうやって直ぐに返してくれるから、渡せるものがないんだけど。
でもやっぱり、そんな優しいアランが好きです。
「……夕暮れ前から何やってんのよバカップル」
「ひゃぁぁっ?!」
唐突に後ろから現れたのは、セージ君を連れたアザミちゃんだった。
「あら、お邪魔だったかしら。……こんな村の中心でやる事じゃないわよ、それ」
「い、言われてみるとそうかも」
チラッと周りのお客さんやおかみさんを見ると、笑顔で私達の事を見ている人が数人。とても恥ずかしい。
「なんでそんなに極端なのよ……」
「ミズキはバカだからな」
酷い。
「あんたも大概よ」
「……ちっ」
なんで舌打ちしたの?!
「ミズキおねーちゃん、ちゅーはしないのー?」
辞めてぇぇ!! セージ君辞めてぇぇ!!
「やめなさいセージ……。あんた、今回はセージと留守番なんだから。変な事教えるんじゃないわよ?」
「私のイメージが?!」
穴があったら入りたい。
もう少し考えて行動しよう。そんな事を思う夕暮れでした。
◇ ◇ ◇
飛行船が飛ぶ。
乗っているのはアランとムツキとアザミちゃんで、それを見上げるのは私とセージ君。
行き先は古代林だから、帰って来るのは早くても四日後だ。それまで寂しいけれど、わがまま言っても仕方ないもんね。
ちゃんとセージ君の面倒も見ないといけないし。
「行ってきますのちゅーはしなくていいの?」
「辞めて?!」
恥ずかしいから。
あー、でも出発前にもう一回くらい頭を撫でてもらいたかったな───なんて思ったり。
でもそれは帰って来てからでも良いかな。
とりあえず今はセージ君の為に明日のご飯とか色々を考えなきゃ。
船が見えなくなるまで手を振ってから、私達はアザミちゃんの家に向かいます。
「おねーちゃん、いつ帰って来るの?」
「今回はまたちょっと時間が掛かるんだ。ごめんね? 四回お月様が登った頃には帰ってくるよ」
今日はもう夜だから食べたら寝る準備をして。寂しさを紛らわす為にすぐに寝ました。
次の日はセージ君と二人でムーファ達を放し飼いしてる牧場に遊びに行く。
そこでアイルー達の斡旋をしている竜人族のカティちゃんと遊びました。
和な雰囲気でするお昼寝は心地良くて、ついつい長居してしまうんだよね。今度はアランとも来ようかな。
次の日はベルナ村の屋台食べ歩き。アランかムツキがいると太るぞって怒られるんです。アザミちゃんにはイビルジョーかって言われるし。
ニャンコックさんのお店のチーズフォンデュはやっぱり格別で、何個でも食べられる気がした。
セージ君が食べる前にふーふーしてあげたりするのは、なんだかお姉さんになった感じがして好きです。
少し変な感じがするのはなんでだろうね。
その次の日は二人で買い出しに行きました。アラン達が帰って来たときに、うんと豪華な料理を作る予定なのです。
セージ君と二人で何を作ろうって考える時、アランはこれが好きだとかムツキはこれが嫌いだとか、おねーちゃんはこれが好きだとか。
そんな事を話しながら、早く帰ってこないかなってワクワクしながら帰りを待つのが楽しい。
その次の日はいつでも料理が出来る準備をして、集会所で待っている事にしました。
早くても夜にしか帰ってこないのに、私達は朝早くから集会所で空を見上げる。
でも、その日は夜遅くになっても船が帰って来る事はなかった。
「おねーちゃんは?」
「ちょっと、狩りに時間が掛かっちゃったのかもね。明日には帰って来るよ!」
少し心配になっちゃうけれど、アランなら大丈夫。
そうやって不安を押し込んで、料理の準備はそのままに家に帰ってその日は寝る事に。
私達が寝てる間に帰ってくるかもしれないしね。朝起きたらアランが頭を撫でてくれたりしたら、とても幸せだなって。そんな事を思う。
次の日目覚めても、家には私とセージ君しか居なかった。
寂しい気持ちを紛らわす為にちょっとふて寝したけど、昼間になってもやっぱり帰ってこない。
夜になって集会所で船を待つんだけど、帰って来るのは違う人達の船だけです。古代林から船が帰ってくる事はその日もなかった。
そしてその次の日もアランは帰ってこなくて。
次の日も、その次の日も私達はただ三人の帰りを待つ。待つ事しか出来なかった。
そしてアラン達が村を出て十日目の日───
「船が……襲われた?」
「古代林上空から確認して、船の残骸が見つかった。飛んでいる所を襲われたんだろう」
突然家にカルラさんが来て、彼はそんな事を言う。
初めは何を言っているのか分からなかった。
アラン達が乗っていた船がモンスターに襲われて墜落したって、どういう事か分からない。
えーと、つまり、アランは?
「アランはどうやって帰って来たら良いの……? えーと、迎えに行かないといけない……のかな?」
古代林はとても大きな島の一部で、村とは陸離れしている。
どうしたって自力で戻って来る事は出来ないし、早くしないとモンスターに襲われてしまうかもしれない。
助けに行かないと。早く助けに行かないと。
「……船が落ちたんだよ」
私が慌てていると、その肩を掴んでカルラさんはそう言った。
考えたくない事が、信じたくない事が頭を過る。
嘘だよ。そんなの嘘だ。
「───生きている可能性の方が低い」
「そん、な……」
私はその場に崩れ落ちて、セージ君が何だろうと駆け寄って来る。
彼にどう言ったら良いか分からないし、私がどうしたら良いか分からなかった。
アランが……居なくなる。ムツキもアザミちゃんも……もう居ないかもしれない。
「う、嘘ですよね……? カルラさん……私を騙して、モンスターに復讐させようってそんな事考えるなんて……最低!」
「私がそういう人間に見えるなら勝手にそう考えたまえ」
カルラさんに冷たくあしらわれて、私はなんとか冷静に考えた。
そんな嘘を言う理由はない。嘘だったら直ぐにバレてしまうし、そもそもカルラさんはこんな悲しい思いをする人をなくす為にモンスターを狩っていたんだから。
こんな悲しい思いを───
「嘘だって……言ってよ」
人間は本当に簡単に死んでしまう。モンスターは簡単に人を殺せてしまうんだ。
なんでそんな事を忘れていたんだろう。いつ別れの時が来るか分からない事くらい、分かっていた筈なのに。
なんであの時頭を撫でてって言わなかったんだろう。
なんで自分からキスくらいしなかったんだろう。
絶対に帰って来るなんて、そんな甘い考えでいたんだろう。
後悔が頭の中で渦を巻いて、どうしようもない気持ちで頭がいっぱいになった。
「嫌だ……。嫌だよ……アラン」
崩れ落ちて、泣きじゃくって。心配したセージ君が私の頭を撫でてくれる。
「どーしたの? おねーちゃん?」
何も知らないセージ君になんて言ったら良いか分からない。
どうしたら良いか分からない。私は一人じゃ何も出来ない。一人なんて嫌だよ。アランが居ないなんて嫌だ。
アランに好きっていっぱい伝えてない。何も渡せてない。
出発の日に村の屋台で話して居た時の事を思い出す。彼の笑顔が頭を過って、もうあの笑顔が見れないんだと、浮かんだ顔が歪んでいった。
今ならやっと、アランやアザミちゃんの気持ちが分かる気がする。
許せないよね。
大切な人を奪った相手の事なんて、許せる訳ないよね。
私はどうしたら良いの?
人にその気持ちと向き合ってなんて言っておいて、自分が何をしたら良いのか分からない。
私はなんて無責任な事を言っていたんだ。
「……どんなモンスターなんですか」
「……。……分からないさ。何せ、今古代林はその事故のせいで立ち入り禁止だ」
「何のためのギルドなんですか……っ!!」
カルラさんに掴みかかって、声を上げる。
セージ君が怖がるのも無視して、私は言葉にならないような声を上げた。
「……少し安心したよ。君も僕達と一緒の、ただの人間だな。誰だって憎くなるよな。アランも僕も彼女も、君も変わらない」
「───っ」
私は何をしてるんだろう。
なんで、こんな───
「───でも君は違うだろう? 君はきっと、少し冷静になれば別の答えを導き出す筈だ。アランが育てた君なら、僕達とは一緒にならない」
「一緒だよ……っ。アラン達を襲ったモンスターが今、目の前に居たら、私は何するか分からない。こんなに辛いなんて知らなかった……。皆こんな気持ちだなんて知らなかった!! なのに簡単に向き合えなんて言って……私はバカだ!!」
どうしようもない気持ちをぶつけるように、ただ私は大声を出した。
「……違うさ」
ただ、カルラさんは私の事を抱きしめて頭を撫でながらそう言ってくれる。
でも、何が違うか分からない。
「君は泣いている。……僕は泣かなかった。きっとアランもだ。僕達はただ憎しみに囚われて、相手を殺す事しか考えられなかった。……君はどうだ? 悲しんでいる。僕達とは違う」
「でも……私は───」
彼は私の肩を掴んで、視線を合わせて真っ直ぐに瞳を向けてきた。
本当の兄弟じゃないって言っていたけれど、その眼は微かに彼に似ている。
「アランが言っていたよ。……君はいのちを真っ直ぐに見れる奴だって。だから、そんな君なら分かる筈だ。───あのアランがそんな簡単にくたばると思うか?」
「───ぇ、どういう……事?」
カルラさんの言葉の意味が少し分からない。
ただ、その質問の答えは一つだった。
「君はアイツが死んだと思うか?」
そんな訳がない。
「約束したんです。……一人にしないって」
私がそう言うと、カルラさんは驚いたような表情で目をそらす。
溜息を吐きながら「あの野郎め」と言葉を漏らして、彼は頭を掻いた。
「正直、生きてる可能性は低い。……でも、死んだと決まった訳じゃない。さっき言った通り古代林は立ち入り禁止で死体も見付かってないからね」
「でも立ち入り禁止という事は……」
「そう、もし生きていたとしても助けに行く事が出来ない。そして時間が経てば時間が経つ程生存率が低くなるのは君でも分かるね?」
カルラさんは立ち上がって、私とセージ君を見比べる。
ただ、彼の意図が私には分からない。
彼にとって私やアランは邪魔な筈なんだ。そのまま何もせずに放っておけば、邪魔者が消えるだけなのに。
「……勘違いしてるようだけどさ。僕は、僕達みたいな思いをする人をこれ以上増やしたくないだけなんだ。こんな悪党の言葉なんて信じられないかもしれないけど、これが僕の信念だから。……立ち入り禁止だろうがなんだろうが関係ない。君が、
「私が望むなら……」
アランを助けに行ける。
でもセージ君を置いて行く事は出来ない。カルラさんは君達がって言った。
「君はおねーちゃんが大好きだよね。……一緒におねーちゃんを探しに行かないかい?」
「か、カルラさん……っ!」
古代林は危険な場所だから、ハンターじゃない人を───まだ幼いセージ君を連れて行くなんて出来る訳がない。
でも、今の私達にはその選択肢以外残されて居ないのも事実で。
「僕はおねーちゃんが迷子なら、探しに行くよ?」
「勿論、君の事は私が責任を持って守るさ。何かあったらアランや彼女に何をされるかわかったものじゃないからね。……勿論、連れて行ってもぶん殴られるだろうけど」
何処か遠くを見て、しかしカルラさんはまた私の瞳を真っ直ぐに見る。
「君の答えを聞かせてくれ。勿論、命の保証はしないよ。……それでも君は、本当の意味でいのちと向き合う覚悟があるか?」
アランはもう生きていないかもしれない。
そうなった時、私はいのちと向き合う事ができるだろうか。
いや、しなきゃいけないんだ。
それに、約束したから。
「アラン達は死んでないし、死なせない」
───絶対に一人にしないって。
◇ ◇ ◇
ベルナ村が見えなくなってから、セージ君は景色を楽しみたいのか忙しなく船を走り回る。
そんな彼が船から落ちないように私とカルラさんで必死になって、やっとセージ君が疲れて寝る頃には私達もヘトヘトになっていた。
「早く寝た方がいい。……アレが起きたらまた鬼ごっこが始まるぞ」
「あ、あはは……。大丈夫です。……眠れる気分でもないから」
星が光る夜空を見上げながら、私とカルラさんは甲板で横に並ぶ。
彼とこんな風に話す日が来るなんて、思いもしなかったなって。
「置いてきても良かったんだけど、もしもの時後悔させたくなかったんだ。……僕は、大切な人の最期を見届ける事すら出来なかったからね」
「カルラさん……」
アラン達が生きている可能性はやっぱり限りなく低い。
それでも私達は前に進むしかなかった。
古代林に着くのは二日後。アラン達が古代林に到着した日から十日後になる。
色んな事が絶望的で、それでも私達はそのいのちと向き合うしかないんだ。
「クエストの標的はテツカブラだったか。狩場の環境は安定していた。……ギルドが調べられないような短時間で古代林に入り込んで、船を襲うような奴だとすると───犯人は限られてくる」
「飛竜ですか?」
船が襲われたのはベースキャンプじゃなくて飛行中だという話で、ある程度何が起きたかは予想が出来る。
これもアランが色々教えてくれたからだけどね。
「あぁ。ギルドが調べた縄張りによれば、古代林の付近でとある二つ名持ちの飛竜の番が巣くってた筈だ。……そいつらが絡んでるなら、厄介だね」
二つ名持ちの飛竜の番って、まさか───
「───黒炎王と、紫毒姫?」
「そうだよ。奇しくも、あの彼女が狙っていたモンスター達があっちからやって来たって可能性が高いって事さ。……そしてもしその二匹だとしたら生存は絶望的だし、もし僕達が戦う事になっても分が悪い。僕とサクラで紫毒姫と互角かそれ以下だ」
サクラって……え?
「えと、あのリオレイア亜種ですよね? ここには居ないけど」
「真下にいるぞ」
「嘘ぉ?!」
船の下を指差しながら、カルラさんは平然とそんな事を言った。
船に乗る時に、この船はカルラさん専用で行き先も聞かれずに古代林に向かう事が出来たんだけど。
まさか船の中にリオレイアが居るなんて思わないよ。でも、カルラさんもモンスターライダーだもんね。
そういえば、リーゲルさんも船の中にオトモンを連れていたっけ。ディノバルドだったかな。
「せ、セージ君……っ」
「取って食わせやしないよ……。それにしても、君達は無用心過ぎるけどね。こんな悪党について来るなんてさ」
カルラさんのそんな言葉に、私は内心ホッとして息を吐く。
それでも、真下にリオレイアが居るって思うと少しだけ身体が震えた。
「それしかなかった……っていうのもありますけど。……カルラさんは真っ直ぐだって、アランが言っていたから」
「……そーかい。僕もアランに怒られるだろうけど、こっちも怒る理由が出来たよ」
よく分からない事を言うカルラさんは、船の進路報告に視線を送る。
そして彼は手が届きそうで、でも絶対に届かない星に向かって手を伸ばした。
「船で二日なんて、すぐ近くさ。心配するな。アイツはこんな下らない事で死にやしない。……ただ、僕だけの力じゃ助けるのは難しい。だから、力を貸してくれ」
「……それは、私の台詞です。カルラさん、助けてくれてありがとう」
きっとカルラさんが手を伸ばしてくれなかったら、アラン達に手が届く事はなかったと思う。
そのままどうやっても届かない所に行ってしまった皆に手を伸ばす事しか出来なかった。
でも私達は今、手を伸ばしている。
手を伸ばしたその先で、皆が待っているんだ。
絶対に掴んでみせる。その先には、行かせない。
「それじゃ、二人であのバカを助けに行こうか」
「二人じゃなくて三人だし、助けるのも三人ですよ」
「……その意気だ」
船は真っ直ぐに進んだ。
まだ手を伸ばせば届く所に皆は居る。
だから、絶対に届かせてみせるよ。掴んでみせるよ。
───待ってて、アラン。
Re:ストーリーズはハートフルラブコメ。いつか描いて頂いた漫画のネタをここで使ってみました。
フラグビンビンでしたね。カルラさん主人公かな?
さて、黒炎王紫毒姫編です!!楽しんで頂ければ幸い。
読了ありがとうございました!