モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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火竜とこの世界の理

 ただ、甘いだけだと思っていた。

 

 

 可哀想だから、助けたい。

 友達だから、助けたい。

 

 そんな甘い考えで、振り回される生き物の気持ちにもなってみろ……。内心イラついてもいた。

 

 

 ──…………殺してやれ──

 きっと、甘い考えだから。可哀想だとか、助けたいとか、そんな事を言うだろうと思っていた。

 

 

 勘違いしていたのかもしれない。

 

 

 ──うぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!──

 甘いだけじゃない。

 

 ただ、優しいんだ。

 ミズキは自分が辛い思いをしても、相手に優しく出来る奴なんだ。

 相手の気持ちを汲み取ってやれる奴なんだ。

 

 それは、自己犠牲。

 

 

 ……やっぱり、お前はあいつに似ている。

 

 

 

 それなのに、気付いてやれなかった。

 

 

 

「ニャ、アラン……ミズキ知らないかニャ? 今朝から見当たらないニャ……」

「……何?」

 あいつが何を思っていたのか、考えれば分かったハズだ。

 

 

 ──稽古して欲しい──

 

 

 昨日強引にそう言ってきたのが何の為か。

 

 

「まさか……」

「ニャ、心当たりがあるのかニャ?」

 結局俺は昨日、日が昇るまでミズキに稽古を付けていた。

 どれだけ叩き伏せて「辞めるか?」と説いてもあいつは立ち上がってみせた。

 

 

 俺が眠ると言うまで、あいつは何度でも向かってきた。

 

 

 それが何の為か、考えなかった。

 

 

「……どこかで寝てるんじゃ、ないのか? あいつ昨日、日が昇るまで起きてたんだぞ?」

「ニャ?! ミズキがかニャ?!」

 答えは、一つだろう。

 

 

 あいつは、優しいんだ。

 自分を犠牲に出来る程、優しい。

 

 

「ほいほーい、ミズキちゃんなら私何処に居るか知ってますよ!」

「何処だ……っ!」

 通り掛かったギルドの受付嬢に詰め寄って答えを求める。

 

 

 分かっている。

 

 だが信じられなかった。

 

 

「け、血相変えてどうしたんですかハンターさん?! ミズキちゃんなら、笑顔でハチミツ採取に行くってモガの森に行きましたよ?」

「ニャ?! ボクを置いて?!」

「え、なんでムツさんが居るんですか……?」

 あいつは、そこまで思い詰める程に優しかったんだな……。

 

 

「おいネコ、リオレウスの臭いは辿れるか?」

「なんでリオレウスニャ?! ボクならミズキの匂いだって嗅ぎ分けれるニャ!!」

「あいつが何をしようとしてるか、分かるだろ?」

 あのバカ……。

 

「あのリオレウスを倒そうって……ニャ?! 嘘ぉ」

「え、えぇ?! 私聞いてませんよ?!」

 受付嬢には何も感じられないように上手く誤魔化したのか。

 

 

 あいつ、本気になったら良い行動力をしてるな。なら───

 

 

「そうだ、ネコ」

「ムツキだニャ」

 そうだったな。

 

「ムツキ、リオレウスの所に先回りするぞ。理由は行きながら話す」

「わ、分かったニャ! 準備だけするニャー!」

「ついでにミズキのアイテムボックスも確認してこい」

「よく分からないけど分かったニャ!」

 急いで家に戻っていくムツキ。

 

 間に合うか……? いや、ミズキならムツキが追ってくると分かってる筈だ。

 受付嬢を騙したあいつが他に何もしていないとは考えられない。

 

 

「ミズキが森に入ったのはどのくらいだ?」

「け、結構前だったと思いますよ……。二時間くらい……前でしょうか」

 間に合うか……? いや、間に合わせる。

 

 

 

「…………誰も死なせるものか」

 ヨゾラ……。

 

 

「防具も武器も無かったニャー! 後、ボクの調合したシビレ罠とか回復薬も……みゃぅ……。それに消臭剤とかこやし玉とか何に使うか分からない物まで無くなってたニャ。あと何でか……ジャギィ防具も無いニャ」

 心配そうな表情で戻ってくるムツキ。

 

 必ず助ける、心配するな。

 

 

 しかし、あいつがそこまで考えられる奴だったとはな。将来良いハンターになるかもしれない。

 バカで抜けている奴だと思ったが、根はしっかりしているようだ。

 

 計算外だったのは、俺が居る事だろうが。

 

「ミズキはハッキリ言ってバカニャ」

 酷い評価を聞いた。……否定はしないが。

 

「でも……本当にたまに、何かスイッチが入ったように考えるようになるニャ。アオアシラの時みたいに……ニャ。あの時は本当に無茶をしたニャ…………心配……みゃぅ……」

 アオアシラの時……?

 

 

「……お前の鼻が頼りだ。ミズキは多分お前に罠を張ってる。あいつの匂いがしてもそっちは無視しろ」

「ニャ……信じて良いかニャ? ミズキは……ミズキはボクの大切な妹ニャ。何かあったらボク……ボク…………」

「絶対に助ける。だから力を貸してくれ……ムツキ」

「ニャ、分かったニャ! アランを信じるニャ!」

 頼りにしている。

 

 

「な、何だかよく分かりませんが……っ! 孤島の素材ツアーというクエストにお二人は行くっていう事で宜しいですね?」

「あぁ、それで頼む」

「ほいっ、では受け付けしておきます! えと……ミズキちゃんの事、宜しくお願いします……っ!」

 あいつは皆に好かれてるんだな。

 

 

 だから、早まるなよ……。

 

 

「間に合わせるぞ……ムツキ」

「ガッテンニャ!」

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 私は、わがままだ。

 

 

 良く無理を言ってはムツキを困らせる。

 それでいて、諦めが悪いから結局ムツキは頼みを聞いてくれたりする。

 

 今回は……そんな性格が引き起こした最低な事。

 

 

 私はただ、ダイミョウザザミさんと遊びたいだけだった。

 でも、そんなのはおかしい事。いけない事。

 

 私はハンターで、ダイミョウザザミさんはモンスターなんだ。

 友達になんてなれない。なっちゃいけない筈だった。

 

 

 私のせいなんだ。

 

 

 だから、責任を取らなくちゃいけない。

 

 

 

「……これで、よしと」

 不思議な感覚。

 

 今日は寝ていないのに、随分と頭が回る。

 

 

 きっと、ムツキは追ってくる。

 だから私の匂いが着いた防具と大量のマタタビで、島の反対側に誘き寄せよう。

 周りに消臭玉とこやし玉を蒔けば、此処からの足取りは掴めないハズ。

 

 ムツキまで、巻き込みたくないしね。

 

 

「随分と遠回りしちゃったけど。……待っててね」

 リオレウスの居場所は分かってる。

 

 私の前任者のハンターさんが、絶対に近付いてはいけないと言っていたあの場所。

 島で一番高い場所。その丘の付近が、アイツの縄張り。

 

 

「…………殺してやる」

 背負う片手剣を強く握りながら、私は私自身が発した言葉を理解してなかった。

 無意識に、私が怖がっていた()と同じような事を言っていたんだと思う。

 

 

 

 

 随分と登った。

 知らなかったな、モガの森にこんな高い所があるなんて。

 

 地平線の向こうまで広がる海は、天気が悪いからか少し暗く見える。

 

 

「……雨、降るのかな?」

 空を見渡せば、黒い雲が島を覆い尽くそうとしていた。

 多分雨は降ると思う。

 

 でも、今はアイツを倒す事を考えなきゃ。

 

 

 

 何が理由か分からない。

 けど、最近のモガの森の生態系のバランスを崩していたのは、きっとあのリオレウスなんだと思う。

 

 縄張りを荒らしてロアルドロスを追いやったのも、ドスジャギィを傷付けたのも、きっとリオレウスの所為。

 

 

「私が───っ」

 私がアイツを、倒さなきゃいけない。

 そう決意を込めて言葉にしようとしたその時、急に風向きが変わったような気がした。

 

 それは比喩表現なんかじゃなくて。

 さっきまでの心地良い海風の反対から吹く、自然ではない風圧。

 

 

 ───そうか、自分から来たんだね。

 

 

 また誰かを、傷付けに来たんだね。

 

 

 今度は私を、殺す気なんだね。

 

 

 

 私が悪いのは分かってる。

 

 だからこそ、私があなたを倒さなきゃいけない。

 

 

「ヴォゥゥッ!」

「……リオレウス!」

 私を見つけ、上空から地面に降り立つ空の王者(リオレウス)

 

 赤と黒の甲殻と、一対の翼は見間違える事はない。

 人の身体程もある巨大な頭を私に向け、その眼でしっかりと獲物を見据えた。

 

 

 地面に着地するリオレウス。その巨体を支えていた翼が起こす風圧は、立っていれば小さな私の身体なんて飛ばされて地面を転がるだろう。

 

 だから私は、その風圧が一番強くなる瞬間に姿勢を低くして前方に転がった。

 出来るだけ風圧を受ける面積を減らして、地面を転がりながらリオレウスに肉薄する。

 

 

 地面を蹴って立ち上がり、身体を持ち上げる動作も利用してソルジャーダガーをリオレウスの下腹に叩き付けた。

 

 

「ヴォゥゥッ?!」

 背後で聞こえる悲鳴。構わずに剣を引く動作を利用して、片足を軸にその場で回る。

 

 水平に薙ぎ払われたソルジャーダガーは、刃を毀しながらもその剣先に鮮血を引かせた。

 

 

 アランに教えて貰った方法なら、リオレウスにダメージを与えられる。

 私でもリオレウスに勝てる見込みがあるかもしれない。

 

 そう思った時、私の視界から色は消え失せた。

 

 

 

 

 ただ眼に映るのは、攻撃すれば良い目標となる黒い影。頭が認識出来るだけの、周囲の地理。

 白と黒だけの世界で、戦いに必要な物だけが視界に映る。

 

 まるで眠っているかのように静かな空間。聞こえるのは相手の声と脈動、剣が何かを斬る音だけだ。

 

 

 何だか不思議な感覚。

 心臓は激しく動いているハズなのに、その音は聞こえない。

 

 でも、嫌な感覚じゃない。

 

 

 何だか懐かしい感覚。

 

 

 いつだったか、同じ感覚に襲われた事があった気がする。

 

 いつだったかな。確か、アオアシラと戦った時? それより、もっと前……?

 

 

 

「■■■■■■■■■!!」

 鼓膜が破れそうな程の音が周囲に鳴り響く。

 

 ただ、特に耳を塞ごうとは思わない。

 構わずに剣先を黒い線に当てがって、引く。

 

 

 黒い線が千切れて何かがそこから溢れ出た。

 

 

 黒い影は翼を大きく動かして自分との距離を取る。

 私は身を屈めて地面を蹴りながらその影を追った。逃がしはしない。

 

 次の瞬間背中を熱が通り過ぎる。

 それが何なのかは、今はどうでも良かった。

 

 

 ジャンプして距離を取った影に再び肉薄。

 火を吐いたばかりのその頭にソルジャーダガーを叩き付け───弾かれた。

 

 どうやら切れ味が限界のよう。

 リオレウス相手に持って来る武器ではない。そんな事は百も承知。

 

 

「■■■■■ッ!」

 私を上から覆う黒い影を盾で受け流しながら、地面を転がってまた真下を取る。

 その間にポーチから取り出した瓶を、立ち上がると同時にソルジャーダガーで叩き割った。

 

 

 割れた瓶の音は聞こえない。

 割れた瓶だと思う黒い斑点が白色に溶けていって、ソルジャーダガーには瓶に入っていた液体が付着する。

 

 心眼の刃薬。

 程よく滑る液体を刃に塗ることで、武器が弾かれるのを防ぐアイテムだ。

 本当はゆっくり刃の全部に塗るのが良いのだけど、今はそんな暇がない。

 

 液体が染みている刃は刃毀れしていても滑ってくれるから、硬い甲殻にも弾かれずにダメージを与えることが出来る。

 

 

 切り上げ、切り下ろし、切り払い。

 自分の思う通りに線を描くソルジャーダガーはその肉を削ぎ取り、千切り、切り落としていく。

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 影は悲痛の叫びを上げた。

 

 

 大丈夫、今楽にしてあげる───か、ら? あれ?

 

 

 

 

 私は何と戦っていたんだっけ?

 

 

 私は何で戦っていたんだっけ?

 

 

 あれ、分からないや。

 

 

 

 ただ、目の前の黒い標的を斬り続ける。

 当たったらいけない攻撃だけは避けて、後は盾で受け流す。

 

 

 良いかな、多分。

 今、とっても心地が良いから。普段より頭が良くなったみたいに思考が回る。

 シビレ罠も使うタイミングは見えてきた。刃薬もそろそろ切れるから、罠を使って砥石と新しい刃薬を使う。

 

 次に一気に畳み掛けて、倒す。

 

 

 何を倒すんだっけ?

 

 

 この黒い影は、何だっけ?

 

 

 

「■■■■───」

 あの攻撃は、何だっけ?

 

 盾で受け流して、また近付かないと。

 

 

「───■■■■■ァァァッ!」

 なんだか、不思議な感覚だった気がした。

 

 

「■■■! ■■■!!」

 

 物が良く見える。

 

「■ヅ■!!」

 

 匂いも良く匂う。

 

「ミ■■ッ!」

 音が聞こえる。

 

「■ヅキッ!!」

 

 

 白と黒は剥がれ落ちていき、視界に色が塗りたくられていく。

 

 

「ヴォゥゥ……ッ」

 目の前で空を見上げるように立っているのは、リオレウス。

 多分、私が戦っていた相手。

 

 その身体は何処もかしこも傷だらけ。切り傷に何かに噛まれた後、鱗は剥がれて隙間から見える肉は真っ赤に染まっていた。

 

 

 酷い。第一印象はそれ。

 

 次に、力が入って手から離れない片手剣を見て私は理解する。

 私が傷付けた。あのリオレウスを。

 

 

 

「ミズキ! ミズキぃ! しっかりするニャ!!」

 耳元で私を呼ぶムツキに気が付いた瞬間、私の───どこか別の所にあった意識が引き寄せられた。

 

 ハッキリする意識。

 今さっきまで自分がしていた事が脳裏にフラッシュバックする。

 

 

 そうしてやっと、雨が降っていた事に気が付いた。

 盾がバラバラに砕けている事に気が付いた。

 

 防具が泥だらけな事に気が付いた。

 返り血だらけな事に気が付いた。

 

 

 自分が横に倒れている事に気が付いた。

 

 

 

「ヴォゥゥッ!!」

「ま、待て……っ!」

 力弱く、その翼を広げる火竜。今しかないと言わんばかりにその身体を浮かせるリオレウスを追うために立ち上がろうとするけど、ムツキがそれを許してくれなかった。

 

 

「は、離してよ……っ! もう……少しで、倒せるんだよ?!」

「落ち着くニャ!! 今のミズキは変ニャ!! そのまま……あの時みたいに何処かへ行ってしまうニャ…………行かないで……みゃぅ」

「ムツ……キ……?」

 ムツキにそうやって言われて、やっとハッキリした意識が状況を理解し始める。

 

 

 

 あのリオレウスを傷付けたのは……私?

 雨が降ってる事も気が付かないで戦っていたのは……私?

 

「───私……何してたの?」

 上半身を起こしてから私はそう口にした。まるで、現状を確認するかのように。

 

 ダイミョウサザミさんを殺して、その後アランに無理無理鍛錬に付き合ってもらって。

 その後……私、リオレウスと戦ってた?

 

 

 嘘ぉ……。

 

 

 

「私ってもしかして強い?」

「ニャ、いつものバカミズキが戻ってきたニャ。アオアシラ倒すのに三日掛かったミズキが強い訳がないニャ」

「アレは違うから! アオアシラさん物凄く強かったから!! ていうかバカミズキって酷くない?!」

 違うとは言っても……本当に三日掛かってたし。あの時もなんだか同じ様な感覚を感じてた事を覚えてる。

 その時も、確か記憶が曖昧だった。私なんかがアオアシラを倒せたんだって、まるで他人事の様だったし。

 

 

 

「……あのリオレウスはお前が弱らせたのか?」

 背後から聞こえてくるのは男性の声。

 振り向くとそこには、防具無しで武器だけ背負ったアランの姿があった。

 

「アラン……? ん、えーと……分からない」

「分からない……?」

 うん、分からない。

 

 

 昨日から寝てない気がするから、頭がどうにかしちゃってるんだと思う。

 だから、分からない、

 

 

「……そ、そうか」

 唖然とした表情のアラン。まるで信じられないと言いたげな表情だけど───ごめん、私も信じられない。

 

「そういえば……私、ムツキが来れないようにって罠を貼っておいた気がするんだけど……なぁ」

「そうすると思ってムツキにはリオレウスの匂いを嗅がせた。……まぁ、まさか本当にするのとは思ってなかったがな……」

 ありゃ……アランには筒抜けだったらしい。

 

 

 なんて、誤算だったかなとか思うんだけど。

 なんだか他人事のような気がして、頭がぼーっとする。

 

 

「えっへへぇ……私もしかして二重人格だったり?」

「何バカな事言ってるニャ……」

 バカバカ酷い。

 

「お前……一体───」

「あ、そうだ……リオレウスを追わなきゃ! なんだか分からないけど弱らせれたみたいだし!」

 アランの言葉を遮って、私はそんな提案をした。

 

 どちらにせよ、ここまで来てしまったのならリオレウスを倒してしまった方が良いと思う。

 今の私が向かっても返り討ちになりそうだけど、アランが居れば勝てるんじゃないかな……?

 

 

 きっとあのリオレウスはモガの森の生態系を崩している犯人だと思う。

 だから……倒さないと。

 

 きっと私はその理念で動いていた、筈。

 

 

 

「……立てるか?」

 私の言葉にそう返事をしたアランは、手を伸ばしながらそう聞いて来た。

 

「う、うん」

 その手を取って立ち上がる。なんだか身体中痛くて、重い。

 

 

「……あいつは多分、違うぞ」

「……ぇ?」

 そして、雨の中リオレウスが飛び去った方向を見ながらアランはそう口を開いたんだ。

 え? どういう事?

 

 

 

「リオレウスが憎いか?」

「そ、それは……」

 突然のアランの質問に、私は口籠ってしまう。

 

 

 私はリオレウスが異変の犯人だと思っているし、ダイミョウサザミさんの仇でもある。

 いや、違う。私は責任をリオレウスに押し付けているだけ。

 

 ダイミョウサザミさんの仇は、私自身なんだから。

 

 

 そんな事、分かってるのにな……。

 

 

「……リオレウスを殺したいか?」

 そして、確信を突くようなそんな質問。

 

「……っ」

 私……どうしたかったのかな。

 

 

 

 リオレウスに全ての責任を押し付けて、逃げようとしてたのかな。

 私が悪いって事実から、逃げようとしてたのかな。

 

 アランは、怒るんだろうな。

 

 

 

「……」

 彼の手が挙げられる。

 

 叩かれたり、もしかしたら殴られるかも。

 それだけ私は酷い事をした。ダイミョウサザミさんにも、リオレウスにも。

 

 

「───ふぇ?」

 でも、その手は勢い良く降られる事はなく。

 ゆっくりと私の頭に乗せられて、防具の上から優しく摩られる。

 

 

「お前は優し過ぎる。ダイミョウサザミが死んだのはお前のせいなんかじゃない。……それをお前は自分のせいにして、したくもない戦いをしていたんじゃないのか?」

「そんな事ない……。私が、ダイミョウサザミさんと遊んでたから……そんな事いけない事なのに。私はハンターで───」

「モンスターと絆を結ぶ。それがいけない事だと、誰が決めた?」

 誰が……?

 

 

 いや、そんなのは……この世界の理だ。

 

 人と竜は、相容れない。

 そうでしょ……? そうなんでしょ……?

 

 

「……まぁ、信じたくないがお前の純粋な気持ちが伝わったんだろうな。お前は凄いよ」

「なに……それ。そんな事言ったって、ダイミョウサザミさんは───」

「あいつは運が悪かった。お前が居ても居なくても、火に弱いダイミョウサザミはリオレウスに勝てなかっただろうさ」

「で、でも……」

 あれ、おかしいな。

 

 

 なんで、涙が出てくるの。

 

 誰の為に、流してる涙なの?

 

 

「自分以外の為に泣けるお前は、優しいんだよ。……それで気負って、リオレウスを倒そうとしたんだろ?」

「それって……ただの八つ当たりだよね。…………私、最低じゃん」

「そうだな」

 そこで肯定されちゃうと、どうしようもない。

 

 

「お前は優し過ぎて、その罪悪感から逃げる術が無かった。だからと自分の意思にも反いてリオレウスを傷付けた……同時にお前自身も傷付けた」

「私、自身?」

「お前はリオレウスを傷付けたくなんてなかったハズだ」

「そ、そんな事ないよ……。私、多分そのまま殺そうとしてた……」

「自分の心に嘘を付いて……な」

 決め付けたようにそう言うアランは、未だに降り続ける雨の中でリオレウスが飛び去った方向へと足を進める。

 

 

「まだ殺したいか?」

「分からない……」

「付いて来い。お前の気持ちは多分、昔の俺と同じだ」

 昔の……アラン?

 

 

「ニャ、身体は大丈夫かニャ? 歩けるかニャ?」

「ありがと、ムツキ。平気だよ…………行こっか」

 ねぇ、私に何を見せる気なの……? アラン。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 雨は降り続ける。

 

 

 生き物の体温を例外なく持っていくその水滴は弱くなったり強くなったり。

 

 

「……ゥゥッ」

 そんな中リオレウスは、自らの巣と思われる所で姿勢を低くして丸まっていた。

 まるで身体を温める為に眠るムツキみたいに。

 

 

「……今なら殺せるぞ」

「……ぇ、えっと…………今は、良いかな」

 試すようなアランの言葉に私はそう答える。

 

 

 おかしいな、さっきまであんなに倒そうと思っていたのにな。

 

 

 まるで引っ込んでいた物が出て来て、それに何かが引っかかっている感じ。

 

 

「あいつがなんであんな格好をしているか、理由は分かるか?」

「わ、私が傷付けたから……回復の為?」

「それともう一つある」

 もう一つ……?

 

 

「あの下に多分、幼体が居る」

「ぇ……」

 その言葉を聞いて、それがどういう意味か考える。

 

 

 幼体……?

 

 子供……?

 

 リオレウス……の?

 

 

「来い」

「う、うん」

「うニャ?!」

 言われるがままに、アランに付いて眠っているリオレウスに近付く。

 

 所々にある傷の中には、私が付けた物もある。

 なら、他の傷は何か? 昨日からあったこの傷は何に与えられた物か。

 

 

「ギィ……」

「ヴィ……」

 翼で覆っていたその下、骨とかで丁寧に作られたその巣には二匹の生き物が居たの。

 

 小さな小さな飛竜。

 なんだか気のせいかもしれないけど、凄く弱って見える。

 赤と緑のその子供達は父親(リオレウス)に助けを求めるように鳴いた。

 

 

 

 子供が……居たんだ。

 

 

 私……何をしようとしてたんだろう。

 

 

 

 自分勝手な、そんな判断と考えだけで───この子達を殺そうとしていた。

 その考えも、自分勝手なんだってその次に思う。

 

 私は本当に勝手だ。

 自分の勝手でモンスターと仲良くしようと思って、自分の勝手でモンスターを殺そうとする。

 本当に、最低に、勝手だ。

 

 

「……ヴォゥゥ……ヴォァァッ!」

 子供達の声に目を覚ますリオレウス。

 

 雨から子供達を守っていた翼を広げ、立ち上がる姿は格好良くすら見えた。

 

 

 

「人がモンスターと関わるっていうのはな、悪い事じゃない。俺は認めやしないが……モンスターと絆を結ぶのも、悪い事ではないのかもしれない」

「モンスターと……絆を結ぶ?」

 それは、ダイミョウサザミさんと友達になったのは悪い事じゃないって言いたいの……?

 

 

「でもな……ダイミョウサザミにはダイミョウサザミの、リオレウスにはリオレウスの生きる道がある。リオレウスはただ、この子供達の餌を探していただけなんだ」

「……っ」

 自分の勘違いに、身勝手に、取り返しの付かない間違いに、私は言葉が出なかった。

 

 

 モガの森の異変。私はその犯人をこのリオレウスだと勝手に決め付けて……酷い事をした。

 

 

「お前はダイミョウサザミにお礼を言ったな」

「……うん」

「なら、リオレウスにするべき事も分かるな?」

「…………うん」

 アランは、凄いな。

 

 

「ニャ?! ミズキ……まさかっ! や、辞めるニャ……リオレウスはダイミョウサザミみたいに優しいモンスターじゃないニャ!」

「それでも……これは私の間違い、だから」

 私の身勝手で、彼を傷付けた。

 

 

 ダイミョウサザミさんは、助けてくれた。

 だから、お礼を言った。

 

 

 リオレウスを、傷付けた。

 だから私は───

 

 

 

「───ごめんなさい」

 許してもらえるか、分からない。

 

 普通なら、許してくれない。

 でも、目一杯の気持ちを詰め込んで。私は頭を下げる。

 

 

 雨が弱くなっていくのを感じた。

 今なら得意のブレスも勢いを弱める事はないと思う。

 

「……ヴォァゥゥッ」

 何かをしようとして、でも力が出なくてその場に倒れこんでしまうリオレウス。

 小さな子供達は心配そうにお父さんを見つめると、巣から出てきて私を威嚇した。

 それを見てリオレウスは立ち上がろうとするけど、どうにも力が入らないみたい。

 

 そして、その子供達もなんだか動きが弱々しい。

 

 

「リオレウス……っ!」

 こんなの、おかしいよね。

 

 さっきまで……私はリオレウスを殺そうとしてたのに。

 この子達を見て、私はリオレウスを助けたいなんて思ってしまった。

 

 こんなのやっぱり、おかしいよね。最低だよね。

 

 

 でも───

 

 

「アラン……」

「お前は俺が言った事を充分に理解したか? それでもお前は、俺にその先を言うんだな?」

 間違ってる。貴方はそういうのかな。

 

 

「……うん。私、リオレウスを───この子達を助けたい」

「お前は、優しいな……。一つだけ約束してくれ」

 約束?

 

「その優しさで、自分を殺すなよ」

 私の頭に手を乗せてそう言うアラン。

 

 その足でリオレウスに近付きながら、彼はこう続ける。

 

 

「お前も来い」

「私……も?」

「ま、またかニャ……」

 言われた通りにアランに付いていく。

 

「……俺は敵じゃない。だから、変な気は起こさないでくれよ?」

 彼は、動けないリオレウスの横を通り過ぎながらそう言って、そのままリオレウスの反対側へ。

 

 

「ここまでとは……な」

「……っ」

 その反対側には生き物の死体が二つあった。

 

 

 一匹は、殆ど手が付けられてないアプトノス。リオレウスがご飯に狩って来たのかな?

 

 もう一匹は───分からなかった。

 緑色の甲殻。ただそれだけで、原形が分からない程に何かに捕食された跡がある。

 

 

 リオレウスが食べたのかな……?

 

 

 

「これって……?」

「リオレイアだ」

「っぇ?!」

 その言葉を聞いて、背後の三匹に視線を移す。

 

 

「お母さんを……」

「アイツ等じゃない。……見ろ」

 そう言いながら、アランはリオレイアの残骸に何かを当てる。

 その何かはリオレイアに出来た傷にまるでパズルみたいにピッタシハマった。

 

「それって……?」

「この前ドスジャギィから取り出した物だ」

 と、いう事は……。

 

 

「リオレイアをこんな目に合わせたのが……森の異変の正体?!」

「そうなるな……」

 リオレイアと言えばリオレウスの種の雌。飛竜の中でもその強さは上位に位置するモンスター。

 そのリオレイアを……こんなに酷い目に合わせられるモンスターがこの島に居る……?

 

 

「知ってるか? リオス種は雌が子育てをする。リオレイアの下顎には咀嚼した肉を幼体に与える為の器官があるからな」

「って……事は。あの子達───ご飯食べてないの?!」

「まだあの小ささだと牙も生えてないんだろう。だからリオレウスはアプトノスに手を付けずにダイミョウサザミを狙った」

「ダイミョウサザミのお肉なら食べられたって事かニャ」

 

 

 複雑な気持ちになってしまう。

 

 

「気負うな。……助けるんだろ?」

「で、でも……どうやって?」

 私の質問に答える前に、アランはアプトノスの死体の前に歩いていく。

 

「ヴァァッ」

 そして、横取りするなと言わんばかりに力を振り絞ってリオレウスは立ち上がった。

 

「お前もちゃんと見てろ。一回しかやらない」

 それを確認してから、アランはリオレウスにそんな事を言う。

 

 

 リオレウスがその意味を捉えられているかは、分からない。

 ただ、きっと届いている。そんな気がした。

 

 

「お前もやるんだよ、ミズキ」

 そしてそう言うと、アランはリオレウスが食べた痕跡がある血の付いたアプトノスの腹に顔を埋めて───肉を食べた。

 

「えぇっ?! お腹壊すよ?!」

「口の中で噛み砕け……」

 そうとだけ言ってアランは目を瞑って口を動かす。

 

 う、嘘ぉ……。

 

 

「辞めとくが吉ニャ……」

「むぅ……ぇぃっ」

「ニャ?!」

 私も、アランみたいにアプトノスの肉を噛む。生肉だからぜんぜん噛み切れないし、血の味が本当に酷い。

 でも、何とかしてみる。

 

 

「ほ、ほひたら……?」

「子供達の前に吐き出してやれ」

 そう言い終わるアランは既に小さな小さな飛竜の頭を撫でていた。

 まるで自分の子供を見るような眼で。まだ、そんな歳じゃないだろうに。

 

 

「ギィ!」

 あなたも欲しいよね。

 そんな子供の目の前に、噛み砕いたお肉を吐き出す。

 

「女の子がはしたないニャ」

「ぅっ……」

 それは、そうだけど……。

 

「ギィッ! ギィッ!」

 私の吐き出したそれを、無我夢中で口の中に放り込む小さな飛竜。

 その姿がなんだか愛らしくて、自分の恥ずかしさなんてどうでも良くなった。

 

 ……か、可愛い。

 

 

 

「ヴァァゥッ!!」

 そんな事をしていたら、やっぱり怒ったのかリオレウスが鳴き声を上げた。

 その声で美味しそうにご飯を食べていた二匹もヨテヨテとリオレウスの元に戻っていく。

 

 

「わ、私達……貴方を助けたいの」

 リオレウスと、目が合った。

 

 今はこれで良かったのかもしれない。

 でも、育ち盛りの子供達がアレだけでちゃんと自分で肉を嚙めるまで成長出来るとは思えない。

 

 

「ミズキ、もう良い」

「で、でもアラン!」

「ちゃんと見ろ」

 そう言うアランの表情は、本当に優しい表情。

 普段目付き悪いのに、そんな表情もするんだね……貴方は。

 

 

「ヴァァゥ……ッ」

 そして、言われた通りにリオレウスを見る。

 

 大きく口を開いて、アプトノスの肉を噛み千切るリオレウス。

 少ししてその口から、何かが吐き出されるのが視界に映った。

 

 

「ぇ……」

「どうやら俺達の行動をちゃんと理解して学習したようだな。これ以上はここに居ると俺達はただの侵略者だ……行くぞ」

 凄いって、そう思った。

 

 

 こんな事があるんだって、不思議に思った。

 

 

 こんなに近くにいるのに、私達は敵対してない。

 

 

 こんなに夢の様な光景が……また見られるなんて。

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 確かに、そうなのかもしれ無い。

 

 それはきっと間違いじゃない。でも、それは答えではないのかもって───私はアランを見てそう思った。

 

 

 

 とってもとっても、素敵な体験。

 

 

 

 

「行くニャ、ミズキ。これ以上居ると怒られるニャ」

「そ、そうだね。行こっ───」

 アレ……? 身体が動かな───

 

「ニャ?! ミズキ?! ミズキぃ!!」

「ミズキ?!」

 真っ暗になる感覚の中で、私の名前を呼ぶ声だけが聞こえた。

 

 

 あぁ……また迷惑掛けちゃうな。

 

 でもね、今ね、なんだかとても……安心して、心地が良いんだ。

 ごめんなさい……ちょっと、疲れちゃった。




主人公だし、このくらいはね←
ようやく話が落ち着いて安心している作者です。


この流れのお話はこの作品の中でも大切なお話だったのでゆっくりやりたかったのです……。
しかし、早過ぎた感。もう少し後に回せば良かったなぁ……?


今回の言い訳。
巣に戻ったリオレウスはもうゲームなら蹴りで死ぬ体力でした(ぅゎょぅι゙ょっょぃ)。
なので、威嚇が精一杯で攻撃する事が出来なかったんです。攻撃する気は、ありました。

ただ目の前の生き物が自分達に都合が良い行動を取っていたので……取り敢えずは野放しにした、なんて解釈。
餌やりをリオレウスが出来なかったのは完全に自己解釈です。そもそもレイアが居なくなってレウスが子育てをするのかすら自己解釈です。
この作品はそんな自己解釈の塊で出来てます←


さてさて、レイアの損傷具合で孤島の生態系に影響を出している生き物がそろそろ分かってきた方もいるかもしれませんね……。

そいでは、次回また会えると嬉しく思います。
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。

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