モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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岩穿と不動の山神

 流氷を眺めながらホットドリンクを飲む。

 吐いた白い息は空に昇っていき、一面の氷の世界に混じっていった。

 

 

 氷海。

 凍り付いた海や氷山からなる狩場には、また特殊な生態系が築かれている。

 

 これがミズキと来たのなら、またその辺りを教えてやると喜ぶのだが───

 

 

「早く行きましょ」

 ───今日はその必要はないようだ。

 

「ホットドリンクを飲んだからといって極寒の地で直ぐに思うように動ける訳じゃない。身体をほぐしておけ。この辺りは危険じゃないエリアの方が少ない」

「わ、分かってるわよそんな事。大丈夫、それより早く標的を探しましょ」

 本当に分かっているのだろうか。

 

 氷海に来た俺とアザミは、なんの余談もなくクエストのターゲットを探す事に。

 

 

 目的は来たる火竜の番との戦いの前に、アザミとの連携を深める事である。

 カルラを追ってベルナ村に来た筈が変な事に巻き込まれたものだ。これがミズキの進みたい道なら、文句はないがな。

 

 それに彼女が向き合わなければならない事は、俺もいつかは向き合わなければいけない事なのかもしれない。

 そんな事を考えると右腕が少し震える。

 

 

「何してるのよ?」

「いや、なんでもない。行くか」

 ミズキ以外とクエストに行くはいつぶりだろうか。

 

 特に何も考えていなかったが、あいつが嫉妬とかしているかもしれないと思うと自然と口角が上がった。

 あまりそれらしい感情を表に出さないからな、ミズキは。たまにタル爆弾みたいな発言をするが、基本は変わらない。

 

 ……たまに本当に好かれているのか不安になる。

 

 

「……あんた、そんなにコロコロ表情変える奴だったのね」

「……気のせいだ。テツカブラだったな」

 クエストの内容は至ってシンプルだ。

 

 テツカブラの討伐又は捕獲。

 このテツカブラが属する両生種からは、人工的には作れない特殊な油が採取できる。

 このクエストはその油が目的であり、討伐しようが捕獲しようがテツカブラの身体が残っていれば問題ない訳だ。

 

 

 当たり前だが乱獲が許される訳ではなく、人が生きる為の糧としてテツカブラの命を頂いている。

 

 

「テツカブラは環境適応能力が高くてここみたいな極寒の地の他にも、火山みたいな灼熱の地にも現れる。これは他のモンスターには少ない特徴だ、面白いだろう」

「何が?」

 ミズキと居るノリでテツカブラについて教えてやると、アザミは半目で首を横に傾けた。

 

 ここ数年の癖というか、モンスターと戦う前にそのモンスターの生態をミズキに教えるというのが恒例になっている。

 これが彼女ならとても感心したり、もっと何かないのかと聞いてくるのだが───どうもそれは普通じゃないらしい。

 

 

「お、覚えておいて損はない」

「どうかしらね」

 あまりの温度差に俺は頭を抱えて、先に進んでいく彼女に着いて歩いた。

 

 

「……やりにくいな」

 やっぱり俺は、ミズキに依存してしまってるのかもしれない。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「洞窟内には居なさそうね」

 テツカブラを探して小一時間が経つ。氷海にある洞窟を調べてみたが、テツカブラの姿は見当たらなかった。

 

 

 見つけたモンスターといえばフルフルくらいである。

 

「さっき見付けたフルフルに食べられたとか?」

「流石にそれはないが、ギルドがテツカブラを見付けたのが数日前だからな。縄張り争いに負けてこの狩場から居なくなっている可能性は否定できない」

 氷海の生態系の中でも、テツカブラのカーストは低い方だ。

 ギルドの観測の後で現れたモンスターに縄張りを追い出された───なんて可能性は充分にあり得る。

 

 

「何よそれ、拍子抜けね」

 他所を見ながらアザミはため息を吐いてそう言った。

 言葉とは裏腹に、まるで安心したかのような表情をしている。

 

「何が不安だったんだ?」

 だから、俺は彼女にそんな質問をした。俺の質問に目を丸くして固まるアザミ。

 

 

「な、何でもないわよ」

「なら良い。狩りの時に下手な事をするなよ」

「わ、分かってるわよ!!」

 ムキになって答える彼女は、俺の前を歩いて洞窟の出口に向かう。

 岩肌の見えた洞窟から再び白い大地に戻ってくると、洞窟に入る前にはなかった気配を感じた。

 

 

「───パゥォォォォオオ!!」

 空気が震える。

 

 

「……聞こえたか?」

「えぇ、この鳴き声は……」

「ガムートだな」

 牙獣種最大の体躯を誇るモンスターで、別名巨獣。

 

 氷海の生態系でもカースト上位に位置する強力なモンスターだ。しかし、ガムートが狩場付近に住み着いているという報告はギルドから来ていない。

 

 

 イレギュラーという事もあるだろうが、これだとテツカブラが氷海に居る可能性は限りなく低くなっただろう。

 ガムートが相手ではテツカブラが縄張り争いに勝てる可能性はかなり低い。

 

 

「どうするのよ」

「とりあえず行ってみるか。ガムートの様子を見ればテツカブラがどうなったか分かるかもしれないしな」

 このまま立っているだけでは見付かるものも見付からない。

 俺達はガムートの鳴き声がした方角に向けて歩いていった。

 

 

「あれか……」

 ガムートは全モンスターの中でも屈指の巨躯を誇るモンスターである。

 

 少し丘を越えれば、その巨体は容易に視界に入ってきた。

 

 

 二本の巨大な牙に長い鼻。青と赤の混じった特徴的な体毛と、頭部は堅い甲殻で覆われている。

 

 巨獣───ガムート。

 間違いなく、そのモンスターだった。

 

 

 

「ポポや幼体の姿はないな……」

「なんでポポ……?」

「子育てをするガムートはな、ポポの群れに幼体を隠す習性があるんだ。そして、幼体を匿って貰う見返りにガムートの親はポポの群れを外敵から守る」

 いつかミズキと雪山でガムートを見付けた時を思い出しながら説明するが、アザミは「ふーん」と興味なさげにガムートを見る。

 

 

「覚えておいて損はないって奴?」

「これに関しては自信を持って言うぞ。覚えておいて損はない」

「なんでよ」

「母親ってのはそれだけで強いからな」

 俺がそう言うと、アザミは目を見開いて「そうね……」と呟いた。

 

 彼女は両親をモンスターに殺されている。失言だったかもしれない。

 

 

「……すまない」

「別に、事実よ。確かにママは強かった。あの時だって……私を守ってくれた」

 どこか遠い所を見ながら、彼女は手を握りしめてそう言う。

 両親の仇、か。

 

 

「俺の母親……の、ような人も強かった。俺とカルラを守ってくれた。もしかしたら、俺の本当の母親も俺を守ってくれたのかもしれないしな」

「あなたも……モンスターに?」

「……それは今どうでも良い。大切なのは、母親は強いって事だ。これは、覚えておいて損はない」

「そうね。でもアレは、子持ちじゃないみたいよ?」

 アザミの指差す先にいるのは、単独で行動するガムートだ。

 

 

 雄なのか、または子持ちではない雌か。

 

 とにかく子供が居ないという事は、ポポの群れにくっ付く理由もなく喧嘩を売ればどこまでも追いかけて来る可能性がある。

 母親は強いと言ったが、そうでないガムートが弱いという訳がない。元々のガムートの危険度を考えるに、警戒しなければいけない事には変わりはなかった。

 

 

「繁殖期じゃないからな、番になる個体を探すために縄張りを移動してるんだろう。テツカブラが居ないのは、あのガムートに追い出された……なんてのか答えか」

「これじゃ、骨折り損のくたびれもうけよ」

 このようなイレギュラーの場合は、ギルドから報酬の数割を貰う事が出来る。

 

 

 ただ、今回の俺達の目的は狩場での連携の確認だ。このまま帰るのも惜しい話である。

 かといって目の前のガムートと戦う理由はないが。

 

 

「別に私はアレでも良いわよ」

 しかし、アザミはガムートを見ながらそう言った。

 

 目的以外のモンスターを狩猟するのは、基本的に禁止されている。

 しかし、それはやむをえない場合を除いての話だ。そして、モンスター相手ではやむおえない事情なんて自分から作る事すら出来る。

 

 

 ほぼそれは密猟と同じだが、コレをやっているハンターがまったく居ない訳ではない。勿論極少数だが。

 ミズキは一度もそんな事はしなかったが、俺は彼女に会うまではそんな事もしていた。

 

 

「……ガムートと戦う理由はない」

「あのガムートが誰かを襲うかもしれないわ」

「そんな理由で───」

 反論をしようとしたが、過去の自分が脳裏に映る。

 

 

 俺も同じ理由でモンスターを襲った事があった。

 身に纏う装備の素材は、クエストとは関係無いモンスターを狩猟して得ている。

 ヨゾラを失ってからしばらくの間、俺はモンスターを殺せるように何度もクエストに出掛けたし、関係ないモンスターにも武器を向けた。

 

 直ぐに、怒隻慧以外に怒りをぶつける事には何の意味もない事に気が付いたが。

 それでもやはり、彼女の気持ちが分からない訳ではない。きっと、カルラも同じような気持ちなんだろう。

 

 

「……なによ」

「お前は、俺に似てるな」

「意味の分からない事言わないで……。あんたがやらないなら、あたし一人でやるわ」

 そう言うと、アザミは直ぐに振り向いて一人で地面を蹴った。

 

 伸ばした手は届かなくて、嫌な思い出が頭を過る。

 

 

「───待て! くそ!!」

 直ぐに武器を構えながら、俺は彼女を追い掛けた。

 

 彼女の気持ちが分からない訳ではない。モンスターの存在そのものを憎む理由だって分かる。

 だが、違うんだ。それは違う。モンスターだって生きているんだ。俺達と一緒で、必死に生きている。

 

 それをミズキが教えてくれた。

 

 

 確かに憎しみは絶対に消えない。俺には分かる。

 

 俺はこの二年間、その気持ちから逃げてきた。

 だが、その気持ちとも向き合わなければならない。

 

 

 でもな、お前は間違っているぞアザミ。

 

 

 

「───ちょっとあたしに狩られなさいよ!」

 背後から近付いたアザミは、ガムートの太い足に大太刀を叩き付ける。

 

 同時にガムートは咆哮を上げ、瞬時に戦闘態勢に入った。

 奇襲としては浅い。咆哮で動きの止まったアザミに、ガムートは上半身を持ち上げてそのまま下半身を地面に叩き付ける。

 

 

 所謂ヒップドロップだ。俺は動きを止めていた彼女を抱いて、地面を転がる。

 間一髪。足元を巨体が踏み抜いた。地面が揺れて、氷が割れる。

 

 あの下にいたらどうなっていたかなんて想像もしたくない。

 

 

「死ぬ気か!!」

「……っ。よ、避けれたわよ!! なんで助けたのよ!!」

 そうは言いつつも、彼女の手は震えていた。

 

「お前……」

「く、来るわよ! ここまで来たら戦うしかないわよね?」

 振り向けば、ガムートが長い鼻を俺達に向け構えている姿が視界に入る。

 

 吸い込みか吐き出しか。ガムートの凄まじい肺活量も相まって、その鼻は非常に強力な武器でもあった。

 

 

 その鼻先から、白い個体が発射される。吸い込んだ雪を固めて放つ攻撃だ。

 俺達は左右に別れてそれを避ける。アザミは直ぐに足を捻って、ガムートに向かって氷の地面を蹴った。

 

 

「雪玉なんて当たらないわよ!」

 地面に近くなっていた鼻を、緑色の太刀が切り裂く。吹き出た鮮血が刃を濡らし、その斬れ味を高めた。

 

「パゥォォォォオオ!!」

 対するガムートは、足元で得物を振るアザミを振り払おうと長い鼻を振り回す。

 アザミは眼前に太刀を構え、その攻撃をいなすと同時に迅速の剣をガムートに叩き付けた。

 

 カウンターか。

 

 

 ただ黙って見ている訳にもいかず、俺も火炎弾をガムートの頭にぶつける。

 

 なんとか隙を見つけて逃げたいがアザミがそれを許すか分からない。

 さて、どうしたものか。普通に狩るだけなら、ガムートが強力なモンスターとはいえ彼女になら出来なくはないかもしれないが。

 

 

 きっと、それではミズキの示してくれた道には行けない。

 

 

「なんとかしてガムートが逃げるように仕向けるか……」

 ガムートが自分から逃げてくれれば、アザミを止める時間も出来る筈だ。

 

 このガムートには喧嘩を売っておいて申し訳ないが、そのまま逃げてもらいたい。

 

 

 そうなると足よりも胴体を狙う必要がある。

 足を攻撃し過ぎると、逃げられなくなってしまうからだ。

 

 ミズキと良くやる作戦だが、どうアザミを誘導するかだな。

 

 

「胴体を狙え! 脚は反撃される!」

「わ、分かったわ!」

 適当な理由を付けると、彼女はすんなりと言う事を聞いてくれる。

 これまで両親と狩りをしていたんだったか。もしかしたら、自分で狩りのプロセスを組み立てた事がないのかもしれない。

 

 

 確かに彼女の技術は凄いが、どうも経験が足りてないようにも見えた。

 

 

「パゥォォォォオオ?!」

 ガムートは巨体故に、懐に入られると弱い一面もある。

 ボディプレスには注意だが、それさえ注意すれば一気に押し切る事も可能だ。

 

 アザミの持っている太刀はリオレイアの素材が使われており、毒属性を帯びている。

 一方的に攻撃されたガムートは、全身に毒が回ったのか動きが鈍くなってきた。

 

 

「行ける───って、逃げるの?!」

 不利を察したのか、ガムートは巨体を生かした大きな歩幅でこの場から逃げていく。

 それを追いかけようとするアザミの肩を掴んで、俺は彼女に「深追いするな」と言ってその場に留まらせた。

 

 

「な、何するのよ」

「手負いのモンスター程怖いものだ。それにまだガムートは弱っていない。……モンスターの生きる力を舐めない方が良い」

「べ、別にもう倒せるなんて思ってないわよ!! でも、ダメージは与えてる……っ!」

 そう言うとアザミは再び飛び出して、この場を去ろうとするガムートに向けて駆け出す。

 

 

「おい!」

 そこまでモンスターの命を奪う事に固執するのか。やっぱり、お前は俺に似ているな。

 

 だからこそ、止めなければいけないと思った。

 

 

 

 

 ───次の瞬間。

 

 

「ゴゥゥォァァァアアアアッ!!!」

 アザミとガムートの間に、突然赤が混る。

 

 それは巨大な蛙のような姿をしているが、短い尻尾があり頭部には二本の巨大な牙を持つモンスターだった。

 赤い甲殻に鬼のような形相をした頭部も特徴的であるそのモンスターこそ───

 

 

「て、テツカブラ?!」

 鬼蛙───テツカブラ。

 

 ───俺達の本来の標的である、

 

 

 しかし、どうしてテツカブラが今になって出て来たのか。ガムートとの縄張り争いで居なくなったという俺の仮説はどうやら外れたらしい。

 

 それよりも気になったのは、テツカブラの異様な姿だった。

 

 テツカブラの牙は傷付いたりしてもより頑丈になって元通りになるのだが、目の前のテツカブラの牙は再生の仕方が悪かったのか左右非対称の歪な形になってしまっている。

 

 

 それに、どうもテツカブラとしては大きめの個体に見えた。

 

 

 

「下がれアザミ!!」

「なんでよ、元々このテツカブラが標的じゃない!」

 テツカブラに得物を向けるアザミには、周りがあまり見えていなかったのだろう。

 

 逃げるのをやめ、振り返ってきたガムートが視界に入っていないようだった。

 テツカブラはテツカブラで、俺達には興味もなさそうにガムートの方を向いて咆哮を上げる。

 

 それをみて、アザミはやっとガムートが向かってきている事に気が付いたらしい。

 

 

 テツカブラとしては大きく見えた個体だが、その倍以上ある巨体がテツカブラを踏み潰そうと走ってきていた。

 その直線上にはテツカブラだけではなく、アザミもいる。

 

 

「ちょ───」

「……ちっ」

 何も考えずに、とにかく地面を蹴った。

 

 

 このままでは、テツカブラごとアザミもガムートの下敷きになる。

 

 

「───パゥォォァァアアアッ!!」

 轟音。

 

 氷の大地を破るような衝撃が走り、俺の身体は何かに当たって地面を転がった。

 アザミを突き飛ばしておいたが無事かは分からない。鈍痛に耐えながら直ぐに立ち上がると、近くに転がっている彼女の姿が見える。

 

 大きな怪我はしてなさそうだな。

 

 

 そんな彼女に手を伸ばす前に、俺は何が起きたのか周りを確認した。

 

 

 テツカブラ向けて放たれたガムートの突進は、周りの地形を変える勢いで目標だったテツカブラに直撃したらしい。

 テツカブラは地面を転がって横倒しになっている。体格差的に勝てる理由もないが、しかしテツカブラは素早く起き上がってガムートを睨み付けた。

 

 挑む気なのか……?

 

 

 

「……こっちに来い!」

「……っ。な、何が……?」

 状況が分かっていないアザミの手を引っ張って、俺は崩れた氷壁の陰に隠れる。

 

「あたし……」

 ふと彼女の様子を伺うと、身体は小さく震えていたが大きな怪我はなさそうだった。なんとかなったか。

 

 

「ガムートと戦うつもりか……」

 気になる事はあるが、今は目の前の現状打破が優先だろう。

 

 ガムートとテツカブラの縄張り争いに巻き込まれるなんてゴメンだ。隙を見て一時離脱するのが最善策だろう。

 負けて逃げるだろうテツカブラを追えば良い。これでクエストもクリアできる筈だ。

 

 

 不安要素はあるが、それを確かめる為のクエストでもある。

 

 

 

「ゴガガガガッ」

 一方でテツカブラは大口を開き、ガムートを威嚇していた。

 

 しかし体格差もあり、ガムートは引く気もなく前脚を持ち上げてさらに自分を大きく見せる。

 それでもテツカブラは引く事なく、その大顎を開いて氷の大地に突き立てた。

 

 

 何をする気だ?

 

 

「パゥォォォォオオ!!」

 ガムートは威嚇に動じないテツカブラに向け、再びその巨体をぶつけようと地面を蹴る。

 同時に、テツカブラは地面に突き立てた大顎を───氷盤ごと持ち上げた。

 

 テツカブラの眼前にガムートの巨体すら凌駕する巨大な氷壁が出来上がり、ガムートはその壁に突撃する。

 大きな衝撃が俺達のいる場所まで響いた。しかし、氷壁は崩れずガムートの攻撃はテツカブラに届かない。

 

 

 そしてテツカブラはその裏から氷壁を押して、ガムートに巨大な氷の塊を叩きつける。

 轟音が響き、巨体が膝を地面に付けた。

 

 いくらガムートでも、巨大な氷の塊に押し潰されては姿勢を保っていられなかったのだろう。

 

 

 テツカブラはもう一度氷盤に大顎を突き立て、自分よりも大きな氷の塊をその顎に咥え出した。

 そして身体を持ち上げると、咥えた氷塊ごとその身体をガムートに叩き付ける。

 

 衝撃。

 

 

 信じられない光景が視界に広がった。

 あのガムートが、地面を転がる。

 

 咆哮を上げるテツカブラ。対するガムートは足を引きずりながらも立ち上がり、ゆっくりとその場を離れて行った。

 

 

「う、嘘だろ……」

 こんな事があるのか……。

 

 そういえばこの前ミズキがアザミといったクエストで、アオアシラがタマミツネを退けたなんて言っていたか。

 モンスターだって生きている。力関係の逆転くらいはあり得ない話ではない。

 

 しかし、まさかとは思うがな。

 

 

「……あの手練れのテツカブラを倒せるかどうか、か」

 問題は今回のクエストの相手があのテツカブラだという事だ。

 

 ガムートをも退けたとなると、個体としての力もやはり相当な物だろう。

 大振りな攻撃が目立つが、それを差し引いても討伐は難しく感じた。

 

 

 

「相手がなんだろうと、クエストなんだからやるしかないじゃない」

「早まって死んだら何の意味もない」

「し、死んだらなんて……。こんな事で!」

「人間は簡単に死ぬ。……お前なら分かるだろ?」

 俺がそう言うと、アザミは目を見開いて視線を落とす。

 

 

 酷な言い方かもしれないが、これが一番分からせる方法だった。

 

 

 

「……でも、早く力を付けてあの二匹を殺さないと。……パパとママの仇が討てなくなる」

「焦るな。帰ったらまた別のクエストに行けば良い。二つ名持ちのモンスターがそう簡単に姿を消す事はない」

 討伐されるのも難しければ、他のモンスターに命を奪われる可能性も低い。

 

 それだけの力を持っているからこそ、二つ名を与えられる。

 

 

 

 あの怒隻慧のように。

 

 

「……焦る気持ちだけは抑えろ。そんな気持ちは何も生まない。……だから、それが出来るならあのテツカブラに挑む」

「ど、どういう事よ」

「限界まで戦って撤退する。その判断が出来るなら、連携の確認の為に奴と戦う」

 俺がそう言うと、アザミは強く手を握って俯いてから「わかったわ」と小さく答えた。

 

 

「奇襲は任せる。行け」

 俺はボウガンに弾を込めながら、彼女が駆けていくのを見守る。

 

 動きも良い、太刀筋も年齢の割に上出来過ぎる程だ。狩人としてはミズキより優秀だろう。

 だからこそ彼女が躓く理由が分からない。

 

 俺みたいに心の何処かでモンスターを憎めないで居る訳ではなさげだが、どうしても彼女の立ち回りに迷いが見えた。

 

 

 ……お前は何を抱えているんだ。

 

 

「───やぁぁぁ!!」

 逃げるガムートを見ていたテツカブラの後ろから、アザミは懐に入り込んで太刀を振る。

 ガムートの血で切れ味を増した飛竜刀が、その刃に含まれる毒をテツカブラに送り込んだ。

 

「ゴガゥァァッ」

 アザミに気付いたテツカブラは、振り向きながらその歪な牙を振る。

 

 アザミは後ろに飛んでそれを避け、その足をバネにして踏み込み───斬撃から血飛沫が遅れる程の迅速の太刀筋でテツカブラの胴体を切り裂いた。

 

 

「ゴグガァァァッ?!」

 再び後ろに回り込まれたアザミを追うように、テツカブラはもう一度振り向こうと身体を捻る。

 俺はその頭に銃弾を叩きつけ、俺に気が付いて標的を変えるテツカブラの牙にリロードした別の弾を放った。

 

 テツカブラがその牙を氷盤に突き立てようとした瞬間、牙に突き刺さった徹甲榴弾(別の弾)が炸裂する。

 

 

「グガァァッ?!」

 また氷の塊を持ち上げようとしていたのか、それに失敗したテツカブラは後ろで太刀を振るアザミを無視して俺を睨み付けた。

 

 そして脚を縮め、それをバネのように巨体が跳ぶ。

 

 

 目の前から突然標的が消えて驚くアザミを置き去りにして、テツカブラは俺の元に真っ直ぐ飛んで来た。

 俺は足を浮かせ、テツカブラにその足を当てて後ろに跳ぶ。同時に銃弾をテツカブラの頭に当てると、とても悔しそうな表情で睨まれた。

 

「悪いな、これでもまだ上位ハンターだ」

 片手で剣を振る事は出来なくなったが、ライトボウガンだけでも戦えなくはない。

 

 ミズキに少し負担を掛ける事になってはいるが、それでもまだ彼女と並んで戦う事は出来る。

 それだけ出来れば、俺には十分だった。

 

 

「俺が引き付ける!」

「ま、任せたわ!」

 追いかけて来たアザミが太刀を振り、テツカブラが彼女に狙いを定めようとした所で俺はその眼前まで走る。

 目の前の敵を無視する事も出来ず、テツカブラは俺にその牙を向け振りかざした。

 

「こっちだ……っ!」

 その牙を踏み、テツカブラの頭上を取って上から銃弾を叩き付ける。

 アザミと反対側に着地すると、更に引き金を引いてテツカブラの注意を引いた。

 

 

「な、何者よあんた……。……あたしだって!」

 俺が注意を引き付けている間に、アザミもテツカブラの背後をその刃で切り裂いていく。

 

 完全に注意を引きつけられる訳ではないが、アザミも自分でなんとかする所は自分でなんとかしていた。

 やはり正直な所、ミズキより優秀だろう。

 

 だからこそ、どうしてか気になった。

 

 

 

「ゴガガガガガ……ッ」

 氷塊を持ち上げ、テツカブラは後ろで攻撃していたアザミを潰そうと自ら背中に向けて倒れていく。

 俺が声を掛けると、彼女はギリギリのところでそれを交わした。

 

 地面が揺れる。

 追撃がくるとマズイと考え、援護に向かうがテツカブラの様子がおかしい。

 

 

「ゴガガガガガがガガガ───」

 まるで力を溜めるように、テツカブラは姿勢を低くして俺とアザミを睨んでいた。

 

 

「何をする気だ……っ?!」

 見慣れない行動に、俺は身構える。

 

 元々普通のテツカブラからは考えられないような動きをしていたが故に、その行動が不気味に見えた。

 

 

 何をしてくる。

 

 俺が身構えると同時に、テツカブラは突然視界から消えた。───いや、上か?!

 視界を上げると、アザミの真上から巨体が降ってくるのが見える。

 

 さっきまでの彼女なら、すぐに動いて避けていた筈。しかし、彼女は目を見開いてその場からピクリとも動かなかった。

 

 

「……くそっ!!」

 地面を蹴る。

 

 彼女を突き飛ばして、自分も転がる様にその場から離脱しようとした。

 しかし何かが身体に当たり、俺の身体は勢いよく地面を転がる。

 

 氷の壁にぶつかっり、肺の空気を書き出され、血反吐が白い地面を赤く塗った。

 

 

 身体のどこかが潰れていないか心配だったが、なんとか重症にはならなかったらしい。

 

 当分まともに動けそうにないがな。

 

 

 

「……くそ」

 唇を噛んで痛みを抑える。視界にアザミを入れると、彼女は俺を見てその身体を震わせていた。

 

 

 

 

 あぁ……なるほどな。

 

 

 

 

「頼むから効いてくれよ……っ」

 身体に鞭を打って、ポーチから閃光玉を取り出す。

 

 アザミの視界に入らないようにソレを投げると、テツカブラは視界を潰され自棄になったのか大きく暴れ出した。

 

 

 運悪くこっちに来ない事を祈るしかない。

 

 

 

「……に、逃げるぞ。……おい、アザミ。アザミ!」

「……っぁ、あ、あたし……」

 放心状態の彼女の肩を揺らして、なんとか意識を取り戻させる。

 

 彼女の近くまで歩くのも限界で、俺はその場に崩れ落ちた。

 

 

「ご、ごめんなさい……あたし……」

「良いから、目眩しが効いてるうちに逃げるぞ。肩を貸してくれ……」

「え、えぇ。分かったわ」

 彼女の肩を借りて、なんとかテツカブラが視力を取り戻す前にその場から離脱する。

 

 

 個人的には得る物があったクエストだった。負傷は少し痛いがな。

 ミズキに怒られるし、心配させてしまう。

 

 だが、彼女が抱えているものが大体分かったのは大きい。

 

 

 

 

 それが解決出来るか出来ないかは、さて置き。

 

 

「ごめんなさい……あたし」

「まぁ、無事なら良い。……死ななければ、勝ちだ」

「あたしは……」

「お前は───いや、なんでもない」

 この問題は自分でなんとかするしかない。

 

 

 逃げるのも、立ち向かうのも彼女が選ぶしかない。

 

 

 それだけ、大きな問題なんだ。

 

 

 

 

 

 

 ───お前は、モンスターが怖いんだな。




ミズキ依存症のアラン。
今回も二つ名テツカブラとガムートという事でモリモリなお話でした。戦闘シーンも多め。モンスターの生態成分も多め。

もうここまで来たら次のモンスターが何か分かってしまう!
と、思うのですが期待は裏切られます。いや、本当に申し訳ない。


なんと、久し振りにファンアートを頂きました!

【挿絵表示】

少し前にハロウィンだったので、仮装ミズキちゃん。可愛い……可愛い……。今回出番なかったからね。やったぜ。


それでは、次回もお会いできると嬉しいです。

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