モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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進んできた道と私の答え

 きっと───

 

 

 ───私はあなたで。

 

 ───あなたは私だった。

 

 

 どうして、だとか。

 

 あなたはいったい、だとか。

 

 

 そういう事は考えられなくて。

 

 

 ただ、あなただった事が嬉しいなって。そんな事を思う。

 

 

 

 きっと、私はあなただった。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「さーて、ここいらで情けない非戦闘員の俺達野郎共は野営の準備でもしておくか」

 ジルソンさんがアルディスさんとムツキの肩を叩きながら、軽快に口を開く。

 

「情けないだとぉ?!」

「……事実ニャ」

 二人は嫌そうな表情をしながらも、竜車から降りて野営の準備に取り掛かった。

 今回狩りに参加するのは私とアラン、そしてエル君とシオちゃんです。

 

 残る三人には、簡易的なベースキャンプを作ってもらう事になった。

 難しい狩りだから、避難場所として安全な場所を選んでます。

 

 

「私も手伝いますよ!」

 でも、三人にばかりテントの設営を頼むのは悪いと思って。

 私も竜車から顔を出したんだけど、ジルソンさんに押し戻されてしまった。

 

「今から狩りなんだから、体力温存がお前達の仕事だろ。こっちは情けなーい男達に任せて、作戦会議でもしてなって」

 笑いながら、ジルソンさんはそう言う。情けない男達ってどういう意味かな。

 

「ボクは戦えるニャ」

「それじゃ、もしもの時は宜しくなネコちゃん」

 頑張れムツキ。

 

 

「働け働け、女に戦いを任せる情けない野郎共」

「頭にブーメラン刺さってるニャ」

「そーだそーだ。お前だってあんな小さな女の子に守られてる癖に!」

 なんだか楽しそうでなによりかな。

 

 でもシオちゃんはそうだけど、エル君は弟さんでも男の子だし。ちょっとジルソンさんが何を言っているのか分からなかった。

 

 

「てかなんでバレてんだ……」

「商人の観察眼を舐めるなよ」

 なんの話だろう。

 

 

 

「……あ、あはは。さ、さて、作戦会議に入りますけど良いですか?」

 何故か苦笑いをするエル君が、竜車の中で簡易な周辺地図を広げながら口を開いた。

 

 地図にはバツ印とマル印が描かれていて、エル君はバツ印を指差す。

 

 

「ここが、今僕達が居る場所ですね。そして丘を三つ超えた向こう側、このマル印の辺りがティガレックスが潜伏していると思われる範囲───で、良かったですよね?」

 そう言ってエル君が視線を送るのは、部屋の隅で目を閉じて居るシオちゃん。

 彼女はそのままの表情で、ゆっくりと首を縦に振った。

 

 シオちゃんにはティガレックスの居場所が分かっているらしいけど、それはどうしてだろう。

 やっぱり、昨日見せてもらった彼女の中にいる獣の力が関係あるのかな?

 

 

「……取引だから。ここで嘘付いても、仕方ない」

 今回のクエストは、狂竜化したティガレックスの討伐。

 

 タンジアのハンターさんのクエストに、突然乱入してきたティガレックス。

 私達は討伐しようにも、どこに潜伏しているのかが分からなくて滅入っていた。

 

 そんな中でジルソンさんとシオちゃんに声を掛けられて、二人はティガレックスの居場所を教えてくれるのと同時にクエストを手伝ってくれる事に。

 

 

 どうしてシオちゃんが、ティガレックスの居場所を突き止める事が出来たのかは分からないけど。

 昨日、シオちゃんにとある狩り技を教えて貰った時の事を思い出す。

 

 

 獣宿し【餓狼】。

 彼女や私の中にいる獣。私の中にはあの竜がいて、シオちゃんの中には───

 

 

 

「そうですね。……えーと、それじゃ。僕はこの丘から初撃を放ちます。三人には反対側に回ってもらって、ティガレックスが僕の方を向いてから奇襲して下さい」

 パーティメンバーはヘビィボウガンが一人、私とシオちゃんは双剣、アランはライトボウガンと片手剣。

 長期戦は向かないから、奇襲で一気に流れを持っていくというのがエル君の作戦です。

 

 

「お前は一人で大丈夫なのか?」

 静かにそう聞くのは、腕を組んで立っていたアラン。

 出発前からなんだけど、彼はなんだかいつもより表情が硬かった。

 

 真剣になってるって事だとは思う。

 ただ、ジルソンさんが知っている『怒隻慧』の情報を気にしているのかもしれない。そんな事を思った。

 

 

「近寄られると焦りますけど、そのくらいはなんとかしてみせます。出来る限りは離れて、援護に徹したいですけどね。……まぁ、責任は僕達書士隊にありますから。本当は僕が前に出るべきなんでしょうけど」

 苦笑いしながらそう言うエル君だけど、もし一人で居るときにティガレックスと戦う事になったら無事でいられる保証はない。

 私達がちゃんとティガレックスを足止めしないと。その点を踏まえて、最初の奇襲はとても大切だと思う。

 

 

「ティガレックスの弱点は頭だが、正面に立つのは危険だ。とにかく側面に回り込む事を意識しろ」

 続いてアランが立ち回りの復習。

 

 ティガレックスとは前回エル君を交えて戦ったのも含めて数回戦っているから、全く知らないモンスターと戦う訳ではない。

 それでもやっぱり強力なモンスターだし、万全な状態で挑む事を怠る訳にはいかなかった。

 

 

 狂竜化していて、予想だにしない攻撃をしてくる可能性もあるし。色んな事に注意して戦わないと。

 

 

「日が沈む前に決着を付けたい。……急ぐか」

「そうですね。夜に戦うのは避けたいですし」

 二人はそう言って、竜車から降りて行く。狩りの準備、私もしなきゃ───

 

 

「───君」

「……シオちゃん?」

 ただ、竜車から降りようとした時、シオちゃんに手を掴まれて声を掛けられた。

 振り向くと、彼女は外を伺うような仕草を取ってから口を開く。

 

 

「……獣宿しは、出来るだけ使わない方が良い。……教えておいて、なんだけど」

「えーと、どうして?」

 突然そんな事を言われて、私は首を横に傾けた。あの力を上手く使えば、私だってアランの役に───

 

「……きっと、彼は複雑な気持ちになる。勿論、使うなと強制はしない。……その力が彼の答えと向き合うキッカケになるかもしれないから」

 アランの気持ち……。

 

 

 

 私の中にいる獣。

 

 

 

「……よく、考えた方がいい」

「……うん。分かった、ありがとう」

 確かにきっと、アランは複雑な気持ちになるかもしれない。私だって驚いたし、自分でもなんでこんな事になったのか理解出来てもいなかった。

 

 

「これ、狩りに役立つアイテムニャ」

「ありがとう、ムツキ。行ってくるね!」

「無事に戻って来るニャ」

 色々考えたいけれど、今は目の前の狩りに集中しないとね。

 

「エル、しっかりやれよ」

「よーし行ってこいシオ」

 皆で声を掛け合って、拠点を出発します。

 

 クエストスタートだ。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 シオちゃんの情報通りの範囲にティガレックスを見付けて、私達はエル君と別れる。

 狙撃前には打ち上げ樽爆弾で合図がくる予定だ。巻き込まれないように注意です。

 

 

 彼から見えるように移動して、ティガレックスに出来るだけ近付いてから私達はジェスチャーで合図を送った。

 目の前にいるティガレックスは、狂竜化しているとは思えない程にゆっくりと獣道を歩いている。

 

 だけど、所々に古傷が残っていて。暴れまわった形跡か、身体はボロボロになったいた。

 

 

 狂竜ウイルスは治る事はない筈だけど、どうなっているんだろう。

 ただあの古傷は私達が付けた物だし、シオちゃんが言うんだからハンターさんを襲った狂竜化しているティガレックスと同じ個体の筈だ。

 

 

 もし書士隊の人達の実験でウイルスが不安定になっているのだとしたら、とても苦しんでいる筈。

 

 私達人間もそれを無視出来ない。だから、狩りをする。私の答え。私の今の答え。

 

 

 ふとティガレックスが振り向いて、その瞳と眼があった気がした。

 同時に打ち上げ樽爆弾が上がる。視界の端で、小さな爆発が起きた。

 

 

 

 寒気。恐怖。

 心臓が跳ねる。目を背けられない。

 

 血走った瞳に自分が映って、刹那───

 

 

 

「───行け……っ!!」

 

 

 

 ───ティガレックスの尻尾から頭上までの表面を、高速の弾丸が貫いた。

 

 弾丸は鱗を弾き飛ばして身体を抉る。

 

 

 銃声か、痛覚か。

 ズレもなくエル君の居る方角にティガレックスが振り向いた次の瞬間、その身体を小さな爆発が連続で焼いた。

 

 

「───ギェェァァッ?!」

 巨体が傾く。誰が合図をする訳でもなく、その場に居た三人が同時に地面を蹴った。

 

 私とシオちゃんが左右の後ろ脚。アランは尻尾を踏んで跳躍しながら射撃、背中に飛び乗って甲殻にナイフを突き刺す。

 ティガレックスは姿勢を立て直すと同時に、背中の違和感を感じてその場で暴れ始めた。

 

 私とシオちゃんは直ぐに離れて態勢を整える。

 

 

 ひとまず最初の奇襲は成功だ。

 私とシオちゃんは息を整えながら、次の攻撃の為にティガレックスの動向を見据える。

 

 

 背中に乗ったアランは甲殻を引き裂き、肉の剥き出しになった背中の一部に銃口を突き付け───

 

 

 

「───倒れろ」

 ───引き金を引いた。吐き出される弾丸が、直接ティガレックスの肉を抉る。

 

 激痛に悲鳴を上げたティガレックスは、身体を放り投げるように横に倒れた。

 同時に息を止めて、双剣を構える。シオちゃんと二人で再び肉薄し、ティガレックスの前脚に剣を叩きつけた。

 

 

 右に左に縦に横に、一心不乱に剣を振る。

 

 シオちゃんは双剣を逆手に持って、私には見えない速度で剣を振っていた。

 目が見えていないのに、寸分変わらず同じ場所を切り続ける。

 

 アランはティガレックスの正面に立って、片手剣で回転斬り。同時に銃弾を放って、その反動を生かしてもう一回転。

 

 遠距離からの狙撃がティガレックスの甲殻を何度も弾いた。至る所から血飛沫が上がって、大きな身体が一度痙攣する。

 

 

「───グギャィァァ……」

 ───唐突に。

 

 

 巨体が持ち上がって、態勢を立て直したかと思えば、ティガレックスはゆっくりと地面に横倒しになった。

 

 

「え、倒した……?」

 こんな簡単にティガレックスが倒れるなんて。

 

 でも、現にティガレックスは襲われているのに倒れてしまっている。

 元から弱ってたから、体力の限界だったのかな。そんな事を思った。

 

 

 

「……なんだ?」

 アランだって驚いてるし、多分そういう事なんだよね。

 

 そう思った次の瞬間───

 

 

 

「……まさか───二人とも離れて!」

 ───シオちゃんが突然声を上げる。

 

 初めて聞いた彼女の大声に驚いて、私は反応が遅れてしまった。

 

 

 刹那、視界を黒が包み込む。

 

 

 ティガレックスを黒い靄が包み込んで、その靄は瞬きの間に周囲に広がった。

 嫌な感じがして、後ろに飛ぶ。突然周囲が暗くなって、開かれた瞳(・・・・・)は赤黒く光り出した。

 

 

 

「───ギォゥァァァァアアアアアアッ!!!」

 空気が揺れる。

 

 それだけじゃなくて、私の身体はその(衝撃)に吹き飛ばされて地面を転がった。

 

 

「───っぁ?!」

 音なんてものじゃない。衝撃そのものが攻撃として成り立つような、そうな咆哮。

 ティガレックスは喉から血を吹き出しながら、ある一点に狙いを定める。

 

 それは、私でもアランでもシオちゃんでもなくて近くの丘の上───エル君の居る方角だった。

 

 

 

「まずい……っ!」

 アランが閃光玉を手に取って、直ぐにそれを投擲する。

 眼前で弾ける閃光。しかし、ティガレックスは歩みを止める事もなく木々を薙ぎ倒しながら直進した。

 

 

「聞いてないだと?!」

「……アレにはもう罠も何も聞かない。……極限化してる」

 後を追いながら、シオちゃんが声を上げる。

 

「極限化?」

「な……。どういう事だ」

 私とアランもそれに続きながら、アランが手短に話せと声を掛けた。

 

 

「……普段は滅多に起きない狂竜ウイルスによる死の克服。……きっと、書士隊の実験も関係してる」

 シオちゃんはただそう言って、ひたすらに走る。

 ティガレックスは木を薙ぎ倒しながら進んでいるのに、私達は追い付けない。

 

 

 極限化。

 アランはそんな言葉を聞いて唇を噛んでいるけど、私には何の事か分からなかった。

 ただ分かる事は、ティガレックスがとても苦しんでいるという事。

 

 

 遂に眼前にエル君を捉えたティガレックスの前脚に、ヘビィボウガンから放たれた銃弾が着弾する。

 しかし、それは甲殻を削る事なく───

 

 

「───え」

 ───弾かれた。

 

 銃弾は真っ直ぐにエル君に跳ね返って、彼の頬を切る。

 一瞬目を見開いたエル君だけど、直ぐに表情を締めてもう一度引き金を引いた。

 

 

 今度はティガレックスの足場に銃弾が叩き込まれる。

 岩盤が割れて、力強く地面を踏み込んだティガレックスの前脚がそれを砕いた。

 

 

「ギェァァッ?!」

 足元が崩れて、やっとその動きが止まる。

 

 エル君はその内に丘を滑って、私達と合流した。

 

 

 

「だ、大丈夫? エル君」

「このくらい大丈夫です。……それより、アレは?」

 頬から垂れる血をぬぐいながら、エル君はシオちゃんにそう聞く。

 

 シオちゃんは狂竜ウイルスに詳しいのかな?

 護衛クエストでナルガクルガと戦った時の事を、ふと思い出した。

 

 

 

「……狂竜ウイルスによる死を克服した化物、かな。……正直、逃げた方が良い」

「逃げれたら……だがな」

 アランが睨む先で、ティガレックスがゆっくりと振り向く。

 

 動きはゆっくりなのに、身体から放たれる黒い靄が広がっていくのを見て、それだけで足が震えた。

 血走った瞳に私達を捉えた竜は、脈絡も無く地面を蹴る。

 

 

「散開!」

 誰かが叫んで、私達はその場を離れた。

 

 ティガレックスは不安定な速度で地面を踏み抜く。かと思えば急に方向を変えて、今度は信じられないような早い速度で地面を抉った。

 

 

 ───狙いはシオちゃん。

 

 

 彼女は姿勢を低くして、ティガレックスが前脚を振り上げたと同時にその下を潜る。

 本当に目が見えていないのか疑いたくなったけれど、目が見えていないからこそあんな行動に出れたのかもしれない。

 

 

 目標を見失ったティガレックスは、そんな事に構う事もなく次の獲物に狙いを定めた。

 次の狙いはエル君で、彼はそれを悟った瞬間ヘビィボウガンを出来るだけ遠くに投げ捨てる。

 

 そして、その反対側に大きく跳んだ。

 エル君の足元を踏み抜いたティガレックスは、その場で止まって彼を見下ろす。

 

 

「……っ。嘘……でしょ?!」

 持ち上げれる前脚。エル君が立ち上がる前に、私が声を上げる前に、その脚が振り抜かれ───

 

 

「───っぁぁ!」

 ───轟音を立てながら弾かれた。

 

 

 黒い靄が重なる。

 

 

 

「……シオちゃん?」

 ティガレックスの前脚を弾いたのは、同じく身体から黒い靄を出しながら瞳を赤黒く光らせるシオちゃんだった。

 

 

 ───獣宿し【餓狼】。

 

 

 己の内の獣を解放する狩技。私の中には何故かあの竜が居て、シオちゃんの中にはいったい───

 

 

 

「立てるか? いや立て!」

 シオちゃんがティガレックスを抑え込んでいる間に、アランがエル君の手を引く。

 

 同時に「離れろ!」と彼は叫んで、ティガレックスへと銃口を向け引き金を引いた。

 

 

 シオちゃんが飛び退いてから数瞬。ティガレックスの足元で拡散した弾丸が爆発する。

 拡散弾の爆炎がティガレックスを包み込んだ。しかし、爆煙を咆哮で吹き飛ばしたその身体に外傷は殆どみられない。

 

 

 

「嘘?!」

 間も開けずにシオちゃんが踏み込む。

 

 逆手で持たれた双剣を前足に向けて力強く振るけど、刃は鈍い音を立てて弾かれた。

 ボウガンの弾も、剣の刃も通らない。閃光玉も着なければ、爆発のダメージも殆どない。

 

 

「こんなの……」

 ただ怖くて、後退る。

 

 倒せる訳がない。そう思って、周りを見渡した。

 

 

 

 でも、皆諦めてない。

 

 シオちゃんはいつでも行動出来るように姿勢を低くして。

 エル君はボウガンを回収する隙を伺っている。

 

 アランだって、ただ真剣に目の前の竜に向き合っていた。

 

 

 

 私は何をしてるんだろう。

 

 戦うって決めたのに。困ってる人を助ける為に、あのティガレックスを助ける為に。───アランの為にも戦うって決めたのに。

 

 

 自分の答えなんて大層な事を言って、結局行動には移せていない。

 

 考えるだけで、答えを出そうとしなかった。だから、アランの答えにも向き合えなかった。

 

 

 私は何をしてるんだろう。

 

 

 

「俺が時間を稼ぐ、ボウガンを取りに行け!」

「はい!」

 アランがティガレックスの前に出て、エル君が走った。

 

 エル君を視線で追うティガレックスの頭を、アランが放った銃弾が削る。

 ゆっくりとアランを睨むその頭部に、一閃。刃が通って、血飛沫が舞った。

 

 しかし、もう一度振られる剣は前脚の甲殻に弾かれる。

 

 急いで頭を蹴って飛び上がりながら、ボウガンの引き金を引くアラン。

 しかし弾かれた銃弾が彼の肩を掠めて、さらに大きな顎がアランを捉えようと文字通り牙を向けた。

 

 

「……スイッチ!」

 その間にシオちゃんが割り込んで、下顎を切り上げ、蹴り上げ、軌道をズラす。

 大きな力に弾かれたティガレックスはシオちゃんを睨むけど、その背後から放たれた徹甲榴弾が足元の地面に突き刺さって爆発した。

 

 

 バランスを崩して動きを止めるティガレックス。だけど、外傷は殆ど見られない。

 

 

 

 見てるだけじゃダメ。私も何かしないと。

 

 

 そう思って足を前に運ぶ。

 アラン達も姿勢を崩したティガレックスに攻撃していた。私も加勢して、それから───

 

 

 

「待てミズキ、来るな!」

「───え?」

 突然シオちゃんが離れて、アランが声を上げる。

 それでも私の足は止まらなくて、そんな私の身体をアランが弾き飛ばした。

 

 

 アラン……?

 

 

 

「───ギェォェェェァァァァアアアアアッ!!!」

 放たれる衝撃。

 

 アランに突き飛ばされた私は、ただ地面を転がる。

 シオちゃんもエル君も既に衝撃の範囲外にいて、だけどアランだけはティガレックスの正面で衝撃を諸に受けた。

 

 

「───っがぁ゛?!」

 私より強く地面を転がって、アランは薙ぎ倒された木の根元にぶつかる。

 直ぐに駆け寄ると、彼は両耳から血を流しながら表情を歪ませていた。

 

 

「あ、アラン! アラン!!」

 そんな……わ、私のせいで。

 

 戦うって決めたのに……。

 

 

 

「……前を、見ろ……っ!!」

「……ぇ?」

 振り向いた先に、鋭い牙が映る。

 

 それを止めようと前に出たシオちゃんは、強靭な前脚に簡単に弾き飛ばされた。

 

 弾丸がティガレックスの甲殻を削って、小さな爆発を起こす。

 一度動きを止めたティガレックスは、突然振り向いて前脚を振り抜いた。抉られた岩盤が、エル君を襲う。

 

 

 

 私は何も出来なかった。

 

 

 

 暗雲が空を覆って、倒れた皆が声を漏らす。

 

 

 

 

 逃げろって。逃げてって。

 私だけ何もしてない。いや、邪魔をしたのに、皆そんな事を言うんだ。

 

 

 

 

 

 

 なんでハンターになったんだっけ。

 

 

 

 

 モガの村を守りたかったから?

 別に、私は居なくても良かったと思う。イビルジョーが来るまで問題はなかったし、イビルジョーだってアランが倒した筈。

 

 

 

 だから、本当に、ただなんとなくだった。

 

 お世話になってるお父さんに恩を返したい。ムツキと一緒に何かしたい。村の為に何かしたい。

 モガの村のハンターさんみたいに、誰かに頼られたい。格好良いって思ったから。本当に、ただそれだけの理由。

 

 

 モンスターの事を分かりたいとか、気持ちが知りたいとか、どう関わるのが正しいかとか。そんな事考えた事はなかったと思う。

 

 

 

 生き物を殺すって事にただ抵抗があった。

 

 それはきっと、私がハンターという仕事に対して真剣に向き合ってなかったからだと思う。

 

 

 

 

 だけど、アランに出会って変わったんだ。

 

 

 

 

「アラン、私ね」

 モンスターの命の事を考えたのは、彼に出会ってからだと思う。

 

 ただ、殺してしまうのが可愛そうだと思っていた命。それを奪い合う事の意味が分からなかった。

 

 

 殺す事が間違いだとすら思っていて、ジャギィを殺してしまうアランの事を酷いって思った事も覚えてる。

 その後ドスジャギィの事を助けたアランを見て、彼は本当は優しいんだって思った。

 

 

 

「モンスターと戦う理由をずっと考えてた」

 でも、それは違うくて。

 

 

 

 彼はハンターとして、真剣にモンスターのいのちと向き合っている。

 本当にただそれだけの事で。でも、ただそれだけの事がどれだけ素敵な事か。

 

 

「殺さないと、私達が困ってしまうからって思ってた」

 モンスターが及ぼす被害を抑える為。きっと、本質は間違ってない。

 

 

 でも、違うと思った。

 

 

「私達人間が安全に暮らす為にかなとも、思った」

 それも違う。

 

 

「モンスターと高め合う為、モンスターが怖いから憎いから、モンスターの事が知りたいから。そんな考えも、いろんな考えもあるって知って。……でも、私の答えは見つからなくて」

 モンスターの生命と真剣に向き合うという事がどういう事か、分からなかった。

 

 

 

 

 モンスターを殺す事も、殺さない事も間違いじゃないって知って。

 

 竜と絆を結ぶ人達も、本当に居るんだという事を知って。

 

 それでも人間は、身勝手な生き物だって知って。

 

 

 

 

「正直、まだモヤモヤしてる」

 モンスターを憎んでる人も居て。アランですら、モンスターを憎んでて。

 

 それを間違いだと思ってしまうのは簡単だけど。

 それを理解するのは、とても難しい。

 

 

 

 私は───私達は、なんでハンターをしているんだろう。

 

 

 

「でも一つだけ、ハッキリしたんだ」

 どうしてハンターになったのか。

 

 

 

「分かった事が一つだけあるんだ」

 色んな人に出会って、色んなモンスターと関わって。

 沢山の考え方と向き合った。アランの考え方とも向き合いたい。

 

 でもまだ足りなくて。

 

 

 私はもっと沢山の人やモンスターと関わりたい。

 

 

 何故か。

 

 

 何故ハンターになったのか。

 

 

 何故ハンターをしているのか。

 

 

 

 私の答えは───

 

 

 

「───私はただ、生きたいんだ」

 生きて、いのちと真剣に向き合いたいんだ。

 

 

 真剣にモンスターの命と向き合う。そんな、とても素敵な人が居て。

 彼に憧れて、たったそれだけの───本当に素敵な生き方に憧れて。

 

 

 私達が、私が生きる為に、他のいのちと真剣に向き合う。

 

 

 

 確かに人間は身勝手かもしれない。自然の理から外れてしまっているかもしれない。

 

 

 

 だからこそ。

 

 

 

 だからこそ、そんな私達が生きる為に、モンスター達の生命と、私達の命と真剣に向き合いたいんだ。

 

 

 

 私は生きたいんだ。

 

 

 

 

「だから───」

 瞳を閉じる。

 

 ティガレックスは首を持ち上げて、その大口を開いた。

 

 

 

「───私が生きる為に、あなたを狩る」

 ───ハンターとして。

 

 私のいのち、皆の命、あなたの生命と向き合う為に。

 

 

 

 ───モンスターハンターとして。

 

 

 

 

 その為の力。

 

 

 

 私の中に眠る獣の力。

 

 

 

 私の中にいる竜の力。

 

 

 

 私の中にあなたがいる理由は分からない。

 

 

 

 

 でも、あなたのいのちとも向き合う為に───

 

 

「……な?! み、ミズキ……お前」

 私の視界から、色が消えた。

 

 

 

 白と黒と赤だけの世界。

 

 

 

 今だけは、自分のするべき事が分かる。

 

 

「獣宿し【餓狼】」

 ───力を貸して欲しい。

 

 

 

 

「怒隻慧……」

 怒隻慧───イビルジョー。




こんな単純な答えを書くために何話掛けたのか。それでも、私個人としてはとても大切な事だと思ってます。

例えばこの時期増えてくる蚊とかってなんらかの処理をすると思うんですよ。きっと、何も考えずに。そんな時、この作品を通じて何か少しでもいのちの事を考えて貰えたらなって、そんな事を思います。
勿論作品で語った通り殺す事を間違いだなんて言いません。ただ、目の前の亡骸も必死に生きていた生き物なんだって、たったそれだけの事を書くために六十話程使いました。

さて、それじゃこの作品は終わるのか?
まだミズキの答えが出ただけです。申し訳ないですけど、まだお話は続きます。


さてさて、実は先日かにかまさんより二点もファンアートを頂きました。ここで紹介させて頂きます。


【挿絵表示】

一点目、ミズキとムツキです!尊い。背景まで綺麗で、とても素敵です。


【挿絵表示】

二点目、アラン!誰だこのイケメン?!?!格好良すぎる。震えますよぉ、なんだこれは!!!

いや、本当とても素敵なファンアートありがとうございました!!


そんな訳で物語が少し進んだ今作。ミズキのちょっとした謎にも触れていく事になります。
そんな中でついに彼女の力が解禁されました。獣宿し【餓狼】。使用時のイラスト描いて見ました。イメージの足しになれば幸いです。

【挿絵表示】


それでは、次回もお会い出来ると嬉しいです。読了ありがとうございました。

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