モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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大切な妹とボクの過去

「ムツキ君ならギルドに連行されてますよ」

 貼り付けたような笑顔でウェインがそう言う。

 

 

 ミズキと二人で軽い狩猟クエストをこなして来た帰り。用事があると残ったムツキはギルドナイトに連行されていた。

 アイツはアレか、目を離すと何か悪い事をしないと気が済まなくなるのか。

 

 

「む、ムツキ……」

「迎えに行ってやるか」

 デジャヴを感じながらも、俺は心配そうなミズキにそう言ってやる。

 

 

 ───さて、今度は何をしたのか。

 

 

   ■ ■ ■

 

 ふと思い立ったというよりは、計画的な犯行だった。

 自分でも本当に悪い猫だとは思う。

 

 

 あの日、ギルドナイトに捕まった日にボクはタンジアギルドの裏方に連れて行かれたんだけど。

 部屋の奥に資料室があるのを見付けていた。

 

 もしかしたら、あの場所にはあの時(・・・)の記録が残っているかもしれない。

 そう思うと気になって仕方がなくて、ボクはミズキ達に嘘を付いて一人の時間を手に入れる。

 

 

 タンジアギルドで二人を見送ってから、手頃な職員の鍵をくすねた。

 気付かれないようにギルドの裏方へ回って資料室を探す。

 

 

 関係者以外立ち入り禁止。

 そう書かれた看板を細めで見ながら、ボクは周りに誰もいない事を確認して部屋の中に入った。

 

 

 

「……んにゃ」

 視界に入るのは膨大な量の紙。

 

 棚に敷き詰められた資料の一つに目を通すと、二十年は前の記録だと思われる物まで残っている。

 これなら十年前くらい前の記録でも残っている筈だ。

 

 ただ、膨大な量の資料にボクはどうしたら良いのか分からなくなる。

 虱潰しに見ていくとしても、不法侵入している身だからそんなに時間はない。

 

 

 

 どうしたものかと唸っていると、ふと廊下から足跡が聞こえてきた。

 部屋に入って来られるとマズイ。ボクは焦って机の下に隠れる。

 

「あらぁ〜? 鍵が開いてるじゃない。不用心な事ね」

 次の瞬間、扉が開かれて女性の声が部屋に広がった。

 ボクは息を殺して、早く帰れとただ願う。

 

 

 視界に入る紺色のコート。

 服装からしてギルドナイトだ。捕まったら───島流し。

 

 

 全身の毛が逆立って、ボクの身体は嫌でも震える。お、お、お、落ち着けボク。見付かったら最後だぞ。

 

 

 危険だったのは承知の上。

 それでもここに調べに来た理由があるんだ。

 

 

 

 ───お兄ちゃん!

 

 

 

 小さな()の声が脳裏に響く。

 ボクの大切な妹の声が。もうこの世にはいないボクの大切な妹の声が。

 

 

 

「まったく、鍵の掛け忘れなんて危ないわねぇ。もし犯人(・・)を見付けたら二度と小便が出来ない身体にしてあげなくちゃ」

 何怖い事言ってんのこの人ぉぉ……っ!

 

「ギルドの資料室には色々秘匿な資料も残ってるのよねぇ〜」

 何故か独り言を話し出すギルドナイト。早く出て行ってくれ……。

 

 

「そんな資料室に───」

 ふと、視界が暗くなった。目の前をコートが覆い、次の瞬間下を覗き込んだ女性のギルドナイトと目が合う。

 

 

「───何の用かしら、泥棒猫君」

「ひぃぃっ!!」

 見付かった。

 

 理解するが早いか、ボクは全力で駆け出す。怖い! ギルドナイト怖い!!

 

 

 だけど、何故かボクの脚は宙に浮いて地面を蹴る事が出来なかった。

 

 

 

「逃すわけないじゃない。……さて、あなたの小さなソーセージってどんな形をしてるのかしら」

 首根っこを掴まれて空中に釣り上げられるボク。ギルドナイトはボクの股間を覗き込みながら、舌で唇を舐める。

 

「ひ、ひぃぃっ!! 去勢されるニャぁぁ?!」

 ボクは目一杯抵抗するけれど、それは全くの無意味だった。

 

 

 あぁ……まさか島流しよりも恐ろしい目に合うなんて。これじゃモガの村に帰ってもミミナと───ってそういう問題じゃない!! なんとか逃げないと!! なんとか逃げないとぉ!!

 

 

「あぁ? 何やってんだお前」

 そんな事を思っていると、何故か聞き慣れて来た声が耳に入る。

 

 ふと声のする方に視線を向けると、そこには目が隠れるくらい長い赤髪の男が立っていた。

 着崩されてはいるが髪と同じ色のコートは、ギルドナイトの物である。

 

 

 ───島流しのギルドナイト!!!

 

 

 やばいのに見付かってしまった。このままではボクは去勢された挙句島流しに合うことに。

 もう恐怖で漏らしそう。どうにもギルドナイトは優秀過ぎるというか、関わるとろくな事がない。

 

 ……終わった。

 

 

 

「資料室に入り込んでたのよこのネコちゃん。私が去勢しておくわ」

「待て。そいつぁ俺のオトモだ」

 え? コイツ、何を言って……?

 

「……ニャ?」

「あら、そうなの?」

「おうそうともよ。……人のネコの首掴んでんじゃねーよ、とっとと離せ」

 男がそう言うと、ボクは優しく地面に降ろされる。

 

 

「ふふ、久し振りに美味しそうなバナナが取れたと思ったのに───残念」

 そんな風に不適に笑う女性は集会所に戻って行った。一安心したボクは、何故かまた首の後ろを掴まれて宙吊りになる。

 

 

「また島流しにされに来たようだなぁ、ネコ」

 ……ですよねー。

 

「嫌ニャぁぁ!! 誰か助けてぇぇ!!」

 悲痛の叫びが廊下に響くが、助けなんて来るわけがなかった。

 

 

 

 

「いやぁ、この世界は本当に……何が起こるか分からねぇよなぁ?」

 その後、ボクは当たり前のように檻の中に。ここ、何度目だろうか?

 

「……ほ、本当ニャ。いや、ボクもどうしてこんな事になったか自分で聞きたいくらいニャ」

 そしてこのやり取り、デジャヴを感じる。檻の中の床冷たい。

 

 

「……アホか」

「いや、違うんだニャ。これには深い訳が」

「どんな訳があろうが不法侵入は不法侵入よ。大人しく流されろ」

 ひぃぃ!

 

 

「……で、何が知りたかった訳よ」

 しかし、突然ギルドナイトの男はボクの顔を覗き込みながらそう言ってきた。

 

「ど、どういう事ニャ……?」

「いや、あそこに入ったって事は何か盗みに来たんじゃなくて何か調べたい事───知りたい事があった。そうだろ?」

 口角を吊り上げながら、男はそう言う。も、もしかして───

 

「───見逃してくれるのかニャ?!」

「んな訳ねーだろ、もうテメェは島流しだ」

 世の中甘くない。ボクはその時確信した。

 

 

 天国の妹よ、そしてシズミよ、今行くよ。

 

 

「……タンジアの近くに昔、メラルーの集落があったニャ」

「ほぅ」

 意を決したボクは、知りたかった事を知る為にギルドナイトの男に口を開いた。

 

 

「ボクはその集落の一員で、平和に暮らしてたんだニャ。それがある日───」

 それはボクがまだタンジアに住み始めて泥棒を働く前の事。

 タンジア近くにあったメラルーの集落で過ごしていた時の事。

 

 

   ■ ■ ■

 

 メラルーという種族は、アイルーと違って人間とあまり友好的ではない。

 

 

 ボク達はただ種族的な特徴として手先が器用で、人から物を奪うのが得意である。

 故に狩場に出てくるハンター達からアイテムを良く奪ったりしていた。

 

 でも、それはボク達にとって当たり前の事で。それがボク達の生き方で。

 

 

 変えようもないし、変えるつもりもない。

 

 

 

 ───だけどハンター達は違う。

 

 

 ボク達の生き方なんて知らない、モンスターの生き方なんて知らない。

 そうやって、自分達の為に命を奪うんだ。

 

 ボク達がしてきた事も確かに彼等がした事と同じ事だと思う。

 

 

 

 何かを奪い合って生きているのが生き物だ。

 

 

 

 だから、それを否定する気はない。

 生き物は何かを奪って生きている。それが生きるという事だ。

 

 

 

「助けてにゃ! 助けてにゃお兄ちゃん!」

 ───ただ、それは本当に必要だったのか?

 

 

 この時の事を思い出す度に、ボクはそう問い掛ける。

 

 

「や、やめろニャ! やるならボクをやるにゃ!!」

 ボクには幼い妹がいた。家族も、集落の仲間もいた。

 

 突然集落に現れたハンターは、そんなボクの仲間達を小さな剣で殺していく。

 たった一人のハンターだった。でも、その小さな剣でもボク達の命なんて簡単に奪う事が出来る。

 

 

 

 そうして、何匹もの仲間の命が一人のハンターに奪われた。

 

 逃げる事も許されず、遂にボクの妹が捕まってしまう。

 

 

「何言ってるか分からんが、ニャーニャーうるせぇな。悪いがこっちは仕事なんだ」

「い、嫌にゃぁ! お兄ちゃん!」

 泣きながら暴れまわる妹の喉元をハンターはなんの躊躇もなく切り裂いた。

 瞳孔を開いて倒れる妹。駆け寄ろうとするも、ハンターは妹の小さな身体を蹴り飛ばす。

 

 

「───っ」

 ボクは直ぐに妹の元に駆け寄った。頭を抱き抱えるけど、苦しそうな表情が見て居られなくて目を逸らす。

 

 

「……に……ぢゃ───」

「……っぁ、ぁ……ぁあ……っ!」

 涙を流しながら、妹の身体から力が抜けた。

 

 軽くなった身体は、ボクの手からまるで人形のように崩れ落ちる。

 もうそれは、二度と動く事はなかった。

 

 

 

 生き物は他の生き物から何かを奪って生きている。

 

 己の糧を得る為に。己の住処を得る為に。

 

 

 

 

 それじゃあ───

 

 

 

「───なんで、奪ったニャ」

「なんで? って顔してるな。邪魔だからだよ」

 その男がボク達の命を奪った理由が、ボクには分からなかった。

 

 

「なんで奪ったんだニャ!!」

「お前らメラルーは俺達人間にとって邪魔なんだよ」

 小さな剣が向けられる。

 

 ボクはそれを奪って、逃げた。

 

 

 

 昔から人から何かを取るのは得意だったから。

 

 

 

 集落を失ったボクはそうやって生きるしかない。

 

 

 

 生き物は他の生き物から何かを奪って生きている。

 

 

 

 でも、ずっと考えていたんだ。

 

 

 

 この時あのハンターは───

 

 

   ■ ■ ■

 

「───あの時あのハンターは、何が目的でボク達の命を奪ったんだニャ。人間がモンスターを……ボク達を殺す事を悪いって言ってるんじゃないニャ。……ボクは、生き物は何かを奪って生きているものだって……そう思ってるから」

 シズミにも言った通り、ボクの考えは変わらない。

 

 

 奪う事を悪い事だと思ったりなんてしない。それが生き物なんだと、むしろボクはそう考えている。

 でもやっぱりあのハンターの行為だけは理由が分からなかった。

 

 

「……成る程ねぇ」

「あのハンターはボク達の事を邪魔だと言っていたニャ。……それは、ボク達の縄張りが欲しかったって事かニャ? それも、集落を皆殺しにするくらいに」

 ボクがそう聞くと、ギルドナイトの男は少し黙り込む。

 

 

 ただ、赤い髪の向こう側にある瞳はなぜかボクを哀れむように見下ろしていた。

 

 

 

「人間ってのはなぁ、そんな自然的摂理では動かねぇのよ」

 そして、ギルドナイトは他所を見ながらそう言う。

 

 

「ど、どういう事ニャ。何か知ってるのかニャ?!」

「いや? だがなぁ、調べなくても分かんだよ。人間ってのは自然の摂理なんかよりよっぽど簡単だ」

 ボクは男が何を言っているのか分からなかった。

 

 

 簡単?

 

 

 何が?

 

 

「……ただ、邪魔だったって事だ」

 そして、男はあの時のハンターと同じ事を言う。

 

 でも、それは疑問の答えにはなっていなかった。

 

 

 

「……なんで邪魔だったんだニャ?」

「そりゃお前ら、人の物奪うだろ」

「そ、それはそうだけどニャ……」

 それだけで? いや、まさか、そんな───

 

 

「それに、増え過ぎると夜な夜なうるさい。うんこや小便が臭い。人が釣った魚を奪う。人間様はなぁ、そんなお前らが邪魔で邪魔で仕方がない。……だから殺した、それだけだ」

「な、何を言ってるんだニャ……」

 そんな事で……?

 

 

 

 そんな事でボク達メラルーを殺したのか?

 

 

 

「お、お前ら人間だって増え過ぎたら他の生き物の住処まで奪うじゃにゃいか! 生き物の命まで自分の都合で奪うじゃにゃいか!!」

「……それなんだよなぁ。人間様は己の都合で平気で生き物の命を奪えちまうのよ。それが出来ちまう。お前らも思った事はねーか? 集落の近くに大きなモンスターが現れたら、うんこは臭いし食べ物は奪われるし、なにより危ない。……居なくなれって思った事はないか?」

 そんな事───あるに決まってる。

 

 

「……そんな事思っても、ボク達にはどうしようもないニャ」

「そうだよなぁ? ところがギッチョン、人間様はそれが出来ちまう。近くにいたら危ないからぶっ殺せ、あの生き物のうんこが臭いから殺せ。毒を持った生き物が居る? 殺せ。目の前を小さな羽虫が飛んでいてうるさい? 殺せ。シロアリが家を食っちまう? 殺せ。虫を見ていて気持ち悪い? 殺せ。なんか殺すと面白そうだ! 殺せ! 夜中にニャーニャーうるさい? 殺しちまえ! ……人間様にはそれが許されようが許されまいが出来ちまう」

 開いた口が塞がらなかった。

 

 

「人間様はなぁ、そういう生き物なんだよ」

「それじゃ……ボクの集落は?」

「人間にとって邪魔だから、殺しただけだ。良くある話よ。……最近だとなぁ、雇いネコ同士で増えないように去勢するって話もあるのよ。増え過ぎて養えなくなったネコを捨てたり、それこそ焚き火の薪にするくらい簡単に殺したり。……人間様ってのは、そういう身勝手な生き物な訳よ。俺達はなぁ、もう自然の理から離れてるって事だ」

「……なこと───」

 悲しくはない。

 

 

 元々、人間なんて嫌いだったから。

 

 

 それでも、それだけは認めちゃいけない。

 

 

「───そんな事ない筈ニャ……っ!」

 だからボクは叫ぶ。

 

 認めちゃいけない? 認めたくない?

 

 

 分からないけれど、ボク達がモガの村から出てから───あの男と大切な()が探している道だけは否定する事は出来なかった。

 

 

 

「人間だって、まだ自然を生きてる筈ニャ! 少なくともアイツやミズキは……っ! ボク達モンスターとどう関わるのが正解なのか今だって探しているニャ!!」

「それこそ人間様の勝手な自惚れよ。自分がどうすれば自然の理に反していないか考えてるってか? それこそ自然の理の外に居るって証拠じゃねーか」

「にゃ……」

 反論が出来ない。

 

 

 

 まさしくその通りで、男は正しい事を言っている。

 

 

 

「その二人がどうであれ、他の人間様はそういう生き物なんだよ。人間様は他の生き物と違って個体差で考え方が全然違う訳だ。……他の生き物がどう思ってようが、人間様はこう思う。……邪魔なんだよ、死ね」

 そしてそれが許されるのが人間で、それが出来てしまうのが人間だった。

 

 

 

 それはボクが思っていた──生きる為に奪う──とは全く違う。

 

 

 

 それが、人間。

 

 

 

「……さて、分かったらこの話はおしまい。はい、島流しの時間」

 男は牢獄の扉を開けると、僕の腕を縄で縛った。

 

 

 抵抗する気も起きない。

 

 

 

 人間という生き物に絶望してしまったからか?

 

 

 

 ミズキの所に戻ろうって、そう思えない。

 

 

 

 

「───ムツキ!」

 ただ、声が聞こえる。

 

 

 大切な()の声が。

 

 

 

「お、件のご主人様のご到着かぁ? でもおせーよなぁ。もうコイツの島流しは確定」

 そう言いながら男はボクをたらいに乗せた。こんなの普通に海に沈むんだけど。殺す気満々なんだけどこの人。

 

 

「ぇ、えと、ムツキをどうするつもりですか?!」

「だから言ってるじゃねーか、島流しだって。……人間様の物奪ったり、勝手に入っちゃいけない場所に入ったら、そりゃこうなるだろうよ?」

 ミズキが慌てて止めようとするけど、男はそんな彼女を無視してボクを海岸まで連れて行く。

 

 

 

 待って、ちょっと高くない?

 

 

 

 ギルドの建物の上からだからか、海面までは三メートルくらい。あの、ここから落としたらたらい意味ないよ?

 

 ボク泳げないからね?

 

 

 

「む、ムツキ何したの?!」

 焦った表情でミズキはそう聞いてきた。

 

 ……そう言われても、弁明の余地もない悪い事しかしていない。

 

 

 

 いや、悪い事なのだろうか?

 

 

 人間が仕切った場所に入る事すら、悪い事なのだろうか?

 

 

 もう、何がなんだか分からなくなる。

 

 

 

「……おい小娘」

「……はい?」

「お前、泳げるか?」

「え、泳げますけ───」

「はい、さようならぁ!」

 ミズキと会話しだしたと思った矢先、男はたらいと一緒にボクを海に落とした。

 

 悲鳴をあげる暇もなく、たらいはなんの意味もなく、僕は海に沈んでいく。

 

 

 

 

「でもよぉ、ネコ。確かに人間ってのはそういう生き物だが。……こんな奴もいるんだってなぁ」

 

 

 

 

 

 ───ただ、大切な妹が視界に映った。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「───ケホッ、ケホッ……ケホッ。む、ムツキ! 大丈夫?!」

 目を薄っすらと開けるムツキの身体を揺すりながら、私はスボ濡れの彼に声を掛ける。

 

 

 ムツキは泳げないのに突然海に落とされちゃって、本当にビックリした。

 助けられて良かったけど……。ギルドナイトの人がした事が信じられない。あんな酷い事するなんて。

 

 

「……ミズ……キ?」

「良かった……。ムツキ、大丈夫?」

「……んにゃ」

 小さく返事をしたムツキは、姿勢を起こして身体を目一杯震わせる。

 水が飛び散って、辺りの床を濡らした。よくよく思えば私もびしょ濡れです。

 

 

「……た、助けてくれてありがとニャ」

「ど、どうかしたの? 元気ないよ?」

 普段なら、もう少し元気に「あの野郎いきなり落としやがって! 許さないニャ!」くらい言いそうだけど。

 ただムツキは下を向いて、何かを考えているようだった。

 

 

「……ムツキ? あのギルドナイトさんに何か言われたり、酷い事されたの? うーん、でもね、ムツキも悪い事しちゃったのなら───」

「ボクはなんにも悪い事なんてしてないニャ!!」

 ただ、私の声を遮ってムツキは大声を上げる。

 

 

 強く握られた手は震えていて、鋭い瞳は私の事を睨み付けていた。

 

 

「ムツキ……?」

「……っ。……ぼ、ボクは、悪い事なんてしてないニャ。人間の方が、よっぽど悪い事をしてるニャ! ボクなんかより、ボク達なんかよりよっぽど───」

 ムツキが何を言いたいのか、少し分かった気がする。

 

 

 だってそれは私がたまに思う事だったし、きっとこれまでムツキも思っていた事だったから。

 

 

 

「そうだね」

「───ニャ」

 だから、私はその小さな身体を抱き締めた。

 

 

 震える身体は濡れていて冷たい。

 だから少しでも温まるように、ゆっくりと撫でて水分を出来るだけ飛ばしていく。

 

 

 

「……私達は身勝手だよね。分かってるよ」

「……そ、そんな事。……ち、違うニャ。ミズキだけは!」

「そんな事あるんだよ。私だって、人間だもん。……ムツキは覚えてる? 私が一人でリオレウスを倒しに行こうと勝手に森に入った時の事」

 もうだいぶ前のような気がするけれど、私はあの時の事は忘れられない。

 

 

「……お、覚えてるニャ」

「私ね、あの時は凄くリオレウスが憎かった。……絶対に許さない。……殺してやるって、そう思ってたと思う」

 心では村のため、森の生態のため、そんな事を思っていた。

 けれどやっぱり一番大きかったのは、ダイミョウサザミさんを殺されてしまった事への復讐心だった思う。

 

 私が悪かったのに、それを全部リオレウスのせいにして。

 あの時アランに何も言われなければ、きっと私はあのままリオレウスと戦っていた。

 

 

「……身勝手でしょ?」

「そ、それは……」

 声を小さくして、ムツキは項垂れる。

 

 意地悪みたいだけど、でもこれだけはちゃんと言いたかった。ごめんね、ムツキ。

 

 

 

「私達は身勝手だよ。どんなに理由を付けたって、その中に自分の気持ちが入っちゃう」

 そのモンスターが危ないから討伐する。でもハンターの中にはモンスターを憎んでる人だっている筈だ。

 畑が荒らされちゃうから討伐する。畑を荒らされて、モンスターに怒ってる人だっている筈だ。

 食料として討伐する。別にそのモンスターじゃなくても良いのに、ただ気分でそのモンスターを食べる為に殺す人だっている筈だ。

 

 

 私達人間は、そうやって気持ちで───こころで動く事が多い。

 

 

 

 そういう生き物だから。

 

 

 

「……ミズキ。……ニャ?」

「私もだよ。色んな事思うけど、でも……もし大切な人がモンスターに殺されちゃったりしたら───私もアランと同じ事を思うかもしれない」

 あのモンスターだけは許さない。絶対に殺してやるって。

 

 

 アランのそんな気持ちが私は嫌なのに。

 

 

 その気持ちを否定する事は出来ない。

 

 

 難しいよね。

 

 

 

「───それでも、だからこそ、私達は考える」

「……考える?」

 ゆっくりとムツキを離して、私はその瞳を真っ直ぐに見つめる。

 これだけはしっかりと伝えたいから。

 

 

 

「気持ちで動いてしまえるからこそ、私達の身勝手を自分達で考えられる。きっと皆が皆考えるような事じゃないし、私だってアランに出会わなかったら考えもしなかった。でも、そのきっかけは何処にでもあるから、誰だって考える事が出来る筈」

 むしろ誰だって考えられる事の筈だ。

 

 

 だって私達には心があって、知恵がある。

 

 

「私達人間は身勝手だよ。だからこそ考えたい、私達がこの自然とどう付き合えば良いか。……まだ分からないけど、人それぞれで答えは違うかもしれないけど。───きっといつか答えは出るから」

「ミズキ……」

 私達はずっと一緒だったよね。

 

 

 だからこれからも、一緒にいて欲しい。一緒に考えて欲しい。

 

 

 だってムツキにも心はあるし、むしろムツキの方が頭が良いんだから。

 

 

 

「───だから、一緒に考えよ? 身勝手な妹からの、一生のお願いです。お兄ちゃん」

「……バカのくせに、色々考えるようになっちゃってニャ」

 ひ、酷い。

 

 

「……知らない内に成長してたんだニャ」

「むぅ……」

 そこまでバカかなぁ……。

 

 

「でも、まだまだバカで身勝手で……可愛い大切な妹だから。───まだ面倒見てやるニャ。一緒に、考えよう」

「……うん」

 きっと答えは見つかるよ。

 

 

 

 

 だって私にはムツキが居るんだから。




この作品が『そのきっかけ』になったりすると、嬉しいなって。
さて、ちょっとした社会問題のお話でした。動物の殺処分の話とか聞くと、人間が嫌になっちゃいます。

あと作中回想のシーンですが、ハンターはメラルーの言葉を理解していない描写として書きました。メラルー語で話していた設定ですね。

さて、そろそろ四章も大詰め。物語を動かして行こうかな。


前回また評価をいただいて、遂に目標まで二人になりました。頑張りますよ!

それでは、次回もお会いできると嬉しいです。読了ありがとうございました。

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