モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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トレジャーハンターと宝の好敵手

「だから、彼奴(きゃつ)は我輩が討伐すると何度も言っているではないか」

「黙ってろヘタレハンター。そう言って何年も爆鎚竜を放置しているらしいな」

 小さな酒場で、短い茶髪と顎髭が特徴的な中年男性と四人のハンターが言い争いをしていた。

 

 

「ウラガンキン一匹を倒すのに何年掛かる気だよ、ヘタレハンター」

「戦うのが怖くて逃げ続けてるんだって? こんなヘタレが村を守ってたんじゃ、いつ村が襲われてもおかしくない」

「お前みたいなヘタレが居るから、モンスターに家族を奪われる人達が後を絶たないんだ」

 四人のハンターさんは一様に男性に詰め寄って、そんな言葉を叩き付ける。

 

 

 私はムッとして足を前に出すんだけど、男性本人が片手で私を制した。

 

 

 

「ヘタレとは心外な。我輩はヘタレなどハントしていない、我輩がハントしているのはロマン! 男の夢! 宝である! そう、我輩は───トレジャーハンターなのだ!!」

 男性───ヴィンセントさんは四人のハンターに向けてそう答える。

 

 意味合いが変わっている事にムツキが苦笑いするけれど、なんだか私はそんな彼が格好良くも見えた。

 

 

「我輩がヘタレをハントするハンターというならば、ヘタレしかハントしないハンターというならば、確かに村は危険かもしれぬな」

 惚けるようにヴィンセントさんはそう言う。

 

 彼のそんな態度に、四人のハンターさんは苛立ちを見せるかのように私達を睨み付けた。

 

 

 

「……ケッ。まぁ、良いさ。こっちはギルドからの正式な依頼で来てるんだ。邪魔はさせないぜ。ほらよ受付嬢ちゃん、依頼書だ」

 ハンターさんの一人はそう言うと、村の受付嬢さんに一枚の紙を見せ付ける。

 

 ギルドからの狩猟依頼書。

 ターゲットは爆鎚竜───ウラガンキン。

 

 

 

「え、えーと……。ヴィンセントさん……?」

「君は君の仕事をしたまえ、マドモアゼル。我輩は何があってもこの村のハンターであるぞ」

 依頼は受託されて、四人のハンターさんは火山に向かう準備をしだした。

 

 

 この村の近くに縄張りを持つウラガンキンは、ヴィンセントさんの良きライバルだった筈。

 ウラガンキンは人を直接襲う事は少ないモンスターだから、近くに縄張りを持っていてくれた方が村にとってはむしろ安全だった筈なんだけど……。

 

 そんな事を思っていたのはヴィンセントさんだけみたいで、ギルドは何年も縄張りを持ち続けるウラガンキンを危険視して討伐する事を決めたらしいです。

 

 

 ヴィンセントさんはそれで良いのかな?

 

 

 ふと顔を見てみると、彼は唇を噛んで手を強く握っていた。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 火山に隣接するとある小さな村。

 炭鉱が盛んなこの村には、少し前にアランと一度来た事がある。

 

 

 装備を強化する為にカブレライト鉱石を探しに来て、その時に火山を案内してくれたのがヴィンセントさんだった。

 

 

 お宝を探しながら、この村に近付くウラガンキンを追い返し続けていたヴィンセントさん。

 

 ウラガンキンは比較的おとなしいモンスターで、村を態々襲いに来る可能性が少ない。

 ヴィンセントさんはそんなウラガンキンを倒さずに追い返して、これまで村の安全を守っていていたんだけど。

 

 

 ……どうしてこうなっちゃったのかな?

 

 

 

「……いやぁ、しかし、申し訳ない。我輩も色々あーだこーだ言ってみたのだがな。君達が来るまで足止めも叶わなかった」

 ハンターさん達が火山に向かってから二時間後。

 

 宿泊先で荷物の整理を済ませて、ご飯を食べる為に私達は再び集会所へやってくる。

 以前のような明るさのないヴィンセントさんは、そう言って私達に頭を下げた。

 

 

「あ、頭をあげて下さい! 私達何も出来なかったですし……」

 なんだかちょっと寂しいなぁ……。

 

 

「無駄足だった訳かニャ」

「ムツキー」

「じょ、冗談だニャ」

 そもそも私達が今回、またこの村に来たのはヴィンセントさんに呼ばれたからなんです。

 

 

 村に知らないハンターがやって来て、我輩の好敵手を屠ろうとしているのを止めたい。

 そんなヴィンセントさんの手紙を読んで急いで来てみたんだけど、私はなんの役にも立てなかった。……ショックです。

 

 

 

「アンタの見立てで良いんだが、あのウラガンキンをさっきの四人は倒せると思うか?」

 何かを考えながらヴィンセントさんにそう聞くアラン。

 

 さっきのハンターさん達は今頃ウラガンキンと戦っている時間かな?

 

 ヴィンセントさんとウラガンキンは共生さえしないけれど、お互いを高め合うような、そんな関係だった。

 私はそんな関係がとても素敵だと思っていたんだけど、それを良く思わない人達も居るらしいです。

 

 

 

「……彼奴は強いが、四人相手では部が悪いだろうな。問題無く討伐されるだろう」

「そんな……」

 ヴィンセントさんはそれで良いのかな……?

 

 

「……あんたはそれで良いのか?」

「……。……我輩と彼奴はかれこれ十年以上戦って来た」

 え、そんなに……。

 

 

「で、なんだ。以前君達がここに来てからというもの、彼奴は凄まじく強くなってな。我輩も押し負ける事が増えて来たのである」

 ヴィンセントさんはハンマーの使い手で、大きな顎を持つウラガンキンと互角に戦っていたのを思い出しました。

 攻撃をイナシながら戦うヴィンセントさんはとても強かったと思うけど、ウラガンキンもとても強くて両者互角だった筈。

 

 それで、あの後ウラガンキンが強くなったと語るヴィンセントさん。

 ウラガンキンに何があったのかな?

 

 

「しかし、我輩とてまだ負けてはいない。日々鍛錬を重ね、いつかは彼奴をこの手で倒す! あの憎き顎を砕いてやる! ……そう、心に決めていたのだが」

 そこまで言ってから、ヴィンセントさんは肩を落とした。

 

 

 今頃ウラガンキンはハンターさん達に討伐されているかもしれない。

 

 

 本人は倒したいと言っているけれど、本当はどうなんだろう?

 自らの手で決着を付けたいのか、それとも───

 

 

「我輩の力が及ばなかったばかりに、他所から来た者に宝を奪われた。ふ、我輩はトレジャーハンター失格だな」

「ヴィンセントさん……」

 なんだか、とても寂しそう。

 

「あなたはトレジャーハンターじゃなくてハンターでしょうに。ほら、タダ飯ですよ。食ってけ泥棒」

 そう言いながら、私達に料理を出してくれるのは村の受付嬢さん。

 口調は厳しいけれど、やってる事は優しいムツキみたいな人だなぁ。

 

 

「……我輩はハンターすら失敗だよ」

「ヴィンセントさんねぇ。……もぅ。これまで村を守って来たのは誰ですか? 宝探しが趣味の穀潰しハンターでも、毎回ウラガンキンを追い返してたのは誰ですか?」

 受付嬢さんがデレた!!

 

 

「……どうせ我輩は穀潰しである」

 でも今のヴィンセントさんはなんだかいつもの元気がなくて、受付嬢さんも村の皆も調子が狂うと頭を抱えていた。

 

 なんやかんや言って、やっぱりヴィンセントさんはこの村のハンターとしてこれまで戦って来たんだと思う。

 

 

 

「……やはり妙だな」

「どうしたの? アラン」

 そんな中で、アランは何か考える素振りをしながら呟いた。

 

 ……妙?

 

 

「さっきのハンターだ。これまで十年間もギルドが狩猟の必要なしと判断してきたモンスターを、今になって討伐命令。……そんな事があるのか?」

 アランは「ウラガンキンに何らかの変化があったならともかく」と付け足して、腕を組んで考える。

 

 確かに村の人達はヴィンセントさんを信頼してギルドに依頼を出してはいない筈だし、特別周りの村に被害を出している訳でもない筈。

 

 

 

 なら、どうしてウラガンキンの討伐がギルドから依頼されたのかな?

 

 

 

「アラン……?」

 私は全く答えが出てこないんだけど、アランは心当たりでもあるのかずっと考え込んでいた。

 

 

 

「……密猟、とかニャ」

 突然、ムツキがそう言う。

 

「い、いやいや。……そんな」

 流石にそんな……。

 

 思い出すのは砂漠でキャラバン隊を護衛していて、ディアブロスの密猟に出くわした時の事。

 あの時みたいな事がまた起こっているのだとしたら、悲しい。

 

 

「ありえなくはないな……。すまない、さっきの依頼書を見せてくれないか?」

「え、えーとそれは……。流石に私の権限では……」

 うーん、受付嬢さんも仕事だもんね。

 

 

「なら我輩が。よっと」

「あ、ちょっと! ヴィンセントさん!」

 突然立ち上がったヴィンセントさんは、カウンターを軽い身のこなしで乗り越えてさっきハンターさん達が持っていた依頼書を取り出した。

 

「ハンター辞める気ですか?!」

「……辞めるとも。彼奴が居ないなら、我輩も必要なかろう」

「そういう問題じゃないんで───あーーー、もう、分かりました。勝手にして下さい私は何も見てませーん!」

 こんな事して大丈夫なのかな……。

 

 

 でも、なんだか嫌な予感がするし、私も気になる。

 

 

 

「ふむふむ、どれどれ。……むむ! これは!」

「何かあったのかニャ?」

「よく分からぬ!」

「寄越せニャ、役立たず」

 ムツキが酷い。

 

「貸してくれ」

 そう言ってヴィンセントさんから依頼書を受け取ると、アランは怪訝そうな表情で依頼書に目を落とした。

 

 

 

「……火山近郊に現れた(・・・)ウラガンキンの討伐依頼、か」

「何かおかしな事でも書いてありましたか?」

 受付嬢さんがアランに問いかける。

 

 

 文面上はおかしくないと思うけど……。

 

 

「ウラガンキンは火山に現れてなんかいない。……元から居たんだからな。この約十年間、ギルドだってこの付近に縄張りを持ったウラガンキンを認知していない訳ではない筈だ」

 この村では炭鉱現場や狩場でモンスターに遭遇すれば、目撃報告は逐一ギルドに報告しているらしい。

 だからあのウラガンキンの事をギルドは知っていた筈。

 

 

 なら───

 

「書いてある事がおかしい?」

 ───現れたなんて書かない筈。

 

 

「偽造した依頼だな。この依頼書」

「何?!」

 そんな……。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃ……私は……?」

「いや、この依頼書自体はギルドが出した本物だ。……問題はクエストを依頼する理由をでっち上げているという事だからな」

 アランの言葉を聞いて胸を撫で下ろす受付嬢さん。

 

「……なら彼奴は、不当な戦いを強いられているという事か?!」

 だけど、ヴィンセントさんは逆に机に手を叩きつけて感情を露わにしていた。

 

「ヴィンセントさん……。……アラン、今すぐ助けに行こう! あのウラガンキンさんなら、まだ───」

「さっきのハンターが出て行ってから何時間経ったと思う?」

「それは……」

 あれから二時間。今頃はまさにウラガンキンとハンターさん達が戦っているかもしれない。

 

 

 ───もう、戦いは終わっているかもしれない。

 

 

 

「どちらにせよこの依頼書が完全に不当とは言い切れない。彼等を止める事は難しいだろう」

「どういう事……?」

 偽物じゃないの?

 

 

「この依頼書自体はギルドが発注した正真正銘の本物だ。ただ、事実を曲解させてギルドに出させた依頼だがな」

「えーと……よく分からない」

 どういう意味かな?

 

「本当は危険じゃないモンスターでも、危険だと言い張って討伐させてるって事かニャ」

「嘘付いてモンスターを倒そうとしてるって事……? そんなの、悪い事だよ!」

 やっぱりハンターさんを止めなきゃ。

 

「お前のいう通りだが……。この依頼は完全に虚言じゃないのがタチが悪い。実際に火山にはウラガンキンが居て、周囲に危険が及ぶ可能性がある。……これだけでも人間───ギルドにとっては討伐する価値があるからな」

 そんな……。

 

 

「この村はそれをしなかっただけで、実際には討伐してもなんの問題もなかった。勿論、討伐しなかった事だって間違いではない。……だから、彼等が言う──火山にウラガンキンが現れたら討伐する──という事も実際の所間違ってはいないんだ。……やり方はともかくな」

「そんなの……寂しいよ」

 それが正しい事であったとしても、私はそんな事を認めたくない。

 

 

「……そうだな」

 それでも、もう既にどうしようもないし。

 

 ギルドからすれば何も間違っていない行為だから。

 

 

 私達は黙って待っているしかない。

 

 

 

 ───そんな時だった。

 

 

 

「大変だ!! ハンターさん達が!!」

 酒場に響く村人の声。

 

 朗報でない事は確かで、息を荒げて私達の居る所まで足ってきたその人はこう呟く。

 

 

「……ウラガンキンに負けて救難信号を!」

 酒場中に広がる不穏な空気。

 

 

 気が付いた時にはヴィンセントさんは走り出していて、私達は彼を追い掛けた。

 

 

 

 ウラガンキンが助かったのなら、それはそれで良い事なのかもしれない。

 でもそれはあのハンターさん達が傷付いたという事で、命を落とすかもしれないという事で。

 

 ───どちらが良いなんて、そんな事はないから。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「嘘……」

 横に倒れて動かない竜の姿が視界に映る。

 

 金色の外殻と、背中に並ぶ無数の突起。

 

 

 爆鎚竜───ウラガンキン。

 特徴的な顎は粉々に砕け、その竜は丸まって倒れていた。

 

 

 急に走り出したヴィンセントさんを私は止める事が出来なくて、アランはただ腕を組んでそんな彼を見詰める。

 

 

 

「むむ、お前……彼奴じゃないな?」

 ただ、倒れたウラガンキンの身体を見回してからヴィンセントさんは首を傾けながらそう呟いた。

 そう言った本人も不思議そうにしてるから、私は余計どういう事なのか分からない。

 

「……どういう事ですか?」

「こやつ、彼奴ではない。長年の付き合いだ、我輩には分かる」

 身体の凹凸とか、鱗の並び方とか、そういう微妙な事だとは思う。

 

 

 でも、あのウラガンキンと長い付き合いをしてきた彼だからこそ、そんな細かい違いが分かるんじゃないかな?

 

 

「だとすると、このウラガンキンは何者ニャ?」

「うーん、確かに。なんであのウラガンキンとは違う個体がここに居るんだろう?」

 迷い込んじゃって、そこであのウラガンキンと間違われて討伐されちゃった……とか?

 

 

「こいつは雌だな」

 アランがポツリとそう言った。

 

 

 ……雌?

 

 

 

「……ま、まさか彼奴の?」

「番という事だろう。繁殖期だったのか、ここに雌のウラガンキンが現れた。……この前説明したな? 雄のウラガンキンは繁殖期になると綺麗な鉱石を選んで食べるようになると。つまり、そういう事だ」

 あの時から既に繁殖期だったから……。

 

 

 この番のウラガンキンを討伐されてしまって、あのウラガンキンはどう思ったのかな……?

 そんな事を考えると悲しくて、ふとヴィンセントさんを見ると握られた手が震えている。

 

 ヴィンセントさん……。

 

 

「……彼奴め、我輩より先に異性とイチャイチャしていた訳だな?!」

 ヴィンセントさん?!

 

「そこなんですか?!」

「ボクはもうコイツが分からんニャ」

 あ、あはは、やっぱり面白い人だなぁ……。

 

 

「……。……悔しかったろうな」

 ふと、ヴィンセントさんは小さくそう呟いた。

 

 

「……己の愛した異性も守れなかったとなれば、さぞ悔しかったろう。紳士の風上にも置けない奴だ」

「ヴィンセントさん……」

「……我輩が説教を垂れてやらんとな」

 うん、そうですね。

 

 

「……っと、見付けたニャ」

 そんな会話をしていると、ムツキが何を見付けたのか声を上げる。

 肉球と視線の先には、ハンターさんが三人倒れていた。

 

 

「大丈夫ですか?!」

 私は直ぐに三人に駆け付けて声を掛ける。

 しっかりと息はしていて命に別状はないみたいだけど、その内の一人が呻き声を上げながら眼を開けた。

 

 

「……あ、兄貴は? 兄貴はどこだ?」

「お、落ち着いて下さい! 動いちゃダメですよ!」

 命に別状はなさそうだけど、どう考えても動ける状態じゃない。

 

 立ち上がろうとするハンターさんをなんとか抑えて、私はアラン達に助けを求める。

 こういう時どうしたら良いんだっけ?

 

 

「ど、どうしようアラン」

「ネコタクを呼んだから、ここはムツキに任せて先に行くぞ。……お前のパーティの一人はもう一匹のウラガンキンと戦っている。そうだな?」

 意識のあるハンターさんに向けてそう言うアラン。

 

 そういえば、あのハンターさん達は四人パーティだった。

 もう一人はどこに? 考えられる答えは多くない。

 

 

「兄貴が……一人で」

「分かった。もう喋らなくていい」

 少しイラついた声でそう言うと、アランは洞窟の奥に視線を向ける。

 

 その先にウラガンキンが居るのかな?

 

 

 

「ここは任せろニャ」

「うん、お願いねムツキ」

 流石にハンターさん達をそのまま置いて行く事は出来ないから、ムツキにこの場をお願いして私達は前に進んだ。

 

 

 時折聞こえてくるのはモンスターの咆哮。

 

 

 なんだかその鳴き声が私は怖く感じてしまう。

 なんでだろう?

 

 

 

「……彼奴だ!」

 少し嬉しそうな声を上げるヴィンセントさん。

 

 彼の視線の先には、今まさに地面にその頑丈な顎を叩き付けるウラガンキンの姿があった。

 

 

 

「この……野郎ぉ!!」

 そんなウラガンキンの視線の先で、一人のハンターさんがランスの盾で攻撃を受け止める。

 しかしウラガンキンの攻撃の重量に耐えられず、ハンターさんは盾を弾かれて地面を転がった。

 

「ヴゥォォォッ!!」

 咆哮をあげるウラガンキンは、まるで怒っているかのように息を荒げている。

 

 

 当たり前だ。

 番の雌を倒されて、今だって有利な状況の筈だけど身体はボロボロ。

 

 

 ハンターが───人間が許せないんじゃないかな?

 

 そんな事を思ってしまう。

 

 

 

「うぉ?!」

 ハンターさんの目の前で、ウラガンキンが身体を丸めて転がりだした。

 このままじゃハンターさんが潰されてしまう。そんな彼の前に出るのは、ハンマーを構えながら走って前に出た───ヴィンセントさんだった。

 

 

「狩場で武器から手を離すとは、大馬鹿者め!」

 ハンターさんの前に出て、ヴィンセントさんは槌を構える。

 

 そして直撃の瞬間。

 ヴィンセントさんは構えた筈のハンマーを背負いながら、ウラガンキンの攻撃をイナシた。

 同時に回りながらその側面にハンマーを叩き付けて、結果ウラガンキンは大きく進路を変える。

 

 流石ヴィンセントさん。

 

 

「大丈夫ですか?!」

 私はその間に、倒れたハンターさんの所に向かった。

 今さっきまでウラガンキンと戦っていたそのハンターさんは、悔しそうに唇を噛む。

 

 

「まさか三匹も居るなんてな。俺とした事が、一匹しか倒せてないのにこのザマだ」

 今この人、三匹って言った……?

 

 

 

「ど、どういう事ですか?」

「この火山にはウラガンキンが三匹いたのさ。俺達はそれを全部狩ろうとしたんだが、まだ一匹しか倒せてない……」

 なんで……。

 

 

 

 そこに居るからって、殺す必要があるの……?

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 アランは間違った事じゃないって、そう言ってた。

 

 

 

 けれど、彼等が正しいなんて、私には思えないよ。

 

 

 

 

「ぬぉ?! どこへ行く気だ貴様!」

 一方でウラガンキンと戦っていたヴィンセントさん。だけど、ウラガンキンはヴィンセントさんの事は無視して身体を丸めて転がっていってしまう。

 

 何処に向かったのかな?

 

 

 

「……彼奴め、逃げるのが早過ぎるではないか? ……いや、しかし、あの方角は」

「どうかしたんですか……?」

 ヴィンセントさんは安心したような、しかし不満そうな表情で転がっていくウラガンキンを見詰めていた。

 

 その先にあるのは───

 

 

 

「───村に向かったのか?」

 ───ヴィンセントさん達が住む村。

 

 

 ……なぜ?

 

 

 

「ま、まずい。止めなければ。村に被害が……」

 武器を持って立ち上がろうとするハンターさんだけど、彼は膝をついて崩れてしまう。

 ウラガンキンとの戦いはそれだけ激しい物だった、彼の状態がそう教えてくれた。

 

 

「……こうなったのはお前達のせいだがな」

「何を言う! 俺達は村の人々を守る為にモンスターを殺したんだ。彼奴らは悪だ、全て滅ぼす!」

 また、だ。

 

 

 

 こういう人達だっている。

 

 

 

 そんな事は分かっているのに、やっぱり寂しい。

 

 

 

「ウラガンキンは本来人間に対して害を与えるモンスターじゃない。……だがな、お前達みたいな奴に家族を殺されたら彼奴(あいつ)だって思う筈だ。……人間は悪だ、全て滅ぼすってな」

「な……」

 モンスターだって生きていて、感情がある生き物なんだ。

 

「お前がモンスターに何をされたかは知らない。……だがな、お前がした事はお前がモンスターにされた事となんら変わらないだろう。いや、お前はそれ以下だ。そこだけは言い切ってやる」

 アランはそう言うと、彼に自分で立てるように回復薬を手渡す。

 

 

 

「時間がない、村が襲われる前にあのウラガンキンを倒す」

「そんな……」

 助けられないの……?

 

「彼奴は、村を襲いに行くのか……?」

 信じられないといった表情で、ヴィンセントさんはアランにそう聞いた。

 

 

「……そうだな」

 そしてアランはなんの迷いもなく、短かくそう答える。

 こんなのは、寂しいよ。

 

 

「……我輩の頼みを聞いてくれないか?」

「ヴィンセントさん……?」

 一体……何を?

 

 

「……言っておくが時間はないぞ。村が危険なのは分かっているだろ?」

「分かっている。そんな事は分かっているんだ。だが、これだけは譲れぬ。もう二度と譲れぬのだ。男として、トレジャーハンターとして、ハンターとして───……彼奴の好敵手(ライバル)として」

 まさか……。

 

 

 

「……頼む、我輩が倒れるまでで良い! 我輩が死ぬまででも良い!! 彼奴との決着を邪魔しないでくれ!! ……彼奴は、我輩が倒す!!」

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 かの竜は炭鉱現場で暴れていた。

 

 

 村の避難が適切で、怪我人こそ出たものの被害者は出ていないらしいです。

 それでも、普段ならウラガンキンは炭鉱現場で鉱石を食べているだけだった。

 

 

 でも今日は違う。

 

 

 

「ヴォォゥォォァッ!!」

 息を荒げて、まるで何かを探すように巨大な顎で地面を砕くウラガンキン。

 その瞳は怒りに満ちていて、私は直視する事が出来なかった。

 

 

 

「よぅ、久しいな我が好敵手よ!」

 そんなウラガンキンの前に、片手を上げならヴィンセントさんが立つ。

 

 私達は邪魔をしない。どんな事があっても、邪魔をしない。そういう約束をした。

 

 

 

「ヴォォゥォォァッ!!!」

「ほう、怒り狂うか。紳士の風上にも置けぬなぁ!! 良いだろう、この我輩が相手をしよう!! 聞いて慄け、見て笑え、我こそは世界一の冒険家にして最強のトレジャーハンター!! ヴィンセント・カタルアである!! 十年間にも及ぶ戦い、今こそ決着をつけようぞ!!」

 お互いに地面を駆ける。

 

 

 ヴィンセントさんがウラガンキンの攻撃範囲内に入った所で、ウラガンキンは頭蓋を持ち上げ───それを瞬時に振り下ろした。

 

 巨大な槌が、ヴィンセントさんを襲う。

 

 

「───緩いわぁ!!」

 ハンマーを回しながら攻撃をイナシ、脇に抱えた得物に力を込めるヴィンセントさん。

 勢いよく叩きつけられ、地面を陥没させたウラガンキンの顎にそれをカチ上げ。

 

 頑丈な顎の破片が飛び散り、ウラガンキンは頭を仰け反らした。

 隙を見せた頭部にもう一撃。振り上げたハンマーを叩き付ける。

 

 

「どうした!! そんなものか?!」

 それはまるで、お話をしているみたいだった。

 

 

「良く考えれば貴様のような鈍足な顎に、この我輩が負ける事なんぞある訳がない! 理にかなわぬ、不条理である、馬鹿げた話だ!」

 もう一度頭をあげるウラガンキンに接近するヴィンセントさん。

 

 振り下ろされた顎をまたイナシ───

 

 

「頭に血が上ってるなぁ! ワンパタ───」

 ───脇に構えたハンマーをカチ上げる。しかし、ヴィンセントさんの得物は空気を切った。

 

 持ち上げられる顎。瞬時に振り下ろされたそれは、身を引いたヴィンセントさんの身体を殴り付ける。

 

 

「───ごぅっはっ」

 地面を転がるヴィンセントさんを見て、私は足を一歩前に出してから自分の手でそれを止めた。

 邪魔をしたらいけない。そういう約束だから。

 

 

 

「───ヴィンセントさん!」

 倒れるヴィンセントさんにウラガンキンが近付く。持ち上げられた顎が直撃したら、命はない。

 

 

 

「───あぁ、こうでなくちゃなぁ。そうだ、こうでなくては。簡単に決着が付いては面白くない。お互い血みどろに塗れて、血反吐を吐き、最後の瞬間地に伏せる! 決着とはこうあるべきだよなぁ!!」

 振り上げられた顎に向けて、ヴィンセントさんもハンマーを構えた。

 

 ───そしてカチ上げる。

 

 

 全く重量が違う槌とハンマー殴り合い。

 勿論ウラガンキンに軍配が上がり、ヴィンセントさんは再び地面を転がった。

 

 

 

「あのヘタレはなぜあそこまでする。……今我々が一斉に攻撃すれば、ウラガンキンは間違いなく倒せる筈だ。ハンターなら自分の意地より、命と狩りの成功を考えるべきだろう?」

 どうしてヴィンセントさんが一人で戦うのか。

 

 

 正直、私にも分からない。

 きっとこの人の言っている事は正しいし、ヴィンセントさんは間違ってるんだと思う。

 私にはライバルみたいな人は居ないから、彼の事を理解は出来ないけれど。でも、ひとつだけ確かな事があった。

 

「ヴィンセントさんはハンターじゃないから」

「……は?」

 あの人は私達とは違う。

 

 

 

 だからきっと、彼は間違ってなんかいない。

 

 

 

「……長かったよなぁ……十年。共倒れし続け、よくもまぁ、戦い続けたよ」

 身体の至る所から血を流し、それでもヴィンセントさんは立ち上がった。

 一方でウラガンキンも身体中の傷から体液を流し、立派だった顎は変形している。

 

 どちらも満身創痍。きっと、これまでだったらお互いに倒れていた筈だ。

 

 

 

 ───でも、もう違う。

 

 

 

「だがもう倒れる訳にはいかない。己の存在を賭けて戦うしかあるまい。お互いに存在が不利益なら、殺しあうしかあるまいて! 人間が憎いか?! これまで無視してきた人間に牙を向けられ、やっと危険に気が付いたか?! 自らが愛した者も守れずに怒り狂うか?! 結構である!! その怒り我輩にぶつければ良い!! 我輩がこの身で受け止めよう!! ───しかし!! 倒れるのは貴様だ!! 我輩は守るぞ。愛すべき者達を、親愛なる者達を、己の誇りを守り通す!! トレジャーハンターとして、貴様を倒す!!!」

 ただ、彼は叫んだ。

 

 

 感情を乗せて、これでもかというくらいに大きな声で。

 

 

 

「───こい!! 決着をつけようぞ、この顎野郎が!!」

「───ヴォォゥォォァッ!!」

 己の得物を構えて、ヴィンセントさんは待つ。

 ウラガンキンは丸まって、地面を転がり始めた。

 

 

「本当に、長い間戦って来たなぁ……」

 迎え撃つヴィンセントさんは正面で構える。

 

 

 その巨体がヴィンセントさんを轢き潰す数瞬前、振り上げられたハンマーは巨体に直撃して転がっていくウラガンキンは大きく軌道を変えた。

 

 

「ヴォォゥォォァ───」

 それでバランスを崩して、地面を横に転がるウラガンキン。

 体力も限界なのか、直ぐには起き上がらずにその場で踠き続ける。

 

 

「……貴様の事が嫌いだったよ」

 血を流しながら、ゆっくりとウラガンキンに向かっていくヴィンセントさん。

 そして身動きの取れないウラガンキンの頭向けて、振り上げた槌を振り下ろした。

 

 

 

「何度も何度もトレジャーハントの邪魔をしおって!」

 振り下ろす。

 

 

「宝を見付けて取り合いになれば、結局お互いに倒れ相打ちになれぞ、貴様が持っていくではなくないか!!」

 振り下ろす。

 

 

「不細工な顔して我輩の方が身形が良いのに、貴様が先に伴侶を見つけただとぉ?! 小癪なぁ!!」

 振り下ろす。

 

 

「───なぜそれを守り切らなかった。なぜ我輩以外に負けている。なぜそんな所に倒れている?!」

 振り下ろす。

 

 

「その程度だったのか貴様は。その程度で好敵手だと言っていたのか。なぜ守れなかった。───なせ我輩は貴様を守れなかった?!」

 振り下ろす。

 

 

 ぐしゃぐしゃに変形したウラガンキンの頭に液体が垂れた。

 

 

 その身体は少しずつ動きを弱めていく。

 

 

 それでも彼は、手を止めない。

 

 

 

「我輩はなぁ、もっと……もっと貴様と語りたかったのだ。伴侶が出来たのか? ふざけやがってと殴り合いたかった。振られてしまわないように、その不細工な顔を宝石で飾ってやりたかった。貴様がどう思っているか知らんが、我輩はな……我輩は貴様の事を───」

 ウラガンキンの動きが止まって、多分二人は目があった。

 

 

 言葉は伝わっていないかもしれない。きっとウラガンキンにとって私達人間は、ヴィンセントさんはただの敵なのかもしれない。

 

 

 

「───ヴォゥァ」

「───友人だと思っていたよ」

 最後に叩き付けられた槌が地面に落ちた瞬間、ウラガンキンは小さな声を上げて息を引き取る。

 

 

 

 静けさが戻った炭鉱現場でヴィンセントさんが倒れたのはその数秒後だった。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 ハンターは己の危機を守らなければならない。

 

 

 狩猟中、討伐依頼が出ていないモンスターであっても、その場の判断で狩猟する事は許されている。

 

 

 そもそも今回火山でウラガンキンが目撃されるようになったから、それを討伐しようという依頼は何も間違っていないし。

 むしろ、これまでウラガンキンを放置し続けたヴィンセントさんが悪いと言う人達も居るらしい。私はそうは思わないけど。

 

 

「も、もう動いて大丈夫なんですか?」

「心配ご無用! マドモアゼル。我輩、丈夫なだけが取り柄である!」

「医者に絶対安静って言われましたよねヴィンセントさん! ほら、座って。貴方がその身体で狩り場に向かったら私がギルドに怒られます!」

 結局、火山に現れた二匹のウラガンキンは討伐されてしまいました。

 

 

 それは大きく見たら間違った事ではないのかもしれない。けれど、やっぱり私は寂しいなって……そう思う。

 

 あの四人のハンターさん達はとても満足していて「これで村の人も救われる」なんて事を言っていた。

 それで良いのかな? なんて思うんです。

 

 

「ふっふっふ、所で見てくれたまえこの装備を。彼奴の素材をふんだんに使った我輩の新兵器。まぁ、ハンマーはダサいからやっぱり使わないが」

「工房に謝れニャ」

 ヴィンセントさんはあのウラガンキンの素材を使って装備を作ったみたい。

 

 彼はヴィンセントさんを守ってくれるかな?

 

 

 ウラガンキンはヴィンセントさんの事をどう思っていたか分からないけれど、私はそうだと良いなって思った。

 

 

 

「所でこれ報告なんですけど、また火山にウラガンキンが現れたって話なんですよ」

 唐突に受付嬢さんがそんな事を話す。

 

 え? でもウラガンキンは二匹とも討伐されたし……。

 

 

 

「……子供だな」

 アランが小さく呟く。

 

 え、子供?

 

 

「あの番、子供が居た筈だ。あのハンター達は確かウラガンキンが三匹居たと言っていたからな。……あの二匹は全力で戦って、子供を守ったんだろう」

 そっか……だから───

 

 

「───ちょ、ヴィンセントさん?! どこに行く気ですか?!」

 当然立ち上がるヴィンセントさんを止めようとする受付嬢さんだけど、ヴィンセントさんは怪我人とは思えない身のこなしで地面を蹴った。

 

 

 背中にはダサいと言った槌を背負って、満面の笑みで振り返りながら彼はこう言う。

 

 

 

「ちょっと、トレジャー(宝物)ハント()しに、な。我輩、トレジャーハンター故。さぁ行こう! 宝は待たぬ。ならば我輩自らが進む!!」

 トレジャーハンター、ヴィンセントさんはきっとこれからも宝物探しを辞めないと思いました。

 

 

 きっと彼は、そういう性分だから。

 

 

「面白い奴だニャ……」

「うん、そうだね」

 とっても素敵な人だと思います。

 

 

「……立派なハンターだな、まったく」

 

 今日は、そんなお話でした。




こういう話も偶にはねって事で。
じゃあ実際彼奴がどう思っていたのかは、読者様のご想像にお任せします。



さて毎度恒例となってきたイラスト紹介の方させて頂きます。いつもステキなファンアートをありがとうございます……。

まず一枚目ぇ!ドロー!

【挿絵表示】

ミズキちゃん!追加攻撃!
かにかまさん、笑顔のミズキちゃんありがとうございます!


二枚目ぇ!!ドロー!!

【挿絵表示】

ミズキちゃん!追加攻撃!!
しばりんぐさん、なんかヤベーミズキちゃんありがとうございます!個人的にツボでした!


三枚目ぇ!!ドロー!!

【挿絵表示】

ミズキちゃん!!追加攻撃!!
超ギーノ人さん、泣いてるミズキちゃんありがとうございます。抱きしめたい!


四枚目ぇ!!ドロー!!

【挿絵表示】

ミズキちゃん!!!
亜梨亜さん、笑顔が素敵なミズキちゃんありがとうございます!!気が付いた方もいるかもしれませんが、喜怒哀楽となっております。素敵……。


五枚目ぇ!!ミズキちゃん!!

【挿絵表示】

六枚目ぇ!!ミズキちゃん!!

【挿絵表示】

小鴉丸さん、二枚も書いてくださってありがとうございます!可愛い!眼福です。


七枚目ぇ!!ミズ───もう辞めてぇ!
茶番を失礼。


沢山の応援ありがとうございます。もう少しでキリのいい数字なので、感想評価共々お待ちしております(`・ω・´)
それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。読了ありがとうございました。

余談ですが、本日放送のモンスターハンターストーリーズライドオンが最終回を迎えます。寂しくなりますが、私はモンスターハンターストーリーズ好きだぞ!また何かしらのコンテンツとして戻ってくると信じてる!

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