モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
砂埃が舞う。
地面に叩きつけられた巨体は悲鳴を上げて、後退りながら砂の中へと逃げていった。
しかし群れの仲間が逃げたとしても、自分だけは逃げる訳にはいかない。
それが群れのボスとしての誇り。ここ一帯を長くの間支配していた竜の誇り。
「……悪いけど、あんただけは倒さなきゃいけないみたいだね」
大剣を低く構え、砂を舞い上げる風に白い髪を揺らす。
翡翠色の瞳に映る竜は傷付きながらも身体を持ち上げた。
「シノア、麻痺弾がそろそろ効く筈!」
「オーケー、アーシェ! 終わらせるよ!」
私達
自然の理の中で、自然と一体となり、私達は生きていた。
この世界はモンスターの世界だ。
そんな世界の中で、私達ちっぽけな存在がモンスターと関わり合う。
モンスターハンター。人と竜を繋ぐ存在。
「……お疲れ様。あんた、強かったよ」
それを私は、この世界と関わり合う素敵な存在なんだと───思っていた。
「ど、ドドブランゴだニャ。アレは人間じゃなくてドドブランゴだニャ」
「ここは砂漠だから、ドドブランゴ亜種だな。白いが」
「コラァ!! 誰がドドブランゴだぁ!! 聞こえてるってのぉ!!」
これは、竜と人のお話。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、流石タンジアでも名高いシノアさんだ。お見事」
「私だけの力じゃない。アーシェのバックアップがあってこそだから」
大剣を背負った男の人の言葉に、白い髪を後ろで結んだシノアと呼ばれた女性がそう返事をする。
その言葉にアーシェと呼ばれた女性は「まぁ〜ねぇ? そういう事もなきにしもあらずだよねぇ?」と頬を指で掻いた。
「しかしガレオスを逃しちまってるなぁ。殺さなくて良かったのか?」
「……まぁ、倒した方が楽ってのはありますけども」
そう言いながら、シノアさんは私の方を横目で少し覗く。
あ、やっぱり私の事を気にしてくれてたんだ。
ちょっと嬉しいけど、迷惑を掛けてしまったのなら複雑な気分です。
「この道を通りたかっただけならボスを倒せば十分だろう。……むしろ、俺達がこの道を避けるべきだった。迂回すれば態々ガレオスの縄張りに入る事もなかったからな」
その会話に割って入ったのは、銀色の髪と赤い瞳が特徴的な男性。
私の師匠でもあり、モンスターの事にとっても詳しくて彼等の事を分かってあげられる素敵な人だ。
アラン・ユングリング。
ライトボウガンと片手剣を使う上位ハンターさんです。
「な……んぅ? なんでモンスターの為に俺達が迂回しなきゃならねぇ」
「……バカかニャ。態々危険な所に突っ込む必要があるのかって言ってるんだニャ」
ハンターさんにそう言い返すのは、メラルーで私のオトモ。そしてお兄さんであるムツキだ。
腕を組んで呆れたような声を出す彼を睨んで、ハンターさんは眉間に皺を寄せる。
「まぁ、確かにそれは言えてる……」
「シノアさんまでぇ?!」
このモンスターの世界で、私達人間は色々な考えを持ちながらモンスターと関わり合っていた。
人の数だけ考え方があって、モンスターの数だけ生き方がある。
そんな中で、私の答えを見つけたくて。私はアランと共に色々な人、モンスター達と関わり合っていた。
そして、今の私の答えは───
「───私も、この道は避けて通るべきだったと思います。ここがガレオス達の縄張りだって分かっていたなら。それが私達の安全にも繋がるし、ガレオス達の生活を脅かさない事にも繋がる筈だから」
人と竜は相容れない。
それは当たり前の事で、世界の理。
だからこそ私はモンスター達と分かり合いたい。
この世界の理の事をもっと知って、彼等と上手く生きていきたい。
そうするにはどうしたら良いのか、私にはまだ分からないけど。
いつかきっとその答えが分かったら良いなって、そう思う。
「……ちっ。どの道こっちが依頼人だ。道を選ぶのは俺達よ。従ってもらうからな!」
ハンターさんはそう言うと、竜車へと戻っていった。
私はアランに視線を送る。間違った事言っちゃってるのかな?
「……お前は間違ってない。俺もそう思うからな」
「ありがと、アラン」
「お、おぅ」
頭を撫でてくれるアランに私はお礼を言う。
最近なんだか、撫でてくれる時間が短くなってる気がするんだよね。
べ、別に子供じゃないんだから撫でて欲しい訳じゃないんだけど。
ちょっと寂しい。
「戯れるな。……竜車に戻ろっか、いけすかないけどあの男の言う事も一理ある。あいつらは依頼主で、私達は依頼を受けたハンターなんだし」
シノアさんのその言葉で、私達はドスガレオスから素材を剥ぎ取って近くに並ぶ竜車の一番後ろに乗り込んだ。
少し前、タンジアでちょっと怖いハンターさんに無理矢理連れていかれそうになった事があったんだけど。
その時に私を助けてくれたのがこのシノアさんです。そして、ライトボウガンを使うアーシェさんは彼女の親友さん。
私とアランはこの二人と、猟団の護衛というクエストを受けました。
砂漠に並ぶ、アプトノスが引く竜車。
予備で誰も乗っていない竜車を含めて六台。アプトノスも六匹。
この大掛かりなキャラバン隊は、ハンターさん達が集まって出来た猟団という物らしいです。
総勢十何人ものハンターさんが集まって、一つの組織として活動してるんだって。それを聞いた時は面白そうだなって、そう思った。
ただ、キャラバン隊のハンターさん達はなんだか殺気立っていて、あまり楽しい雰囲気はないんだよね……。
目的地は砂漠の奥にある岩陰らしい。
その場所に行く目的は地形の調査らしいんだけど、とにかく竜車に揺られて二日。
昼は灼熱、夜は極寒。そんな厳しい環境で竜車を引くアプトノスは辛そう。
それに私達が乗ってる竜車には、護衛の為に最後尾で武器とかも多く積まれてるから、余計に体力を使う筈。
もう少し休憩した方が良い。
素人目の私でもそう思える程、私達が乗る竜車を引くアプトノスは疲労していた。
「出発だぁ!!」
だけどさっきのハンターさんの声で、アプトノス達が歩き出す。
アランが説得しにいったけど、聞き入れてくれないみたいだ。
なんだか今回のクエストは楽しくないなぁ……。
「浮かない顔だね、ミズキちゃん」
「アプトノスさんに無理させてる気がするから。……あ、私降りようかな!」
シノアさんの言葉に私はそう返す。
私一人でも歩けばアプトノスさんも楽になるかな?
「それだとアプトノスは動かなくなる。……竜車を引くアプトノスは人を置いていかないように、竜車から人が降りていたら動かないようにしつけられているからな」
「そんなぁ……」
それじゃ、私が降りてもアプトノスさんは進んでくれないって事かな。
アプトノスさんには休んで欲しいけど、護衛のクエストを放置する訳にはいかない。
うーん、やっぱり今回のクエストは楽しくないや。
「空いてる竜車があったじゃない? あれと入れ替えたらダメなの?」
そう提案してくれるのは、シノアさんの友人アーシェさん。
背中に背負うライトボウガンは麻痺弾や睡眠弾みたいな特殊な弾を豊富に装填出来る、サポートに特化したガンナーさんだ。
「それも提案したが、時間の無駄だと断られた」
アランが他所を見ながらそう言う。
そんなに急いでるのかな?
ガレオスの縄張りを迂回せずに通って行ったり、アプトノスの事を気にも留めない程に急ぐ事なのだろうか?
私には分からなかった。
「まぁ、気の毒なのは分かるし。どう考えても間違いだとは思うけど。それが仕事だしねぇ……コイツも、そして私達も」
アーシェさんは前方を走る竜車を見ながらそう言う。
その通りで、これは仕事なんだ。
アプトノス達に与えられた仕事。
そして彼等の護衛をする事が私達の仕事。
どちらも形は違えど、しっかりと対価を貰っている。
でも、やっぱり納得いかないなぁ。
「どう? アラン……」
「こればかりは個体の体力次第だからな……。どの道俺達が何を言おうが、このアプトノスは主人に従うだけだ」
せめて次の休憩場所まで体力が持つと良いけど。心配だ。
「不思議な娘だよね、彼女」
「だから見ていたいんだよ。ね? 付いて来て正解でしょ」
「砂漠じゃなきゃ大正解だったけど。まぁ、シノアが肩入れするのは分かるかな」
砂漠という足場も環境も悪いこの地を、竜車はさらに進んでいく。
ゆっくりと。熱気で遠くの景色が歪むこの地をゆっくりと、進んでいった。
「オラ喰らえニャぁ!」
ムツキが投げた音爆弾にビックリして、デルクスの群れが竜車から離れていく。
反対側にも私が音爆弾を投げて、周りのデルクス達は姿を消した。
「殺さないのか」
「……その必要があったか?」
ハンターさんの言葉にアランはそう返す。
アランを睨み付けたハンターさんは「いや?」と返して自分の竜車に帰っていった。
「ご、ごめんねアラン。私のわがままで……」
「いや、音爆弾数個で怪我人もなく体力も使わずにデルクスを追い払えたんだ。何も間違っちゃいない」
そう言ってくれるアランだけど、苛立ちを見せるように眉間に皺が寄ってます。
「うぅ……」
「ミズキ……?」
「私、アランの邪魔してるかな……」
これまでもそうだけど、やっぱり私みたいなやり方は無駄なんじゃないかと思ってしまった。
デルクスを倒すのだって、アランだったらきっと簡単な筈だし。
「俺もな……」
「アラン……?」
私の頭を撫でながら、竜車に私を押すアラン。彼は竜車に乗り込んでから、こう続ける。
「俺も、ただ突然現れた俺達に驚いてパニックになっていただけのデルクスを殺したくない。……お前と同じ気持ちだ」
「アラン……。……そっか、えへへ。ありがとう」
「……礼を言うのは俺だ」
えーと、なんでアランがお礼を言うんだろう?
変なの。
「しっかし、やっぱりおかしいわよね。このキャラバン隊」
「何が?」
アーシェさんの言葉に、シノアさんがムツキの髭で遊びながら聞き返す。
ムツキはシノアさんに失礼な事を言ったので貸し出し中なのだ。
「急いでるのかどうか知らないけど、態々モンスターの縄張りを通ってる気がするのよね。初日はゲネポスの群に突っ込んで全滅させてしまったし、今日はガレオスにデルクス。……通る道通る道にモンスター」
「……確かに」
ムツキを抱き枕にしながら、シノアさんは頷く。
言われてみれば、アランの言う通り本来回り道をすれば避けて通れる筈のモンスターともこれまで正面からぶつかっていた。
「急がば回れって言うけどさ、戦ってる時間を考えたら回り道をした方が早かった筈。……それをなんで真っ直ぐ突き進むのか」
「殺したモンスターの素材を売る為、とかニャ」
シノアさんから抜け出したムツキがそんな事を言う。
態と私達にモンスターと戦わせて、倒したモンスターの素材を売るという事かな?
そんな酷い事考える人いないと思うけど……。
「そうだったらギルドナイトに突き出すだけだが、その可能性はない。……あいつら、ゲネポスはともかくドスガレオスの素材にすら興味を示さなかったからな」
アランの言う通り、キャラバン隊のハンターさん達はシノアさんとアーシェさんが倒したドスガレオスの素材を剥ぎ取ったりはしなかった。
なら、ムツキの言っていた事ではないんだよね。ちょっと安心です。
「そうなると、どんな理由だと思う?」
「……モンスターを殺したい、なんて理由かもな」
何故か私を見ながら、アランはそう呟いた。
モンスターを殺したい……?
なにそれ……?
「そんなの……」
「可能性の話だ。……どちらにせよ、このキャラバン隊はロクな連中じゃない。アプトノスの状態を見たら分かるだろ?」
「それ、聞こえてたら置いてかれるわよ……」
だとしても。そんな人達の護衛をするのはなんか嫌だな……。
「そうなると、目的地にはコイツらが急いで殺したいモンスターが───っ?!」
アランが小さく呟いていると、突然竜車が傾く。
それと同時に聞こえるアプトノスの鳴き声。
外を見てみたら、体力の限界が来たアプトノスさんが横倒しになって倒れていた。
「……っ。ダメだったか。……おい、竜車を止めろ!!」
アランの声に先頭の竜車が止まる。
私はすぐに降りて、アプトノスさんの様子を見た。
「アプトノスさん……」
「ウ……ォゥ」
小さく鳴き声を上げるアプトノスさんは、立ち上がろうと前脚を上げる。
でもチカラが足りなくて、砂に足を取られて立ち上がれなかった。
「……ケッ、役立たずが」
後ろからそんな声が聴こえて、私はそんな言葉が信じられなくて振り向く。
ハンターさんは次の瞬間、私を払いのけてアプトノスさんの頭を蹴った。
「───っ?! な、何してるんですか!」
「蹴り入れてやっただけだろ。使えない家畜にな」
「アプトノスさんはあなた達の家族じゃないの?!」
「モンスターが家族な物かよ。そいつはもうダメだ。荷物を入れ替えて進むぞ」
「そんな……」
言葉にならない。
この感情をどう言えばいいか分からない。
なんで、なんでそんな事言うの?
アプトノスさんだって───生きてるのに。
「……ミズキ、もう辞めろ」
「でも!」
「こういう奴だっている」
ハンターさんを睨みながら、アランは私を抱き寄せてくれる。
色んな人がいる。色んな考え方がある。
そんなのは分かっていた事なんだけどな……。
こんな考えは、嫌だ。
そう思ったその時だった。
「───ブゥィォォオァォオオオオオオオゥッ!!!」
砂漠の砂を舞い上げる程の
何?! この鳴き声。こんなに大きく聞こえるのに、周りには何も見えない。
「この鳴き声は───」
「奴だ! 急いで荷物を入れ替えろ。そのアプトノスと竜車は放棄する!!」
アランの言葉を遮って、ハンターさんが声を上げた。
……奴?
「シノア、この鳴き声って……」
「ディアブロス……」
ディアブロス? ディアブロスって、あのディアブロス?
「嘘?!」
ディアブロスって、あの
砂漠の暴君なんて呼ばれてるくらい危険なモンスターだよね?
それが近くにいる?
大変だ……。
「残念ながらいるな……。しかし今あの男は奴だと言ったか」
考え込むアランを無視して、キャラバン隊のハンターさん達は荷物を積み替えていく。
積み替えは直ぐに終わってハンターさんは出発の指示を出した。
「ま、待って下さいアプトノスさんが!!」
「そんな使えない家畜に構ってたらキャラバン隊は全滅する。どうしても放っておけないならクエストをリタイアしてそのお荷物と一緒にくたばればいいさ!!」
そんな……。酷いよ。
「そんな事……」
「……分かった。ミズキ、クエストはリタイアするぞ」
「え?!」
「な、何言ってるニャ?!」
アプトノスさんの事は助けたいけど、それじゃ依頼主の人達に迷惑を掛けてしまう事になる。
どんなに気に入らなくても、これはクエストなんだ。
アランは上位ハンターだし、私のわがままのせいで評判を落とすのは良くないと思う。
「何言ってるのあんた。そんな事したら体力の尽きたアプトノスと砂漠のど真ん中で遭難って事になるの、分かってる?」
「俺達の分の食料や物資は置いていってもらう。それだけあれば充分だ。……俺達には優秀なオトモが居るからな」
「また無茶振り言ってるニャ。いつかボク死ぬニャ」
ご、ごめんねムツキ……。
「……勝手にしやがれ! ギルドにはしっかりと連絡しておくからな。まぁ、お前らが生きて帰らなければその連絡も意味ねーけどよ!」
「ちょっとあんた待ちなさい! 本当に置いていくつもりなの?!」
ハンターさんにシノアさんが詰め寄って声を上げた。
喧嘩は良くないけど、今の私にはどうする事も出来ない。
「なんならアンタもリタイアするか? 勿論ギルドには連絡するけどな」
「……っ。あんたね」
「シノア、これはクエストだよ」
アーシェさんがシノアさんの肩を叩いて、ハンターさんから引き剥がす。
納得のいかない表情のシノアさんだけど、竜車に戻ってなにやら荷物を取り出してきた。
「どうする気?」
「……私はハンターだから、依頼主の考えには文句を言っても従わなきゃね。これはただ荷物が邪魔だから置いていくだけ。……良いよね?」
そう言いながら、シノアさんはクーラードリンクやホットドリンク、携帯食料等の物資をムツキに渡してくれる。
それを見たアーシェさんも「やれやれ」と言いながら自分の分の物資を分けてくれた。
「二人共……」
「無事にタンジアに戻ってね。そしたら、また別のクエストに行こ」
「私も、今度は四人で狩りに行こうよ。ムツキもまたモフらせてねぇ〜」
とっても優しい二人です。
うん、また今度は違うクエストで素敵な体験が出来るといいな。
「……ケッ。とっとと出発するぞ!」
ハンターさんがそう言うと、今度こそ竜車は進んでいってしまった。
本当に置いてかれた……。こ、これからどうしよう。
「あ、アラン……」
「嫌だったか?」
「そうじゃないけど……。私にはどうしたらいいか分からなくて。……それに、アランのハンターとしてのお仕事に泥を塗っちゃったし」
私は下位ハンターだからギルドになんの期待もされてないだろうけど、アランはタンジアでも数少ない上位ハンターだ。
その彼がクエストをリタイアしたなんて言われてしまったら、ギルドからの評価も落ちてしまうと思う……。
「……別にそんな事気にする理由はない。目指している場所がある訳じゃないからな」
アランは小さく「アイツさえ殺せれば」と呟いて、アプトノスの側に向かっていった。
私は優しいアランが好きだけど、やっぱり偶に寂しい事を言うよね。
「このアプトノスを元気にしてやって、帰路はこいつに運んでもらう。あんな奴等の仕事を手伝うよりよっぽど有意義なクエストだろ?」
「……うん。ありがとう、アラン」
でもやっぱり、アランは本当は優しいんだよね。
それを私は知ってるから、あなたの力になりたいな。
「……報酬のないクエストだけどニャ」
「ごめんね、ムツキ」
「もう慣れっこニャ。ほい、この辺りの薬草取って来たニャ」
「助かる」
アランはムツキから薬草を貰うと、それをアプトノスの口元に近付けた。
食べてくれるかな……?
「ほら食え。重荷は外してやる」
そう言いながら、アランは薬草を持った手はそのままにアプトノスの首元に手を回して竜車を引く為の金具を外す。
自由になったアプトノスは首を左右に振って辺りを見回した。置いていかれてる事に気が付いて焦ってるのかな。
大丈夫だよって言ってあげたいけれど、人間の言葉は分からないだろうし……。
それに本当に大丈夫だとは言えない。私はどうしたらいいか分からない状態だし。
「大丈夫だ。お前の仕事はもう終わった。焦る必要はない」
ただ、アランは私が言えなかった事を口にする。
ゆっくりと語り掛けるように。それを聞いたアプトノスは安心した表情で薬草を食べ始めた。
「ど、どういう事……? 偶に思うんだけどアランってモンスターとお話し出来るの?」
「そんなバカな事があってたまるか」
酷い。
「大切なのは素直な気持ちを伝える事だ。確かに言葉は伝わらなければ意味はないだろう。だが、気持ちは伝わる」
「気持ち……?」
理解出来ない訳じゃない。ただ、ちょっと難しい気がします。
「例えば相手が不安そうな表情をしていれば、その顔を見た相手も不安になる。それはモンスターも人も一緒だ。……安心させてやりたいなら、まず俺達が不安を見せてはいけない」
「そっか……何を言っても私が不安そうにしてたらアプトノスさんは不安になっちゃうよね」
そういう事なら、今の私は全然ダメだ。
元気になってアプトノスさんを勇気付けなきゃ!
「大丈夫だよアプトノスさん! もう怖いハンターさんの言う事聞かなくても良いし、帰りはゆっくり休憩しながら帰ろうね」
「ウォォゥッ」
私がそう言うと、アプトノスさんは薬草のおかげで元気が出たのか四本の脚でしっかりと立ち上がる。
私の気持ちは伝わったかな……? 伝わっていたら、嬉しいな。
「……お前の良いところだな」
「どうしたの? アラン」
「いや、何でもない。まだ完璧に回復した訳じゃないからな、立てるならあの岩陰にアプトノスを誘導するぞ」
そうだね、もう少し休憩しても良いよね。
「分かった! アプトノスさん、こっちだよ!」
大きな岩陰が近くにあって、私達はアプトノスさんをそこに誘導した。
休憩ついでに携帯食料を一食。……美味しくないです。
「もう少し休んで出発するか……。ここは出来るだけ早く離れた方が良いな」
携帯食料を食べながら地図を見て、アランはそう言った。
どうしてだろう? やっぱりさっきの鳴き声かな?
「ディアブロス?」
「そうだな。この時期のディアブロスは繁殖期で、子供を守る為にかなり凶暴になっている。態々近付く理由はない」
あんまり凶暴なモンスターは手に負えないし、関わりたくないかなぁ……。
「いや、まさか、あいつらの目的は……」
うん、この辺りからは直ぐに離れた方がよさそうだね。
まずはアプトノスさんの体力の回復が優先だけど、アプトノスさんが万全になったら直ぐに出発しよう。
段取りを決めて、少し離れた所にある竜車に荷物を戻しに行った───その時だった。
「───ブゥィォォオァォオオオオオオオゥッ!!!」
砂漠の砂が舞い上がる。
さっきよりも大きな咆哮。ハッキリと聞こえるその咆哮は、キャラバン隊が進んで行った方角から聞こえた。
「嘘……あ、アラン! あっちの方角って……」
「キャラバン隊が鉢合わせたか……」
考え込むアラン。私はどうしたら良いか分からない。
助けに行かなくていいのかな……?
「……ミズキ、お前はどうしたい?」
「わ、私は……」
あの人達の事はあまり好きになれない。
クエストはリタイアしたし、護衛する理由はないと思う。
───けれど、私はハンターだ。
モンスターと人間を繋ぐ存在なんだ。
「……行こう、アラン!」
シノアさん達が居るから、心配しなくてもいいかもしれないけれど。それでも、私はハンターだから。
「……分かった。アプトノス、走れるな?」
「ウォォゥ」
「え、どうする気?」
「乗るんだ」
そう言うとアランは竜車じゃなくてアプトノスの背中に跨る。え、乗るの。そのまま走るの?
「そ、そんな事出来るの?!」
「言ったろう、大切なのは素直な気持ちを伝える事だと」
アプトノスの背中に乗りながら、アランは私に手を伸ばしてそう言った。
それはまるで、竜と絆を結ぶ───そんな素敵な存在。
「……うん!」
「マジかニャ」
私はその手を取って、アプトノスの背中に跨る。
アランは私を後ろから支えてくれて、その手は私の首に掛かっているお守りに触れられていた。
「……少し狡いかもしれないな。俺にはもうない力だから」
アランはそう言って目を瞑る。
「ミズキ、お前がアプトノスに伝えるんだ。あの咆哮の元に行きたいと。お前の飼い主を助けたいと」
「私が……伝える?」
大切なのは素直な気持ちを伝える事だ。
「アプトノスさん」
なら、私は───
「───
「ウォォゥ!」
気持ちは伝わる。
アプトノスは大きく脚を前に出して、砂の大地を駆けた。
まるで私の意思が伝わっているみたい。アプトノスはひたすら真っ直ぐに、咆哮が聞こえた方角向けて走る。
黒い影が見えたのは少ししてからだった。
一対の翼を持つ巨体。
二本の捻れた角と、ハンマーみたいな形の尻尾が特徴的。
飛ぶ事が出来ず砂漠に適応したその身体は、本来砂と同じ色をしているのだけれど。
───その竜の黒は影でも何でもない。体色である。
角竜。その亜種。
「ディアブロス亜種だったのかニャ?!」
「正確には亜種じゃないがな。……今は関係ないが!」
言いながらアランはアプトノスさんから飛び降りる。
私も続いてアプトノスさんから降りて、周りを見渡した。
───違和感。
まず視界に入るのは、ディアブロスと戦っている二人のハンター。
大剣を担いでいるのはシノアさんで、ライトボウガンを背負っているのはアーシェさんだと思う。
違和感はそこにあった。
「他の人達は……?」
視界に入ったのはその二人だけで、キャラバン隊の人達が見当たらない。まさか……。
いや、でも竜車の残骸すらないのはおかしい。
どういう事……?
「アプトノスはそこで待機させろ。二人を助ける!」
アランもそれが分かっていて、キャラバン隊の人達じゃなくて二人を助けると言って砂の上を駆ける。
「アプトノスさんはここで待っててね」
キャラバン隊の人達はどこにいるの……?
そんな疑問を浮かべながら、私もアランに続いた。
「ブゥォゥォォ……ッ!!」
巨体が駆ける。それこそ、私達やアプトノスなんて比にならない速度で。
両角を突き出したその突進は単純でありつつも、ディアブロスを暴君と呼ばせる程強力な攻撃だった。
「やば───ッガ?!」
「アーシェ?!」
砂に足を取られたアーシェさんが、ディアブロスの脚に引っ掛けられて地面を転がる。
直撃じゃないけど、それだけでもう動かなくなる程の衝撃だ。地面を転がったアーシェさんはそのまま倒れて意識を失ってしまう。
「───この……っ!!」
追撃の突進を放つディアブロスの角が、アーシェさんを庇って前に出たシノアさんに直撃する寸前。
彼女は構えた大剣を引き戻し、背中に背負いながら大剣の腹で突進をイナシた。
直ぐに振られた大剣はディアブロスの脚に叩き付けられて突進の軌道を変える。なんとかアーシェさんは助かったけど、このままじゃ危険だ。
「こっちだ!!」
そう言いながらライトボウガンを構えて銃弾をディアブロスに叩き付けるアラン。
それでディアブロスはアランの方に向いて姿勢を低くする。引き付けは成功だ。
「私も……っ! こっちだよ!!」
ディアブロスに見えるように、私は手を広げて声を上げる。
───ただ、それが間違いだった。
「無理するな逃げろ!!」
「───ぇ?」
ディアブロスが砂を蹴る。
大きい事は分かっていたけど、それは近付くにつれて恐怖と共に大きくなっていった。
こんなに大きかったっけ……?
足がすくんで動かない。
ディアブロスが眼前に迫る。もう当たるんじゃないかという感じがしても、まだ少しだけ距離があった。
それ程までに恐怖を感じる。
───助けて。
「ミズキちゃん!!」
「ミズ───」
「───ウォォゥ……ッ!!」
それを遮ったのは、私達を乗せて走ってくれたアプトノスだった。
ディアブロスの横からタックルをしたアプトノスさんのおかげで、突進は速度を落として横にズレる。
その代わりにアプトノスさんの身体は、それなりの大きさがあるにも関わらず勢いよく地面を転がった。
「アプトノスさん……っ!!」
そんな……。私を助ける為に……?
私が助けてって思ったから……?
「アプトノスさん、しっかりして! アプトノスさん!!」
私のせいで……私の───
「も、戻ってくるニャぁ?!」
「ぇ───」
振り返る。迫ってくる黒い影。
逃げられない。
怖い。
嫌だ。
「ミズキぃ!!」
来ないで───
「───ライドオン、ディノバルド。……奴を止めろ!!」
その時聞こえた声は、どこかで聞いた事があるような声で。
「ラウンドフォース!」
とても暖かく、懐かしく感じる声だった。
モンスターハンターワールド発売から約一週間。皆様どういったハンターライフをお過ごしでしょうか?
ちなみにこのあとがきを書いているのは発売日前日です。もうドキドキが止まらない状態です。
さて、今回はディアブロスのお話……?
最後に出て来たのは何者なんでしょうかね。ごめんなさい、また二話構成になりました……。
ワールドも発売、モンハンの二次創作も盛り上がっていくと嬉しいです。
感想評価お待ちしております。