モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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竜と人の物語─A furious dragon barks─
絆と血の昔語


 夢を見た。

 

 

 

 

 あの時。

 

 

 俺は何を間違えたのか。

 

 

 捨てられなかった甘さか。

 

 

 伸ばせなかった非力な手か。

 

 

 

「こうやって、足をバネのように飛ぶんですよ」

 俺に狩りの基本を教えてくれた少女は言う。

 

 

「あなたは優しい人です」

 違う。

 

 

「本当はモンスターを殺したくなんてないんじゃないですか?」

 違う。

 

 

 

 俺はただ、甘かっただけだ。

 

 

 

 命の重さを感じるのが怖かっただけなんだ。

 

 

 

 

「トドメを刺してあげないと……」

「……」

 ハンターになって、初めてモンスターを───ジャギィを倒した日。

 俺はジャギィを殺す事が出来なかった。

 

 

 目の前でジャギィの喉を銃弾が貫き、その場に倒れ苦しむ。

 このまま生きていても苦しいだけだ。息の根を早く止めてやる事が、俺に出来る事。

 

 それなのに、俺はジャギィがもがき苦しむのをただ呆然と見る。

 

 

「アラン……?」

 俺から全てを奪ったモンスター(・・・・・)が苦しむのを眺めて愉悦に浸っているのか? 違う。

 

 大好きだったモンスター(・・・・・)を傷付けた事を後悔しているのか? 違う。

 

 

「……俺が殺した? ち、違う。俺は……ただ引き金を引いただけだ。まだ……殺していない」

 ───俺はただ、命の重さをこの手で感じるのが怖かったんだ。

 

 

 だから無意識のうちに選んだ武器が、直接相手の血肉を感じないボウガンだったのだろう。

 だから俺は目の前で苦しむジャギィの命に───何も感じられなかったのだろう。

 

 結局、そのジャギィを殺したのはヨゾラだった。

 

 

 

 そして俺はその先も、三年間ハンターを続けていても。この手でモンスターの命を最後に奪う事はしなかった。出来なかった。

 トドメは全てヨゾラが引き受けてくれた。知らぬ内にそれが当たり前になって、俺は生き物の命の重さを感じる事が出来なかったのだろう。

 

 

 

 

 だから俺は失う。

 

 

 

 その重さが分からないから。

 

 

 

怒隻慧(どせきけい)が現れた?!」

 アレから三年。俺がヨゾラとロアルドロスの狩猟に成功し、ユクモ村に返って来た時だった。

 

「あぁ、再びこの付近に現れた」

 ヨゾラの兄、アキラさんが怒隻慧の目撃情報を口にする。

 勿論、今の俺に叶うような相手ではないという事くらい分かっていた。

 

 絆石だった物を強く握る。

 

 

 アイツだけは───アイツだけは殺さなければならない。

 

 

「分かっているな? 二人共」

「勿論です。無理はしません」

 ヨゾラが返事をして、俺はただ頷いた。

 

 怒隻慧の討伐クエストは、アキラさんを含む上位以上のハンター四人が請け負うらしい。

 その準備の為に、俺達のような下位ハンターは辺りにいる狩りの障害になるモンスターを討伐するクエストが回される。

 

 

「リオレイア亜種か……」

「少し私達には荷が重い気がしますね」

 緊急事態である為、俺達に回されたクエストもかなり難易度の高い物だった。

 桜火竜(おうかりゅう)リオレイア。カルラがオトモンにしていたモンスターである。

 

 

「場所はこの辺り。渓流の洞窟ですね。イビルジョーの狩猟中には絶対に他のモンスターを乱入させたくないので、逃げる事に徹して気を引いてもらうだけでも良いのです。宜しくお願いします」

 深々と頭を下げるギルドの受付嬢の言葉を無視する訳にもいかない。

 

「分かりました」

「アラン……良いんですか?」

「今の俺にアイツをどうこうするなんて出来ない。誰かがあの化け物を殺してくれるなら、それで良いんだ。……それに、火竜の事なら他のどんなモンスターより知っている」

 リオレイアがこの時期にあの場所に居るという事は───

 

 

「アラン……」

「準備をするぞ。上位ハンターの到着まで時間もない」

 ユクモ村で多数のハンターが一斉にクエストの準備を整えていた。

 いずれも怒隻慧付近のモンスターの撃退、討伐のクエストである。

 

 怒隻慧───イビルジョーはギルドがこんな規格外の事をしてでも放置出来ないモンスターとなっていた。

 

 

 だから今日こそ、アキラさんや村に来た上位ハンター三人でかの竜を討伐する。

 その為にイビルジョーに他のモンスターを近付けさせない。

 

 村を数台の竜車が出発する中、俺は上位ハンター四人が乗っている竜車を眺めた。

 アキラさんを含む四人のハンターの内、一人はG級ハンターらしい。彼等ならきっと、あの悪魔を倒してくれる。

 

 

 

 そんな願いを胸にしまい、俺は自分のクエストに集中した。

 

 相手は桜火竜リオレイア。

 このモンスターは俺が二番目によく知っている。

 

 

 策はあった。

 

 

 

「アラン、どうしますか?」

「この時期、火竜の巣には卵から孵ったばかりの幼体がいる可能性がある。……問題はその卵が孵っていた場合、リオレイアが子供の為に餌を探しに行ってしまう事だ」

「巣から出て行ってしまうとイビルジョーと戦闘しているお兄さん達と鉢合わせてしまう可能性がありますもんね……」

 火竜の番の子育ては雌が行う。リオレイアの顎から生える細い管には、噛み砕いた肉を幼体に与える授乳機のような役割を持っているからだ。

 

 

「だから奴の巣にちょっかいを出す。これでどちらにせよ、子供を守る為にリオレイアは巣から離れられなくなるからな。……勿論気を引くだけだ。無理な攻撃はしない」

「ふふ、アランらしいですね」

「……な、何がだ?」

 作戦を説明すると、ヨゾラは笑いながら横目で俺を見る。

 俺らしい……か。

 

 

「……俺はただ、あのイビルジョーが葬られればそれで良いんだ」

「アラン……」

「リオレイアだって、今の俺達じゃ狩猟は危険だから後手に回るだけだ。……あんな危険なモンスターは倒せるなら倒す」

 俺にはまだ力がない。モンスターを殺す覚悟すらない。

 

 

 早く強くならなければ。怒隻慧が死んでも、この世界には危険なモンスターが沢山いる筈だ。

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 

「着いたぞ。各自、健闘を祈る」

 渓流のベースキャンプに到着。アキラさんがハンター達に指示を出す。

 

 上位ハンター組は、アキラさんを含むギルドナイト2人。そして村とタンジアの上位ハンター2人のパーティだ。

 どんな間違いがあっても討伐は失敗しない筈。俺達は俺達のする事を熟せば良い。

 

 

 

「お兄さん、気を付けて」

「お前達もな」

 アキラさんに別れを告げて、俺達は渓流にある洞窟に向かう。

 懸念するべき事があるとすれば雄火竜の存在だ。

 

 番いになっておらず、子供が居なければ引き付けるのは難しい。

 逆にリオレウスまでもが巣に居た場合、このクエストの危険度は倍以上に跳ね上がる。

 

 

 

 その懸念は、意外な形で杞憂となった。

 

 

 

「……寝ているのか」

 巣に着くと、桜火竜リオレイアそして───蒼火竜(そうかりゅう)リオレウスの姿が見える。

 しかしその二匹はお互いに身を寄せ合って、仲睦まじく瞳を閉じていた。

 

 

「お休み中なのですかね? こうしてみると懐かしいです……」

 二匹の雄雌の火竜か……。

 

 

「どうします? アラン」

「どうって……。俺達の目的はこいつらの足止めだから、無理に起こす必要はない」

「ふふ、ですよね」

 何がおかしい……。

 

 

 まぁ、好都合な事には変わりない。

 俺は二匹を起こさないように、しかし一匹でも洞窟の外に飛び出しそうになれば襲える位置で息を潜める。

 

 四人が怒隻慧を討伐するか───或いはクエストの失敗が確定的であるなら、信号の為に色の付いた煙が巻かれる筈だ。

 だから、ヨゾラには入口の近くで外も見てもらう事にする。気をひく為ならボウガンを持った俺が火竜の近くにいた方が良い。

 

 

 

 そうして嫌な静寂が洞窟を包み込んだ。

 

 

 

 リオレウス。リオレイア。

 

 

 オトモン。モンスター。

 

 

 

 俺はなんで、こんな所に───

 

 

 

「アラン……っ!!」

「な、なんだ? あまり大きな声を出すな」

「兄さん達が……っ!!」

 は……?

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 結論だけ言えば、クエストは失敗だろう。

 

 

 上空まで上がる煙玉には色が付いていて、その色で現場を知らせる予定だった。

 空に広がる赤色の煙。その意味は───死者一人以上、クエスト失敗。

 

 

 

 この場合渓流でクエストを受けていたハンター達は、速やかに上位ハンター達の救助に向かう。

 俺達が一番遠いが、火竜の事は今は放置してアキラさん達の所に向かうしかない。

 

 アキラさんは無事なのか?

 どんな状況にせよ一人以上の命が失われた。

 

 

 二人死んでいてもおかしくない。

 

 煙玉を挙げた後、四人とも死んでいてもおかしくない。

 

 

 狩場では何が起きるか分からない。

 

 

 

 最悪な状態を想定して、煙玉が上がるエリアに走る。

 

 

 そこにあったのは───想定以上の最悪な光景だった。

 

 

 

 視界に映るのは見渡す限りの赤。

 

 何故かその場に倒れているタマミツネの死体。

 

 その周りには人の物と見える───肉片が転がっている。

 

 

 

 吐きそうになるのを抑えて、俺は辺りを見渡した。生存者は……?

 

 

 

「お兄さん……っ!!」

 ヨゾラが声を上げ走るその先には、岩にもたれ掛かっているアキラさんの姿があった。

 その横には何故か下位のハンターが一人身体を丸くして蹲っている。

 

 

 何故ここに下位のハンターが……?

 

 

 

「……ヨゾラか。無事でよかった」

「何があったんですか?! 他の人は?!」

 詰め寄るヨゾラの言葉に、アキラさんは首を横に振った。

 

 全員……死んだのか?

 

 

 G級ハンターまで居たというのにか?

 

 

 それになぜこの場所にタマミツネと下位のハンターが居る。

 どういう事だ。状況が理解出来ない。

 

 

 

「……怒隻慧は俺達と戦いながら場所を変え続け、下位のハンターを喰らい続けた。焦った俺以外の上位ハンター二人も喰われ……下位ハンター五人と上位ハンター二人がもう奴の腹の中だ」

 なんだそれは……。

 

 

 

 なんなんだそれは……。

 

 

 

「G級ハンターでギルドナイトのクライスが俺達を逃がす為に囮になって今戦っている。……今の内に逃げるしかない」

「これだけの犠牲を出して逃げるだと……っ!」

「これだけの犠牲が出たから逃げるんだ!!」

「ひぃ?!」

 俺とアキラさんの声がぶつかると、隣で丸くなっていたハンターは痙攣して倒れた。

 それだけ恐ろしい目にあったのだろうか。目の前で大切な人を奪われたのだろうか。

 

 

 だとしたら、これ以上アイツを野放しにする訳にはいかない。

 

 

「怒隻慧は弱らせたんですよね……?」

「少しはな。だが、これ以上の犠牲を出す訳にはいかない」

「これ以上……? 次はどの村が襲われるか分からない。ユクモ村だって例外じゃないんだ。この時を逃したら、これ以上なんて簡単に起こりうる!!」

 俺はボウガンを背負って、ペイントボールの匂いがする方角へと歩く。

 

 

 アイツを殺す。

 

 

 

 この手でアイツを殺す。

 

 

 

「待てアラン……っ!」

「あんたに何が分かる! あの時村に居なかったあんたに何が分かる!」

「今さっきこの場所に居なかったお前に何が分かる! この場所で何が起きたか想像してみろ! お前に何が出来る!」

「……っ」

 確かに俺が何かした所で、怒隻慧を倒せる可能性は皆無だ。

 

 

 だが目の前にアイツがいる。

 

 

 何人ものハンターがダメージを負わせたアイツがいるんだ。

 

 

 

 俺じゃなくても───俺だけの力でなくてもアイツを殺す。

 

 

 

「怒隻慧を火竜の番と戦わせる……」

「なに……?」

「アラン?」

 ふと出た言葉は、そんな突拍子もない言葉だった。

 

 

 なぜそんな事を言ったのだろう。

 

 

 モンスターの力を借りようとしたのか。

 

 

 モンスターを利用しようとしたのか。

 

 

 

 いまになっても、その答えは分からない。

 

 

 

「どういう事だ」

「……洞窟に居る二匹の火竜の亜種とイビルジョーをぶつける。奴が弱っているなら、その二匹と戦えば倒れる筈だ」

 アイツを殺せるなら。アイツが死ぬのならなんでも良い。

 

 

 この目でアイツの死体を見るまでは、俺の心が安らぐ事はない。

 

 

 

「そんな事が出来る訳ないだろう。三匹に襲われ───」

「出来ます!」

 そう言ったのはヨゾラだった。

 

「アランなら出来ます。竜の事を分かっているアランなら、出来ます!」

「ヨゾラ……」

 俺は竜の事を分かっているのだろうか?

 

 

 ならどうしてあの時、ミカヅキは……。

 

 

「ね、アラン。出来ますよね?」

「……。……勿論だ」

 やってやる。やってみせる。

 

 

 怒隻慧を倒す。

 

 

 

「……無理はするな」

 その可能性に賭けてくれたのだろうか。

 

 アキラさんは下位ハンターを背負いながら立ち上がり、そう言った。

 

 

「……はい!」

「行きましょう、アラン」

「って、ヨゾラも来るのか……?」

「なにを言ってるんですか……?」

 逆に驚いた表情でヨゾラは聞いてくる。

 今から俺がやる事がどれだけ危険か分かっているのだろうか?

 

 

「私はアランの答えが見たいんです」

「答え……?」

 なにを言ってるんだ? お前は。

 

 

「怒隻慧が倒れた後、あなたが何を思うのか見届けたい。それに、アラン一人では心配ですから」

 笑顔でそう言うヨゾラ。

 

 

 なんだろうな。頼もしいと思った。

 

 

 こんな気持ちはいつぶりだろうか。

 

 

 

「……分かった。ギルドナイトの人も心配だ。直ぐに向かおう」

「はい!」

 直ぐそこにアイツがいる。

 

 

 あの危険なモンスターがいるんだ。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

「いやぁ……参った。もー無理だ。死ぬ。死んだ」

 辺りを木々に囲まれたエリアで大の字で倒れる一人のハンターが見える。

 

 

 赤いギルドナイトスーツを着た彼は、アキラさんの同僚であるギルドナイト。そしてG級ハンターでもあるクライスさんだった。

 

 

 

「大丈夫ですか?!」

「おー、嬢ちゃんに坊主か。見ての通り瀕死だ。もう死ぬ」

 軽口を叩く彼はその言葉に反して身体はボロボロである。しかし、五体満足で瀕死の重傷を負っているようには見えなかった。

 

 

「しっかりしてください!」

 いや、多分その人そこまで酷い状態じゃないぞ……。

 

 

「……大丈夫ですか?」

「……んー、まぁ。倒し損ねたが倒し損ねられたって所だな。あのまま行けばどちらかが死ぬか、相打ちだったろうが。……奴さん狡猾だねぇ。逃げて行きやがった。俺もこれ以上は無理だ」

 流石G級ハンターという事だろうか。それに、これまで犠牲になったハンター達の力もある。

 

 今ここで引く訳にはいかない。

 

 

「分かりました。後は俺達がやります」

「……ほぅ。何か考えがあるのか?」

 俺はクライスさんに作戦を話すと、彼は大笑いしながらも称賛してくれた。

 

「よし、後は任せる。生きて帰って来い。その最高にバカな作戦の成功談を村中で聞かせてやれ」

 そう言ってベースキャンプに戻る彼を尻目に、俺達は怒隻慧が向かった先へ足を向ける。

 

 

 

 この先にアイツがいるんだ。

 

 

 

 血の匂いを感じる。

 

 

 

 近い。

 

 

 

 どこだ?

 

 

 

「アラン、木の陰です!!」

「……っ!」

「グォォアラァァアアアッ!!!」

 突如鳴り響く咆哮。赤い光が視界に映り、俺は咄嗟に後ろに下がった。

 

 

 

 身体の半身を包み込む不気味な赤黒い光。暗緑色の体色は数々のハンターの血で濡れ、赤く染まっている。

 その他にも全身に刻まれた傷は、これまで戦ってきたハンターによる攻撃の傷だ。

 

 

 この機を逃す理由はない。

 

 

 今ここで、コイツを殺す。

 

 

 

「……こっちだ!! こい!!」

 お前を地獄に連れて行ってやる。

 

「アラン!」

 こうやってヨゾラと一緒に並んで走るのを、場違いだが懐かしいと思ってしまった。

 初めて会った時もこうやってロアルドロスに追い掛けられながら走ったっけか。

 

 楽しかった。

 

 

 皆と居るのが楽しかった。

 

 

 その生活を壊したコイツを許さない。

 

 

 幻でも良かった。嘘でも良かった。

 

 

 ミカヅキや皆と、竜と本気で心を───絆を結んでいると思っていたのが楽しかったんだ。

 

 

 

 それを奪われた。

 

 

 

 お前だけは地獄に連れて行く。

 

 

 何をしてでもだ。

 

 

 

「追いかけてくる足が遅いです!」

「弱ってる証拠だ。これならいける!」

 怒隻慧は時折足を引きずりながらも俺達を追い掛けてくる。

 このまま行けばあの二匹が居る洞窟だ。

 

 

 水の流れる小さな滝を通り抜け、俺達は洞窟の中に駆け込む。

 足音は気にしない。むしろ早々に二匹には起きて貰った方が都合がよかった。

 

 

 

「グォァォアアッ!!」

 壁を削りながら洞窟に入ってくるイビルジョー。俺とヨゾラは滝で怒隻慧の視界が閉ざされた時に岩陰に隠れる。

 

 怒隻慧が洞窟に入って来た時に見たものは、眠っている二匹の火竜の姿だった。

 

 

「ヴゥォァァアアウッ!!」

「グゥォァァアアウッ!!」

 侵入者に気が付き、二匹の火竜が目を覚まして翼を広げる。

 同時に後退りする怒隻慧。だが───遅い。

 

 

 

 二匹の火竜は火球をイビルジョーに叩き付けた。

 衝撃に耐えられず、横倒しになる怒隻慧。そこに桜火竜が突進する。

 

 脚を引き、一度腰を落としたその動作はリオレイアが得意とするサマーソルト攻撃だ。

 尻尾の毒が回れば怒隻慧の体力をさらに削る事が出来る。

 

 

 上手くいった───そう思った次の瞬間だった。

 

 

 

「グォォァアアアッ!!」

 振り抜かれたリオレイアの尻尾を、怒隻慧が噛み砕く。尻尾を食い千切られたリオレイアはバランスを崩して地面に身体を滑らせた。

 

 

「ヴゥォァアアッ!!」

 体勢を立ち直してリオレイアを狙うイビルジョーをリオレウスが許す訳もなく、再び火球が怒隻慧を襲う。

 リオレイアの前に出るようにイビルジョーの正面に立ったリオレウスは、その場で翼を羽ばたかせ自らの領域へと身体を浮かせた。

 

 

 

 空の王者───リオレウス。

 

 

 発達した翼は空中からのブレスすら可能とし、さらにこの洞窟内のような低空ですら恐ろしい速度の滑空を可能とする。

 

 

 空中から三連続でブレスを放ったリオレウスは、一度高度を上げて毒のある脚の爪をイビルジョーに向けた。

 

 

 

 空中からの攻撃───しかし、突進するリオレウスを赤黒い光が包み込む。

 イビルジョーのブレスだ。だが、叩き落とされたリオレウスを踏み砕こうと脚を上げたイビルジョーはリオレイアのブレスに弾かれるようにして地面を転がる。

 

 

 

 一瞬で二匹をここまで追い詰めた怒隻慧だが、アイツも満身創痍だ。

 

 

 あの火竜の内どちらかが倒れる可能性はあるが、確実に怒隻慧は倒れる。

 

 

 

 

 これで良い。

 

 

 

 これで良いんだ。

 

 

 

 

「……アラン?」

 俺は気が付いたら絆石を握りしめていた。

 

 

 なぜだ。

 

 

 

 なぜ迷っている。

 

 

 

 なぜ俺は武器に手を伸ばしている。

 

 

 

 このまま行けば怒隻慧は死ぬ筈だ。何を迷って───

 

 

「アラン。自分の気持ちに嘘を付いたらダメですよ」

「……違う。俺は、違う」

 助けたいのか?

 

 

 火竜を。リオレウスを。リオレウスの亜種を。助けたいのか? 俺は、俺は───

 

 

 

「アラン、怒隻慧を倒したらあの村に戻りましょう」

「何言ってる……。もう村はないんだ」

「やり直せます。まだアランはやり直せます。まだきっと、アランなら竜と心を───絆を結ぶ事が出来ます。またライダーになりましょう? あの頃は戻らないかもしれない。でも、あの頃を取り戻す事は出来るかもしれません。……あの竜を私達で倒して、取り戻しましょう。あなたの優しい気持ちを」

 ライダーに……なる?

 

 俺は……。

 

 

 俺は……ライダーになりたかった。

 

 

 

 世界中のモンスターと絆を結べる、ライダーに。

 

 

 

「……リオレウス亜種を助けるぞ」

「はい!」

 返事をしたヨゾラと同時に駆ける。

 

 

「お前の相手は俺だ!!」

 イビルジョーとリオレウス亜種の間に入り込み、俺はイビルジョーに向けて引き金を引いた。

 

「グォォァアア!!!」

 見失っていた獲物に吠える怒隻慧。その脚を踏んで跳躍したヨゾラが、身体を回転させて二本の剣を叩き付ける。

 

 

 

「行くぞヨゾラ、こっちだ!!」

「はい!」

 ここで戦っていたらリオレウス達を巻き込んでしまうか、リオレウスの攻撃に俺達が巻き込まれるだけだ。

 それに火竜達にとっては俺達も縄張りの侵入者である。

 

 

 

 ……悪かったな。邪魔をした。

 

 

 

 もしかしたら、この二匹はミカヅキやサクラの親なのかもしれない。火竜の亜種なんて珍しいからな。

 俺はまた絆を結べるだろうか? 竜と心を通わせる事が出来るだろうか?

 

 

 まずはアイツを殺す。

 

 

 

 その事だけに集中しよう。

 

 

 

 怒隻慧は想像以上に弱っていた。

 

 

 

 攻撃は遅く、ブレスも吐き出す事が出来ない。

 

 

 

 大きなジャギィみたいな物だ。これまで犠牲になったハンター達や、火竜からのダメージが相当大きかったのだろう。

 これなら俺達でも倒せる筈だ。いや、倒す。このままコイツを殺す。

 

 

「はぁぁ───……っぁ?!」

 イビルジョーの脚を切り裂いていたヨゾラが、運悪く持ち上げた脚に当たって地面を転がった。

 だが、イビルジョーもまたダメージを負いその巨体を遂に横倒しにする。

 

 

 あの悪魔が目の前で倒れているんだ。

 

 

 この引き金を引けば、目の前にあるイビルジョーの頭蓋を砕き息の根を止める事だって出来る。

 

 

 

 なのに───

 

 

「アラン!! トドメを刺してください!!」

「コイツを……殺せば……っ!!」

 ───なぜだ。

 

「アラン……?」

「……っぅ」

「……グルルァゥ」

 力なく倒れ、俺を睨み付けるイビルジョー。

 

 

 ダリアさんの、カルラの、メアリさんの、村の皆の、ミカヅキの仇。

 それが目の前で倒れているというのに、俺は武器を振るう事が出来ない。

 

 

 なぜか?

 

 

 

 当たり前だった。

 

 俺はそれまで、この手でモンスターを殺した事がなかったのだから。全てヨゾラに任せて逃げていたから。

 

 分からなかったんだ。

 

 

 

 二匹の火竜からイビルジョーを遠ざけたのだって、俺のせいであの二匹が死ぬのに耐えられなかっただけなんだろう。

 

 

 ───俺は、甘かった。

 

 

 その甘さが、また俺から大切な物を奪うとも知らずに。

 

 

「グルァァァアアアアッ!!」

「……っ?!」

 立ち上がるイビルジョー。赤黒い光が、辺り一面を覆い尽くす。

 

 チャンスを逃した。いや、まだだ。まだチャンスはある筈だ。

 

 

 俺は殺せる。

 

 

 俺がコイツを殺すんだ。

 

 

 

「アラン! 逃げて下さい!」

 身体は動かない。

 

 頭の中では分かってるのに、武器を上げる事すら出来ない。

 

 

 

 結局俺は中途半端だったんだ。

 ハンターにもライダーにもなれない。

 

 

「グルァアアッ!」

 鋭い牙が───

 

「アラン!!」

「ぇ」

 ───ヨゾラの左腕を持っていく。

 

 

 鮮血が飛び散り、しかし俺を助け出したヨゾラは笑っていた。

 

 

 

 

「ヨゾラ?!」

 何をしてるんだ俺は……?

 

「……ぁ゛ぅ…………っぁ゛」

 俺はまた何もしないのか。

 

 

 また何も出来ないのか?

 

 

 

「グァゥ……」

 満足気にヨゾラの左腕を飲み込んだ怒隻慧は、赤黒く光る右眼を次の獲物に向ける。

 人の肉は美味いか。これまで何人食ってきた。

 

 メアリさんも、カルラもダリアさんもお前が殺したんだったな……。

 今日だって何人のハンターを食い殺したんだ。お前だけは……お前だけは許さない!!

 

 

「……っ!! 殺してや───」

「アラン……聞いてください」

 先の無い左肩を抑えながらヨゾラが俺の言葉を遮る。

 

 

「あなたは優しい人です」

 違う。

 

 

「あなたは人の、いえ他の生き物の事を分かってあげられる人です」

 違う。

 

 

「きっと、アランにモンスターを殺すのは無理ですよ。だって、アランは優しいですから」

 違う。

 

 

「止めろ……止めてくれ……」

 なんでそこに居るんだ。

 

 

 なんで皆はいつもそこに居るんだ。

 

 

 なんでお前はいつも俺の大切な物を奪って行くんだ。

 

 

 

「グルァァァァアアアアアッ!!!」

「アラン、私はあなたの優しい所が好きでした。きっとあなたなら、自分が望む者になれます。きっと、世界中のモンスターと絆だって結べますよ。……あなたなら」

 俺が望む者ってなんだ。

 

 

 ハンターか? ライダーか?

 俺はどっちにもなれない。

 

 世界中のモンスターと絆を結んで、世界中の人を助ける事も。

 ハンターとして力を付けて、たった一人の掛け替えのない人を助ける事すら出来ない。

 

 

 

「もっとアランと一緒に居たかったです」

「待て…………待ってくれ!! 違うんだ! 殺せる、俺はモンスターを殺せる!! 待て……っ! 待ってくれ……っ!!」

 手を伸ばす。

 

 

 同時に、怒隻慧(悪魔)の口が降って来た。

 

 

 

「生き物って、簡単に……死んじゃうんですね。…………ごめんなさい、アラン。生き───」

「やめろぉぉぉおおおお!!」

 

 

 また、何も出来ない。

 

 

 また、失う。

 

 

 それが嫌で伸ばした手が彼女の手を掴んだ瞬間。

 

 

 その手の先を大顎が食い千切った。

 

 

 

 

 飛び散る鮮血。

 

 

 支えを失った少女の手首が、俺の手から滑り落ちる。

 その手首が握っていた黒い剣が音を立てて、真っ赤になった地面に沈んだ。

 

 

 

「ははっ……」

 また、何も出来なかった。

 

 

 

 守れなかった。

 

 

 

 失った。

 

 

「はははっ、はっははははははっ、はっへっはぁっはっはっは──────死ねぇぇぇぇえええええ!!!!」

 落ちた剣を拾って振るう。

 

「グァゥ……」

「返せ!! 返せぇ……っ!! 返せぇぇえええ!!」

 何度でも叩き付ける。やっと分かったんだ、やっと自分が甘かったと分かったんだ。

 

 

 

 死ね。死ね。死ね。

 

 

 殺さなきゃいけない。モンスターは殺さなきゃいけないんだ。

 ライダーになる? あの村に戻る? また絆を結ぶ?

 

 

 そんな事は出来ない。

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 

「返せよぉぉぉおおおおお!!」

 最後に残った大切なものを失って、やっと俺はその事に気が付く事が出来た。

 

 

 もうその時には遅かった。

 

 

 

「逃げるなぁ!! 待て!! お前を殺す!!! 絶対に殺す!!! 待てぇぇえええ!!!! うあぁぁあああああああ!!!!」

 その日、俺の前から姿を消した怒隻慧はその四年後に遺跡平原で確認されるまで姿を消した。

 

 

「ヨゾラ……は……?」

「……」

「ヨゾラはどうした!! なぜお前だけが帰ってきている。なぜだ、なぜ……なぜだぁ!!」

 その日を境に俺は独りになる。

 

 

 アキラさんは塞ぎ込み、唯一の友人のウェインはギルドナイトの仕事が忙しくて会えなくなった。

 

 

 

 その位が丁度良かった。

 

 

 

 独りで居れば、何も失わない。

 

 

 

 もう何も失わなくて済むんだ。

 

 

 

 

「……お前を見捨てていれば」

「……ヴゥォァッ」

 そして、俺は初めてモンスターを殺した。

 

 

 蒼火竜、リオレウスの亜種。桜火竜、リオレイアの亜種を。

 渓流の生態系が乱れた事で縄張りを広げた二匹を俺は討伐した。

 

 あの時落ちたヨゾラの剣を右手に。ミカヅキの素材で出来たボウガンを左手に。

 この時初めて殺したモンスター、リオレウス亜種の素材を防具にする。

 

 

 俺はクエストをこなし続けた。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 だが、竜を滅ぼそうとは思えなかった。

 

 俺はただ自然の理に従って狩りをしているだけだ。

 

 

 

 そう思う事でしか、この引き金を引けなかったから。

 

 

 

 この甘さを捨てきれないから。

 

 

 

 

 そんな時に彼女に出会った。

 

 

 

 考えが甘くて、優しい少女だ。

 

 ただ彼女は甘いだけじゃなかった。

 

 

 優しさを捨てずに、自分なりの答えを探せる強い意志がある少女だった。

 

 

 俺とは違う。

 

 

 

 俺の見付けられなかった答えを、彼女なら見付け出せるかもしれない。

 

 

 

 俺はその先が見たかった。

 

 

 

 もう失いたくない筈なのに。それなのに、俺はまた一人じゃなくなってしまった。

 

 

 

 

 だが、次はない。

 

 

 

 俺はアイツを殺す。

 

 

 

 もう俺はモンスターを殺せる。

 

 

 

 見ていてくれ、ヨゾラ。

 

 

 見ていろ、ミカヅキ。

 

 

 

 

 俺はアイツを必ず殺す。




第四章開幕は、三章でやった過去編の最後のお話を詳しく書いたお話でした。
怒隻慧との戦い。四章では重要になってきます。


して、関係ないですがモンスターハンターワールド発売まで一週間を切りましたね。ベータ版もプレイしてみましたがもう楽しみで仕方がないです。
ワールドで特徴的なのは、モンスターがハンターの敵としてではなく自然に生きる生物として強く描かれている事でしょうか。モンスター同士で縄張り争いをしたり、偶々逃げた先にいたモンスター同士が戦い始めたり。───それを故意に狙う事も出来ます。

この作品を書き始めた時は、まさか同じような事がゲームで出来るようになるとは思いもしなかったんですよね。考え深いというか、なんというか。


発売日を心待ちにしております。


狩れ!この生ける大地と共に!


更新に関しては通常更新する予定です。感想と評価、待ってます(`・ω・´)

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