モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
「はい、素材ツアーの方ですね。ようこそ火山地帯へ! 数日宿泊との事ですので宿も用意してあります。直ぐにでも出発されますか?」
そう言いながら頭を下げる、酒場の受付嬢さん。
ここは火山地帯に隣接するとある村。
主に炭鉱で生活を担っている村で、ハンターもビックリの体付きが良い人々で賑わっている。
私達はアランの武器や装備の強化に使うカブレライト鉱石という鉱石を探すために、火山の素材ツアークエストを受けてこの村に来ました。
タンジアから火山地帯は遠いから、気球船を使っても日帰りが難しい。だから、この村で宿を取ってあります。
「はい、今から出発させて下さい」
「了解しました。準備しますので、その場で少しお待ち下さいね!」
元気に返事をして書類をテキパキと纏めていく受付嬢さん。「アイシャとは大違いニャ」とはムツキの言葉。
「はい、火山の素材ツアー三名様ですね。受付完了しまし───」
「ちょぉぉおおおっと待ったぁぁあああ!!!」
受付嬢さんが判子を押そうとしたその瞬間、背後から大きな声が。
驚いて振り向くと、そこには短い茶髪と顎髭が特徴的な中年男性が手を広げて立っていた。
全身に煌びやかな装飾品を身に纏い、背中にはこれまた煌びやかな鉱石が使われた特徴的なハンマー。
確かグレートノヴァだっけ?
鉱石であるクリスタルの結晶をそのまま使って作られたその武器は、聞いた話では
もはやソレは宝そのもので、武器としてよりも置物として有名な代物だ。だから、私でも一目で分かったんだけど。
……本物? に、偽物だよね? 多分。
「あ、ヴィンセントさんいらしたんですね……」
そんな男性を目にした瞬間、受付嬢さんは目を半開きにして言葉を落とします。
誰なんだろう? 背中にハンマーを背負ってるし、ハンターさんなのかな?
「無論、吾輩は常に全世界の美少女の心の中に存在する者! いつ、如何なる時も、如何なる場所でも、君の心に吾輩はいるのである。そうだろう? マドモアゼル」
私達を通り越して、受付嬢さんに花束を渡しながらそう言う彼。ヴィンセントさんは得意げな表情で片目を閉じた。
受付嬢さんは物凄く嫌そうな顔をしながら、花束を彼に押し返す。仲が悪いのかな?
「えーと、この人は?」
「この村のハンターです。……一応」
一応?
「ノンノンノン、間違っているぞ。吾輩はハンターではない」
ただ、ヴィンセントさんは彼女のそんな言葉に否定的な様子。ハンターじゃないなら、彼はどんな人なのかな?
「ハンターじゃないならなんなのニャ? やっぱり村の人なら、炭鉱夫かニャ?」
「おぉ! 小さき者よ、よく聞いてくれた」
「ち、小さき者……」
ムツキの言葉に振り向いた彼は、その場で回って手を広げる。面白い人だ。
「吾輩の名はヴィンセント・カタルア。世紀の大冒険家にして、
右手を自分の胸に当て、左手を天高く伸ばしながらそう言うヴィンセントさん。うん、とても面白い人だ……。
「トレジャーハンター?」
「そう! トレジャーハンター! 君のような可憐な少女に似合う宝を探し幾年月。生涯を賭け、トレジャーを探求する存在」
首を傾ける私の前で片膝立ちをして、彼は花束を持ち上げながらそう言う。
「君の瞳に一目惚れした。麗しいサファイアのような、透き通ったマカライトのような! これは敬愛の証である」
私が花束を受け取ると、ヴィンセントさんは私の手を握って手の甲に口付けをした。
ちょっと恥ずかしいけど……。なんだろう、高貴な人の挨拶みたいで素敵です。
「ニャぁぁぁぁ!! こいつやりやがったニャ!! 首落として血祭りに上げてやるニャ!!」
「ムツキ、それじゃ足りん。ドクテングダケを持ってこい、この世で最大の苦しみを与えてやる」
「ど、ど、ど、ど、どうしたの二人共?! 物凄い物騒だよ?!」
なんでそんなに怒ってるの?!
「ふふ、青いな青年に小さき者よ。これくらい吾輩の中では挨拶である。吾輩とそこの受付嬢の間では日常茶飯事! むしろ世界中の女性と吾輩はこうである! こうありたい!」
「嘘ばっかりでっち上げないで下さいハンターライセンス取り上げますよ?!」
クルクル回りながら声を上げるヴィンセントさんを怒鳴りつける受付嬢さん。仲が凄く悪いのかな?
「……で、結局この人は何者なんですか?」
「……一応、一応! 村専属のハンターです。冒険家でもなんでもないですよ」
「失礼な! 吾輩は───」
「黙って」
「あ、はい」
いや、きっと仲が良いからこんなに楽しそうなんだね!
「ミズキってやっぱりバカだから、こういう時に笑顔でいられるんだニャ」
「流石にそこまでバカにされると私も怒るよ?!」
なんで?! 私何か変?!
「その人はただ、趣味で火山の鉱石を集めたりしてるだけです。宝を持って帰ってきた事なんて一度もないですし、身に付けてる物だって全部お金で買った物ですし。というか何の用ですか? 私は今仕事中なんですけど」
虫を払うように手を縦に振る受付嬢さん。扱いが酷過ぎる気がする。
「いや、吾輩も今日は我が宝物庫に出向こうと思っていた次第。丁度同伴者もいるとなれば賑やかで良いではないか! 今日こそ君に、カブレライトの原石をプレゼントすると約束しよう!」
「火山はヴィンセントさんの所有物じゃないですし。お客さんにも迷惑なので辞めて下さい。ていうか帰れ」
辛辣……。
「……。……いや、俺からも同行をお願いしたいです」
手でヴィンセントさんを払う受付嬢さんに、そんな言葉を掛けるアラン。
どうしたのかな? 普段他の人をクエストに誘う事なんて、ほとんどないのに。
「え、え?! 正気ですか?! この人相当ウザいですよ?!」
「それは一目で分かりましたが、俺達の欲しい素材的にも丁度良いので。それに、火山は初めてなので案内人が居ると心強いですし」
欲しい素材……?
──今日こそ君に、
思い出すのはヴィンセントさんのそんな言葉。あ、そっか! 私達が欲しいのはカブレライト鉱石だもんね。
「は、ハンターさんがそこまで言うなら。……はい、四人での素材ツアーですね。受付完了しました! ヴィンセントさん、皆さんにご迷惑のないようにお願いしますね」
「任せたまえマイハニーよ。必ずやそのクエスト生還し、君の前にまた現れるとしよう! そう、鉱石の花束を持って!」
「これまで会ってきた人で一番ヤバイ奴かも知れないニャ、コイツ」
そんな訳で私達は、ヴィンセントさんの案内で火山に赴く事になりました。
カブレライト鉱石、見つかるといいなぁ。
◇ ◇ ◇
火山地帯は、常に灼熱の大地。クーラードリンクは欠かせません。
しかし暑さを和らげるクーラードリンクを使っても、ウルク装備だと私は耐えられないので、砂漠や火山に行く時は二年前作ったケチャワチャ装備を着ます。
あまり使わなくなってしまったけど、あのケチャワチャさんの素材を使って作られた装備だから、私はまだお世話になっていました。
アランは良く鎧着ていられるよねぇ、何も着てないムツキが羨ましいです。
「ヴィンセントさんはなんでトレジャーハンターって名乗ってるんですか?」
カブレライト鉱石があるという場所まで彼に案内してもらう途中、私は気になっていた事をヴィンセントさんに聞いてみました。
トレジャーハンターって遺跡とかの隠された財宝を探す人ってイメージだけど、この人はあの村のハンターさんらしいし。
「よくぞ聞いてくれた、吾輩が宝を求めるのは至極! 単純! 明快!」
その場でクルクル回りながら口を開くヴィンセントさん。本当に面白い人だなぁ。
「モテる為である! 宝をこの身に纏い、女性に煌びやかな吾輩をアピールするのだ!」
そして、彼はそう答えた。
「……ほぇ?」
「この人ヤバイニャ。関わらない方が良いニャ」
モテる為って、異性にモテたいって事なのかな?
お宝をいっぱい集めて異性に必要とされたい。分からない訳じゃないけど、私には少し難しいです。
「まだ君には早かったかな、マドモアゼル。我が崇高なる願いは男性なら誰しも思う事であり、吾輩は自らの欲求に素直に生きているだけである! そう! 言うならば、生存本能!!」
「おー、なんか凄いです」
「騙されるにゃ。コイツはただの変態だニャ」
変な人っていうのは言えてるかもね。
でも、面白いです。
「まるでウラガンキンだな」
「ウラガンキン?」
モンスターの名前かな? 私の知らない名前だけど。
「吾輩をあんな顎と一緒にして貰いたくないものである。
「ウラガンキンは繁殖期になると、綺麗な鉱石を好んで食べたり身体に付着させて雌へアピールするんだ。野蛮というよりは、つまり、あんたみたいにモテたいのさ」
口を尖らせるヴィンセントさんを横目で見ながらそう言うアラン。ムツキが笑う横で、ヴィンセントさん本人は口が開いたまま閉じる事が出来なくなってしまっていた。
面白いモンスターだね、ウラガンキンって。ちょっと性格は可愛いかも。
「ここである!!」
そして火山を歩く事それなりの時間。ついにたどり着いたのは岩盤に囲まれ、熱気が籠る場所だった。
周りを見渡しても大きな岩が転がっているだけで、カブレライト鉱石が転がっているように見える場所はない。
「カブレライト鉱石なんて見当たらないニャ」
「何を見ているのかな小さき者よ。これよ! 見よこの神秘的かつ超自然的な我が宝物を!」
そう言ってヴィンセントさんが両手を向けるのは、どう見ても巨大な岩にしか見えない───他に表す言葉が見当たらない岩。
岩。
とても大きな、見上げるような大きな岩。ただ、岩。
この大きな岩がお宝なのかな? えーと、カブレライトは?
「おふざけに付き合ってる暇もないし、別の場所を探すか」
「ノンノンノン、ふざけてなどいない。見てくれたまえ、この隙間! この隙間から見えるパラダイスを!」
彼が指差すその先には、岩の切れ目がある。ピッケルで掘れそうな、そんな切れ目だ。
私がその隙間を覗いてみると、その先にはうっすらと薄紫色の綺麗な鉱石が覗いている。
「あ、カブレライト鉱石!」
しかも、隙間から覗ける一面全てにそれが見えた。
もしかしてこの岩って……。
「流石、お気付きかな麗しの少女よ。そう、この岩の中全てがカブレライトの原石よ!!」
「な……にぃ……?」
「もし本当だったら相当な宝ニャ。大富豪ニャ!」
その言葉には流石のアランも驚いて、ムツキは大興奮。
この大きさの鉱石を見つけたとなれば、値段なんて私の理解出来ない額になるに違いない。
……犯罪が起きそうなお宝だ。
「こんな物を見つけていたのになぜ採取しないんだ?」
「吾輩ではこの岩を破壊する事が出来んのだよ」
アランの言葉にそう答えるヴィンセントさん。
確かにこの岩を削っていくのは難しそう。
「だからボク達を連れてきたって事かニャ」
「ご名答。吾輩一人では無理でも、皆の知恵と勇気と何かを合わせれば! 我が悲願であるこの原石との対面が叶い、君達もカブレライト鉱石が手に入るという訳だ」
おー! なんか凄いかも!
「取り分は殆どそっちかニャ」
「もし手に入れる事が出来たなら、相応の金額は払わせて頂くよ。何せこの大きさの宝を半分にするなど……勿体ない。さて、では取り掛かろう。世紀の大発見は目の前である!」
ワクワクしてきました。
「ふふふ、大富豪になって世界中の女性にモテモテチャンス!」
あ、やっぱりそっちが本命なんだね。
さて、こういう時に頼りになるのがムツキです。
「ムツキ、何か手はあるの?」
「とりあえずピッケルニャ」
そう言ってムツキが取り出したのは普通のピッケル。鉄鉱石で作られたピッケルを振り上げて、岩に叩きつけた。
【ピッケルが壊れてしまった】
「そんなに簡単にはいかないぞ、小さき者よ」
「小さき者言うにゃ。それならグレートを使うまでニャ!」
次にムツキが取り出したのはピッケルグレート。それも、思いっきり岩に叩きつけます。
【ピッケルグレートが壊れてしまった】
「ですよねー」
「……爆破するニャ」
その手にはいつのまにか小タル爆弾が。
「え、ちょ、それはダメなんじゃない?!」
「こうなったら自棄ニャー!」
あ、投げた。
弾ける小タル。小さな爆煙が上がり、一瞬だけ視界を包み込む。
しかし岩───無傷。
「かなり頑丈だな」
「それはもう吾輩の心のように硬い岩であるぞ。吾輩とて色々試したのだ。その程度ではビクともせん」
「それを先に言うニャ……」
うーん、どうしようね?
「大タル爆弾は試したのか?」
「無論。吾輩の資金内で出来る事はしたつもりである」
と、なると私達が居てもこの岩からカブレライト鉱石を採掘するのは難しいんじゃ……。
「となると、無理だな」
「なんと! 吾輩の夢、破れたか。……仕方ない、普通にカブレライト鉱石が取れそうな場所に案内しよう。しかしこの時期は彼奴が食い荒らしてる可能性もあるからな、中々探すのは難儀かもしれんぞ」
そう言うヴィンセントさんの案内で、私達はカブレライト鉱石を探して火山を歩き回りました。
なんと結果は収穫ゼロ。
アランやヴィンセントさんが言っていたウラガンキンというモンスターが、鉱石を食べてしまっている可能性があるそうです。
それも見越して私達は数日村に泊まる事にしていたんだけど、まさか本当に見つからないなんて思ってもみなかった。
うーん、どうしたものだろう。
◇ ◇ ◇
「今日もダメか……」
それから二日後。なんと、カブレライト鉱石は見つかりません。
何度かあの大きな岩を崩す事にもチャレンジしてみたけど、ちょっと難しそうです。
「うーむ、吾輩が案内出来る場所は殆ど彼奴に食われてしまってるようだ。こうなれば罰として痛い目を見てもらうしかあるまい。このグレートノヴァで今日こそ彼奴を沈めてみせよう!」
「ヴィンセントさん、ウラガンキンと戦った事は?」
ハンマーを掲げるヴィンセントさんにそう聞くアラン。え、倒しちゃうのかな……?
「全敗である!」
「かっこつけて言う事じゃないニャ」
「アホみたいに強いんだぞ、あの顎」
そんなに危険なモンスターなのかな……?
全敗って言ってるヴィンセントさんはピンピンとしてるけど。
「アラン、倒しちゃうの?」
「いや、これだけ広範囲で活動しているウラガンキンとなると交戦もありえる話だから聞いておいただけだ。この前言った通り、奴は鉱石を食料とするから態々村を襲いに来る事もそうないだろう。余程の事がない限り───」
「大変だぁ!! 村の炭鉱現場にウラガンキンが!!」
アランの言葉を遮ったのは、村の炭鉱夫の一人だった。
炭鉱現場に続くトロッコで使うレールの上を、大勢の村人が走って逃げてくる。
あの先の現場にウラガンキンが現れてしまったという事だろうか?
次の瞬間、村に設置された鐘が鳴って緊急事態が村中に知れ渡る。
そうして鐘の音がなる村の大地が、大きく何度も揺れた。
それは人が大勢で動いたからじゃなくて、何か大きな重量物が地面に叩きつけられたかのような、そんな揺れ。
「───前言撤回だ、余程の事が起きた。……ウラガンキンを討伐する」
「う、うん!」
分かってる。これは仕方ない事。
ウラガンキンは縄張りを広げて、その縄張りが村に近付いてしまった。
どちらも引く事は出来ない。私達は相容れない。
「あ、ハンターさん方こんな所に。ついでにヴィンセントさんも」
「おぉ、無事だったかマドモアゼル。で、なんで吾輩がついで?」
「ハンターさん、緊急クエストをお願いします。村を救って下さい!」
「はっはっはー、恥ずかしがって無視なんて可愛い事だ」
「炭鉱現場までのトロッコは準備が完了してます!」
完全に無視されてる……。
「分かりました、緊急クエストは受注します。念の為、村の人の避難をお願いします」
「はい! どうか、よろしくお願いします」
短いやり取りを終えて、私達は普段炭鉱に使うトロッコに乗り込んだ。
ちゃんとヴィンセントさんも付いてきてくれて、トロッコは蒸気を出して動き出す。
炭鉱現場を荒らされちゃったら村の生活も危ない。早くなんとかしないと……。
焦る気持ちを抑える前に、視界に巨体が映った。大きい。
レールの先で、岩盤に何かを叩きつけて砕くモンスター。
砕けて地面にばら撒かれた鉱石を、そのモンスターは口に運ぶ。
「出たな彼奴め!
「あれが───」
トロッコが止まる。その金切り音を聞いてか、私達の気配を感じたからか、そのモンスターは振り向いてその巨大な顎を私達に向けた。
金色の外殻は鈍く光り、背中には無数の突起が並んでいる。
特徴的なのは顔の面積の半分を占める、岩のような大きな顎だった。
「───ウラガンキン」
「ブゥォゥォォッ」
私達を見付けるやいなや、ウラガンキンはその岩のような大きな顎を地面に叩きつけて大地を揺らす。
そんなに近くに居る訳じゃないのに、私はそれで身体が揺れてバランスを崩してしまった。
「な、なんて威力ニャ。あんなのに潰されたらペチャンコニャ!」
それだけ危険なモンスターって事だね。気をつけなきゃ……。
「ブゥォゥ」
そして次に、何を思ったのかウラガンキンは頭を前脚の下に入れて、体を丸め始める。
え? どうしたのかな? 頭下げて謝ってる? いや、そんな訳───
「トロッコから離れろ!!」
次の瞬間、採掘現場の洞窟に響くアランの声。
そして視界に映ったのは、背中に生えた無数の突起を表面に丸くなり転がってくるウラガンキンの姿だった。
「嘘ぉ?!」
なんとかトロッコから這い出て地面を転がる。
次の瞬間、私とヴィンセントさんの背後でトロッコがその巨体に潰されて、跡形もなくバラバラになった。
「ヤバイニャ、あいつヤバイニャ」
昔村で聞いたおとぎ話でこんなのあったよね。遺跡のある洞窟にお宝探しに来たら、罠が発動して大きな岩が転がってくるって奴。
これがその元ネタなのかな、なんて思ったり。今はそんな事考えてる場合じゃない。
「もう一度来るぞ!」
「うわぁ?!」
私達が体勢を整えている間に、向き直ってまた転がってくるウラガンキン。
ヴィンセントさんがそれを避けて、後ろから近付く。
しかし、止まると同時に叩き付けられた顎が地面を揺らして彼を阻んだ。
その後も地面を転がったり顎を叩きつけたりで、炭鉱現場が狭いって事もあって中々近付く事が出来ない。
そのままだと被害が大きくなるばかり。早くなんとかしないと……。
せめて、ウラガンキンがこの場から出て行ってくれれば良いんだけど。
ご飯が沢山ある場所だから、ここを移動する事はなさそう。
せめて他に良い縄張りがあれば───
───良い縄張り?
「……あるじゃん!!」
「ど、どうしたミズキ?!」
「遂に吾輩のダンディズムに惚れたかい、マドモアゼル」
「黙れニャ」
ダンディズム?
「ここ以外に、ウラガンキンさんが気に入りそうな縄張り!」
「……ん、あぁ、そうか」
少し考えたアランが珍しく素っ頓狂な声を上げる。
驚いたというか、感心した。アランはそんな表情をしていた。
「ヴィンセントさん、村を救う為にあの宝を犠牲にする必要があるとしたら……あなたはそれを許してくれますか?」
そしてアランは、真剣な表情でヴィンセントさんに語り掛ける。
私の思い付いたウラガンキンさんの縄張りは、あの巨大なカブレライトの原石がある場所だ。
きっとこの巨体の攻撃ならあの岩を破壊する事だって出来るし、あれだけ巨大な鉱石があったらウラガンキンさんも縄張りとして気に入ってくれる筈。
でもやっぱり、あのお宝を見付けたのはヴィンセントさんだから。村を守る為とはいえ本人の了承は必要だよね。
きっと採取出来ていれば凄いありえない金額の宝になっていただろうし。
ヴィンセントさんは顎の髭に手を触れて、少しだけ目を瞑った。
その間にもウラガンキンは次の攻撃を仕掛けて来る。持ち上げられる大きな顎。砕かれる岩盤。
「なに、答えなんて聞かずとも分かっているだろう。吾輩は───トレジャー
◇ ◇ ◇
行動が決まってからは、結果は直ぐに出ました。
いつも通り私達はウラガンキンを挑発しながら、件の巨大カブレライト原石があるエリアに到着。
閃光玉で目くらましをして、遠くの陰から見守ります。
「また宝を奪われてしまった訳だ。大損である」
ただ、やっぱり納得の行かない様子のヴィンセントさん。また……?
「問題はカブレライト鉱石が見つからないという事だが……。……ん?」
ウラガンキンを観察していたアランが疑問の声を上げる。
私も釣られて見てみると、ウラガンキンは大きな石から目を背けて移動しようとしていた。
「まずいな、あいつ気が付いてない」
「え、ど、どうしよう?!」
それじゃ、また村の方に戻っちゃう?
「ふ、吾輩に任せると良い!」
そう言って、私達が反応する前に背中のハンマーを握りながら走っていくヴィンセントさん。
直ぐにウラガンキンは気が付いて、彼の方を向く。
「ヴィンセントさん?!」
「何する気ニャ?!」
「まさか……」
止めないと。そう思って私も足を踏み出すけど、アランが私の肩を握ってそれを止めた。
アランはヴィンセントさんが何をしようとしてるか分かってるのかな……?
「貴様の眼は節穴かこのアゴガンキン! 吾輩を見よ! この煌びやかな装飾品の数々を! 女性にモテたいならここまでするのが常識、定石、条件! 情熱を見せよ、情愛を見せよ、情想を見せよ! その信念が本物なら、この今世紀最大にして最強のトレジャーハンター! ヴィンセント・カタルアの相手をするが良い!!」
ヴィンセントさんはハンマーを頭上に掲げながら大きな声を上げる。これにはウラガンキンも気が付いて、彼の方に振り向いた。
「ヴォゥォォッ!!」
そんな挑発が効いたのか、ウラガンキンは咆哮を上げてからまた身体を丸めだす。
そんなウラガンキンを睨み付け、ヴィンセントさんはハンマーを構えた。
何をする気なんだろう?
その状態じゃ攻撃を避ける事は難しい。それでも、ヴィンセントさんは動かない。
ただハンマーを構え、じっと待つ。
ウラガンキンが転がり始める。ヴィンセントさんが潰れてしまう───そう思った次の瞬間、彼はグレートノヴァを引いてウラガンキンの攻撃を
それだけじゃない。
イナシて攻撃を避けたヴィンセントさんは、横を通り過ぎるウラガンキンをそのハンマーで殴り付ける。
攻撃の軌道が変わり、ウラガンキンの進路方向には───
「あ!!」
「さぁ、行け。我が宝物を貴様にお見せしようぞ!!」
───進路方向には、カブレライトの原石が隠された巨大な岩。
次の瞬間、大きな音と共に大地が揺れる。
岩にヒビが入って、それは信じられない程綺麗に砕け散った。
「……これが、今回探し求めた宝か」
砕ける岩盤。露わになる薄紫の巨大な結晶体。
まるで時間が止まったかのようなそんな時間。露わになったカブレライトの原石に、その場にいる私達は勿論ウラガンキンも目が釘付けになる。
「ブゥォェォォ……ッ!」
これで、ウラガンキンさんもここを縄張りにしてくれるかな?
一件落着。そう思った次の瞬間でした。
「……。……やっぱ貴様は、倒ーーーす!!」
えーーーっ?!
「ヴィンセントさん?!」
「そりゃ、あの宝を見たら誰でも目が眩む」
アランが冷静に変な事言ってる。
「で、でもぉ……」
「いや、まぁ……。多分大丈夫だ。それに、
そういう関係……?
「言ってたろ、ヴィンセントさんは……全敗だって」
そういえば……。ヴィンセントさんはウラガンキンに勝った事がないって言ってた気がする。
さっきはあんなに格好良く攻撃をイナシてたのに。
「この宝を独り占めされてたまるか! せめて半分よこせこの顎野郎!」
「ヴォゥォォッ!」
彼のハンマーと、ウラガンキンの顎が重なりなう。
それは確かに命のやり取りの筈。
ただ、ヴィンセントさんは心なしか楽しそうで。
「いつもいつも吾輩の宝を横取りしおって。たまには寄越せ! 今日こそ、その汚い顎粉砕してくれる! あ、貴様! 今尻尾で原石壊したぞ馬鹿者ぉぉ!!」
それは戦いというより───喧嘩だった。
決着は思ったより早く着く。
ウラガンキンが足を崩したかと思えば、ヴィンセントさんも身体を大の字にしてその場に倒れる。
不思議と心配にならなかったのは、なんでだろう?
「……結局いつもお互い戦えなくなるまで戦って、吾輩は帰るしかないからお前が勝つ。いや、本当に煩わしい存在である。……しかしなぁ、とある青年に聞いたんだが、貴様もモテたいらしいではないか。……案外、吾輩と貴様は似た者同士なのかもしれん」
ハンマーは持ち上げずに立ち上がるヴィンセントさん。
その手には、戦いで崩れたカブレライト鉱石の欠片が握られていた。
「そんな身形でモテたいとは滑稽だぞ我が好敵手よ。その顎、吾輩が綺麗に飾り付けてやる! ハッハッハッ! これで貴様もモテモテよ、吾輩に感謝するが良いわ!!」
好敵手。
同等の力を持った競争相手。ライバル。
ヴィンセントさんはウラガンキンに確かにその言葉を落とす。
アランの顔を覗くと、やれやれといったそんな表情。
凄く素敵な関係だって、私はそう思いました。
モンスターともそんな関係になれるんだ。お互いを高め合う存在に。好敵手に。
「ほれ、君達の分のカブレライト鉱石だ」
ハンマーを背負って戻ってきたヴィンセントさんは、アランに一欠片のカブレライト鉱石を渡してくれる。
本当に良いのかな? せっかくのお宝だったのに……。
「あんた本当は、一人でもウラガンキンを追い払う事が出来るんじゃないのか? 何度か
そして、アランはヴィンセントさんにそんな言葉を掛けた。
彼は思っていたよりずっと強くて、その気になればウラガンキンだって倒せるんじゃないかって思う。
と、すると。やっぱり何か変だよね?
「言ったであろう、吾輩は
村が損を?
ウラガンキンは鉱石を食べちゃうから、村にとっては不利益な存在じゃないのかな?
「ウラガンキンの餌は鉱石だ。縄張りに侵入しない限り、態々人里を襲う事はない……か」
「その通り! 彼奴がこの付近で縄張りを張っている限り、他の大概のモンスターは近付けまい。なんたってあの顎は吾輩とサシでやり合う存在よ」
あ、そういう事か!
あの村付近にこのウラガンキンが居れば、他のモンスターはやって来ない。
ウラガンキンは炭鉱現場には現れてしまうけど、そこから村まで襲いに来る事はないんだ。
「その為の、トレジャーハンターか 」
「ふふ、そこは君の想像にお任せするよ。ただ吾輩は、単純にモテたいだけである。その為の、トレジャーハンターよ」
ヴィンセントさんはきっと、ウラガンキンを何度も撃退し続けている。
きっとその度、さっきみたいにお宝をウラガンキンに見せてたんじゃないかな?
この火山に居てもらうために。
それは相容れない関係でありつつも、共存関係が成り立っているという事。
とっても素敵な関係。
面白い人だと思ってたけど、凄く素敵な人だとも思いました。
「この事、村の人に言ったらモテると思うニャ?」
「小さき者よ、それはナンセンスだよ」
「……にゃンセンス?」
彼はクルクル回ってから手を広げ、こう叫ぶ。
「そんなものは! ダンディじゃない!!」
ふふ、やっぱり面白い人です。
◇ ◇ ◇
村にて。
「吾輩、ここに生還したぞ! 村中のマドモアゼル!」
「わぁ! おかえりなさいませハンターさん! ウラガンキンの撃退ありがとうございます。今日はゆっくり休んでくださいね。あ、ヴィンセントさん居たんですか」
本当の事を知ってしまってからこの辛辣な言葉を聞くと、なんだかちょっと寂しいな……。
「吾輩もクエスト行ったぞ。居たぞ。言ったぞ、吾輩は常に全世界の女性の心の中に───」
「あー、もう。また無意味に怪我して。こっち来て下さい。部屋で荒治療します。全く、本当……無茶ばっかりするんですから」
「あ、こら。ちょっと、痛いぞマドモアゼル?! 吾輩怪我人であるぞマドモアゼル?!」
「……あー」
いや、なんていうか。開いた口が開きませんでした。
そ う い う 事 か ー 。
「面白い奴だニャ……」
「うん、そうだね」
とっても素敵な人だと思います。
「……立派なハンターだな、まったく」
今日はそんなお話でした。
また濃いゲストキャラが出てきてくれたものです。
ゲストキャラに出番を奪われ、ウラガンキンの出番が少なかったのが少し残念でしたが珍しく一話でまとめられて嬉しく思ってます。
こういう、モンスターごとの生態を利用した一話完結の短編ってのが私が一番書きたいお話なんですよねぇ。今回はそれが書けて満足。
あと、数日前はハロウィンでしたね。最近何も描いてなかったのでマギュル装備描いてみました(`・ω・´)トリックオアトリート!
【挿絵表示】
それでは、今回はここまで。
感想評価の程お待ちしておりますよ(`・ω・´)