モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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狩人と怪物の物語

 モンスターと戦っていると、考えずにはいられない。

 

 

 ──俺をハンターにしてくれ……っ!──

 ハンターになった時の事。

 

 ──ライダーなんて……全部嘘だ──

 ライダーを辞めた時の事。

 

 ──お前が……俺のオトモン、相棒か。……宜しくな──

 ライダーになった時の事。

 

 

 ────止めろぉぉぉおおおお!!────

 ()()()に全てを奪われた事。

 

 

「……アラン?」

 少女の声は、まるで怯えているようだった。

 今の俺は酷い顔をしているのだろう。

 

 でも悪いが、治せるものじゃない。

 

 

「お前も、なんの罪もない生き物を襲う化け物か」

 全てのモンスターが憎い訳じゃない。こいつに恨みがある訳じゃない。

 むしろ、俺はモンスターが好きだった。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 それは当たり前の事で、ライダーのそれなんて、刷り込みとこの石が作っている偽りの絆だと首を振る。

 人と竜の間に絆なんて物は出来ない。

 

 

 モンスターと分かりあう事なんて出来ない。

 あるのは共存。それだけだ。

 

 

 だから、守りたいなら狩れ。

 

 

 その為にハンターになったのだから。

 

 もう何も、失わない為に。

 

 

 いつか()()()を殺す為に。

 

 

「……お前を───殺す」

 戒めを握るのを止めて、俺はその決意を言葉にする。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 殺す、と。彼はそう言った。

 

 

 その表情はさっきまでの無愛想や無関心とか無表情の目付きの悪さじゃなくて、憎むべき何かを心に見据えた殺意の表情。

 

 黒い片手剣を握る手には力が入り、いつその刃を振るおうかとその眼が光る。

 

 

 何か、違う気がした。

 何もおかしくない筈。それなのに、何かが頭に引っ掛かった。

 

 確かに私達ハンターは、モンスターを狩ってる。殺している。

 でも、()()というその言葉がなんだかモヤモヤした。

 

 

 そんな事を考えている場合じゃない。

 いくら一人でラギアクルスと戦った彼でもこの状況は難しい筈だ。

 

 

「私も数を減らさなきゃ……。行こう、ムツキ!」

「み、ミズキがその気ならボクも頑張るニャ!」

 頼りにしてる。

 

 

「キェェェェッ!!」

 先に仕掛けて来たのはロアルドロス。

 

 全身をしならせて、大きさに似合わない速さのタックルを仕掛けてきた。私達はそれを散り散りになって躱す。

 

 

「小さいのは任せたぞ……っ!」

「う、うん!」

 任されてしまった。なら、頑張らないと。

 

 

「……はぁぁっ!」

 彼は躱した次の手で、黒い剣をロアルドロスの鬣に叩き付ける。

 そこに蓄えられた水分が血液の代わりに周りに散らばり、ロアルドロスは小さく唸り声を上げた。

 

 

「可哀想だけど!」

 その真横で、私は近場に居た比較的小さな個体に的を絞って片手剣を抜く。

 ソルジャーダガーはジャギィの素材を使った片手剣。ロアルドロス相手には少し不安が残るけどルドロスなら。

 

「えぇぃっ!」

 そう思いながら、ソルジャーダガーを振り下───

 

「───小型とやる時にボスから目を離すなバカ! 避けろ!」

「危ないニャ、ミズキ!」

「───ふぇ!?」

 ロアルドロスから目を逸らしたのは一瞬だった。それこそ、アランが一太刀入れてロアルドロスが怯んだその時に片手剣を振り上げたくらい。

 

 それなのに、ロアルドロスはその一瞬で私とルドロスの間に入り込んでその細い尻尾を私に向ける。

 

 

 ───薙ぎ払いが来る……ッ!

 

 そう思った時には既に片手剣に体重が乗っていて、足を動かしてロアルドロスの尻尾を避けようと行動が出来なかった。

 確実に自分を襲う衝撃と痛みに眼を閉じそうになる次の瞬間、私の身体は少し浮く。

 

「ぇ?」

 その次に聞こえたのは、防具にモンスターの尾が叩き込まれて装備や身体が軋む音じゃなくて───

 

「ニャ……っ」

 ───鈍い音と、そんな短い悲鳴。

 

 

 私を助けて、代わりにロアルドロスの攻撃を受けた大切な相棒が地面を転がった。

 

「そんな……ムツキ!」

「くそ!」

 私の前に割って入るアラン。私は、といえば何も出来なかったその手をムツキに向けるだけ。

 

 

「グルルルルルル……キェェェェッ!!!」

 鬼の様な形相。咆哮に身体が強張って、振り向けばさっきのアランより怖い表情のロアルドロスが、武器を伸ばせば届く距離で私達を睨み付けている。

 

 

「なるほどな」

 そんな私とロアルドロスの間で、そんなアランの落ち着いた声が聞こえた。

 

 

「あ、アラン?」

「……お前達、繁殖期か」

 繁殖期?

 

「キェェェェッ!!!」

 尚も威嚇の為か、アランの眼と鼻の先で大きく鳴くロアルドロス。

 その内にムツキを視界で探す。倒れていて顔は見えない。出血は無いけどあの大きさの尻尾を叩き付けられて無事だとは思えなかった。

 本当は私があそこに倒れたいる筈なのに。

 

 

 ──んニャー、美味しいご飯作るニャ。しょうがないからボクの妹にして上げるニャ──

 

 なんでか、ムツキと初めて会った時の事を思い出す。

 

 

 嫌だよ、そんなの。ムツキ!

 

 

「───お、おい待て!!」

「ムツキ……ッ!」

 立ち上がって、ロアルドロスには眼もくれないでムツキの元に駆け寄ろうと走った。

 距離にして十メートル強。そんな所まで飛ばされて、私の為に、私が弱いか───

 

「───っぁ!?」

 ムツキの所に着く前に、何かが私の背中に叩き付けられてその勢いのまま地面を転がる。

 硬いものではない。ただ、圧縮されたそれ(水の塊)は私くらいなら容易吹き飛ばした。

 

 

「……っ、水ブレス」

 本日二回目の水ブレス。何も学習しない、相棒に迷惑を掛けてアランにも迷惑を掛けて。

 そんな何も出来ない自分が、無様にも地面に転がっている。

 

 

 

「ごめんね……ムツキ」

 大切な家族に。私が守らなきゃいけない家族に。

 

「……っニャぁ。……ったく、ミズキはしょうがないニャ」

 彼の肉球に触れた瞬間、少し辛そうな表情をしながらムツキは手に小さな球体を持っていた。

 閃光玉。ここは一旦離脱して体勢を整えた方が良い。

 

 私はまた、ムツキに助けられてしまう。

 

 

「キェェェェッ!!」

「閃光玉か……。よし」

 アランもこちらをチラッと見てムツキの意図に気が付いたのか頷いた。

 ムツキはそれを確認してからその手にある球体を、振り絞った力で空に投げる。

 

 閉じ込められた光蟲が球体から脱出して、その時に放つ光を特殊な加工が施された球体が反射し、強い光がこの場を埋め尽くした。

 その光は瞼すら貫通する程で、直接見てしまうと眼を焼かれて数秒間視界を閉ざす事が出来る。

 

 

 ロアルドロス達は視界がいきなり焼かれて混乱し、辺りをキョロキョロと見渡したりその場で暴れ始めた。

 今の内にこの場から離れないと。そう思って水で濡れて重くなった身体を持ち上げる。

 

「ムツキ、大丈夫? ムツキ!」

 でも、その言葉に返事はなくて。

 さっきの閃光玉を投げるのに力を使い果たしたのか、ムツキはぐったりとその場で眼を閉じていた。

 

「大丈夫か? 歩けるな。一旦ベースキャンプまでネコを運ぶぞ」

「う、うん! ムツキ、ちょっと我慢してね……」

 骨が折れてたりしたら抱き抱えたりするのは本当は危ないんだけど。

 このままここに居る訳にはいかない。私は自分の唇を噛みながら、ぐったりと重くなった身体を抱えてアランに着いていく。

 

 

「キェェェェッ!!」

 本日二度目の、敗走だった。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

ベースキャンプ。

 

 

「うニャ!エビフライ」

 ベッドで寝言を言うムツキの容体は、思ったより悪くなかったらしい。

 

 

 でも、私のせいで無理をさせてしまったのは事実だと思う。

 ムツキには助けられてばかりで、迷惑を掛けてばかりだ。

 

 

「ごめんね……」

「謝るくらいなら、次に活かせ」

 座り込む私に、そんな厳しい言葉を掛けてくるアラン。

 そうだよね、アランにも迷惑掛けたもんね。

 

「そうやって俯いていても、次には繋がらない。仕方ない事もあるし、お前のミスだった事もある。勿論、俺のミスもある」

「アラン?」

 そう言う彼の表情は無愛想でも無表情でもなくて、あの怖い顔でもなくて。

 優しい表情。まるで家族に見せる様な、私をきちんと見て話してくれている。

 

「あ、アランは悪くないよ! 悪いのは全部私で……」

 私は何も出来てなかった。あの場で大型モンスターから何度も注意を逸らして、挙げ句の果てには頼まれたルドロスの一匹にすら攻撃を与えられていない。

 

「俺があいつの事をちゃんと、見ていなかったから、お前に攻撃が及んだんだ。お前は悪くない。……自分が全て悪いと思うのは簡単だ。でもな、それは逃げだ」

「逃げ?」

 私の頭に手を乗せて、アランはこう続ける。

 

 

「全て自分で背負って仕舞えば、他の何かに負の感情を感じなくて済む。でもそれは、考える事から逃げているだけだ。自分だけが全て悪いなんて思ってる奴は、本当の意味で成長する事なんてない……これは、覚えておいて損はない」

「どういう事?」

 私には少し、分からなかった。難しい話かな。

 

 だって、私以外にこうなった原因が分からない。

 

 

「場所や環境、相手の事や他人の事は、自分が何をしようがそう簡単に変えられる物じゃない。特に今回お前はロアルドロス達やネコ、俺と大勢に囲まれていた」

「……ふぇ??」

 ダメだ、アランが何言ってるか分からない。止めて、難しい話止めて。

 

「ミズキ、ネコがお前の事を庇って倒れるってお前はあの時想像していたか? 俺がロアルドロスを止められないと想像していたか?」

「え、ぇっと…………」

 そんなの、分かる訳がない。

 

 あの時はただ必死に役に立とうと思っていたから。

 

「そうだ、分からない事だってある。そしてその分からないのは自分の所為じゃない。当たり前だ、他人の事なんてそうそう分かる事じゃないからな」

「そ、そうだけど……」

 でも、私にも何か出来る事があった筈だ。

 

「それでも自分が悪いと思っているんだろう?」

「う、うん……」

 だって、状況を悪化させたのは私だし。

 

「そうだ、お前も悪い」

「……も?」

「大型モンスターの取り巻きである小型を減らそうとする時、大型モンスターから目を離すのは自殺行為だ。そして当たり前だが、大型モンスターに正面を取られているのに背を向けるのも自殺行為だ……。アレがロアルドロスでなくもし飛竜だったらお前はもう生きていないかもしれない」

「う……」

 厳しい言葉に、身が固まる。

 

 

「そうやって、きちんと自分が悪い所()()を見据えて直していけ。それが一番の早道だ」

 その言葉で締め括って、彼は頭の上に乗せた手でゆっくりと私を撫でてくれた。

 子供扱いされているようで、嫌だけど。なんだか、防具越しなのに温もりを感じる。

 

「私が悪い所、だけ。あ、アラン教えて! 私が悪い所……全部。私、バカだから……分かんなくて」

「そうだな……これから一緒にやってくんだ。少しずつ教えるさ」

「い、今教えて欲しいんだけど……」

「焦っても良い結果は出ない。急いでも、焦ったりはするな……これは、覚えておいて損は無い」

 何かを思い出すように目を閉じながらそう言ったアランは、一度頷いてからまたこう口を開いた。

 

 

「とりあえず、今は俺の悪かった所を考える」

「アランの悪かった所?」

 そんなの、あったかな?

 

「あのロアルドロスは繁殖期だ。卵を抱えている雌達を攻撃しようとすれば、怒るのは当然。それを見抜けなかった俺も悪い」

「お腹に赤ちゃん達が居たの!? だ、だったらそうだよね……。私、普通に最低な事しようとしてたのかも……」

「でもお前はそれを知らなかった。何度も言うが、相手の事を知るのは難しい」

「でも、だったらアランだって悪くないんじゃ……?」

 私がそう言うと、彼は胸の石を握ってから少し間を空けて答える。

 

「俺は良く考えれば分かった筈なんだ。ロアルドロスは普段水辺で暮らすモンスター。それが、浅瀬に出て来る理由なんてそうはない」

「それが、繁殖期と関係あるの?」

 率直な疑問をぶつける。凄い、アランってモンスター博士みたい。

 

 

「ルドロスは卵を陸の上で砂の中に生み落とす。村を目指していたのは川沿いに向かえば島の端に着いて砂場があると本能的に分かっているからだろう」

「ほぇぇ……」

 この人、なんでハンターをやっているんだろう?

 

 いや、もしかしてハンターになるならこのくらいの知識は知っていて当たり前なのかな。

 勉強は少しだけ苦手なんだよね。少しだけだよ。

 

 

「最低な事……か。ミズキ、一つだけ聞いて良いか?」

「えーと、難しくない事なら!」

「……そうか」

「あ! あ! 答えるから! 難しくても頑張って答えるからぁ!」

 なぜかアランの表情が暗くなるので、私は申し訳なくなって訂正する。

 こういう軽率な言動が私の悪い所なんだろうね。

 

 

「……お前はあのロアルドロスを、殺した方が良いと思うか?」

 そして、彼が口にした質問はそんな───この世界の理に触れるような事だった。

 

 ──殺す──

 彼のそんな言葉が、一瞬頭に浮かぶ。

 

 

「え……。えと、群れの繁殖のために頑張ってて……それを倒しちゃうのは可哀想だけど……で、でもそれは私達ハンターが考えちゃいけない事だと思うっていうか。ロアルドロスの為に私達が退く訳にもいかないし、ロアルドロス達もきっと、退く訳にはいかない」

 それが、私の知る限りのこの世界の理だ。

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 私達は分かり合えないから。

 戦って、狩って、狩られて、そんな風にバランス良く生きている。

 

 

 お互いが納得いくような結末になるなんて、本当に稀な事の筈だ。

 

 

 それなのに彼は───

 

 

「俺はお前の気持ちを聞きたいんだ」

 真剣な表情で私にそう聞いて来る。

 

 まるでその方法がある事を知っているかのように。

 どちらの答えにも、彼は答えてくれると思わせる表情。

 

 

 人と竜は相容れない。

 そこに絆は生まれないのかもしれない。

 

 

 でも、彼は言っていた。共存関係、無関心、そんな状況が整えば、私達は争わなくても済むんだって。

 

 

 

「私、子育て中の親を倒すなんて……したくないよ」

 だから、私はハッキリとそう答えた。

 

 夢なのかもしれない。

 私のわがままなのかもしれない。

 

 ムツキが聞いたら、怒るかな。応援してくれるかな。

 きっと、ムツキは起きてても、私に付いて来てくれると思う。

 

 

「お前がそう言うなら、ロアルドロスを狩るのは止めよう」

 そして彼は、真剣な表情でそんな言葉を口にした。

 

「え、えぇええ!? でも……それじゃ村は」

「村は守る。ハンターなら当然だ」

 いや、でもどうやって。

 そんな疑問の答えは直ぐにアランの口から出てくる。

 

 

「あのロアルドロスの群れはきっと、元の縄張りの砂浜をなんらかの理由で使えなくなったんだろう。群れ全体の大幅な移動はその為だ」

「だから、砂場を目指して川を下ってるんだよね?」

 その川の向こうにモガの村がある訳だけど。

 

「そうだな。だから、あのロアルドロス達が納得いく様な砂浜を群れに与えれば良い」

「そっか、別にロアルドロスは村の人達を襲いたい訳じゃないんだもんね! 縄張りが作れればそれで良い!」

「そうだ。ミズキ、島の地図はあるか?」

「ベースキャンプだから、えーと……」

 アランに言われて、私は周りを見渡す。

 

 

「この箱の中、にぃっと」

 立ち上がって、ムツキを寝かしているテントの横にある赤い箱。そのもう一つ横にある青い箱を開けて中に身体ごと手を入れる。

 大人用で大きいから蓋は重いし底が深いんだよね。

 

「───うわぁっ!?」

「ミズキ!?」

 そんな事を思いながら身を乗り出していたら、そのまま支給品ボックスに身体どころか足まで入ってしまった。おかげで地図は取れたけど。

 

 

「……大丈夫か?」

「う、うん。いつもだから平気」

 この箱変えて下さい。

 

「……そ、そうか」

 引かないでよ。

 

 

「んーと、どれどれぇ」

「ここは?」

 私達は支給品ボックスの蓋を閉めて、その上に地図を置いてアランと話し合う。

 ロアルドロス達が気に入ってくれて村には来なくなるような、素敵な縄張りをプレゼントしてあげなくちゃ。

 

「ここは確か別のロアルドロスの縄張りだし、喧嘩になっちゃうよ」

 

 

「ここは?」

「そこは砂浜じゃなくなっちゃってて」

 

 

「ここはどうだ?」

「ちょっと遠いけど……うん、丁度良さそう! 岩場もあって隠れられる場所もあるんだよ!」

 アランが選んだのは島の西側。エリアとしては分布されてない場所だけど、綺麗な砂浜がある場所だ。

 

 

「決まりだな」

「でも、どうやってロアルドロス達をそこまで連れていくの? 麻痺とか眠らせてとかでもとてもじゃないけど無理じゃない?」

 人間にそんな腕力は無い。うーん、最大の難関に当たってしまった気がする。

 

 

「……簡単だ」

「え? そうなの?」

「あぁ……その代わり、防具は脱いで貰う」

「………………ほぇ?」

「セクハラは許さんニャー!!」

「───なっ!? くふっ」

 起き上がって来たムツキに顔を蹴られるアラン。ちょ、ムツキぃ!? てか超元気!?

 

 

「復活ニャ!」

「……や、やってくれたなネコ」

「それはこっちのセリフニャ。ボクの寝ている間にミズキにセクハラしようてして、ボクは許さんニャ!」

「うわぁぁんムツキぃ! 良かったよぉぉ!」

「ニャぁぁ!? だ、抱き着くニャ! 今はそれどころじゃないニャー!」

 ムツキが元気で安心して、そのモフモフな身体に抱き付く。良かった、本当に良かった。

 

 

「……仲が良いな」

「んニャ!? べ、別にボクは……お兄さんとして当然だニャ」

「えへへー、いつもありがとうねムツキ」

 

 

「……本題に戻るぞ。さて、ロアルドロスを連れていく方法だが───」

「ニャ!?」

「えぇ!?」

 そ、そんな……。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

悲鳴が木霊する。

 

 

「いやぁぁぁぁああああっ!!」

「ぎにゃぁぁぁああああっ!!」

 孤島に広がる二つの悲鳴。夕方、この孤島では沈んでいく太陽の光を海が反射してとても綺麗な風景が拝める時間帯。

 

 

 それは、小さな川の浅瀬付近を走り回る私達二人の悲鳴だった。

 視界に広がる大自然は、川こそあれぞ隠れる場所一つもない平原。綺麗な草原も、今ばかりは視界には映らない。

 

 

「無理無理無理無理無理……っ!」

「食べられるニァ!!」

 防具無しで、インナーの上に毛布を羽織っただけの姿で全力疾走する私。その横で一緒に走る相棒のムツキ。

 

「無理とだけは言うな、それは自分の可能性を殺す言葉だ……これも覚えておいて損はない」

 そんな私の前を、平然と表情を変えないで走るのはアイシャさん達が呼んでくれたタンジアギルドからの助っ人ハンター。アラン。

 私の新しい仲間、相棒? んーと、何なんだろう?

 

「キェェェェッ!!」

 そして、私達を追ってくるのは海竜種───ロアルドロスとその群れのルドロス達。

 今日三度目の逃げ足。つくづく私は逃げてばかりかなぁ、なんて思うけど今回はまた別。

 

 

 どうやってロアルドロスを砂浜まで連れていくの? 私のそんな質問に対するアランの答えはこんな内容だった。

「さて、ロアルドロスを連れていく方法だが───また攻撃を仕掛けて俺達を追い掛けて貰う。そして砂浜まで、逃げる」

 そんな事を真面目に言ってしまうアランはきっと、モンスターの事が大好きなんじゃないかな? なんて思ってしまった。

 

 ──殺す──

 まるで、あの言葉は嘘のようで。

 

 

 逃げる。ただそれだけだから、私は全力で走る為に片手剣と防具をベースキャンプに置いてきた。

 それでも、ここまで来て足は重くて。防具を着てたらどうなっていたかは簡単に想像が付いた。

 

「……もう少しだ!」

 走り続けて二十分くらい。息がし辛いし、足はガタガタ。それでもようやく見えたゴールに少しだけ足が軽くなった気がする。

 

「ブレス来るニャ!」

 でも、ようやくという所でムツキのそんな声。

 全力疾走を続けてて足が重くて回避どころじゃない。でも今は防具が無くて、水ブレスと言えどタダでは済まない。

 

 

 どうする? そう考える前に、その水ブレスを黒い剣が切り裂いた。

 

「……着くぞ、砂に足を取られるなよ」

 そう言いながら腰に剣を戻すアラン。走りながら水ブレスを斬撃で打ち消した事に驚きが隠せない。

 そうして、私達は砂浜に到着。ここは何回か来た事あるけど、モンスターの縄張りにはやっぱりなってないみたい。

 

 

 綺麗な砂浜。私達は波が足に当たる所まで走って、振り向いた。

 

 

 

 問題は、ここからだ。

 

 

 

「キェェェェッ!!」

 私達から少しだけ遅れて、ロアルドロスとその群れが砂浜にやって来る。

 群れのルドロス達はこの場所に着いて何か感じたのか、まわりを見渡す素振りを見せたけどロアルドロスだけは私達を睨みつけていた。

 

 ただ、私達が急に止まったのが気になるのか。

 ロアルドロスも立ち止まって、様子を見るように咆哮を上げる。

 

 

 少しだけ、静かな時間が流れた。

 

 

「聞いて! 私達敵じゃないよ! はら、素敵な場所でしょ? その、えと、ここを貴方達の住処にしたらどうかなって……」

「ここは良い所ニャー!」

「無駄だ……」

「ぇ……アラン?」

 アランが言い出したんだよ!?

 

「人と竜は相容れない。そこにあるのは共存関係か無関心だ……ロアルドロスにとって俺達は今、何だと思う?」

「群を襲った…………敵?」

 私達にその気がなくても、彼等から見ればそうでしかない。

 

 人と竜は分かり合えない。

 

 

「だから、俺達に敵意がない事を伝えるのは難しい」

「な、ならどうしたら良いの?」

「武器を構えずに…………歩く」

「そんなバカニャ……」

 それは、自殺行為みたいな物だと思った。

 

 

 モンスターはこの世の理だ。人は弱くて、そのモンスターの腕の一振りだけで簡単に命を落としてしまいかねない。

 だからそれは、無茶で無謀で正気じゃなくて。

 

 

 それでも、私は昼の事を思い出していた。

 

 

 ──大丈夫だ。あいつは今、お前に敵意は無い。……そうだろ?──

 それは、分かり合えている……とかではないのかもしれない。

 

 

 でも、もしそこにほんの少しでも気持ちを───絆を結べる道があるのなら。

 

 

「行こう、アラン」

 少しずつでも良い。

 

「……あぁ」

 私は、進んで見たい。

 

「に、ニャ……正気じゃないニャ」

 その道に。

 

 

 

「……頼む」

 小さく聞こえる、アランの声。

 振り向くと、彼は左手で胸の石を握りながら右手で背中に手を伸ばしていた。

 

 見えないけど、きっとその先には今は手にとってはいけない物がある。

 いや、手に取りたくない物があるんだって。アランはそんな表情をしていた。

 

 

「……殺させないでくれ」

「グルルルルルル……」

 一定の距離を保ちながら、私達はロアルドロスの周りを回るように砂浜を離れていく。

 ロアルドロスは私達から目を離さないけど、襲って来ようとはして来なかった。

 

 

「お願い……」

 私も、思わず口にする。

 

 

 

 

 人と竜は分かり合えない。相容れない。

 

 

 そんな、世界の常識を。理屈を。

 私は今この瞬間───

 

「───っぁ」

 緊張のせいか、私は砂に足を取られて転んでしまう。

 ロアルドロスにそれがどう見えてたかは分からないけど。私ならこう思うな。

 

 

 

 急に動き出して、何をする気だって。

 

 

 

「キェェェェッ!!」

 鳴き声が、咆哮が轟いた。アランの表情が変わって、ロアルドロスの表情が変わる。

 その手が、触れたくない筈の物に添えられる。

 

 

「待って! 違───これは!!」

 私のせいだ、私が───

 

 

「グルゥ……」

 でも、唐突に聞こえるその鳴き声は、その場の緊張感を削ぐのに最適な物だった。

 

 鳴き声の主は、ルドロス。

 余程気に入ったのか、ロアルドロスを信用しているのか。一匹のルドロスがこんな状況の中で産卵を始めていて。

 

 

「グルルゥ……」

「グゥゥッ」

 それに釣られてか、他のルドロス達もリラックスしたような表情で砂を掘り出したり卵を産み落としたり。

 

 

「グルルルルルル……」

 それを見たロアルドロスも、落ち着いたのか目を細めてそんなルドロス達を見守る体制を取った。

 

 

「こんな……事って」

「ニャぁ……ボク達の事見向きもしないニャ……」

 

「…………届いた、のか……?」

 私もだけど、この時アランが一番驚いた表情をしていたのを私は覚えている。

 

 

 こんな事もあるんだ、こんな道もあるんだって。

 

 私は今日この日、思ったんだ。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

「エビフライニャー!!」

 夜ご飯はエビフライ。我等がお父さん、ビストロ・モガのさすらいのコックことスパイスさん特製のね。

 

 

 私もムツキもこのエビフライが一番の大好物なんだけど、一つだけ分かり合えない、相容れない事がある。

 

「やっぱりエビフライはソースニャ」

「何言ってるの!? タルタルソースに決まってるじゃん!」

 ムツキと私は、エビフライに掛けるソースだけは譲れずに分かり合えないのだ。絶対にタルタルソースの方が美味しいのに。

 

 

「アランはどっち!」

「どっちニャ!」

「ぇ、いや……俺は……」

 アランの住処なんだけど、前任者のあのハンターさんもいつ帰って来るか分からないしあの貸家はそのままにしておくみたい。

 

 それで、アランは私と一緒にこのビストロ・モガの裏に住む事になったんだ。

 

 村長曰く「カッハハハハ! セクハラはするなよ!」との事。んー、でもアランってなんだか女性に興味なさげなんだよね。

 むしろ、モンスターに恋してる感じがする。なんて、流石に違うか。

 

 

「こ、コックさん……オススメは?」

「ニャ、ミーのオススメはタルタルですニャー。しかし、食とは己の欲求……自らの舌に合う食べ方が一番ですニャ」

「ふふん、ならやっぱりタルタルだよね!」

「ソースニャ!」

「…………食材の味をそのままに、生で」

「「えぇ!?」」

「それもまた、一興ですニャ」

 

 

 そうそう、あのアイシャさんからのクエスト。ロアルドロスを対峙じゃなくて撃退だから、なんとクリアした事になってたの。

 子育て中のロアルドロスを殺さずに、モガの村を救う事が出来た。

 

 こんな素敵な事があるんだなって。こんな素敵な経験が出来たんだって。そう思えて。

 

 

 本当に、素敵な一日でした。

 

 

 

 

「あの!! 私もまかないご飯は!?」

「受付嬢ちゃんは今日やらかしたから無しですニャ」

「そんなぁぁ!」

 アイシャさん……。

 

 騒がしい毎日が始まりそうです。

 

 

 

 

 ようこそ、モンスターハンターの世界へ。

 

 

 

 これは、竜と絆の物語。


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