モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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プロローグ
始まりとこの世界のお話


 人と竜は相容れない。

 

 

 そこに絆なんて存在しない。

 モンスターと心を通わせる事など、ありえない。

 

 

「流石に、殺せないな」

 だからこれは、絆ではない。

 

 強いて言うなら共存関係。友好な関係を築けただけ。

 目の前に居る海の王が俺を助けてくれたのも、その場では共存関係が成り立っていたからだ。

 

 

 竜は鼓膜が破れそうな程の大きな鳴き声を上げ、自らの住処に帰っていく。

 側から見れば、不自然な光景かもしれない。人と竜が争わず、お互い意に介さずに背中を向けていたのだから。かの竜を知っている者なら、命知らずと驚くような光景だ。

 

 

「───次会う時は、敵かもな」

 ただ、そう言葉を落として辿り着いた島を眺める。

 

 緑豊かな大自然。海から来る風はとても居心地が良く、このままその場で寝られそうだ。この世界でそれは自殺行為な訳だが。

 しかし夜は遅いし、近くに見付けた入り江で一晩過ごすのが理想だろう。少し広くて、モンスターの巣になっている可能性もあるが、それは見てみないと分からない。

 

 

 ───狩れば良い。

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 そこに絆なんて物は存在しない。

 

 

 

「───殺せば良い」

 人は竜とは相容れない。

 

 

 そんな事は初めから分かっていたのに、どうして俺は道を間違えてしまったのだろうか。

 

 

 

「……っと」

「クックルルル、ギィッ」

 やはりと言うべきか、その入江には何匹かのジャギィやジャギィノスが群れをなしていた。

 

「殺す」

 しか、ない。

 

 人と竜は相容れない。こいつらがここに居たんじゃ俺は眠るどころかここから立ち去る事だって困難なのだから。

 

 

「悪いな……」

 左手で、割れた『絆石(こころ)』を握りながら。

 右手で、狩人の『得物(ちかい)』を握り締める。

 

 

 彼等が憎い訳ではない。

 

 

「ギャィッ」

 ただ、俺達に今共存関係は望めない。それだけだ。

 

 

「俺はもう、乗り人(ライダー)じゃなくて───狩り人(ハンター)だから」

 人と竜は相容れない。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 悲鳴が木霊する。

 

 

「いやぁぁぁぁああああっ!!」

「ぎにゃぁぁぁああああっ!!」

 孤島に広がる二つの悲鳴。お昼過ぎ、生物が最も活発に活動する時間帯。

 

 

 それは、小さな川の浅瀬付近を走り回る私達二人の悲鳴だった。

 視界に広がる大自然は、川こそあれど隠れる場所一つも無い平原。綺麗な草原も、今ばかりは視界には映らない。

 

 

「やっぱ無理だったんだよぉ!」

「一時間前のあの気迫は何処へいったニャ!!」

 私の弱音に、前方を走りながら喝を入れてくるのは一匹のメラルーである。

 

 彼と私を関係を一言で表すなら、ハンターとオトモアイルーというのが一般的だ。

 

 

 この世界に存在する様々なモンスターと関わる事を生業にするのがハンター。その相棒として、同行してくれるのがオトモアイルー。

 彼とは小さな頃から一緒で、兄弟のような仲である。そんな彼は、獣人族のアイルーの亜種であるメラルーだ。名前はムツキ。

 

 

「ロアルドロスくらいなら楽勝ってアイシャさん言ってたもん……っ!!」

「あの適当女の言う事なんか真に受けるからこんな事になってるニャ!!」

 黒色の毛を風に靡かせ、先が少し白い尻尾を立たせて四足歩行で走りながら、彼は振り返りもせずにそう言う。アイシャさんの悪口は頂けない。

 

 

「キェェェッ!」

 そんな私達二人を追って来るのはロアルドロスという海竜種のモンスターだ。後頭部から身体の半分まで黄色い鬣が広がっているのが特徴的なモンスターである。

 このモンスター、比較的水辺を好むのだけど、私達が狩ろうとした所為でこんな浅瀬まで追い掛けてきたのだ。

 

 私達は既にヘトヘトなのに、ロアルドロスは疲れを一切見せない。このスタミナこそ狂走エキスによる物ってアイシャさんは言っていたけど、本当に狂ったようなスタミナだと思う。

 

 

「も、もう無理……追い付かれる! 助けてムツキ!」

「ハンターなら自分で何とかするニャ!」

 正論だ。

 

 私達ハンターは、その身一つでモンスターと戦う。

 勇気と知恵と、時々お金を振り絞り───ハンターは己や大切な人を守る為に獲物を手に勇敢にモンスターと戦うのが仕事だ。

 

 

 だけど私は───

 

 

「っ、こうなったらぁ!」

「ミズキ!? 何する気ニャ!?」

 覚悟を決め、私は踵を返してロアルドロスの目をしっかりみてこう口を開く。

 

 

「私は敵じゃないから安心して! 私達友達だよ!!」

「さっきまで片手剣振り回してロアルドロスを狩ろうとしてたその身で何言ってんだニャぁぁ!!」

 ───だけど私は、本当にそれが苦手だった。

 

 

「キェェェェッ!」

 怒りの咆哮を上げるロアルドロス。

 

「ですよねぇ!!」

 ムツキの言う通り、私はついさっきこのロアルドロスに片手剣を叩き付け───怒られて逃げているのが今の状況。

 それでも話せば分かるなんて思った私はバカだったのだろうか。いや、どう考えてもバカだったのだろうけど。

 

 人とモンスターは分かり合えないのだから。

 

 

「───きゃっ」

 私のふざけた言動が気に障ったのか、ロアルドロスは身体の水分をブレスとして吐き出す。

 それに直撃した私は無様にも地面を転がり、防具諸共泥塗れになった。布が水分を吸って身体が重い。これではスタミナが続かなくてもっと走れなくなってしまう。

 

 

「キェェェェッ!!」

「……っ」

 そんな事を考えている間に、目の前にお怒りのロアルドロスが立ち塞がった。

 

「ったく、しょうがない奴だニャ」

 言葉の次の瞬間、視界が真っ白になる。一瞬ロアルドロスに踏み殺されて天国へ旅立ってしまったのかとも思ったけど。

 

 

 瞼をも貫く閃光。

 その光は、直接眼に文字通り焼き付いて視力を奪ってしまう。私はおろか、ロアルドロスでさえも。

 

 閃光玉はハンターが使うそんなアイテム。ムツキはそんなアイテムを作ったり使ったりするのが、ハンターである私より得意だ。

 

 

 私はいつもこうやって、ムツキに助けられてばかり。これまでも何度も助けてもらっていて、彼が居なかったと思うと───その先の事はあまり考えたくない。

 

 

「今の内に行くニャ。ほら、手掴んで上げるニャ」

 未だに戻らない視界の中、ムツキに手を引っ張られてその場を後にする。

 視界が戻る頃にはロアルドロスから離れていて、ロアルドロスも同じだからか。背後から彼の苛立ちの混じった声が聞こえた気がした。

 

 人とモンスターは分かり合えない。

 

 

 

 

 

「……ったぁ」

 村に戻った私はアイシャさんにクエストをリタイアした事を告げて、直ぐ近くに隣接する自分の家の中で倒れ込む。

 ロアルドロスの攻撃を受けて身体も防具もボロボロだ。鏡を見ればそれはもう年頃の女子とは思え無い格好をしている。

 

 ハンターになるために短くした金色の髪は泥で汚れてグチャグチャに。

 新調したばかりのアシラ装備も汚れだらけ。

 

 ついでに脚を少し擦りむいていた。

 ハンターなのだからあまり気にする物じゃ無いと思うけど、普通に痛い。

 

 

「ニャ!? ミズキ、怪我してるニャ!?」

「あっはは、大丈夫だよこのくらい。ツバつけとけば治るから」

 しかし、クエストは大失敗だったと彼から目を逸らす。

 

 

 

 この孤島地域に今常駐しているハンターは私しかいない。

 昔は結構頻繁にモンスターが現れたりしていたんだけど、今は環境が落ち着いていて滅多な事が起きなくなった。

 ナバルデウスという古龍と戦った私の師匠である村の専属ハンターさんは、その事もあって今は村に戻ってくる事も少ない。

 

 だから私がこの村を守らないといけないのだけど、結果はこの通りである。

 

 

 そもそも私はどれだけ大きくてもアオアシラをやっと倒したばかりのハンターだ。ロアルドロスなんてアオアシラの倍は大きいモンスターで、私の手には大きく余る。

 

 

「───ひゃっ!?」

 なんて弱気な事を考えていると、痛みというか痒みというかこそばゆい感覚が、私の体を駆け巡った。思わず変な声も出る。

 何かと思って感覚のする足を見てみれば、ムツキが私の傷を舐めてくれていた。

 

 

「しょ、しょうがないからボクのツバを付けておいてやるニャ」

「んっ、もぅ、くすぐったいよぅ。あっはは」

「これでよし、ニャ」

 ムツキは優しいなぁ。

 

「ありがと、ムツキ。ごめんね」

 ムツキはいつもは厳しいけど、私が本当に参ってる時はこうやって優しくしてくれる。

 ちょっと素直じゃ無いのが、また可愛いのだ。

 

「べ、別に謝る事じゃ無いニャ! そもそも今回は相手が悪いというか、アイシャが悪いニャ」

「他人の悪口はダメだよ?」

 悪いのは私だし。

 

 アオアシラをやっと倒したばかりと言っても、正式にハンターになってからもう三年は経っているのだから。

 成長しない。せっかくハンターになったのに、村の為に私はきちんとハンターをやれていないと思う。

 

 

「うーん、思い悩んでても仕方無いよね。防具、加工屋さんに渡してこよっか」

「半分持つニャ」

「大丈夫だよ、重いし」

 そう言いながら、私は水浸しで泥だらけの防具に手を掛けた。

 

「……っと」

 しかし想像以上に疲れていたのか、私は膝から転んでしまう。

 それが情けなくて、また溜息が出た。

 

「はぁ」

「しょうが無いニャ。今回は特別にボクが全部加工屋さんに持ってくニャ。だから、ミズキはお風呂でも入ってれば良いニャ」

「うぅ……。ごめんね」

「良いから休むニャ」

 こうなるとムツキは何も聞いてくれない。

 

 本当に、とても優しいお兄さんだ。

 

 

「それじゃ、お言葉に甘えるね。一緒に入る?」

「ば、バカ言うニャ……」

 昔はよく一緒に入っていたのだけど、ムツキも思春期なのかもしれない。

 

 

「んニャ、行ってくるニャ!」

 どこにそんな腕力があるのか。小さな身体で私一人分の防具を全部抱えて家を出ていくムツキ。

 そんな彼を見送ってから、私は言葉に甘えてお風呂に入る事にする。

 

 

 

「ハンターになってからもう三年、か」

 髪を流しながら、私は少し昔の事を思い返していた。

 

 

 私がこの村に来たのは、物心付いてもいない時の事。

 小さな頃、どうやら私は海に捨てられていたようで、簡単に沈みそうな木の船の上に一人で眠っていたらしい。少し信じられないけど、不思議な事もあるものである。

 

 そんな私を見付けてくれたのは、船酔いで船の外にゲロを吐いていた一匹のアイルーだった。

 名前はスパイス。世界の味を自分で確かめたいという目標でこの村の交流船に乗っていた元シー・タンジニャという高級レストランのコックさんである。

 

 そんなアイルーさんと一緒に辿り着いたこの村。

 彼は壮絶な船酔いを経験してもう二度と船には乗れないと悟り、このモガの村に定住を決めると共に食事場『ビストロ・モガ』を開設。

 しかも、身寄りの無い私を引き取ってくれたのだった。私は敬意を持って、彼を()()()()と呼んでいる。

 

 

 話を戻して。

 私とお父さんがこの村に辿り着いたちょうどその頃、この村はとある大自然の異変に悩まされていた。

 

 それは、地震。

 単純に地震と言えば地震なんだけど、その原因がその時は分かってなかったらしい。

 同時に現れた海の王、ラギアクルスのせいとその時は思われてたみたいだけど。

 

 そして私達より前にギルドから派遣されてこの村に来ていた、ハンターさん。

 その人こそ私の前任者であり、私のハンターとしての師でもある人である。

 

 その人も、当時は駆け出しハンターで。ラギアクルスと運悪く出会う事はあってもまだ倒す事は出来なかった。

 多分、今のあの人なら簡単に倒して見せるんだろうけど。人間、誰しも駆け出しの頃はあるんだよね。

 

 それでも前任者のあの人は、私とは違って少しずつ成長して、ついにラギアクルスを退治する事に成功する。

 でも、原因不明の地震が終わる事は無かった。

 

 

 その頃の事は私も良く覚えている。

 ラギアクルスを倒したあの人を村を上げて祝っていた時に、これまでより大きな地震があったんだ。

 

 

 少し経って、地震の正体はラギアクルスよりも巨大な()()であるナバルデウスの所為だったという事が分かる。

 ナバルデウスは本当に凄く大きくて、とてもじゃないけど人間が戦う様な相手じゃない。

 

 それでも。あの人はナバルデウスを撃退してみせた。

 本当にギリギリの戦いだったんだと思う。あの人があんなにボロボロになってた所なんて見た事が無いから。

 

 でもあの人は勝ってみせた。

 

 

 そんな前任者を称えて、今度こそ平和になったモガの村。

 あの人の力量が必要無いというか勿体無いくらい平和になってしまったこの地に、ギルドな凄腕ハンターをずっと止まらせている訳もなく。

 

 街へ出ていく事になって。この村の常駐ハンターを私があの人から引き継いてから三年が経った。

 

 

 

 

「あの人ならもうラギアクルスは倒してる頃だよねぇ……」

 私は今十五歳で、あの時のハンターさんよりも若い訳だけど。

 それでも私の成長速度は遅い。身体も大きくならないし、胸も───いやそこは良いとして。

 

「……はぁ」

 私は何をしてるんだろう。自分が進んでいく道が、まだ私には見えなかった。

 

 

「お父さーん。ちょっと出掛けて来るね」

 お風呂から出て、ズボンとシャツに着替えてから厨房の奥で仕事をしているお父さんにそう話しかける。

 クエストをリタイアしておいて、家でのんびりしてられるほど私の神経は太くなかった。

 

「ニャ、晩飯までには帰って来るニャよ。ムツキに聞いたけど怪我してるんなら、無理しない事ですニャ」

 いつもの板前帽子を被ったお父さんはそう言って、また料理に戻っていく。

 今日のご飯はなんだろうね。

 

 私は狩りはダメでも料理はお父さんのおかげで得意だ。

 それでも、やっぱりお父さんの料理は最高だから毎日のご飯がとても楽しである。

 

 

「行ってきまーす」

「うニャー」

 挨拶をして、家の外へ。

 村が海に接していて家も海に近いからか、潮風がとても気持ちが良い。

 

 

 

 孤島地方。

 都会から離れた島々の集まりの総称で、私が住むこの()()()()もその孤島地方の一部だ。

 

 海に囲まれたこの村は資源が豊富で、交流船での物々交換で生活を豊かにしている。

 あのナバルデウスの事件からもう何年も経っていて、当時とは少し違った雰囲気になっているけど。

 

 それでもやっぱり、このモガの村はとても素敵な場所だ。

 風は気持ち良いし心地よい。お魚は美味しいし、農場も凄い。

 

 あの頃と変わったと言えば、私を含めあの頃小さかった子供達が少しずつ大きくなってきている事かな。

 村を出ていったり、仕事についたりで、あの頃より少し、賑やかさは減った気がする。

 

 

 

「お、ミズキ! さっきムツキがエラい防具を抱えて行ったな。聞けばクエストをリタイアしたようじゃないか、大丈夫かの?」

 家を出て直ぐに目が合い、そう話し掛けてくれたのはこの村の村長さんだった。

 

 私と同じ人間で、あのハンターさんが来る前からこの村の村長をやっていたらしい。

 ズボンと羽織っただけの上着の姿は、少し歳かなと思う彼を若々しく見せる格好だった。

 

 しかし、あの頃よりちょっと髪が少なくなってきている気がする。

 

 

「あ、いえ……その、すみません」

「カッハハハハハ! 何を謝っておる。むしろ謝るのはわしだ、無理をさせて悪かったのう」

 私の謝罪を笑い飛ばした後、今度は村長が親身になって謝罪をしてくれた。

 

 確かに、私には少し───いや、かなり身が重いクエストだったけど。

 それでも、私はこの村のハンターなのだ。こなさなければいけなかった筈である。

 

 

「ニャ、ミズキ! もう良いのかニャ?」

「む、ミズキは怪我でもしたのかの?」

「な、な、な、何でも無いですよぉ!」

「フニャ!?」

 無用な心配を掛ける訳にはいかない。私は背後で口走ったムツキの口を塞ぎながら私は村長に笑顔で言葉を返した。

 村長はそんな私達を見ながら少し不思議そうな表情をするが、少ししてから「うんむ」と頷いてこう言葉を続ける。

 

 

「所でミズキや、クエストから戻って来た所悪いんだが少し頼まれ事を聞いてはくれんかのう」

 頭を少し掻きながら、言いにくそうにそう告げる村長。

 

 村長は申し訳なく思っているのだろうが、こちらとしては前の失敗の責任を取る上でも願ったり叶ったりだ。

 

「全然良いですよ! 私にやれる事なら何なりとお申し付け下さい!」

「まーた無茶を聞く。……学習しないニャ」

「だぁまっててぇ」

 きっとムツキは優しさで言ってくれてるんだけど、あまり人前では優しくしてくれない。でも、今は私は必死なんです。

 

 

「カッハハハハハ! 何、難しい事を頼むつもりは無い。ただ、ちと人を探して来て欲しくての?」

「……人、ですか?」

 もしかして、モガの森に誰かが入って帰って来ないとか?

 そうだとしたら大変だ。こんなにのんびりしている暇は無い。

 

 だと言うのに、村長は余裕の表情で。それでも少し困った口調でこう続けた。

 

 

「実はギルドに新しいハンターの募集をしていての───」

「私はクビですか!?」

「……ニャ」

 村長のそんな言葉に私は彼に詰め寄ってそう聞いた。確かに、私の活躍は大した事が無いかもしれない。

 でも、それなりに頑張ってきたし。前任者のあの人に近付こうと努力してきたし。

 

 もう用済みだと言われた気がして必死になってしまう。

 

 

「おぅおぅ、そんな訳が無かろう。お前さんは良くやってくれとる」

「なら、どうして?」

 明らかに気が落ちているのが、自分で分かっていても制御出来なかった。

 私はわがままだろうか。

 

「最近、またモガの森の生態系が荒れておるのは身に染みて来たんじゃないか?」

 私に落ち着くように肩を叩いて諭してから、村長はそう告げる。

 

 

 確かに、言われてみればここ最近クエストに出掛ける回数も増えていた。

 ジャギィ達にアオアシラ、今回はロアルドロス。頻繁にモガの村の生態が入れ変わったりおかしくなったりしている感じが、ここ最近の生活で伺える。

 

 

「そんな状況でお前さんだけにクエストを任せるというのは苦という物だ。だから、村で金を出し合って助っ人をギルドに要請したって訳だな」

「お、お金……」

 私が一人前なら───

 

「カッハハハハハ! お前さんが気にする事ではないわい。もしあいつが村に残っておっても、多分あの(むすめ)ならそうしたろうさ」

 あの娘? あの娘というと、村長が言うあの娘といえば。

 

 

「それって、アイシャさん?」

 彼女しかいない。

 この村でギルドとハンターである私を繋いでくれている受付娘の彼女。

 

「うんむ。あの娘、わしが資金はどうしようかと悩んでおると村中駆け回って一人で集めてきおったからのう。それだけお前さんの事を大切にしておるのだろう」

「ロアルドロスを狩って来いとか言うのにニャー?」

「ロアルドロスはまだ早かったかのう?」

「そ、そんな事ないです。私が弱いのがダメなんです……」

 空気が重い。

 

 

「カッハハハ、そう慌てる事もない。それでな、あの娘が駆け回って集めた金で雇ったハンターが───」

「アーーーーーーッ!!!!」

 村長が言いかけた瞬間、聞き慣れたハイテンションな声が村中に響き渡った。

 

「あ、アイシャさん!?」

「村長!! それは内緒の約束ですよね!?」

 突然背後から現れ村長に詰め寄る彼女こそ、この村のギルドの受付嬢のアイシャさん。

 赤い色をしたギルドの制服を身に着け、流した黒髪がとても綺麗な大人の女性。

 

 ちょっとふざけた所がたまにあるのが、またお茶目なこの村の看板娘である。

 

 

「カッハハハハハ! もう全部言ってもうたわ!」

「村長ぉぉぉおおお!?」

「ありがとう、アイシャさん!」

 私は精一杯のお礼をアイシャさんに伝えた。

 いつも迷惑ばかりかけているのに、本当にありがとう。

 

「うぅ、ミズキちゃんには内緒って言ったじゃないですか」

「カッハハハハハ! わしも歳だな、忘れとったわ!」

「嘘だ」

「嘘だニャ」

 アイシャとムツキがタイミング良くツッコム。仲良いなぁ。

 

「しかしあのアイシャがそんなに頑張るなんてニャー」

「ムツさーん、私も実は怒ると怖いんですよー?」

「ボクに手を出すと今日のまかない飯は抜きになるニャ」

「ふがーーー!」

 仲良いなぁ。

 

 

「そ、それで、その雇ってくれたハンターさんがどうかしたんですか?」

 いつもの和む風景だが、黙って見ている訳にもいかないので話を進める為に村長に質問を投げかける。

 人を探して来て欲しいと、彼はそう言っていた筈だけど。

 

 

「うんむ、そうだそうだ。そのハンターさんなんだがの、昨日の夜には着くと連絡があったのに未だに姿を見せんのだ。交流船が島の周りを探索してくれた所、そこには無い筈の不自然な筏が島の裏側に置いてあったそうな」

「それが、もしかしたら雇ったハンターさんかもしれないって事ですね! 分かりました、探して来ます」

「ボクもしょうがないから着いてくニャ」

 ありがとう、ムツキ。

 

 

「あー、アシラ防具加工屋に出しちゃったなぁ」

「ん、お任せあれ! ロアルドロスも撤退してくれたので、安全ルートをちょちょいと調べますからね! 軽装備でも安全楽々で! ミズキちゃーん、しゅっぱーつ!」

「アイシャのルートは信用ならんニャ……」

「何か言いましたかね?」

「なんもニャ」

「あっはは……」

「うんむ、では頼んだぞミズキ!」

 そう頼まれては、頑張るしかない。

 

 ロアルドロスの失敗で本当にクビにならない為にも、ここで頑張ろうではないか!

 

 

 人を探すだけなんだけどね。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 村長とアイシャさんに、件のハンターさんの特徴を聞いてから私はアシラ装備の前に使っていたジャギー装備一式で今日二度目のモガの森へ出発。

 

 

「髪は銀色で、背が高くて目付きが悪い。ふむふむ、それで……安全ルートは、と」

 特徴を確認しながら、アイシャさんの描いてくれたルートのメモを元に森を進んで───

 

「これじゃ、分からないかなぁ」

「信じるも何も理解すら出来なかったニャ。ボクが甘かったニャ」

 アイシャさんのメモ、もう滅茶苦茶で何が何だか分からない。

 この木を右にって何。この木って何。右ってどこから見て右!?

 

 

「とりあえず、島の反対側だもんね。行ってみようか」

「モンスターに見つからないようにニャ」

「うん、分かってる。でも、私はこれでもハンターなんだからね!」

「無理は禁物、って意味ニャ」

 

 

 

 

 この世界は、モンスターの世界だ。

 

 世界中至る所に、彼等は存在する。空に陸に海に、火山に森に洞窟に、至る所に生きて住んでいる。

 

 

 モンスターとは何か?

 

 彼等はこの世の理だ。私達人間より遥かに巨大な身体を持ち、遥かに強大な力を持つ。

 生物のくくりの中でも頂点に立つ生き物達、それがモンスター。

 

 私達人間は彼等より弱いから。一致団結して、時には知恵を縛り、彼等と戦わなければならない。そうしないと、生き残れないから。

 

 

 彼等と戦うとは?

 

 ハンターは、この世の理と戦う事が仕事。知恵と勇気と時々お金を振り絞って、彼等と戦うのだ。

 かくいう私も、そのハンターであったりする。まだ駆け出しなんだけどね。

 

 

 なぜ戦わなければならないのか?

 

 モンスターは生き物だ。私達とは違う生き物だから、生きているだけで当然すれ違いが起きてしまう。

 住む場所が重なったり、食べる物が重なったりすると、生き物は相手を倒して自分の得るべき物を得るのがこの世の理。

 

 

 

 話し合いが通じる相手ではない。

 

 

 分かり合える相手では無い。

 

 

 私達がどれだけ語ろうと、触れようとしても、彼等は、モンスターは人間と分かり合える存在ではない。

 

 

 本当は私、モンスターを殺したいなんて思ってない。

 言ってしまえば、ムツキ達獣人族もモンスターだ。彼等と人は、お互いに理解し合って共存している。

 

 他の生き物だって、私は出来ればそうしたい。

 だって、生きているってとても大切な事で。殺すって事は、とても嫌な事だって、私はそうおもうから。

 

 

 でも、私が───私達人間がどれだけそう思っても思わなくても。

 きっと人間とモンスターは分かり合えないんだと思う。仕方ないんだと思う。

 

 

 

 それが、私の中では当たり前の事だった。

 

 この世界の常識だと思っていた。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 ───そう思っていた。

 

 

 

「───嘘……でしょ?」

「───な、ニャ……ニャぁ!?」

「……こんな所に人が来るなんてな。もしかして俺を探しに来たのか?」

 私がその時見た光景は、とても口に出して説明して良いのか分からない光景だった。

 

 

 この世の理を無視する光景。

 

 常識を覆す。この世界のルールを破る。

 そんな、ありえない光景だ。

 

 

「と、なるとお前がこの村の今のハンターか」

 立ち上がって、振り向く銀色の髪の青年。

 

 長身で目付きが悪い。間違いなく村長とアイシャさんが探していた彼に間違い無い。

 そんな当たり前の光景の中で、異様に光る瞳が私を捉えて鳴いた。

 

「ギャィッ!」

 彼の隣に()()()()()、ジャギィノス。───モンスターが。

 

 

「大丈夫だ。あいつは今、お前に敵意は無い。……そうだろ?」

「ぇ、ぁ、え、えぇ……?」

 

 この世の理を、ルールを、常識を、全てを覆すその光景。

 

 

 

 背後には、同じようにリラックスして座っている数体のジャギィの群れ。

 

 

 こんな事はありえない。

 

 

 だって、人と竜は相容れない。

 

 それがこの世界のルールのハズだから。でなければ、人はモンスターと戦う必要なんて無いのだから。

 

 

「どうした?」

 

 それは、ここから始まる物語の初めだったのかもしれない。

 

 

 

 こんなありえない光景の中での、彼との出会い。

 それこそが、私の物語の初めだったのかもしれない。

 

 

 

 ようこそ、モンスターハンターの世界へ。

 

 

 これは、竜と絆の物語。


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