会合
私、レクス・ゴドウィンはある野望を胸に秘めています。
そう、赤き龍と冥界の王の戦いに関することです。
かつて私は科学者であり、人々の暮らしをよりよくするために、兄弟であるルドガー・ゴドウィン、そして不動博士と共に研究を重ねていました。
しかし、ある日を境に兄の様子はおかしくなり、狂ったように毎日何かに没頭し続けていました。
私は、彼がゼロ・リバースを起こしたその日まで、何をしていたのか分かりませんでした。
あの日。
私は日課であるモーメントの設備チェックを行っていました。
普段と同じ、正常な機器の様子を見ていると、何者かが私のもとに走ってくることが分かりました。
その者は、私と兄が感銘を受けた、モーメントの研究をしている、不動博士でした。
しかし、様子がおかしい。
博士は息を荒げ、腕から血を流していたのです。
「ふ、不動博士!?」
私の声に気付いたのか、博士は少し表情を和らげ、近くの壁を背に座り込んでしまいました。
「レクス…か…」
「しっかりして下さい! 何が、一体何が起こったんです!」
「レクス、聞いてくれ…。 お前の兄は…ルドガーは…モーメントの研究を…続けようとしている…。 しかし…続けてはならないんだ…。 あれは…人の手には負えない…。 頼む…お前が、モーメントを止めるんだ… 急いでくれ…」
「不動博士、何を…!」
「キミに、このカードを… 急いでくれ…!」
私に見たことのない三枚のカードを渡し、博士はそのままどこかへいなくなってしまった。
当時の私は、まるで状況が掴めていなかった。
兄がいる部屋に着き、強引に扉を開けると、そこには腕を引きちぎり、血まみれになりながら鬼の形相をしている兄がいました。
「に、兄さん! これは…!」
「レクス…! これを持って早くここから出ていけ!」
そう言うと兄は、私に自分の腕が入ったケースを投げ渡してきました。
いきなりの事に、私は混乱するばかりで何が何だかわかりませんでした。
「兄さん、何を言って…!」
「いいか。 そう遠くない未来、その腕と同じ痣を持つ者たちが現れる。 その者達を集め、邪神との戦いに備え、私を倒すんだ!」
額から滝のように汗を流し、碌に焦点が合わない目をして、必死に私に投げかける。
「何を言ってるんだ兄さん! この腕の痣は! 邪神とはなんなんだ!」
「いいから行けぇ! 私の理性が失われない内に、早く!!」
そう言うと次は、私の足元に向かって銃を打ち付ける。
私はいきなり豹変してしまった兄に驚愕し、おびえ、逃げるようにその場を去った。
後ろから、兄の叫びが聞こえる。
「私の体には赤き龍と邪神、両方の力が宿った! 私は、私は邪神の道を選ぶ! 必ず私を倒すのだ。 分かったな、レクスゥゥゥ!!!」
その叫びを聞いた時、私の眼からは涙が止まらなかった。
情けなかったのだ。
兄と不動博士がなぜおかしくなったのか。
どこから、どうしてこうなってしまたのか、何も分からない自分が腹立たしかった。
そして、私が外へ出てしばらくたった後、あの作られた災害であるゼロ・リバースが起きたのです。
私は知りたかった。
不動博士は何を危惧していたのか。
兄は、何処に到達したかったのか。
シグナーとは、赤き龍とは、冥界の王とはなんなのか。
知りたくてしょうがなくなってしまった。
知るために、私は全てを投げ出しました。
血の滲むようなこと、時には裏を知るために命にかかわるような危険な調査もした。
そして知ったのです。
兄が、不動博士が思っていたことがなんだったのか。
しかし、私には何もできなかった。
私ができることは、いずれ現れるシグナーに事の顛末を伝えるだけである。
私の腕には痣はなく、自ら戦うことはできない。
何もできない自分に再び情けなさを感じ、うなだれてしまう時が多かった。
その数年後、なんとか回復していった私は、兄たちという過去ではなく、今を生きる者として前を見ようと思った。
きっと、兄たちもそれを望んでいるだろう。
私はサテライトの住人を正しきに導き、時にはセキュリティと対立する毎日が続いた。
ある時、ネオドミノに支配されるサテライトの人々の姿を見て今の実情に憂いを感じ、サテライトとネオドミノを繋ぐことを企てた。
閉ざされてしまったサテライトを開放し、新たな世界を作るため、自らが建設したダイダロスブリッジを飛び、ネオドミノシティに至ったのです。
しかし、失ったものも大きかった。
シティに到達したと同時に私のDホイールは大破し、私の右腕は粉々になってしまった。
理想を抱き、探求を求めた私は翼をもがれ、地に生きるための腕をもなくしたのです。
苦痛に悶えながら、ふと空を見ると、いつも私たちを照らす太陽が不変の輝きを放ちながら私を見つめていた。
私は、それが見下しているかのように見えた。
その時、私は悟ったのです。
どれだけ努力しようとも、あがこうとも、もがこうとも、人は大きな運命に逆らうことはできないのだ。
神の前には、人はただの玩具でしかない。
世界を動かすには、運命を支配するまでの力が必要なのだ。
そして私は思い出したのです。
五千年に一度の、神々の戦い。
遠くない未来、このネオドミノもその戦いに巻き込まれる。
変えるのだ、私の手で。
神々が勝手に世界を蹂躙し、我々はただ巻き込まれることしかできないこの理不尽な世界。
それを変えるため、私は全てを牛耳る神をも超える神にならなければならないのだ。
そう、考えたのです。
その後、私はシティの治安維持局に入局し、長官に就任しました。
神になるために、その足がかりとして権力も必要となる。
その中で、不動遊星たちシグナーと思われる者たちの情報を得ることもできた。
全ては順調。
後は、兄がやらなかった二つの神の集中を体現するために、着実に計画を進めるだけだ。
そう思ったいた時、ある女性と出会った。
「すみません、貴方がレクスさんという方ですか?」
いつものように長官としての職務を行っているときに、それは突然起こったのです。
セキュリティは万全。
なにせセキュリティの中心核なのだから。
誰も入ることはできない。
要塞と化している筈の私の部屋に、彼女は容易にやってきたのです。
「…貴方は? 他の者たちはどうしたのでしょうか…」
あくまで平然と、相手のペースに飲まれることがないように話しかける。
「フフ、ここに来るまでに会った人たちですか? そうですね、大抵は眠ってもらいましたけど、数人は私の姉たちがお腹を空かしていたので栄養になってもらいました」
そう言うと彼女は私から視線を逸らし、後ろの方を見た。
私には、彼女が何を見ているのか分かりませんでした。
ただ、分かったことは彼女は異常である事。
得体のしれない彼女は、明らかに私にとって邪魔になる存在だ。
ここで倒さなければ、いずれ厄介な存在になることだ。
…彼女には痣はない。
消すのならば…ここで…
「…私を消そうと思ってますか? 無駄ですよ。 地縛神ですら操れていない状態の貴方に負けるほど、私は弱くありませんよ」
!!?
今、彼女は何と言った?
なぜ、それを知っている?
それは私と兄以外知る由もない、極秘情報であるはずだ。
駄目だ、やはり逃すわけにはいかない。
ここで消えてもらうしかない!
そう思い、私は腰にある銃に手を伸ばそうとした。
その時…
「せっかちな人ですね…。 私は貴方の敵ではありません。 貴方と取引をするめにここに来たんです」
「その話を聞く気はない。 なぜ知っているかは知らないが、この場で死んでもらいます」
そう言って、私は彼女に銃を撃った。
しかし、その弾は彼女に当たらず、不自然な軌道を描いて私の足元に当たった。
「!! これは…!」
「だから言っているでしょう。 貴方に負けるほど弱くないって。 さぁ、話を聞きますか? それとも、姉たちの栄養になっちゃますか?」
そう言って、彼女は妖艶に微笑んで見せた。
その笑みに、私は身の毛もよだつおぞましさを感じ、動くこともできなくなってしまった。
これほどの恐怖は、生まれて初めてだったのです。
「…わかり…ました…。 …いったい…、何が…目的なのだ…?」
抵抗をすることもできなく、彼女の言葉に肯定しかできなくなった。
「フフ、簡単な事です。 まずは、そうですね…。 貴方は三邪神、というものをご存知ですか?」
その単語に、聞き覚えはあった。
「確か…、あの武藤遊戯の相棒であった山崎恵一のエースたち…。 彼が不死になった原因とも噂される、伝説のカードですか…。 実在はしないと聞いていますが…」
「その通りです。 ただ、そのカード達は存在します。 あのカードどもは、恵一さんを私から引き離した最悪のカードです。 そこで提案なのですが、まず彼の行方を探ってはいただけませんか?」
…、何を言っているのだ、この娘は。
「なぜ、そんなことをする必要がある? 貴方が見つければいいでは「やりましたよ!! 一生懸命!!!」…!?」
疑問を投げかけようとしたとき、彼女はいきなり豹変し、今までの大人しさを失って叫びだした。
蹲って涙を流し、イラつきながら髪を掻き毟り始めたのです。
「必死に探した! どこまでも追いかけた! でも、掴めない! あの手を、握ることができなかったんです! 見つけても、声をかけても、あの人は私を見てくれない!! 今も逃げ続けているんです!」
でも…、
「分かっているんです。 あの人は、私に誓ってくれました。 一緒にいてくれると、寂しい時には抱きしめてくれると。 そう言ってくれたあの人が、私を裏切るはずがありません。 それで、気づいたんです。 彼が逃げ続ける理由は、あの邪神達にあるんだって…」
彼女は落ち着きを取り戻すと、操り人形のような動きで立ち上がった。
彼女は狂ったような笑みを浮かべ、語り続けた。
すでに目は常人のソレではなくなってしまっている。
「だから、協力してほしいんです。 あの忌々しい邪神の力を、貴方がいずれ手に入れる別の邪神で、踏み潰してほしいんです。」
グルリと首をこちらに向けて、私を睨んでそう言った。
思わず身震いをしてしまった。
これほどまでに狂った者を、今まで見たことがなかった。
「当然、貴方にもメリットはありますよ。 貴方の計画の事は知っています。 その計画に、必ずあの化け物たちは関与してきます。 危険な釘は、打っておくことができるわけですよ。」
その言葉を聞いて、私は一つ疑問を感じた。
「…待ちなさい。 貴方は私の計画を知っていると言いましたが、ならばなぜ、私の計画を後押しするような真似をするのです。 私の計画は、貴方たちまでもこの世から消すことを意味するのですよ?」
そうだ、彼女の言い分は根本から可笑しいところがある。
私の手助けをすること、すなわちそれは彼女が愛する山崎恵一との別れを意味する。
それなのに、私に助力していいのか。
そう思っていると、彼女はクスクスと笑いだし、こういってきた。
「アハは、確かにこのままだとそうなりますね。 だからこそのお話です。 貴方が見事計画を達成した時は、私と彼の事を一時的に見逃してほしいんです。 ほんの少しだけ時間があれば、あとは私が恵一さんの邪神を利用して、闇の中で二人きりの空間を作ります。 二人だけ、死ぬことも許されない、未来永劫続く楽園。 フフ…、アハは! 素敵だと思いませんか?」
確信した。
そうか、彼女には世界など見えていない。
あるのは、山崎という人物だけ。
彼女はソレさえあれば、世界が滅びようと気にしないようだ。
「なるほど、恐ろしい人だな貴方は。 ご家族はこのことはご承知で?」
「いえ、何も言っていません。 兄はいつも心配してくれたので、心苦しいところもありますが…、…恵一さんのためなら、全てを犠牲にするつもりです」
…、何が彼女をここまで狂わせたのか。
私の前にいるこの少女が、私には人以外の何かに見えた。
ドロドロとした、獣のような、それ以上の化け物に見えた。
彼女は山崎恵一の邪神を化け物と言ったが、彼女にこそその称号はふさわしいと思えた。
「とにかく、貴方には恵一さんを探してほしいのです。 後で三邪神に関する情報をお渡ししますので、了承してもらえますか?」
「…えぇ、分かりました。」
それしか言えませんでした。
それ以外のことを言ったら、おそらく私の命はなかったでしょう。
「フフ、賢明な判断ですよ。 それでは、またあとで」
そう言って、彼女はその場を後にした。
完全に姿が見えなくなったとき、私の中にあるのは安堵だった。
情けない、世界を変えようと決意しているというのに、あのような娘一人にいいように操られるとは。
しかし、私もただ利用されるわけにはいかない。
彼女の言う三邪神。
それは私にとってとても魅力的なものだ。
もし、山崎恵一の伝説が本当ならば、その力は必ず世界に大きな変化を与える。
その力を、私が手に入れることができれば…。
そう思い、私は彼女に協力するように見せ、彼の邪神も狙うようにしました。
より強い力を目指して。
それから数年後、遂に彼を見つけることができた。
彼は、何かの罪に問われて刑務所に放り込まれていました。
なぜ彼の事が分かったのか。
それは彼にマーカーを付けたと思われる局員が、真っ黒な変死体で見つかったことが挙げられます。
その遺体は焼け焦げたわけでもなく、ただただ黒く染まっていたのです。
その時に確信しました。
山本恵介と偽名を使っている彼が、あの山崎恵一なのだ。
正直、未だ半信半疑であった。
誰も知らぬ邪神。
知られざる英雄。
その存在が、今ネオドミノシティにいる!
その時、私の中である欲望が生まれた。
あの邪神の力が見てみたい!
いずれ手にするその圧倒的力。
それがどのようなものなのか、見たくてしょうがなくなった。
あの娘への報告など、すでに私の頭の中からなくなっていました。
だからこそ、彼をフォーチュンカップに誘った。
しかし、彼も不死を体現する無類の英雄だ。
こちらの事は知っていて当然。
あの名も知らぬ娘ですら私の計画を知り得たのだ。
彼がどこまで知っているのか、考えるだけで恐ろしい。
もしかしたら、私の過去までも全て知っているのかもしれない。
だが、恐れてはいられない。
こちらも武器は手に入れた。
彼と親しい間柄であるジャッカル岬。
彼女に我が局が開発した特別な毒薬を撃ち、彼を管理局に招待した。
あの毒の解毒薬は、私しか持っていない。
誘いには、必ず応じる。
「失礼しまーす…。 えっと…、ゴドウィンさんは…」
私の部屋に来た英雄殿は、何処から見てもただの学生にしか見えなかった。
なるほど、不死を体現しているのは本当か。
本当に、教師よりも生徒の方が頷ける。
「ようこそ、山本恵介殿。 いえ、山崎恵一殿、と呼んだ方がいいでしょうか?」
私の言葉に、彼はかなり動揺しているように見えた。
いや、見えただけか。
今まで完全に一般人として生きつづけていたのだ。
手の内は見せないつもりか。
ならばこちらも勝手に進ませてもらいましょうか。
それよりも、まずはあのカードだ。
「まぁ、いいでしょう。 問題なのは、貴方が持っているその三枚のカードです。 一度、見せては頂けませんか?」
私の言葉に、彼は特に何の抵抗も見せずにカードを見せた。
なるほど、そこまで余裕があるというわけか。
本当に、そこが知れない。
その手には、三枚のカードがあった。
残虐な表情を浮かべた巨人。
闇のオーラを纏った破滅の竜。
そして、怪しげに光る闇の太陽。
なるほど、彼女が言った情報通りか。
「………、すばらしい…。 それが、闇を統べるものたちの姿ですか。 なんとも、おぞましくも神々しい姿だ…」
あぁ、感じる。
凶悪な、強烈な、破壊の力を。
今にも押しつぶされそうなプレッシャーが、あのカードから感じられた。
欲しい、今すぐにでも。
これがあれば、冥界の王にも匹敵する力を得られる。
そう錯覚してしまうほどだった。
…いや、まだだ。
今はまだ泳がせなくては。
私はその後、彼に私の計画を教え、フォーチュンカップに誘いました。
ジャッカル岬という人質を添えて。
途中、不動遊星の邪魔が入りましたが、難なく参加させることができた。
あぁ、楽しみだ。
あの邪神の力を、間近で見ることができる。
話をし終えたとき、彼の表情は苦悶で満ちていた。
無理もない、親しいものを人質にされ、さらに今まで隠していた力を開放しなくてはならないのだからな。
だが、こちらも全てをかけているのだ。
しかも相手は闇の頂点ともいえる存在だ。
悪いが、加減はできない。
「フフ、その時には是非、そのデッキにある深き闇を解放してくださいね」
おっと、つい口に出してしまった。
駄目だな、この歳で自分を抑制できないとは、まだまだだな私も。
そう思っていると、彼に異変が起きた。
彼は、いきなり出口の前で止まると、体中から真っ黒な何かをまき散らし始めた。
不動遊星も、彼の豹変に驚いているようだ。
山崎恵一はそのまま自在に操り闇を蠢かせ、その闇を私の目の前まで解き放った。
突然の攻撃に、私は完全に反応することができなかった。
死ぬのか、そう思った時…
「…いいでしょう。 僕の邪神をお見せします…」
いきなり散らしていた闇を自身に戻すと、そう言って彼は振り向いて私を睨みつけた。
しかし、闇は消えたわけではない。
闇は彼の真上に上ると徐々に形を作っていき、光り輝く太陽を形作った。
あれは…まさか、彼の切り札。
漆黒の太陽、邪神アバター…。
あの女ですら完全に効果を知らない、邪神の最高神。
それが今、彼により顕現され、私の前にいた。
「……………えぇ、楽しみに、…してますよ」
その圧倒的な存在感に、私はとぎれとぎれに返事をすることしかできなかった。
恐ろしすぎる。
あれが、闇を照らす闇の太陽。
彼が去った後も、体の震えは止まらなかった。
しかし、同時に歓喜した。
あの禍々しき力は、いずれ私が手に入れる。
神たる私が、全て。
フォーチュンカップが楽しみだ。
すぐにでも、邪神の力を見たい。
頭の中は、それで一杯になったのである。
そして、大会がやってきた。
当日の彼の顔はすぐれず、うつむいたまま何を言われても反応を示さなかった。
MCの言葉はもちろんの事、不動遊星の言葉にすらも、全く反応しない。
彼と旧知であると思われ、同時にシグナーと思われる十六夜アキも彼に話しかけていたが、彼は見向きもせずに通り過ぎていた。
あの時の十六夜アキの異様な様子も気になったが、あの時の山崎恵一の状態が気になった。
おそらく、彼は今日邪神を召喚する。
早く、早く見たい。
高ぶる感情を抑えることができず、私は思わず笑みを浮かべてしまっていた。
そして、彼の時間がやってきた。
彼の相手は、私が雇ったデュエリストだ。
すまないが、彼には邪神の生贄になってもらおう。
序盤、デュエルは山崎恵一の劣勢だった。
マスクドナイトの効果によりライフを半分近く削られ、さらに彼のフィールドにはモンスターはいなかった。
…いや、違う。
彼は劣勢などではない。
分かっているのだ、この状況を。
全てを、見通してる。
…、おそらく、次のターンに神が降臨する。
そう思った。
そして、その時は訪れたのだ。
「開け、漆黒の劇場! 暴虐の惨劇を今此処に!!」
彼はいきなり何かの呪文を唱えたかと思うと、彼の足元に一直線上に広がる謎の光が走った。
次第にその光は広がっていき、その光の奥からは途方もない闇がうかがえた。
「邪炎のもとに現れよ、覇に生きる者。 汝が前にあるは塵芥のみ!」
彼はそのまま詠唱を続け、歪んだ光を強めていく。
上を見ると、今まで晴れていたのに暗雲に包まれていた。
暴風が吹き乱れ、雷の音まで聞こえてくる。
恐ろしい、ただ召喚をするだけでもこの威力。
顕現した時、何が起こるのか分からなかった。
「剛来せよ、邪神 ドレッド・ルート!!!」
そして、その光と闇のうちより、神がついに降臨した。
彼が召喚したのは邪神ドレッド・ルート。
アバターでないことは少し残念だったが、それでも神として申し分ない存在感だ。
確か、オベリスクの巨神兵に連なる力の邪神、だったか。
なるほど、確かにその名にふさわしい。
天にまで届きそうなその巨大な体躯は、見る者すべてに恐怖を与える。
鋭すぎる眼光、冒涜的な鎧、破滅を思わせる異色の体。
震え上がり、思わずうずくまってしまうような雄叫び。
そのすべてが、恐怖でしかなかった。
あのMCですらも言葉を無くしてしまっている。
観客のうち数人は耐え切れずに逃げ出してしまっていた。
他の者は、恐怖のあまり動けないでいるのか。
それとも、かつてないほどの狂気に駆られているのか。
ただの観客として見ている人間が、今どれだけいるだろうか。
それほどまでに、その存在は強大なものだった。
そして神の一撃は、私の予想をさらに上回るものであった。
張っていた罠を簡単に砕かれ、相手のデュエリストはあの邪神が放った一撃の余波で、ドームの隅まで吹き飛ばされてしまった。
様子を見るに、おそらく再起は不能であろう。
体調的な意味でも、精神的な意味でも。
間接的とはいえ、あの一撃を受けたのだ。
一般人ならば、もうデュエルする気にもなれないだろう。
山崎恵一はデュエルが終わると、そのまま振り向いて去ってしまった。
まるで相手にならなかったのだろう。
…、おもしろい。
彼をシグナーと戦わせてみたい。
(次の相手は、十六夜アキか。 フフ、どのように転ぶのか、楽しみだ)
私は今後起きることに思いをはせ、またひっそりと笑った。
しかし、事態は予想外の事になった。
そのまま進出すると思われた山崎恵一が、大会不参加によって失格となったのだ。
しかも、対戦相手だった十六夜アキも、である。
原因は全く分からなかった。
調査しようにも、彼はすでにどこかに消えてしまっており、十六夜アキが所属するアルカディアムーヴメントは彼女の事を隠し続けている。
さらに、状況は悪い方向へと進んだ。
私が持っていた彼に対する切り札であった解毒薬を不動遊星に奪われてしまったのである。
私が局から離れた瞬間を狙った犯行だった。
逮捕しようにも、その時の防犯カメラ等々はハッキングによって使用不可になってしまっており、証拠は全く残っていなかった。
(どうしたものか…。 山崎恵一は消え、シグナーである十六夜アキもいなくなった…)
思考をめぐらせ、今後の計画を見直す。
しかし、その時私は笑っていた。
それに気付いて自覚した。
楽しんでいるのだ、この状況を。
この何が起きるか分からない今をどう乗り切るのか、それが楽しくて仕方がない。
…つい最近までは、このようなことなどあり得なかったというのに…。
(フフ…、私もあの男と邪神達に毒されてしまったということか…)
誰もいない部屋にて、私は静かに笑い続けた…。
ここは、闇。
ある筈のない。歪な神が集う場所。
そこに、住人の一柱が降り立った。
『ういー、ただいまーっと…。 いやー、気象局って意外と遠いんだな…って、なんだ、誰もいないのかよ。 …あー、そーいやアバター様もルートの奴も別件で動いてるんだっけか。 ったく、不用心だな。 何かあったらどうすんだよ…』
降り立ったのは、異形なる竜であった。
竜は周りを見ると、同胞がいないことを確認し、軽くため息をついた。
『はぁー、暇だなクソ。 これじゃルートをイジリ倒すこともできやしねぇ。 …まぁいいや、王様を見守るとしますか』
そう言うと竜は光を発生させ、外界とリンクさせた。
徐々に光が晴れ、ある光景が広がる。
そこは、自らの王である山崎恵一の部屋であった。
闇の中に居る間は、臨時に素早く動くことができるように、王を見守ることとなっているのである。
そうして王の部屋を見たとき、竜はその異変に気付いた。
『…あれ? 王様いなくね…?』
見守るはずの王がいなかった。
今日、大会が終わり次第王はまっすぐ自宅に帰り、その後はどこにも行かない。
それが本日の王の予定だったはずだ。
だが、いない。
それはつまり…。
『そうか、いないのか…。 いない…いないって…。 ………!!! いないだとぉ!!!?』
事態の深刻さをようやく理解した竜は、直ぐに闇を纏って外へ出る。
アバターもドレッド・ルートもすぐには戻れない。
行くならば、自分だ。
『くそ! どうなってやがる!! 俺たちが王様を見失うなんてありえねぇ…!! 一体どこのどいつが拉致りやがったぁ!?』
暴風を巻き起こしながら、高速で移動し続け王を探す。
そう、本来竜たちが王を見逃すことなどありえない。
竜たちが力の一端を宿しているカード達。
そのカード達は宿した力によって王の下からは絶対に離れないようになっている。
たとえ王が自分たちを無くしても、必ず王のもとに舞い戻れるようにしてある。
さらに、たとえデュエルの際にデッキにいようとも、その力によって王の窮地には必ず手札に来れるようになっているのだ。
だからこその異常。
王のもとにあるはずの自分たちのカードは、誰もいない王の部屋に置いてあったのである。
力が働かなかったのだ。
見失う筈のない王がいない。
一体どこに行ったというのか…。
必死に思考をめぐらせ、竜は王の動向を予想する。
(なんだ、なにが起きていやがる! 王様はどこにいるんだ! 思い出せ、絶対にヒントはあるはずだ!)
考え考え考え、竜は王を探し続ける。
そして、思い出した。
(そうだ、確か前にアバター様が攻撃を止められたって言ってたな)
かなり前、竜は太陽からとある話を聞いていた。
それは、自分を見つけてしまった少女を殺そうとしたときに、薔薇をモチーフとした龍に止められた、という話だった。
アバターの力を止められるほどの力があるのならば、自分たちの包囲網を突破されることもあり得る、そう竜は思った。
確か、その少女の名前は…。
(十六夜…アキ…!)
その名前は良く知っている。
気象局に行く前に、アバターが自分たちに教えた要注意人物たちの一人だ。
確か、今は親元を離れてディヴァインとかいう奴の所に居るって話だったか。
ならば、話は早い。
行先は決まった。
『クソガキがあぁッ…! ぜってぇ容赦しねぇ! 覚悟しろやァァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!』
地が裂けそうなほどの大きな雄叫びを上げ、竜は神速のスピードで目的地に飛び立った。
行先は、アルカディアムーヴメント研究施設。
惨劇の時は近い。
ご感想、ご指摘がございましたら、よろしくお願いします。