いや、確かに強いけど   作:ツム太郎

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ちょっとした小話


死ぬほどどうでもいいこと

三人の少年

 

お話の途中に申し訳ないが、今から死ぬほどどうでもいい話をする。

何の事もない、スルーしてもいいほどの話だ。

だが、もし少しの時間があるのならば、片手間で構わないので聞いていただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

人間とは、感情の動物である。

 

 

 

かつて鉄鋼王と唄われた、現実にて生きたとある偉人の言葉だ。

 

この言葉に込められた意味は、人間であるならば誰でも共感できる簡単な言葉である反面、深海の底よりも知れない深さを持つ。

そして、多くの事象に関連づいたりもする。

 

 

 

例えば、「病は気から」という言葉がある。

病気はその人の心の持ち方しだいで軽くもなり、また重くもなるという意味を持つこの言葉。

 

考えてみればそうであろう。

風邪を引いた人間が「自分は風邪である」と自覚しない限りその人間は健康体であり続ける。

少なくとも、自分の中では。

病というのは、外からの情報が原因であろうと自分からであろうと、自分が認めた時に始まるものだ。

 

そういった意味では、「バカは風邪をひかない」という言葉も頷ける。

バカは風邪をひいても気づかず、他人に言われても認めない。

あくまで、自分の心で決めているのである。

 

 

 

例えば、「正義」という言葉がある。

道徳的な正しさに基づく概念。

しかしてそれに方向はない。

人によって、正義は様々であるのだ。

 

ある侵略者がいたしよう。

原住民からしてみれば、その存在は己の生活を脅かす明らかな悪である。

だが、侵略者から見るとどうだろう。

もし、侵略者の故郷が深刻な物資不足で、他の地方から資源を得なくては生きていけない状態であった場合、侵略者は悪と言い切れるだろうか?

 

また、復讐者がいたとしよう。

その復讐者の行為は、ソレだけ見れば悪であろう。

だが、その復讐者が大切な存在を消されたための怨恨からくるものならば、それは悪と言い切れるだろうか?

かつて日本において、復讐は公式に認められていた。

そう思うと、復讐者も悪とは言い切れない。

 

この場合にも、感情は大きくかかわる。

侵略や防衛、復讐や抵抗、そして正義そのものも、人の感情によって左右する。

何が正しくて、何がダメなのかは人によって違うのである。

 

 

 

例えば、「幸せ」という言葉がある。

 

幸福、幸運、嬉しい、安心、寿、極楽、恵み、冥加、ラッキーセブン、巡り遭わせ、思わぬ良事…。

言い方は多数あるが、ソレは人間にとって最高のものである事は変わりない。

 

もちろん、幸福とは人によって大いに左右する。

何によって、どれほど変化するかは様々だ。

好物を食べる時、趣味をしている時、寝ている時、恋人と一緒にいる時、友達と遊んでいる時、仕事をしている時、家族と過ごしている時。

何をして、どれだけの幸福を得られるかは一律ではない。

 

しかし、人々が限りなくソレを求めようとすることは変わりない。

手段は違えど、人は幸福を求める。

少なくともそれに変わりはない。

正常であろうと、異常であろうと、狂っていようと、幸福を求める純粋な気持ちに違いはないのである。

 

自分が幸福になるためには、どんなことでもする。

それが生き物というものである。

それが人間ならば尚の事。

感情の生き物である人間は、幸福を感じる度合いも高い。

なればこそ、そのための行為も過剰なものになる。

 

その例は、大いに存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分かり辛い?

 

 

 

それでは、例としてとある三人の少年を挙げよう。

 

 

 

あるところに、三人の少年がいた。

少年たちには親がいなかった。

知らぬ間にこの世に生を受け、己を得たのである。

 

少年たちは何も知らなかった。

何もわからない。

なぜ、こんなところにいる?

自分はなんなんだ?

ただ真っ暗闇の中、三人だけの世界。

 

抵抗できる筈もなく、少年たちは理不尽に生を与えられたのであった。

 

 

 

 

 

ただ、三人同時に生まれたというわけではない。

少年たちはそれぞれ違う時に生まれた。

 

最初の少年は真っ黒な短髪の少年であった。

歳に合った、純粋で疑うことを知らないような眼をしていた。

 

真っ暗の中、少年は何も分からず、ただ闇の中を歩き続けた。

だが、分からない。

少年は自分がなんなのか、そして何のために生まれたのかを知りたかったが、それを知ることができなかった。

 

しかしその数日後、少年は思わぬ糸口を見つけた。

ある日、少年がいつものように闇の中を歩いていた時、ふと自分の右手に違和感を覚えた。

 

高熱を帯びている。

 

熱く、熱く、ただ熱い。

少年は自分の異変に恐怖し、熱を振り払うかのように手を振り回した。

その時だ。

闇が彼の手に沿って晴れていったのである。

そしてその先には、何かが映っていた。

 

自分と同じ形をした生き物が、様々な格好をして周りを歩いている風景であった。

少年は、ソレが分からない。

しかし、本能で判断した。

この光景は、外の光景だ。

自分たちが閉じ込められている世界の、外。

 

少年は渇望した。

外に出たい。

外に出て、この人たちと話をしたい!

そう思い、光に向かって身を乗り出そうとした。

 

 

 

だが…、ソレは叶わなかった。

ガキンという音を立て、少年は闇に引き戻されてしまったのである。

原因は分からない。

まるで世界そのものに拒絶されてしまったかのような、そんな感覚が少年を襲った。

 

なぜ?

自分も彼らと同じはずなのに。

同じ存在として、外に出てもいいはずだ。

それなのに、なぜ自分だけは一人でなくてはならない。

 

それから何度も少年は光に向かった。

抗い、闘い、立ち向かったが、世界はそれを許さなかった。

 

やがて少年はあきらめ、代わりに外を観察するようになった。

行くことができないなら、せめて見たい。

そう思ったのである。

 

 

 

 

 

何日か外を観察し、少年は自分がどういう存在か理解することができた。

そして、それは少年に対する絶望でもあった。

 

少年は、他の者たちとは全く違う存在だったのである。

少年は、所謂「使われる存在」であった。

外の連中に勝手に使われ、利用される存在。

 

その事実は、少年の心に深く突き刺さった。

憧れ、恋い焦がれた外には行けず、その上自分は使われるだけの存在でしかなかったのである。

それから毎日、少年は歩くこともせずに項垂れつづけた。

そして、自分を生んだナニカを恨んだ。

 

自分はなんなんだ?

自分は利用されるためにだけ生まされたのか?

 

死のうとも考えた。

しかし、死ねない。

首を掻きむしっても、気づいた時には同じ場所にいた。

その事を知り、少年はさらに心を疲弊させていった。

どうしようもない運命から逃げることもできず、一生をこの闇の中で過ごせというのか…。

 

だれか、こたえてくれ…。

 

少年は心からそう願ったが、結局誰も答えなかった。

少年の周りには、真っ黒な闇があるのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数週間後、少年にとって嬉しい事があった。

 

ある日、少年がいつものように暗い目で外を見ていた時、声が聞こえたのだ。

それも二つ。

一つは泣き叫び、嗚咽と共に嘆きの言葉を言い続ける声。

一つはその鳴き声の主を慰め、必死に泣き止ませようとする声。

 

誰だ?

ここには自分しかいないはず。

気になって、少年はその声の方向に向いて行った。

 

 

 

 

 

そこには、自分と同じ背丈くらいの少年が二人いた。

一人は真っ赤な長髪の、もう一つは鮮やかな緑色の髪を自分と同じくらいの短さにしている。

少年は喜んだ。

自分と同じ存在がいた。

それだけでも、少年は嬉しかったのである。

 

少年はすぐさま二人の所に行くと。

自分の事を話した。

 

二人は、少年と比べてあまり知識を持っていなかった。

二人は少年から話を聞くと、今まで知らなかった事を聞いて目を輝かせた。

泣いていた方など、泣き止んで少年の事を様付けで呼んでしまうほどに喜んだ。

 

それから三人は、この場に居合わせたことを縁として、一緒に過ごすようになった。

三人ならば、何とかこの地獄を乗り越えられる。

三人でならば、使われるものとして生きるのも悪くない。

皆で己を高め、主のために戦う。

ソレが自分の存在意義ならば、受け入れて行こうではないか。

 

少年は、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、悲劇は連鎖する。

彼らの不幸は、それだけで止まらなかったのである。

その始まりは、外の世界の主としていた人間の一言であった。

 

ハッキリとは覚えていない。

覚えていられなかった。

ただ、「使えない奴だ」という旨を言われた。

自分の隣で、泣いていた少年はあっけにとられ、もう一人の方も訳が分からない状態であったが、少年だけは理解できた。

 

あぁ、自分たちは捨てられるのか…。

 

その一言で少年達は各地を転々とした。

自分と同じような形をするモノが多く並ぶところに引き渡され、冷たい牢獄に叩きこまれた。

誰かが通り過ぎるたびに、気持ちの悪い笑みとバカにする言葉が少年達を貫く。

「なんだこれ、名前だけだな」、「使えない、ゴミじゃないか」そんな言葉を四六時中聞き、少年達の心はひどく荒んでいった。

 

少年達は、己の存在意義ですら壊されてしまったのである。

使われるために生まれたのに、それをさせてはくれない。

誰も自分を使ってすらくれない。

 

ならば自分はなんだ?

何のために自分は生まれた?

己の存在価値は、自分は何のために生きていけばいいんだ!?

 

 

 

 

 

それから地獄の日々が続いた。

毎日毎日、外の奴らが自分たちを見に来る。

しかし、主として使うのではなく、見世物としてさらされるだけ。

戦うことなどできない。

 

緑髪の少年は、いつ頃からかまた泣くようになった。

「誰かボク達を見て、使ってください」と。

己の境遇を嘆き、忘れ去られることを恐れて泣き続けた。

売られない時、自分たちがどうなるかを知っているから。

 

自分たちの目の前で、外の人間は要らない同胞を破り捨て、ゲラゲラと笑っていたのだ。

あの時の醜悪さと恐怖は一生忘れないだろう。

ソレを知っているからこそ緑髪の少年は泣き続ける。

自分の存在を知ってもらうために、誰にも聞かれるはずのない叫びを上げ続ける。

 

一方、赤髪の少年は至って冷静だった。

緑髪の少年を「運命だ」、「諦めろよ」と言って何度も諭し、慰める。

 

 

 

黒髪の少年は何も考えなくなってしまっていた。

どうせ捨てられるのならば、もうここで一生を過ごすのもいいか。

そしてあの時の同胞のように、外の連中に破り捨てられるのも…

 

そう思い、ゆっくりと瞳を閉じて…

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

少年は、外で楽しそうにする連中の声を聴いてそう思った。

思ってしまった。

どれだけ悲しい目に合おうとも、やはり諦めきれなかった。

 

なぜ、自分たちがこんな目に合わなくてはならない。

なぜ、こんなところにいなくてはならない。

 

外に出たい。

走り回りたい。

友達を多く作り、笑いあいたい。

いろんな遊びをしたい。

 

それが無理でも、誰かのために己の役目を果たしたかった。

主のために闘い、主のために死にたかった。

だが、それすらも許されない。

 

それが、ただただ悲しくて…

 

その時、少年の頬を涙が伝った。

理不尽に放り出された世界は、辛くて、厳しくて、悲しすぎた。

誰か、救ってほしい。

そう静かに、涙を流しながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその時、遂に救いはやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、あった。 すいませーん、ちょっとここお願いできますかー?」

 

平凡な、何処にでもいる人の声。

 

それが、少年達にはとてもクリアに聞こえた。

俯いていた顔を上げて外を見てみると、そこには一人の青年が立っていた。

その青年は此方を見て満面の笑みを浮かべており、自分たちを手に取って優しく撫でてくれた。

 

少年達には、その男がまるでヒーローのように思えた。

自分たちを救ってくれる、正義の使者。

一生を捧げることができる、優しき主。

 

そう思えたと同時に、恐怖した。

黒髪の少年は、自分たちの弱さを知っている。

青年がソレを知った時、自分たちはまた捨てられるのではないか。

その不安が止まず、震え続けていた。

 

 

 

だが、それは杞憂であった。

青年は少年達の弱さを知っても、それを補う剣を用意してくれた。

弱点を補う鎧を、頼れる部下を与えてくれた。

 

赤髪の少年は「信じられない」と言っていた。

ここまでしてくれる主は初めてだと、涙を流して感動していた。

赤髪の少年が泣く姿を見るのは、今が初めてであった。

 

緑髪の少年は、感動で泣いていた。

「ありがとう、あるじさま…」と言って青年に手を伸ばし、ただ感謝した。

 

黒髪の少年も、居場所を与えてくれた少年に深く感謝し、心から喜んだ。

使われる使命、最初は恨み憎んだその使命を果たせる。

その至上の喜びを、幸福を全身で感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、少年たちは動く。

自らを救ってくれた王のため、ただ戦い続ける。

 

たとえ世界を敵に回しても、ただ自らの王のため。

世界に王を侵させぬため。

 

力を得た今も、その誓いを忘れない。

全てを偽り、裏切り、捨てようとも、主だけは守り続ける。

 

 

 

人間とは、感情の動物である。

 

 

 

それが間違いだと知っていても、少年たちは止まらない。

正義でなくとも、悪に染まる。

この世に顕現し、力を発揮できるようになっても、神と讃えられるようになっても。

 

全ては王のため。

得ることのできた「幸福」を、壊されぬため。

 

 

 

 

 

竜は、魔人は、太陽は絶対に止まらない。

 

 

 

 

 

お話では明かされない、そんな彼らの昔話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、残酷な世界はやはり止まらない。

 

 

 

『クハは…』

 

 

 

世界に現れた異物は、徐々にこの世を、そして彼らを染めはじめる。

それを止める術はない。

 

だが、それでも彼らは抗い続ける。

この理不尽な世界に。

 




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