いや、確かに強いけど   作:ツム太郎

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太陽は、人に絶望をもたらす存在でした。


異太陽

異太陽

 

場所は変わり、ここは闇。

理の存在しない、無の空間。

そこには久々に三柱の邪神が揃っていた。

 

『…ふむ、王は私を召喚されたか…』

 

その中の太陽が、厳かに口を開く。

三柱は静かに自らの王の闘いを見守り、万全の態勢を取っている。

 

『…それにしても、相手が…かつての王の教え子だとは』

 

『あぁ、しかも王様に汚名を被せた要因の一つですよ。 アイツのおかげで、王様はサテライトに行く羽目になった』

 

『…んダ』

 

憎々しげに対戦相手を睨みつける竜と魔人を見て、太陽は目では分からぬがため息を吐いた。

 

『…、だが、彼女に責任があるのならば、お前たちにも責任の一端があるのではないか?』

 

『うぃ? どういう事ッスか?』

 

『?? よぐ分がらないダ』

 

『王を排除した輩に対して拳を振り下ろしたのは、確かお前だったなルート。 そして、ルートにそれをさせるに至った原因は、お前だイレイザー』

 

太陽の言葉に、竜と魔人は少し考えた素振りをし、数分後気まずそうに顔を合わせた。

 

 

 

 

 

ツァン・ディレ、彼女の生活を脅かしていた二つの存在、使用人と苛めのリーダーに直接的な制裁を下したのは彼らであったのである。

あの日、山崎自身は彼女に言った通り、話だけで済ませようと考えていた。

抵抗が強ければ、管理局のお世話になろうとも考えていたが、それでも暴力沙汰にはしたくないと思っていた。

山崎は、生来平和主義者である。

 

ところがどっこい、それをあろうことか邪神が邪魔してしまったのだ。

竜と魔人はディレが山崎に自分の事を話しているところを一部始終見ていた。

 

そして竜が一言。

 

『……………やるか』

 

『んガ?』

 

『準備しろルート、王様の御体を拝借するぞ』

 

ドゴォ

 

『ゲフゥ!? ど、いギなり゛なンだド!?』

 

いきなりの一言についていけず、魔人は混乱したまま竜のなすがままに連れて行かれる。

魔人は引き摺られる際に足を掴まれて転んで頭を強く打ち、頭上に鳥が舞っていた。

竜はそんな魔人の事は全く気にせず、続けてシュルシュルと尻尾で胴体を掴んでズルズルと引き摺る。

 

『お前も王様の御心を見ただろう。 言っている事こそ穏やかなものだがよ、その内は燃え盛る業火だぜ、ありゃ』

 

『ど…鳥ざんが一杯いるダ…って、い、イダイッ!? 引き摺らナいで欲じイだ! ンでモ、オウザマは話で済まずっで言っデルじ、オラ達の出番なんで…』

 

『アホかテメェは! そんなもん王様があの子を怖がらせないためにやってるだけだ! それに王様はお優しいからな、誰かを傷つけたくないんだろうよ。 だから俺たちが王様のために動くんだよ』

 

竜は、王が内に怒りを秘めながら、なんとか自分を制して穏便に事を済まそうしていると解釈した。

ならば話は早い。

自分たちが王の怒り、裁きを代行するべきなのだ。

 

そう思ってしまった。

 

『前々ガら言おうど思ってだゲども、レイザーはオウザマのごとになるど熱ぐなりずぎるのを直ずベぎダド! オラ達はオウザマがホンドウに困っだ時だけに゛動げばイイダ、アバターザマもぞう言っでたダ!』

 

腕をブンブン振りながら、魔人は竜に抗議する。

しかし竜は止まらない。

 

『じゃあテメェはあのまま王様の怒りを放っておくのかよ。 王様の事を第一に考え、王様のために動く。 それが俺たちだろうが!』

 

『! ぞ、ぞれは…』

 

『大丈夫だ、別に王様が直接やるんじゃねぇ。 俺たちが勝手にやるだけだ。 王様は心を痛ませず、さらに怒りをぶつけられる。 最高じゃんか』

 

『…ぞうがもじれないダ…』

 

『だろ? じゃあやることは決まってるな?』

 

『…んダ…』

 

竜の言葉に魔人は動揺し、そのまま折れてしまった。

そして竜はディレの家に居座っていた使用人を文字通り叩きだし、魔人はいじめのリーダーに拳骨を与えたのである。

 

決定的な何かを忘れながら…。

 

 

 

因みに魔人は竜との会話の間、引き摺られながら普段通りに会話をしていた。

恐ろしい防御力である。

 

 

 

 

 

『それで、今に至るのだが…弁明はあるか?』

 

『『…何も………』』

 

知らぬ間に竜と魔人は太陽の前に縮こまってしまう。

太陽はその姿を見てまた深くため息を吐くと、諭すように話し始めた。

 

『…良いか、邪神ドレッドルート、邪神イレイザー』

 

二柱は体をびくりと震わせ、おびえながら太陽を見た。

しかし、当の太陽は優しき闇を放っており、その様子に二柱は少し安心した。

 

『我らの至上の目的はなんだ、答えよ』

 

『『…王の、絶対的勝利…』』

 

その言葉に太陽は満足し、そのまま言葉を続ける。

 

 

 

『そうだ、お前たちの気持ちも分かるが、深く思慮せず起こした行動は逆効果に繋がる。 今回が良い例だ。 今一度思い出せ、我らをあの冷たい空間から救い出し、居場所を与えてくださったのは誰か。 そして己が身を呈してまでも救うべきが誰なのかを…』

 

 

 

『『………』』

 

二柱は太陽の言葉を静かに聞き、今度こそ自分達のした行動を反省した。

二度と同じ失態を繰り返さぬと心に誓い、真っ直ぐに太陽を見る。

 

『…その様子ならば、もう何も言う必要はあるまい。 その決意を忘れず、行動に移せ』

 

『…はい』

 

『…んダ』

 

そう言うと竜と魔人は姿を消し、己の使命を全うしに行った。

それを見届け、太陽は外にて王とデュエルをする少女を見つめる。

 

『…それにしてもツァン・ディレか…、この世界、いったい何が起きているというのだ…。 幻魔の誤解を解くには好都合ではあったが…、ッ!』

 

目の前で神々しく存在する幻魔を見ながら、太陽は何かに気付きその輝きを増す。

おぞましくもまっすぐで、慈愛に満ちた闇。

そして敵意、殺意を孕ませた、歪んだ光。

 

『…あの娘、王に気付いたか…。 さらに近くには赤き龍の従者…、私の介入も必要となるか…。 フフ、あの二人を諭してすぐだというのに、このような状況を作るとは…、私もまだまだ未熟か…』

 

太陽は嗤いながら、外にて顕現している自分の体と意識をリンクさせる。

そのままこちらの体を移転させるため、光を失っていく。

 

『…ほう…あの小僧までいるのか…、しかしなんであろうと変わりはない。 王を「あの者」に消させはせぬ…、全ては王の安寧のために…』

 

そう呟き、太陽はその姿を完全に消した。

 

 

 

 

 

ボクの目の前で、遂にソレは顕現した。

 

真っ黒な太陽。

全てを飲み込まんとする闇を放つ、感情の見えぬ存在。

 

先生を闇に落とした最悪の邪神、アバター。

ソレが現れた瞬間、周りにあった街灯は一瞬に光を無くし、辺り一面は光を無くしていった。

ウリアや他の邪神が出てくる時のように暴風や異常気象が起きるわけではないが、真っ暗な闇の中に引きずられるようなこの感覚は、それ以上の恐怖だ。

 

静寂。

ただ静かに存在するそれは、まさしく絶対強者のただ住まいだった。

 

(この化け物…、絶対にここで倒す…!)

 

ウリアからアバターの事は多少聞いたが、その情報は曖昧でよく分からない物であった。

昔、影丸とかいう奴に使われてあの化け物と対峙した時、アバターはいきなり姿を蠢かせ、気づいた時には負けていたそうだ。

 

(アイツの効果は分からない…、だけど、今のウリアの攻撃力は4000。 あのオベリスクの巨神兵に匹敵する攻撃力なのよ、早々負けはしないはず…!)

 

ボクはそんな事を考えながら、真っ直ぐ怨敵を睨む。

アバターはそんなボクに臆することもなく、ただ歪な光を放ち続ける。

 

しかし、次の瞬間太陽はいきなり様子を豹変させた。

 

「!? なにが…!」

 

『…ヴェーイ…』

 

アバターはグニャグニャとその体を蠢かせ、徐々に形を変えていく。

そして一瞬止まったかと思うと、次の瞬間には途方もない闇を自身に纏わりつかせ、巨大な何かになった。

 

漆黒の体ではあるが、その姿に見覚えがある。

 

「ウリア…ですって…!?」

 

一瞬ボクは理解できなかった。

先程までただの球体でしかなかったアバターは、ボクの竜と同じ姿になったのだった。

 

「…アバターの能力は…」

 

動揺する私を尻目に、先生は静かに口を開いた。

そしてボクは、先生の言葉に絶望することになる。

 

「敵味方問わずフィールドで最も高い攻撃力を持つモンスターをコピーし、そのプラス100の攻撃力を得る、というものだよ」

 

「な、なんですって!!?」

 

その言葉を信じられなかった。

フィールド上の最強モンスターを常に上回る…だなんて…。

そんな化け物、どうやって相手するのよ!?

 

「今の君のウリアは攻撃力4000、つまりアバターの攻撃力は4100だ」

 

先生の言葉に反応するように、アバターはウリアの声で雄叫びを上げた。

その姿に圧倒され、ボクは膝をついてしまう。

ウリアも、おびえて声すら出ていないようだ。

そんなことなどお構いなしに、アバターはその圧倒的な存在感を私たちに叩き付けてくる。

 

「あ、うぁ…」

 

「あー…やっぱりこうなったか…。 まぁ、運が悪かったと思ってね…。 行け、アバター!」

 

そして先生の無慈悲な命令のもと、アバターは造られた口を大きく開き、エネルギーを貯めていき…、放った。

 

「ダークネス ハイパーブレイズ!!」

 

ツァン・ディレLP2100

 

その攻撃にウリアは少しだけ耐えていたが次第に押されていき、遂には地に伏して消えてしまった。

私のフィードはがら空きとなり、アバターは素材を無くして元の太陽に戻った。

私には、その姿が無限に広がる悪意に見え、震えが止まらなかった。

ライフが残っていても、もう戦う気になれない。

 

「ひっ…い、いやぁぁああ!!」

 

私は頭を抱え、その場に蹲ってしまった。

目の前の絶望に耐え切れず、現実を否認してしまった。

 

(ダメ、何やってるのよボクは! 先生を助けるのよ、こんなところで倒れてどうするのよ!!)

 

必死に体を動かそうとするが、それに反して体は全く動かない。

分かっているというのに、本能が訴えているのだ。

アレと戦ってはいけない。

絶対に向き合ってはいけない!

先生の抱える闇は、ボクなんかが耐えられるほど生易しいものではなかったんだ。

 

ガクガクと足が震え、再起を阻害する。

次はボクのターンなのに、カードを引けない。

引いたら、あの化け物を見なくてはならない。

 

ダメだ、怖い、倒せない…でも、先生を…だけど…。

 

 

 

「…キミ、大丈夫?」

 

 

 

そんなことを考えていると、先生はデュエルをほっぽりだしてボクの所まで来てくれた。

先生は心配そうに震える私の肩を抱き、そのまま抱き寄せる。

久しぶりに感じた温もりだった。

 

そして、その後の先生の行動が信じられなかった。

 

「やっぱり子供にこんなの使うべきじゃなかったか。 ゴムボールめ、気迫だけはいっちょまえなんだから…。 ていうかなんでお前触れるんだよコラ、こっち見なさい」

 

『ヴェッヴェーイ…』

 

ボクは眼を疑った。

先生はアバターを睨みつけると、ペシペシとその闇を叩いていた。

操られている筈の先生が…、あの恐ろしい邪神を制している…?

とにかく声を掛けないと、そう思ってボクはたどたどしく声を発した。

 

「せ、先生…ボク…」

 

 

 

「ん? 先生って…やっぱりキミ、ツァン・ディレさん?」

 

 

 

次は耳を疑った。

先生はボクの名前を呼んでくれた。

どうして、今になって?

 

「な、んで…私の…」

 

名前を呼んでくれるのか。

それが分からなかった。

先生は、ボクを恨んでて、思い出したくもないはずなのに。

 

そしたら、先生はいきなりこう言ってきた。

 

「ごめんね、やっと分かったよ、キミの事…」

 

その言葉に、ボクは涙を隠せなかった。

先生は、ボクを許してくれたんだ。

 

あんなマーカーだらけの醜い顔にしてしまったボクを、身勝手でどうしようもなかったボクを、先生はまた見てくれた。

もう話もできないと思った。

見向きもされず、その温もりも感じることができないと。

それでもかまわないと、ウリアを匿った時に決意していたのに、それでも求めてしまっていた。

 

感情が、止まらない。

恐怖とは違う激情。

温かくって、嬉しくって、ちょっと切なくって…。

そんな気持ちが、滴になって眼から零れ落ちる。

 

「ありがとう、せんせぇ…!」

 

先生の袖を少しだけ掴むと、ボクは一番言いたかったことを言った。

先生は、ただボクを見て笑うと、そのまま掴んだ手を握り返してくれた。

 

途方もない幸せを、ボクは手に入れることができた。

 

 

 

 

 

いやぁ、運命とはあるものですわ。

偶然出くわしたお転婆な女の子が、まさかかつての教え子だったとは。

しかも自分が顔を見ておこうと思っていたこの一人だった。

 

それにしてもこの子、ウリアなんてデッキに入れていたのか。

んー、六武衆にはちょっと相性悪いとは思うけど…、上手く回っていたみたいだし、所謂彼女にしか使い方が分からない賢者デッキとかいうやつなんだろう。

ただの高校生がそんなものを作るとは、末恐ろしい世の中だ。

 

まぁ、それ以上に久々にゴムボール君が手札に来た方が驚きだったけどね。

コイツなんか知らないんだけどたまーにしか出てこないんだよねー。

実際に使っていた頃も滅多に出てこなかったし。

ていうか、ホントなんでコイツ触れるんだよ、昔っから気になってたわ。

触るとわずかに弾力あるし、本当にゴムボールだわ、この子。

 

『…ヴェーイ…』

 

『うりゅう! うりゅうううううぅぅぅぅうううっっ!!』

 

どうでもいいけどそのゴムボール、なんでか知らないけどデュエルが中断した今も消えず、同じく消えていないウリアに向かってコロコロと転がっている。

対してウリアは高速で転がってくるアバターが怖いのか同じスピードで下がる。

 

あ、壁にあたった。

ウリアは壁にぶつかると、さらに上に昇りアバターに触れないようにする。

ウチのアバターは届かないのに諦めずゴンゴン壁にぶつかり、ウリアの下に行こうとする。

 

かなりシュールだった。

 

そうだそうだ。

因みに、今の所一番出てくるのがドレッドルート、大きく差を開けて次にこのカード、そして最後がイレイザーだ。

今回の局面も絶対にルートさんの出番だと思っていたのに、なんでだろ。

まぁ、ソレのおかげでデュエルも途中で早めにやめることができたけど。

 

あと、イレイザーはしょうがないと割り切ってはいる。

物凄く使いづらいし、それこそ「専用デッキ」組まない限り使いこなすのは無理だろう。

でも、いくら強くなったとはいえ他の邪神をほっぽってこのカード専用のデッキを組む子がいるのだろうか?

 

んー…。

 

もしいるとしたら、余程イレイザーが好きな子か…、イレイザー本人くらいだね。

いや何考えてんだ、後者はあり得んだろうに。

たかがカードだぞ、僕も変な事考えるようになったもんだ。

ギャグだとしても寒いってば。

 

「あの…先生…?」

 

「ん?」

 

そんなことを考えていると、ディレさんが僕の方を顔真っ赤にして見ていた。

いかんいかん、ちょっと長い間触りすぎたか。

セクハラとかで訴えられてらまたサテライトに直行だ、ソレは避けたい。

いや、逆に楽に帰れていいのか…、いやいやいや、刑務所が待ってるじゃん。

とりあえず離すか。

 

「おっと、いやぁゴメンゴメン。 ちょっと張り切りすぎちゃったんだ。 ホントならあの不良カード出てくるはずがないのに…」

 

「あ…」

 

パッと彼女から手を放し、僕は愛想笑いをして彼女を見つめた。

頼むから訴えないでね?

あーでも不味いか?

ディレさんは事情も聴かずにそんなことする子じゃないとは思うけど、こんな夜中に一緒にいるとこ見つかったら即刻お陀仏だ。

ダイジョブかなー?

 

「…操られてないのに…じゃあ先生は何を…?」

 

そんな訳の分からないことをブツブツ言ってる。

どういう事だろう。

とりあえず立たせるか。

 

「…ま、こんなとこにいてもアレだし。 ほら、お立ちなさい」

 

そう言って、僕は彼女に手を差し出す。

すると彼女は僕の手をジィーッと見つめて、いきなり茹蛸のように顔をさらに赤くさせた。

昔っから変わらないなー、この子。

 

「ひ、一人で立てるわよ! 何よ、今も子ども扱いして、舐めないでよね!」

 

彼女は僕の手をパシンと叩くと、自分の手で体を支えて立ち上がった。

しかし残念、足がまだ震えていてバランスを崩してしまっていた。

うお、コッチに倒れてくる!?

 

「ういっと、ホラ言わんこっちゃない。 大丈夫かい?」

 

「~ッ!! いいからさっさと離れなさいバカ先生!」

 

ありゃ、突き飛ばされてしまった。

まぁ、一人で立てるならいいけどね、とりあえず彼女を家に送り返さないと。

そう思って何故かまた顔を赤くして「ボクのバカ…ホントにバカ…うぅ…」とか呟いているディレさんに話しかけようとした時に、ある意味で一番聞きたくない声が聞こえた。

 

 

 

「お久しぶりです、恵一さん」

 

 

 

予想以上に若い声で。

 

 

 

 

 

山崎の目の前に現れたのは、彼の友人の妹であった。

彼女は山崎を目で捉えると、一直線に向かってくる。

その歩みに、一切の歪みはない。

 

「…バカ先生、離れてて…。 アンタ、誰よ…」

 

ディレは彼女の放つ異様な雰囲気に反応し、山崎を庇うように対峙した。

その背後には、先程まで情けない姿をさらしていた、彼女に従う神炎皇が現れていた。

 

『ウリュウゥゥゥゥ…』

 

低く、相手を威圧する幻魔の唸り声に対して、現れた少女は全く意にも介さない。

 

「…誰、貴方は…。 私の恵一さんから離れてください」

 

「お生憎、コイツはアンタのものじゃないわよ。 アンタみたいな危な気な奴に先生は渡せないわ」

 

二人は静かに睨み合い、緊張が走る。

その間、山崎が「お、お久しぶりです…川井さん…」とか「え、何この雰囲気」とか言っているが、彼女たちは全く聞いていない。

 

「…そうですね、まずは自己紹介が必要です。 私の名前は川井静香…、恵一さんとは何十年も前からお付き合いしている者です」

 

その言葉にディレは一気に殺気を脹れあがらせた。

ただ、その矛先は川井ではなく…

 

「ホントなの? 先生…」

 

山崎に対してである。

そんな強烈なもの受けてまともに喋れるわけもなく、山崎はただ首を勢いよく横に振るだけだった。

 

「…ウチのバカ先生は認めてないけど?」

 

「照れているだけですよ。 その証拠に、ほら、私も彼と同じになったんです」

 

「…同じ…?」

 

同じという言葉に困惑したが、彼女はその直後さらに混乱を極めることになる。

 

 

 

「面白そうな話ね、私にも教えてもらえるかしら…?」

 

 

 

口元を引き攣っているかのように裂けさせ、薄く笑う来訪者によって。

 

 

 

「…貴方は…?」

 

「あら、自己紹介が遅れたわね。 私の名前は十六夜アキ、先生とずっと一緒にいることを誓い合った者よ」

 

その言葉にディレはさらなる殺気を込めて山崎を見るが、当の本人はすでにこの緊迫した空気に耐え切れなくなり気絶してしまっていた。

彼が倒れたことに気付き、ディレは介抱しようとするが、川井と十六夜が放つ異様な威圧感を前に動くことすらできずにいた。

 

(な、なんなのよこの二人…! ていうか、ボクよくあの人と普通に話ができたわね…)

 

今考えただけでもゾッとする。

傍から見れば裸足で逃げ出したくなるほどの相手と舌戦を繰り広げていたのだ、驚愕もする。

 

女の意地とは怖いものである。

 

そんな彼女は尻目に、川井と十六夜の静かな争いはさらにヒートアップする。

 

「フフ、可笑しなことを言うんですね。 恵一さんと一生を共にするのは私です。 あの邪魔な邪神を追い出し、二人だけの世界を作るんです」

 

「邪神に関しては同意するわ。 あれは先生にとっても害悪でしかない…。 だが、他は全て間違っているわ。 先生と一緒にいるのは、私よ」

 

「貴方こそ間違っています、貴方は恵一さんの事をご存知ですか? 私は恵一さんと本当の意味で永遠を生きるために、彼と同じになったのですよ?」

 

そう言って川井はスカートのポケットからカードを一枚取り出すと、十六夜に見せた。

そのカードは縁が真っ黒で、彼女が見たことのないイラストが描かれていた。

そして、もし山崎が起きていたとしても、同じ反応を示しただろう。

 

「…そのカードは…?」

 

「フフ…這い寄る混沌、と言っておきましょうか。 とても優しい方ですが…、その気になれば貴方なんて一瞬であの世ですよ?」

 

『…うにゃぁー………』

 

川井の背後には見たことのないナニカが現れ、その姿を現す。

 

『うわー、パパやる気だよ』

 

『まぁ、義娘の恋路のためだもの。 私たちも、義妹のために頑張らないと』

 

『そうだよね、お姉さま!』

 

次いでその横から、彼女が使うエースモンスターたちが顔を出す。

その顔は無邪気そのものだったが、その裏には凶悪な殺気が隠れていることを十六夜は見逃さなかった。

 

「ふん、そのモンスターたちの力で先生を抑え付けようというわけ…。 力で征服するなんて、考えが幼稚ね」

 

「フフ、貴方こそ恵一さんの事を全く知らずに一緒にいるだなんて…、頭の悪さを自分からアピールしてますよ?」

 

「…、自分だけの世界に閉じ込めるだなんて考えも、十分愚かだと思うわよ? そんな事をして先生が喜ぶとでも? 自惚れも大概にしたら?」

 

「…、恵一さんの事は私が一番よく知っています。 あの人の喜びも、憂いも。 貴方は一生蚊帳の外…それを自覚せずに勝手に飛び回って…哀れな子ですね…」

 

「………フフ、貴方、面白い事を言うわね」

 

「………アハは、貴方こそ…お友達になりたいくらいです」

 

「「フ…フフ…、アハは………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「潰す」」

 

刹那。

二人は互いの切り札を天に掲げ、そこから攻撃を繰り出す。

 

川井のカードからは無数の葉の刃が。

十六夜のカードからは二本の棘の鞭が。

 

互いの武器は相手の首元に一直線に伸びていき、確実に殺さんとする。

絶体絶命の中、それでも二人は笑みを絶やさない。

それは恋敵を絶やせる喜びからか、それとも恋人との未来を思い描いてか…。

どちらにしても、二人の激闘はここで幕を開いた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かのように思われた。

 

『ハァッッ!!』

 

『フッ!!』

 

いきなり彼女たちの頭上から、二つの光が放たれた。

 

一つの閃光は白く、十六夜の攻撃である鞭を簡単に両断した。

 

「なっ!?」

 

もう一つの閃光は黒く、川井の攻撃である葉の刃を一瞬にして全て灰にした。

 

「…誰ですか?」

 

二人は攻撃が放たれた方向を見る。

その方向は高いビルの上。

常人ならば捉えることすらできない天辺に、それは居た。

 

 

 

 

 

「よくやった、ネオス、ユベル」

 

『…』

 

『フン、当然だ』

 

「さて、久しぶりだな。 恵一…アバター…」

 

 

 

夜の街、ネオンの光が輝く摩天楼の頂上にて、ヒーローが参上した。

 




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