いや、確かに強いけど   作:ツム太郎

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少女は、青年を救いたいと切に願った。




 

ボクという存在は、本当にどうしようもなくて、小さな存在だ。

それは昔の事で、今もそう。

 

ボクは由緒ある裕福な家に生まれ、何不自由なく生きてきた。

お稽古や勉強は辛かったりもしたけど、そこは才能とでもいうのかしら。

大抵は一度、少なくとも二度行えばほとんどマスターできたわ。

 

そのせいかしらね。

幼いボクは自分が特別な存在だって思い込んで、周りの人間をバカにしていた。

遊ぶのも一人、誰かとレベルの低い遊びなんて嫌だ。

本気でそう思っていた。

学校に行くことさえ億劫だった。

簡単すぎる問題、バカな同級生、楽しい事なんてなんにもなかったのよ。

 

そんなだったから、気づかなかった。

自分はそこらの人たちと何ら変わりなくて、ただ少し周りに恵まれていただけだったということに。

 

両親が優れていたからこそお金に困らなかった。

教えてくれる人が優れていたから、飲み込みも早かった。

お手伝いさんが何でもやってくれたから、自分のやることが少なくて済んだ。

 

優秀だったのは自分じゃなくて、周り。

ボクの本性は、一人じゃ何かをする気すら起きない、自堕落で、ダメダメで、小さな人間だったのよ。

だけど、ボクはそれに気づけなかった。

そして、気づいた時には何もかも遅かった。

 

 

 

ボクの周りには誰もいなくなっていた。

話しかけてくれる人すらもいなくて、一日のうちに話す人なんて親くらいになっていた。

でも、その両親が仕事で外国に行ってしまい、ボクは学校の近くのマンションに入れさせられた。

それだけならまだよかったわ。

ただね、ボクのために雇ってくれた新しい使用人が最悪の人間だったの。

 

彼がなんというか…、とにかく最悪だったわ。

いえ、今を考えたらよかったのかもしれないけどね。

 

その使用人はなかなかに優秀らしくてね、両親がボクにソイツを紹介してくれた時も明るく挨拶してくれて、悪い人間じゃないと思ってしまったのよ。

最初のうちは普通に仕事もしてくれたし、特に問題も起きなかったわ。

でも、数日経って本性が見え始めてきたの。

 

ソイツは所謂猫かぶりでね。

優秀とは名ばかりでクライアントの子供の世話はおろか、掃除すらしないで我が物顔で部屋を物色する最悪の人間だった。

自分のお金が足りない時には私のために送ってくれたお金を勝手に持ち出していたし、毎日彼女みたいな人を連れて遊んでいた。

ボクの部屋、普通にしていればきれいだし、遊ぶには持って来いだったみたい。

 

当然ボクの事なんて見もしない。

レトルト食品を袋から出しもしないで私に投げつけ、あとは遊びほうけるだけ。

両親には本当の事なんて言わないで、いい顔をして報告をする。

子供のボクが伝える方法なんてなかったわ。

「パパとお話ししたい」なんて言ったら帰ってくるのは平手打ちだったもの。

あの時のアイツのゴミを見るような眼は今も忘れない。

 

友達がいれば相談もできたのでしょうけど、生憎ボクにそんなものはいなくって、逆に学校の奴らに悟られたくなかったから全く態度を変えないで過ごしていた。

変なプライドがあったのよ。

今までバカにしてたやつに助けを求めるなんて、って素で思ってたの。

そのおかげで素直に助けを求めることもできずに、ただ痩せ我慢して自分だけで全部やっていた。

 

未だ自分が特別だなんて妄想を持ち続けてね。

 

掃除も洗濯もすべてボクがするようになった。

ただ、それだけだったら別によかったのよ。

重たいもの運ぶのも少し経ったら慣れたし、むしろ家事のスキルが身に付いたんだから。

 

問題はその後。

なんというか、悪循環って本当にあるものなのね。

今までやらなかった事をいっぺんにやるようになったから、日常生活に支障を来たし始めたの。

これが中学生や高校生なら別にどうってことないと思うわよ?

でもね、小学校低学年の時にそれが完璧にできる筈がなかった。

 

今まで傷一つなかった手は皿洗いとかでひび割れちゃった所があったし。

昼間の時間が家事に持ってかれちゃったから勉強もできなくって、成績も落ち始めていた。

もともとボクの成績が良かったのは家庭教師の人がとても教えるのが上手かったからで、独学なんてしたらもっとできは悪くなった。

それでアイツはパパに怒られるから、勉強しろって言って殴ってくる。

できなくしてるのはアンタでしょうが…。

ボクも私で何の反抗もしないで殴られてたけど。

 

まぁ、それで肉体的にも結構きつくてね。

得意だったバレーも剣道もできなくなってたわ。

それで、遂に誰かが感づいたんでしょうね。

ボクを標的にしたいじめが起きたのよ。

 

別に予想してなかったわけじゃないわ。

周りの人間に対する態度は最悪だったし。

きっかけさえあればいつでも起きたでしょうね。

 

気づいたら教科書が無くなっていて、気づいたら上履きが切り刻まれてて、気づいたらお気に入りのキーホルダーが壊されてて、気づいたら机の上に花が置かれている時もあった。

 

日に日に物が無くなってくのはつらかったわ。

アイツが新しいものを買ってくれる筈なんてなかったし。

逆にそれを利用してパパからお金をせびると思う。

 

でも、ボクはそんな状態になっても誰かに助けを求めようとしなかった。

バカよね、助けてほしいなら素直にそう言えばよかったのに。

 

変に意地を張ってなんでも一人でやろうとするから、先生たちも気にしない。

いえ、むしろできなかったのでしょうね。

ボクを苛めていた奴の一人が保護者グループのリーダー的な人でね、パパほどじゃないけど融資もしていて学校と強いつながりがある人だったのよ。

そうそう、自慢じゃないけどパパは結構な額を学校に融資していてね。

パパがいた頃は何もしていなかったけど、いなくなってからは途端に暴れはじめて好き勝手にしていた。

 

当然その子供もやりたい放題で、現にボクを好き勝手にしていた。

それで先生たちは注意した後の報復が怖くって、ボクを助けることなんてできなかったわけ。

ま、どうでもいいけど。

 

そのことも重なって、私はどんどん孤立していった。

どんなに体が辛くってもツンとした態度は全く変えないで、それがまたいじめる奴らの火を強くしたんでしょうね。

毎日毎日、気づけば親がいた時よりも学校に行くのが辛くて仕方が無くなっていた。

それでもボクは誰にも助けを求めなかった。

私は特別なんだ、自分だけで何とかなる。

そう思い込んでいた。

 

 

 

そして、あの日。

激しい雨が降っていた日。

ボクは傘すら持たされずに家を追い出され、雨に打たれながら家事でクタクタになった状態で学校に行った。

拭くタオルなんて持ってなかったし、どうしようか考えながら重い足を動かしていた。

 

それで校舎につくとね、ナニか見えたのよ。

校庭の真ん中、雨に打たれて泥だらけになっているそれに見覚えがあった。

 

「ボクの…」

 

机。

死ねとか、消えろとか書かれて昔の面影なんて全くない、学校において私の唯一のテリトリー。

それが柱を折られ、盤を砕かれ、もう機能しない状態で横たわっていた。

校舎の方を見ると、クラスの窓から何人かこちらを見てニタニタ笑っていた。

 

それでも、やることは変わらなかった。

いつものようにツンとしながら机の所まで行くと、まだ繋がっている柱を持ってクラスまで運んで行った。

 

知ってるかしら?

木って水を吸うととてつもなく重くなるのよ。

ましてや運ぶのは小学生。

半端じゃないわよ、全く。

先生たちは動いてもくれないし。

 

ズルズル運んで、靴に泥水が滲みはじめて足が冷たくなっていった。

まだ冬でもないのにガチガチって体が震えて、足が縺れて転んでしまったのよ。

口に泥が入って、膝を擦りむいて、代えのない制服が破けてしまっていた。

 

その時、ボクはまたいつものように何も気にしないで起き上がろうとしたんだけど、起きれなかった。

体が鉛のように重くって、固くって、指すら動かなかった。

 

(あれ、どうしたんだろう。 さっさと起きないと、授業に遅れちゃうのに…)

 

何度も体に力を入れても動かない。

隣には無残な姿になった机と、中身が出てしまった鞄。

今まででも寒かったのに、もっと寒くなっていく。

 

 

 

その時にね、ふと、顔に温かいものが触れたの。

最初は分からなかったわ。

手も動かせないから、確かめられない。

その温かいものは段々増えていき、頬を一瞬だけど温めていく。

 

そして視界がぼやけて見辛くなったときに、やっとそれが涙だって気づいた。

今まで自分を出さないで、一人で勘違いして勝手に生きてきて、遂に我慢の限界を迎えたのよ。

止めたくても止められない。

抗おうとすればするほどさらに流れる。

 

「ふぇ…う…ひっく…うえぇ…」

 

嗚咽が止まらない。

此処まで来てやっと自分を出せたなんて、本当にバカだったわ。

もう気づいてくれる人なんていないのにね。

もう手遅れだってのに、ボクは助けを求めたわ。

 

「手伝って…誰か…助けて…誰がぁ…!」

 

ザーザー流れる雨音に消されて、誰にも届かない。

まぁ、届いても笑いの種にしかならなかったでしょうけどね。

でも、それでもボクは呼び続けた。

変な形だったけど、やっと自分を出すことができて、素直に助けを求めることができたのに、誰も答えてくれない。

それが悲しくって、そんな状況を作った自分が情けなくって、また泣いたわ。

 

それで知ったわ。

自分は特別じゃないって。

周りがいなかったら、所詮こんなものなんだって。

人を馬鹿にする資格なんてない。

一緒に歩いて、一緒に学ぶことが大切だったのに、それをボクは放棄していたんだ。

その結果が今だ。

 

そう思って、訳の分からない感情で一杯になったわ。

変な焦燥感、嘆き、怒り、そのすべてがグチャグチャに混ざり合って…、どうしようもなくなってしまっていた。

 

これだけ叫んでも、誰も助けてくれない。

そう思って、もう諦めてしまおうかと考えた。

このまま目を閉じれば、少なくとももう寒さを感じなくても済む。

起きたら泥だらけだろうけど、どうでもいいや。

もう全てが嫌になって目を閉じようとした。

 

 

 

それで、その時にアイツに会った。

 

 

 

 

「あー、ヤバい。 朝礼遅れちゃったわ…。 まーた教頭に怒られ…れ!!? ちょっとキミ! どうしたのうわぁ!? なんだこの机!」

 

バカみたいに周りが騒がしくなったと思って閉じかけた目を開くと、見覚えのある人がいた。

名前は知らない、先生なのは知っていた。

小学生にすら高確率で負けてしまう最弱教師として有名なやつだった。

ボクはその人が来てくれたことが不思議でしょうがなかった。

 

(どうして、誰も来てくれないと思ってたのに…。 それにアンタの事、ボクはすっごくバカにしてたのよ?)

 

風のうわさで先生の事を聞いた時、思わず鼻で笑ってしまったのだ。

ド底辺のクズのクズ。

そうとしか思っていなかった。

でも、そんな教師が今ボクを助けてくれている。

 

「あー、この机はもうだめだな。 ていうか僕、よくこれが机だってわかったな…。 柱とかバッキバキじゃん…。 えーとそれじゃあ…、キミ、ちょっと体動かすけど我慢してね! まったく、なんで誰も助けないんだよ…」

 

何かを愚痴りながら、彼はボクを抱き上げて保健室まで運んで行ってくれた。

その腕は温かくって、気持ちよくって、心から安心できた。

溢れていた涙は、すでに止まっていたわ。

 

 

 

 

 

その後、ボクは山崎先生にまずシャワー室に連れて行かれ、体を洗ってもらった。

一人で入れるか聞かれたけど、もう体中ガタガタだったし、一人になるのが怖かったから自分からお願いしたのよ。

それで保健室から代えの体操服を出してもらって、それを着てベッドの中に入った。

 

「よし、傷の手当てもできたし、これでいいかな…。 キミ、何か飲みたいものとかある? ちょっぱやで持ってくるけど…」

 

「…ううん、ないわ。 それより…、あの…」

 

「んー?」

 

「えっと、ここから…離れないで…ください…」

 

思ったことを、久しぶりに他人にそのまま言えた。

素直に言えてよかったと思う。

 

「うぃ、そのくらいなら。 まぁ、僕の授業なんて誰も聞かないから放置でもいいしね」

 

コロコロと笑う彼を見て、ボクは心があったかくなった。

久しぶり、本当に久しぶりに肩の荷が落ちた。

だから、自然と自分の事をすべて言うことができたわ。

 

 

 

今までの苦痛。

親がいなくなり、使用人から虐待を受け、同級生からはいじめを受けたこと。

そして周りを見下し、勝手に特別だと思い込んでいた自分のことを。

先生は、最後まで真剣な顔で聞いてくれた。

 

「…これで、全部よ。 先生、ボクは先生の事もクズだって見下してたの。 最低だよね…、本当に、ごめんなさい…」

 

「…そっか…」

 

先生はそう言うと、ボクに手を差し出してきた。

不意に、あの使用人に殴られるビジョンが浮かんでしまった。

もしかしたら、怒って殴られるかも。

そう思って頭を抱えてガードしてしまった。

 

でも、先生は殴ったりなんてしなかった。

そのままボクを抱きしめると、優しくこう言ってくれた。

 

「いいかい? キミはまだ小学生なんだ。 感じた事を思うままに行動する。 それが当たり前なんだよ。 見下して当然、差別して当然。 でもね、それで自分を隠しちゃいけない、孤立しちゃ駄目なんだよ。 いつか君が大きくなって後悔しないように、汚い自分も綺麗な自分も全部受け入れて、成長しないとね。 今の君が君なんだ。 少しづつ直して行こうよ。 もう君はその歩みを始めてるよ」

 

ちょっと難しかったかな、と言って先生は照れ臭そうに頭をポリポリ掻いた。

ボクはその言葉を聞いて、救われた。

先生は、最悪だった自分を受け入れてくれた。

それだけでまた泣いて、幸せを感じていた。

 

先生、ありがとう…。

 

 

 

 

 

それから数日後、先生の行動は早かった。

他の先生が制止するのを無視して、ボクの家に乗り込んであの使用人を「クズボケがぁぁぁああ!!」って怖い口調で追い出し、ボクを苛めていた子達を「やりずぎダド」ってよく分からない訛り口調で殴っていた。

「軽くお話しする程度だよ」って言ってたのに、ちょっとやり過ぎだとは思った。

感謝はしたけど。

 

 

 

そう、やり過ぎだったのよ。

先生に殴られたあのイジメのリーダー。

アイツが先生に恨みを持ってね、報復を開始したのよ。

 

簡単に言えば、ボクにやっていたことを先生にした。

物を奪い、机に落書きをして、同僚の教師たちにも無視をさせた。

挙句の果てにはトイレにいた時に上から水をかけて、ビショビショにさせたらしい。

それを聞いた時には、腸が煮えくり返る思いだった。

 

先生の事はとても信頼していたけど、それ以上の何かが私の怒りを増やしていたの。

ま、今もその感情は認めてないけどね。

 

 

 

 

 

それで、遂に最悪の時が来た。

先生が、あらぬ罪で捕らえられてしまったの。

先生が連れて行かれる時のアイツらの顔が憎たらしくてしょうがなかった。

消してやりたいと思った。

 

でもその感情を抑え、ボクはすぐに管理局に向かって彼の無罪を訴えた。

でも、それは受け取られなかったわ。

パパにもお願いしたけど、なぜか上層部からの圧力がかかってしまっているようだった。

 

(分からない…、ただの教師の先生が、なんで圧力なんか…)

 

 

 

何にもできない自分が悔しくって、もうあの手を握ることができないことが悲しくって、両親が帰ってきた後も部屋で泣いてしまっていた。

先生といる時が楽しくって、もう学校が辛くなくなっていたのに、また振り出しに戻ってしまった。

 

同時に、後悔が止まらなかった。

ボクのせいで先生はアイツらに目を付けられ、捕まり、人生をダメにされたんだ。

きっと、恨んでる。

話すらしてもらえるか分からない。

その現実が辛くって。

 

 

 

 

 

『うりゅー…』

 

「…え…?」

 

そんな時、何かが聞こえた。

部屋の中、自分以外誰もいないはずなのに。

 

「誰、誰なの?」

 

『うりゅりゅ…』

 

赤く腫れた目を擦って周りを見ると、部屋の隅で縮こまる何かがいた。

赤い外皮。

鋭い牙。

真っ赤な炎を携えた、人でない何か。

ソレは体を振るえさせ、こちらをジッと見ていた。

 

「…貴方は…?」

 

『う…りゅ…あ…』

 

「うりゅあ…、ウリアっていうの? どうしたの? どうしてこんなところにいるの?」

 

 

 

ボクはウリアの言葉を聞いて愕然とした。

まさか、先生の事を聞くなんて思ってなかったんだから。

 

先生は特別すぎる存在だった。

ボクのような偽物とは違う。

しかも邪神とかいう怪しい存在に操られて。

 

最初は信じられなかったけど、思い当たる節はあった。

偶に先生は性格が変わる時があったし、その時には背中から黑いナニカがあふれていた。

あれを見た時、ボクは先生が天使か何かだと思ったのに、逆だったんだ。

というか、本当は50迎えようとする中年だったなんて、想像が着かなかったわよ。

あの童顔、詐欺よまったく。

年齢なんて気にしないけど。

 

先生は邪神に操られ、いくつもの修羅場を経験した来たらしい。

そして、今は知り合いの教師のツテで今の教職に就いたそうだ。

今まで邪神を使っていなかったのは、少しでも操られるのを防ぐためだとか。

でも、邪神どもはデッキになくてもなぜか出てくるものらしくって、先生は相当苦労していたみたい。

先生が今まで弱かった理由が、やっとわかった。

 

ボクはそんなこと何も知らないで、ただただ先生に甘えていた。

先生がどれだけ苦しんでいたなんて分からなかった。

途端に悲しくなって、悔しくなった。

 

 

 

続けてウリアは自分の事を教えてくれた。

誰とも知らずに創られた偽りの神。

しかし、持つ力は一級品でそれを利用しようとしたヤツがいたくらいらしい。

寂しそうに顔を下げて伝えるウリアを見て、ボクはこの子を守ってあげたいと思った。

 

持ちたくない力を持って生まれてしまったがために振り回されたこの子は、何の因果かボクの所に来た。

この子は邪神に殺されそうだったところを命からがら逃げてきたらしい。

その時に家族と離れてしまったようでそっちも気になると言っていたわ。

ならば、この子は私が守らなくては。

先生と同じ、邪神に振り回されるこの子を。

ちゃんと家族にも会わせてあげないと。

 

そして、邪神に操られている先生を救わなくては。

先生は、私を巻き込みたくなくて黙っていたんだろう。

余計なお世話よ、私は先生の為だったらなんだってしてあげるつもりなのに。

 

(!? な、なに恥ずかしい事考えてんのよボク!)

 

そんな脱線したことを考えながら、ボクはウリアを保護することに決めた。

先生を助けるためなら、魔にすら手を染める。

その覚悟があった。

ウリアは最初は遠慮がちだったけど、今は心を通わせるいいパートナーになっている。

 

そうそう、ウリアの力を使えるようになってから、ボクのデッキの精霊と話すことができるようになったわ。

最初は話せてうれしかったけど、皆ワイワイ好き勝手に動くから本当に疲れるわよ、楽しいからいいけどね。

そういう日が続いて、ボクは先生が刑務所を出るその時を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数年後、遂にボクは先生と再会した。

 

きっかけは先生の邪神召喚。

ウリアの呼びかけで外を見ると、大会が行われているスタジアムから何かが見えていた。

 

天をも貫く巨躯。

禍々しいその姿は、ウリアが言っていた邪神の一柱、ドレッドルートだった。

 

「…そう、あのばか先生、遂にあのカード使ったんだ」

 

『うりゅー…』

 

「大丈夫、何があってもボクが守ってあげるから、ディレ家の人間は、必ず約束は守るんだから」

 

数年経ったボクは、なぜかあの時の素直さをほんの少し無くしてしまっていた。

友達は多くできたけど、先生への想いはどうしてか素直に表現できない。

他はもうなんの問題もないんだけどね。

はぁ、我ながら苦労する性格だ。

 

でも、必ず守る。

あの化け物から、ウリアと先生を。

恨まれても、憎まれても、ボクはボクを貫く。

 

それがボクなんだ。

 

 

 

 

 

邪神が召喚されて数時間後、事件が起きた。

先生の失踪。

ウリアは犯人は邪神ではないと言っていたが、だとしたら誰なのだろう。

聞くと薔薇という返事が返ってきたが、よく分からない。

 

とにかく先生を探さないと、そう考えて必死に探した。

 

そしてついに見つけた。

 

「! 先生…!」

 

先生は昔と変わらないデュエルディスクを携えて、誰かと話していた。

誰だろう?

そう考えていると、ウリアが物凄い勢いで叫びだした。

 

「どうしたのよウリア、そんなにあわてて」

 

『うりゅ! りゅりゅーりゅ! うりゅうう!!』

 

「な! ダークシグナー!?」

 

ウリアが言ったことは最悪だった。

先生は、ダークシグナーと言葉を交わし、ナスカに眠る異邪神をも取り込もうとしていたようだった。

いえ、それをしているのは先生じゃない、邪神よ。

冥界の王と赤き龍の伝説はウリアから聞いていたけど、それを邪神が手に入れたら最悪だ。

先生だって、どうなるか分からない。

 

「…許さない…、何やってんのよ! バカ先生!!」

 

思わずそう叫んでいた。

見ると、先生は驚いた表情でこちらを見ている。

…ボクの事、気づいたのかな。

もう数年もたっていたのに、分かってくれているならすごく嬉しい。

先生に褒められるために、デュエル技術の向上と共に自分を磨いてきたんだから。

 

 

 

でも、褒められはしなかった。

 

「…えーと、アカデミアの子かな?」

 

その言葉に、私はつい固まってしまった。

覚悟はしていたのに、面と向かって言われると本当につらい。

先生は、ボクの存在すら否認したんだ。

ボクだと分かっているというのに…。

その事実が悲しかったが、直ぐに持ち直した。

今はそれどころではない。

 

「やりなさい紫炎。 あのバカ教師を連れ出すのよ!」

 

ボクは自分のエースモンスターを召喚すると、先生を連れだしてその場を後にした。

その時、相手のダークシグナーは驚いているようだったけど、軽く話してあとは無視した。

 

 

 

 

 

そして、今に至る。

ボクは先生を救うためにデュエルを申込み、今、ウリアを召喚した。

先生が赤き龍を取り込んだ時には、泣いてしまっていた。

先生がどこまで堕ちて行ってしまうのか、考えるだけで我慢の限界だった。

 

使わないと決めていたけど、先生の為ならば仕方ない。

シエンの戦法はもう通じなかった。

悪しき神を、炎の魔を持って倒す。

それ以外に、もう方法はなかった。

 

「どうかしら、バカ先生。 これが、アンタを倒す魔よ。 ウリアの効果を発動、アンタのその伏せカードを破壊するわ、トラップデストラクション!!」

 

ウリアは強烈な超音波を発すると、先生が伏せていたカードを飲み込み、爆発させた。

 

「ぐお!? トラップモンスターがァ!」

 

「へぇー、そんなに大切だったんだ…。 まぁ、ウリアも一応神の階級を持ってるし、普通のトラップだったとしても関係ないけどね」

 

そう言ってボクは彼をジッと見つける。

しかし、先生は不思議そうな顔をしていた。

 

(何を…、あぁ、墓地のトラップね)

 

ウリアは本来、墓地にあるトラップカードの枚数によって決まる。

つまり、出しどころによると事故でしかない場合もある事ね。

 

でも…。

 

「甘いわよ、ボクは針山の巣窟を発動した時にトラップカードを何枚か墓地に置いていたのよ。 その枚数は、四枚。 つまり、今のウリアは…」

 

ATK4000

 

「な、おお!?」

 

フフ、驚いてるわね。

ボクもびっくりしたもの、まさかここまでカードがそろうなんてね。

ウリアの力かしら、この子も一応神様なんだし。

 

『うーりゅ』

 

あら、違うの?

まぁ、いいけどね。

 

「行くわよ、ウリアの攻撃…ハイパーブレイズ!」

 

ウリアは大きく口を開けると、そこから途方もない炎を吐き出し、それを先生の竜にぶつけた。

竜は跡形もなく吹き飛び、先生のライフを削る。

 

山崎恵一LP3600

 

「う…ぷ…気持ち悪い…吐き気が…」

 

先生は、どうしてか苦しみだすと、お腹をさすっていた。

多分、邪神の力が弱まったみたいね。

あの化け物と同じ波動を持っていた竜がいなくなったんだし、少しは解放されたのかしら。

そうだったら、うれしい。

 

「僕のターン…ドロー…」

 

それでも、先生は手を止めない。

倒れたりはせず、そのままデュエルを再開する。

 

(待っていて、先生。 あと少し、あと少しで解放できるから…)

 

邪神の使いを倒し、ボクは勝利を確信した。

ボクの場には無類の強者。

そして先生のフィールドには黄金の邪神像によって出てきたトークンが一体とアンデット一体のみ。

そしてボクの手札には特殊召喚できるモンスターがいる。

これで、先生を救えるわ!

 

「…僕はゾンビマスターの効果で手札よりモンスターを捨て、先程手札より捨てたモンスターカードであるゴブリンゾンビを特殊召喚します」

 

ゴブリンゾンビ

ATK1100 DEF1050

このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、

相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。

このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、

自分のデッキから守備力1200以下の

アンデット族モンスター1体を手札に加える。

 

…、いえ、違うわ。

先生は、全く焦っていない。

まるで分かっているかのような動き。

 

そして、先生のフィールドにはモンスターが三体…。

 

(………、まさか…)

 

やっと気づいた時には手遅れだった。

ボクには先生の行動を止める手段がない。

 

そして、先生は手札よりカードを一枚だし、天に掲げた。

 

 

 

歌は止んだ

 

 

 

(! やっぱり詠唱、出てくるのは…?)

 

 

 

土地は腐り、水は乾き、風は嗤う

 

 

 

(ドレッドルートか、イレイザーか…)

 

 

 

天、闇に染まりし時、世界を照らす日輪を仰ぐ

 

 

 

(…ちょっと待って、今、日輪って言った? …まさか!?)

 

 

 

舞台は幕を引き、終焉の劇場が開く

 

 

 

『う、うりゅー!』

(ウリアがおびえている。 やっぱり、先生が出すのは…)

 

 

 

「照来せよ、邪神 アバター!!」

 

邪神アバター

ATK? DEF?

このカードは特殊召喚できない(修正対象)。

自分フィールド上に存在するモンスター3体を

生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。

このカードが召喚に成功した場合、相手ターンで数えて2ターンの間、

相手は魔法・罠カードを発動できない。

このカードの攻撃力・守備力は、フィールド上に表側表示で存在する

「邪神アバター」を除く、攻撃力が一番高いモンスターの

攻撃力+100ポイントの数値になる。

 

『………』

 

物言わぬ太陽。

邪神の最高神。

災厄の権化。

万能の邪神、アバター。

 

ソレが今、遂に私の目の前に降臨した。

 

…先生…。

 




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