angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.3_4

 最近、よく空を見上げている気がする。というか、空しか見えてないんじゃないだろうか?

 俺はコンクリートの壁に寄りかかって夕日が落ちてゆくのを眺めながら、鉄臭いコーヒーを喉に押し込んだ。

 いい加減缶コーヒーも飽きた。

 しかし、粉末を購買で盗んできて自分で淹れるのは寮まで戻らねばならない。調理室に侵入して入れたもいいが、コーヒーを飲むたびに天使と追いかけっこするのはアホくさい。

 願わくば食堂のコーヒーが泥水のようなものではなく、ちゃんと毎回淹れてくれればいいのだが……学生食堂にそれは高望みというものか

 そんな下らないことを考えながらぼーっとしてみる。

 

 夕暮れ雰囲気というものは、色合い的な暖かさを持ちながら寂れゆく冷たさという矛盾を持ち合わせている。その矛盾が面白く、一人でこうして夕空を見上げるのは案外すきだったりする

 だが、赤く染まりゆきやがて夜へと変貌しようとする空には、相変わらず冴えない音色が響き渡り続けていた。その音が安いコーヒーの味を更に悪くする。

 

「いい加減、どうにかしないとな」

 

 

 結局何もしないまま一ヶ月半近く経ってしまった

 明日からは文化祭準備週間とやらに突入するらしい。ゆりから警備巡回時間の変更等の諸注意も受けた。

 そして、自分の仕事は全く進まないままタイムリミットギリギリとなった。

 

 日に日に岩沢は焦燥してゆき、最近では練習でもいきなりシャウトしたり曲を改変しようとしたりと奇行が出るようになった。

 他のメンバーが心配してケアをしているが、何かあるたびに俺を一瞥して「流石にそろそろなんとかしろよ」的な視線を向けてくる

 なぜかよく遭遇する遊佐までも『ゆりっぺさんを抑えるのも限界があります。早くしないと寝ている隙に殺やりますよ』だなんて怖い圧力をかけてくる始末。

『寝込みを襲われるのは大歓迎だけど朝までに帰せる自信はないぜベイベー』ってセクハラを試みたが、ここでは言えないようなびっくりするセクハラ返しを受けて個人的に本当に自信が無くなる。

 

 早くどうにかしないといけないとは俺も思ってはいる。

 正直放っといても岩沢は勝手に復活してくれるんじゃないだろうかと安易な期待をしていた。結果は進歩なく彼女は停滞したまま。しかも、現状は以前にまして最悪だ。

 

 都合のいいこと言って"自分は無力"だということにして言い訳をしているだけ。

 ぎりぎりまで引っ張った上にどうしようもなくなってしまい、遂には練習に顔を出すのも気まずくなって通勤拒否をするようになり、寮室に引き籠って時間を潰し続けた。

 幸か不幸か、誰も心配して見舞いに来ることなど一度もない。

 

 いや、けして人望がないわけではない。単純に女子生徒は男子寮に来づらいだけだ。

 男子は単純に接点がないからしかたないね。……そういうことにしてください。

 

「ま、こうしてこそこそ飲むのはめんどいけど」

 

 悲しいことに、精神的に外へ出ることを拒否しても肉体はカフェインを定期的に望む。

 最初は寮で淹れていた。切らしてしまってからは仕方なく夕方頃にこっそりコーヒーを求めて校舎へと繰り出す。

 バンドメンバーと接触すると気まずいので、購買にはよらず人のいないタイミングを狙って外にある自販機でビクビクと怯えながら缶コーヒーを購入するはめに。

 あまり人に目撃されるのはまずいとおもうが、どうしてか外で飲みたい気分になって寮には帰らなかった。おかげでひと気のない校舎裏なんぞに来なければならないが、落ち着いて飲めることを考えれば仕方が無い。遊佐とか神出鬼没だからな……

 

 ぼーっとしていたら、いつの間にか不快な音色は止んでいた。諦めて帰ったのだろうか。

 喜ばしくないことに、今日も進展はなかったようだ。

 

 コーヒーを含みながら、はてさてどうしたものかと頭を抱える。

 岩沢の現状を打破する策が正直なところ思いつかない。幾つか案はあるが、それが決定打になるとはどうしても確信できない。

 ゆりだったら片っ端から試していくんだろうけれど、俺はどうしても不確定な状態で踏み出すことができない。音楽という領域において不安定な歩き方をすることに拒否感を覚えてしまう。

 

「……やっぱ向いてないんだよ、いろいろと」

 

 不味いコーヒーを苦い顔して飲み切り俺は立ちあがる。

 空き缶を捨てようと校舎の角を曲がったとき、止んでいたギターの音色が再び鳴りだした。

 岩沢が帰ってなかったのかと思ったが、すぐにその考えを捨てることとなる。

 

「"crow song"?」

 

 アコースティックじゃない。もっと硬くて荒々しい、電子の音だ。

 しかし、なんだこのギター。コード進行もしっちゃかめっちゃかでガルデモのメンバーではない、素人まる出しの別の誰かだ。

 何より、彼女たちでは絶対にありえることのない重大な欠陥を抱えている。

 ぶっちゃけ、聴き続けると気持ち悪くなりそう。

 NPCの誰かだろうか?そういえば文化祭だから彼らも普通の高校生みたく有志のバンドを組んでいるのかもしれない。

 それでガルデモのコピーバンドになるのは至極当然のようには思う。この学園では”生きている”バンドは彼女たちしかいないのだから。

 

「……とはいえ、さすがに本物オリジナルに関わる身としては、こんな音でうちの曲を鳴らされてしまっては沽券に関わるな」

 

 俺はそうつぶやくと、自然と音源の方へと足を運んでいた。

 普段なら面倒で無視するのだが、不思議にも教えてやろうなんてお節介な感情が湧き上がっていた。全くもって自分らしくないと思う。

 だけれども、不快ながらも実に楽しそうに奏でるその音が、少し自分の底にある何かを揺らしたような気がした。

 辛気臭い音ばかりに耳を傾けていたせいか、下手くそな明るいギターがひどく懐かしく感じた。

 

「いいいいやっふぅううううう」

 

 音を辿って校舎の裏側へ回ると、そこに小さな人影があった。

 悪魔の尻尾にみえるアクセサリを激しくゆらし、ノリノリにギターを弾いて歌う少女がそこにいた。

 

 その容姿を俺はどこかで見た覚えがあった。そう、確か初めてバンドの練習を見たときにいたサポートメンバーの……

 

「……名前なんだっけあいつ」

 

 いかん、肝心の名前をど忘れしてしまった。なんかこう憎たらしい名前だった気がするのだが……

 わりとどうでもいいことが気になっていると、いつのまにか少女の演奏は佳境に入っていた。

 全身を振り回して、荒れ狂うようなスタイルで奏でていた弦を最後は細い腕で一閃してかき鳴らし、彼女の戦いは終わった。

 

 短くも重たい溜息を吐いたあと、少女はへたれこむようにその場に座った。あれだけ無駄に激しく動けば、そりゃ疲れるだろう。

 俺はねぎらうように、拍手をしながら少女へと近づくことにした。

 

「いやいや、久しぶりにいいものを見させてもらったよ」

「うぉおおえあああ!?だ、っだれですか!!変質者ですか!?へんたーい!……って、えぇっと、確かガルデモの人たちとよくいる」

「そうそう、よく覚えていたな。一応ガルデモのマネージャーとかパシリとか連絡とか雑用とかしているお兄さんだ。変態呼ばわりしたことは聞かなかったことにしてやるから、怪しいもんでもねえからもう叫ばないでくれよ」

「いやあ、その言い方は胡散臭いっすわ」

「うっせえぶっ飛ばすぞ」

「なんで!?」

 

 あー、そうそう。こんなかんじのテンポで会話する娘でした。

 反応がついつい面白くなっちゃうアホな感じの。

 

「……えっと、ひこにゃんさん?」

「誰ですかそれ!というか人ですか!ユイにゃんですよ!ユイにゃん☆」

「ああ悪い、胸クソ後輩さんだったな。今思い出した」

「悪意しか無い!?」

 

 やっぱり新鮮だ。

 周りに無愛想か切れやすいとかばかりいるからか、こういう弄りがいのある人物はめずらしい。

 入江も最近は俺のあしらい方を覚えたのか反応が薄くて悲しいからなあ。

 

「と、ところで、ガルデモのお兄さん?があたしに何の用ですか?」

「いや、さっきの演奏でちょいと伺いたいことが」

「は!まさかスカウトですか!?遂にゆいにゃん銀幕デビューですか!?」

「それはない。そして銀幕はない」

「即答!?」

 

 あわわわわーとかイラっとくる声を出しながらユイは崩れ落ちる。

 謎の演技力はあるようだから銀幕デビューはできるかもしれんな。

 この世界に芸能というカテゴライズがあるか知らんが。

 

「メンバースカウトではねえよ。今んとこ音には困っちゃいないし、というかこれ以上ギターを厚くしてどうすんだ」

「まあそうですよね、岩沢さんやひさ子さんの技術なんかに比べたら足下にも及びませんよ」

「……技術だけならな」

「ん?何かおっしゃいました?」

「なんでもねえよ。そんなことより、さっき使ってたギターよこせ」

「汚い手で私の愛器に触らないでくださいよぉ」

「いいからよこせ」

「うわああせっかく音楽室からかっぱらってきたのにいいい」

 

 無理やりユイがもっていた深紅のギターを奪い去ると、ユイは半泣きになりながら掴みかかってくる。しかし、小柄な彼女の体格は片手で抑えるに十分だった。

 というか、こいつも音楽室から盗んできているのかよ……わりと在庫あるんだなあの教室。

 もしくは軽音部あたりの備品だったりするのだろうか。

 

「かーえーせーかぁあえぇぇせぇえうわぁああああ」

「うるせぇな!いいからちょっと離れろ!別に壊したりはしねえよ!」

 

 ジタバタするユイを引っぺがし、ギターを抱えてその場に座った。

 ギャーギャーとうるさい小娘を放って置いて、俺は地面に座ってギターを構える。

 繋がっているアンプをシールドが外れないように近くへと引き寄せて、つまみを回して設定をいじる。

 何回か弦を弾きながら一番ナチュラルな音になるようにアンプを設定したら、今度は一つの弦を押えて響かせる。

 正直ここは勘になってしまうが、生きている間それなりにやってきたわけだし大丈夫だろう。

 有難い事にここでは全盛期の状態で肉体を保持していてくださるので耳は正常のはずだ。あの世さまさまだな。

 押さえて弾いてはペグを回して調節する。

 終わったら次の弦を押さえ、さっき調節した弦と交互に弾いては合わせていく。

 それをひたすら繰り返し、最後の6本目が終了した時には、暴れるように騒いでいたピンク頭の少女は食い入るように俺の作業を見つめていた。

 

「ほい、終わったぞ」

「え?あ、ありがとうございま…………今のなんですか?」

 

 ユイは弄られたギターを不思議そうに眺めては聞いてきた。

 

「"チューニング"って言葉は知ってるよな?」

「えーっと、はい。おんてーを合わせるってやつですよね?」

「……なんで知っててやらねーんだよ」

「えっ?チューナー持ってないからできないんですけど」

 

 盛大にため息を吐きたくなった。

 最初にユイの演奏を聴いた時、ガルデモではないと思った違和感は音程のズレだった。

 些細なズレどころの騒ぎではなく、そこそこ耳のいい人なら大抵はわかる程度には外れていた。

 ましてや、毎日のように彼女らの演奏を聴いている身としては気分が悪くなりそうなほどだ。

 最近では電子チューナーをヘッドに引っ掛けりゃ簡単に調節はできるしそれが主流なんだろうが、この世界にそんな便利なものが転がっているかは不明。

 けれども、俺がやったように電子チューナーを使わずにやる方法はあるだろう。

 

「いや、知りませんでしたし」

「……気持ち悪くねえの?」

「まあ気合とノリで何とか」

 

 軽く予想はしていたがなんという適当……だとしたら、弦も張ったまま保管していただろう。何て真似を。

 

「お前どうやってギター学んだんだよ」

「えーっと、どくがく?」

「なんで疑問形なんだ」

「いやぁ才能ってやつですかね?」

「ぶっとばしてえ」

 

 よくよく話を聴いていると、どうやらギターに関しては死んでから学んだらしい。

 もともと興味はあったようだが、この世界でガルデモという存在に触発され自分もやってみたくなったとかなんとか。

 つまるところ、完全に素人。

 指は音楽室にあったクラシックギター用の教科書から学び、テクニックなどはガルデモのライヴや練習を覗いて覚え、CrowSong等曲のコードはNPC内のアングラな方面で出回っている耳コピによるものを裏ルートで入手して学んだとかなんとか。

 たしかに、運指に関してもわりと独特なものだったが……まともな教本もない状態で始めるとかある意味勇気があるな。

 

「どうしてギターやろうと思ったんだ?」

「え?なんかおかしいですか?」

「別に、ただ疑問に思っただけさ。死んでしまってからわざわざ始めようと思った理由がどんなものか興味があっただけ」

 

 素人丸出しの演奏ではあったが、独学であそこまで弾けるようになるにはそれなりの努力が必要だったはずだ。

 この世界において時間なんてものは腐るほどあるわけだが、継続していくのはそんなに簡単なことではない。

 ましてやギターなんて、趣味として始めやすく飽きやすいものを誰かと共有することなく続けたわけだ。

 この少女がどうしてここまでこんなものに執着できたのか、俺は興味があった。

 

「んーそうですねえ……なんとなく?」

「なんじゃそりゃ」

「だって大した理由なんかないですよ、考えれば色々とでてきますけどねー」

「考えてくれると有りがたいがな」

 

 そうですねねーと、ユイは焦点を空へと持ち上げ首を傾げる。

 やがてそのまぶたをゆっくりと閉じて、彼女は言った。

 

「そりゃまあやりたかったから何じゃないですかね」

「やりたかった」

「はい。生きている間にやりたかったことがいーっぱいあって、そのなかの一つがギターってだけです」

「いや、でもやりたかったことがいっぱいあるんだろ?なんでギターなんだ?あそこまでの技量をもつには結構な努力をしないといけない。飽きたり辞めたいと思ったことはないのか?」

「ありますよそりゃ。ちゃんとコード押さえられるようになるまでなんか大変でしたもん。指とか毎日真っ赤っ赤でしたし」

「じゃあなんで」

 

「むしろ諦める理由があるんですか?」

 

 その言葉をきいて、俺はかたまった。

 当然の疑問であるかのようにユイは不思議そうな表情をした。

 

「全然うまくならないし、たまに人前でやってもスルーされるし、ガルデモの演奏聴くたびに凄さに圧倒されますし、それで自分との距離に愕然としてやってられなくなる毎日ですが、諦める理由なんてどこにもないと思うんですよね」

「諦める、理由がない……」

「そうですよ、躓いたところで死ぬわけでもない、挫折したって人生が終わるわけでもない」

「……」

「死んじゃっている今、何かに怯えて何もやらないなんてことはナンセンスですよ。むしろ、死んだからこそできたことなんですもん」

 

 そう言って笑ったユイの表情は、溌剌や愉快といったものでもなく、悲愴を隠した憂いなどといったものでもなかった。

 ただ、あるがままの自然な笑顔だった。

 

「……ハハハ」

「おりょ?」

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

「うわあ!?先輩が壊れた!?」

「あーあ……なーにウジウジとやってたんだろ俺」

 

 馬鹿だな。

 肝心なことを忘れていたじゃないか。

 これこそ物事における初歩の初歩ではないか。

 

 初心に立ち返る。

 

 それを考えればいい。

 何をすればいいか、自ずと見えてくるものだ。

 マネージャーとかパシリとか、そうい役割の使命じゃない。

 もっと前、あいつのことを思い返せばいいだけだ。

 

 そうすれば、"諦める"ということの意味も見出せるだろう

 

「だ、大丈夫ですか先輩?」

「あー大丈夫大丈夫。すまんびっくりさせて」

「はぁ、いきなり笑いだすんで頭おかしい人かと思いましたよ」

「それはひどいな……」

 

 俺は持っていたギターをユイに返した。

 ついでにギターをしまうときは弦も緩めるようにと教えておいた。

 

「ありがとうな色々」

「なにもしてませんけど?」

「個人的に助かったんだよ」

「はぁ……」

「なんかお礼してやるよ。そうだなぁ、ガルデモ関連でなにか融通できりゃいいけど」

「あ、じゃあそれならさっきやってた調律、今度教えてくれませんか?正直ギター弾けたことに驚きですよ」

「お前一言多いな」

 

 もっと欲望の為にがっついてくるかと思ったけど、ユイが求めてきたことは案外まともだった。

 いや、こいつはきっと思うほど適当なのではないだろう。 

 

「まあわかった。そうだな、今度音叉パクってきてやるから」

「音叉?なんでですか?」

「あると便利なんだよ、お前に絶対音感があるなら別だが。あと、ガルデモのコードもわりと間違えてるから教えとく」

「え!?嘘!?どこがですか!?」

「指摘してやりてえけど、今はちょっと時間が惜しいな」

「そんなあ……なにか用事でもあるんですか?」

「まあできちゃったていうかね」

 

「多分、あいつはまだあそこにいるだろうから」


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