angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
「えーっと、このノイズ消すにはたしかこいつを……」
画面に表示された幾つもの波形をいじくりまわす。
手を加えては再生、戻しては再生、またいじっては再生。
ヘッドフォンから流れる同じような音がループし続ける。
「くっそこの音域めんどくせえ」
悪態をつきながら、俺はカチカチと教科書を下に敷いたマウスを駆使する。
トラックボールが欲しいところだが、この世界にそんなもの無いので諦める。
しかし、あるとないとでは作業スピードが段違いだ
生前にこなしていた感覚とのズレに苛立ちながらも淡々と進めていくが。
「ああくそ!やっぱ録り直すか?」
遅々として進んでいるようにな思えない。
同じ箇所のループだ。
先日、遊佐に放送室で録音すればいいとの助言をもらった。
その後、自分自身で直に放送室を探索しそこそこの設備があることを確認した。
本当のスタジオとは違うものだが、まあ音楽室とか残響反響バリバリの場所で録音するよりはマシだろう。
装備もなんとか誤魔化してやればそれなりのものはできそうだった。
ガルデモのメンバーに持ちかけると全員賛成をした。
いつもライヴでしかやれていなかったせいか、形を残せることが嬉しいようだ。
すぐにゆりに相談をするとすんなりと許可が出た。
どうやら遊佐に話を聞いていたらしく、興味があったらしい。
ちょっかいを出さなきゃいいなと思ったが、まあ、ね・お察しください。
綿密にスケジュールを調節し、録音中は放送室周辺をさり気なく戦線のメンバーが監視する。
そうして、数日間に渡るレコーディングは始まった。
録音は順調といえば順調だった。
ガルデモのメンバーの殆どがそもそもスタジオに入って録音なんて経験はない素人だった。
しかし、経験豊か(意味深)なひさ子のおかげでこちらの要求を素早くメンバーに伝えることができ事なきを得た。
他のメンバーも、特に不満無く順調に録音できていた。
岩沢のわがままがあるまでは。
そもそも、レコーディングは作家とスタッフがお互いのイメージをぶつけて妥協点を探していく作業とも言える。
レコーディングまで自分でこなすワンマンアーティストならともかく、昨今のJPOPなんかは歌っている人が曲を書いていない場合も多い。曲を書いている人が全部のメロディーやリズムを作っているとも限らない。
故に曲を作る人とアレンジする人が別々だった場合、イメージの齟齬が生まれる可能性が高い。
そういう齟齬を可能な限り埋めていく、妥協し続けていくのがレコーディングだ。
などとそれは単に胃が痛くなり仲が悪くなるだけの作業かのように、生前俺に教えてくれた人がいた。
そのときが「ホラ話だろ」とおもって笑っていたけれど、その後知り合いの仕事の手伝いでレコーディングに立ち会う機会があり、スタジオって書いて修羅場って読むんだなあと実感させられた。
しかし、幸運なことにガルデモの曲は全て岩沢が作っている。
編曲はどうなのかしらんが、特に問題はない。
そもそも、既に曲として完成しているものを録音するだけだ。
レコーディングで完成を目指すのではなく、完成しているものをレコーディングするだけだ。
故に、俺からの要求はライヴとは違う要領の箇所を注意して音源用に組み立てていく程度だった。
さて、そのライヴとの違いが問題だった。
知っている人もいるとおもうが、レコーディングはそれぞれのパートを別々に録音する。
リードギターはリードギター単体で演るということだ
さらに、通しでやるのではなく幾つかに分けて録ったりもする。
幾つかに分けたブロックをそれぞれ何回も録音し、そのなかで良いのだけを選んで組み立てる。
いわば、CDの曲は継ぎ接ぎなのだ。
彼女たちも、ひさ子が仲介して説明してくれたおかげですぐに要領を得てくれた。
初めはちょっかい出しまくりだったゆりもいつの間にかいなくなり、数日間にもわたる録音が続いた。
一人ずつ録音するのがほとんどのため他のメンバーは退屈するかなと思ったが、みんな真剣に仲間の演奏を聴いていた。
ライヴとは違う状態の音が、何か新しい刺激をもたらしているようだ。
滞りなく、とは言い難いが、試行錯誤をそれほど繰り返すこと無く録音は進んだ。
お互いに完成形が見えているのだ、より美しい形へと組み立てるためにみな真剣に取り組み楽しんだ。
楽器による総ての録音は終了し、残るは岩沢のボーカルだけとなった。
こいつが問題になった。
当初、他のパートと同じようにボーカルのみの別録を録った。
とは言っても、岩沢の耳にはオフボーカルの曲をヘッドフォンから流しながらだ。
そこから流れる曲に乗ってカラオケの要領で歌えばいい。
ただそれだけだった、のだが。
『すまないが、バンド通しでやりたい』
一回試し録りをしたあと、岩沢はそう言った。
『どうもノれない』
そう言って彼女は曲を通しで録ることを望んだ。
総ての楽器を使った状態で。
『リンゴも聴いて思っただろ、あたしの声が全然ダメなこと』
岩沢の言いたいことは残念ながらよくわからる。
どうにも彼女は実際に熱を肌で感じなければ本調子がでないと言いたいらいい。
確かに試しに録った声はライヴとは違う印象がある。
だが、わかるけれどそういう問題ではないのだ。
別録する理由には幾つも理由がある。
単体だかすぐに繰り返して録れるとか、音に集中しやすいとか。
しかし、一番の理由は雑音なく音が取れるからだろう。
CD等で販売される曲というのは、ただ音を録ってくっつけて終了ではない。
録った後に調整をするのだ。
サビではボーカルとギターが目立つようにとか。
ここのリフでベースの陰鬱な音色を響かせたいとか
曲はそれぞれ単調にできているのではなく、その中で様々な変化をみせる。
その調整をしなければならない。
まあ、ライヴもPAさんがそのへんを頑張ってくれるのですが。
あとちなみ、嫌な話だが録った後にチューニングされていたりもする。
特に声とか。
よって、その音をいじりやすいよう各パートそれぞれ単一であった方が便利なのである。
電子楽器は直接つないで録るなんて方法もあるが、ボーカルとかドラムはマイクで取らなければならないから他の音が出ていたら同時に録音してしまいかねない。
そんなわけで、各楽器を奏でながらの録音なんてたまったものではない。
声なんて言うのは高い音を出しても、データ上にすると意外と低いものなのだ。
他の音と混ざってもらっては調整するこちらとしては大いに困る。
そこんとこを説明してみせたが。
『リンゴを信頼しているから大丈夫』
とかわけのわからない事を言われて誤魔化された。
いやお前何もわかってないだろとツッコミたかった。
堂々巡りの議論になりかけていたところ、仕方ないから諦めて岩沢の言うとおりにしてやれとひさ子の姐さんからお願いされた。
録れないよりはマシかとあきらめて、仕方なく岩沢の要望通りにやってやった。
結果、見事岩沢のマイクからばんばんバスドラのビートが響いたものができあがった。
「ああ、だめだ。やっぱり再録を頼もう」
自室のベッドの上で寝転がりながら俺は呻いた。
結局ボーカルの録音に入った雑音は特定の音域を消したり色々してみたが、あるもので誤魔化している現状では無理なことがよくわかった。
もう少しちゃんとしたソフトウェアなんかがあればいいのだが、それこそ無いものねだりだ。
大人しく岩沢を口説き落として言うこと聞いてもらおう。
ひさ子も巻き込めばなんとかなるだろう。
「あれ、星川くんいたの?」
扉を開けて入ってきたのはルームメイトのヨモなんちゃら君。
どうやら風呂あがりのようで、蒸気を纏っているようにも見えなくもない。
「おうお帰り」
「星川くん学校で見かけないけどちゃんと授業出てるの?」
ヨなんちゃら君はタオルや着替えなんかをてきぱきと片付けてゆく。
その様子を横目で見ながら俺は答えた。
「不良だからな。でるわけない」
「だめだよー。ちゃんとでなきゃ卒業できないよ?」
卒業なんかあるのかよ、と笑いそうになるのを堪える。
一体NPCどもは卒業してどこの行くつもりなのだろうか。
天国で羽つき布一枚の職業にでも就職するのか。シュールだな。
「いいんだよ。今在ることに精一杯だからな」
「哲学的に言えば誤魔化せると思ってない?」
「ばれたか」
「ま、特にこれ以上言うつもりはないけどさ」
なんちゃら君はジャージの上着を着てまた扉へと向う。
「僕ちょと自販機行ってくる。それと、」
振り向きながら、なんちゃら君は言った。
「ちゃんと青春は謳歌できるうちにしないと、後悔しちゃうよ?」
その言葉に、身体が固まる。
「じゃ、行ってくるけどなんか欲しいものある?」
「……ブッラクコーヒー」
「ハハハ、眠れなくなっちゃうよ」
そう笑って彼は扉を閉めた。
……なんとも耳が痛い話だ。
そうだ、俺は青春を謳歌してこなかったんだ。
いや、できなかったんだ。
できなかった人生を送らされてきたのだ。
だから、その原因を造った神が居るのならば。
――――――殺す
「……本当にいるのかね」
軽く悪態を吐きながら、身体を起こす。
クリエイティブな作業をやっていた脳は既にオーバーヒートしそうだ。
パソコンを手繰り寄せ、できたものを保存しようとマウスを動かす。
オフボーカルではあるが、俗に言うカラオケ版はできているから一応mp3なりなんなりにエンコードして、ゆりにも渡しておこう。
マウスをメニューバーに滑らすと虹色の円形がグルグルと回りだした。別OSで言うところの砂時計マークだ
つまり、パソコンの処理が遅い。
このままレンダリングをして固まったりでもしたらひとたまりもない。
俺はパソコンの処理が終了すると、音源の保存よりさきにパソコンのメモリとドライブ内の整理を始めた。
あからさまにいらなそうなアプリケーションはガンガンと投げ捨てる。
読み取れるテキストや画像各種はゆりから預かったフラッシュメモリーへと移す。
そうすると、少しずつだが容量に空きが増え始めた。
整理作業が終わりかけていたそのとき、俺は正体不明のファイルをみつけた。
見たことのない拡張子。
どうやらなにかしらのアプリケーションのシステムデータのようだ。
親ファイルを見つけるも、どこにも起動アプリがない
適当にリネームしてみてもいいが、面倒なことになっても困る。
捨てよう。
そう思ってポインタをファイルの上にもっていく
だが、消すのをやめて閉じてしまった。
なんとなく、躊躇われた。
まあ、そこまで重いものでもないから構わない
そう結論づけて、俺は音源作成へと戻った。
to be continued