angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
ギルド【Guild】
◆意味:同業者組合、団体、会 etc……
・中世ヨーロッパで商工業者によって発足
・8世紀末からその形のみでいえば存在はしていたが、宗教・血縁関係といった柵が重視されていた
・11世紀、不平等な柵から利益を守る互助的同業組合へと変貌したのが現在の意味に最も近い起源
・日本では座、株仲間が同様の組織形態といえる
「と言っても、戦線のギルドは『組合』というより『工房』っていう感じだそうです。あたしも聞いただけなのですが、銃とかオペレーションで必要な機材などで校内で調達できないものを製造してくれる集団らしいです。あたしたちの機材はほとんどのものが音楽室や放送室から持ってきているものなので、あまりお世話になっていないから詳しくはわかりませんが」
入江は丁寧に説明してくれたが、伝聞をもとした話だったので申し訳ないが上手く想像ができなかった。
とりあえずわかったのは、ガルデモのパシリである俺が呼ばれる理由はやはり思い当たらないという事だ。
結局何もわかっていない。
呼び出された意図も掴めぬまま、翌朝俺は指定されたポイントへとりあえず足を運んでみた。
高い天井、そこから吊るされた丸い照明。
校舎のリノリウムとは違う、歩く度に軽く軋むような音がする木の床。
様々な意味を持つカラフルなビニールの線が地を這い魔方陣のような模様を描く。
入り口と向かいである奥の側面には地面から浮いて凹むように1つの空間が設けられており
どうみてもここは。
「体育館、だよな」
ゆりから渡された地図を確かめてみるが、記された場所はやはりここで間違いない。
やたらと開けることに意味を持つその空間は、どうみても銃の密造が行われている秘密の工房には見えなかった。
だとすれば、ここはただの集合場所でギルド自体はもっと別の場所にあるのではないだろうか
銃の密造だなんて、校則どころか法すら犯す行為だ。
もし天使にでも突き止められでもしたら、必ず潰されるだろう。
それこそ戦線が天使に対抗するための戦力を失うことになる。
ならばやはりここは単なる中継地点で、ギルドはもっと分かり難い閉ざされた場所なのだろう。
たとえばそうだな、山の中とか滝の裏とか。
歩いていると転がっていたバスケットボールが目にはいった。
なんとなく其れを拾い、そのままフォームを整えゴールに向かってシュート――――――
――――――ポーン
……ボールは鮮やかな放物線を描くも、リングに届くことすら無くその手前で地面を跳ねた。
「ないすしゅーと」
抑揚のない声で背後から話しかけられ驚いて振り向く。
そこにはいつもと変わらぬ、あまり動きのない表情をした遊佐が立っていた。
「見てたのかよ、恥ずかしいな」
「申し訳ありません、集中してボールを構えているように見受けられたので。結果はアレでしたが」
「皮肉を言うならせめて表情を変えろ」
「なるほど。こうですか?」
遊佐は己の両頬に指をあて、持ち上げることで笑顔をつくった。なんか見たことあるぞこれ。
しかし、口角は上がって口の尻も持ち上がり笑みを浮かべているものの、その目は相変わらず笑っていないので不気味である。
なんだかお面みたいになっている。
まあ、その仕草自体は可愛らしかったので許そう。
「そんなことより、ゆりっぺさんはどうした。呼び出したくせにまだ来てないんだけど」
「そのふょとをおつたえふぇにきましゅひゃ」
「言いにくいならそれやめていいぞ」
「……ゆりっぺさんは都合により先に向かっています。すぐに合流出来るとのことなので貴方も向かってください」
頬から指を話した遊佐は淡々と連絡事項を述べた。
なにやら若干不機嫌に感じるが、気のせいだろうか。
「そう、じゃあ俺はどこへ向かえばいいの?」
「少し待っていて下さい」
そう告げると、遊佐は奥の舞台へと近づいていった。
その前に立つと、壇上に登るのではなくその下の壁を引きはじめた。
壁の中は式典等で使われるパイプ椅子ががキャスターがついた大きなカゴの中に無数に収められていた。
其れを総て引き出そうとするので、慌てて遊佐に代わり引っ張った。
いかにキャスターがあるといえど、中身は鉄でできた椅子なので結構な重さを持っていた。
その長いかごを取り出すと、あとはただ暗くて狭い空間ができただけだった。
「この先です」
遊佐は何もないその空間を指さした。
「は?」
「この先の床に地下へと下る扉があります。その扉を開きますと梯子がありますので降りて下さい。そこから先でゆりっペさんと合流できると思います。あとは彼女の指示に従ってくだされば大丈夫です」
「え、ギルドって地下にあるの?」
「そうですよ、ご存知在りませんでした?」
知らないし、想像もつかないだろ。
というか、地下って活動内容どころか活動場所自体が本当にアングラじゃねえか。
頭の中のギルドが、作務衣とか着た渋い職人たちが一つ一つ丁寧に逸品を仕上げている想像図から、目に黒線の入った方々が怪しいパチモノ製品をこそこそ作っている某大陸の実態を収録した経済ドキュメンタリーに変わった。
「このライトをもって進んで下さい。扉についたら二度こちらに向かって点滅を。それを合図にここを閉めますので」
俺は言われるがままにライトを受け取り、狭い空間へと潜った。
ぺたぺたと四つん這いになって進んでいくと、床に四角い板と取っ手が付いているものが現れた。
開いてみると中に梯子が設置されていたので、これが言っていた地下への道と認識しライトで合図を送る。
それを確認できたのか、ゴロゴロとキャスターが転がる音が聞こえてきたので、慌てて完全にふさがってしまう前に扉を閉じなければならないと思い、ライトをくわえてその梯子を下りた。
●
梯子はそれなりに長かった。
「よっと」
しっかりと地面を踏みしめながら周囲を確認してみると、底は長い洞窟のような造りだった。
より正確にいえば、炭鉱のような人が何かしらの理由をもって掘られたような人工的なものだ。
長い穴の空間は壁に申し訳程度の照明が等間隔に吊るされているだけで、全体的に薄暗く先までは見通せない。
「やっと来たわね」
前方から声が聞こえライトを向けるとゆりがいつもと変わらず偉そうに立っていた。
向けたライトが眩しいようなので光を外す。
「随分とめんどくさい所にギルドってあるんだな」
「色々あるのよ。天使から隠すにはこの位しないといけないし、それにここなら材料にも困らないわ」
「材料?」
「それは歩きながら説明するわ。ギルドはまだまだ先にあるから、ほら行くわよ」
そういうとゆりは颯爽と進んでいくので、俺は慌てて追いかけた。
「星川くんは、ギルドがどうやって銃を製造していると思う?」
「なんだそれ。普通に考えて鉄板から型とったりしてんじゃねの」
横を歩くゆりにそう答えると、もう少し頭を働かせなさいと言われた。
ふむ。
銃の製造。
そもそも銃に関しては映画やゲームで名前を知っている程度で明るくはない。
だが金属でできているものなのだから、鉄板をプレスしたり切ったり曲げたりして製造するのが普通ではないだろうか。
鋳造、という可能性もあるが、火縄銃ならともかく大量生産される現代の兵器にそんな個体差もでる原始的なめんどくさい作り方はしていないだろう。
ではその製造方法が違うとなれば、他になにか別の手段があるのだろうか。
……正直思いつかない。
ゆりは頭を使えと言った。
ならば造る過程ではなく別の問題があるのだろうか。
少し頭をひねってみると、1つの疑問が浮かび上がった。
「ゆりっぺさん、ここって鉱石とか採れるの?」
「そんなもの採れないわよ。掘ってもでてくるのは土塊と何の変哲もない石ころくらいね」
「はぁ?じゃあどうやって鋼材手に入れるんだよ」
「そもそもこの世界じゃ資材としての鉄は調達できないんじゃないかしら」
なんだそれは。
ますますわからなくなるどころか前提条件が崩壊してしまった。
あーうー。
っと頭をひねり続けてもまったく何も浮かばない。そもそもこういう思考は得意ではない。
俺は早々と諦めて、両手を上げて降参の意を示した。
「もうギブアップ?」
「本当にわからん」
「仕方ないわね、答えは『土をこねる』よ」
「……おいおいバカにしているのか」
「嘘じゃないわ、本当よ?」
ゆりは真顔で宣った。
本当に泥遊びで人を殺せる兵器を作り上げているとでもいうのか。
「信じられん」
「普通はそうでしょうね。でも事実なのだから信じるしか無いわよ」
とても真面目に言うが、信じたくてもあまりにも話が突飛つ過ぎていて、嘘でしたという方がしっくりきてしまう。
やはり納得はできない。そんな表情をしたがゆりはお構いなしに話を進めた。
「作り方は単純。土塊をこねりながらクギやネジといったものを思い浮かべるの。そうするとこねていた土がいつのまにか思い浮かべていたものに変わるのよ」
「公園の砂場が戦場に変わるな」
「とはいっても、なかなか大変なのよ。色々と条件があってね」
曰く
・こねればすぐに出来るわけではない。何時間もこねつづける必要がある
・初めから部品が組み合わさっている状態では造れない。ネジやバネといったパーツ1つずつ造りそれを組み立てる
・造りたいものはその細部まで思い浮かべないといけない
・識らないモノは思い浮かべることができないから造れない
……etc
「じゃあなんだ、ギルドってのは銃のパーツ一つ一つ思い浮かべながら造っているのか?」
「そういうことね。まあ今は部品を生産する機械を識っている人が入ったから、簡単な部品とかはそれで造れるようになってるみたいだけど」
いや、驚いてるのはくそ時間がかかるとか量産体制が整ってきたことではなくて。
銃の細部まで識っている奴が居るということなんだが。
生前何やてきたんだよそいつら。
「地下にあるのは土塊が豊富だからなのか」
「それもあるけど、やっぱりメインは天使対策よね。わかりにくい場所でなかればならないのだけれど、あの学園の敷地って実はそれほど隠れて活動できそうなスペースは広くないのよ。大規模なことをやるには場所がないの」
「人気のない場所って山くらいだが、あまり奥まった所につくると行き来が大変になるよな。逆に行き易い場所にするとバレちまうし」
「だから盲点をついてみたの。まさか地下にこんな場所があるとは思わないでしょうね。しかも入り口が体育館の収納スペースだなんて」
そりゃ思わないだろうよ。常識的に考えて。
可笑しくてマンガかよって突っ込みたくなるくらいだもの。
「このくっそ長い洞窟はあれか、作業の音が地上に響かないように?」
「というよりもこれも天使対策。もし気づかれた場合でもすぐにギルドへ辿り着かないよう無数の罠を仕掛けているの」
「へえ。よくこんだけ掘ったもんだな」
「いえ、実を言うとこの洞窟は元からあったのよ、罠も一部含めて。長らく放置されていたようだから、整備して罠も増やして戦線で管理することにしたのよ」
「……この学園て一体なんなんだろう」
「まあここの罠でも天使に致命傷を負わせることは無理かもしれないわね。精々必要な物を持って逃げたり、ギルドを敵の手に渡らないように破棄する時間を稼ぐくらい」
「稼ぐって、この洞窟どれくらいあるんだよ」
「まだ半分も過ぎてないわね」
残りの道のりをなんとなく想像して、俺は堪らず溜息を吐いた。
パシリ以外の業務かとおもいきや、またもや勤務初日と同じようにひたすら歩くとは。
進歩してないな、まったく。
●
あまりのもギルドへは長い道のりで、ただ歩くだけでは暇でしょうがなかった。
だから会話の話題も見つからなくなってきた俺とゆりは、互いに質問をしあうことで退屈な時間を潰した。
俺はもっぱら戦線の活動内容や今までの戦果について。
ゆりは俺が普段ガルデモにどんな世話をしているのかとか、主にパシリ業務について質問をしてきた。
「じゃあ、特に彼女たちとラッキースケベなイベントどころかプライベートな出来事も無いの?」
「何を期待しているのか知らないが、基本的にバンド練習と食事くらいしか行動は共にしないよ、会話するのだって休憩と食事の席だけかな。たまに放課後岩沢さんの練習に付き合うこともあるけど、その時も音楽の話しかしないし。言うなら同じ職場の人間みたいな関係になのかな」
「……あなた、本当に男の子なの?」
「なんだよそれ」
「本部のアホな男どもと違って美少女に囲まれたハーレム状態なのよ?それに遊佐さんやサポート部隊の後輩の子とも仲が良いみたいじゃない。何でないの?普通何かするでしょう男なら」
「しねえよ!人を飢えた狼かなんかだと思ってんじゃねえぞ」
呆れたとばかりにゆりはそっぽを向いて溜息を吐いた。
この少女は一体何を望んでいるのか修羅場がいいのかコンチクショウ。
「そんな気はないし、仮にあったとしても職場の人間関係こじれるような真似はしたくないだろ」
「それくらい楽しませてくれてもいいとは思うのだけれど」
「人の事を何だと思ってんだ……」
しかし、実際のところよく受け入れられたなとは思う。
いくら同志とはいえど、同性のみで組まれていた集団の中に異性が入り込んだのだ。会う前は正直なところ排除されるのでは震えていた。
しかし、彼女たちは普通に受け入れてくれた今となっては要らぬ杞憂だったわけで。
「みんな良い子だから、普通に楽しく過ごす事が出来て感謝しているくらいなんだよ。手を出すとかとてもじゃないが考えられないな」
「つまらないわね。賭けに負けちゃうじゃない」
「賭け?」
「星川くんがガルデモのメンバーに手を出すか否か。あと出すなら誰か」
「最低だなおい」
こいつら身内で賭け事をしているのかよ。
でも当事者でなかったら俺も一枚噛ませてほしいのは秘密だ。
「手を出す方が優勢ね」
「思考回路がおかしい奴らしかいないのか」
「誰なのかは今のところどっこいどっこいね。ちなみにあたしは
「ボスが一番クズでした……」
他愛のない(?)会話をしていると、真っ暗な道の先から僅かだが「ドドドド」と重い音が響いてきた。
洞窟を少し進んでいくと開けた場所に出る。その場は半分を滝とその水が流れる川で支配されていた。
ただただくそ長い土塊の道が続いてるだけかと思ったが、水まで湧いているのか。しかもこんなに大量に。
罠の存在等色々合わせてみても、ここはまるでダンジョンのような所である。
その内宝箱とか出てくるんじゃないだろうか。
と、勢い良くおちる滝を眺めているとゆりが先へと進んでいってしまっているので、慌て岩場に気をつけながら追った。
「どれぐらい降りてきたんだ?」
「そうね、メートル法での正確な距離はわからないけれど、階層でいったら15階ってところかしら」
「ビルで考えたら55mくらいってとこか。まあ当てにならん数字だけど……」
天井を仰ぎながらそう呻いた。この空間はやけに天井が高い。
おそらく掘ったのではなく元からあった空洞なのだろう。
このように1階層あたりの高さはまばらだし、人工的に整えている階は下るほど空間を広くしている
下手すると最深部は地中100m以下とかに有るんじゃないだろうか。
想像するだけ無駄であるが。
「でも、あたしから見ると、彼女たちとはそんな軽いつながりに見えないのよね」
「何が?」
「さっきの話の続きよ」
ああ、続いていたのか。
もう終わって欲しかったんだが。
「だって生理の時期も知っているんでしょ?」
「ゴフッ」
突然の言葉に思わず吹いてしまった。
ゲホゲホと咳き込みながらもなんとか息を整えた。
「な、何故それを知っている」
「組織のトップをなめちゃだめよ。セクハラもほどほどにね」
にこやかに微笑むのだが戦慄するような感覚に陥り素直に頷けない。
散々偉そうだとか思ってきたが、本当に敵に回したら危ないのはこいつじゃないだろうか。
「別に明確な時期は流石に教えてもらっちゃいないよ、せいぜい誰の次は誰ぐらい。知らなくて地雷踏んだってなりたくないの。気にかける程度で、彼女たちを管理するつもりはないさ。それこそマネージャーじゃ無いんだから」
「そうよね、パシリだもんね」
今度は本当に笑いながらゆりはスキップするように進む。
いや、俺一応連絡要員が本来の職務なんですけど、あなたに任命されたんですけど。
もはや形骸化された身分ではあるが、ボスが面と向かって認めてしまったらもう意味は無いな。
今度から正式にパシリって名乗ろうかしら……
「でもね、そう考えても、やっぱりあなたはあたしたち戦線本部の連中以上に彼女らとの間柄はかなり近い距離感にいると思うわ」
「そうかあ?」
ゆりの言ったことがいまいち実感出来ない。
ただ単に、共に行動する時間が長いだけではないのだろうか。
それでもゆりは続けた。
「だから、あなたは今のまま彼女たちと接してあげてね。ただでさえNPCにとってはスターなわけだし、サポート部隊の一部からは神格化されているほどなのよ。うちのアホな男どもと違って、あなたは気兼ねなく接する事ができる貴重でまともな男の子なのだから。彼女たちを大切にね」
そう言って再び微笑んだゆりの顔は、先ほどとは打って変わって慈愛にあふれていた。
というか、なんだか母親みたいだった。
だからなのか、俺は妙に照れくさくなってしまい、気恥ずかしさを隠すために誤魔化したくなってしまう。
「前にアホ扱いされた気がするんですけど?」
「そうだったかしら?覚えてないわ」
さらりと返したゆりは上機嫌なままの足取りで先へと進んでゆく。
その軽やかなスキップをみながら、俺も後を追った。