目高箱と幽波紋!!   作:人参天国

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これで旧作の話は最後です。にじファン最後の話で好みが別れそうな展開でした。
どうしても気になる人は、心の中で『ご都合主義』と三回唱えましょう。苛立ちが増幅されるに違いありません。

そして今も昔も何故か人気の数字の人。
ヒロインにする予定はないんだけどなあ……


第六話:ヤンデレさんと幽波紋!

 

 

 善吉とめだかとはよく遊ぶが、自分一人の時間がないわけではない。

 例えば今日の様に二人と遊べない時は、奏丞は一人で施設で遊んだり、近所の公園に出かけてみたりする。

 なんとなくだが、今日は公園に行きたい気分だった。

 

「さーて、今日こそは『黄金長方形』を見つけるぞ」

 

 今まで何とか見つけようとしていたものの、未だに黄金長方形を見つける事はできていない。おかげで使える(タスク)はACT1だけだ。ビジュアルは微妙な感じだが、ACT4はやっぱり使ってみたかった。初登場時の演出には非常に燃えた覚えがある。

 まあ、強引に見つけられる様にするという手もあるにはあるが……

 そんな事を考えているうちに公園に到着。

 テレビゲームが普及した今日では外で遊ぶ子供がいないのか、普段公園内は閑散としているが……

 

「お、珍しい」

 

 子供が一人、花壇の前に座り込んでいた。こちらに背を向けているので顔は見えないが、頭にリボンをつけているから女の子じゃないかと予想する。

 何をしているか知らないが、しかしわざわざ話しかける理由もない。当初はその花壇で黄金長方形を探そうと思っていたが、公園内の花壇は一ヶ所ではないのだ。そこらの木の葉っぱや虫の中を探したっていい。

 なので奏丞はその子を気にせず、別の花壇に行って花を観察してみる事にした。

 

 

 

 

 ――三十分後――

 

 

「わっかんねー……」

 

 奏丞は下が土なのも気にせず、ゴロンと大の字に倒れた。汚いが子供だからこそ許される行為だろう。

 探してみたが、どうにも「これだ!」と直感できる事がない。試しにタスクを回してみても、やはり小動物の様なスタンド像は変化しなかった。自然の中の『美』を感じ取れとは言うが、センスがなければ一生無理なんじゃないだろうか。それとも死の間際の様な集中力でも必要なのか。

 しかし諦めるつもりもないので、身体を起こして再び花壇の中から探し始めようとしていると。

 

「何がわからないの?」

「あん?」

 

 振り向いてみると、奏丞の背後に女の子が立っていた。恐らく花壇の前に座っていた子だろうが……

 

「(……ゲッ、この子は!?)」

 

 黄金長方形はわからないが、その女の子にはビビッと来た。

 

「ねえねえ、何がわからないの?」

「え……えっと、花に隠されてる物を見つけてやろうと思って」

「お花の中に? お花は何か隠しているの?」

「花だけじゃなくて、実は植物にも動物にも、自然の生き物は全て同じ物を隠してる筈なんだよ。法則みたいなもんなんだけど」

「……それなら私知ってる」

「は?」

「植物にも動物にもある法則なんでしょ? それ、私知ってるよ」

 

 そう言って女の子はこちらに両手を見せる。

 

「植物も動物もみんな等しく、腐ってしまうの。私がこの手で触れた物はなんであれ、生物であれ無生物であれ有機物であれ無機物であれ、腐ってしまうの」

「…………」

 

 ……実に反応に困る。

 奏丞は今の言葉で確信できた。やはりこの子はかのヤンデレさん、『江迎怒江』に違いない。この異様な雰囲気も、かつて対峙した球磨川禊と非常に似ている。

 何故こんな所で会う事になったのかわからないが……まあ、とりあえずそれは置いておこう。

 

「いや、俺が探してるのはそんなんじゃないよ」

「そんなことないわ、だって全てにある法則なんでしょ? あなただって腐って死んじゃうのよ」

「そうでもないぞ」

「え?」

 

 奏丞は差し出された両手を掴んだ。奏丞が保有する、スキルを防ぐスキル『傑壁晶(ハードロック)』。それによって、怒江のスキルは効かないのだ。

 

「どうだ、腐らないぞ」

「え……ええ? 何で? 何であなたは腐らないの?」

「俺はそういう体質なの」

 

 そう言って一度手を放すと、今度は怒江の方からおずおずと触ってくる。奏丞の手を握ってみたり、胸をつついてみたり、頬を触ってみたり。まるで未知の感触に出会ったかの様に、途中からは夢中になって触ってきた。

 

「…………」

「……ちょっ、何泣いてんだ!?」

「……だって」

 

 その瞳からポロポロと涙をこぼし、

 

「死んじゃうの。私が触ると、可愛いわんちゃんを撫でても、可愛い猫ちゃんを抱いても、みんな腐って死んじゃうの」

「だけど俺は腐らないだろ」

 

 奏丞は頬に触れる怒江の手を掴み直し、安心させる為に言葉を続ける。

 

「いくらでも触るといい。泣くぐらい怖がらなくてもいいじゃあないか。安心しろ……安心しろよ……」

 

 わりと安心できない人の言葉だった。

 

「……本当に? 本当にいくらでも触らせてくれる?」

「もちろんだ。……あー、でもその前にしておかなくちゃいけない事があったな」

「……?」

「わかんないか? 俺の名前は宇城奏丞だ。お前は?」

「あ……わ、私は怒江、江迎怒江、です……」

「自己紹介ぐらいはしとかないとな。じゃあ俺はお前の事を怒江って呼ぶから、俺の事は奏丞って呼べ」

「え、いいの……?」

「もちろん。『友達』だからな」

「!」

 

 その言葉を聞いて、怒江は目を見張った。

 

「と、友達……?」

「そ、友達」

「……そ、奏丞くん」

「なんだ怒江」

「……奏丞くん、奏丞くん!」

「はいはい、なんだい怒江」

「奏丞くん、私と友達になってくれる!?」

「いや、だからそう言って……ああいや、うん、俺達はもう友達だぞ」

「奏丞くんっ!」

 

 さっきまでの濁った目が嘘の様な幸せそうな表情で、怒江が奏丞に抱きついて来た。背中に手を回して全身で抱きつく怒江の背に、奏丞も同じ様に手を回す。

 

「奏丞くん、暖かいのね!」

「おう、生きてるからな」

「奏丞くん、私なんだか幸せ!」

「そうか、よかったな」

「奏丞くん、これが運命の出会いなんだね!」

「……いや、どうだろうな」

「奏丞くん、幸せな家庭を築こうね!」

「…………」

「私知ってるの。悪い奴に呪いをかけられたお姫様が運命の王子様に助けてもらって一緒にお城に行って幸せに暮らしましたってお話! 初めて読んだ時はそんな都合良くいくわけねぇだろって思ったけど、今思えば運命の王子様はちゃんといたんだね! だってこうして奏丞くんは私の手を取ってくれたし、抱きしめてくれたもん。運命じゃないならなんなんだって話よね! 違う所は私がお姫様じゃないって事ぐらいかな? あ、別に奏丞くんの事を疑ってるわけじゃないのよ? 私の出自がそんなに凄い所じゃないってだけ! 奏丞くんが私を運命のお姫様だと思ってくれてる事はちゃんとわかってるんだから。それできっと奏丞くんはこれから私を自分のお家に連れて帰ってくれるつもりなんでしょう? でもダメよそんなの。いや悪い事って意味じゃないのよ? 奏丞くんの家には行きたいし、奏丞くんも私を連れて行きたいのはわかってる。でも私ばっかり幸せにしてもらうのは耐えられないわ。だって奏丞くんが私を幸せにしてくれる様に、私も奏丞くんを幸せにしてあげたいもの。一方的に与えるだけじゃやっぱり愛し合ってるとは言わないじゃない? でも私達は本当の意味で愛し合ってるんだから、奏丞くんが私からの愛を断るわけがないよね。それで提案だけど私の家で暮らしましょう。両親がいるけど説得は任せて。奏丞くんのお世話は全部私がするって言えばきっと許してくれるわ。結婚する報告もしなくちゃいけないんだし一石二鳥よね。私達の年齢で同棲生活っていうのはちょっと早いかもしれないけど、二人きりってわけでもないからこれはせいぜい同棲練習って所よね。でもそう考えると練習がこんなに遅れたのはいただけないわ。早いどころか遅すぎよ。生まれた時からとは流石に言わないけど、せめて生後二週間ぐらいからは練習を始めたかったわね。まあ出会ったのが今日なんだし、残念だけど諦めるしかないかな。大切なのはこれからよ。でも結婚するからには奏丞くんのご両親にも挨拶しておかないといけないけど、私明日は家族でお引っ越しなのよね。もちろん奏丞くんもそれについて来る事になるんだけど、おかげで奏丞くんのご両親に会えるのはもう少し先になりそう。まあ奏丞くんは構わないって言ってくれるだろうけど、というか私より家族を優先させるわけないだろうけど。それで聞きたいんだけど、奏丞くんの好きな食べ物って何かな? なぜってもちろん今夜のメニューにするからよ。今日は初めて会った記念日なんだから奏丞くんの好物を揃えたいんだ。さっき言った通り奏丞くんのお世話は全部私がするんだから、今日から奏丞くんが口に入れる物は全部私が作るんだもの。料理した事はないからちょっと手間取るかもしれないけど、愛情いっぱいのお料理作っちゃうんだから。愛情は最高の調味料って言うし、奏丞くんはきっと全部美味しく食べてくれるよね。残されちゃったら私悲しいから奏丞くんのお腹に直接詰めたりするかもしれないけど。やだ、冗談よ冗談。それで他にするお世話と言えば何かな? 遊びたかったら私が一緒に遊んであげるし、トイレもお風呂も私がついててあげるし、お勉強道具も私が用意してあげるし、とりあえずそれで問題はないかな? あ、もしかしてお世話になりすぎて申し訳ないとか思ってる? 気にしないでこれが私の気持ちなんだから。奏丞くんは私を愛してくれていればそれでいいの。だから他の事は何もしなくていいしする必要もないのよ。ふふっ、本当に楽しみね奏丞くん。当たり前だけど私達きっといい夫婦になるわ。結婚する日が待ち遠しいけど、結婚とは関係なくいつもいつまでも愛し合っていこうね!」

「…………ソウデスネ」

 

 片言になるほど“ソウ”じゃなかった。

 

「(や、やべぇ、なんだこの長台詞!? まさかこの歳でここまで覚醒していたとはッ! こ、これは! ううっ……ま、まずいッ!)」

 

 結構呑気してた奏丞も、怒江が一瞬歪んで見えるほどのマイナス圧力にはビビった。

 

「な、なあ怒江」

「なあに奏丞くん」

 

 怒江の肩を掴み、その目を見つめる。ほんのり頬を赤く染めている。物凄く幸せそうな顔だ。今の怒江にこんな事を言うと反応が怖いが……しかし言わねばならない。

 

「いいか怒江、落ち着いて聞けよ。そもそも俺はお前と結婚するつもりは」

 

 ガッ!

 

「あぶなぁー!?」

「……あれ?」

 

 次の瞬間、スタープラチナが果物ナイフを掴んだ怒江の腕を押さえていた。肩を掴む奏丞の手をそれで刺そうとしたのだ。

 

「お前アホか! こんなもん持ち歩くな! そして刺そうとするな!」

「あ、ナイフ返してよ!」

「うるさい、没収だ没収! あと人刺すのも禁止!」

 

 ナイフを取り上げるが、所持しているナイフが一本とは限らない。まだ隠し持っているかもしれないので気をつけねばならないだろう。

 ナイフを没収された怒江はというと、不満そうにしながらも、不思議そうに自分の手を握ったり開いたりしている。

 

「まったく、いくら腐らないからって刃物が刺さらないわけじゃないんだぞ? そもそもそうやって衝動的に刃物を出す事自体が……」

「ねえ、奏丞くんも私みたいに変な事ができるの?」

「…………」

 

 目の前でやれば、そりゃ気付く。

 

「……まあ、できるな」

「大きな手に掴まれたみたいだったわ。あれは何だったの?」

「え?」

「ねえ、どんな力なの? 教えてよ」

「いや、大した能力じゃ」

「私の手の事は教えたのに、奏丞くんは教えてくれないの?」

「いや、その……」

「ねえなんで? なんで教えてくれないの? ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ「待て待て待て! わかった、わかったから!?」そう? わかってもらえて嬉しいわ」

「…………」

 

 結局、奏丞は怒江にスタンドについて話すハメになってしまった。スタンドに興味を持っているのに何の情報も与えられていないくじらがこの場にいれば、第二の怒江となりメスを持って襲いかかって来たに違いない。もっとも、怒江にも全てを話したわけではなく、スタンドという呼び方と、それが能力が形を持ったモノだ、という事ぐらいだが。とはいえ、それだけの情報でも広まるのは避けたいので、口止めはもちろんする。

 ……しかし、怒江はまたしても難題を突きつける。

 

「スタンド、かぁ。私もスタンド見えないかな?」

「いや、それは無理だ。スタンドは普通の人には見えないんだよ」

「なんで? きっとできるよ、だって私達は運命共同体なんだもん。だったら見える物だって共有できるに決まってるわ。それに普通の人には見えなくても私は奏丞くんの特別な人なんだから「やめろ、それやめろ!?」そう?」

 

 ……実に困った。

 そもそも基本的にスタンドはスタンド使いにしか見えないという設定があるのだ。手段を選ばないならば、困った時のヘブンズ・ドアーを使えばいける……かもしれない。試した事はないが、『スタンドが見える』と書き込めばいけるのかもしれない。

 ……電気スタンドやガソリンスタンドが見えるってオチにはならない筈だ。

 

「ねえねえ、スタンドが見える人ってどんな人なの?」

「……ん? そうだな、俺と同じスタンド使いか、あるいは霊感が強かったら見えるかもしれないな」

「じゃあ話は簡単よ、私もスタンド使いになればいいのよ!」

「いやいやいや、それは流石に……」

 

 適性はあるが、スタンドのDISCを埋め込めばスタンド使いにはなれる。『矢』があれば自由にスタンドを目覚めさせる事もできたが、当然そんな物は持っていない。ブラック・サバスが持っているかと思っていたが、あの矢はスタンドとは別物だったらしく、過去に確認したが持っていなかった。おそらく、アヌビス神が刀剣とセットになっていないのと同じ事なのだろう。

 

「能力が形を持ったのがスタンドなんでしょ? 私も両手で物を腐らせる事ができるし、だったらそれをスタンドにしてしまえばいいのよ」

「そうは言っても、お前の能力は過負荷って能力であって、スタンドとは……」

 

 そこでふと気付く。

 怒江の過負荷は両手で触る事で発動する。面白い事に、これはクレイジー・ダイヤモンドやゴールド・エクスペリエンスの様なスタンドと同じ発動条件だ。

 

「……いやいや、それだけで」

 

 そもそも『過負荷』とは何なのか考えてみよう。

 過負荷はめだかボックスの中でも解明されてないオカルトチックな能力だ。異常が(かろうじて)人間の能力の延長線上にあると説明できるのに比べて、過負荷は因果律や概念に干渉できる、説明不可能な能力だ。異常と過負荷、どちらがスタンド能力に似ているかと言われると……まず、過負荷だろう。

 

「…………」

 

 過負荷の発現には人格や環境が関わっていたと思う。

 まず人格についてだが、小説版ジョジョでは『群体型スタンドの本体は精神に決定的欠落を抱えている』という話があった。これは人格の影響を受けている過負荷とほとんど同じ話ではないだろうか。スタンドは本体の精神力で動くというし、そもそもそれ自体が精神エネルギーの塊。過負荷と同じく人格とも密接な関係はありそうだ。

 環境についてはどうか。過負荷はその場の環境に合わせた能力が発現していたが、スタンドには特に環境が関わったという話がない。

 ……が、しかし。その環境に合わせた過負荷を発現させた手段に問題がある。なんと原作ではくじらが自らを改造して過負荷を発現させていたのだ。どう考えてもこれは『スタンドの矢』や『悪魔の手のひら』に相当する行為だろう。過負荷を薬品で発現させたと言うなら、スタンドはウイルスによって発現している。外的要因によって発現するという共通点まで存在していた。

 以上より、こう結論できてしまう。

『過負荷とスタンドはかなり似ている』。

 

「どうしたの、急に考え込んじゃって」

「……怒江、一応アテができたぞ。可能性は低いけど、もしかしたらお前もスタンド使いになれるかもしれない」

「本当!? じゃあ私達は名実共に似た者夫婦になるのね!」

「ああうん、もう突っ込まないぞ。

 ただその前に約束してほしい」

「約束?」

「ああ、約束だ。

 まず一つに、スタンドについてと、スタンドという形で能力が使えるのを誰にも喋らない事。まあ、後者はスタンド使いになれたらの話だけど」

「うん」

「二つ目は、その力の使い方をよく考えてくれ」

「使い方?」

「別に人の為に使えって言ってるわけじゃない。だけど間違った使い方はしちゃいけない。それじゃあお前も周りの人も、誰も幸せにはならない」

「……わかんない。どんな使い方が間違いになるの?」

「状況次第で色々あるから、説明するのは難しいんだけど……そうだな、周りへの影響を顧みない事。これは間違いだ」

「どういう事?」

「自分さえ良けりゃあいい、なんて考えちゃいけないって事だよ。怒江はこれまで、好き勝手に動物達を触った事があるか?」

「……ないわ。だって触ったら死んじゃうもの」

「そう思えるなら、きっとお前は大丈夫だ。相手の事を考えてやれるなら」

「でも私、手を使わない事ができないよ?」

 

 ……そういえば怒江は力のコントロールができないんだった。

 まあ、そこは大丈夫だろう。

 

「最悪でもちゃんと入切(オンオフ)がつけられる様にはできる筈だから、問題ないぞ」

「え、それって」

「可愛いわんちゃんも可愛い猫ちゃんも、いくらでも撫でたり抱いたりできるって事だ」

「本当!? 本当に私……」

「俺以外の物に普通に触れる様になるな」

「……!」

「だから泣くなって……」

「だって……だって……!」

「いや、嬉しいのはわかるんだけどさ……」

 

 何度も幼女を泣かせていると、妙に罪悪感が湧いて来て落ち着かない。奏丞が幼いからよかったものの、中身の年齢通りの外見だったら一発で青い人達を召喚されるだろう。

 男は女の涙にいろんな意味で弱いのだ。

 

「まだ何にも片付いてないんだから、喜ぶのは後にしとけ」

「奏丞くん……」

「今からそんなに泣いてたら、終わった後の嬉し涙が足りなくなっちまうぜ?

 ………………ごふっ!!」

「えええ!? 奏丞くんどうしたの!?」

 

 あまりの似合わなさに胸が痛い。場の雰囲気に流され過ぎた様だ。早く解決して気楽な空気に戻さないとマズイだろう。

 怒江の涙も奏丞のキャラもギリギリだった。

 

「胸が痛いの? 大丈夫?」

「あ、ああ、大丈夫だ、問題ない。問題ないとも」

 

 胸を押さえてうずくまる奏丞の背中を怒江が摩ってくれる。

 しかし怒江の表情がどことなく嬉しそうなのは何故なのか。

 

「私、誰かの背中を摩ってあげるなんて初めて!」

「あ、そういう事」

 

 苦しんでいるのを見て、って事じゃなくてよかった。

 

「……よし、もう落ち着いたぞ。じゃあやるか」

「今度は初めての共同作業ね! 私ワクワクする!」

「んじゃ、そこに立ってろよー」

 

 怒江の言葉は華麗にスルーし、これからする事を決める。

 目標は二つ。スキルをスタンド化し、そして能力をコントローラブルな物にする事だ。スタンド使いになれるかはかなり分が悪い賭けだが、少なくとも発現した瞬間に周囲が腐り果てるなんて事にはならない筈だ。

 そしてその為に使うスタンドは……やっぱりアレだ。

 

「いくぞヘブンズ・ドアー! 怒江をスタンド使いにするッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 その夜、電話で。

 

『すまんな、今日は遊べなくて』

「通院の為なら仕方ないよ。でもそれも今日で終わったんだろ?」

『うむ。少々退屈だったが、健康診断の為と思えば無駄ではなかったよ。明日からは予定もないのだが……』

「善吉はいないもんなぁ」

 

 瞳が商店街の福引きで温泉旅行を当てたとかで、善吉を連れて旅行に行ってしまったのだ。最初はめだかが自腹でついて行こうと言っていたが、残念ながら奏丞もめだかも同伴してくれる保護者がいない。施設長は奏丞以外の三人の子供の面倒も見なくてはいけないし、めだかの親は仕事で忙しい。黒神家のボディーガードならいるが、あんな黒服集団を連れて行ったら温泉など楽しめないだろう。

 つまり奏丞達が行くと瞳一人に面倒を見させる事になってしまうのだ。

 

『人吉先生に迷惑をかけるわけにもいかんしな。我々はのんびり善吉の土産話を待つとしよう』

 

 と、そういう事になった。

 

『どうだ奏丞、明日も我が家に来んか? くじ姉もいるし不肖の兄貴もいる。今度は四人で鬼ごっこでもしようではないか』

「また鬼ごっこかよ、もう諦めろよ。というかくじらも? あいつ書庫から出てくんのか?」

『貴様を誘ってみると言うと、それは楽しみだと言って早々に勉強を切り上げて準備を始めたぐらいだ』

「一番用意してた道具はなんだ」

『注射器』

「お前は俺が針ネズミになる所が見たいのか」

 

 黒い笑顔を浮かべて注射器を磨いているくじらの姿がありありと想像できた。あの時は気を引く為とはいえ、もう少し健全な付き合いができる手段で、くじらを外に連れ出せなかったものか。

 

「でも悪い、俺明日は遊べそうにないわ」

『なに? 何か予定があるのか?』

「ああ、ちょっと面倒見なくちゃいけない奴がいてな」

『ほう、新たに友人でもできたか? それなら一つ、紹介に預かりたいものだが』

「……いや、駄目だ」

 

 明日は早速怒江の能力の練習をするつもりだ。そんな所を見せるわけにもいかない。

 

「まだ人前(での制御)は慣れてないからな。お前らに紹介できるのはもう少し先になりそうだ」

『……そうか、人に慣れていないのか。ならば仕方ない、その日が来るのを楽しみにしておこう』

 

 嘘はついていない、嘘は。

 しかし能力にはすぐに慣れるだろうし、きっと今週中には紹介できるに違いない。

 ……はて、何かを忘れている様な、聞き逃している様な気がするのは何故だろう。

 

「奏丞、いつまで電話してんだい。ガキはもう寝る時間だよ」

「はいよー。……というわけでそろそろ切るぞ?」

『もうこんな時間か。わかった、では…………はい? どうしましたか?』

「……?」

『……はあ、別に構いませんが。

 奏丞、どうやらくじ姉が用があるらしい』

「なに、くじらが?」

 

 正直イヤな予感しかしない。勝手に切っちゃ駄目だろうか。

 

『おい奏丞、明日来れないってどういう事だ』

「くじらか。どうもこうも、用事があるんだって」

『カワイイ幼馴染みよりそっちの女をとるのかよ?』

「俺達の歳で幼馴染みって言葉は早くないか? あと自分でカワイイとか言うな」

『女というのは否定しなかったな。めだか、こいつ明日は女とデートするらしいぞ』

 

 しまった。

 

『ひどいっ、奏丞くんは私よりその女を選ぶの!? 私はこんなにもあなたを(研究対象として)求めているのに!』

「うん、どう求めてるかがビックリする程伝わってきたよ」

『せっかく明日の準備もしてたのに! 奏丞くんのバカバカ!』

「用意した麻酔の数を言ってみろ」

『53本』

「お前は何と戦ってるんだ」

 

 猛獣を相手に備えているとしか思えなかった。

 

『こんな正統派萌え萌え美少女の頼みを聞けねーとは、お前どっか頭のネジが抜けてんじゃねーのか?』

「どこの国に麻酔を53本用意する正統派がいるんだよ。マッドか、マッドの国なのか」

『チッ、なら麻酔は(・・・)全部廃棄してやる。これならどうだ?』

「用意した筋弛緩剤の数を言ってみろ」

『48本』

「おやすみ、お前んちから薬品臭さが抜けた頃にまた行くよ」

『おいこら、勝手に切』

 

 ピッ。

 通話を切り、受話器を元の場所に戻した。

 ……よし、明日も頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「はあ? 今日引っ越し?」

「うん。昨日言ったじゃない、引っ越しするから奏丞くんのご両親への挨拶が遅れちゃうって」

「……言ったっけ」

「言ったわよ」

 

 まさかあの長台詞の中で言っていたんだろうか。正直ほとんど覚えてないんだが。

 

「じゃあ今日でお別れなのか」

「何言ってるの、奏丞くんも来るのよ?」

「……ああ、そういやそんな事言ってたな」

「でしょ?」

 

 確かに同棲がどうこうって言ってた気がしてきた。

 ……だからといって看過できる事ではないんだが。

 

「怒江、俺は一緒に行くとは」

 

 ギュオッ!

 否定しようとした瞬間、怒江の身体から(・・・・・・・)枯れ木の様な手が飛び出て来た(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「おりゃっ!」

「あうっ!?」

 

 スタープラチナが怒江にデコピンをかます。精密動作性Aのスタープラチナにかかれば、手加減だってお手の物だ。

 飛び出て来た手も無事に怒江の身体に引っ込んだ。

 

「使い方を間違えるなって言ったろ。今のは完全にアウトだぞ。衝動的に使うんじゃねーよ」

「だって……」

「だってもへちまもない。もう一回言うぞ、俺はお前と行けない」

「…………」

 

 怒江の目がジワリと滲む。何だか昨日から泣かせてばかりだ。

 

「いいか、俺達はまだ子供で、俺には俺の、お前にはお前の家族がいるんだ。家を出るとか住むとか、俺達が勝手に決めていい事じゃないんだよ」

「だって、でもそれじゃあ……」

「ああ、今はお別れだ」

「ッ、いやよ! せっかく会えたのにもうお別れなんて!」

「怒江、冷たい事を言う様だけど、それでもやっぱり駄目なんだ」

「! 奏丞くんの「なので!」っ!?」

 

 怒江の言葉を遮り、奏丞はある提案をする。

 

「手紙を書こう」

「……手紙?」

「そう、手紙。遠くにいても話ができる素敵アイテムだ」

 

 話をするだけなら電話でもいいが、それだと五分置きに電話がかかってくるという事態になりかねない。よって、ここは手紙のやりとりが妥当ではないだろうか。

 

「でも私、手紙を書いた事ない。ペンも紙も……あっ」

「今のお前なら腐らないだろ?」

 

 今の怒江なら、能力の強弱(ハイロウ)だけでなく入切(オンオフ)もつけられる。触ると問答無用で腐るという事はなくなったのだ。

 奏丞は懐からメモ帳とペンを取り出し(エニグマで紙にして持ち歩いている)、施設の住所を書き込んで怒江に渡した。

 

「ここが俺んちの住所だ。手紙はここに出してくれ。怒江は引っ越し先の住所はわかってるか?」

「うーん……ごめん、わからないわ」

「まあ、お前が手紙をくれればその時わかるか。住所書き忘れんなよ?」

「……うん! 私絶対に手紙書くわ! そうね、一時間置き……はやり過ぎよね。一時間半置きぐらいがちょうどいいかな? 私、奏丞くんの返信楽しみにしてるからね!」

「……いや、多くても一日置きにしような?」

「え、なんで? 一日って二十四時間でしょ? いくらなんでも少な過ぎよ」

「……いいか? 郵便の配達は一日分まとめて送られるんだ。つまり一時間半置きに手紙出しても一時間半置きに手紙が届くってわけにはいかないんだよ」

「そうなんだ、それは本当に困っちゃうわね。もう、気が利かない人達なんだから!」

「いや、一時間半置きで手紙を出す奴がいないからじゃね?」

「うーん、それもそうね。所詮そんなものよね。私達ぐらい愛し合ってる人なんて、他にはいないしね」

「……うん、そうだな」

 

 なんかもうなんでもいいや……

 

「じゃあ私行くね。寂しいけど、きっとまた会おうね! 手紙もいっぱい書くからね!」

「おう! 次に会った時は、一緒に遊べなかった分もしっかり遊び倒してやろうぜ!」

「うん! またね! 奏丞くん!」

「またな、怒江!」

 

 ……行ってしまった。

 最後までヤンデレを修正できなかったが、それでも怒江は笑って行く事ができた。しばらくは手紙のやりとりが大変だろうが……それくらいしっかりこなそうと思う。提案した以上、責任とって返信しよう。

 さてと、今日はもう黄金長方形を探す気になれないし、ひとまず家に帰ろうかな。

 そう思い、公園を出て帰って行く途中でふと思った。

 

「……あれ、あいつあの歳でもう文字習ってんのか?」

 

 ……せっかくの文通は、こうして始まる前からつまずいてしまうのであった。

 




施設長「奏丞、今日も分厚い封筒が届いたよ」
奏丞「…………」
施設長「毎日手紙を書いてくれるなんて良い子じゃないか」
奏丞「…………」
施設長「……今月分のお小遣いは全部手紙代に変えとくよ」
奏丞「…………ぐすっ」

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