目高箱と幽波紋!!   作:人参天国

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旧作のこの話は丸ごと書き換えようかと思いましたが、めんどくさい事に気付きました。(ぉぃ
なのでやっぱり話は変わらずですっ☆

笑えねぇ、笑えねぇよ……




第四話:初戦闘と幽波紋!

 

 

 めだかと善吉に出会ってからも、奏丞は何度か箱庭総合病院に通院していた。

 担当した医者は全て知らない医者で、瞳は既に病院を辞めてしまったらしい。恐らくあの日に禊に会って、原作通り脅迫されてしまったんだろう。善吉の家に行く機会があり、その時にそれとなく訊ねてみたが、巧くはぐらかされただけだった。

 通院してバレている事と言えば、今の所精神が早熟な事ぐらいだ。診察した人間の中に瞳ほど鋭い人はいなかったらしく、秘密はほぼ守られている。通院を止める日も近いのかもしれない。

 

「(でも、昨日のアレは何だったんだ……?)」

 

 思い出すのは昨日の診察。

 いつも通りのつまらない診察かと思っていたが、途中から人が入れ替わり立ち替わりする変な診察になったのだ。

 きっかけとなったのはあの奇妙な質問だったと思う。

 

「君の秘密を話してください」

 

 そう唐突に聞かれたが意味がわからず、「秘密って何ですか?」と聞き返すと目の色を変え、「嫌いな食べ物は何?」とか「好きな歌を歌ってくれ」とかわけのわからない事を言われ、何故かと聞くと今度は驚愕の表情を見せた。

 その後何人か人が来て、その度に「駄目だ」とか「効いてない」だとか言っていたが、何の事かはわからなかった。

 しかし今となったら予想がつく。

 そう、あまり良くない予想が。

 

 

――ピンポーン――

 

 

 ……随分イヤなタイミングで呼び鈴が鳴った。

 どうやらお客さんが来た様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「奏丞を引き取りたいだって?」

「はい、是非とも彼を養子に迎えたいのです」

 

 やって来たスーツの男はそんな事を言い出した。

 当初対応していたのは施設長だけだったが、「奏丞君にも聞いてもらいたい」という男の言葉があり、奏丞も一緒に話を聞く事になったのだ。

 

「妻とは結婚してもう長いのですが、実はこれまで一人も子供ができていないのですよ……」

 

 その話によると、男の妻は生まれつき子供ができにくい体質らしい。不運な話だが、妻は子供好きで常々子供が欲しいと願っていたし、自分も仕事の跡継ぎは欲しい。

 ならば代理出産してもらおうかという話も出たが、最近になってある子供の噂を聞いたのだ。ある養護施設に年齢のわりに大人しく良い子供がいる、という話だ。

 言わずもがな、奏丞の事である。

 将来的には跡継ぎになってほしいのだから、養子にするならもちろん賢い子の方が良い。なのでまずは会ってみようとこうして来てみたが……

 

「噂通り聡明そうな子でした。是非私達の息子になってほしい」

 

 そういう事らしい。

 確かに子供らしい所をあまり見せた事はないし、近所の奥様方に良い子と思われているのも一応は事実だった。ぱっと聞いて特におかしな所もない様に思える。

 ……少々話が急で、しかもタイミングが良過ぎる、いや、悪過ぎるという点以外は。

 

「この子があんたの期待に応えられなかった時はどうするんだい?」

「どうもしませんよ。そんな事で我が子を捨てるなんてあり得ません。妻が子供好きなのは変わりありませんし、跡継ぎだって別の手段も考えられます。

 ですが、心配は無用ですよ。私の目は曇っていません。この子は私の期待にも必ず応えてくれます!」

「大袈裟だねぇ……そりゃこの子は悪い子じゃないが、その期待に押し潰されやしないか心配だよ」

「たとえ肉親関係でも大なり小なり期待はするものですよ。それに貴女も、子供には父親と母親が必要という事はわかっているでしょう? 彼の為にも、どうか色好い返事を」

「色も何も、突然そんな話をされちゃあ心配にもなるさ。大事な話なんだ、決めるにはもう少し時間が欲しい」

「そうですか……君は奏丞君と言ったね? 君はどうかな、家族が欲しいとは思わないかい?」

 

 これまで黙って聞いていた奏丞に、男は説得する相手を変える様に訊ねてきた。

 

「気持ちはわかるよ、君はこの人達と離れたくないんだろう? でも安心してほしい、一生の別れをさせるつもりはないんだ。会いたくなったらすぐここに連れて来てあげるよ」

「…………」

「それにここにいる大人は彼女一人なんだろう? 君達四人の子供の世話をするのは大変な筈だ。君の大切なおばあちゃんの負担も、できるだけ軽くしてあげたいと思わないかい?」

「……それはそうですね」

「奏丞」

 

 男の言葉を肯定した奏丞に施設長が口を開く。

 

「あたしはね、あんた達を小生意気なガキだと思った事はあっても、負担だと思った事は一度だってないよ」

「……こんな時でも真正面から小生意気なんて言えるなんて、流石だぜばーちゃん」

「そういう所が小生意気なんだよ。

 でもね、それでもあたしがあんた達と一緒にいるのは、あたしがそうしたいからなんだ。あたしが好きでやってる事をあんたが気に病む事はないし、あたしの我が儘にあんたが縛られる事もない。

 あたしがやりたい様に生きてるみたいに、あんたもやりたい様にやってみな。それが自分らしく生きるって事なんだから」

「ばーちゃん…………そんな重要な事決めさせないでよ。俺まだ二歳児だぞ?」

「いいからあんたの考え言ってみろってんだよクソガキ!」

「痛い痛いこめかみ痛いからごめんなさいごめんなさい!」

 

 グリグリとこめかみを抉られて悶える。痛みは伴ったが、二人の間の重苦しい空気は払拭できた。そんな事を言われずとも、奏丞は施設長の事を信じている。妙にシリアスぶる必要などないのだ。

 

「ははは、面白い子だ。で、奏丞君はどう思うんだい?」

 

 しかし男の方はそうではない。油断ならない相手だし、その正体を見極めなくてはならないのだ。

 奏丞は思考を切り換え、男を見る。

 

「んー……念の為、一つ質問していいですか?」

「うん? 構わないよ、一つと言わず、何でも聞いてくれ」

「そうですか」

 

 ……話は変わるが、ここである面白い能力を持つスタンドについて話そう。

 

「さっき跡継ぎがどうこうなんて話をしてもらいましたけど……」

 

 『アトゥム神』というスタンドがそれだ。このスタンドは珍しい事に二つの能力を持っており、一つに敗北によってスキが生じた魂を奪い取るという凶悪な能力がある。

 

「実はそれは嘘で、本当は俺を異常の研究に利用するとかではないんですか?」

「ッ!?」

「…………」

 

 そしてもう一つの能力。それは相手の思考を読み取る能力だ。

 

「……突然なんだい? よくわからないが、どうやら穏やかな話ではなさそうだな」

 

 複雑な思考を読めるわけではない。しかし『YESかNOか』?『右か左か』? 質問する事によっていずれを選択しているかはわかる。『外角か内角か』? 『高めか低めか』? 『変化球か直球か』? 100%の的中率で判別できる。

 

「唐突にすみません。最近きな臭い出来事があったもんで、つい心配してしまうんですよ」

「ふむ、何があったかは知らないが……しかし安心してほしい」

 

 そしてもし今、そのスタンドを使ったとしたら――

 

「そんな研究に利用するなんて事、あるわけないからね……」

 

 

『YES! YES! YES!

 YES! YES! YES!』

 

 

「…………そうですか、なら良かったです」

「奏丞、お前まさか」

 

 施設長が何かを言う前に手で制し、再び口を開く。

 

「今から少し考えさせてもらってもいいですか?」

「ああ、いいよ。何せ人生に関わる事なんだからね。よく考えてみてほしい」

「ありがとうございます」

 

 礼を言い、黙考する様に目を瞑る。

 しかし考える事は養子云々という事ではない。

 

「(ハーヴェスト!)」

 

 奏丞が出したスタンドは六本の手足を持つ小さなスタンド。パワーはないが、群体型のハーヴェストは凄まじい数を誇る。その数、実に500体。500体全てで一つのスタンドなのだ。

 

「(ハーヴェスト、隠れている敵を見つけ出せッ!)」

 

 ハーヴェスト達が一斉に散り、施設内とその周辺を探り始めた。

 

「(……扉の外に二人、窓の外に二人、外の車に一人、そして目の前に一人、計六人か。スーツの下にはしっかり防護服を着てやがるし、武器も隠してやがる。交渉が決裂した時、実力行使で来る可能性あり。……兄貴達が学校に行っててくれてよかったな。でも思ったよりも数が少ないな。こっちをナメているのか? はたまた初日だから様子見のつもりなのか? こっちにとったら好都合だが…………ん?)」

 

 そこで気付く。自分の真後ろにある、妙な空間に。ハーヴェストが何かに触れているのに、そこには何も見えないのだ。

 

「(何かある……いや、何かいる! 集まれ、ハーヴェスト!)」

 

 ハーヴェストに徴集をかけ、次々とその空間に群がらせていくと……見事に人の形が浮き上がった。

 

「(そんな事だろうと思ったぜ。『透明になるスキル』って所か? 攻撃される前に気付けてよかった……)」

 

 しかも触ってわかったが、皮膚の様な柔らかい感触が全くない。装甲を纏っているみたいで全身が硬く、ハーヴェストのパワーでは砕けそうにない。透明になっているのはこの装甲のせいという事も考えられるだろう。

 これに関してはすぐには対処できそうにないので、まずは部屋の外の敵から無力化していく事にする。

 

「そうだ、跡継ぎって言いましたけど、具体的にはどんな事を?」

「ああ、私はある病院の院長をしていてね。継いでもらいたいのはそこの病院だ。ここからはちょっと遠いけど、立派な病院だよ」

「へぇ、お医者さんだったんですか。なら俺も行く行くは医者になるんですね」

 

 あまり待たせると怪しまれてしまうので、ちょいちょい会話しながらハーヴェストで細工を続ける。

 やがて残ったのは目の前の男と、背後の何者かだけになった。

 

「……決めました」

「私達の息子になってくれるかい?」

「いいえ、俺はあなた達の家族にはなれません」

「……理由を聞こう」

「俺にはもう、家族がいますから。俺は今の家族と一緒にいたいんです」

「……まあ、突然こんな事を言われたらそう答えても仕方ないだろう。時間はあるから、もう少しじっくり考えてみては「その必要はありません」……」

「俺の答えは変わりませんよ。俺はあなた達(・・・・)とは行けません。申し訳ありませんが、跡継ぎは別の人にしてください」

「……そうか」

 

 しばし男は沈黙していたが、やがて残念そうに目を伏せた。

 

「残念だな、いい話だと思ったんだが。君を迎える事ができなくて、本当に残念だよ」

 

 顔を上げた男は、視線をチラリと奏丞の背後に向けた。

 

「しかし君は本当に賢い子だ。どうやら全てわかっているみたいだし、簡単に諦める事はできそうにないよ。

 なので――」

 

 力ずくで連れて行くとしよう――

 

「ッ!? 逃げるんだ奏丞!」

 

 しかし彼女の叫びに意味はなく、無情にも不可視の一撃が奏丞の背後から振り下ろされ……

 

 

――ブワァアア!――

 

 

「…………は?」

「な、なにぃ!?」

 

 その衝撃はソファを伝わり、床に散っていった。

 

コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛

 

「……ホント、勘弁してほしいぜ。今後の人生に関わる初陣なんてよ」

 

 奏丞以外は誰一人見えていない。攻撃エネルギーを受け流す、全身に纏ったスタンド『20th センチュリー・ボーイ』の姿が。

 

「どこまでやれるかわからないけど、こっちも必死なんだ。存分に正当防衛させてもらうぜッ!」

 

 奏丞はスタンドを即座にスタープラチナに換え、

 

「オラァッ!」

「――ッ!?」

 

 敵がいるであろう場所に全力で拳を振るう。確かな手応えがして、見えない何かは壁を突き抜けて隣の部屋まで吹っ飛んでいった。

 しかしそれでもあまり効いた様には思えない。直撃こそしたものの、伝わってきた感触はそう思わせる程硬かった。

 

「このガキ!?」

 

 男が懐から拳銃を取り出し、発砲する。銃口から飛び出したのは普通の弾丸ではなく、何かを注入する針が付いた弾だ。おそらくは、麻酔弾。

 

「無駄ァッ!」

「なっ……」

 

 スタープラチナで弾を弾く……が、今の弾をセックス・ピストルズあたりで跳ね返しておけば良かったと若干後悔した。いや、それ以前に他のスタンドを使っていれば、さっきの奴に関しては既に勝負がついていたかもしれない。

 使うスタンドは場当たり的にではなく、もっと的確に選択しなくてはならないのだ。

 

「そこらへんは今後の課題ってとこだな」

「クソッ、あいつら何をしてる!? 早く来てこいつを」

「てめーは黙ってろ!」

「カペッ!?」

 

 喚く男を殴り飛ばした。スーツの下には防護服を着ているので、狙うのは何もつけていない顔面だ。拳に伝わる感触は気持ちのいい物ではないがちゃんと効いたみたいで、男は倒れたまま起き上がってくる事はなかった。

 

「奏丞、さっきから何が起きて……いや、あんた一体何をしているんだい!?」

「……後で全部説明する。とりあえず台所に逃げよう(・・・・・・・・・・・・)!」

 

 これで残るのは見えない敵一人になった。厄介な相手だが、奏丞はわざと行き先を喋り、追って来た所を迎撃する作戦を選んだ。

 部屋を飛び出すとやはり見知らぬ男が二人待ち構えていたが……

 

「ま、まてぇ~……」

「…………(返事がない、ただの屍の様だ)」

 

 どちらも死にかけだった。

 

「邪魔!」

「グェッ……」

 

 踏みつけられた男はカエルが潰れた様な呻き声をあげて沈黙した。死者に鞭打つとはこの事だろう。

 

「奏丞、さっきからわからない事だらけなんだが、とりあえずあの男達はどうしたんだい!?」

「血管に直接アルコールを注入した! 部屋にいた二人以外の敵全員にだ!」

「アルコール? 確かに酔っ払いみたいな状態だったけど、だが二人ってのは」

「あの部屋にはもう一人、姿が見えない奴がいたんだ! 俺達の真後ろにね!」

「……何が何だかわからなくなってきたよ」

 

 説明している間に台所に到着した。

 この部屋の入口には扉がない。なのでテーブルを立て掛け、申し訳程度のバリケードにする。あくまで侵入に気付く為のバリケードなのでこれでいい。決着はここでつけるつもりだ。

 

「えーと、これとこれとこれと……」

「……今度は何してんだい?」

「目印」

 

 簡潔にそう答えた。

 二酸化炭素を探知するエアロ・スミスで敵の位置を確認しつつ、小麦粉等の粉類や、牛乳や醤油等色がついた液体を床に並べていく。姿が見えなくても、これをぶっかけてやれば良い目印になるだろう。

 

「あんたは本当にかわいげがないガキだねぇ……」

「失敬な、知恵が回る子と言ってくれ」

「小賢しいって言うんだよ、このエセ二歳児」

「さっきからひどい言い草じゃね? ……これ、今から床にまくけどいい? 答えは聞いてない」

「だったら聞くんじゃないよ……あたしも手伝うよ」

「サンキュ」

 

 牛乳やら醤油やらを床にぶちまける。これで探知ができるスタンドを使わずとも居場所がわかるだろう。直接ぶっかけて身体の輪郭がわかる様になれば尚良しだ。

 

「とりあえずばーちゃんはそこに隠れててくれ。俺が来た奴をぶっ倒す」

「……わかったよ。だけど奏丞、あんたは奴らの事を知ってたのかい?」

 

 施設長はそう聞いてきた。オープンキッチンの陰に隠れてしまったので、その表情を見る事はできない。

 

「いや、知らないよ。でも見当はつく。どうせ俺を実験材料(モルモット)にしようとしてるんだろ」

「それだけわかってりゃ十分さね。

 ……今更言うのもなんだが、あんた、今すぐここから逃げな」

「…………」

「あんたの予想通り、奴らは異常の研究の為にこうして襲って来てる。奴らは貪欲だからね、一度追い払ったって簡単には諦めないだろう。ここで勝っても根本的解決にはならないんだ」

「……なら、どうしたらいい?」

「隠れるんだ、奴らに見つからない様に。人吉の家は度々行ってるから憶えてるね? ひとまずあの子の所に匿ってもらうんだ。あたしが時間を稼いでる間にこっそり逃げな。あんた一人ならできるだろ?」

 

 元部下にはろくな奴がいないが、あの子だけは信頼できる。彼女はそう言った。

 しかし奏丞はその案に頷く事はできない。

 

「ばーちゃんが囮になったとして、ばーちゃんは一体どうなるんだ?」

「…………」

「それだけじゃない、ばーちゃんに何かあったら兄貴達はどうなる? 俺がいなくなれば、あいつらはここにはもう絶対来ないの?」

「それは……」

 

 もしかしたら居場所を喋るよう拷問でもされるかもしれない。人質にされるかもしれない。親がいない子供三人、仲良く連れて行かれるかもしれない。悪い未来はいくらでも想像できた。

 

「厄介事を呼び込んだ張本人だけが逃げるなんて冗談じゃない。そんな事をするぐらいなら俺は自分からあいつらについて行く。俺は絶対に逃げないよ」

「でも現にどうにもならないだろう! それともあたしにあんたを差し出す様な真似をしろって事かい!?」

 

 施設長が怒声をあげるが、それに反して奏丞の心は落ち着いていった。

 結局の所、彼女は誰にも傷ついてほしくないのだ。皆が大切で天秤にかける事ができないのだ。

 そして、それは奏丞も同じだった。

 

「ばーちゃん、さっき『やりたい様にやれ』って言ってくれたよな」

「はっ、あたしゃそんな事言った覚えはないね」

「なんだ、もうボケが始まってたのか」

「ぶっ飛ばすよクソガキ」

「クソガキでいいぜ。それでも俺は逃げないからな」

「…………」

「俺はやりたい様にやる。皆で明日を迎えられる、最善の道を選ぶ。ばーちゃんはどっしり構えて待っててくれよ」

「そんな都合良くできるわけが」

「できる!」

「!」

 

 エアロ・スミスが敵の居場所を教えてくれる。敵はもう、入口の所まで来ている。

 スタンドを換え、準備は整った。

 

「俺は『スタンド使い』だからなッ!!」

 

――ピチャッ、ピチャッ

 

 濡れた床を何かが転がる音が聞こえてきた。入口を塞ぐテーブルの隙間から透明な何かが投げ込まれたのだ。

 

「無駄無駄、『エピタフ』で見えてるぜ!」

 

 数秒先の未来を見れる、キング・クリムゾンのエピタフ。その未来が示すのは、光と音で埋め尽くされた世界だった。投げ込まれたのは、スタングレネード。

 

「耳を塞いで!」

 

 隠れている彼女にそう叫ぶ。隠れていても爆音は防げないが、処理する時間もないので、なんとか耐えてもらうしかない。

 

「キング・クリムゾンッ!」

 

 過程は消え去り、結果だけが残る!

 『スタングレネードが爆発し、テーブルを押し退け突入してきた』過程は消え、『突入した』という結果だけが残るッ!!

 

「そしてお前の居場所もよくわかるぜッ!」

 

床に広がる液体が跳ねる様子を、消えて行く世界の中で見つける。そこに駆け寄って行き、世界が元通りになった瞬間、

 

「オラオラオラオラオラオラァッ!!」

「――ッ!!?」

 

 硬いモノにラッシュが命中。吹き飛んだ所へ瓶入りのソースを投げつけ、皇帝(エンペラー)で撃ち抜いた。

 バラまかれたソースは空間を染め上げ、見る見るうちに装甲服の様な物が現れる。

 

「二歳児相手に物騒な装備しやがって……」

 

 しかし二歳児だからこそ重装備が一人だけですんだのかもしれない。何人も押し掛けて来られていたら、奏丞も危なかっただろう。そう考えれば不幸中の幸いといった所か。

 

「おっと、妙な真似はするなよ? あんたを倒すのは簡単だが、これ以上やりあうのも面倒だし、聞きたい事もある。

 でも顔くらいは確認しておきたいからな、とりあえずその体勢のまま、ヘルメットを外してもらおうか」

 

 ソースで真っ黒になった装甲服が僅かに身動ぎした、次の瞬間。

 

「――――」

 

 まるでテレビを消すかの様に、パッと装甲服が消えてしまった。付着していたソースと一緒に。

 

「……ま、そりゃそうだよな」

 

 消えた場所を見つめながら呟く。当然だ、こんな子供の命令を素直に聞くわけがない。

 このまま不意打ちしてくるか、逃げるのか、もしかすると人質をとろうとしているのか……しかし、そんな事は関係ない。

 奴は既に捕らえているのだ。周囲に張り巡らした、緑色の紐(・・・・)によって。

 

「さぁ、お仕置きの時間だ、ってな」

 

 ――ピンッ

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガッ!!

 

「――――ッ!!」

 

法皇(ハイエロファント)の結界が反応し、エメラルドスプラッシュが発射される。

 空中からはひたすら硬い物を打ち付ける音が聞こえ、やがて……

 

「やっと姿を現したな」

「――――ッ!」

 

 雨霰と降り注ぐエネルギー弾に晒されてスキルが解けたのか、装甲服の全貌が現れた。

 あちこちが凹みボロボロになっているが、逆にここまでやっても分解していないのを見ると、恐ろしく頑丈な装備だ。余程金が掛かっているんだろう。

 現れた姿を見て、奏丞は一度法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)を解除する。

 

「じゃあ今度こそ色々教えてもらうぜ。その物騒な服も脱いでな」

「…………」

 

 倒れたままの装甲服に近づいて行き、

 

「――!(ガバッ)」

 

 一瞬で身体を起こし、襲いかかって来た装甲服に。

 

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!」

「――――ッ!?」

 

 スティッキィ・フィンガーズのラッシュを叩き込まれ、その身体には縦横無尽にジッパーが貼り付く。

 そして、そのジッパーを開いてやれば。

 

「なっ、なあ!?」

「やあ、ご機嫌よう」

 

 装甲服が分解した。

 中から出て来た、ピッチリとしたタイツを着た男が愕然とこちらを見る。

 

「――そしてさよならだ」

 

 ドゴォッ!

 

「あばぁっ!?」

 

 拳一閃。

 堅牢、かつ不可視という恐るべき敵は、このトドメの一撃で漸く沈黙したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「やっぱり狙いは俺のスキルだったな。抵抗されたら死なない程度に傷つけてもいいとか……もうちょっと手加減しろよ」

「これもスタンド能力って奴かい。人を本にするなんて、どう考えても異常(アブノーマル)どころじゃないよ……」

「まあ、スタンドは完全にオカルトな能力だしね。人を本にしたり壊れた物を直したり」

過負荷(マイナス)とも違うみたいだし、他にもヘンテコな能力持ってんじゃないのかい?」

「さて、どうかなー」

 

 あれから気絶していた施設長を起こし、倒した敵全員をリビングに集めていた。泥酔状態だけでは心許ないので、ヘブンズ・ドアーを使って完全に無力化する。

 そうしたら次は情報収集の前に互いの情報交換だ。

 奏丞はスタンドの概要を説明し、施設長は過去にしていた仕事ついて話す。今回の件でお互い隠す事はできなくなってしまったからだ。

 

「なるほど、あんたはスタンドとは別にスキルを無効化できる異常も持ってたのか。それはそれで、確かに珍しいスキルだ。こいつらにとったらとても興味深いスキルだろうね」

「こっちにはいい迷惑だよ。部下の教育はちゃんとしといてくれよ、ばーちゃん」

「やった結果がご覧の有り様さ。あたしじゃ何も変えられなかったんだよ」

 

 施設長は元は異常を専門にした医者兼研究者だったらしい。その中でもそれなりの高い地位にいたらしく、日々行われる非人道的な実験の数々を何とか止めさせようと動いていたが。

 

「結局あたしには闇を暴ききれず、最後は逃げ出したのさ。あんた達を養う事が贖罪になるなんて考えていたけど、所詮はそんなもの、自己満足に過ぎないんだ。……悪いね、奏丞。育ての親がこんなみっともない人間で」

「あ、そういうシリアスはいらない。ぶっちゃけどうでも「あ゛あ゛?」ごめんなさい……」

 

 ギロリと睨まれ、つい謝ってしまった。

 

「でも実際そんな事は関係ないよ。俺達がばーちゃんを偽善者だなんて言って恨むと思う?」

「…………」

「安心してくれよ。ばーちゃんの言う自己満足が俺達を救ってくれたのは確かなんだ。俺達はばーちゃんに感謝してるし、ばーちゃんが親でよかったと思ってる。何があったってそれは変わらないよ」

「……フン」

 

 施設長は照れを隠す様に鼻を鳴らした。

 それを見てこっそり笑いながら、奏丞は作業を続ける。

 

「えーと、とりあえずこいつらには『世の為人の為に尽力する』とでも書いておくか」

「だがこいつらは命令されて来た駒に過ぎないよ。命令した奴は片付いてないし、駒もまだまだ残ってる。今度こいつみたいに身を固めた奴らがゾロゾロ来たら……」

 

 そう、ただ撃退していくだけでは問題は解決しないのだ。主要人物を片っ端から操ってやれば解決するだろうが、それでは時間も手間もかかり過ぎる。

 ならばどうするかというと……

 

「よし、報復として、こいつらを差し向けてきた研究施設内のデータを全部吹っ飛ばしちゃおう」

「はぁ? そんな事が……」

「できるんだなーこれが。そんでこの報復を警告ととってもらおう。手を出して来たら、お前らの研究成果は全部消すぞってな。異常一人と数多くの異常のデータ、どっちか選ぶなら後者だろ」

「……しかしそう上手くいくかい? 逆恨みでもされたら……」

「俺に手を出す事のリスクがわかってもらえれば、強行しようとする奴も向こうが勝手に止めてくれるさ。獅子の身中に放り込める虫も手に入ったし、案外早く諦めてもらえると思うよ」

「つくづくガキらしくないガキだね。本当に大丈夫なんだろうね?」

「……たぶん?」

「そこは嘘でも大丈夫って言うもんだよ……」

 

施設長は一つ溜め息をつく。

 

「……わかった、ならやっちまいな。失敗してもあたしが全力で庇ってやる。下手したら他の三人も路頭に迷うかもしれないけど、せいぜい成功する様に頑張りな」

「余計なプレッシャー与えてどうすんだよこのババ(ガスン!)いってぇー! 幼児虐待だぞ!? 訴えたら勝てるレベル!」

「残念ながら敗訴だクソガキ。ごちゃごちゃ言ってないでさっさとやるよ。何か必要な物はあるかい?」

「いてて……何もいらないし、今この場で始められるよ」

「確かにさっさとって言ったけどねぇ。まあいい、だったら早く片付けちまいな。いい加減夕食の準備もしないといけないからね」

「言われなくても」

 

 そう言う奏丞の隣に、バチバチと帯電するスタンドが現れる。遠隔操作型にも関わらず、条件次第で近距離パワー型並のパワーを発揮できるスタンドが。

 

「こ、これが『スタンド』!? 普通は見えないとか言ってなかったかい!?」

「こいつは電気と一体化したスタンドだから、普通の人にも見えるんだよ。そして、電線が通る場所ならどこにでも侵入できる!」

 

 いざ、平和な明日を迎える為に。

 

「さぁ、ぶっ壊すぞ! レッド・ホット・チリペッパー!!」

 

 俺達の本当の戦いはこれからだ!

 




【マイナスルート】


奏丞「えいっ、仕返しにチープ・トリックくっつけて送り返しちゃえっ☆」

施設長「やめてあげて!」


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