目高箱と幽波紋!!   作:人参天国

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 書いてる時はテンションが上がります。「ほむほむ、いい感じだ!」ってなります。
 しかし改めて読み返してみると無言になってしまう謎。
 これが賢者タイムってヤツか……


 今回はジャンプネタですらないネタをパクりました(笑)




第十三話:生徒会のプリンスと幽波紋!

 

 

「そういえば人吉クン、めだかさんから聞いた所によると、どうやらこの生徒会には客員がいるそうだね」

 

 大量の書類を相手に苦戦していた阿久根高貴は、ふとその事について思い出し、善吉にそう訊ねた。

 

「あー、そういやそれについて話しておくべきでしたね」

 

 同じく書類の整理に苦戦していた善吉も、その事を思い出して一瞬手を止めた後、作業を再開する。

 生徒会に入って僅か二日目、高貴が知らない事はまだ多い。

 共に生徒会で働いている以上、それについては早めに話しておく必要があるだろう。

 

「えーと、協力者って意味では二人いますね。奏丞と不知火……宇城奏丞と不知火半袖です。まあ、不知火の方は生徒会じゃなくて俺を個人的に手伝ってくれてる感じなので、めだかちゃんが言う客員なら奏丞の事でしょう。

 どっちも俺の友達です」

「宇城奏丞、ね……少しだけ話を聞いた事がある。どうやらキミ達の幼馴染みらしいけど?」

「ええ、まあ、物心ついた頃から一緒にいますね。後で聞いた話によると、俺達は三人で同じ日に出会ったとか」

 

 何分二歳児の時の話だ。善吉は当時の出会いなどまったく覚えていないが、しかし逆に言えばそれだけ古くから関係が続いてきている、と言える。

 

「親しい仲なのかい?」

「そりゃもちろんですよ。昔っから三人でよく遊んでましたしね。めだかちゃんが俺を引っ張って、そんなめだかちゃんを奏丞が諫めてって感じで……まっ、平たく言えば親友って奴ですかね」

「(なぜ得意気に……)それにしては中学校では一緒じゃなかったみたいだけど?」

「俺も詳しくは知らないんですけど、なんか真黒さんから奏丞に頼み事があったみたいですよ。そのせいで奏丞は別の中学校に行く事になったとかなんとか」

「ふーん……」

 

 話をしつつも、お互いに目を合わす事なく作業を続けていく。

 高貴の反応は善吉に対するそれに比べて、意外にも大人しい物だった。善吉を嫌っていた高貴も、流石に見ず知らずの相手を蛇蝎視する程極端ではないらしい。

 そんな事を考えていた善吉が、ここで奏丞にとって喜ばしくない事を迂闊にも高貴に話してしまう。

 

「そうそう、最初はめだかちゃん、奏丞を書記に置くつもりだったらしいですよ」

「あ゛あ゛?」

「えっ……」

 

 ボキン。

 高貴が手にしていたペンをへし折った。

 

「俺の書記職に、元はそいつが就く筈だった……?」

「え、ええ……そうです、ね。当初めだかちゃんはそうするつもりだったって……そう聞いてます、ハイ」

「…………」

 

 事ここに至って、ようやく善吉は、自分がマズい情報を漏らしてしまった事に気がついた。そしてそのシワ寄せが、いったい誰に向かうのかも。

 善吉は慌ててフォローに走る。

 

「め、めだかちゃんは奏丞が駄目だから代わりに阿久根先輩を置こうとか、そんな事は考えてませんよ絶対! 奏丞は奏丞、阿久根先輩は阿久根先輩です! 次善策とかじゃ……!」

「当たり前だ! 人を人の代用にするなんて、めだかさんはそんな事を考える人じゃない! 俺自身の能力を買って、めだかさんはポストに置いてくれたんだろう! しかしッ」

 

 そう叫んで、高貴は勢いよく立ち上がる。

 話しているうちに、どうやら興奮してきたみたいだ。

 思わず善吉も顔がひきつる。

 

「それとこれとは話が別だッ! めだかさんと早くから知り合えた運が良いだけの無能が、畏れ多くもこの書記職に就こうとしていたなど!

 憤慨! せずにはいられないッ!」

「おっ、落ち着いてくださいよォ! つーか奏丞は無能じゃありません! あいつ、なんでか普通の字で速記ができる程ですよ!? この程度の書類だって、あっという間に目を通してるでしょうし」

「フン、書くのも読むのも得意というわけか? どんなものかは知らないが、しかしそれだけでめだかさんに信を置かれるなど……」

 

 興奮する先輩をなんとか落ち着かせようと善吉が奮闘している、その時。

 実に悪いタイミングであの男が現れた。

 

「ういーす、仕事手伝いに来てやったぞー」

「…………」

「(Holy shit! デビルバッドタイミングだぜおい!?)」

 

 間の抜けた雰囲気で入室してきた奏丞、無言でそれを見る高貴、頭を抱える善吉。

 タイミングは悪かったが、しかし室内の二人の様子を見て何かに気付かない程、奏丞もバカではない。

 マズい事が起きていると察した奏丞は……脳内で躊躇なく『逃げる』のコマンドを選択した。

 

「すいませェん。わたくし、さっき手伝いに来たと言いましたが訂正させて下さい。用事を思い出し「よく来たね! とりあえずそこに座りたまえ!」Oh……」

 

 残念、阿久根高貴からは逃げられなかった。

 

「(おい善吉、めだかはどうした?)」

「(別件で出てるぜ。そろそろ帰って来てもいい頃だけど)」

「(……なら今二人で一体何話してたんだよ。あの人、昨日言ってた阿久根先輩だろ? 何故か俺を見る目が凄かったぞ……)」

「(あー、んー……)」

「(……なんか知らんが、お前後でテキサスクローバーホールドの刑な)」

「(や、やめてくれよ……)」

 

 コソコソとそんな事を話している奏丞を、椅子に座り直した高貴が頭の天辺から爪先までじろじろと見回す。

 

「話は聞いている! キミが噂の宇城奏丞クンだな?」

「……どーいう噂かは知りませんけど、確かに俺が宇城奏丞です、阿久根先輩」

「俺の事は既に聞いているのかな?」

「腐っても客員ですからね。新しく役員が入った事はちゃんと教えてもらってます。

 まあ、そうじゃなくても有名ですけどね。柔道界のプリンスって異名は」

「ふん」

 

 いかにも『機嫌が悪いです』という態度をとる高貴。しかしそれが何故なのかは奏丞にはわからない。

 そもそも相手は今まで話どころか顔も合わせた事がない相手なのだ。

 なのに初対面にもかかわらず不機嫌オーラをここまで前面に押し出してくる理由は、一体何なのか?

 

「当初は、キミが書記候補だったらしいね」

「おっふ……」

 

 原因発覚。

 めだかと幼馴染みで仲が良い善吉が気に入らない高貴の事だ、自分がもう一人の幼馴染みの後釜に座ったとなれば、何も感じないわけがないだろう。

 そして、奏丞がやって来た時には既に漂っていた剣呑な空気、高貴が見る目、申し訳なさそうな善吉の表情。

 

「(お前、阿久根先輩に余計な事喋ったな……?)」

「…………」

 

 ふいっ、と無言で目を逸らす善吉。

 スコーピオン・デスロックも追加してやろうと心に決めた瞬間だった。

 

「速記術を修めているらしいな。速筆と速読が多少自慢の様だが……フン! その程度の能力では書記職の、ひいてはめだかさんの友人など到底務まらん!」

「(ウゼェ……)」

 

 ゲンナリしている奏丞を余所に、高貴は棚から一枚の紙を取り出してバインダーに挟む。

 

「手伝いに来たと言ったな。どれ程役に立つかは知らんが、生徒会の活動を手伝うなら、まずは今日の日付の所に名前を書いておいてもらおうか!」

 

 奏丞に向かってバインダーが放り投げられた。

 山なりに飛んで来るそれを見て、奏丞は机の上のペンをとり。

 

 ――ドシュ! ビシュッ!

 

「!?」

 

 その光景を見た高貴は驚愕する。

 なんと奏丞は宙に浮いているバインダーにペンを走らせたのだ。

 僅か一秒の間の出来事だった。

 

「ほいっ、これでいいですね」

「なっ……」

 

 そして受け取った物を即座に投げ返してくる。

 それはつまり、バインダーが滞空している間に用事を済ませてしまったという事だ。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 こちらに背を向けた状態でキャッチしたバインダー。

 何でもない筈の文具が、何か異様な物体に成り果ててしまったかの様な錯覚を覚えた。

 高貴は恐る恐る、ひっくり返して紙を確認し――

 

『宇城 奏丞』

 

 書き込むべき正しい欄に、綺麗な書体でそう書かれていた。

 

「バカなっ、あの一瞬で名前を書き込んでいる!?」

 

 宙にある間に紙の内容を確認し、そして必要な場所へ名前を書き込む。高貴にできたとしても、それは前者までだ。後者となると、とてもとても……

 

「ふふふ……慣れですよ、慣れ。俺にはちょっとだけ、人よりも字を読む機会が多かった。筆記の機会が多かった……それだけですよ」

「あれ、お前小学六年生の時そんな事できたっけ?」

「中学の三年間で更に経験を積んだからな。結構スゴくね?」

「テレビに出れるレベルだぜ」

「ぐっ……!」

 

 かつて一度だけ、高貴が敗北を認めた相手がいる。黒神めだかだ。

 『破壊臣』がいくら破壊しても破壊できないめだか。己の信念の為なら幼馴染みを足蹴にする事も辞さないめだか。自身を遥かに超越している者だと悟ったからこそ、その敗北は屈辱とは無縁の物だった。

 だが、今日の相手はそうではない。

 所詮はコネで入りかけた者、所詮は後輩、所詮は格下……の筈だった。

 しかし。たった今、高貴は敗北した。一分野とはいえ、自身が格下に劣っていると明確に理解した。

 

「……(ドヤァアアア)」

 

 高貴にとってこんなドヤ顔はッ! こんな屈辱はッ! 初めてのショックッ!

 

「……宇城クン! キミに決闘を申し込む!」

「断る」

「即答かよ」

 

 高貴の代わりにツッコむ善吉。

 

「当たり前だ。今の阿久根先輩が言う決闘なんて、絶対にロクなもんじゃない。決闘者(デュエリスト)じゃないんだから、不満があるなら話し合いで解決しましょうよ」

「ええい、キミには覇気がないな! つい先日堂々と俺に立ち向かった善吉クンを少しは見習いたまえよ!?」

「余計なお世話です。俺はNOと言える日本人を目指してるんで」

「……まあ、阿久根先輩。奏丞は基本的にバトルには消極的ですよ。自称平和主義者ですし」

「ならばその筋肉は飾りか!? その体付きで鍛えてないとは言わせないぞ!」

「ああ、これは健康と長生きの為にですね。そんな事よりさっさと仕事を終わらせましょうよ」

「ぐぬぬ、往生際の悪い……!」

 

 憤慨に堪えない高貴。

 善吉を害虫と嘲るものの、めだかの隣に立つ為に努力している姿は認めなくもない。

 しかしこの男はどうだ。

 挑まれた勝負に応えないどころか、澄まし顔で自身を偽る腑抜けた男。

 めだかを崇める者として、こんな男を認めるわけにはいかない。

 

「認めん……認めんぞ、キミの様な軟弱者を! キミはめだかさんの傍にいるべき人間ではない!」

「流石は柔道界のプリンス、一人で相撲を取るのも得意ですね。こっちは知った事じゃありませんけど」

「なんだと……」

「お、おい奏丞、そんなに喧嘩腰にならなくても……いいじゃねェか、一度くらい勝負したって」

「俺は好き好んで殴り合いなんざしたかねーの。それに俺の戦闘スタイルは知ってるだろうが。阿久根先輩相手にしたらどれだけ苦労する事か……」

「だがその苦労と引き換えに阿久根書記の信を得る事ができる。

 そもそも奏丞よ、いつ何時も誰からの挑戦でも受けて立つのが生徒会執行部のルール! 例え挑戦者(チャレンジャー)が生徒会正員で防御者(ディフェンダー)が生徒会客員であったとしても例外ではない!」

「「「!!?」」」

 

 突然聞こえてきた声の方向へ、三人で一斉に振り向く。

 そこにいたのはもちろん……

 

「めだかちゃん、いつの間に……」

「たった今帰って来た所だ。全てを聞いていたわけではないが、事態は大方把握した。

 しかしなんだ……私がいない間に随分と面白い話になっているじゃないか」

「面白くねーよ、当事者からしたらイイ迷惑だぜ……」

「めだかさん、先程の言によると、つまり……」

「うむ、阿久根書記vs奏丞のスペシャルマッチだ!」

 

 めだかの言い放った言葉に高貴は喜色を浮かべ、それとは逆に奏丞は頭を抱える。

 このままでは本当に高貴とやり合う羽目になるのだ。

 簡単には引き下がれない奏丞が、なんとかめだかを言いくるめようと口を開く。

 

「めだか、そういう事は両者の合意を得てからだな……」

「ダメか、奏丞……?」

「…………」

 

 不安そうな表情をするめだか。

 

「私は我慢ならんぞ。貴様が悪し様に言われるのも、友人達が仲違いするのを見るのも。

 貴様が争い事を嫌っているのはわかるが、しかしこの戦いは貴様らの仲を修復する良い切っ掛けになる。必ずや実りある結末を残してくれるに違いない」

「…………」

「だから奏丞、頼む……戦って?(きゃるーんっ)」

「……………………」

 

 上目遣いで見るめだか。苦虫をまとめて噛み潰した様な顔になる奏丞。

 そのままお互い無言で、幾ばくかの時間が過ぎて。

 

「…………フォローぐらいはしてくれよ」

「任せるがよい!」

「(今日はツンデレ様の勝ち、と)」

 

 善吉にクリップラー・クロスフェイスの刑を追加してやろうと、奏丞は黙考するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「度々すまないな、鍋島三年生。今回はこちらの諍いに巻き込む形になってしまった」

「ええよええよ、阿久根クンの技見るんも皆のええ練習になるし。それに……なんや随分オモロそーな奴連れて来たやん♪」

 

 人懐っこい笑みを浮かべて、鍋島猫美は柔道場の中央を見遣る。

 そこに柔道着を纏った二人の男がいた。

 一人は元柔道部員の阿久根高貴。柔道界のプリンスと称えられた男。

 そしてもう一人は……

 

「あのコが噂の生徒会客員、宇城奏丞か。なかなかエエ感じやん。せやけどそのわりに知名度は低いっちゅー……そこんとこどうなん、部活荒らしクン?」

「……あいつは名誉欲とか自己顕示欲とか、そういうのに対してはあんまり興味がないんですよ。隠れて生きようなんて考えちゃあいないでしょうが、少なくとも目立ちたがりじゃないです」

「ほうほう……」

 

 善吉の話を聞いて、猫美は改めて奏丞の姿を観察する。

 背が高い男だ。190センチはあるだろうか。あの年の男の平均身長を優に超えている。

 そして太い。デブという意味ではない。高貴や善吉が持つ、引き締められた細身の筋肉に比べると、奏丞の筋肉は明らかに太いのだ。鍛え方が違うのだろうか。

 その表情をいかにも「不本意でござい」とばかりに歪めて、高貴とメンチ切り合っていた。

 

「ふん、いよいよもってキミの貧弱さが明るみに出るというわけだ。俺が勝利した暁には害虫(ムシ)にも劣る汚点はめだかさんに近づかないでもらおうか」

「ケッ、随分とおカタいこって。力で解決する前に、まずは脳味噌で解決する柔軟さが欲しかったですね」

「……お互いヤる気は十分やな。んじゃま、ボチボチ始めよか。審判はウチが務めさせてもらうで」

 

 剣呑な二人の間に猫美が進み出る。

 

「ルールは柔道部恒例、無制限十本勝負対無制限一本勝負の阿久根方式……と言いたいとこやけど。今回は柔道部になんの関わりもないしなぁ。

 黒神ちゃーん、どないするー?」

「戦闘不能、またはギブアップにより決着とする。禁じ手は金的、目潰し、噛みつき、更に破壊を狙った関節技。

 後遺症を残さないようお互い気をつけよ」

「……という事だそうだ。運がよかったな、幸いにも鼻血を垂れ流す程度の醜態で済みそうだぞ。めだかさんの御慈悲に感謝するんだな」

「心配してくれなくても大丈夫ですよ、受け身ぐらいはしっかり取れますからね」

「……ド素人が」

 

 そう吐き捨て、高貴は構え。

 

「おっとその前に。善吉ー、これ預かってくれー」

「えっ。うわー、さっすがだわ、お前……」

 

 善吉が呆れた様子でそう言う。

 奏丞が投げ渡した物は……柔道着(上)と帯だった。

 

「……やれやれ、やはりキミは随分と小細工が好きみたいだな」

「何言ってんすか、これは柔道の試合じゃないんですよ? 上半身裸で何か悪いんですか?」

 

 下まで脱いでしまうとパンツ一丁になってしまうので、それは流石に自重した奏丞。

 しかしこれによって取られる襟や袖がなくなった。柔道を使う高貴にはやりにくくなった事だろう。

 

「フン、その程度の小細工で柔道が封じられると思ったら大間違いだぞ。

 ……猫美さん、興奮が顔に滲み出してきてますよ。いいからさっさと始めてください」

「ちょ、阿久根クン! そないな言い方やとウチが変態みたいやん! ……まあ、ガラにもなくワクワクしとんのは自覚しとるけどなぁ」

 

 反則王、鍋島猫美。

 綺麗な天才に汚く勝つ事を信条としている彼女にとっては、奏丞の行動は大いに琴線に触れた。

 この試合に、善吉の試合ではなかった『期待』を覚えてしまう。

 

「むふふー。宇城クン宇城クン、これ済んだら柔道部に入らへん? ウチが直々に指導したる。なんやキラリと光るモンがウチには見えたで!」

「遠慮しときます。もう部活には入ってますしね」

「何部なん?」

「賭博部」

「ほほーう! オモロイ、ますますオモロイでぇジブン!」

 

 覚めるどころかますます興奮する猫美。

 元柔道部員として彼女の性格を知っていた高貴は、無理からぬ事かと溜め息をついた。

 

「よっしゃ、決めたで! ジブン、阿久根クンに負けたら我が柔道部に来ぃ!」

「あのですね、鍋島先輩……」

「不満そうやな。せやったらジブンが勝った時はウチが阿久根クンの説得に回ったる。どうや? ジブンがどんな勝ち方しようとウチが味方になったるで!」

 

 そう言われると、奏丞も断りにくくなる。

 奏丞が狙っている勝ち方は、ぶっちゃけ誉められた勝ち方ではない。そうなると、例え勝ったとしても高貴が認めてくれる保証もないわけで……

 

「ほんなら、エエ加減始めよか」

 

 自分が出した条件が奏丞にとって悪い物ではなかった事を察した猫美は、早々に会話を切り上げた。

 奏丞の追及はなかった。

 それは、暗黙の内に条件を飲んだという事だった。

 

「お互い構え」

 

 両者がにらみ合いながら、構える。

 そして数瞬おき――

 

「始めッ!」

「行くぜッ!」

 

 開始の合図とともに奏丞が前へ踏み出した。

 

「迂闊な……この俺に先手を仕掛けるとはなッ!」

 

 次の瞬間、高貴は一気に奏丞の腕を絡め取り――

 

「ハァッ!」

 

 見事な一本背負い。

 奏丞は勢い良く畳に叩きつけられる。

 

「フン、キミがギブアップするまで何度でも……」

 

 身体を起こした高貴は、その光景を見て口をつぐんだ。

 

「何度でも……なんだって?」

 

 無様に投げられた筈の奏丞が――既に立ち上がっている。

 

「めだかちゃん」

「うむ……受け身が成功しているな」

 

 だからこそ奏丞は素早く立ち上がれたのだ。

 しかし猫美の、そして周りの柔道部員達の驚愕は、今まさに試合をしている高貴以上の物だった。

 

「あ、あの一年、阿久根の投げに耐えた!?」

「すげぇ、なんなんだアイツ!?」

「クククッ! そうこななあ!」

 

 高貴の投げは全てが一瞬の内に終わる。体勢がどうこうだから、など悠長に考えている暇などありはしない。咄嗟の判断がつかなければそのまま畳の上に叩きつけられる事になる。

 猫美ですら、高貴の投げに受け身をとるのは至難の技だ。

 

「……ルールに助けられたな。これが柔道の試合なら、キミは何の成果もなく敗北していたよ」

「ケッ、恨めしいルールだぜ。これが試合なら、俺は怪我一つなくピンピンしたまま歩いて帰れたってのによ」

 

 その返答に、高貴が顔を歪ませる。

 お前の投げは痛くも痒くもない――

 奏丞は暗にそう言っているのだ。

 

「さて、もういっ」

 

 奏丞が言い終わる前に、その腕を掴んで懐に潜り込んだ高貴が……再び一本背負い。

 今度は高貴も同時に身を投げ出す事で、奏丞は自身と高貴、二人分の体重を乗せて地面に叩きつけられる。

 すぐさま体勢を立て直した高貴が、奏丞を見て……

 

「……(コキッコキッ)」

「…………」

 

 既に立ち上がり、首を鳴らしている奏丞がいる。

 高貴の額から、一筋の汗が流れ落ちた。

 

「なあなあ、黒神ちゃん。なーんで宇城クン、あない受け身が巧いん?」

「……そう鍛えられたからですよ。私が知る限りで最も有能なトレーナーに。この事については、恐らく善吉の方が詳しいかと」

「……いや、俺だって大した事は知らねーよ」

 

 高貴の大外刈りが決まる。

 奏丞が畳に叩きつけられる。

 即座に立ち上がる。

 

「何故かは知らないけど、奏丞はその人に徹底的に耐久力を鍛えられてたよ。打たれ強さだったり、スタミナだったり。一応攻撃に関しても人並み以上にはやってたけど。

 あ、あと反射神経だか判断力だかも鍛えてもらってたな」

「要は防御能力を重視してたっちゅう事やな?」

 

 高貴のハネ腰が決まる。

 奏丞が畳に叩きつけられる。

 即座に立ち上がる。

 

「あいつとはたまに組手もするんですが、基本的には相手のスタミナ切れを待つスタイルですね。打っても打ってもイイのが入らないんで、だんだん岩かなんかを相手にしてる様な気がしてきます」

「うーん、なるほど。通りであの体つきってワケや。ウチらとちごて受けてナンボの鍛え方するんやったら、そらあんなプロレスラーみたいなムキムキになるわな」

 

 高貴の体落としが決まった。

 奏丞は――やはり、立ち上がった。

 

「(ありえないッ!)」

 

 高貴は心中で叫んだ。

 それは、受け身をとっているとはいえ何度投げられても易々と立ち上がる奏丞の耐久力に向けた叫びではない。

 

「(『相手のスタミナ切れを待つ』? そんな非効率的な戦い方を、真黒さんが教えるワケがないッ!)」

 

 中学時代、同じ生徒会に所属していた先輩、黒神真黒を知るからこそ出せた結論だった。

 そもそも、効率的な戦い方とは何か。

 それはもう、『瞬く間に敵を打ち倒す』、これしかない。それこそが最良であり最善なのだ。

 呑気に敵の攻撃を待ち、長々と敵のスタミナ切れを待つ事にどんな効率性が望めるのか。

 理詰めの魔法使い(チェックメイトマジシャン)にあるまじき選択だった。

 

「(更に言うならこの違和感……彼の戦い方には何か(・・)が足りない! まるで剣を持たない剣士の様に! 銃を持たないスナイパーの様に! 拳を握らない理由がある筈なんだ!)」

 

 耐久性を重視する理由が、何かある筈なのだ。

 少なくとも肉体的な問題ではない。これだけ肉付きが良いなら、腕力も十分だろう。

 精神的な問題か? それも否。臆病者と罵りはするが、しかしこの男の戦闘に対する強かな一面は既に見受けられた。過去に何らかのトラウマがあるわけでもないだろう。

 

「キミは……一体何を隠している!?」

「…………」

 

 汗だくになりながら、高貴が問いかける。

 

「なるほど大した耐久性(タフネス)だが……キミには『攻めの意思』が足りない! あの真黒さんがその鍛え方を選んだなら、それに相応しい『攻めの何か』があるんだろう? これは試合とはいえ、公式なものでもなんでもない! 遠慮せずに矢でも鉄砲でも持って来るがいい!」

「……矢でも鉄砲でも、と言ったが……では阿久根先輩。アンタは銃を持っている、としよう。日々射撃訓練を重ね、もはや自分の片腕と言える程扱いに慣れた銃……『ここで撃てるか?』」

「むっ……」

「仮に。それの材料を集め、図面を引き、組み上げたのもアンタ自身という、まさにアンタの実力の結晶とも言える銃だとして。アンタは素手で立ち向かって来る相手に躊躇なく引き金を引けるか?」

「…………」

「材料云々というのは大袈裟だし、銃というのもあくまで比喩表現ですがね。

 ……アンタに認めてもらう事が重要だとは全く思わねぇ。しかし、そんなズル(・・)で決着をつけるのも、俺の心に後味の良くないものを残すぜ。……アンタはあと何回投げられる? 息が切れたと同時に俺の拳をてめーに叩き込む。

 ……かかってきな」

 

 圧倒的『スゴ味』。威風堂々たる立ち姿。

 ――なんだアイツかっけぇ。

 外野の男共の心が一つになった。

 

「スゥー…………フゥー……」

 

 高貴は深呼吸する。

 なるほど、奏丞の言う事には一理ある。高貴自身、例え『銃』を持っていたとしても、この試合で使う事はないだろう。

 そう、あくまで試合。殺し合いでも何でもない。

 手段は選ぶべきであり、今は互いの精神と肉体を競い合う時なのだ。

 

「なるほど、君は君なりにこの試合に臨んでいたわけだ……」

 

 具体的な話は何一つ話さなかったが、何故真黒がこんな鍛え方をしたのかは朧気ながら理解した。恐らくは『引き金を引く為』、『引き金を引く前に倒れない為』だ。

 勝つ為ならば何度でも投げられる覚悟があり、しかし小細工を弄する強かさも兼ね備えている。引き出しもまだまだ温存している……。

 奏丞が本気になった時、一体何が起きるのか?

 高貴は少しだけ、それが気になった。

 

「(だが……おかげで俺の勝利は確定した!)」

 

 構え直した高貴の雰囲気が僅かに変わる。

 その理由を、外野でただ一人、猫美だけは正確に理解していた。

 

「(阿久根クン、いよいよ当てる(・・・)気やな)」

 

 柔道とは投げ技、固め技だけではない。そこにもう一つ、当て身技が加えられた、計三部門からなる。

 しかし柔道における当て身技の存在は意外と一般人には知られておらず、その上使えば反則となる。

 ……だが、もちろんそれは柔道の試合での話。

 

「(阿久根クンを鍛えたんは、何を隠そうこのウチや。当然当て身技もバッチリ使えるんやで、宇城クン)」

 

 高貴が、仕掛けた。

 

「(当て身使うん知らんみたいやし、最初の一発はエエのもらいそうやなぁ。果たして宇城クン、どこまでヤれるか……)」

 

 その構えは一見これまで通り投げを狙っている様にも見えるが、あのまま拳を握ってしまえば引き絞られた弓矢の如く突きが放たれるだろう。

 

「(……あれ、本当に知らんの(・・・・・・・)?)」

 

 唐突にその事に気付けたのもまた、『反則王』たる猫美ただ一人だった。

 考えてみれば、奏丞は一貫して投げ技にのみ警戒している風だった。

 柔道には固め技もあるが、関節技はルールで禁止されたし、抑え込み技では戦闘不能もギブアップも狙えない。あれだけ挑発されれば、締め技で一気に締め落とす、という手段も選ばれないだろう。更に、相手が都合良く投げ技にのみ警戒しているとしたら。当然残った……

 

「(ま、まさか!?)」

 

 奏丞の顔面を目掛けて拳が放たれ――

 

「カッ……!?」

 

 見事に顎先(チン)を打ち抜いた。

 

「「「「「なっ、なにーッ!!?」」」」」

 

 柔道場に驚愕の声が響き渡った。

 高貴が崩れ落ちた(・・・・・・・・)

 

「クッ、『クロスカウンター』!! あのコホンマにやりよった!!」

「うおおお、マジかよ! なるほど、そうきたかァ!」

 

 驚愕が時を移さず感心に変わったのは、予め想定できていた猫美と、奏丞の本当の戦闘スタイルを知っていた善吉だった。

 めだかを含め、周りは未だ驚愕の最中だ。

 

「なるほどなぁ。攻撃の瞬間こそが最も無防備になる瞬間。阿久根クンに『後の先』を捨てさせる事を狙っとったんか」

「てか鍋島先輩、あいつの狙いに気付けたんですか!?」

「うん、ギリッギリで気付けたわ。観客やったからこそ間に合ったカンジやな。でもジブンもなんや驚き方が周りとちごない?」

「俺はあいつがあーいう戦い方するの知ってましたからね。俺風に言うなら宇城奏丞の真骨頂『案外頭脳派』!」

「ぷっ、案外ってひどない?」

「むぅ、貴様達だけ仲良く納得しよって……」

「なに拗ねてんだよ……実際俺だってしっかり驚いてるんだぜ」

「黒神ちゃんは宇城クンのあーいう所、知っとったんちゃうん?」

「性格は確かに知っていたが、戦い方までは知らないし(ぷいっ)」

「だから拗ねんなって」

 

 高貴の視界は今、ドロドロだった。蕩けたチーズの様な光景を見ながら、膝をつく事すら必死だった。

 そんな高貴を、奏丞は見下ろしている。

 

「鍋島先輩、これは戦闘不能じゃないんですか? 勝負決まったんじゃあ?」

「うーん……脳震盪起こしとるんやったら、流石の阿久根クンもまともに戦われへんやろうしな。よっしゃ、これにて勝「待て!」はい?」

 

 猫美が勝利宣言をする直前に、高貴は声を張り上げる。

 

「俺はッ……まだ、戦えます……!」

「そうは言うてもなぁ……」

「俺は、現生徒会書記で、先輩だッ……後輩のパンチの一発や眼が見えぬぐらいでへこたれるか!」

「……グレートだぜ、阿久根先輩。そういう『まるで劇画』っていうような根性にグッとくる!」

 

 焦点が定まらない瞳でも、未だ戦意は衰えていなかった。上級生として、めだかに救われた者として……これで終わるわけにはいかない。プライドが高貴を奮い立たせていた。

 

「鍋島先輩、続行しても!?」

「あー……もうええよええよ、二人で好きなだけヤったらエエ」

 

 投げやりに許可されて、奏丞は改めて高貴の方へ向き直る。

 

「つーわけで阿久根先輩、今度こそ決着つけてやるぜ」

「フッ、視界が回復すればキミなんて「回復しきる前にブッ叩くッ!」え゛っ……ちょっ、もう少し……」

「待つバカはいねーよ!」

「う、ううッ!?」

 

 ――ウワアアアアア!?

 

「……奏丞は昔はもっと純真無垢な少年だった……筈なのだ」

「あまりの行動に上から目線性善説が発動してる!?」

「うん、まあ……ウチもやりそうな事やけど。端から見たらホンマ外道やなあ……」

「鍋島三年生が言う程か……」

「こりゃあれだな、宇城奏丞の真骨頂その②だ」

「……その心は?」

「『テンションが上がった奏丞は容赦がない』」

「「あー」」

 

 卑怯だ外道だと外野に囁かれているのに気付かない奏丞。

 阿久根高貴を破った『生徒会の反則王』と呼ばれる日がいつか来る……かもしれない。

 

 ――オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!

 




高貴「逸る気持ちはわかりますが、まずは落ち着いて書いてください。綺麗な文字を書くに当たって止め撥ね払いは基本中の基本です!」
奏丞「どれどれ下書きの方は……早速『拝啓』の使い方間違えてる…………文章も堅いな。
 いいですか、これはラブレターなんですよ。八代先輩の気持ちを伝えるのが大事なんです。見苦しい文もダメですが、堅っ苦しい文も論外! 八代先輩らしさを相手に読んでもらわないと」
高貴「ふむ、考えてみれば確かにこれは書道コンクールに出す手紙でもない。完璧な字を書く必要はない、か……」
奏丞「……いや、綺麗な字を書けるってのは結構プラスだと思いますよ。綺麗な字を見て『堅苦しいなあ』と思う人はいないでしょうし」
高貴「うーむ……おっ、この本いいんじゃないか? 結構理想的な文だろう」
奏丞「……へぇ、いい感じですね。なるほど、こういう表現も……」
八代「……なあ、二人って、その……仲が良いのか?」
奏丞&高貴「「いや全然? ……ああ?」」
八代「(息ピッタリじゃねーか!)」


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